『CODENAME:H→2』 「溶けない氷」 作ガース『ガースのお部屋』

○ ラスゲル科学研究所・入口前(深夜)
  大きな門の前を横切る警備員の男。物音がし、右手に持ったライトを照らす。
  一匹の猫が走り去って行く。
  警備員、猫を見つめ、憮然とした面持ち。
  警備員の背後に忍び寄る黒い影…
  突然、警備員の左胸から血飛沫が上がる。
  倒れる警備員。後ろにいた女の姿が露になる。黒い革のスーツを身に着けた女・那峰コリサ(28)。
  オレンジ色のサングラスをかけ、右手にサイレンサーつきの銃を持っている。
  門に近づくコリサ。コリサの背後に近づく赤いスーツを着たコードネーム・H(木崎メイナ・24歳)
  Hの気配に気づき、後ろに顔を向けるコリサ。
  アームシェイドの水平二連の銃口をコリサに向けているH。
H「動かないで」
  首を傾げ、Hを見つめるコリサ。突然、Hに銃を撃つ。
  アームシェイドの翼を広げ、盾にするH。
  翼に当たる弾丸。跳ね返る。
  走り出すコリサ。
  Hも後を追う。

○ 工事現場前
  交差点を曲がり、街灯のない通りを走り続けるコリサ。
  脇道に止まっているクリーム色のスポーツカーに近づく。
  バイクのエンジン音が鳴り響く。コリサの前に迫ってくるバイク。
  バイクのヘッドライトに照らされるコリサ。バイクに突き飛ばされ、路面を転がる。
  走っているH。立ち止まり、様子を窺う。
  急ブレーキをかけ、立ち止まるバイク。
  コリサ、素早く立ち上がると、左足を引き摺りながら、そばに止まる車のドアを開ける。
  バイクにまたがったままヘルメットを脱ぐ青年。
青年「大丈夫?」
  コリサ、青年の顔を見つめると、すかさず銃を撃つ。
  青年に飛び掛かるH。弾丸を避ける。路面に転がる二人。
  タイヤを軋ませながら急発進するクリーム色のスポーツカー。
  立ち上がるH。走り去る車を見つめている。
青年の声「いてぇ…」
  振り返り、青年を見つめるH。
  路面に座り、右肘を押さえている青年。

○ とある雑居ビル・3Fベランダ
  雲一つない青空。
  柵に肘を乗せ、携帯電話で話している高部 峻(22)。黒いTシャツ、短パン姿。
峻「この間も言ったじゃん…俺も家にいなかったんだよ…だから、何も見てないって」
  リビングのほうに振り向く峻。部屋の真ん中のテーブルの上に置かれている鳥篭。
  黄色いインコ・カラメルが餌箱に乗り、餌を食べている。
  それを漫然と見つめている峻。
峻「…警察?事情聴取?えっ、もう終わったけど。今?会社。早出なんだけど誰もまだ来なくて…」
  空からもスズメの羽ばたく音が聞こえてくる。
峻「…ずっとホテルに泊まってる。えっ?自腹に決まってるじゃん?犯人見つかってないのにさ…
 どこに請求すんのよ?」
  峻、また、空のほうに体を向け、話を続けている…
峻(N)「どうして嘘を付き捲ってるんだ。この部屋に住んでから早三日。僅かな資金をもらって
 凌いではいるけど、親とは揉め続ける毎日。無理もない。突然、家が爆破されて消えてしまったの
 だから。あの日起きた事を正直に話しても、ややこしくなるだけだ。それにそんなことしたら、
 あのスパイに何をされるか…」
  インターホンが鳴り響く。
  振り向く峻。
   
