『CODENAME:H』パイロット 作ガース『ガースのお部屋』

○ オルテムズ製薬本社ビル前(深夜)
  夜空に浮かぶ満月。
  9F建ての近代的な円柱型の、ガラス張りの黒い建物。
  ビルの壁の前に立つ女・暗号名・H(木崎メイナ・24歳)。赤いスーツと右腕に
  『アームシェイド』をつけている。
  右腕を高く上げ、拳を握る。
  アームシェイドの先端からフックのついたロープが飛び出す。
  ロープは、一瞬で高層ビルの屋上まで届き、屋上のコンクリートの角にフックが引っかかる。
  アームシェイドのウインチが作動する。
  物凄い勢いで屋上に向かって引き上げられて行くH。

○ 同・7F通路
  暗闇の中を静かに進むH。暗視装置のついたサングラス(イーバイザー)をつけている。
  社長オフィスのドアの前に立ち止まる。

○ 同・社長オフィス
  暗がりの部屋。
  静かにドアを開け、忍び込むH。ゆっくりと進んでいる。

○ イーバイザーの視点
  本棚の前で立ち止まる。棚の中央に飾られているトロフィー。左隅だけ少しスペースが空いている。
  奥に見えるデスクに向かって歩き出す。

○ オルテムズ製薬本社ビル・社長オフィス
  デスクの前に近づいて行くH。
  立ち止まり、一番上の引き出しを開けようとするが、鍵がかかっている。
  アームシェイドから、キーコントロールを出し、鍵穴に差し込む。
  引き出しを開けるH。中には、何も入っていない。
  と、突然、部屋の明かりが灯る。
  黒いスーツを着た男二人がドアの前に立ち、マシンガンを乱射し始める。
  デスクに身を伏せるH。
  デスクや後ろの壁に蜂の巣のように風穴が開く。
  H、すかさずデスクから上半身を出し、アームシェイドの銃口から弾丸を連射し、応戦。
  男達、二手に別れ、ドアのそばから離れる。扉が破壊される。
  男達、マシンガンを撃ち続けている。
  H、アームシェイドの銃口から煙幕弾を発射する。
  男のそばの壁に煙幕弾が突き刺さる。弾から紫色の煙が勢い良く噴射する。
  煙に飲み込まれる男達。
  H、窓の方に向かって走り出す。

○ 窓ガラスを突き破るH
  粉々になったガラス片と共にまっさかさまに地上に落ちて行く。
  H、アームシェイドの両側についている白い翼を開く。
  羽が激しく羽ばたき、Hの体を浮かす。
  H、ゆっくりと地上に降りて行く。
  着地し、透かさず走り出すH。
  割れた窓の穴から地上を覗いている二人の男。三白眼の不気味な目をギラつかせている。

○ 高部家・全景(朝)
  二階建ての家。

○ 同・2F・峻の部屋
  雑然としている。本棚に埋め尽くされるアニメ・ゲーム関連の本。
  テレビの前に無造作に置かれているゲーム機。
  そのリモコンを持ちながらカーペットの上で眠っている高部 峻(22)。
  窓の扉が少し開き、カーテンが揺らいでいる。
  目を覚ます峻。起き上がり、手元に置いていた携帯を開く。ディスプレイで時間を見る。
  時間は、「6:47」。
  窓を全開し、景色を見つめる峻。
  朝陽が昇り青空が広がる。目前にある電線に止まっているスズメの群れを見つめる。
峻「ああ…仲間に入れろ…」

○ 同・1Fキッチン
  スーツに着替えている峻。
  冷蔵庫を開ける峻。中は、ほとんど何も入っていない。
  食器棚の引き出しを開け、中からスナックパンを取り出す
  パンを咥えながら、テレビのリモコンを持ち、電源ボタンを押す。
  テレビの画面が映る。

○ 高部家前
  扉が開く。外に出てくる峻。
  門を潜り、道路を歩き出す。

○ 駅・プラットホーム
  売店のそばの前に立つ峻。
  栄養ドリンクを一気飲みしている。
  ホームに電車が入ってくる。
  峻、ドリンクの瓶をゴミ箱に捨て、電車の車両に乗り込む。

○ 電車内
  扉前の手すりにもたれかかり、携帯を弄り始める峻。
  どこからか聞こえる女の咳払い。
  辺りを見回す峻。
  どこを見ても若いOLや女子高生ばかり。冷たい視線が峻に向いている。
  扉の閉まる警告音がホームに流れている。
  峻、携帯をスーツのポケットにしまい、慌てて降りようとする。
  その時、乗り込んできた若い女性とぶつかり、女の尻に左手が触れる。
  女、峻を指差し、声を上げる。
女「ちょっと…何こいつ、痴漢!」
  峻、電車から降りようとするが、扉が閉まる。
  扉に張り付き、どうしようもなく苦笑いしている。

○ 遊歩道
  お昼のチャイムがどこからともなく聞こえてくる。
  ベンチに座る峻。缶コーヒーを一気に飲み干す。
  かったるそうに首を回している。
峻「だる…」
  重たい溜息をつく峻。

○ 歩道橋
  歩いている峻。
  地面に落ちていたガムを踏みつける。
  立ち止まる峻。溜息をつく。
峻「皆平和なのに、俺は、今日も厄日決定…か…」
  左足の靴を脱ぎ、靴底を見る峻。
  柵で靴のガムを剥がし落とそうとする。
  ふと、下の幹線道路を見つめる峻。
  ちょうどバスが橋の下を潜り抜けて行く。
  バスを見つめ、驚愕する峻。
  バスの屋根に女がうつ伏せで張り付いているのに気づく。
  峻、慌てて靴を履き、走り出す。

○ 幹線道路
  信号待ちしているバス。
  歩道を走っている峻。バスに近づいてくる。
  
○ 停留所
  バスが止まり、扉が開く。降り口から人が降りている。
  歩道を走っている峻。バスの前にやってくる。
  降り口からバスに乗り込む峻。

○ バス車内
  息を凝らし、運転手の男に話し掛ける峻。
峻「屋根に人が…」
運転手「え?」

○ バスの屋根を覗き見る運転手
  脚立の上に立つ運転手。脚立の前に立っている峻と数人の乗客達。
  ゆっくりと脚立の踏みざんを降りてくる運転手。
峻「いたでしょ?」
  脚立から降りる運転手。憤然とした面持ちで峻を睨みつける。
峻「向こうの歩道橋で見たんですよ、赤いライダースーツみたいなの着て、右腕に赤くて長い手袋をつけた女が…」
運転手「おまえのせいでダイヤが乱れた。営業妨害だぞ。警察呼ぶからちょっと待ってろ」
  バスの中で女性の悲鳴が聞こえる。
  騒然とする乗客達。

○ バス車内
  中に駆け込んでくる運転手と峻。
  真ん中・右側の座席に座るグレイのスーツを着た白髪の男が口をぽっかりと開けて息耐えている。
  運転手、男の肩を揺さぶり、
運転手「どうしました?」
  運転手のそばに立っている峻。男の頭頂部を見つめる。頭頂部に銃で撃たれた痕があるのに気づく。
  愕然としている峻。

