「ストレート」 byガース 『ガースのお部屋』

登場人物紹介
田島 健司(22)・・・KFシステム運用開発部社員
安東 忠(22)・・・健司の友人。
大石 愛子(19)・・・忠の恋人。
山本 達也(46)・・・警部補
神田 和良(28)・・・刑事。山本の部下。
朝倉 美奈子(40)・・・愛子の母。
与田 悟史(25)・・・KFシステム運用開発部社員
             健司の先輩。


○ 駅ビル内・改札入口(前日)
  薄紫色の空に茜色の光がビルを照らす。
  激しく行き交う人々。足並みが跡絶えな
  い。皆、憮然な表情で歩いている。

○ 地下通路・階段
  行き来するビジネスマン達の群れ。
  階段口に立つ金髪のロッカー風の男から
  ティッシュを無造作に受け取りポケット
  にしまうスーツ着の若い男。
  田島 健司(22)である。不精髭を生やし、
  充血した両目を押えている。

○ KFシステム運用開発部・オフィス
  数十人の社員達が慌ただしく動き回り、
  騒然としている。
  パソコンのディスプレイの画面に見入っ
  ている健司。頭をかきあげている。
  健司の背後に静かに近づく男。男、健司
  の肩を叩く。
社員の男「高城店のPOSの回線、回復した
 のか?」
健司「あれ、まだテスト段階のプログラムを
 間違って送信したらしいんですよ」
  隣のイスにドスンと腰掛け、踏ん反り返
  る与田 悟史(25)。
与田「(舌打ち)バカ、新店の回線つながら
 なかったどうやって店舗の運用するんだよ!」
  寡黙にキーを打ち続ける健司。
与田「この間のオンラインの障害報告書は、
 オペレーターにちゃんと書かせたのか?」
健司「いや、明日提出するって言って一週間
 になりますけど・・・」  
  顎然と顔をしかめる与田。
与田「どいつもこいつも舐めくさりやがって。
 コンピューターは神様じゃないんだからな。
 人間あってのコンピュータだぞ、キー・ミ
 スしてコンピューターのせいにして許され
 ると思ってんのか、ええ島健!」
健司「(口合わせで)そうですねぇ・・」
与田「そうですねぇじゃなくて・・・おまえ
 ももっと部下の面倒を真剣に見てやれよ。
 うちの会社のレベルを少しでも向上させた
 いと思うならな。思わないなら、仕方ない
 けどな」
  呆れて立ち上がる与田。ふてくされた表
  情で健司の背後を横切り、立ち去っていく。  
  激しい電話音。咄嗟に受話器を取る健司。
健司「はい、KFシステム運用開発部です。
 あ、いつもお世話になっております・・・」
 
○ ラブホテル・一室
  ベッドの上、うつ伏せで一人眠る中年の
  男。大きな鼾をかいている。
  シャワーを浴びた赤い髪をした女。欠伸
  をしながら濡れた髪を拭き、見繕いを始
  める。左耳に光る赤いピアス。
  ベッドの下に脱ぎ捨ててある男のスーツ
  のポケットからキー、そして警察手帳を
  掴み取る女。
  満遍の笑みを浮かべると、男に手を振り、
女「バイバイ」

○ 地下鉄駅前・ロッカールーム
  鍵をゆっくりと差し込む女。
  扉を開け、中にあるスーツケースを取り
  出す。
  扉を閉める。(暗転)

○ ファーストフード店
  ざわめく店内。
  窓際の席に腰を掛ける茶髪の男、安東忠(22)。
  激しい音を立てながらスパゲティを啜っている。
  忠の前に座る女、大石 愛子(19)。
愛子「アンチュー」
  食べるのに必死になる忠。
忠「そのアンチューって言うの、やめろ」
愛子「アンチューは、アンチューでしょ?昨
 日さ、久しぶり小さい時に見たのと同じ夢
 見たんだ」
忠「(食べながら)夢?」
愛子「そう」
忠「くだらねぇ事言うなよ」
愛子「くだらないって決めつけないでよ」
忠「夢ってのはな、叶えるためにあるもんな
 んだよ」
  愛子の足元に置いてあるスーツケースを
  引き寄せ、中を覗く忠。
愛子「本当に火星に行くつもりなの?」
  忠、とぼけるような視線で愛子を見つめる。
忠「当たり前だろ?海王星もアンドロメダも
 俺が独り占めだ」
愛子「強気だね」
  二人のそばで大きな音が鳴り、忠の顔に
  液体のようなものがかかる。
  忠達のテーブルのそばにいる若い店員。
  こぼしたスープの皿を憮然とした表情で
  拾い上げている。
  愛子、膝元に置いていたポシェットから
  ハンカチを取り出し、忠の顔を拭こうと
  するが、忠、それをはねのける。
  店員、そのまま、立ち去っていく。
忠「おい!」
  店員、反応なく立ち去っていく。
  忠、クールな表情から一変、獣のような
  顔付きになる。咄嗟にスーツケースの中
  から拳銃を取り出し、店員に向け、撃つ。
  高鳴る銃声。騒然とする客達。
  店員、前のめりに床に倒れる。肩から血
  を流している。
  店内の客達が一斉に忠の顔を見つめる。
  テーブルの上に立ち、天井に向けて、銃
  を二度撃ち、
忠「おまえら、いつまでも長生きできると思
 うなよ!」
  目をギラギラせさながらけたたましく吠
  える忠。(画面は静止)

○ タイトル 『STRAIGHT』の赤い
  文字がアンチューの口の中から飛び出す。

○ けたたましいアンチューの叫び声から、
  女の喘ぎ声が被さるように聞こえてくる。

○ 健司の部屋(夜)
  暗闇の中、テレビ画面の光を浴びる健司。
  画面に映るのは裸で呻くアニメの少女。
  空しく画面を見入る健司。魂の抜け殻の
  ような眼差しをしている。
  手に持っていたポケット型のビデオカメ
  ラを無造作に覗き始める。

○ ストックカーレースゲームの画面
  激しくクラッシュする愛子の車。

○ 夢中でハンドルを操作する愛子。
  シフトレバーを激しく切り換える。
  前を走る車に次々体当たりし、軽快にス
  ピードあげている。
忠「もっとスピードだせ、ぶつかれ、ぶつか
 りまくれ!」

○ ビデオカメラのビューファインダーの映像(夜)
  とある公園の遊歩道を歩く仲むつまじい
  カップルの姿が映っている。

○ ガンシューティングゲームの画面
  標的のキャラ達が次々と撃ち倒されている。

○ 銃を構えている忠
  真剣な眼差しで的確に相手を狙っている。
  楽しそうに画面を見つめる愛子。
忠「つまんねぇ、こんなクソゲー」
  ゲーム用の銃を放り捨て、ジャンパーの
  中から本物の拳銃を抜き取り、撃つ。
  ゲーム画面に風穴が開く。

○ ビデオカメラのビューファインダー画面(深夜)
  女のスカートの中をまさぐる男の手。
  ポケットサイズのビデオカメラを持つ健司。
  思い切りワイドにしている。
  ベンチで濃厚なキスを交すカップル達。
  横切るカップルをフォローする。
  憮然とした表情でカメラを動かす健司。
  植込みに身を潜めている。
  けやきの木の下のベンチに座るカップル
  にカメラを向ける。
  忠と愛子である。
  愛子のアップ。
  忠の背中が愛子を覆い隠す。
  健司、慌てて画面のサイズおもいっきり
  ワイドにする。
  ディープキスをしながら愛子の膝を撫で
  ている忠。

○ 公園・植込み
  息を飲む健司。口を半開きにしている。
  そばを通り掛かったカップルが怪訝に健
  司を見つめている。
女「あんた、何してるの?」
  女の声に焦り、思わずビデオカメラを落
  とす健司。

○ ビデオカメラのビューファインダー画面
  が乱れる
  足音を立て逃げ去る健司の足、そしてそ
  の後を追う忠の姿が映っている。やがて、
  カメラは拾い上げられ、暗闇へ駆け抜け
  ていく二人の姿が映し出されている。

○ 公園・公衆便所
  前髪を捕まれ、壁に叩き付けられる健司。
  鼻血を垂らしている。
健司「(怯えながら)ごめんなさい!」
忠「俺の女を気安く撮りやがって!」
  健司の頬にパンチを食らわす忠。
  健司、床におもいきり倒れる。
  入り口から愛子が現れる。
  健司のビデオカメラを覗いている。
愛子「これ結構Hなのいっぱい映ってるよ」
  忠、シャツの下に隠していたホルダーか
  らトカレフを抜き、銃口を健司の額に突き付ける。
忠「(撃鉄を上げ)油断もすきもねぇな、っ
 たく、この暇人が。死ね!」
  顔を震わせる健司。
  咄嗟に銃を手ではらいのける愛子。
愛子「もういいじゃん、それくらいで」
  健司、その場でうずくまり、恐怖のあま
  り目を潤ませ、涙ぐんでいる。
健司「御免なさい、ほんとに御免なさい」
  何度も土下座をする健司。
  健司の顔を怪訝に見回す忠。
忠「スーパーマリオが聞いて呆れるぜ・・・」
  涙を流しながら恐る恐る忠の顔を見上げる健司。
  健司、暫くして、声を出し・・・
健司「・・・アンチュー、・・・か?」
忠「(首をかしげ)何やってんだよ、おまえ・・・」
  健司の前に手を差し出す忠。
  空ろな瞳で忠を見る健司。

○ 『マリオ・ブラザーズ』の画面。
  マリオとルイージが激しく動き回ってい
  る。次々敵を蹴り落としている。
忠の声「ああ言うのが趣味なのか?」
健司の声「・・・」
  ルイージがマリオを踏み付けている。
忠の声「毎日楽しいか?」
  マリオ、亀にぶち当たり、死んでしまう
  が、また画面の上から下りてきて復活。
  健司、憮然としている。
  マリオ、ファイアーボールに追いかけら
  れている。ジャンプし、2階へ逃げる。
  ルイージ、『BOM』を叩き、画面上の
  敵の動きを止める。

