『80’sハンターズ』 パイロット

BY ガース『ガースのお部屋』

○ 電気街
  店頭に並ぶ様々な電化製品。
  大型プラズマテレビに映る野球中継。そ知らぬそぶりでテレビを横切る人並み。
  アーケードを歩く水色のパーカーと黒のジーンズを身につけた青年・高賀麗次(25)。
  黒いリュックを背負っている。
  麗次、俯きながら、横断歩道を渡り、向かいのアーケードを歩き出す。

○ 裏通り
  アニメキャラのコスプレやゴズロリファッションの若者達が賑やかに集う。
  その合間を通り抜けて行く麗次。

○ ゲームショップ・店内
  棚に溢れんばかりに並べられているゲームソフト。
  中年、子供、カップルと、たくさんの客が通路にひしめき合う。
  RPGのコーナーの前に立つ麗次。
  ソフトを手に取り、ケースの説明を読んでいる振りをしながら、ちらちらとカウンターの様子を窺っている。
  カウンターに立つ若い女性店員。
  眼鏡をかけ、ツインテール。
  まじまじと、女性店員を見ている麗次。
  麗次、喉を鳴らし、緊張した面持ちでカウンターの前に進む。
  カウンターに立つ麗次。
女性店員「いらっしゃいませ…」
  女性店員、麗次の顔を見て、「またか」と言った投げやりな表情を浮かべる。
  麗次、俯きながら、手に持つソフトを店員に渡す。
  女性店員、黙々とソフトのバーコードを読み取り、レジを打つ。
女性店員「4980円になります…」
  麗次、ポイントカードを差し出し、
麗次「ポイント…」
女性店員「えっ?」
麗次「ポイント使いたいんですけど…」
女性店員「ああ、はい…」
  女性店員、カードを受け取り、スキャンする。
女性店員「合計1070ポイントですね。3910円になります」
  麗次、財布から4000円を出し、店員に渡す。
女性店員「90円のお返しになります」
  ソフトの入った袋とお釣りを受け取る麗次。
  麗次、女性店員をジロジロ見回し、立ち去る。
  不愉快そうにしかめっ面を浮かべる女性店員。

○ ボウリング場(麗次の夢)
  並べられた十本のピンが転がってきたボールで勢い良く倒される。
  ガッツポーズをする麗次。自信に満ち溢れた表情をしている。
  座席に座る田上美春(麗次の初恋の人)似の女。セミロングの髪をし、眼鏡をかけている。
  赤いシューズを履いている。戻ってきた麗次とハイタッチする。
  座席に座る麗次。モニター画面に映るスコア表を見つめる。
女「調子良いね」
  眉をひそめる麗次。
麗次「なんかデジャ・ビュ」
女「えっ?」
麗次「今日のスコア。点の取り方が昨日と全く同じ」
女「気のせいじゃない?」
麗次「2、6、8フレームのストライクと4、7のスペア、他のフレームの点数も全く同じ…」
  麗次、ズボンから4つ折りの紙を取り出し、開く。紙は、昨日の得点表。
  得点表を女に渡す麗次。
  女、得点表を一瞬見た後、破り捨てる。
  女の足元に落ちる紙屑。
  唖然としている麗次。
女「案外細かいね」
  麗次、座席の下に置いていたリュックから数十枚の4つ折りの紙を出し、一つずつ開いて行く。
  紙は、全て得点表。どれも同じ点の取り方のものばかり。
麗次「一昨日、三日前、四日前、五日前…一週間前、二週間前…皆同じだ」
  女、立ち上がり、ボールを持って、レーンの前に行く。
  麗次、女の背中を見つめ、
麗次「君、誰?」
  女、右腕を大きく振り上げ、
女「私の事忘れたの?次ストライク取ったら教えてあげる」
  ボールを投げる。
  勢い良くレーンを転がるボール。一直線に真ん中のピンに向かい、テンピンを弾き飛ばす。
麗次「そう言えば、俺…ボウリング一度もやったことない…」
  振り返り、微笑む女。
女「残念。せっかく会えたのに…」
  呆然とする麗次。

○ 麗次の家・2F和室(翌日)
  激しく鳴る目覚まし時計。
  時計のボタンを押し、静かに起き上がる麗次。
  雑然とした部屋。山積みされた雑誌、DVDが散らばっている。奥の棚には、ゲームソフトや、
  アニメの単行本が綺麗に並べて置かれている。パソコンのデスクの上にカップ麺の食べ残し。
  
○ 同・1Fキッチン
  テーブルの上にカップ麺を置く麗次。
  ポットのボタンを押し、カップ麺にお湯を注ぐ。
  3分後。椅子に座り、スルスル音を立てながら、カップ麺を食べている麗次。
  
○ 駅・改札口
  自動改札機に定期を差し入れ、改札を潜る麗次。

○ 同・ホーム
  人がまばらに歩いている。
  椅子に座り、PSPでゲームをしている麗次。
麗次(N)「100年に一度の大不況と言われている時代にいるが、俺のマイペースな日常は、
 相変らず続いている…」

○ 電車内
  まばらに人が乗っている。
  シートの隅っこに座る麗次。ゲームをしている。
麗次(N)「今日もまたあの場所に行く。もはや庭だ」

○ 電気街
  アーケードの下を歩く麗次。リュックを背負っている。雑踏の中、自分と同じ匂いのする
  若者達を漫然と見渡しながら進んでいる。

○ ゲームショップ
  店頭の棚にぎっしり積み置かれているゲームのパッケージ。棚の前に立つ麗次。
  パッケージ裏の説明文を読む振りをして、カウンターの様子を見ている。
  昨日の女性店員の姿がなく、レジを打っているのは、男性店員である。
  小さく舌打ちする麗次。
  隣に立っていた男が麗次の肩にぶつかり、気にせず立ち去って行く。
  麗次、不機嫌そうに顔を歪め、男を睨み付けるが足がすくんでいる。