○ P―BLACK本部・地下G2Aオフィス
  黒と紫の壁に覆われたシックな部屋。
  入口のドアが横にスライドして開く。
  中に入ってくる黒いスーツを着た紳士風の男・霞(かすみ) 良次(45)。
  部屋の中央に向かってゆっくりと歩いている。
  磨りガラスの前に立ち止まる霞。
  磨りガラス向こうで黒い椅子に座るスキンヘッドの老人の後ろ姿が見える。
  暗号名『G2A』。しわがれた低い声が轟く。
G2A「経過を聞かせてくれ」
霞「04T6コードを実行中のHから情報が入りました。ネマグレイドは、三日前に完成しています」
  右手に書類を持ち、目を通すG2A。
G2A「あの男が合流したと言う事か?」
霞「それは、まだ確認がとれていません…」
G2A「薬を国外に流出させる前に、蒔田の組織を封じ込めなけばならない」
霞「オルテムズに雇われたメンバーの中に、警視庁の関係者がいるようです。もう1人、
 半年前までうちの情報分析部にいた男の名前がわかりました。宇和島正です」
G2A「Hの様子は?」
霞「特に目立ったミスは、ありません。いつも通りです」
G2A「3年間の訓練にも耐え、実務経験も申し分ない。一つの障害を除いてはな…」
霞「5歳の時から面倒を見てきました。メンタルバランスは、常に正常です。この三ヶ月間の潜入活動もそつなく
 こなしています」
  書類をデスクの上に置くG2A。
G2A「あいつと会っても、平常心を保てるか?」
霞「…」
  
○ Hの回想
  燦々と輝く太陽。
  大地一面に咲くひまわり畑。
  どこからともなく聞こえる赤ん坊の泣き声。
  ひまわりの中に置き去りにされている揺り篭。
  大きく響く赤ん坊の泣き声…

○ とある雑居ビル・3Fリビング
  ハッと目を覚ますH。
  ソファの上で横になっている。
  鏡の前に立つH。涙で赤く腫れた自分の目を見つめ、ハンカチで拭っている。
  Hの後ろにぶら下がっている鳥篭。
  H、鳥篭のそばに行く。
  金網に指を入れるH。黄色いインコがHの指を噛んでいる。
  扉が開く。霞が入ってくる。
  H、足元に置いていた鞄をテーブルの上に置き、開く。
  鞄の中を見つめる霞。
  中に3枚のDVDと黒い袋に入った丸いものがある。DVDは、全て割れている。
H「斉原の鞄に入っていたものです」
  DVDを掴む霞。
霞「ネマグレイドのデータか。全部割れてるぞ」
H「心配ありません。コピーが存在します」
  黒い袋の中を覗く霞。驚愕し、思わず顔を背ける。
霞「何だこれは…」
  冷蔵庫の前に行くH。
H「蒔田和久の頭です」
霞「やっぱり、殺されていたのか…斉原を殺したのは、おまえか?」
  冷蔵庫のドアを開け、白い箱を取り出す。
  テーブルに置いた白い箱を開ける。
  中にプリンが4つ入っている。
  H、霞にプリンを差し出す。
  首を横に振る霞。
霞「分ける気ないんだろ?」
  H、ソファに座るとプリンを取り出すと、黙々と食べ始める。
H「…斉原の仲間の男から密告があったんです。データの在り処を教える代わりに、斉原を殺して欲しいと…」
霞「その男からいつ連絡があった?」
H「今朝です」
霞「見返りは?」
H「身柄の保護を要求しています」
  不安げな表情を浮かべる霞。霞「次にそいつから連絡があったら、真っ先に俺に報告しろ。いいな」
  踵を返し、立ち去る。
  怪訝に霞を見つめるH。

○ オルテムズ・社長オフィス
  割れた窓のそばに立っている蒔田繁治(67)。薄い白髪。眼鏡をかけている。
  振り返り、辺りを見回す。
  デスク周りの壁にいくつもの弾丸の穴。
  本棚の前に立つ蒔田。扉を開ける。
  横に並ぶトロフィー。左端だけ少しスペースが空いている。そのスペースをジッと見つめている蒔田
男の声「すこぶる風通しがよくなりましたね」
  声の方を見つめる蒔田。
  入口の扉の前にフードつきのブルゾンを着た男が立っている。
  フードから口元が不気味に見えている。
蒔田「病院を抜け出して来て平気なのか?」
男「今日は、調子が良いほうですが、この風は、堪える…」
蒔田「部屋の修理は、君達にやってもらう」
男、寡黙に蒔田に近づいて行く。
  蒔田、一瞬凍りつく。
  男、蒔田のそばを横切り、デスクの周りを調べ始める。
蒔田「何をしてるんだ?」
  男、口元で人差し指を立て、蒔田に促す。
  机の引き出しの内側に小さい球体の発信器がつけられている。
  男、引き出しをソッと閉め、
男「御安い御用です。後で部下を連れてきます。いつまでもここにいたら、風邪を引きますよ」
  男、蒔田のそばを通り、そのまま部屋を出て行く。

○ 峻の自宅・2F部屋
  テレビの前に座っている峻。
  画面に映るRPGの映像。
  コントローラーのボタンを押しながら、
  画面のキャラ、攻撃を受け、死亡する。
  大きな欠伸をし、そのまま倒れる峻。
  横になったまま、ふと机のパソコンを見つめる。
    ×  ×  ×
  机の前に座る峻。
  パソコンから起動音が鳴り響いている。
  ディスプレイに画面が映る。
  カリカリと奇妙なアクセス音が続いている。
  怪訝にパソコンを見つめている峻。
峻「あれ…」
  画面にいきなりブラウザが勝手に立ち上がり、黒い画面が映る。「SEARCH」の文字が浮かんでいる。
  呆気に取られている峻。
峻「なんだよ、おい…」
  インターホンのチャイムが鳴り響く。

○ 同・玄関
  ドアを開く峻。
  門前に黒い背広を着て、眼鏡をかけた男・宮下(39)が立っている。
  宮下、警察手帳を峻に見せる。
宮下「昨夜の2時頃、3件先の住宅に空き巣が入ったらしくてね。それでちょっと聞き込みしてるんだけど…」
峻「…」
宮下「学生さん?」
峻「会社員です…」
宮下「毎日仕事大変でしょ?火事の日は、もう寝てた?」
峻「えっ…ゲームを…」
宮下「いつも何時頃までやってるの?」
峻「3時ぐらい…」
宮下「僕も好きなんだけど、最近やる暇なくてね…目赤いですよ。んじゃどうも…」
  宮下、手を上げ、颯爽と立ち去って行く。
  峻、怪訝な表情で宮下を見つめている。