○ 同・玄関
  ドアを開ける峻。
  ドアの隙間から、突然、白いプードル犬が入り込み、リビングのほうに駆けて行く。
  峻、慌てて猫を追いかける。

○ 同・リビング
  鳥篭の前に行き、前足で籠を蹴っている犬。
  カラメルが翼をバタつかせて、暴れている。
  猫を抱き上げる峻。
峻「こいつは、餌じゃねぇ。(犬をまじまじと見つめ)野良犬…じゃねぇよな。首輪もあるし…
 どうやってベル鳴らしたんだ?」
  峻、ふと、入口のほうを見つめ、びくつく。
  黒い帽子を被った背の高い青年が立っている。
  細い目で峻を見つめる青年。
峻「…誰?おまえ」
青年「挨拶しようと思ったら、モブが中に入っていったんで…」
峻「モブ?」
青年「その犬の名前…」
  青年、学生証を見せる。
  学生証を見つめる峻。大垣敏也(22)と書かれている。メモを峻に手渡す敏也。
  峻、敏也に犬を渡し、メモを受け取る。
敏也「ここに来るよう言われたんだけど…」
  メモを見つめる峻。
峻「誰に?」

○ P―BLACK本部・地下G2Aオフィス
  黒い壁に覆われたシックな部屋。
  入口のドアが横にスライドして開く。
  仕切りの磨りガラスの前に立っている黒いスーツを着た紳士風の男・霞(かすみ) 良次(45)。
霞「現在、コード3D4]が進行中です」
  磨りガラス向こうで黒い椅子に座る男の後ろ姿が見える。スキンヘッドの男、
  暗号名『G2A』。顔は、見えない。
  ファイルを開いているG2A。コリサの写真つきのリストを見ている。
  しわがれた低い声が轟く。
G2A「ラスゲルの件か」
霞「コリサが昨夜、ラスゲルの研究所に現れました。警備員が一人、犠牲になりました」
G2A「ラスゲルには、Hを配置させていたんじゃなかったのか?」
霞「捕らえようとしたんですが、トラブルがありまして…」
G2A「どう言う事だ?」
霞「研究所への侵入を阻止したんですが、その時、通りかかった男の乗るバイクとコリサが接触して…
  コリサは、そのまま自分の車で逃走し、男は、Hが保護しています」
G2A「元警視庁のエリート、国内でトップクラスの射撃の腕を持つ女がなぜ殺し屋なんかに…」
霞「警視庁を辞める前、コリサは、ある事件で犯人を射殺しています。その行動に周りの反発を受けて、
 自ら…。世界各地の組織の依頼をこなして、すでに10人以上殺しています」
G2A「…それで状況は?」
霞「ラスゲルが開発した瞬間冷凍保存技術は、どのような気温下においても一週間、溶けることなく
 氷の状態を維持する事ができるそうです。コリサは、それと他に、別の物も狙って活動をしている
 と言う報告を受けています」
G2A「コリサに仕事を依頼した相手は?」
霞「まだ不明です」
  溜息をつくG2A。
G2A「Hには、再教育が必要だ…」
霞「…申し訳ございません」
  頭を下げる霞。

○ とある雑居ビル・3F・リビング
  ソファに座る敏也。モブを膝に置き、頭を撫でている。モブ、鳥篭のカラメルを睨み付けている。
  テーブルを挟んで木の椅子に座っている峻。
敏也「大学から自宅に戻る途中に事故ちゃってさ…俺の顔を見るなり、なんか撃ってきやがった…
 その時、また別の女が現れて助けてくれたのよ」
  憮然とする女。
峻「別の女?」
敏也「赤いスーツを着てた。右腕になんか変なもんくっつけてさ」
  峻、青ざめた表情。
敏也「その女の人にここを紹介してもらったわけ」
峻「なんで?」
敏也「命を狙われる危険性があるからだって…無茶美人だった…」
峻「Hが?」
敏也「H?」
峻「いや…その赤いスーツを着た女が?」
敏也「違う違う、俺が轢いたほう。怪我したみたいだったから病院に連れてってやろうと
 思ってたのに…」
峻「殺されかけたのに、よく顔覚えてるよな」
敏也「つきあうなら、あの黒い美女がいいなぁ…おまえの彼女?」
峻「えっ?…」
敏也「赤いスーツの女の人。どういう関係?」
峻「Hとは…」
敏也「さっきからH、Hって…。おいおい、俺、そう言う趣味ねぇからな」
峻「…何の想像だよ!」
  