○ ゲームセンター・店内
  人はまばら。
  激しい電子音。
  挌闘ゲームのテーブルに座り、呆然と画面を見ている麗次。

○ フィギュアショップ
  ロボットアニメ系の棚の前に立つ麗次。
  箱を手に取り、品定めしている。

○ レトロ玩具ショップ
  店頭のショーケースの前に立つ麗次。
  トランスフォーマーの玩具やキン肉マンの消しゴムなどが所狭しと並べられている。
  それをジッと見ている麗次。
  ガチャガチャコーナーの前に立つ麗次。
  人気アニメの食玩のガチャガチャを見ている。
  お金を入れ、ハンドルを回す麗次。中から透明のカプセルが出てくる。
  中身を確認する麗次。前に出したものだと知り、思わず舌打ち。
  若い親子連れが麗次の隣にやってくる。
  小さい子供が元気良くガチャガチャの前にやってきて、指差している。
子供「これやる!」
  父親がお金を入れる。ハンドルを回す子供。カプセルを持ち、嬉しそうに中を見て、はしゃぎ回る。
  その様子を冷たい目で見ている麗次。

○ 電気街にある歩道橋
  橋の真ん中に立つ羽織・袴姿の白髪、白髭の老人・三木(63)。
  三木、電気街の様子を寂しそうに見つめている。
  雑踏の中を歩く麗次を見ている三木。

○ 歩道橋・階段
  階段を上っている麗次。橋の上を歩き始める。
  三木の背後を横切る麗次。
  三木、麗次に声をかける。
三木「おい、青年!」
  立ち止まり、振り返る麗次。
三木「落し物だ」
  三木、あるものを麗次に投げる。
  キャッチする麗次。
  三木、スタスタと立ち去る。
  掴んだものを確認する麗次。
  小さな箱である。
  箱を開ける麗次。中に水色のたまごっちが入っている。
  たまごっちを懐かしそうに見つめる麗次。
  麗次の脳裏にある記憶が蘇る。

○ 回想
  学校・廊下。
  学生服姿の麗次(13)。同じクラスの田上美春(13)と会話している。
  麗次、たまごっちを美春に渡すと、寡黙にその場を走り去って行く。
  たまごっちを嬉しそうに見ている美春。

○ 歩道橋
  階段を下りている三木。
  慌てて、三木の後を追う麗次。
麗次「ちょっと!」
  三木、構わず前進している。

○ 電気街・アーケード
  混雑する通りを歩く三木。
  三木の後を追って歩く麗次。
  三木、突然立ち止まる。
  麗次もつられて足を止める。
  三木、振り返り、麗次を見つめ、
三木「何か用か?」
  麗次、寡黙にたまごっちを三木に見せる。
三木「いらないのか。じゃあ捨てろ」
麗次「どこで拾ったんですか、これ?」
三木「拾っちゃいない」
  三木、踵を返し、麗次の前から立ち去って行く。
  麗次、まじまじとたまごっちを見ている。

○ 高賀家・2F・麗次の部屋
  液晶テレビに映る昔の映像。
  原宿、ストリートで竹の子族が踊る姿が映っている。
アナウンサーの声「高度成長が真っ只中、好景気に沸いた6、70年代、若者達のエネルギーが
 新しい時代を切り開き、日本は、更なる繁栄を築いた。そして、80年代…」
  80年代中期の東京の町並み。
  ゲームセンターに群がる若者達。
  家でファミコンをする少年達。
  テレビに「スーパーマリオブラザーズ」の画面が映っている。
  ベッドの上で横になる麗次。漫画本を読んでいる。ふと、読むのを止め、漫画本を本棚に置く。
  パーカーのポケットからたまごっちを出し、まじまじと見ている。
麗次「似てるけど、そんなはずは…」
  麗次、テーブルにたまごっちを置く。
  立ち上がる麗次。レコードプレーヤーの前に行き、ターンテーブルにのっている
  LP盤に針をソッと置く。
  大きなスピーカーから流れてくるおニャン子クラブの『セーラー服を脱がさないで』。
  流れる歌声に合わせて、鼻歌を歌い出す麗次。
  机の引き出しを開ける。
  綺麗に並べられた80年代の車のミニカー。
  82年製のシルビアのミニカーを手に取り、まじまじと見ている。
麗次(N)「最近なぜか、この年代のものにはまっている。思い出があるわけじゃないのに…」
  本棚にぎっしりつまっているレコード盤。
  麗次、一枚取り出している。
麗次(N)「親父が倉庫に残していた古いレコード盤を見つけた時から、病み付き」
  また、ベッドに寝転ぶ麗次。
  テーブルの上の携帯を手に取り、メールを確認している。
麗次(N)「友達もいないのに、無意味なメール確認も日課の一つ…」
  素早くボタンを押している麗次。
  動きを止め、天井をボーっと見つめる。
麗次(N)「あのじいさん…何か無性に気になる…」

○ 電気街(翌日)
  人がまばらなアーケードを歩く麗次。
麗次(N)「一週間に一回と決めていたはずなのに…これで二日連続だ」
  立ち止まる麗次。目前に見える歩道橋を見つめる。
  橋の真ん中に立つ三木。ジッと前を見つめている。