○ 峻の自宅・2F部屋
  扉を開く峻。
  峻、正面を見つめ、驚愕する。
  机の前に座るH。ディスプレイを見ながら、パソコンのキーボードを打ち込んでいる。
峻「おい!」
H「…」
  机の前に行く峻。Hの顔を見つめ、
峻「おまえ…」
H「さっきまで玄関で話してたの…警察の人でしょ?何を聞かれたの?」
峻「お前誰だよ?」
  ウインドウに浮かぶ暗号。長い英数字が上から下へ素早くスクロールしている。
  峻、スーツから携帯を取り出し、ディスプレイに『110』を表示させる。
  しかし、Hの後ろ姿を見つめ、躊躇うとすぐに電源を切る。
H「…このパソコン、いつ起動したの?」
峻「さっき…」
  Hのそばにより、ディスプレイの画面を見つめる峻。
H「データがどこかのHPにつながるようにプログラムされていたみたい」
峻「どこかって?データって何?そんなのダウンロードした覚えないぞ。最近、
 パソコン立ち上げてないし…」
H「エロ画像とゲームのデータばっかりね…あなたがいない間に誰かがここに忍び込んで
 このパソコンを操作した」
峻「なんで俺のパソコンに…」
H「たまたま」
峻「えっ?」
H「留守の家ならどこでも良かったのよ。犯人は、空き巣の前科があるの。昼間に忍び込んでデータを
 ここにコピーした」
  USBに差し込んでいたフラッシュメモリーを抜くH。
  立ち上がるH。
峻「犯人知ってるのか?」
H「もう別次元にいる」
  困惑し、首を傾げる峻。
H「両親は、いるの?」
峻「親戚の葬式に出るから、今九州にいるけど…」
  H、峻を横切り、部屋を出て行く。
  峻、呆然としている。

○ 同・階段
  階段を下りているH。
  部屋から出てくる峻。Hに喋りかける。
峻「あんた何者なんだよ?」
H「想像に任せる」
  階段を勢い良く駆け下りて行く峻。

○ 同・玄関前
  門を潜り、道を歩き出すH。
  Hの後を追う峻。

○ 住宅街・通り
峻「昼間、バスの天井に張り付いてただろ?乗客が一人死んでたんだぞ」
H「…何も考えず、私の言う通りにした方が身のため」
  背後で車の急ブレーキの音が聞こえる。
  立ち止まり、ハッと振り返るH。
  峻の自宅の前にシルバーのBMWが止まっている。中から青いスーツ姿の二人の男が現れ、
  家の中に駆け込んで行く。
  H、峻の右腕を掴む。そばの塀の陰に峻を引っ張りこみ、自分も身を隠す。
  塀から顔を出し、峻の家の前を見つめる。
  峻も顔を出そうとする。H、峻の顔を手で押し込む。
峻「また空き巣!」
H「うるさい」
峻「自分の家に泥棒が入ってるのに、黙って見てろって言うのかよ?」
  峻、携帯を出し、『110』を押す。
H「無駄よ」
  家から出てくる男達。その中に宮下がいる。助手席に乗り込む宮下。
  宮下を見つめ、唖然とする峻。
  急発進し、走り去って行く車。
  H達のそばを走り過ぎて行く。
  立ち上がる二人。
  突然、爆音が轟く。
  峻の家のベランダから猛烈な炎が吹き上がる。
  呆然と家を見ている峻。
  H、峻のそばを離れる。
  峻、慌てて、Hを追いかける。
  
○ コンビニ
  入り口の扉を開け、駐車場に出てくる峻。左手に袋を持っている。
  立ち止まり、辺りを見回す。
  出入り口前の駐車スペースに止まる黒い軽自動車。
  運転席に座るH。澄ました表情で峻を見ている。

○ 軽自動車・車内
  助手席に座る峻。H、プリンを開け、食べ始める。
  峻、右手にスナックパンを持っている。
  珍しげな表情でHを見ている。
  黙々とプリンを食べているH。
H「何?」
峻「えっ…いや、別に…」
  スナックパンを齧る峻。
峻「何で警察が…昼間のバスの男と関係あるの?」
H「何も知らない方が幸せよ」
峻「家吹き飛ばされたところだぜ?もう十分不幸なんだけど」
  食べ終わり、袋からもう一つのプリンを取り出すH。
  H、次のプリンを黙々と食べている。
峻「もしかして…スパイ?みたいな…」
  H、プリンを食べている。
峻「日本にいるわけないけどさ…でも、こんな事できるのは…」
  H、プリンを食べている。
峻「本当にそうなの?」
  H、次のプリンの蓋を開けている。
H「あなたは、何してるの?」
峻「営業マン。本当は、ゲーム関係の仕事につきたかったんだけど、頭悪くて」
H「…満足してないの?」
峻「コネ就職だから。顧客には、冷たい態度取られるし、課長や先輩には、叱られっぱなしだし、
 今更やめるったって、両親の対面も悪くなるし、やりたい事も見つからないし…」
  プリンを食べ終わり、殻を袋の中に放り込むH。
H「降りて」
峻「えっ?」
H「次の仕事があるから」
峻「あっ」
  峻、財布から名刺を取り出し、Hに渡す。
  H、憮然と名刺を見つめる。
峻「そっちの名前…?」
H「エイチ…」
峻「何それ?何かの暗号?」
H「想像に任せる…」

○ 駐車場
  轟音を響かせ、勢い良く走り出す軽自動車。
  道路に出て、走り去って行く。
  呆然と佇む峻。

○ 雑居ビル(翌日・朝)

○ 同・3F漫画喫茶・個室
  テレビのモニターにゲーム画面が映しっぱなし。
  床に横になっている峻。寝返りをうち、目の前に置いてあるコーラの缶を倒す。
  気づかずまだ眠っている。

○ 峻の自宅前・道路
  とぼとぼと歩いている峻。白シャツの背中の部分が濡れている。
  立ち止まり、家の方を見つめる。
  家は、跡形もなく、残った柱が黒焦げになっている。
  家の前に止まるパトカーと消防車。
  警官や消防士達が慌しく動き回っている。
  口を開けたまま呆然としている峻。
  
○ 電車内
  シートの一番端に座り、眠っている峻。
  プラットホームで立ち止まる電車。
  ドアが開き、数人の乗客達が出入りする。
  峻の前に佇むコートを着た男。
  ふと目を覚まし、窓を覗く峻。
  ドアが閉まり、電車が動き始める。
峻「やべぇ!」
  ハッと立ち上がろうとするが、前の男が壁になる。
  男、コートのポケットに手を入れ、ポケットの突き出たものを峻の腹に押し当てる。
  白髪交じりの中年の男、険しい顔つき。
  息を飲む峻。

○ 駅前
  改札を潜る峻。その後ろについて歩く男。
  自転車置き場の脇に止まるシルバーのワゴン。
  ワゴンの後部席のドアが開く。中に乗り込む峻と男。
  走り出すワゴン。

○ 雑居ビル前
  古びたねずみ色のコンクリートの建物。
  ワゴンが立ち止まる。
  後部席のドアが開く。車から降りる峻。
  峻、ビルに掲げられている看板を見つめる。『比呂金印刷所』と書かれている。