○ 健司の部屋
  パソコン機器やAV機器に囲まれた室内。
  モニターの前に座り、画面に集中する二人。
  窓側にあるベッドに座る愛子。ウォーク
  マンを聞きながら退屈そうにコーラを飲んでいる。
  本棚をまじまじと眺める。
  本棚にはアダルトゲームがぎっしりと並べてある。
愛子「(片方のイヤホンを取る)ねぇ、いつ
 になったら終わるの、それ?」
忠「俺が勝つまで」
愛子「つまんない」
忠「まあ、待て、もうすぐだよ」
  ルイージ、マリオに体当たりし、敵と接
  触させる。マリオ、死ぬ。
  画面上に『MARIO GAME OVER』の文字。
  忠の表情を窺う健司。
健司「クソッ、」
  リセットボタンを押す健司。スタート画面に戻る。
忠「イェ〜イ、やっぱ、ルイージのほうが強いぜ」
  呆れた表情を浮かべ項垂れている愛子。
   ×  ×  ×
  キッチンにある冷蔵庫の中を覗いている健司。
  ハンバーガーを口一杯に頬張っている忠。
  健司、コーラの缶を両手に持ち、テーブルに置く。
健司「今までどこにいたんだ?」
  忠、コーラを手に取り、一気に飲み干している。
忠「(愛子を指差し)ニューヨーク。向こうで早めのハネムーンさ」
  ベッドの上に座る愛子。健司、愛子にコーラを差し出し、
愛子「私はいい」
健司「そう・・・」
   健司、コーラの缶を開け、飲み始める。
健司「じゃあ、結婚するの?」
忠「まぁな」
健司「そうか。良かったな」
忠「おまえ、彼女は?・・・って、いるわけねぇよな・・・」
健司「・・・」
愛子「ねぇ、どうして彼女作らないの?」
忠「こいつはゲームさえやってればご機嫌だってことさ」
健司「そんなことないよ・・・俺だって・・・」
  本棚に置かれていたHゲームのパッケージを取り出す忠。
忠「ほら、見ろ、これが証拠」
健司「息抜きだよ。そんなんじゃない」
忠「(愛子に向かって)こいつの昔の仇名、
 『マニアックボーイ』って呼ばれてたんだ。
 誰よりもゲームの事に詳しかったから」
健司「そりゃあ、昔の話しだろ?今は、全然
 わかんないよ」
  薄笑いしながら煙草を吹かしている愛子。
  健司、愛子の姿をジッと見つめ。
  左耳についている赤いピアスを見つめる。
  健司、すぐさまアンチューの右耳を見つ
  める。同じ赤いピアスがついている。
健司「あの時からずっと続いてたんだ・・・」
忠「まぁな」
  健司の顔をジロジロと見回す愛子。
愛子「(健司を指差し)思い出した!この人、
 アンチューが私をナンパした時に一緒にいた人だ・・・」
  恥ずかしそうに頭を下げる健司。
  にこやかに微笑む愛子。
忠「確か急に腹を痛めてずらかったんだっけ?」
健司「(分が悪そうに)えっ・・・」
忠「シャイで奥手で運動音痴。中学の球技大
 会も運動会も、腹痛で、ずる休使ってたしな」
  寡黙に俯く健司。
忠「小学校の時のサッカーで、ヘッディングするつもりが、
 顔面モロにボール当てて、鼻血ブーした。それ以来
 だったよな?おまえがゲームにのめり込んだのは・・・」
  嘲笑する忠。
健司「アンチューを気遣っただけだよ。二人、
 仲良さそうにしてたし・・・」
忠「まっ、そう言うことにしといてやるよ」
  健司、憮然としているが、暫くしてまた
  喋り出し、
健司「あのさぁ、一つ聞きたいことあるんだ
 けど、さっきの拳銃・・・」
  ジャケットの中から拳銃を取り出す忠。
  健司の顔に向け、構えてみせる忠。
  引き金を引く。
  撃鉄の下りる音。健司、少したじろぐ。
  コーラの空缶に灰を落とす愛子。憮然と
  した表情。
  忠、健司に拳銃を手渡す。
健司「(手に持ち)重量感といい、質感とい
 い、本物っぽいよな・・・」
忠「本物だぜ」
  吃響する健司。拳銃を珍しそうに見回す。
健司「なんで、こんなもの、持ってんだよ?」
忠「健司、おまえ、覚えてるか?昔俺が言っ
 たこと・・・」
  健司、一瞬考えるが・・・
健司「いや・・・」
  煙草を加える忠。咄嗟に愛子の手がスッ
  と伸び、ジッポの火が点火する。
  愛子、忠に視線で合図を送る。忠の瞳に愛子が映る。
  歪んだ表情を浮かべる忠。
忠「俺達明日、銀行襲うんだ」
  健司、薄笑いを浮かべ、
健司「どこを狙うんだ?」
忠「丸銀」
健司「都心でトップの銀行か。アンチューらしいや」
忠「正面からストレートにな」
健司「(苦笑し)繁華街の中心にあるんだ。
 あんな目立つところで強盗しても、すぐに捕まっちゃうよ」
忠「おまえ人質になってくれよ」
健司「人質?・・」
忠「俺の考えてるプラン通り演じてくれればいい」
健司「もう冗談はこれぐらいにしよう・・・」
  愛子、微笑みを浮かべ健司に近寄り、手を握る。
  健司、ハッと愛子を見つめ、
愛子「マジだよ、私達・・・」

○ 防犯カメラの映像(モノクロ)
  画面の右隅に表示されているの時間が進
  んでいる。
  銀行内・玄関口の様子が映っている。
  赤ん坊を抱く女性、走り回る子供、イス
  に腰掛けている老人達。受付前にスーツ
  着の男が女子行員と話している。
  数秒後、玄関口に『ジェイソン』のマス
  クつけた男が駆け足で入ってくる。
  男、立ち止まり、ジャンパーの両ポケッ
  トから拳銃を取り出すと、サッとカメラ
  の方に振り向き、銃を撃つ。
  映像が乱れ、スパッと画面が消える。
  (黒画面)

○ 銀行前
  雑踏の歩道の側に止まる黒いクラウン。

○ クラウン・車内
  運転席に愛子、助手席に健司が座ってい
  る。憮然とする二人。
  流れるラジオ。
女の声「大型で波の勢力の高い台風12号が
 九州地方へ接近しています。このまま進路
 は、北北東へ進み、明日の午前中には近畿
 地方にも近づく見込みです・・」
  落ち着かない健司。そわそわしている。
健司「マジでやるなんて思わなかった・・・」
  健司、頭を掻くと、煙草を手に取る。
  愛子がぼんやりと健司の顔を見つめ出す。
愛子「緊張してんの?」
健司「そりゃあ・・・君は?」
愛子「わりと平気」
  健司、唖然とし、愛子を一瞥する。
健司「なんでそんなに落ち着いてられるの?」
愛子「前にも似たようなこと、やったことあるし・・・」
健司「えっ?」
愛子「230万だったかな。旅行と私の整形費用
 に使っちゃったけど」
  健司、恐れ戦き、声も出ない。
愛子「健ちゃんもあんなところでHなビデオ
 を撮れるぐらいなんだから、結構勇気あるんじゃないの?」
健司「それとこれとじゃ、次元が違うよ・・・」
愛子「そうかな?そんなに大差ないよ、悪い
 ことしてるのには違いないんだし」
健司「これからやることは、重罪なんだ。捕
 まれば何年も刑務所に入らなきゃならないんだよ?」
愛子「じゃあ、捕まらなきゃいいじゃん」
  唖然とし、言葉もでない健司。
  健司の前のダッシュボードが突然開く。
  健司、ボックスの中にあった乗務員証を
  取り出す。
  乗務員証には、『金井 孝次』生年月日
  1969年7月5日と書かれている。
  当たりを見回す健司。
  収納ボックスを開ける健司。小銭がたく
  さん入っている。
健司「これ、ひょっとしてタクシーじゃないの?」
愛子「昨日盗んだの」
  健司、また驚愕する。
愛子「私さ、昔ウリやってたの。ここの支店
 長とも一度だけ寝たことあるんだ。その事
 アンチューに話したら、あいつ、やきもち
 やいちゃってさ。それで、ここを選んじゃっ
 たってわけ」
  呆気にとられ、苦笑いを浮かべている健司。
愛子「ねぇ、小さい時のアンチューってどん
 な子だった?」
健司「幼稚園に入る前によく、警察ごっこを
 して遊んでた。僕が警官の役でアンチュー
 は、いつも凶悪犯だった。なぜか、僕がい
 つもアンチューにピストルで撃たれて、ア
 ンチューが強盗に成功する展開ばかりだったけど・・・」
愛子「その頃から強盗に憧れてたんだアンチュー」
健司「みたいだね・・・」
愛子「でも、本当は健ちゃんもちょっとは、
 やりたい気持ちあるんでしょ?」
健司「ないよ」
愛子「じゃあ、なんでここに来たの?」
  健司、頭を掻き、沈黙する。
  煙草を加え火をつける愛子。
  愛子の左手の甲の傷を見つめる健司。
  腕裾を捲り上げる愛子。
  腕にも数ヵ所傷がついている。
健司「どうしたの、それ?」
愛子「ちょっとね・・・・私、小さい頃から
 自殺願望があったりからさ」
健司「・・・」
愛子「でも今は、死にたいなんて思わない。
 神様がいるから」
  愛子、急に思い出し笑いをし、
愛子「ねぇ、アンチューがつけてったマスクっ
 て時代遅れだと思わない?」
  健司、呆然と空を見つめ・・・。

○ 銀行内
  警備員を拳銃で突き倒し、そのまま行員
  等と客に向ける忠。
  行員等と客は両手を高く上げたまま微動
  だにしない。
忠「今すぐ十億円用意してその中に入れろ!」
  金庫に向かう女子行員。中年の行員の男
  のそばを通り掛かる。
  男、女子行員に視線を送る。
  スッと自動ドアが開く音。鞄をぶら下げ
  たスーツ着の男が緊張の面持ちで入って
  くる。健司である。
  忠、咄嗟に健司に片方の拳銃を向ける。
忠「(どすの聞いた声で)動くな!」
  憮然とした表情で忠を見つめている健司。
  ゆっくりと両腕を上げる。
  健司の背後に周り、片腕を首に回し、こ
  めかみに銃を当てる忠。
忠「おい、後30秒で金が用意できなかった
 ら、こいつ殺すぞ」
  健司、芝居ながらも不安気な表情を浮か
  べ、忠を見つめている。
  壁際のデスクから、ゆっくりと手を上げ
  る中年の行員。
中年の行員「(丁重に)すみません、私はこ
 この支店長です。十億円なんて大金、当店
 では用意できません」
忠「しらばっくれてんじゃねぇよ!」
支店長「今は、どこも経営状態が厳しくて、
 貯蓄率も下がる一方で・・・」
忠「このクソ不景気の原因はおまえ等の職務
 怠慢のせいだろう?そんなんでよく支店長
 やってこれたんだなぁ、能無しのパープリン」   
  支店長に銃口を向ける忠。
  苦笑する支店長。おざなりに発言する。
支店長「我々は、お客様との信用を第一に今
 まで経営してきたつもりです。あなたの言
 う不景気の原因は、定かではないですが、
 少なくとも私達だけのせいではなく、様々
 な要因が重なって・・・」
  忠の目がギラッと光り、険しい表情を浮かべる。
  撃鉄を起こす忠。
  慌てふためく支店長。顔を強ばらせている。
支店長「ちょ、ちょっと、そんな一方的です
 よ、お客さん。これは、うちだけの問題じゃない・・・」
  忠、支店長を鋭い眼光で睨み付け、
忠「女子高生弄んでんじゃねぇよ!」
  唖然とする支店長。

○ 銀行前・歩道
  ガードレールにもたれている愛子。
  漫然と煙草を吸っている。
  銃声が轟くが、平然と済ましている。

○ 銀行内
  赤ん坊の泣き声が響いている。
  デスクの前に仰向けに倒れている支店長。
  額に風穴が開いている。顔に唾を吐きかける忠。
  驚愕し、目を丸くする健司。
  女子行員等のすすり泣きが響き渡る。
  毅然とする忠。目をギラつかせ、店内に
  いる行員達や客達を見回し、銃を振り向けている。
  力んだ腕が健司の首を絞め上げている。
  興奮状態で奇声を上げる忠。
  赤ん坊がますます泣き声を上げる。
健司「(声を震わせ)アンチュー・・・」
忠「(声を張り上げ)俺を怒らすとこうなる。
 覚えとけ!」
  呆然と立ちすくむ客達。恐怖のあまり失禁している老人。
  