○ 歩道橋
  三木の前に近づく麗次。
三木「やっと来たか…」
麗次「えっ?」
三木「病んでるな」
麗次「は?」
三木「悔やみ過ぎてどうにもならなくて、それで毎週ここに通っている…って感じか?」
麗次「毎週って…どうして知ってるんですか?」
三木「ここに立つと何でも見える」
  唖然とする麗次。
三木「古いものが好き…とくに80年代」
  愕然とする麗次。
  アーケードに並んでいるある店を指差す三木。
三木「毎週、あそこの古い玩具ショップに入ってるだろ」
麗次「あんたストーカー?」
三木「おまえをストーカーしてどうする」
麗次「あのさ…」
三木「何だ?」
麗次「80年代って、面白い時代だった?」
三木「わしにとっては、良い時代だったかもしれん。でも良くない時代だったと言う奴もいる。
 ところでおまえ、趣味は?」
麗次「いろいろあるけど…」
三木「まぁ、無難にゲームってところだろうな」
麗次「今は、そんなに…」
三木「1984年8月26日の事を知りたくないか?」
麗次「…俺の日記、盗み見したのか?」
三木「日記…?」
  麗次、リュックを下ろし、中からノートを取り出す。
麗次「これ見たんだろ?キモい奴。どう言うつもりだよ?」
  苦笑する三木。
三木「あの日の事を知りたければ、黙ってついてこい」
麗次「初対面なのにえらそーにさ。あんた、占い師か?神様か?」
三木「おまえの道しるべになってやってもいいぞ」
  三木、麗次に背中を向け、立ち去って行く。
  呆然と佇む麗次。慌てて、三木の後を追う。
  階段を下りている三木の隣を歩き出す麗次。
麗次「どう言う意味?」
三木「仕事は?」
麗次「バイトしてるけど、もうすぐ契約期間が切れる」
三木「面白い仕事を紹介してやる」
麗次「何の仕事?」
三木「誰も経験した事がない仕事だ」

○ 古びたビルの前
  立ち止まるタクシー。
  後部席のドアが開く。車から降りる三木と麗次。
  薄汚れた6F建てのビル。壁のあちらこちらにヒビが入り、今にも崩れそうな雰囲気。
  色褪せた「ボウリング」と書かれた看板を見つめる麗次。
  走り去るタクシー。
  三木、顔を見上げ、ビルをまじまじと見つめている。麗次も三木を見つめ、
麗次「潰れかけのビルじゃん」
  歩き出す三木。入口の扉を開け、中に進んで行く。
麗次「仕事ってもしかして、ビルの解体作業?なら断るけど…」

○ 同・階段
  辺りに瓦礫が散乱している。粉々になったコンクリート片を踏みつけながら階段を上り続ける三木。
  後から麗次が走りながら階段を上り続けている。
  三木に追いついたその時、突然、足元のコンクリートが崩れる。
  左足ができたばかりの穴にはさまり、身動きが取れなくなる麗次。大声を上げる。
  4Fで立ち止まる三木。麗次を見つめる。
麗次「ちょ…助けて」
三木「未来は、自分で切り開くものだ」
  三木、また階段を上り始める。
麗次「何言ってんだよ、クソ爺!」
  麗次、手すりに捕まり、必死の形相で左足を穴から出そうとする。

○ ボウリング場5F
  あちらこちらの壁紙が破れ、レーンもところどころ陥没している。
  立ち止まる三木。後から麗次もやってくる。
麗次「うわぁ…もう完全に終わってるじゃん、ここ…」
三木「おまえ、ラッキーだったな」
麗次「何が?」
  三木、真ん中にあるレーンを見つめ、
三木「23番レーンは、まだ使える」
  23番レーンを見つめる麗次。
  綺麗に輝くウッドレーン。奥にテンピンが立っている。
  三木、23番レーンに立つ。
  麗次、慌てて三木のそばにやってくる。
三木「ボールを持って来い」
麗次「えっ…?」
三木「早くしろ」
  麗次、階段を上り、ボール置き場からボールを持ち、三木の前に立つ。
三木「投げろ」
  麗次、わけもわからず、レーンの前に立つ。人差し指と薬指と親指をボールの穴に入れる。
  正面を見つめ、腕を振り上げるが、どこかぎこちない。
  ボールを投げる麗次。指がうまく抜けず、レーンに叩きつけるようにボールを落とす。
  ボールは、ゆっくりと真ん中を進むが、やがて、途中でふらふらと右にそれ、溝に落ちる。
  呆然としている三木。
三木「本気か?」
麗次「ボウリングなんてやったことねぇ」
三木「ボールは、後何個ある?」
麗次「三個…ぐらい…」
三木「じゃあ、お前に残されたチャンスは、後三回だ」
麗次「こんなことして、一体何が起きるって言うのよ?」
三木「あのテンピンを倒せば、全てわかる事だ」
麗次「俺の事、おちょくってない?」
三木「代わりに俺が決めてやってもいいけど、俺が過去に戻っても意味がないからな」
  麗次の前を横切り、座席に座る三木。腕を組み、険しい顔をする。
三木「どうした。さっさとやれ」
麗次「本当に…あのピン全部倒したら、過去に行けるのか?」
  三木、目を瞑り、何も答えない。
  麗次、怪訝な表情を浮かべながらも、レーンの前に立ち、ボールを構える。
  集中して、テンピンを睨みつける麗次。
三木の声「おい、穴には、中指と薬指を入れるんだぞ」
  振り返る麗次。
  麗次、自分の手元を見つめ、慌ててボールを下に下ろし、指を入れ替える。
  また、ボールを構える。
  全力で投げる。
  ボールは、レーンの真ん中を真っ直ぐ進み、テンピンを薙ぎ倒す。
  ニヤッとする三木。
麗次「やった…人生で初めて、テンピン倒した…」
  三木、静かにその場を立ち去る。
  麗次、三木を呼び止める。
麗次「倒したけど、何も起こらないぞ」
  三木、立ち止まり、
三木「楽しかっただろ?それでいいじゃないか」
  階段を降りて行く三木。
麗次「おい、やっぱ、おちょくっただけかよ、ジジィ!」
  麗次、三木の後を追う。
  階段の前に立つ麗次。三木の姿が消えている。
麗次「つまんねぇことさせるな!」
  足元のコンクリート片を蹴飛ばす麗次。

○ 古びたビル前(1984年の世界)
  中から出てくる麗次。
  不機嫌そうに顔を歪めながら、表に出る。
  目の前の道路を見つめる麗次。
  角張りの車が信号待ちをしている。車のフェンダーミラーをまじまじと見つめる麗次。
  信号が変わる。一斉に走り出す車。
  辺りを見回す麗次。
  黒髪の若いサラリーマン達が向こう側の歩道を歩いている。
  何か様子が違う事に気づく麗次。
  麗次、振り返り、古びたビルを見上げる。
  古びたビルが新築のような綺麗なビルに変わっている。
  色褪せていたボウリングの看板も、新しくなっている。
  呆然と佇む麗次。