○ 比呂金印刷所・工場
  古いオフセット印刷機や断裁機などが置かれている。かなり埃を被っている。
  椅子に縛られている峻。両手、両足もきつく縛られている。
  三人の男女が峻の前に佇む。
  中年太りした男・芳賀(46)。
  芳賀の隣に立っている妻の美知子(45)。
  その左隣に立っている長身の男・宇和島(43)。
美知子「うちの経営を立て直してくれるって言ったわよね?」
  宇和島、右手に持っている黒いケースをそばの作業台に置く。
  ケースを開ける。中に札束がぎっしり詰まっている。
  芳賀、美知子、札束に見惚れる。
  ケースを閉める宇和島。
宇和島「早く情報を聞き出せ」
芳賀「機密ファイルをコピーしたな?どこに隠した?」
美知子「正直に言いなさい」
峻「持ってない。知らないって!」
  芳賀、焦った表情で、峻の胸倉を掴み、
芳賀「ファイルは、どこだ?」
峻「…女だよ、女が持っていった」
芳賀「誰だ、その女って?」
  芳賀達の後ろで女の声が聞こえる。
女の声「私」
  振り返る芳賀。
  入口のドアの前に立っているH。
  アームシェイドの銃口を芳賀に向け、撃つ。
  芳賀、左肩を撃たれる。同じく美知子も右肩を撃たれる。驚愕している峻。
  宇和島、咄嗟に銃を構え、引き金を引く。
  H、アームシェイドの両側の翼を広げ、それを盾にしながら走り出す。
  次々と飛んでくる弾丸を跳ね返している。
  H、宇和島の顔に回し蹴りを食らわす。
  倒される宇和島。H、すかさず宇和島の顔にアームシェイドの銃口を向ける。
H「中々見つからないと思ったら、整形してたのね」
宇和島「ひよっ子が今じゃ腕利きのエージェントか…」
H「蒔田和久の遺体は、どこにあるの?」
宇和島「さぁな。霞は、引退したのか?あの足じゃあ足手まといになるだけか」
  H、右手で宇和島の首を掴み、起き上がらる。そのまま、ネックハンギングで宇和島の体を持ち上げる。
  うめく宇和島。呆然と様子を見つめる峻。
H「昔話は、聞いてない」
宇和島「…和久を殺したのは、斉原だ。昨日バスの中で殺された」
  H、宇和島の首から手を放す。床に尻をつく宇和島。右腰のポシェットから
  フラッシュメモリを取り出し、宇和島に見せ付ける。
  唖然とする宇和島。
宇和島「それは、斉原の…?」
  失笑する宇和島。
宇和島「…肝心な事を聞き出す前に殺ったのか?」
H「誰かが私に密告してきたの。指定の時間までに斉原を殺せば、
 ネマグレイドのデータの在り処を教えるって。でも、データは、半分しかなかった」
宇和島「そいつに聞いたほうが早いだろ」
H「…そうね」
  H、右手で宇和島の肩に触れる。
  電気ショックを浴び、意識を失う宇和島。
  H、峻のそばに近づき、縄を解き始める。
  峻、芳賀と美知子を見つめ、
峻「皆殺しかよ?」
H「お昼寝させただけ」
  縄が外れ、立ち上がる峻。
峻「後をつけてたなら、もっと早く来てくれよ」
H「あなたを狙う連中が現れるまで粘ったの。この夫婦、あなたのおかげで命拾いしたのよ」
  複雑な表情を浮かべる峻。H、携帯を持ち、
H「…宇和島を確保しました。場所は、港区の比呂金印刷所。至急身柄の引き取りをお願いします」
  携帯を切り、立ち去るH。
  呆然と佇む峻。

○ 同・前
  ワゴンの前に止まっている黄色い軽自動車。
  運転席に乗り込むH。

○ 軽自動車・車内
  H、左手のグローブを外し、腕の裾を捲り上げる。携帯を持ち、メールを打ち始める。
  助手席に乗り込んでくる峻。
  H、携帯のディプレイを見つめながら、
H「タクシーじゃないのよ」
峻「人を利用しといて。こう言うのって規則違反にならないのかよ?」
  峻、Hの左腕を見つめる。腕のいくつもの傷を見つめ、苦々しい表情を浮かべる。
  携帯をスーツのポケットにしまうH。
  H、車のエンジンをかける。
H「P―BLACKの安全保証部に連絡するから、そのプログラムに従って」
峻「何それ?」
H「あなたの命を保障してくれる場所を紹介してくれるところ」
峻「俺にでもできそうな事があるなら、なんでもやる。手伝わせてよ」
H「駄目」
峻「家吹っ飛ばされたんだぜ?捕まえて、ちゃんと弁償させないと気が済まない」
  いきなり、アクセルを踏み込むH。急発進する。峻、反動でダッシュボードに頭を打ちそうになる。
  携帯のアラームが鳴り響く。
  携帯を出し、ディスプレイを見つめるH。
  ディスプレイに書かれている文字。『遺体は、武甲山にあり』。
H「いいわ」
峻「マジ?フォウ、これで俺もスパイの仲間入り♪」

○ 武甲山・森の中(深夜)
  暗い木々の合間に立つH。アームシェイドのライトを正面に向けている。
  ライトの光は、スコップで土を掘り返している峻を照らし出している。
  すくった土を荒々しく放り投げる峻。しかめっ面を浮かべ、
峻「これするなら、まだ今の仕事の方がマシ…」
  スコップの先端が金属のようなものに当たる。
  峻、それをまじまじと見つめる。
   ×  ×  ×
  掘り返された土の中に埋まっている青い棺桶。
  棺桶が開き、中から首のない若い男の死体が現れる。
  峻、吐きそうになり、棺桶のそばから離れる。
  H、死体をジッと見つめている。
  上半身裸、体中、斑点状に皮膚が溶け、青く発光し、骨が見えている。  
  四つん這いになり、苦しそうにしている峻。おそるおそる、また棺桶の方を見る。
H「携帯持ってる?」
  峻、寡黙に頷く。
H「写真撮って」
峻「自分の使えよ」
H「いいから早く」
  峻、立ち上がり、スーツのポケットから携帯を出す。
  棺桶の前に立ち止まる峻。
  携帯のディスプレイに映る男の体を見つめ、また吐きそうになるが、なんとか堪えている。
H「撮った?」
  峻、右手で目を隠しながら、ボタンを押す。
  H、男の右手を見つめる。中指の爪に金の塗料がこびりついている。
  H、麺棒を取り出し、指の爪の塗料を擦り取っている。
峻「誰の死体?」
H「オルテムズの社長の息子。蒔田繁治から会社を引き継いで、次期社長になるはずだった」
峻「なんで体中が溶けてるんだよ?」
  ポシェットから水色の液体が入った500ミリリットルのペットボトルを峻に投げ渡す。
  峻、それをキャッチしようとするが、見事に落とす。
  峻、それを拾い上げる。
峻「今飲みたい気分じゃないんだけど…」
H「それが体を溶かしている液体。ネマグレイド」
  唖然とする峻。ネマグレイドを見つめる。
H「増殖した野生動物を処分するのを目的に開発された液体。飲んだら12時間後に内臓器官が溶解して、
 斑点状に皮膚も溶け出す。1日もすれば、肉体は、跡形もなく消える。もちろん人間にも効力がある」
峻「…」
H「これを海外のテロリストに売りつけようとしている奴らがいる」
峻「頭は?…まるごと溶けちゃったのか?」
H「私が持ってる。後で見せてあげる」
峻「やめてくれ。刺激が強すぎる…」
  H、寡黙に踵を返し、その場を離れて行く。Hの後を追う峻。
峻「撮った写真どうするんだよ?」
H「暫く保管しておいて」
峻「えーっ、携帯とはいえ、気持ちわりぃ…」