○ 銀行前
  煙草を踏み消す愛子。
  迫るようにパトカーのサイレンが聞こえてくる。
  面倒臭そうな表情を浮かべる愛子。近付
  いてくるパトカーを睨みつけている。

○ 銀行内(時間経過)
  窓口前に4つのボストンバックが置かれる。
  ジッパーを開ける女子行員。ぎっしりつ
  まった現金が顔を出す。
  健司の背中を拳銃で突く忠。
忠「お前、見てこい!」
  渋面を浮かべながらゆっくりと歩き出す健司。
  怯える母子、老人達、泣き叫ぶ赤ん坊、
  冷たい行員等の視線、壁に寄り掛かり息
  絶えている支店長の死体、全ての場面が
  健司の目に焼き付き、しだいに罪悪感に
  目覚めていく。
  カウンターの前に立ち止まる健司。中か
  ら現金の束を取り上げ、まじまじと見つめている。
  立ちすくむ女子行員。恐怖のあまり、泣
  いている。頬を垂れる一筋の涙が健司の目に映る。
忠「早くしろ、もたついてんじゃねぇよ!」
  健司の背中に銃を向ける忠。
  札束を力強く握りしめる健司の手。
  やがてぶるぶると震える手と、女子行員
  の表情のカットバックが交錯し、ひしひ
  しと怒りの表情を露にする健司。
  咄嗟にボストンバックの中の札束を取り
  出し、忠に向け力一杯放り投げる。
  札束は、忠の顔面に命中し、床に散らばる。
  マスクがとれ、ゆっくりと落ちる。そし
  て、床に叩き付けられた瞬間、大きな音
  ともに、忠の狂気に満ちた表情が露になる。
  咄嗟に撃鉄を上げ、引き金に指を当てる。
忠「(怒号を上げ)いい度胸してんな、おまえ!」
  息を詰まらせる健司。疑念の眼差しで忠
  を見つめている。
  
○ 銀行前
  数台のパトカーが銀行前を囲み、刑事や
  警察官等が一斉に扉を開け、車から降りている。
  黄色いテープが張られ、入口前の敷地が
  シャットアウトされる。数十人の警官等
  が、玄関口前の階段を取り囲み、待機している。
  覆面車の中で相談している刑事達。しば
  らくしてドアを開け、外に出てくる。
  助手席側から降りてくる山本 達也警部補(46)。
  集結する刑事達の前に立ち止まる。
山本「中の状況の情報を出来るだけ多く集め
 ろ。客と行員の人数の確認、犯人の特徴を
 割り出せ。いいか、呉々も厳密に行動しろ。
 人質の命を守るのが優先だ」

○ 銀行内
  銃口のアップ。忠の手がぶるぶると震えている。
  健司、咄嗟に奇声を上げながら忠に向かっ
  て走り出す。
  忠の腹を目掛けてタックルする健司。
  押し倒されうずくまる忠。
  と、同時に行員等が一斉に二人に駆け寄
  ろうとしてくる。

○ 銀行の真向かいの道路脇に止まるクラウン
  ハンドルに額を擦り付けてる愛子。
  目を閉じ、漫然と頭を左右に振っている。

○ 銀行前
  慌ただしく警官が階段前に駆け寄っている。
  携帯電話を鳴らす山本。玄関口を睨みつけている。
  若い刑事が山本に駆け寄り、耳元でひそ
  ひそと話し込んでいる。

○ 銀行内
  電話音が鳴り響いている。
  天上に向け両銃を掲げている忠。
  その上を股がる健司が、忠の両腕を掴んでいる。
健司「アンチュー!」
  しかめっ面を浮かべ、健司を見つめる忠。
  と、咄嗟に体を起こし、行員等に拳銃を向ける。
  行員らの足元に銃を撃つ忠。悲鳴を上げる客等と行員。
  立ちすくむ健司。愕然と口を開けたままである。

○ 銀行前
  歩道に観衆が溢れ、ざわめいている。
  携帯を鳴らし続けている山本。焦りの表情。
  神田 和良(28)が駆け足で山本に近付いてくる。
神田「警部、中の状況がわかりました。犯人
 は一人。男が一人倒れています」
  突然、自動ドアが開き、刑事達の前にマ
  スクをつけた忠と女子行員が姿を現わす。
  警官等が階段前を取り囲む。
  無線機で話し込んでいた山本がパトカー
  から降り、忠の顔を睨みつけている。
  パトカーの車内からマイクを取り出し、
  喋り出す山本。
山本「要求があるなら早急に応じる用意がある」
  山本に向け銃を撃つ忠。
  慌ててのけ反る山本。パトランプが吹っ飛ぶ。
  忠、警察手帳を前に差し出し、見せつけている。
忠「ここで問題。この警察手帳は、一体誰の
 ものでしょうか?当たった奴は、100万
 円をやる!ヒント!ここにいるポリの中の誰かだ」
  ざわめく刑事達と、野次馬達、必死に考
  え始めている。
  冷や汗を掻き、ハンカチで額を拭う山本。
  激しく動揺している。
  神田が山本に近づく。
神田「やまさん・・・」
  山本、神田の声に驚き・・・
山本「(気まずそうな表情)なんだ?」
神田「あれ、誰のでしょうね?・・・」
山本「(苦笑し)さぁな・・・」
  遠くでクラクションが鳴り響く。

○ クラウン・車内
  ハンドルに頭に乗せぐらつかせている愛
  子。額でクラクションを鳴らし続けている。
  
○ 銀行前
  猛スピードで銀行前に近付いてくるクラウン。
  逃げ惑う観衆。慌てふためく警官達。
  ガードレールを突き破り、階段をよじ上
  る車。出入り口のドアガラスを突き破る。

○ 銀行内
  フロアへ進入してくるクラウン。
  カウンターに突っ込み急ブレーキをかけ
  立ち止まる。
  忠、女子行員を押し倒し、健司を背後か
  ら取り押さえる。
忠「(健司に銃を向け)後ろのドアを開けろ!」
  健司、バックを持ち、ドアを開け車に乗
  り込む。続いて忠も乗り込む。
  バックミラーで二人の様子を見つめる愛子。
  バックするクラウン。そのまま、急発進
  し、玄関へ突っ走る。

○ 銀行前
  エンジンを唸らせ、ハイ・ジャンプする
  クラウン。逃げ惑う警官達。
  人込みを抜け、道路へ走り去る。
山本「(舌打ち)付近10km圏内に非常線
 だ、絶対奴らを逃がすな!」
  サイレンが一斉に唸り始める。

○ クラウン・車内
  マスクを取る忠。興奮に満ちて絶叫する。
愛子「奪ったの?十億」
忠「当たり前じゃん」
  健司の肩を叩き、喚起の雄叫びを上げる忠。
  健司、足をがくがく振るわせ、青ざめている。
  シートに深くもたれる忠。
忠「お前の演技アカデミー賞もんだぜ。でも、
 俺に札束を投げつけたのは、ちょっとやり過ぎだ」
健司「やり過ぎなのは、アンチューだろ?」
忠「何が?」
健司「何がって、人まで殺してどうするんだよ?」
忠「Hゲームより楽しめただろ?」
健司「狂ってる、おかしいよ」
  笑みを零す忠。
忠「今更ほざいてももう無駄。おまえは、共
 犯なんだから」
  ミラー越しに二人を見ている愛子。
忠「健司、よく考えろ。いつまでもこんなク
 ソつまらない世界にいたら、飼い犬みたい
 に、生かされてるだけの人生で終っちまう
 んだぞ」
健司「・・・」
忠「一回切りの人生だぜ。掴んだ大金で別の
 世界を味わおうぜ。夢を叶えるんだ」

○ 大通りの交差点
  横並びのビル群の狭間を走り抜けているクラウン。
  信号が赤に変わる。
  クラクションを鳴らしながら突っ走っている。

○ クラウン・車内
  スピードメーターの針は、軽く百キロメー
  トルを超えている。
  憮然としている忠。
  十億の入った鞄を挟んで互いにそっぽを
  向く二人。
  流れる景色を見続ける健司。忠が疑念の
  眼差しで見つめている。
忠「何ふてくされてんだよ?」
健司「降ろしてくれ!」
  地下トンネルが目前に迫ってくる。
忠「裏切んのか?」
  健司、俯き、寡黙になる。
忠「やっぱ、おまえ、何も変わってねぇな。
 そんなに自分の事がかわいいのかよ?」
健司「俺は、今のアンチューは、嫌いだ」
忠「はぁ?」
健司「もうこんな悪ふざけよして、自首しろよ」
忠「ポリみたいなこと言うな。これから楽し
 い人生が始まるって時に、自分から生き地
 獄にはまり込むバカがどこにいる?ふざけんな!」
  健司、窓を開け、足元の鞄の中から札束
  を両手ですくい、外へ放り出す。
  空中に舞い、散らばる一万円札。
  車は、トンネルに入り込む。
  忠が怒りを露にし、健司に襲い掛かる。
忠「馬鹿か、お前!」
  胸倉を掴み合う二人。
  オレンジのネオンが二人を照らし始め、
  光と闇が交錯し始める。
  エンジン音がトンネル内に共鳴し三人の
  声が掻き消される。
  愛子、しきりに振り向きながら二人を止
  めようと叫んでいる。
  蛇行する車。
  シートにうずくまる健司。健司の上にの
  しかかり、銃口を向けている忠。
  忠の手を両手で掴み、必死に抵抗する健
  司。健司の額にじわじわと銃口が近寄り・・・。

○ トンネル内を突っ走る愛子等の車
  エンジンの轟音がトンネル内で反響する
  中、微かに響く銃声。
  左側の後部座席のドアが開き、何かが落
  ちる鈍い音がする。
  地面に転がり落ちているのは、忠。
  しだいに車から遠退いていく。

○ クラウン車内
  トンネルを抜け出る。まぶしい日差しが
  車内を覆う。
  拳銃を持った手のクローズ・アップから
  やがて呆然とした面持ちの健司がいる。
  息を凝らし、シートにもたれ掛かる。
  急ブレーキがかかり、反動で運転座席の
  シートに頭を打つ健司。
  愛子、ゆっくりと健司に顔を向ける。
愛子「アンチューは?」
健司「(震えた声で)・・・」
愛子「(叫び声で)アンチューは、どこ?」
健司「・・・落ちた」
愛子「(泣きそうな顔で)撃ったの?」
  健司、呆然と右手に持っている拳銃を見つめ・・・
健司「殺したかも知れない・・・」
愛子「バカ!」
  シフトレバーをバックに入れる愛子。
  咄嗟にその手を押さえ込む健司。
健司「パトカーが来る」
愛子「(憮然と)関係ない」
  リアガラスに顔を向ける健司。
  トンネル口が大きく見える。トンネル内
  で、サイレン音が鳴り響いている。
  健司、咄嗟に愛子に拳銃を向ける。
健司「車を出すんだ、早く!」
愛子「イヤ!!」
  健司、愛子の左腕に向け撃つ。
  銃弾は愛子の左腕をかすめる。
  悲鳴を上げ、腕を押さえる愛子。
健司「・・・ごめん」
愛子「(痛みを堪え健司を睨み)いっ・・た
 い・・・信じらんない・・・」
  愛子を助手席に引っ張り運転席につく健
  司。車を猛スピードで走らせる。