○ 同・前・道路
  向こう側の道路脇に止まっているクリーム色のスポーツカー。

○ クリーム色のスポーツカー車内
  助手席に座るコリサ。
  ノートパソコンを膝に置き、キーを早打ちしている。
  ディスプレイに映る地図。縮小され、雑居ビルの峻の部屋の断面図が映し出される。
  リビングで赤い点滅が光っている。
  ほくそ笑むコリサ。右手に持つ銃にサイレンサーを装着する。

○ とある雑居ビル・3F・リビング
  モブ、鳥篭に飛び掛る。籠の中でバタつくカラメル。
  モブを捕まえる敏也。
敏也「こら、モブ!」
  峻、鳥篭を持ち上げ、ベランダのほうに持って行く。
敏也「なんか餌くれよ」
  扉を開け、籠を外に出している峻。
峻「…食べるもんなんか何もないから」
  辺りを見回す敏也。
敏也「テレビもゲームもネットないんだな。よく我慢できるな」
  呟く峻。
峻「ゲームか…本体もソフトも燃えちゃったんだよな…あっ、FFのセーブデータも…クソ!」
敏也「えっ?」
峻「あっ、俺の家じゃないんだよ、ここ」
敏也「じゃあ、誰の家?」
峻「Hの…じゃなかった、友達の…」
  立ち上がり、冷蔵庫の前に行く敏也。
  ドアを開ける。二段目の棚にプリンが置かれている。
  プリンを持つ敏也。日付を確かめる。賞味期限が過ぎている。
  ドアを閉める敏也。何気に服をいじった時に何かが落ちる音がする。
  足元に落ちていた黒い発信器を拾う。
敏也「なんだ、これ?」
  玄関で、静かに響く銃声。
  扉を開け、部屋に駆け込んでくるコリサ。
  コリサを見つめる峻と敏也。
  コリサ、敏也に銃口を向けるコリサ。
コリサ「あれをどこに隠したの?…」
  その時、フックつきのロープが銃に絡みつく。巻きついたロープに銃を奪い取られるコリサ。
  玄関に立っているH。右腕のアームシェイドのウインチでロープを引き戻し、銃を掴み取る。
  アームシェイドの銃口をコリサに向けるH。
  Hを睨み付ける女。
コリサ「H!」
H「私の名前…どうして知ってるの?」
コリサ「待ってなさい。妹の仇、必ず取る」
  唖然とするH。
  コリサ、ベランダのほうに向かって走り出す。

○ 同・ベランダ
  コリサ、扉のガラスを割り、そのまま、柵を越え、飛び降りる。下に止まっている車の
  屋根をクッションにして、路面に着地する。
  柵の前で立ち止まり下を覗くH。
  クリーム色のスポーツカーに乗り込み、急発進して走り去って行くスポーツカー。
  車を見つめるH。
  峻がそばにやってくる。
峻「何者なんだよ、あの女…」
  H、寡黙にリビングに戻る。
  無視され、呆然と突っ立つ峻。

○ 同・リビング
  辺りを見回すH。部屋には、誰もいない。
  Hのそばに立つ峻。
H「大垣が消えた」
峻「えっ?」
  辺りを見回す峻。峻の足元に寄り付いてくるモブ。
  モブを抱き上げる峻。
峻「…飼い犬置いて一人とんずらかよ」
  H、足元を見つめる。小型の黒い発信器が落ちている。
  発信器を拾うH。
  H、寡黙にその場を立ち去って行く。
峻「待てよ…」
  立ち止まり、振り向くH。