○ 電気街
  たくさんの人々がアーケードを埋め尽くす。
  人ごみの中にいる麗次。
麗次「今日は何でこんなにコミコミなんだろ」
  麗次、足を止め、大型電気店の前に立ち止まる。
  店頭に並ぶテレビ。4:3のブラウン管テレビが横一列に並んでいる。テレビについている
  1から12のチャンネルボタンを見つめ、
麗次「えっ?」

○ 大型電器店・店内
  店の中を歩く麗次。
  テレビ、オーディオ、洗濯機、冷蔵庫…全てが古いものばかりである。
  巨大なコンポの前に立つ麗次。
  レコード盤をまじまじと見つめる。
  麗次に近づく中年の店員。
店員「何かお探しですか?」
  店員を見つめる麗次。
  七三分けの髪型、黒縁の四角い眼鏡をかけた男。
麗次「だせぇ…」
店員「何か?」
麗次「あっ…ここって、何でCDプレーヤーとか置いてないんですか?」
店員「CD?お客さん、進んでますね!」
麗次「…」
店員「ありますよ。二階の特別ブースに。案内します」

○ 同・二階・特別ブース
  『新商品展示会開催中』の大きな看板が掲げられている。
  横一列に並べられているCDコンポ。どれも大きめで、角ばったデザインばかり。
  麗次、大きなヘッドホンを手に取り、耳にかける。
  流れている音楽は、中森明菜。
  珍しげにコンポを見つめている麗次。隣にいる店員が話し出す。
店員「どうですか?ここにあるものは、全て最新型のものになります」
  麗次、ヘッドホンを取り、
麗次「音質は、まぁまぁだけど、なんかデザインが…もっとコンパクトなのないの?」
店員「これ最新型ですよ。カセットよりもクリアな音質でございましょう?」
麗次「カセット?何それ?」
店員「えっ?」
  麗次、CDコンポの値札を見つめる。
  『158000円』の札がつけられている。
麗次「これって、『0』一個多くない?」
店員「お客さん、冗談やめてくださいよ」
麗次「もしかして…ハードディスクつきのやつもないの?」
店員「ハードディスク?」
麗次「MP3で、何千曲とコピーできるやつ」
店員「SF映画とか漫画の見過ぎじゃないですか?」
麗次「おじさん、知らないの?マジであるんだって」
  店員、憤然とした様子で、そのまま、立ち去って行く。
  麗次、ブースを出て、階段の壁に張り出されている店内案内図を見つめる。
麗次「嘘だろ…パソコンのコーナーがこんなにちっちゃいなんて…」

○ 同・4Fパソコンコーナー
  並べられているパソコンの前に立つ麗次。
  5.25インチのフロッピーを手に取り、面食らっている。
  コマンド入力画面を見つめ、
  パーマ髪の男性店員が近づいてくる。
  麗次、店員を見つめ、驚愕する。
店員「いらっしゃいませ」
麗次「あの…これ、OS入ってないんですか?」
店員「お客さん、MS―DOS知らないですか?」
麗次「ウィンドゥズじゃないの?」
店員「ウィンドゥズ?」
麗次「これって、CPUの速度は、どれぐらいなの?」
店員「16ビットCPUですけど、何か?」
麗次「ハードディスクの容量は?」
店員「ついてますよ。10MBの」
麗次「10MBじゃ、ゲームもできないよ…」
店員「は?」

○ 同・ゲームコーナー
  ガラスケースに並んでいる山積みのファミコンソフトを見つめ、呆然としている麗次。
  そばにあるカウンターに立つパーマーヘアの女の店員。
麗次「あの…」
店員「すいません、今ファミリーコンピュータは、品切れです。ご予約されても数ヶ月待ちになってしまいますが、
 それでも良ければ…」
麗次「プレステのコーナー、どこですか?」
店員「はい?」
麗次「プレステですよ、プレステ」
店員「プラレールのコーナーなら、3Fの玩具売り場ですが…」
麗次「あの…ツインファミコンって知ってます?」
店員「ファミコンは、お一人様につき一台お売りする決まりになっておりまして…」
麗次「じゃあ、スーパーファミコンも知らないの?」
  首を傾げる店員。
麗次「PSPは?Wiiは?XBOXは?」
  店員、ポカンとした表情で麗次を見ている。

○ アーケード
  歩いている麗次。
  目の前を通り過ぎる学生やサラリーマン、工事作業員、カップルをまじまじと見ている麗次。
  周囲の人間達の服装や雰囲気がいつもと違い、違和感を覚える麗次。
  レコードショップの前で立ち止まる麗次。

○ レコードショップ・店内
  細川たかしの『浪花節だよ人生は』が流れている。
  棚にぎっしりつまるレコード盤とカセットテープ。奥にCDのコーナーもあるが小規模である。
  EPレコード盤のコーナーの前に立つ麗次。松田聖子のレコード盤を取り、説明書きを読んでいる。
麗次「ピンクのモーツァルトの初版か…オークションで出回ってないよな…親父のお土産に買ってこ…」
  カウンターに向かう麗次。
  眼鏡をかけた聖子ちゃんカットの女性店員がレジを打つ。
店員「千円です」
  麗次、財布から5千円札を出し、店員に渡す。
  店員、5千円札をジッと見つめ、
店員「あの失礼ですけど…これ、どこの国のお札?」
麗次「どこの国って…見たらわかるでしょ?」
店員「これ、どう見ても聖徳太子じゃないよね…」
  麗次、5千円札の樋口一葉の肖像画を見つめる。
  5千円札を財布にしまい、逃げるように店を出て行く麗次。
  怪訝に麗次を見ている店員。