○ 忠の目線
  駆ける足音。激しい息遣い。
  パトカーのサイレンが迫るような音。
  暗闇のトンネルを抜けに光が差しこむ。
  走り去るクラウンが微かに見える。

○ モニター画面
  騒然とする銀行前のニュース映像。
  入口から担架に乗った支店長の遺体が運
  び出されている。
  銀行内を行き来する警察官と鑑識員。
  それらの場面と共に、レポーターの声が
  流れている。
レポーター「・・・この凶悪、残忍かつ無謀
 な事件に対し、捜査本部は全総力を上げ犯
 人の追跡に当たっています。連れ去られた
 男性の安否と、逃走した強盗・殺人・誘拐
 犯の一刻も早い逮捕が望まれています」
  付近を歩くビジネスマン達のインタビュ
  ーが映し出されている。

○ 電機街
  店頭に並ぶワイドテレビの前に立つ男の
  後ろ姿。
  忠である。モニターをまじまじと睨み付
  け、ほくそ笑んでいる。
  電機店の立ち並ぶアーケード筋を黙々と歩き出す。
  市道を走る原付きバイク。数十台もの群
  れをなしている。
  折り畳んだダンボールを満載したリヤカー
  を引く老人がもの珍しげに見つめている。
  バイクに股がる茶髪の青年が老人に蹴り
  を入れる。
  一升瓶に入ったアルコールを口に含ませ、
  ダンボールに吐きかける青年。そして、
  火をつけたジッポを投げ捨てる。
  激しく燃え上がるダンボールの屑。
  その様子をじっと見つめている忠。

○ 忠の回想
  幼少時代の忠 、呆然と突っ立っている。
  男と老婆が揉み合いになっている。鞄に
  必死にしがみつく老婆。
  男、老婆の背中をバットで殴りつけている。
老婆「忠・・・はよ、逃げ!」
  髪を降り乱した老婆、瀕死の表情で忠を
  見つめている。
  男、老婆の頭を殴りつける。畳に顔を落
  とし息絶える老婆。
  男、置いてあったストーブを倒す。オイ
  ルが漏れ、畳が一瞬にして燃え上がる。
  呆然と炎を見つめている忠。
  男、忠を一瞥する。男を睨み付けている
  忠。男、ほくそ笑むとその場を走り去って行く・・・。
  メラメラと燃える炎に包まれている老婆
  を見つめている忠・・・。
 
○ 警察署・廊下
  つめかけた報道陣達が山本等に群がって
  いる。それ等を静止させようと懸命になっ
  ている警官達。
  フラッシュの閃光が目映いほど光る。
  記者の男達が山本に声をかける。
記者A「犯人の手掛かりはまだ掴めないんですか?」
記者B「追跡した逃走車を取り逃がしたと言う情報は、
事実なんでしょうか?」
  ファインダーに山本の姿が映る。
  颯爽と会議室へ去っていく山本達。扉が
  閉まる。取り残される報道陣。
  扉前には『丸山銀行強盗・殺人・人質誘
  拐事件合同捜査対策本部会議』の立て札。

○ 合同捜査本部・会議室内
  腰を据える刑事達。張り詰めた空気が漂う。
警視「A班報告」
  捜査一係の刑事Aが捜査状況を報告している。
刑事A「犯人の乗った逃走車ですが、都内の
 個人タクシーのものであることがわかりまし
 た。昨晩、被害者の男性から盗難届けが出
 されています」
  刑事達に対峙し、長机に肘をつく警視。
警視「次、B班報告」
  刑事Bが立ち上がる。
刑事B「逃走車には、共犯と思われる女が乗っ
 ていたことが確認されています。特徴は、
 赤毛のロングヘアーで、色白、身長160
 cm前後・・・」
警視「他には?」
刑事C「覆面の男の特徴は、ジーンズにジー
 パン。犯人を目撃した人質の客の協力で、
 モンタージュを作りました。すでに皆さん
 の手元に配布されてると思います」
  警視、まじまじとモンタージュを睨み付
  け、立ち上がる。
警視「・・・支店長に向けられた拳銃だが、
 現場に残された弾丸の薬莢から、トカレフ
 であることが判明している」
  前列に座る山本。俯き毅然とメモを取っ
  ている。
警視「それからもう一つ。犯行現場で犯人が
 警察手帳を持っていたという情報を聞いて
 いる。それで・・・」
  山本、腕を上げ、立ち上がり、
山本「警視、その件なんですが・・あれは・・
 ・私のです・・・」
  ざわめく刑事達。
警視「どういうことだね?」
山本「2日前に紛失しました・・・」

○ 署内・トイレ
  勢い良く用を足している山本。
  神田、驚愕し、顔を歪ましている。
神田「山さん、それ本当ですか?」
山本「ああ」
  鏡の前に立つ山本。顔を洗い出す。
神田「押収拳銃の横流しなんて、やばいですよ・・
・じゃあ、今日の事件で使われた拳銃は・・・」
  タオルで顔を拭く山本。
山本「俺が駅のロッカールームに隠してたものだ・・・」
神田「じゃあ、犯人達のこと知ってるんですか?」
山本「女のほうは、少しな」
  ズボンのポケットから出したプリクラを神田の手に渡す山本。
山本「女と撮ったプリクラだ。それ使って所
 在を調べてくれ。見つけたら、すぐに俺の
 携帯に連絡をくれ」
  まじまじとプリクラを見つめる神田。
神田「山さんとこの娘、どういう関係なんですか?」
  山本、眼光鋭く神田を睨み付ける。
山本「余計な詮索は、するな」
  神田、憮然とした表情で山本を見つめる。
  山本、そ知らぬ素振りで外に出て行こう
  とするが、途中で立ち止まり、
山本「(振り返り)ああ、それから警務課の
 戸崎だけは、この事を知ってる。くれぐれ
 も他の奴には、喋るなよ」
  足を音を立て、その場を立ち去る山本。
  呆然と突っ立っている神田。
  便器に胆を吐く。

○ 工場地帯・夕方
  立ち並ぶ煙突から黙々と煙が吐き出され
  ている。夕陽を浴びる海岸線沿いを走る
  クラウン。細波が静かに音を立てている。

○ クラウン・車内
  漫然とハンドルを握る健司。
  愛子、額に汗を浮かべている。
愛子「(苦痛を堪え喘ぐ)痛いし、暑いし、
 最低、最悪・・・」
  エアコンに風穴が開いている。
  健司、まじまじと愛子の腕を見つめている。
愛子「早く私も殺しなよ」
健司「えっ?」
愛子「アンチューのいない世の中なんて、つ
 まんないから・・・」
健司「殺されそうになったのは僕のほうだ。
 それに、アンチューが死んだかどうかだっ
 てまだわかんないし・・・」
愛子「あんたがお金を散蒔いたりするからでしょ!」
健司「アンチューは、人を殺したんだぞ?」
愛子「殺されるほうが悪いのよ。自業自得・・・」
  愛子、漫然と正面の景色を見つめ、
愛子「男って、どうしてこうもへなちょこ
 ばっかりなんだろ・・・」
健司「僕のこと言ってるのか?」
愛子「そうよ」
  寡黙になる健司。
愛子「止めて!」
  健司、無視している。
愛子「無理矢理ここから飛び降りるよ?」
健司「やれるもんなら、やれよ」
  愛子、いきなりドアを開ける。
  健司、慌てて、ブレーキをかける。

○ 工場地帯沿いの側道
  愛子、車から離れていく。
  健司、車から降り、愛子の後を追う。
健司「(辺りを見回しながら)こんなところ
 でうろついてたら、警察に捕まるよ」
愛子「捕まるのは、あんただけよ」
健司「車に現金積んであるんだぞ。ほっとい
 てもいいのか?」
愛子「あんたにあげる」
健司「えっ?」
愛子「アンチュー見つけて、またやるから」
健司「なんでそんなバカげた事ばかり言うんだよ!」
  愛子、振り返り、
愛子「バカは、あんたよ」
  愛子、健司に背を向け、また歩き出す。
  健司、正面に見える橋の上をパトカーが
  走っているのに気づき、慌てて、愛子の
  腕を掴む。愛子、その手を降り解き、
愛子「触らないで、変態!」
健司「(パトカーのほうを指差し)やばいよ」
  愛子、パトカーを睨み付け、咄嗟に健司
  のスーツのポケットに手を入れる。
  拳銃を取り出すと、撃鉄を起こし、進ん
  でいるパトカーに銃口を向ける。
  健司、慌てて、銃を掴み取り、
健司「何考えてんだよ!」
愛子「うるさい、返して!」
  健司、愛子の腕を掴み、無理矢理車のほ
  うに引き連れていく。

○ 公園・夕方
  どんよりとした曇がたちこめ薄ぐらい天気。
  木々が鬱葱と立ち並んでいる。
  ベンチに座る男。スポーツ新聞を開けて
  いる。その前を女子学生やサラリーマン
  がまばらに横切っている。
  空からジャンボ機の轟音が響く。かなり喧しい。
  男の目線。紙面に大きな見出しが書かれ
  一面をうめている。
  『大胆、過激な犯行』
  『奪われた現金と人質の行方依然不明』
  惨然とした銀行内の写真。
  その下には殺された支店長の顔写真が掲
  載されている。
  支店長の写真に煙草の火が近づき、黒く
  燃え灰が散らばる。
  新聞に開いた穴から忠の顔が見える。
  忠、呆然と力ない表情をしている。

○ クラウン車内(夕方)
  駅前付近を走っている。
  鉄道の高架下の交差点でハンドルを右に切る健司。
  目前に検問所が見え、数台の車が立ち並
  び込み合っている。
  健司、周りをそわそわ覗き見る。
  愛子、鞄を開け、札束を自分のポシェッ
  トにつめるだけつめ込んでいる。
健司「何してんの?」
愛子「降りるしかないでしょ?」

○ 高架下
  車を降りる健司。暫くして、助手席のド
  アが開き、愛子も降りてくる。
  健司、愛子、車道を通る車の前を横切り
  ながら、繁華街の歩道に向かう。

○ 繁華街
  地下の階段を降り始める二人。
  途中で突然立ち止まる愛子。
愛子「怖い」
健司「えっ」
愛子「ここ嫌い」
  愛子、その場にしゃがみこむ。
  健司、不思議そうに愛子を見ている。
  愛子、頭を抱え、目を瞑る。

○ フラッシュバック
  地下街。幼い頃の愛子が泣き叫びなが
  ら通路を駆け抜けている。
  大人達の冷ややかな眼差し。その合間を
  ぬって走っている。
  つまづく愛子。前のめりに倒れる。
  ますます涙が溢れている。
  しばらくし、背後から男の手が延び、愛
  子の体が浮き上がる。
  泣き止む愛子。愛子の頬を叩く男。煙草
  の煙を愛子の吹きかける。
  愛子、煙を振り払うように首を右に左に
  回し続けている。
男「うろちょろすんなよ。うっとしい奴だ」
  愛子、ふと正面を見つめる。
  細身の女がジッと愛子を見つめている。
愛子「(女を見つめ)お母さん!」
  女、よそよそしい表情で、見て見ぬ振り
  をするように愛子から目を背け、振り返
  ると、その場を立ち去っていく。
 