○ 国道
  ビル街が立ち並ぶ二車線の道路。交通量が激しい。たくさんの車に囲まれて走っている
  黒い軽自動車『カスタード』。

○ カスタード車内
  ハンドルを握る峻。スーツに着替えている。
  助手席に座っているH。
H「仕事は、どうしたの?」
峻「今日は、日曜」
H「…そう」
峻「新しい任務?」
H「ある企業の技術を狙っているスパイがいる」
峻「それがさっきの女?」
H「那峰コリサ」
峻「どうして、あの学生が狙われてるのさ?」
H「顔を見られたから…だけだと思ってたけど、他に理由がありそう…」
峻「あいつから何か聞き出そうとしてたような…」
H「何を話してた?」
峻「聞き出す前にHがきたからさ…」
H「…」
峻「妹の仇って、何の事?」
H「わからない…私にも」
峻「それよりさ、うちの家早く直して欲しいんだけど。毎日親父に怒鳴られっぱなしで
 てんてこ舞いしててさ…」
H「もうすぐうちの関係者が交渉しに行くから。2つ程頼んでいい?」
峻「ええ…ああ…何?」
H「ここから三キロ先にある墓地に行って確かめてもらいたいことがあるの」
  H、スーツのポケットから携帯を出し、ボタンを早打ちし始める。
H「あなたの携帯にデータを送った。添付したファイルに地図のイメージが入ってる」
峻「…もう一つは?」
H「コーヒーゼリー、買ってきて」
  ポカンとする峻。

○ ビル街・裏通り公園前
  立ち止まるカスタード。
  助手席から降りるH。眼鏡をかけ、白いシャツ、黒いジーンズに着替えている。
  右肩にショルダーバックをぶら下げている。
  運転席を覗き込み、
H「後でまた連絡する」
  ドアを閉めるH。

○ カスタード車内
  フロントガラス越しに立ち去って行くHの後ろ姿を見つめる峻。
峻「いつもあんなに着込んでるのか。こんなクソ暑いのに…」
  アクセルを踏み込む峻。発進する車。

○ 大学・門前
  男女の学生達が慌しく行き交う。
  手前の道路から歩いてくるH。
  立ち止まり、携帯のディスプレイを見つめる。
  大学の構内の建物の断面図が映し出されている。
  歩き出し、構内へ進むH。

○ 未楽霊園内
  林に囲まれた墓地。中央の石の通路を携帯のディスプレイを見ながら歩く峻。
  立ち止まり、左の方向を見つめる。
  林が見える。
  顔を歪ませる峻。
峻「ええぇ…ヤナ予感…」
  峻、左の方角へ進み出す。

○ 大学・地下・通路
  薄暗い中を歩くH。足音が不気味に鳴り響いている。人の気配はない。
  
○ 同・生物実験室
  静かに扉を開けるH。
  部屋は、明かりがついているが人はいない。
  中に入り、机の間を通り過ぎるH。
  棚の上に置かれた透明のケースに様々な蜘蛛などの虫が蠢いている。
  
○ 同・通路
  実験室から出てくるH。扉を閉める。
  突き当たりに見えるエレベータに向かって歩くH。
  
○ 同・エレベータ前
  立ち止まるH。
  扉の上の階数のランプ。エレベータが下に降りて来る。
  扉が開いた途端、突然中から何十万匹ものハエが飛び出してくる。
  ハエの大群に襲われ、姿が見えなくなるH。

○ 未楽霊園沿い・林の中
  携帯のディスプレイを見ながら歩いている峻。
  草むらに立ち止まる。
  ディスプレイに映る地図のイメージを確認する峻。
峻「地図が示してる場所は、ここだけど…」
  峻の額から汗が流れ出ている。
  前を見つめる峻。
  大量のゴミが山積みされているのが見える。
  ゴミの周りに群がるハエ。
  スーツのポケットからハンカチを取り出し、汗を拭う峻。足元を見つめる。
  地面に長方形の鉄の蓋があるのに気づく。

○ 大学・地下・通路
  Hの体から一瞬、青い閃光が放たれる。
  体にまとわりついていた大量のハエが一瞬で死に、足元に一斉に落ちる。
  赤いスーツ姿になっているH。
  死んだハエ達を見つめている。
  一匹のハエを掴み、掌に乗せる。
  青紫色の目をしたハエ…
  H、エレベータの中に入る。