○ フラワーショップ『ザイダ』
  ワゴン車に花を乗せている前原 美智(23)。長い髪を後ろに束ね、眼鏡をかけている。
  美智のそばに立ち止まる軽自動車。運転席のドアの窓が開く。Hが顔を出す。
  美智、Hを見つめ、唖然とする。
H「ちょっといい?」

○ コンビニ・駐車場
  店の入口から出てくる峻。憮然としている。右手に袋を持っている。
  片隅のスペースに止まる軽自動車の前に向かっている。
  車を見つめ、立ち止まる峻。
  助手席にHが座っている。

○ 軽自動車・車内
  運転席に乗り込む峻。
峻「なんで、そっちに?」
H「ちゃんと買ってきてくれた?」
峻、袋をHに手渡す。
  H、袋の中をジッと見つめ、
H「牛乳プリンは?」
峻「売り切れ…」
  峻を睨みつけるH。
峻「…生産工場、行く?」
  駐車場にフラワーショップのワゴンが入ってくる。
  隣のスペースに立ち止まるワゴン。
H「ここから出ないで」
  H、峻に袋を投げ渡し、車から降りる。

○ コンビニ・駐車場
  ワゴンの前に行くH。車から降りる美智。
美智「取得できたわ。相手は、パソコンからメールを送ってる」
  美智、Hにメモを手渡す。メモを見つめるH。
H「本部のコンピュータを使えば早いんだけど、ちょっと問題があって…」
美智「また何が起きてるの?」
H「…私を操ろうとしている誰かがいる」
美智「あの時助けてくれたから、今の私があるの。遠慮せずに、何でも言ってよ…」
H「あなたの腕を信じてるけど…また、誰かに釣られて変な方向に走っちゃ駄目よ」
美智「新しい人生を始めているし、もう過去には、戻れないわ」
  美智、ワゴンに積んである花の中からひまわりを取り出し、
美智「好きだったよね」
  美智、Hにひまわりを手渡す。
  H、ひまわりの黄色い花を見つめ、
H「ありがとう」
  美智、Hの背後を見つめる。
  振り返るH。
  峻が立っている。コンビニを指差し、
峻「ションベン…友達?」
  美智を見つめる峻。
峻「あんたもスパイ?」
  美智、Hと目を合わせる。
美智「じゃあね」
  頷くH。美智、ワゴンに乗り込む。
  バックし、走り去って行くワゴン。
  H、峻を横切り、軽自動車の助手席に乗り込む。
  
○ 軽自動車・車内
  運転席に乗り込んでくる峻。
峻「ちょっとぐらい教えてくれてもいいじゃん」
  H、後部席から赤いスーツケースを取り上げる。
H「赤居ホテルに行って」
峻「…いつから俺専属ドライバーになったんだよ?」
H「嫌なら降りて」
峻、ふくれっ面でエンジンをかける。

○ コンビニ・駐車場
  タイヤを軋ませながら、勢い良く駐車場を出て行く軽自動車。

○ 赤居ホテル・チャペル前
  係員・金山を先頭にウェイディングドレスを着た花嫁と親族の団体がやってくる。
  係員、扉を開け、団体を中に誘導している。

○ 同・休憩所
  通路を歩いている金山。
  金山の前を歩いてくる黒いスーツを着た女の後ろ姿。
  金山、女の顔に視線を向ける。
  茶髪、セミロングの女、Hである。俯き加減で歩いている。
  H、右手で金山の肩に触れる。アームシェイドから流れる電流。
  金山、一瞬、ビクっと体を震わせると、意識を失う。前のめりに倒れる金山の体を抱き止めるH。

○ 同・空調室
  天井に張り巡るパイプ。
  配電盤の下に座り、後ろ手に両手首、両足を縛られている金山。
  目を覚ます金山。
  金山の前に立つH。
  H、バックから携帯を取り出し、ディスプレイに映したメッセージを金山に見せる。
H「私の携帯のアドレス、どこで知ったの?」
金山「何を言ってるのか、よくわからん」
H「メールの発信元を洗い出したら、あなたのパソコンに辿り付いた。斉原と時田和久の遺体の情報を
 私に流してきたのは、あなたでしょ?」
金山「一ヶ月ぐらい前、うちの妹が働いてる病院で50代くらいの男と話をした。老後の楽しみにパソコンを
 やりたいって話になって、7年前の型落ちだけど、うちにパソコンがあるって言ったら、
 欲しがったから、15万で売ってやった」
H「男の名前は?顔は、覚えてる?」
金山「名前は、聞いてない。顔は、フードで隠していて見えなかった…」
  
○ 山道(深夜)
  脇道にある駐車場に入り込む軽自動車。
  ある駐車スペースに止まっているクラウンのそばの駐車スペースに勢い良く入り込む。
  クラウンの運転席のドアが開く。霞が姿を表す。
  軽自動車の運転席のドアが開く。Hが降りる。
  対峙し、歩き出すHと霞。車から離れている。
  軽自動車の助手席に座る峻。二人の様子を見ている。
霞「蒔田和久の遺体は?」
H「後で場所を示した地図を送信します」
  霞、後ろを指差し、
霞「あいつは?」
H「コード04T6の重要参考人です」
霞「なぜ、安全保証部に連絡して保護プログラムの申請を出さない?」
  立ち止まる二人。
H「私に任せてもらえません?」
霞「お前にそんな権限はない。相手は、一般人だぞ。そんな奴まともに…まさか、おまえ?…」
  H、首を横に振り、
H「…スパイじゃなかったら、私もあんな感じだったのかしら」
  H、寡黙に霞のそばを離れて行く。
  憮然とする霞。

○ 山道
  緩やかなS字を勢い良く曲がっている軽自動車。大きく中央線から食み出し、ふらつきながら走っている。

○ 軽自動車・車内
  運転席に座る峻。助手席に座っているH。
  峻、ぎこちないハンドル捌き。
H「本当に毎日運転してるの?」
峻「外回りで使ってる車も軽だけど…何でこんなにアクセル軽いの?」
H「300馬力のエンジン積んでるの」
峻「軽にそんな強力なのを…ボディ破裂するぞ」
  H、正面を向いたまま寡黙になっている。
  峻、ダッシュボードを見回し、
峻「ボンドカーみたいに装置が色々ついてるの想像したけど、見た感じ普通の車じゃん…」
H「実際は、そんなもの」
  突然、くしゃみをする峻。

○ 山道
  緩いカーブの坂道を降りている軽自動車。ガードレールに左側のボディを擦る。鈍い音がする。

○ 軽自動車・車内
  怖い顔で峻を睨みつけるH。
  気まずい表情を浮かべる峻。
峻「会社の車でもよくやるのよ…」
H「私のカスタード、傷つけたわね?」
峻「カスタード?」
H「車の名前」
峻「由来は?」
H「想像に任せる…」
峻「…そう言えばさ、スパイって休日はあるの?公務だから…年金も払ってるの?
 健康保険は?やっぱり、給料からしょっぴかれるの?」
  H、正面を向き、無言。
峻「どこでスパイの訓練を受けてたの?」
  Hの脳裏に浮かぶイメージ…