○ アーケード
  雑踏の中を走る麗次。
  歩道横に縦列で止まっている違法駐車の車。
  白いカムリの前で立ち止まる。
  角張ったデザインのカムリを見つめ、唖然とする麗次。
  辺りを見回す麗次。目前の道路を走る車が、全て見たことのない角張りのデザインのものばかりと気づき、
  唖然とする。
  カムリの窓がゆっくりと開く。
  電動の髭剃り器で髭を剃りながら顔を出すグラサンをかけたパンチパーマの中年の男。
男「クソ餓鬼、俺の車に何ガンつけとるんじゃ?」
麗次「えっ、別に何も…」
男「華奢な体しやがって…一発かましたろか?」
  男、麗次の背後に立つ人影に気づき、髭を剃るのをやめる。
  麗次の後ろに警官が立っている。
  警官、男をジッと睨んでいる。
  男、慌てて、手動の窓を閉める。暫くして走り去って行くカムリ。
  呆然としている麗次。
  麗次に声をかける警官。
警官「どうかしたの?」
  警官と顔を合わせる麗次。
麗次「あっ、いいえ」
  麗次、慌てて歩き去って行く。
  アーケードの通り沿いに建つ交番の前を横切る麗次。
  ふと立ち止まり、掲示板に張られている指名手配犯のポスターの前に立つ。
  キツネ目の男の似顔絵を見つめる麗次。
麗次「グリコ・森永事件に関係する不審人物…」
  交番の中にいる警官が怪訝に麗次を見ている。
  麗次、警官と目が合い、慌てて、立ち去って行く。

○ 歩道橋
  階段を駆け上がり、橋の真ん中で立ち止まる麗次。
  息を凝らし、街の景色を見渡す。
  歩道橋から見える街の姿も古めかしい。
麗次「こんなことってあるのかよ…」
三木の声「あるんだなぁ…それが…」
  麗次の背後を横切る三木。
  麗次、三木のそばに駆け寄る。
  並んで歩く二人。
麗次「ちゃんと説明してくれよ」
三木「見ればわかるだろ」
麗次「ビルも車も皆が着ているものも、全部変だ。なんで?」
三木「変じゃない。この時代じゃ、あれが普通なんだ」
麗次「普通って…じゃあ…」
三木「おまえの憧れていた80年代だ」
麗次「…マジ?」

○ 駅・ホーム(夜)
  椅子に座る麗次と三木。
  新聞を開き、読んでいる三木。煙草を咥え、勢い良く煙を吐き出している。
  煙が麗次の顔の前に広がる。
  ムカついた表情をする麗次。
  麗次の前を横切る中年。煙草をぽい捨てし、歩き去って行く。
  足元に落ちている火のついた煙草を呆然と見ている麗次。
  電車が二人の前を横切る。
三木「落ち着いたか?」
麗次「個室つきのネットカフェとかないの?」
三木「あるわけない」
麗次「じゃあ、どこで寝泊りすりゃいいんだよ?」
三木「自分の家に帰れば?」
麗次「そうか…って、まずいだろ、それ」
三木「なぜ?」
麗次「この時代には、この時代の俺がいるだろうし…」
三木「お前、誕生日は?」
麗次「1984年8月19日…」
  三木、新聞を麗次に渡す。
  麗次、一面の日付を確認する。
  日付は、『1984年8月26日』になっている。
麗次「1984年?」
三木「まぎれもなく」
麗次「俺が生まれて、一週間後の世界?」
三木「そう言う事」
麗次「おじさん、何なの?一体…」
三木「種明かしをしてもいいが、まだ早いな。ちなみに、未来からこの時代に来ているのは、
 私たちだけじゃない」

○ 赤レンガのマンション
  4階建ての建物。
  建物の前にやってくる三木と麗次。
  屋上に『笹松コーポ』の看板が立っている。
麗次「このマンション、確か一ヶ月前に取り壊されたんじゃ…」
  三木、スタスタと玄関口の中に入って行く。
  麗次、不思議そうな表情を浮かべ、三木の後を追う。

○ 同・2F通路
  階段を上がる三木と麗次。
  通路を歩き、あるドアの前で立ち止まる。
  ドアにつけられたネームプレートに『ナウ・ウォッチ事務所』と書かれている。
  麗次、それを見つめ、
麗次「ナウって…」

○ 同・『ナウ・ウォッチ』事務所
  扉が開く。
  部屋は、真っ暗。灯りをつける三木。
  雑然とした部屋。
  手前にファイルがぎっしりつまった棚が二列並び、その奥にソファとテーブル、
  壁隅にテレビが置かれている。
三木「沙里香!」
  ソファに座る制服を着た女子高生・根村沙里香(17)。ロングヘア。眼鏡をかけ、小柄な体型。
  ファミコンのリモコンを持ち、マリオブラザーズに夢中。
  沙里香の後ろに立つ三木。
三木「お客様だ」
  沙里香、ゲームに夢中。
三木「こら!」
  沙里香、ストップボタンを押し、後ろを向く。
  沙里香と目を合わす麗次。
沙里香「またですか?前の人みたいにすぐ飽きられると困るんですけど…」
三木「こいつは、この時代に傾倒している。2010年1月28日から連れて来た」
  麗次と顔を合わす沙里香。
沙里香「私より、十三日遅れか」
三木「この子は、この時代に半年以上いるんだ」
  呆然としている麗次。
沙里香「正確には、今日で195日目です」
三木「高賀麗次君」
沙里香「こんにちは」
  麗次、軽く頭を下げる。
沙里香「あの…失礼ですけど、御歳は?」
麗次「25…」
沙里香「と言う事は…今年が誕生年?」
麗次「まぁ…」
沙里香「へぇ…」
三木「今、調査中の件の事、彼に教えてやって」
沙里香「あっ、座ってください。こっちこっち」
  麗次、沙里香の右横のソファに座る。
沙里香「ファミコンやったことあるんですか?」
麗次「ちょっとだけ…」
沙里香「何のソフト?」
麗次「なんだったっけ…グラディウスだったかな…」
沙里香「ああ、シューティングね」
麗次「詳しいね」
沙里香「前にクリアした事ありますから」
麗次「どうしてこの時代に?」
沙里香「ルイージやってください。『殺し合い』って言う遊びをやってみたいんです」
  沙里香、コントローラーUを麗次に差し出す。
  麗次、わけもわからずコントローラーを受け取る。
  沙里香、本体のリセットボタンを押し、ゲームを再スタートさせる。
沙里香「誰もつき合ってくれなくて」
  三木、笑みを浮かべ、部屋を出て行く。
    