○ 地下・階段
  空ろな表情の愛子。
  健司が手を差し出している。
健司「何も怖くなんかない。大丈夫だから」
  愛子、大きく深呼吸すると、立ち上がり、
  階段を降り始める。
    ×  ×   ×
  地下の商店街、人並みを避け、突き進む
  健司と愛子。
  手前に歩く警官達が見える。
  咄嗟にある店の入口に入り込む二人。

○ カラオケボックス
  扉が開き、部屋に入る二人。
  激しく息を凝らしながら、シートに勢い
  良く座り込む。
店員「当店はワンドリンク制になっておりま
 す。ご注文をどうぞ」
  二人同時に声を上げ、
健司「コーラ」
愛子「同じの」
  怪訝に二人を見ている店員。

○ 検問所付近(夕方)
  乗り捨てられたクラウンに鑑識等が調査
  を始めている。
  覆面パトが道路脇に止まり、中から山本
  と若手の刑事達が降り、現場に近付いてくる。
  助手席側の窓から中を覗き込む山本。
  後ろの座席を見る。シートに現金が散ら
  ばっている。
  エアコンの吹き出し口についた弾痕に目
  をやる。助手席のヘッドレストについた
  長い赤毛を手に取り、まじまじと見つめている。
  センターコンソールに血痕が残っている。
  山本のそばに鑑識の男が近づいてくる。
鑑識「どうも後ろのシートで争った形跡がありますね」
山本「仲間割れか・・・現金は全部残ってたのか?」
刑事A「いいえ、500万ほど足りません。
 トンネルで散蒔かれたのが全部で354万円・・・」
山本「後は、奴らが持ち逃げか・・・」
  首を傾げる山本。
山本「あれだけ派手にやらかしといて、現金
 丸投げとはな・・・間抜けな奴らだ」
  刑事Bが山本に駆け寄ってくる。
刑事B「主犯の男の身元が割れました。安東
 忠二十一歳。昨日、十三のレストランで、
 店員の肩を銃で撃ち抜く事件を起こしています」
山本「ヤサは?」
刑事B「ありません。4年前に里親の元から
 家出して、それ以後の事は、何もわかって
 いません。それから、去年この付近の郵便
 局で起きた強盗事件の犯人の男と今回の主
 犯の男の顔が似ているそうです」
山本「どこの郵便局?」

○ 地下通路
  警官達が人並みに紛れて歩き回っている。
  カラオケ店の前を横切る二人組の警官。

○ ボックス内
  コーラを一気に飲み干す健司。満足気に
  息を漏らす。
  愛子、深く考え込んでいる様子。
  健司、メニュー本をパラパラとめくりだ
  し、物珍しげに見ている。
  愛子、健司の様子を怪訝に見つめ、
愛子「もしかして、こう言うところ来るの初めて?」
健司「歌、下手糞だから・・・誘われても今
 までずっと断ってきたんだ」
  健司、リモコンを手に取り、ジッと見つ
  めている。
愛子「珍しいね。今時カラオケも知らないな
 んて。私なんかアンチューと毎日来てたけど・・・」
健司「・・・本当は、中学の時、一度だけ友
 達と行ったことがあるんだ。でもその時、
 下手糞なのがばれて、友達に散々バカにされて・・・」
愛子「うまくなろうとは、思わなかったの?」
健司「歌なんてそんなに興味ないしさ。別に
 歌手になるわけでもないのに・・・」
愛子「友達にバカにされて、悔しくなかった? 」
健司「その時はね。でも、そんなこと、すぐ
 に忘れた」
愛子「だから、駄目なのよ」
健司「えっ?」
愛子「自分を誤魔化してるだけじゃない」
健司「誤魔化してるんじゃないよ。人には、
 向き不向きがあるんだからさ」
愛子「変なの・・・」
健司「・・・」
愛子「アンチューさ、多分、私の仇とってく
 れたのよ」
  耳を澄ます健司。
愛子「私援交なんかじゃなくてさ、あいつに
 襲われたの・・・」
健司「・・・」
愛子「その時から私、男なんて、皆そう言う
 のが目当てで生きてる奴なんだと思うよう
 になったの。だから私に近づいてくる男は、
 皆、手当り次第、誰でも相手してあげた」
健司「・・・」
愛子「でも、アンチューは、違った。純粋に
 私の気持ちを受け止めてくれた」
  健司、悲しげな表情で俯いている。
愛子「知ってる?アンチュー、小5の時、強
 盗におばあさんを殺されたのよ」
  唖然とする健司。
健司「火事で亡くなったって聞いてたけど・・・」
愛子「その後、親戚のうちで暮らしてたんだけど、
 高3の時、うちの人と喧嘩して、家出したの」
健司「・・・それも初めて聞いた」
愛子「わたしも一緒。家出して、何度も死の
 うとした事がある。そんな時にあんた達と
 出会ったの・・・」
  健司、暫くの沈黙の後、ふと、マイクと
  リモコンを持ち、
健司「これの使い方、教えて・・・」
  愛子、怪訝に健司を見つめている。
健司「一曲ぐらい、歌ってもいいだろ?」
    ×  ×  ×
  『ガンダム』のメインテーマ。
  声を思いきり張り上げる健司。音程が大
  きく外れ、リズムも定まらない。
  愛子、真剣に聞き入っている。
  歌の途中でマイクで愛子に吐き捨てるよ
  うに言葉をかける健司。
健司「本当は、毎日悔しいことだらけさ。俺
 もアンチューみたいにワイルドな男になれ
 ればと思って、強盗事件に協力したんだ」
  愛子、立ち上がり、いきなり健司に口付
  けをする。
  健司、驚きながらも取り付かれたように
  唇を絡ませる。
  
○ 報道センター(夜)
  忙しく動き回るスタッフ達。
  モニターから流れる各チャンネルのニュ
  ース番組を眺めているニュースデスク。
  立ち話している社員が鳴り出した電話の
  受話器を上げる。
社員「はい、TNSニュースセンターです」
  表情が一変する。
社員「えっ、」
  サインを送る社員。慌ただしく立ち上がる社員達。
社員「はぁ、なるほど、あなたが昼間の銀行
 襲撃犯だとおっしゃられるんですね?」
  電話を取る社員の前にカメラが向けられ、
  照明がたかれる。
電話の声「いいか、今から俺の言うことをちゃ
 んとメモしとけ。明日の午前11時、帝東
 銀行を襲う。金額は20億。警察にはあん
 た達から店に伝えとけ」
社員「人質は無事なんですか?」
電話の声「さぁ・・・」
社員「それはどう言うことです?」
電話の声「あんた達で好き勝手に筋書き立て
 て、テレビで流しゃいいじゃん。それが仕事だろ?」
  憮然とする社員。
社員「これは、次の襲撃の予告だと判断して
 宜しいですね?」
電話の声「あんた達に特別大サービスしてや
 る。明日の襲撃現場を撮らせてやるよ。早
 い目に店に来てスタンばってろ。わかったな」
  電話が切れる。カメラ目線になる社員。
  目を見開いている。
社員「そのテープ10時の枠に間に合わせろ、早く!」

○ コンビニ前・夜
  しゃがみこむ忠と女子高生。
  携帯を女子校生に手渡す忠。
忠「ありがとう、可愛いね、これ」
女子高生A「どこに電話してたの今?」
忠「秘密」
女子高生B「昼間の襲撃犯って、何のこと?」
忠「じゃあ、君たちだけに教えてやるよ。俺、
 明日銀行襲うの」
女子高生A「ウッソ〜、マジで?」
  忠、苦笑いをし、
忠「マジマジ、明日の11時に帝東銀行に来
 てみたらわかるって。見たい?」
女子高生達「見たい、見たい!」

○ 砂浜(朝)
  薄暗い曇り空。激しい波。うなる風。
  どんよりとした雲が空一面を覆う。
  砂をかぶったパラソルのそばに座る健司と愛子。
  愛子、健司の腕に寄り添い、うとうとと
  頭を揺らしている。
  パラソルを持つ健司。砂に『マリオ』の
  絵を書き始める。
愛子「それ、好きだね」
  波を見つめる健司。
健司「こいつが僕にゲームプログラマーの夢
 を与えてくれたんだ。でも、気づいたら、
 ただのオペレーターになってた・・・」
  愛子、何気に砂を握り、目の前でさらさ
  らと砂を落としている。
愛子「ゲームか、私もやりたかったな」
健司「でもさ、今日始めてわかったことがあ
 る。RGBもシューティングも、レースも
 のも、所詮、リアルなゲームには、勝てない」
愛子「・・・」
健司「もう一度、強盗やってさ、アンチュー
 にメッセージを出さない?」
愛子「でも、嫌なんでしょ?」
健司「気が変わった。警察もバカじゃない。
 いずれ僕が共犯だって事に気づくだろうし。
 もう後戻りできないよ」
  波音が激しくなる。
  健司、スーツの中から拳銃を取り出し、
  荒波に銃口を向けている。
愛子「不思議だね、それ持つと、みんな人が
 変わっちゃう・・・」

○ 健司の夢(幻想)
  青々とした空。
  広大な海面に浮かぶ健司と愛子。
  静かな波に揺られる二人。
  愛子と手をつなぐ健司。愛子、微笑んで
  いる。
  満足気に空を見つめる健司。
  暫くの沈黙。
  やがて、地平線の彼方から鉄の塊が落ち
  るような振動が何度も響き始める。
  しかし二人はそれを気にしていない。
  振動がさらに激しくなる。
  波が大きくうねり、思わず目を開く健司。
  高波が二人を吸い込む。
  海中で必死にもがく健司。海面に首を出す。
  周りを見回すが、愛子の姿がない。
  そして健司の目前に巨大な鉄塔のような
  ものが屹立している。
  空を見上げる健司。顔を強ばらせ、怯え
  た表情をする。
  巨大な鉄の手が健司を鷲掴みにし、握り潰す。

○ 吃驚し、目を覚ます健司のクローズアップ
  滑車音が鳴り響いている。
  地下鉄。人気のない車両。
  愛子の顔を確認するように見つめる健司。
  傍にいることがわかると、息を漏らし、
  愛子の手を握っている。
  ふと、左手の甲の傷を撫でる。
  怪訝にそれを見つめている。

○ 住宅街(朝)
  どんよりとした雲が立ちこめ、強風が吹
  いている。
  閑静な街の通りをとぼとぼと歩く神田。
  目前に古びたアパートが近付いてくる。

○ アパート前
  風音が響いている。
  アパートと対峙する神田。
  ひっそりとした長屋所帯。壁は黄色く変
  色し、所々ヒビが入っている。
  メモを見つめる神田。『朝倉』の名前の
  入った札を探している。
  左隅の明かりが照る部屋の玄関にその名
  前が書かれているのを目にする。
  部屋に近寄る神田。

○ 『朝倉』家・玄関
   引き戸が勢い良く開く。
   強面の中年女性が姿を現わす。
女性「(表情が柔らかくなり)あ・・・はい。」
神田「あっ、(手帳を見せ)警察ですが、朝
 倉美奈子さんですか?」
  怪訝に神田を見つめ、頷く朝倉 美奈子(40)。
神田「愛子さん、おられますか」
美奈子「いいえ、何かようですか?・・・」
神田「いや、愛子さんの友人から捜索願いが
 出されているので調べているんですが・・・」
美奈子「私、あの子とは、もうずいぶんと会っ
 てないんで・・・」
神田「彼女の居所とか、携帯の電話番号とか
 わかりませんか?」
美奈子「さぁ・・・」
神田「もし連絡があったら、僕の携帯に至急
 連絡ください」
  美奈子に名刺を手渡す神田。
美奈子「とっくに親子の縁は切れてるんです。
 だからあの子から連絡なんてこないと思い
 ますけど・・・」
  唖然とする神田。
  一礼すると、俯きながら引き戸を閉めよ
  うとする美奈子。
  咄嗟に手を差し出す神田。
  美奈子、ヒステリックな声を上げ、
美奈子「しつこいわね、あんた!」
  引き戸をピシャリと閉める美奈子。
  美奈子の豹変ぶりに驚愕している神田。