○ Hの回想
  7年前…
  木々が生い茂る林の中を走っているH(木崎メイナ・17歳)。ジャージ姿。
    ×  ×  ×
  大木の木の枝に左腕だけでぶら下がっているメイナ。片手で懸垂をしている。
  ぽつぽつと地面に雨が降り注ぐ。
   ×  ×  ×
  土砂降りの中、土の上に立っているメイナ。雨に打たれながら、苦痛の表情で
  肘の付け根からない右腕を押さえている。
  迷彩服を着た霞がHの前に立つ。
  メイナ、その場に崩れ、突っ伏す。霞、左足でメイナの右肩を蹴り上げる。
  地面に転がり、泥まみれになるメイナ。
  メイナ、起き上がり、悔しげに唇を噛み締めている。
霞「腕のせいにするな!」
  メイナ、力が入らず、そのまま、また、地面にしゃがみこむ。左手で右腕を押さえている。
  憮然としている霞。
霞「母親が誰に殺されたか言ってみろ…」
  顔を上げ、鋭い眼光を向けるメイナ。

○ 軽自動車・車内
  我に返るH。
峻「射撃訓練とか受けるわけ?部屋の中で3Dのバーチャル映像を標的にするとか…?」
H「本物の人間を使うの」
  愕然とする峻。
峻「ダミーじゃなくて?」
H「P―BLACKが捕らえた処刑者…」
峻「P―BLACK…何それ?」
H「私が所属する組織の名前」
峻「CIAとか、MI6とかの下請け?」
H「日本の組織。でもまだ完全じゃない」
  携帯のアラームが鳴り響く。
  H、携帯を出し、ディスプレイを見つめる。
  携帯に出るH。受話口からボイスチェンジャーで変えられた男の奇妙な声が聞こえてくる。
男の声「死体は、見つかったか?」
H「あなたの言った通りの場所にあったわ」
男の声「これで信用してくれたか?」
H「…オルテムズの裏組織とつながってるP―BLACKのメンバーって、誰?」
男の声「それを教えたら、奴を消してくれるか?」
H「…わかった」
男の声「今からその男の画像を転送する」
  電話が切れる。
  暫くして、画像ファイルが届く。
  H、ファイルを開く。
  ディスプレイに映し出される画像。
  武甲山の林の中。和久の遺体の前に立っている霞の姿が写っている。
  驚愕するH。
  Hの様子を怪訝に見つめる峻。

○ クラウン車内
  ハンドルを握る霞。
  コンソールについているモニター。地図が映り、H達の車の位置を表す白い点が動いている。
  霞、険しい顔つき。

○ ビル前
  歩道脇。水銀灯の真下に止まる軽自動車。

○ 軽自動車・車内
  運転席のシートを倒し眠っている峻。
  窓をノックする音がする。
  目を開ける峻。驚愕する。
  助手席のドアが開き、霞が乗り込んでくる。
  峻、ハッと起き上がる。
  霞、右手に黒いグローブをはめ、サイレンサーつきの銃を持っている。
霞「お前がスパイ候補生か?」
峻「あんた…さっきの…」
霞「Hは、どこに行った?」
峻「次の仕事があるって、1人で外に…」
霞「車から降りろ。私が安全保証部へ送り届けてやる」
峻「…嫌だ」
霞「一つだけ教えといてやる。お前みたいな単細胞にこの仕事は、勤まらん」
峻「…俺の事、一生監視する気か?」
霞「Hの任務が終わるまで、身を隠してもらう。それができないなら…」
  霞、峻に銃口を向ける。
峻「あんたのほうがよっぽど単細胞じゃねぇかよ!」
霞「あいつの障害になるものを取り除くのも俺の仕事だ」
  峻、助手の窓の向こうに立つ人影を見つめる。
  Hがアームシェイドの銃口を霞の背中に向けている。
  霞、振り返り、Hを見つめる。
H「降りてください」
  霞、ドアを開け外に出る。
   
○ 車の前で対峙するHと霞
H「この車の発進装置は、1時間前に取り外しています。なぜここがわかったんです?」
霞「…」
H「答えてください」
霞「…おまえのその右腕のアームシェイドには、発信器が仕掛けてある」
H「…」
霞「行動を把握しておかないと、何かあれば全て私が責任を負うことになるからだ」
H「責任は、私が取ります」
  H、左手でアームシェイドを掴み、取り外そうとする。
霞「腕の接合部の動脈付近に埋め込んである。無理矢理はずそうとしたら、大量出血を起こして、死ぬぞ」
  H、アームシェイドの銃で霞の左足を撃つ。
  義足が吹き飛ぶ。その場に倒れる霞。
霞「何のマネだ?」
H「蒔田の裏組織にP―BLACKの情報を流していたのは、あなたでしょ?」
霞「違う…お前に話しておかなければならない事がある…」
H「…」
霞「G5の事だ。半年前、拘留されていた施設を脱走した…おまえの行動を監視していたのは、
 それを調べるためでもあったんだ」
H「父の事…どうして今まで黙っていたんですか?」
霞「言えば、おまえの任務に支障が出ると判断した。奴は、ネマグレイドの開発に手を貸している。
 二十年前に同じ研究をしていた。拘留されたのは、その時の研究が原因だったんだ」
  呆然としているH。
  眉を顰める霞。
霞「H、おまえ、俺に嘘をついたな?」
H「…」
霞「いつから気づいてた?」
H「2ヶ月前、P―BLACK内の端末を使って父の情報を調べました」
霞「蒔田の組織にいる密告者ってのは、もしかして…」
  H、寡黙に霞に近づいて行く。
霞「よせ!1人じゃ…」
  H、右手で霞の右肩を掴む。
  霞、電気ショックを受け、気絶し、路面にうつ伏せに倒れる。
  車から降りて、Hに近づく峻。
峻「上司だろ?大丈夫か?」
H「蒔田に会いに行く」
峻「…」
  寡黙に助手席に乗り込むH。
  峻、憮然としたまま回り込み、運転席に乗り込む。
  タイヤを唸らせ、急発進する軽自動車。

○ オルテムズ・本社ビル・地下駐車場
  黒いマジェスタの後部席に乗り込む蒔田。
  運転手、後部席のドアを閉め、周り込んで運転席のドアを開けようとする。
  運転手の背後にやってくるH。運転手の右肩にアームシェイドでエルボーを食らわす。
  その場に崩れる運転手。