○ 同・洗面所
  鏡の前に立つ沙里香。
  リップを塗っている。
  
○ 同・リビング
  テーブルの上にファイルを置く沙里香。
  ファイルを開き、ページを一枚ずつ捲っている。
麗次「あのじいさんは?」
沙里香「三木さん?2010年に戻っているはずです」
麗次「三木って言うのか。一体あの人何者なの?もしかして、宇宙人?」
沙里香「知らないうちに時間を操る力が身についたって言ってましたけど」
麗次「君もあのボウリング場に行って、テンピン倒したの?」
沙里香「はい。でもあそこ、もうすぐ取り壊されるみたいだけど…」
麗次「ここから未来へ戻るには、どうすればいいの?」
沙里香「もうホームシックですか?」
麗次「いや、そんなんじゃないけど…」
沙里香「心配しないでも大丈夫です」
  沙里香、ファイルの資料を麗次に見せる。
  資料には、セミロング・茶髪の中年女性の写真と経歴が記載されている。
沙里香「それを読んでください」
麗次「この女の人がどうかしたの?」
沙里香「2010年からこの時代にやって来て、行方がわからなくなっているんです」
麗次「どうやってこの時代に?」
沙里香「三木さんと同じ能力を持った人間がもう1人存在するんです」
麗次「じゃあ、もう1人の超能力者がこの女の人をここへ連れてきたってわけ?」
沙里香「はい。彼女がなぜここに来たのか、動機を調べているんです」
麗次「何かわかったの?」
沙里香「中学時代に彼女と同じクラスの生徒が事故死しているんです」
  資料を読む麗次。
麗次「玉川奈津子39歳保険会社勤務…って事は、この時代だと…中2ぐらいか。
 西橋中学出身…死んだ学生の名前…成川洋介…死んだ日は…」
沙里香「84年の9月1日。下校中に横断歩道のない国道を渡ろうとした時、トラックに跳ねられて…」
麗次「この人のこの時代の写真ってある?」
沙里香「あっ、そのページの裏に挟んであります」
  麗次、ページを捲り、写真を取り出す。
麗次「かわいい…」
  麗次を睨む沙里香。
沙里香「その西橋中学に行ってください」
麗次「えっ?何で俺が?」
沙里香「あなたの仕事です」
麗次「ちょっと待って…ここってもしかして、調査会社なの?探偵か何か?」
沙里香「時の監視業と言うほうが正確かも」
麗次「何それ?」
沙里香「三木さんから何も聞いてないんですか?」
麗次「一言も…」
沙里香「調査員は、もう1人いるんですけど、あの人、頼りなくて…」
  困惑気味の麗次。
沙里香「どうしますか?」
麗次「給料は、どのくらい?」
沙里香「歩合制です。一日三回の食事代は、ちゃんと出ます」
麗次「せっかく来たんだし、試しに…」
沙里香「やるんですね?」
麗次「必要経費は?」
沙里香「とりあえず出しといてください。あっ、今持ってる新しいお札や硬貨は駄目ですから」
  沙里香、棚から、小さいケースを取り出し、ケースを開ける。
  中に古いお札と硬貨がぎっしり入っている。
沙里香「これと交換してください」
  麗次、ケースの中の現金を見つめ、
麗次「必要経費十分ありそうじゃん」
  ふくれっ面を浮かべる沙里香。
沙里香「これは、駄目です。もう…じゃあ、私の貯金から出しますから、後で返してくださいよ」
  沙里香、足元に置いていた黄色い豚の貯金箱をテーブルに置く。
沙里香「隣の部屋にクローゼットがありますから、この時代の服に着替えてください。
 それと、携帯も持ち出し禁止ですから、後で渡してください」
麗次「携帯も?」
沙里香「この時代では、使えませんから。持ってても意味ないですし」
  麗次、ポケットから携帯を出し、電源を入れ、自宅の電話番号を表示させ、通話ボタンを押す。
麗次「本当だ…つながらない…」
沙里香「それからもう1つ。この時代の人とむやみに喋らないでください。友達になったり、
 恋人を作るのもご法度です」
麗次「それは、大丈夫」
沙里香「えっ?」
麗次「いや、何も…」

○ 西橋中学校・校門前
  授業終わりのチャイムが鳴る。
  校門前の道の端っこにポツンと立つ麗次。
  スタジアム・ジャンパーと青のジーパンに着替えている。
  校舎の奥のほうからブラス部のトランペットの音色が聞こえてくる。
  体育館から聞こえるホイッスルの音。学生達の掛け声が響く。
  校舎の風景を見回し、匂いを嗅いでいる。
麗次「こう言う風景ってどの時代でも変わらないな…」
  暫くして、けたたましいバイクのエンジン音とファンファーレが鳴り響いてくる。
  麗次、音の方に顔を向ける。
  若者達が乗る数十台のバイクが一斉に校門の前に立ち止まる。
  パンチパーマにサングラスの奴、前の毛を垂らし、刈り上げの奴、リーゼントの奴、剃り込み、
  眉毛を剃っている奴、丈の長いスカートを履いたレイヤーヘアの茶髪、派手なメイクをした少女など、
  いかにも不良なスタイルの男女。
  呆然とする麗次。
麗次「なんか再放送のドラマで見たことある…スクールウォーズだっけ…」
  麗次、携帯を出し、写真を撮る。
  角刈り、眉毛なしの男が、麗次を睨みつける。
男「おい、何見とんじゃ、ボケ!」
  麗次、そそくさとその場を離れて行く。
  下足室から生徒達がちらほらと表に出てくる。
  校門に向かって歩いている生徒達。
  生徒達、俯きながら、校門を通り、群がるバイクのそばを通っている。
  下足室から出てくる生徒のカップル。
  成川洋介(14)と玉川奈津子(14)。
奈津子「テストどうだった?」
洋介「うん、まあまあ」
奈津子「因数分解がよくわかんなくて…」
洋介「あんなの簡単だって…」
奈津子「またうちに来て教えてくれる?」
洋介「いいけど…」
  二人、門前にいる不良たちに気づき、俯きながら前進する。
  バイクのそばを通り過ぎる二人。
  不良達、一斉にひやかし始める。
少年「ヒュー、ヒュー」
少女「暑苦しさ倍増」
少年B「見せつけてくれるじゃん」
  歩道を歩き始める二人。
  奈津子、ふくれっ面を浮かべ、
奈津子「何だよ、あいつら…」
洋介「気にするなって」
奈津子「毎日、毎日、ホントいやになっちゃう」
洋介「2―Cの竹村の仲間だよ」
奈津子「竹村君って、学年でもトップクラスの優等生でしょ?」
洋介「最近、あいつらと付き合い始めたらしい」
奈津子「信じられない…」
  歩きながら話に夢中になる二人。二人を尾行する麗次。
  麗次、二人を見ながら、脳裏にある記憶を蘇らせる。