○ 同・エレベータ内
  隅にもたれ込むように倒れている白髪、眼鏡をかけた中年の男。首すじに
  何かに食われたような痕がある。
  男の足元にハエが入っていた透明の箱が倒れている。
  左手で首を掴むH。脈がない。
  険しい表情を浮かべるH。

○ 林の中
  携帯を折り畳み、ポケットにしまう峻。    
  屈んで、両手で蓋を掴み、持ち上げる。必死の表情。重みでうまく上がらない。
  一旦、蓋を下ろす峻。息切れしている。
峻「何やってんるんだか…」

○ 大学・地下エレベータ内
  H、扉を押さえながら、緑色のサングラス(イーバイザー)をかけ、エレベータの周りを見ている。

○ イーバイザーの視点
  画面は、緑色。かごについている傷や人の指紋などが赤く発光しながら映し出されている。
  男の遺体のそばをズームアップ。五本の指の指紋がはっきりと浮かび上がっている。

○ 大学・地下エレベータ内
  イーバイザーをはずすH。スーツのポケットから四方形、透明色のシールを出し、
  指紋のついている場所に貼り付けている。

○ 林の中
  力を振り絞って、蓋を持ち上げる峻。
  蓋が勢い良くがらんと開く。
  中を覗く峻。泣きそうな表情を浮かべ、顔を背ける。
峻「予感的中…オェ!」
  そばを離れる峻。
  蓋の下の箱の中に氷で固まった女の子の死体が収まっている。

○ 大学・キャンパス
  学生達がまばらに行き交う。笑い声が聞こえる。
  眼鏡、白いシャツ、黒のジーパン姿で歩いているH。
  携帯で話しながら、歩いている。
H「どう?」

○ 林の中
  生い茂った草の上に立っている峻。
  携帯で話している。
峻「『どう?』って…」
Hの声「どうなの?」
峻「氷の中に死体があった」
Hの声「どんな?」
峻「…子供だよ…女の子」

○ 大学・キャンパス
H「写メ送って」
峻の声「はぁ?また、死体画像撮れって言うのか?」
H「嫌ならいい…カスタードは、そこに置いといて。後で取りに行く」
  
○ 林の中
  電話が切れる。ふくれっ面をする峻。
峻「(舌打ち)腹立つ、クソ!」
  峻、憤然とした様子でその場を立ち去って行く。

○ 大学・門前
  門を潜り、手前の道を歩き出すH。
  携帯のアラームが鳴り響く。
  携帯を出し、ディスプレイを見つめるH。

○ コンビニ・駐車場
  駐車スペースに止まっている白いクラウン。

○ クラウン車内
  運転席に座る霞。助手席に座るH。
霞「大学で男の死体?」
H「生物研究部の道下春雄と言う男です」
霞「殺ったのは、コリサか?」
H「コリサのやり口とは違います。道下の死体には、首筋に何かに食われたような痕がありました。
 それとコリサは…私の事を知っています」
霞「どこかからお前の情報が漏れてるのか?」
H「関係者の話によると、二日前、道下は、ある別の技術専門家の男と話をしているところを
 目撃されています。実験室の金庫から、道下の所持品が消えていたそうです」
霞「その所持品と言うのは、何だ?」
H「まだ特定できていません」
  H、ショルダーバックの中から携帯を取り出し、ディスプレイを見つめる。
  ディスプレイに氷付けにされた女の子の遺体が映っている。
  笑みを浮かべるH。
  H、指紋のついたシールを霞に手渡す。
  携帯のボタンを早打ちする。
H「これ、お願いします。道下の遺体のそばについていた指紋です。それから、
 コリサの妹について調べてください」
  ドアを開け、車から降りようとするH。
霞「待て、H」
  動きを止め、霞を見つめるH。
霞「一度本部に戻れ。G2Aがお前に話があると仰ってる」
H「何の話ですか?」
霞「それは、直に聞いてくれ」
H「この任務が終わってからにしてください」
霞「…この間の事…まだ気にしてるのか?あれは、俺の一存でやった事じゃない」
  冷たい目で霞を見つめるH。
H「今度、無断で発信器をつけたら…」
霞「…どうなるんだ?」
  何も言わず車から降りるH。ドアを閉め、立ち去って行く。
  怪訝にHを見つめる霞。