○ マジェスタ・車内
  後部席に座る蒔田。外の様子を見つめている。
  ドアを開き、蒔田の隣に座るH。
  H、蒔田の前にアームシェイドの銃口を差し向ける。
蒔田「誰だ?」
H「斉原に息子さんの遺体の処理を依頼したのは、あなたね?」
蒔田「…息子の死体が見つかったのか?どこにあるんだ?」
  H、スーツのポケットから死体の映った写真を取り出し、蒔田に手渡す。
  蒔田、写真をまじまじと見つめる。
H「指に金の塗料がついてた。あなたのオフィスに潜り込んだ時、本棚に飾ってあったトロフィーが
 一つなくなっていた。塗料は、そのトロフィーのものよ」
蒔田「…」
H「ネマグレイドを扱える人間は、限られてる。その写真が全てを物語ってる。あなたと裏組織の人間…」
蒔田「…公安か?」
H「何十年もかけて育てきた自分の子供を…よく簡単に殺せるわね」
蒔田「俺の言う事を聞かないからだ。偉そうな口を利きやがって…あの日は、私の会社を乗っ取るかの
 ような言い草をした挙句に、ゴルフで優勝した時のトロフィーを持ち出して、安物だ、
 つまらん置物捨てちまえと散々なじりやがった。だからそれで頭を…」
H「頭は、どうして消さなかったの?」
蒔田「…少しは、形を残してやろうと思ってな」
H「ネマグレイドを開発に手を貸した男は、どこにいるの?」
蒔田「…江崎総合医療センターだ。腎臓を悪くして、入退院を繰り返しているらしい」
H「名前は?」
蒔田「木崎満彦…」
  険しい顔つきのH。

○ オルテムズ本社ビル・地下駐車場
  柱の前に立つ峻。
  車のタイヤ音が鳴り響く。スロープを下りてきたシルバーのワゴンが物凄い勢いで峻の前を通り過ぎて行く。
  唖然とする峻。

○ マジェスタ・車内
  前を見つめるH。
  車の前に立ち止まるワゴン。
  助手席と後部席の扉が開くと同時に一斉にマシンガンが発射される。
  蒔田を庇い、身を伏せるH。
  蒔田の左腕に弾丸が当たる。悲鳴を上げる蒔田。
  H、アームシェイドの銃口を伸ばし、ワゴンに向けて連射する。

○ オルテムズ本社ビル・地下駐車場
  車に乗る男達、不気味に笑みを浮かべながらマシンガンを撃ち放つ。
  突然、ワゴンに物凄い衝撃が走る。
  衝撃で後部席にいた男が外に投げ出される。
  ワゴンの前に衝突している軽自動車。
  運転席に座る峻。
  勢い良くバックすると、スピードを上げて、また、ワゴンに激突する。
  ワゴンの運転手の男、軽自動車に向けて、銃を撃つ。
  軽自動車のフロントガラスに風穴が開く。
  怯える峻。急いでレバーをRに入れ、また、車をバックさせる
  マジェスタから降りる蒔田。地面に這いつくばっている。
  蒔田の前に男がやってくる。
  顔を上げ、男の顔を見つめる蒔田。
  男に気づく、H。車から降りようとするが、弾丸を撃ち込まれ、身動きが取れない。
  軽自動車、また、ワゴンに体当たりする。助手席の男、持っていたマシンガンを落とす。
  ワゴン、急発進し、軽自動車を弾き飛ばすと、そのまま走り去って行く。
  ハンドルに蹲る峻。
  軽自動車の運転席の前に駆け寄ってくるH。扉を開け、峻をシートにもたれさせる。
  焦った表情で峻の体を見回すH。目を開ける峻。
峻「…危険手当出してもらわないと、割りにあわねぇ」
  H、ホッと溜息をつくと、携帯を取り出し、本部のナンバーを押す。
峻「最後までやるって…」
  H、動きを止める。峻、げらげら笑い、
峻「いつも凍りついた顔してるのに、さっきの慌てた顔…」
  H、峻を睨みつけ、
H「殺すよ」
  峻の顔が凍りつく。
  H、マジェスタの前で倒れている男を見つめる。
  
○ 高架下・トンネル(深夜)
  コンクリートの壁に叩きつけられる男。
  そのまま、地面に座り込む。
  アームシェイドから銃口を引き出し、男に向けるH。
H「あと30秒の命よ」
  男、不気味な表情でへらへらと笑っている。
  二人の様子を困惑気味に見ている峻。
H「蒔田をどこに連れて行ったの?」
  男、薄笑いしている。と、突然、低い発砲音がし、男の左肩に弾が当たる。血が激しく飛び散る。
  悲鳴を上げる男。
  驚愕し、足を振るわせる峻。
男「30秒って言っただろ!」
H「そんな事言ったっけ?もう忘れた…」
  H、銃口を男の額に向ける。
  男の額に激しく汗が滲み出てくる。
  男を鋭い眼光で睨みつけるH。
H「後5秒…」
峻「もう5秒かよ!」
  男の額から汗が滴り落ちる。
  目を瞑る峻。
  拳を握るH。
男「秩父の山のスクラップ置き場…シルバーのカローラの、トランクの中…」
  腕を下ろすH。
  大きく息を吐く峻。H、峻を見つめ、
H「頼みたい事があるの」

○ スクラップ工場
  無造作に積まれた車の残骸の中を駆け回る峻。
  前を見つめ、立ち止まる。
  三段に積まれている車。一番下に置かれているシルバーのセダンを目にする。
  カローラの前に駆け寄る峻。
  カローラのトランクを開け、中を覗き込む。
  口と足、後ろ手に縛られた蒔田が横になっている。
  唖然とする峻。峻の後ろで物音がする。
  峻の後ろに立っている宮下。スーツのポケットからナイフを取り出す。
宮下「仕事は、休みか?」
  振り返る峻。峻、右手に短銃を構えている。
峻「あんたもさぼって副業中だろ?」
  唖然とする宮下。銃をまじまじと見つめ、
宮下「拳銃不法所持で逮捕する」
  宮下、足を一歩前にやる。
  峻、銃の引き金を引くが弾が出ない。何度も引き金を引いている。
峻「あれ…あれ…」
  失笑する宮下。峻の喉元にナイフを差し向ける。
峻「なんでいつもこうなんだよ…」
宮下「真面目に働かないから、首をちょん切られるんだ…」
 
○ 江崎総合医療センター5F・通路
  ナース姿のH。険しい顔つきで歩いている。
  503号室のドアの前で立ち止まる。
  扉を開く。
  個室。ベッドで眠っている男がいる。頭まで布団を被っている。
  ベッドの前に近づいて行くH。立ち止まり、胸のポケットからペンを取り出す。
  ペンの先から、注射針が出る。
  H、布団を捲り上げる。
  ベッドの上には、ひまわりの花、その隣に携帯が置かれている。
  H、ひまわりを見つめ、動揺した面持ち。
  携帯のスピーカーからボイスチェンジャーで変調された男の声が聞こえてくる。
男の声「そろそろ答え合わせをする時が来たようだ。君のパートナーのいる場所に案内しよう…」
  動揺しているH。

○ 山道
  S字カーブをスピードを上げて走っている軽自動車。

○ 山の中腹・倉庫前
  敷地に入ってくる軽自動車。
  立ち止まり、運転席からHが降りてくる。
  険しい目つきで倉庫を見つめるH。

○ 倉庫内
  水色の液体の入った透明の貯水タンクの前に行くH。
  液体から顔を出している峻。両手の拳で必死にタンクを叩いている。叫んでいるが声は、聞こえない。
  H、手振りで峻に脇に離れるように指示する。
  H、タンクにアームシェイドの銃口を向ける。
  外から無気味に聞こえてくる男の声。
男の声「メイナ…メイナ…」
  辺りを見回すH。