○ 麗次の回想
  学校。運動場。
  体育の授業。50m走の練習をしている1―Bの女生徒。
  校舎1Fの窓からその様子を覗いている中学生の麗次。
  走る美春。その姿を悲しそうに見ている麗次。

○ 歩道
  ため息をつく麗次。

○ 玉川家前
  青い瓦葺の2F建ての一軒家。
  歩いてくる奈津子。
  門を開けようとした時、どこからともなく女の声が聞こえる。
女の声「奈津子ちゃん…」
  振り返る奈津子。
  サンバイザーにサングラス、マスクをつけた中年風の女が奈津子の前に近づいてくる。
奈津子「誰?」
女「お話しがあるの。ドムドムで話しましょう」
  奈津子、無視して、家に入ろうとする。
  女、サングラスとマスクをはずす。未来の奈津子(39)の顔が露になる。
奈津子(未)「話しても信じてもらえないだろうけど、私は、あなたなの…」
奈津子「えっ?」
  奈津子、まじまじと未来の奈津子を見つめ、
奈津子「なんだか…私と同じ匂いがする…」
奈津子(未)「当たり前よ。あなたと同じ香水を使ってるんだから…」
  呆然としている奈津子。

○ ドムドムバーガー・店内
  真ん中のテーブルに座る二人の奈津子。
  クリーム・ソーダを飲んでいる奈津子。
奈津子「えっ?成川君が…」
奈津子(未)「5日後の夕方の4時38分…彼は、車に轢かれて死ぬの」
奈津子「おばさん、悪い夢でも見たんじゃないの?」
奈津子(未)「今度の土曜日、成川君と花火に行く約束をしたでしょ?」
  奈津子、唖然とし、
奈津子「どうして知ってるの?」
奈津子(未)「だから何度も言ってるでしょ?私は、あなたの未来の姿なの…」
奈津子「じゃあ、私は、どこの高校に行くの?」
奈津子(未)「名門の一宮女学院付属高校」
奈津子「大学は?」
奈津子(未)「2年留年したけど中大に合格した」
奈津子「中央大か…」
奈津子(未)「とにかく、土曜日の約束は、断って」
奈津子「えーっ。だって、次の週末は、予定があるって言ってたし…やっと、時間取れたのに…」
奈津子(未)「その日一日我慢するだけでいいから…」
  ふくれっ面を浮かべ、項垂れる奈津子。
  隣のテーブルに座る麗次。
  携帯電話のカメラのレンズを二人のほうに向け、写真を撮る。
  ポテトをバクバク食いながら、二人の話に聞き入っている。

○ 同・店前
  店から出てくる二人の奈津子。
  立ち止まり、顔を合わせる二人。
奈津子(未)「絶対会っちゃ駄目よ」
奈津子「…本当にその日一日我慢したら、成川君の命が助かるの?」
奈津子(未)「この25年、どんなに辛かったか…彼のことがずっと頭から離れなくて未だに結婚もしてないのよ。
 あなたに同じ思いをして欲しくないの」
奈津子「わかった。成川君にどこにも行かないよう話しておく」
奈津子(未)「お願いね…」
  奈津子、奈津子(未)の元から立ち去る。
  ホッとする奈津子(未)。
  歩き出す奈津子(未)。店から出てくる麗次。
  奈津子(未)の後を追う。

○ 電車内
  緩やかに走行している。
  扉の前に立つ奈津子(未)。
  顔を隠すように下を向いている。
  奈津子(未)の一つ後ろのドアの前に立っている麗次。
  奈津子(未)をちらちら見ている。少し挙動不審気味。
  ふと窓外の流れる景色を眺める麗次。
  脳裏にある光景が過ぎる。

○ 麗次の回想
  ホームに止まる電車の中。シートの隅に座る高校生の麗次。学生服姿。MDウォークマンを聴いている。
  窓外のプラットホームを見つめる麗次。
  制服姿の美春が先輩の男子生徒と楽しそうに階段を上がってくる。
  麗次と同じ車両に乗り込む美春達。
  麗次、気まずそうに俯きながら、二人の様子をちらちら見ている。
  美春の笑顔を見て、落ち込んでいる。

○ 電車内
  次の駅に到着。
  扉が一斉に開く。
  降りる奈津子(未)。
  呆然としている麗次。我に返り、奈津子(未)が立っていた場所を見つめる。
  麗次、慌てて電車から降り、階段を下りている奈津子(未)を追いかけて行く。