○ 警察署・階段踊り場
  山本が窓枠にもたれて、煙草を吹かしな
  がら携帯を耳にしている。
山本「何か収穫あったのか?」
   ×  ×  ×
  駄菓子屋の電話機の前に立つ神田。
  電話機の下に重ねて置いている十円玉を
  せっせと電話機に入れている。
神田「いないの一点張りですよ。近所の人の
 話しによると、昔は、仲の良い親子で評判
 だったらしいんですが、どうやら、美奈子
 に男ができてから、うまく行かなくなった
 らしくて・・・」
   ×  ×  ×
山本「男?」
   ×  ×  ×
神田「前の夫が交通事故で死んで、新しい男
 と一緒なったみたいです。でも、愛子は、
 男になつかなかったようです。それで、男
 が、頻繁に愛子に虐待をするようになって・・・」
   ×  ×  ×
  神田の話しに聞き入る山本。
神田の声「美奈子は、自分の子供よりも、そ
 の男を選んで、愛子を養子に出し、5年間、
 アメリカのほうで暮らしていたそうです」
山本「なるほどな」
神田の声「ちなみに、その男ってのは、元う
 ちの刑事です」
山本「なんて名だ?」
神田の声「川原崎学・・・」
  山本、眉間に皺を止せ・・・
山本「川原崎・・・」
神田の声「知ってるんですか?」
山本「3年前に痴漢の常習犯で 挙げられて
 懲戒免職になった俺の先輩だ」
神田の声「・・・そろそろ十円なくなるんで切りますよ」
山本「お前、今時コインで電話かけてるのか?」
   ×  ×  ×
神田「携帯のバッテリーが上がっちゃって。
 テレカも持ってなかったんで・・・」
  最後の十円を電話機に入れる神田。
   ×  ×  ×
山本「至急こっちに戻って来い。昨日の強盗
 犯からマスコミに次の犯行予告の連絡があったんだ」
   ×  ×  ×
  受話器を叩き付けるように置く神田。
神田「どいつもこいつも、似たり寄ったり・・・」
  そばにあった自販機を蹴る神田。

○ 臨海都市
  上空を三台のヘリが飛び回っている。
  高層ビル群の狭間を潜り抜けている。

○ 帝東銀行前
  数台のパトカーが列を作り、周りを取り
  囲んでいる。
  警官隊、機動隊を含め数百人が厳戒体制
  で立ち並んでいる。
  マスコミも入口前で賑わっている。
  レポーターがカメラに向かい、現場の様
  子を刻々と伝えている。

○ 地下鉄・ホーム
  電車が勢い良く通り過ぎる。
  慌ただしくビジネスマン達が歩いている。
  その中に紛れて歩く健司と愛子。
  時刻表の看板を通り過ぎる。
  時計は9時31分を指している。

○ バス・ターミナル
  乗り場に長い行列ができている。
  その中に青いサングラスをした忠がいる。
  ガムをむしゃくしゃ噛みながらバスへ乗り込む。

○ バス・車内
  窓際に座る忠。外の流れる景色を眺めている。
  雑居ビルを通り過ぎ、学校のグラウンド
  が見えてくる。
  ガムを噛み続けている忠。
  サングラスにグラウンドが映る。
  脳裏に幼い日の記憶が蘇り・・・

○ 忠の回想
  グラウンドを駆け回る忠。
  体育祭。
  ディフェンスする生徒達を潜り抜け、
  キーパーの隙をつき、ゴールへ鮮やかに
  シュートする。
  女の子達が忠に声援を送っている。
   ×  ×  ×
  教室内。健司 の机の前に行く忠。
健司「ひさしぶりに、あれやらない?」
忠「殺し合いか?」
健司「そう」
忠「おまえも、好きだな。もう、スーパーファ
 ミコンの時代なのに」
健司「アンチューも嫌いじゃないだろ?」
忠「まぁな」
  忠、万遍の笑みを浮かべている。
   ×  ×  ×
  教室。将来の夢を題材に生徒達が机に向
  かい、作文を書いている。
  前の席に座る健司。
  健司の作文。
  『僕は将来マリオになりたい。マリオの
  ように飛んだり、蹴ったり、跳ねたりで
  きるスーパーマリオになりたい。ピーチ
  姫みたいな美人と結婚したい』
  健司の4つ後ろの席に座っている忠。
  憮然とした表情で鉛筆を握っている。
  紙には、何も書かれていない。
  忠、口をツンと曲げ、暫くして、紙に何
  かを書き始める。
  忠の作文。
  『ファミコンを買ってくれる人が欲しい・・・』

○ バス・車内
  呆然と窓辺を見つめる忠。
忠「じゃあ、俺は、スーパールイージになってやるぜ」
  ジャンパーから拳銃を抜き取る忠。
  いきなり立ち上がり、銃口を天上に向け、
  三度引き金を引く。
  激しく轟く銃声。

○ 繁華街
  スクランブル交差点を行き来する人々。
  まばらに傘を差し始めている。
  その中を健司と愛子が歩いている。
  銀行の看板をあちこちと見回す二人。
健司「どれにしよう・・・」
  愛子、正面を見つめ、
愛子「アンチューなら、絶対あそこ狙うよ」
  愛子、100m先に建っているビルを指差す。
  『帝東銀行』と言う看板が掲げられている。
  唇を噛み締める健司。
健司「行こう・・・」
  歩き出す二人。

○ 帝東銀行・裏口通路
  機動隊が列を成して待機している。
  機動隊達の被るヘルメットにぽたりぽた
  りと雫が垂れる。
  地面がじわりと濡れ始める。

○ 国道沿い
  帝東銀行から50m離れた国道脇に止ま
  る白い覆面車。

○ 覆面車・車内
  助手席に山本、運転席に神田が座る。
  腕時計をしきりに見ている山本。時間は、
  10時56分を指している。
  山本、スーツのポケットからモンタージュ
  写真を取り出し、見つめる。
山本「なぁ、神田。お前、確か弟いたよな。
 何歳になる?」
神田「十六です。それが何か?」
山本「高校生か・・・」
神田「いいえ、先月、高校中退して・・・」
山本「どうして?」
神田「勉強なんてやっても意味ないからって、
 説得する間もなく、気づいたら・・・」
山本「どこで働いてるんだ?」
神田「・・・わかりません。三日前から家を
 出たまま戻ってなくて・・・」
山本「(失笑し)ほったらかしか・・・」
神田「言って聞くような奴だったら、こんな
 ふうには、なってないですよ・・・」
山本「・・・それもそうだな」
神田「罪悪感もない、人間的な感情を持たな
 い自己中心的な連中に、未来なんてありま
 せんよ・・・」
山本「弟もか?」
神田「ええ・・・」
  失笑する山本。口を曲げる神田。
神田「何がおかしいんです?」
山本「前に、うちの娘も家出して、援交して
 たこと思い出して・・・」
神田「・・・」
山本「あいつの気持ちが知りたくて、街に出
 た。そして、そこでちょうど娘と同じくら
 いの歳のあの娘に声をかけられたんだ。話
 をしているうちに、妙な気分になってな。
 酒を飲んだ後にホテルに行った。それが始
 まりだった」
  憮然とした表情で耳を澄ましている神田。
山本「何回か会ううちに、その娘は、銃をく
 れないかと言ってきた。もちろん、俺は、
 ことわった。だが、しつこく迫られてな。
 そうやって会い続けているうちに、あの子
 といるのがだんだん楽しくなってきて・・・」
  山本、フロントガラス越しの遠くの景色
  を見つめている。
山本「気づいたら家から妻も娘も消えて、残っ
 たのは、30年払いのローンだけだ。空し
 いよな、こつこつ真面目にやってきた挙げ
 句の果てがこのあり様じゃあ・・・」
神田「だから、魔が差したってわけですか?」
  神田を見つめる山本。神田、ジッと正面
  を向いたまま。
山本「・・・俺も歳だな。あんなガキにのせ
 られるなんて・・・」
神田「正直、ショックです。いろんな難事件を
 解決してきた山さんみたいな人がこんな事件
 に絡んでたなんて・・・」
山本「・・・」
  神田、山本を見つめ、
神田「口封じに僕を殺しますか?」
  山本、失笑し、
山本「俺はな、お前を心底信じてるから本当の事を
 話したんだ。自分で巻いた種だ。後始末は、自分で
 つける」
  周りを見渡す山本。
  −秒針が音を奏で始める−
  張り詰めた空気が漂う現場。しだいに雨
  が強くなる。
  雨具を装着する報道陣達。構内にある吹
  抜けや、駐車場の屋根に身を寄せている。
  カメラマンが持っているラジオから台風
  情報が聞こえてくる。
アナウンサーの声「大型の台風12号は、勢
 力を依然維持しながら近畿地方の海上を北
 北東に進んでいます。管区気象台から大阪
 府に、大雨、暴風、洪水、波浪警報が発令
 されました。付近の方々は、呉々もお気を
 付け下さい」
    ×  ×  ×
  銀行内。通常の業務に当たっている行員
  達。客と応対する女子行員達。笑顔を絶
  やさない。
  奥のデスクに座る支店長。咄嗟に立ち上
  がり、周りをそわそわ見つめ落ち着かな
  い様子。
  ずぶ濡れになった女子高生達がブー垂れ
  ながら入ってくる。
  警備員が彼女らに近寄る。
警備員「君達、学校は?」
女子高生A「暴風警報が出たから途中で授業
 終わったの。別にさぼってんじゃないわよ。
 っるさいわねぇ」
  ふてくされる女子高生。
  TNSのカメラマン達が玄関前を陣取り、
  スタンバイをかけている。
  レポーターが喉の調子を気にしている。
  自動ドアが開き、その側を横切る健司。
  カウンターへ突き進む。
    ×  ×  ×
  覆面車。神田が窓を開き、周辺を睨みつ
  けている。
  暫くして、手前の交差点から勢い良く疾
  走するバスが現われ、覆面車の真横を通
  り過ぎて行く。
  仰天する二人。
神田「山さん!」
山本「やばい、早く出せ!」

○ 同・銀行内
  カウンターの前に立つ健司。
女子行員「いらっしゃいませ」
  黙然とスーツの中から拳銃を抜き、女子
  行員に向ける。
健司「(声を震わせ)じゅ・・十億出せ」
  天上に向け拳銃を撃つ健司。
  叫び声が上がる。唾を飲み込む健司。
女子行員「あのぉ、二十億じゃないんですか?」
健司「(動揺し)えっ?」