○ 倉庫前
  外に出てくるH。空を見上げる。
  倉庫の屋根に立っているG5(木崎満彦・52歳)。
  G5を見つめるH。
  フードを取り、顔を露にするG5。顔面の半分が焼け爛れている。
  G5を見つめるH。唇を噛み締め、怒りを堪えている。
  笑みを浮かべるG5。
  G5を睨みつけるH。
G5「…P―BLACK創設後、私は、ある任務を受けて、海外に派遣された。しかしそこで、
 情報漏洩の疑いをかけられ、日本に送還された。私が勾留されている間に五月は、自殺したんだ」
H「ママは、あなたがやっている事を全て知っていたのよ。それを止めようとしていたのに…」
G5「霞の戯言をまだ信じてるのか?十年もの間、G2Aとあの男は、私の人生を闇に染めた」
H「蒔田をどうするつもり?」
G5「どうもしないよ」
H「残りのデータは、どこ?」
  G5、右手にフラッシュメモリを持っている。
G5「どうやら私につく気はないようだな」
  Hの背後で唸る車のエンジン音。
  白いセダンに宮下が乗っている。アクセルを何度も踏み、エンジンを空吹かししている。
G5「お前には、悪いが捕まるわけには行かない。無意味な時間を今から取り戻す」
  勢い良く発進するセダン。Hに向かって突き進んでいる。
  G5、突然、サイレンサー付きの銃を構え、撃つ。
  H、アームシェイドの翼を広げ、空高く舞い上がる。
  バク宙しながら、走ってくる白いセダンの頭上を飛び越え、着地するH。すかさずアームシェイドの銃口を
  セダンに向け、発射する。
  セダンのリアガラスとトランク部が蜂の巣になる。
  爆発し、炎上しながら倉庫の壁にぶつかるセダン。炎が空高く舞い上がる。

○ 同・屋根
  炎がG5の前に迫ってくる。手で顔をカバーし、仰け反るG5。左の方角を見つめる。
  アームシェイドの銃口をG5に向け、立っているH。
G5「パートナーは、もう1時間以上もネマグレイドの溶液に浸かっている。救い出しても、
 一日も経たないうちに肉体が溶け出すぞ。しかし、データを解析すれば、薬の効力を消す事も可能だ」
  G5、持っていたフラッシュメモリを空高く放り投げる。
  H、走り出し、屋根から勢い良く飛び降りる。
  空中でフラッシュメモリをキャッチするが、同時に右肩に弾丸を受ける。地上に着地するH。
  その場に跪くH。右肩を押さえながら、倉庫の屋根を見つめる。
  G5の姿が消えている。

○ 倉庫内
  走りながら中に入ってくるH。
  天井のスプリンクラーからシャワー状に水が吹き出ている。
  水を浴びながらゆっくりと前に進むH。
  どこからと見なく聞こえてくる声…。
G5の声「アームシェイドで防げたはず…」
  H、アームシェイドを見つめ、
H「…どうしてその名前を知ってるの?」
  コンテナの上に立っているG5。
G5「…それを開発したのは、私だからだ」
  驚愕するH。
G5「嫌なら外せ」
H「…」
G5「過ちを犯さない人間はいない。皆歴史など顧みず、己のみを信じ生きてるんだ」
H「…過去の事にこだわるなって事?」
G5「雲が晴れれば、綺麗な空が見える。月も星も」
  H、G5を睨みつけ、アームシェイドの銃口を差し向ける。
H「自分勝手ね。人の心は、そう単純じゃない!」
  H、アームシェイドの翼を広げ、飛び上がり、銃を発射するH。
  咄嗟に身を隠すG5。
  コンテナの上に降り、走り出すH。
  辺りを見回す。G5の姿がない。
  悔しげな表情を浮かべるH。
  倉庫の壁に火が燃え移っている。
  H、コンテナから降り、タンクに駆け寄る。
  タンクの溶液が増し、水の中でもがいている峻。
  峻、溶液を飲み込み、意識を失う。
  H、タンクの上に上がり、アームシェイドの弾丸を発射する。
  蓋の鍵が粉砕する。
  蓋を開け、溶液の中に飛び込むH。

○ タンクの中
  水の底に沈んで行く峻。
  左腕で水をかきながら、峻のそばまで泳いで行くH。
  水から顔を出すH。峻の肩を抱き、タンクの外に出る。
  タンクのそばに峻を寝かせるH。
  峻、うっすらと目を開け、Hを見つめる。
峻「銃の弾…入ってなかったぞ…」
H「ずっと使ってなかったから、確認してなかった…」
  峻、笑みを浮かべ、
峻「ひでぇ…」
  峻、Hを見つめながら、また意識を失う。
H「ごめん…」

○ 病院・個室(数日後)
  ハッと起き上がる峻。
  自分の体を見回している。
峻「ある…全部ある…」
  窓から日差しが差し込んでいる。
  扉が開き、看護士の女が入ってくる。
峻「あの…」
看護士の女「どうかしました?」
峻「俺…いつから、ここに?」
看護士の女「三日前。うちの病院の前に倒れていたの。記憶ないんですか?」
峻「女の人…いませんでした?」
看護士の女「彼女?」
峻「いや…」
   ×  ×  ×
  ベッドに座る峻。
  ベッドのそばにあるテレビのニュース映像をジッと見つめている。
アナウンサーの声「オルテムズ製薬の社長の蒔田繁治氏が今朝、急性心筋梗塞により
 入院先の病院で亡くなりました。蒔田氏は、5日前から行方不明になっている息子の
 和久氏の捜索のため、各テレビ局の報道番組に何度も出演し、情報を集めていました。
 一方、和久氏の行方は、現在もまだ掴めておりません…」
   峻、ふとテレビの下の台の上に置いてある雑誌を見る。雑誌の下に挟まっている
   白い紙に書かれたメモに気づく。

○ とある雑居ビル前(数日後)
  歩いている峻。ビルの入口の前に立ち止まる。右手に持っているメモを見つめる。

○ 同・3Fリビング
  部屋のドアを開ける峻。
  そばのスイッチを押す。
  部屋の真ん中に鳥篭が置かれている。
  唖然とする峻。
  鳥篭にひまわりの花がさしてある。
  籠の前にしゃがみ込み、丸いブランコに乗っている黄色のインコを見つめる。
  金網に挟まれた小さな封筒を取り、中から手紙を取り出す峻。可愛らしい丸文字で書かれている。
  手紙の文字『かわいいカラメルをよろしく。』
  峻、ハッと閃き、
峻「鳥にまでプリンの名前つけてやがる…」
  峻、ひまわりを籠から抜き取り、まじまじと見つめる。
峻「ひまわりのH?まさか…」
  窓を空け、雑然と広がる街の景色を眺める峻。
  青い空の下、電線に止まる雀達を見つめ、
峻「今日は良い事あるかな…」

                                                     ―THE END―

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