○ 公園
  滑り台の前を横切り、歩いている奈津子(未)。
  暫くして、麗次も滑り台の前にやってくる。
  立ち止まる麗次。
  数メートル離れた場所にあるベンチの前に奈津子(未)が立っている。
  ベンチに座る男(バグル)の後ろ姿。サングラスをかけ、ベージュのコートを着た30代ぐらい。
  男と話をしている奈津子(未)。
  麗次、近くの植込みに身を隠し、二人の様子を窺っている。
  奈津子(未)、男に何か喚いている。
  耳を澄まし、二人の会話を聞こうとする麗次。しかし、距離が遠すぎて聞き取れない。
  男、立ち上がり、奈津子(未)の前から立ち去ろうとする。男の腕を掴む奈津子(未)。
奈津子(未)「成功したら、元の時代に戻してくれるのね?」
男「契約通りだ」
奈津子(未)「わかった…」
  男、奈津子(未)に背中を向け、立ち去って行く。
  思いつめた様子の奈津子(未)。ベンチに座り、煙草を吸い始める。
  その様子を見つめる麗次。携帯で写真を撮る。

○ 笹松コーポ2F・『ナウ・ウォッチ』事務所
  ソファに座る麗次。テレビを見ている。
  トイレから出てくる沙里香。
  ソファにの前にやってくる。
麗次「チャンネル変えて良い?」
  ハッとする沙里香。
沙里香「あれ、いつ戻ったんですか?」
  麗次、テーブルを見回し、
麗次「テレビのリモコンは?」
  ソファに座る沙里香。
沙里香「そんなのないです」
麗次「失くした?」
沙里香「このテレビ、古いですから。本体についてるチャンネルを回してください」
麗次「回す?」
  麗次、テレビを見つめる。
  ウッドデザインの箱型テレビ。
  回転式のチャンネルがついている。
  麗次、立ち上がり、チャンネルを回し始める。
  砂嵐と交互に画面が切り替わる。
麗次「うわっ、三浦友和。わけぇ…」
沙里香「百恵ちゃんと結婚して、もうすぐ子供ができるんですよね…」
  歌番組が映る。
麗次「沙里香ちゃんって、90年代生まれだろ?どうして百恵ちゃんとか友和とか知ってるの?」
沙里香「ユーチューブで見たんです」
  CM映像が映る。
麗次「うわっ、松田聖子…神田正輝と結婚する前か…」
沙里香「詳しいですね」
麗次「親父がファンでさ。今でも時々レコード出して聴いてるよ」
沙里香「ふーん」
麗次「このCM、前になつかしの映像特集とかで見た事ある…と言う事は、今、テレビ局に行ったら、
 独身時代の聖子に会えるって事か!」
沙里香「駄目です。過去の出来事に触れてはいけません」
麗次「なぜ?」
沙里香「私達が未来に起きる事を知っているから」
麗次「未来を変えるとどうなる?」
沙里香「元の時代に戻れなくなります」
麗次「…」
沙里香「それより、玉川奈津子の尾行は?」
麗次「ちゃんとやったよ。未来の奈津子が今の奈津子に会いに来た」
沙里香「本当ですか?それで…」
麗次「ドムドムで話をしてた。内容は、聞き取れなかったけど。それから公園で男と会ってた」
沙里香「男?」
麗次「JRに乗ったんだけど、昔は、安かったんだな」
沙里香「JRじゃありません。この時代は、国鉄です」
麗次「一応、彼女が住んでいるマンションわかったから。ついでに写真も撮ってきた」
  麗次、ポケットから携帯を出し、ディスプレイに撮影した画像を表示させる。
沙里香「ちょ…携帯持ち出し禁止って言ったでしょ?」
麗次「電話以外の使い道があるからいいじゃん」
  沙里香、麗次の携帯を奪い取る。
沙里香「未来の技術を表に出して、騒ぎになったら、どうするんですか?」
  沙里香、次々と画像を送り見している。ある画像を見つめ、唖然とする。
沙里香「バグル…」
麗次「えっ?」
沙里香「…とにかく、これ、預かります」
  立ち上がり、奥の部屋へ駆け込んで行く沙里香。
  溜息をつく麗次。
麗次「レトロな空気は、好みだけど、結構不便だな、この時代って…」
  入口の扉が突然開く。男が入ってくる。
  リーゼントで髪をセットし、サングラス、赤いシャツに黒い皮ジャン、青のジーパンを着た少し太めの中年。
  怪訝に男を見つめる麗次。
男「はぁ、つかれた…」
  麗次と目が合い、立ち止まる男。
  怪訝な表情を浮かべる麗次。
  沙里香の声が聞こえる。
沙里香「お帰りなさい」
  男のそばにやってくる沙里香。
男「只今。もう飯食ったんか?」
沙里香「まだ」
男「じゃあ、向かいの中華行こうか」
沙里香「みっさんの奢り?」
  男は、磯山光雄(39)。
光雄「OKOK。今日ちょっとだけ儲かったし…」
沙里香「仕事中にまたパチンコ?駄目って言ったでしょ?」
光雄「硬い事言うなよ。この時代は、ヤッピーな大人が多いんやからもっとハッピーに行こうや…」
  光雄、麗次を指差し、
光雄「誰?」
沙里香「三木さんが連れてきたんです」
光雄「じゃあ、前に言ってた新入りの話、マジやったんや。磯山です」
  麗次、軽く頭を下げ、
麗次「高賀です」
光雄「入社祝いせんとな。君も一緒に行こか」
沙里香「今仕事の途中です」
光雄「もうやらせてるんか?」
沙里香「みっさん1人じゃ大変だろうって、三木さんが気を遣ってスカウトしてきてくれたんですよ」
光雄「別に気にせんでもええのに…」
  沙里香、小声で光雄の耳元に呟く。
沙里香「バグルを見つけました…」
光雄「ホンマに?」
沙里香「ちょっと…」
  光雄、沙里香と共に奥の部屋へ向かう。
  立ち上がる麗次。奥の部屋につながる通路を覗き込む。
  通路の奥は、真っ暗。突き当たりは、壁になっていて、扉は、辺りにない。
  不思議そうに顔を顰める麗次。

                                                      ―そのAへ―

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