○ 同・銀行前
  急ブレーキをかけ、立ち止まる。
  扉が開き、中から運転手と忠が現われる。
  後頭部に銃口を突き付けられている運転手。

○ TVカメラの映像
  銃を振り回す健司の姿が映し出されている。
レポーターの声「ただ今我々の目の前に犯人
 が姿を現わしました。ええ、犯人は、拳銃
 を持っています・・・私が見た限りでは、
 どうやら、昨日の事件で人質になっていた
 人物とよく似ているようですが・・・と言
 うことは、彼は、共犯だったということに
 なるのでしょうか?」

○ 帝東銀行内
  玄関口の扉が開き、人質を連れ入ってくる忠。
  健司、思わず拳銃を向け、目を見開く。
健司「アンチュー!」
  テレビ画面に忠と人質、健司が対峙して
  映っている。
忠「おまえ、ここで何してんだよ?」
レポーター「どう言うことでしょうか?拳銃
 を持った男がもう一人、人質を連れ、店の
 中に現われました」
  ブラウン管に忠の顔がアップで映し出される。
忠「おい、20億用意したのか?おまえら、昨日
 の事件知ってるよな?」
  思わず、両手を上げ、身震いする支店長。
  TVカメラを見て、驚愕し、慌てふためく健司。
健司「なんで、あそこにTVカメラが?・・・ 」
忠「俺達、歴史に名が残るぜ」
健司「何のために、そんなことするんだよ?」
忠「まぁ、見てろ」
  忠、カメラの前に行き、
忠「おい、TNS!予告通り来てやったぞ。
 ちゃんと中継しろよ、高視聴率間違いなしだからな」
  忠の背後で手を振り騒ぎ、わめいている
  女子高生達。
  忠、無邪気にキスポーズをとり、
忠「おぅ、来てくれて、サンキュー!」
  忠、健司と向き合い、
忠「愛子はどうした?」
健司「車探してる」
忠「また、突撃係か」
健司「俺・・・あの子と寝た・・・」
忠「はぁ?」
健司「俺、あの子と寝たんだ」
忠「それがどうした?」
健司「えっ?」
忠「一度寝たくらいで女がその気になるなん
 て思ってんなら、お前は、超ドアホだ」
健司「・・・」
忠「それとも、俺からあいつを奪い取るつも
 りでいたのか?」
  健司、咄嗟に忠に拳銃を向ける。
忠「(失笑し)おいおい、マジかよ?」
健司「俺、彼女に惚れたんだ・・・」
忠「あいつは、お前向きじゃないって・・・」
健司「そんなのは、愛が・・・」
  健司の言葉を奪い取るように、忠も喋り
  出し、
忠「愛があれば・・・なんてつまらない事を
 言うつもりじゃねぇよな?」
  健司、顔を歪ませ、動揺し、
健司「そうやって人の揚げ足取るの、やめろよ!」
忠「じゃあ、撃ってみろよ」
  健司、両手で拳銃を持ち、引き金を引く。
  弾は、忠をそれ、報道陣等の集まる壁に
  当たる。思わず、尻餅をつくレポーター。
忠「俺の番だぜ、マリオ!」
  忠、銃を撃つ。右腕を撃ち抜かれる健司。
  のけ反るように床に倒れる。
  忠、健司の拳銃を拾い、TVカメラに顔
  を向ける。
忠「薄汚れて、醜くて、くだらないこの現実
 に飽きてしまった奴ら、今すぐここに来い!
 生きてる実感が味わえる貴重な体験ができ
 て、しかも、ビックボーナスも手に入る。
 ゲームや、遊園地のバーチャじゃ、夢は、
 叶わないぜ!」
   
○ 繁華街
  街頭のエキシビジョンに映る忠。
  画面を見つめる数人の若者達。
男A「20億なんて大金盗む奴いるんだなぁ、すげぇ」
女「現金もらえるって言ってなかった?」
男B「まさにデンジャラスボーイ」
女A「カッコいい!」
男C「ただのイカレポンチだろ?」
男D「平成のボニーアンドクライド」
女B「古いよ、ナチュラルボーンキラーズでしょ?」
男E「なにそれ?」
  若者達が一斉に慌ただしく歩道を走り始める。
  沿道に止まるタクシーの列。
  煙草を吸う運転手。大柄な体格。ふてく
  された表情で乗客に気づき、後ろのドア
  を開ける。
  乗り込む乗客。愛子である。雨でずぶ濡れである。
愛子「降りて」
運転手「はっ?」
  愛子の顔を覗き込む運転手。
  ナイフをかざし、運転手の頬に突き出す愛子。
愛子「早く!」
  運転手、ドアを開け、素早く外へ走り去る。

○ 帝東銀行前
  機動隊や警官隊が中の様子を見守っている。
  山本と神田もずぶ濡れになりながら状況
  を見つめている。
  背後から高鳴るエンジン音が響き始める。
  数百台のバイクに乗った少年達が機動隊
  等に向かって突進してくる。
  機動隊に向かってバットを振りかざすも
  の、発煙筒を放ち、煙を巻き散らすもの、
  殺虫剤を巻き散らしているもの、火炎瓶
  を投げ付けるもの、エルボーを食らわす
  ものなどすざましい光景である。
  警官隊に蹴りを入れる少女、玉子をぶつ
  ける女子高生そして警棒を奪い、数人で
  機動隊員を殴り付けてるものもいる。
  神田、原付に乗る少年からバットを取り
  上げようとしているが、逆に前のめりに
  なり、地面に引き摺られてしまう。
  山本、バットで腹部を思い切り殴られて
  いる。逆ギレした山本。逆にバットを奪
  い取り、少年達の穴を殴り飛ばしている。

○ 同・銀行内
  カウンターに次々と札束の詰められたバッ
  クが置かれていく。
支店長「1つの鞄に4億入っています」
  バスの運転手に拳銃を突き付けている忠。
忠「中を見せろ」
  恐る恐る袋の中から現金を出す支店長。
  その様子を実況しているリポーター。
リポーター「ええ、ただ今帝東銀行の支店長
 が現金を取り出し、犯人に見せているよう
 です・・現場は非常に緊迫したムードに包
 まれています」
忠「よし、バスまで運ぶぞ!」
  健司、床をはえずりながら忠のそばに近
  付いている。

○ タクシー・車内
  ハンドルを握る愛子。信号が赤になり、
  立ち止まる。
  カーラジオからニュースが流れている。
アナウンサーの声「帝東銀行南方支店に今日
 の11時頃、昨日、丸山銀行から十億円を
 を奪ったと見られる犯人が現われ、バス運
 転手を人質に立てこもっている模様です。
 ただ今入った情報によりますと、現場では、
 バイクでかけつけた少年達が暴動を起こし、
 警察や機動隊に襲い掛かっているとのこと
 です。警察本部は、直ちに限界態勢を引き、
 現場の収拾に当たっています。ええ・・・ 
それでは、いったんここで台風情報です・・・」
  ラジオに聞き入っている愛子。表情は、暗い。

○ 銀行内
  忠の足首を掴む健司。
  下を覗き見る忠。
忠「また、俺の勝ちだな、健司」
  健司の手を振り払うと、バス運転手と鞄
  を持った5人の女子行員達と共に立ち去っ
  て行く忠。
健司「クソッ!」
  立ち止まり、振り向き、
忠「今度会う時までに、覗きは、卒業しろよ」

○ 同・銀行前
  運転手を前に立てて、バスに向かって歩
  いている忠。その後を女子行員達が続い
  て歩いている。
  バス前の路上で暴動を起こしている青少
  年達。忠に気づき、歓声を上げる。
男A「もっとガンガンやりまくれ!」
  忠、ほくそ笑み、手を振っている。
  女子行員からバックをひったくり、中の
  現金を空高く舞い上げる忠。
忠「ビックボーナスだ、受け取れ!」
  散らばる札に目を奪われ、一斉に金の前
  に集まってくる青年、少年達。
  機動隊員等が、その隙を狙い、次々と青
  少年達を取り押さえ始めている。
  バスの周りを数十台のパトカーが取り囲
  み、遠くからパトカーのサイレンが何重
  にも重なって、街全体に響き渡る。
  街は、アナーキーな雰囲気に包まれている。
忠「世の中をおかしくした腰抜けどもに、パワー
 を見せつけてやれ!」
  忠達を取り囲む機動隊員達。
  女子行員が次々とバスに乗り込んでいる。
  そして運転手も乗り込む。
  忠は、周りを見渡しながら、無気味な笑
  顔を浮かべ、バスの扉口に立つ。
  TNSのカメラマン達が追いかけるよう
  にして、バスに近付いてくる。
忠「乗れよ」
  レポーターが喋りながらバスに乗り込んでいく。
  銀行の出入り口のドアガラスが開き、中
  から健司がふらつきながら出てくる。
健司「アンチュー!」
  忠、健司を見つめる。
  機動隊と少年達の渦の中で山本が忠を睨
  み付けている。
忠「そいつに手を出すなよ、出したら人質殺すぞ!」
  健司、ゆっくりと忠の前に近づいてくる。
  山本、少年達をはねのけ、忠に拳銃を向
  ける。しかし、目の前で少年達が動き回
  り、照準が定まらない。
  山本、バスに近づいている健司のほうに
  銃口を向ける。
  山本、息を飲みながら、引き金に指を当
  てる。突然、後ろから若者が山本の背中
  に倒れ込んでくる。山本、若者共々地面
  に勢い良く倒れる。
  健司、忠の前に辿り着き、
忠「乗れよ。今度は、俺がバスの中からお前
 を突き落としてやる」
  ニタッと笑みを浮かべる忠。
  健司、怪訝に忠を見つめながらも、右腕
  を押さえながら、バスの中に乗り込んでいく。
  忠、辺りを見回すと、サッとバスに乗り
  込む。バスの乗降口のドアが閉まる。
  勢い良くバックするバス。群がる若者達
  の狭間を潜り抜け、国道へ向かって走り始める。
  数台のパトカー、少年達のバイク、マス
  コミの車両などが一斉にバスの後を追い始める。
  山本、神田と共に覆面車に乗り込み、他
  の車両と共に走り出す。
  沿道には、やじ馬達が集まり、状況を見
  守っている。

○ タクシー・車内
  カーラジオが流れている。
アナウンサーの男の声「現場のほうはかなり
 異様な空気が立ち込めている様子ですね。
 現在バスは国道131号線を北上し始めました」
  愛子、Uターンし、スピードを上げ走り抜く。

○ 国道を走り抜けるバス
  豪雨の街の中を走っている。

○ バス・車内
  女子行員達が一番後ろの席に座っている。
  運転手に銃を突き付けている忠。
  対向車線を走る車の列から一台のタクシー
  が食み出し、バスの正面に突き進んでくる。
  忠、タクシーを睨み付ける。
  ブレーキを踏み、思いきりハンドルを切る運転手。
  女子行員達が前のめりに体を揺さ振られる。
  健司、座席に掴まり、堪えている。

○ 急停車するバス
  バスの前に横滑りしながらタクシーが立ち止まる。
  運転籍のドアが開き、愛子が降りてくる。
  バス前に立ちはだかる愛子。忠を見つめている。
愛子「アンチュー!」
  万遍の笑みを浮かべる愛子。
  忠も笑みを浮かべる。
  と、突然一台の黒い車が愛子の目の前で立ち止まる。
  両ドアが同時に開き、山本、神田が銃を
  構えながら降りてくる。
  愛子、山本を睨み付けている。
  山本、愛子の元へゆっくりと歩いている。
  神田、バスの中の忠に銃口を向けている。
山本「(愛子を見つめ)久しぶりだな」
愛子「・・・」

○ バス車内
忠「(フロントガラス越しに見える山本を睨
 み付け)あのクソジジィ!」
  忠、バスの乗降口に向かい、

○ バスの乗降口の扉が開く
  バスから降りる忠。
  愛子を羽交い締めにし、蟀谷に銃口を当
  てている山本。
  カメラマン達もバスから降り、状況を見
  守っている。
  リポーターが静かに状況を伝えている。
リポーター「ええ、どうやら、また、かなり
 緊迫した状況になってまいりました。犯人
 の友人か、恋人、あるいは、昨日の強盗事
 件の共犯かと思われる女が・・・あれは、
 警察関係者の人でしょうか?男に掴まっています」
  バスの周りにパトカーや少年等のバイク
  など、物々しく集まり出す。
  バスの500m前方に数台のパトカーが
  バリケードを張るように立ち止まる。
  護送車に乗っていた起動隊員達が次々と
  降りてきて、パトカーの前に並び、ライ
  フルを構え佇んでいる。
  忠、山本に銃を向ける。忠の背後に立つ
忠「そいつから、手を離せ!」
  神田、忠の背中に銃口を向けている。
神田「銃を降ろすんだ!」
  忠、神田の声に耳を貸さず、ジッと山本
  を睨み付けている。
山本「俺の手帳を返してもらおうか?」
忠「やだね」
山本「ヒーロー気分でいるんだろうがな、そ
 りゃあ大きな勘違いだぞ」
忠「勘違いでもしてねぇと、生きてられねぇんだよ」
山本「平和な街を目茶苦茶にしやがって・・・ 」
忠「見せかけだけのぬるい平和なんてクソだぜ!」
愛子「アンチュー!」
忠「あんたも俺達の共犯なんだ。偉そうな
 口叩いてんじゃねぇよ」
山本「ああ、だから止めに来た」
  山本、撃鉄を起こし、
忠「血迷うなよ、おっさん」
山本「この子と死ねたら、本望だ」
  山本、苦笑ながら、引き金に指を当てる。
  神田、ゆっくりと忠に近寄っている。
  神田の頭上にあるバスの窓が開く。窓か
  らバックが放り出され、神田の頭に目掛
  けて落ちる。
  神田の頭に鞄が当たり、その重みで前の
  めりに地面に倒れる。
  窓から神田の様子を見つめている健司。
  物音に気づき、一瞬後ろを見つめる忠。
 
○ バス車内
  健司、後ろの席の様子を見つめる。
  座席に座る女子行員達。涙を浮かべ泣い
  ているもの、身震いしながら俯いている
  もの、足をがくがくと震わせているもの
  もいる。
  健司、罪悪感に心が揺れている。

○ バス前
愛子「私が好きならさ、こんなことするのやめてよ」
  愛子、笑顔を浮かべ、
愛子「ポリなんか、今すぐ辞めて、私達と一
 緒に来ない?」
山本「もうそんな手には、のらんぞ。大人を
 たぶらかすんじゃない・・・」
  愛子、突然、山本にキスをする。
  バスの中の健司、目を見開き、愕然とし
  ている。
  愛子、透かさず、山本の拳銃を奪い、左
  足で山本の急所を蹴り上げると、すぐさ
  ま、山本のそばから離れる。
  悶絶する山本に銃口を向ける愛子。
愛子「(両手で銃を構え)ポリなんて、大っ嫌い!」
  愛子、山本を睨み付け、引き金を引く。
  山本、左肩を撃ち抜かれ、そのままのけ
  反るようにして地面に倒れていく。
忠「愛子、ナイス!」
  愛子、笑みを浮かべ、忠の元に駆け抜け
  ていく。
  忠の体に飛び込んでいく愛子。きつく抱
  き合う二人。
  暫くして、二人、顔を見合わせ、
愛子「生きてて良かったぁ」
忠「不死身なんだよ、俺は!」
  二人、バスに乗り込もうと、バスの乗降
  口に向き、唖然とする。
  健司が忠に拳銃を向けている。
  眉を顰る忠。
忠「これで3度目だ」
健司「何がだよ」
忠「おまえの間抜けさに驚かされた回数」
愛子「なんでこんなことするの?」
忠「お前のことが好きなんだってさ」
愛子「ふ〜ん」
  健司、愛子の反応に呆気にとられている。
愛子「やめときなよ。そんなくだらないこと
 で殺し合いなんて・・・」
  健司、一気にボルテージが下がり、銃を
  降ろす。天井に顔を向け喚き出す健司。
健司「なんでだよ、なんでアンチューに勝て
 ないんだよ!」
  突然、轟く銃声。
愛子「アンチュー!」
  健司、おそるおそる忠達の方を向く。
  忠がうつ伏せで地面に倒れている。背中
  から大量の血が流れ出している。
  吃驚する健司。
  愛子、拳銃を構え、引き金を引き捲る。
  右手に拳銃を構えたまま、地面に倒れて
  いる神田が銃弾を浴び続けている。
  愛子の銃の弾が切れる。愛子、銃を捨て
  忠を抱き上げる。
愛子「さっき不死身だって言ったじゃない、
 アンチュー!」
  忠、うっすらと目を開け、力ない声で喋り出し、
忠「ウッソ〜・・・俺は、ただの人・・・」
愛子「(涙を浮かべ)死ぬなんて嫌だ!」
忠「(健司の方を見つめ)ゲームみたいに何
 度でも生き返れたらいいのにな。これじゃ
 あ、おいしいところ取りじゃねぇかよ、健
 司。ふざけやがって・・・」
  忠、息絶える。泣きじゃくる愛子。
  健司、悲壮な表情で、忠の死に顔を見つめ、
健司「やっぱり、リアルなゲームより、RP
 Gやってるほうが気楽だよ・・・アンチュー・・・」
  機動隊が一斉にバスに向かって歩み寄っ
  てくる。
  健司と愛子、忠を抱き上げ、バスの中に乗り込む。

○ バス車内
  運転席のそばに立つ健司。
健司「皆、降りてくれ!」
  バスの運転手、そして、女子行員達が一
  斉に立ち上がり、一斉に降りて行く。
  報道陣達も二人にカメラを向けながら、
  立ち去っていく。
  忠を抱きしめ、頬擦りしている愛子。
  健司、愛子の背中を悲しげに見つめると、
  意を決した表情で運転席に座り込む。
  目の前にいる警官達、機動隊員を睨み付ける。
  倒れていた山本が突然起き上がり、健司
  に銃口を向ける。
  健司、おもいきりアクセルを踏み込む。

○ エンジンを上げ、走り出すバス
  山本に向かって突き進むバス。
  山本、驚愕し、声を上げる。
  バスの車体の下敷きになる山本。
  スピードを上げ、起動隊員達に突っ込んで行く。
  機動隊員達、一斉にライフルを発砲し始める。
  バスのフロントガラスが割れる。ボディ
  が一瞬にして、蜂の巣になる。
  バス、起動隊員達の合間を抜け、止まっ
  ているパトカーを弾き飛ばす。激しい衝突音。
  パトカーの車体が飛ばされた勢いで何度
  も回転し、機動隊の方に突っ込んでいく。
  パトカーに乗り込む警官。
  サイレンが激しく唸り出す。バスの後を
  追い始める数台のパトカー。
  報道車両やバイク、そして、若者達の乗っ
  た車やバイクも後を追い始める。

○ バス車内
  額を切り、血を流している健司。
  愛子、健司のそばに寄り、
愛子「どうするつもり?」
健司「逃げ切る。絶対に・・・」
  健司、ミラーで涙で濡れた愛子の顔を見
  つめる。
  道の向こうに吊橋が見えてくる。

○ スピードを上げ、橋に向かって突進するバス
  橋の向こうに5台のパトカーが横になっ
  て止まり、バリケードを張っている。
 
○ バス車内
  愛子、正面を見つめ、
愛子「やっぱり、駄目みたい・・・」
健司「負けるか!クソ!」
  健司、アクセルを踏み込み、スピードを上げる。

○ パトカーの前に数十人の機動隊員達が現れる
  機動隊員達、一斉にしゃがみこみ、ライ
  フルを同時に発射し始める。
  激しく鳴る発砲音。
  バスの前面のボディにさらに風穴が開き、
  両輪のタイヤが破裂する。
  バスは、蛇行し、やがて道を逸れ、左側
  の柵を薙ぎ倒し、橋から飛び出す。
  30m下の川に向かって、ゆっくりと真っ
  逆様に落ちていくバスの車体。
  川面に勢い良く突っ込み、大きな水しぶ
  きが上がる。
  川の中に沈み込んで行くバス。
  暫くして、一万円札が川面に浮き初める。
  やがて、川面一体を、一万円札が覆い尽くす。
  橋の上から様子を窺っている警官達。
  報道陣達が川にカメラを向け、シャッター
  を切り続けている。
  若者達が落胆した面持ちで川を覗き込んでいる。
  レポーターがTVカメラの前に立ち状況
  を語り続けている。
レポーター「なんとも凄まじい現状です。三
 人の乗ったバスがたった今、橋から転落し
 ました。はたして、犯人達は、無事なんで
 しょうか?・・・」
  カメラのファインダーが川面に浮かぶ一
  万円札を捉える。シャッター音が鳴る。

○ 川面に浮かぶ一万円札のモノクロ写真のアップ
  やがて、ズームアウトすると、そこは、タクシー
  の車内である。
  運転席で事件記事を書いた雑誌を読んで
  いるドライバーの男。
  記事の見出しには、
  『驚異の反乱、ゲーム感覚、浅はか過ぎ
  る若者達の謀略・・・』
  『警察署に潜む銃横流し組織の全容』
  と書かれている。
  後ろのほうでガラスをこつく音がする。
  ドライバー、後ろを振り向き、後部席の
  ドアを開ける。
  乗り込んでくる一人の女。後ろ姿で顔は、
  見えない。
ドライバー「お客さん、どこまで?」
女「邪魔だから、降りてくれない?」
  ドライバー、女を見つめる。女、男の顔
  の前にナイフを近づける。
  愛子似の赤毛の女が笑みを浮かべている。

○ エンドタイトル
  黒画面からフェード・イン。
  青く広大な海に健司、忠、愛子が手をつ
  なぎ、肩を並べ浮かんでいる。
  無邪気に笑顔を浮かべる3人。はるか彼
  方の地平線にあてもなく流されている。
  画面は、少しずつズームアウトし、地平
  線に微かに顔を出す太陽、広大な海と青
  い空を映し出す。
忠の声「案外こっちに来るのが早かったな。
 粘りが足んねぇぞ、健司」
健司の声「頑張ってみたけど、やっぱりアン
 チューには、勝てないや」
忠の声「スーパールイージの強さがわかったか?」
健司の声「ところでさ、アンチューの夢って一体なんだったの?」
忠の声「ここがそう・・・おまえらは、どうなんだ?」
健司の声「僕も好きだよ、ここ」
愛子の声「私も。じゃあさ、ずっとここでこ
 うしていようよ。三人で・・・」
忠の声「でも、刺激がないぞ、ここ・・・」
愛子の声「そんなの、もういらないじゃん」
忠の声「まぁな」
 
     − 完 − 

【2002.11/8 『ガースのお部屋』シナリオ『ストレート』】

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