○ 国道沿い・歩道
  歩くH。フラワーショップ『ザイダ』の前で立ち止まる。
  店頭に飾られているひまわりの花をおもむろに見つめる。

○ Hの回想
  燦々と輝く太陽。
  大地一面に咲くひまわり。
  どこからともなく聞こえる赤ん坊の泣き声。
  咲き乱れるひまわりの中に置き去りにされた裸の赤ん坊…
  ひまわり畑のそばに立つ菩提樹。
  太い木の枝に女の首吊り死体がぶら下がっている…
  大きく響く赤ん坊の泣き声…
  父・G5(木崎満彦・52歳)声が轟く。
G5の声「過ちを犯さない人間は、いない。皆歴史など顧みず、己のみを信じ生きて行くんだ…」

○ フラワーショップ前
  険しい目つきのH。
  店から出てくる前原 美智(23)。
  Hに気づく美智。
美智「もしかして今日休みなの?カスタードは?」
H「見習いに貸してる」
美智「何だ。やっぱり任務中か」
H「…時間ある?」

○ 同・3F事務室
  パソコンのディスプレイに映るハエの拡大写真。
  パソコンの前に座っている美智。眼鏡をかけている。
  キーボードを操作する。ハエの目の部分を拡大する。青紫色の目をしている。
美智「クロバエ科の一種みたい。動物の死骸や糞や果実を食料にする。でも、この目の色、何か変…」
  H、画面を見つめる。
美智「何かレンズのようなものが組み込まれているように見える」
  H、透明のカプセルに入ったハエの死骸を美智に手渡す。
H「解析できる?」
美智「ちょうど良かった。午後から大学回るから、その時に知り合いの遺伝子研究を
 している友人に聞いてみる。大丈夫、情報は、ちゃんと漏らさないようにするから」
H「お願い…」
  眼鏡をはずす美智。
美智「霞さんは、このハエの事知らないんだよね?」
H「信用できるのは、あなただけ」

○ 林の中
  氷付けにされた死体の前に立つHと峻。
  H、赤いスーツ姿。遺体を見つめている。
  峻、汗だくの顔をハンカチで拭っている。
峻「何でこんなところで氷付けにされたんだよ…涼しいけど」
H「誰かがここで実験をやった」
峻「小1ぐらいかな…かわいそうに…でも不思議だなこの氷、こんなに暑いのにちっとも溶けない」
  H、アームシェイドのついた右手の拳で、氷を殴りつける。
  パキパキと音がして、氷にヒビが入る。
  暫くして、一瞬で液体になり、中の遺体が露になる。
  驚愕している峻。
  H、遺体を見つめると、
H「閉めて」
  立ち去るH。
  唖然とする峻。
峻「なんでほっとくんだよ?」
H「見ればわかる」
  峻、下に降り、遺体の頭を捻じ曲げる。360度回転する首。遺体は、人形である。
峻「…ダレた」
  遺体を蹴る峻。

○ 国道(夕方)
  繁華街のそばを通っているカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握る峻。助手席に座るH。
H「コーヒーゼリーは?」
峻「そんなの買う暇なかった」
  峻を睨むH。峻、Hの目を見つめ、たじろぐ。
峻「…車の中に置きっぱなしにしたらこの暑さで、まずくなるし…それとも、あの氷の上に死体と
 一緒に冷やしとけば良かったか?」
  H、ショルダーバックから、プリンを取り出し、食べ始める。
  唖然とする峻。
峻「おい!」
H「コーヒーゼリーが食べたかったの。久々に…」
峻「なんなら、コンビニ寄るけど?」
  食べ終わり、また次のプリンを開けているH。
H「そんな暇ない」
  黙々とプリンを食べている峻。
  峻も食べたそうな目つきでHを見ている。

○ 住宅街
  脇道に止まるカスタード。ハザードが点滅する。

○ カスタード車内
H「車見張ってて。この前は、許したけど、傷つけたら今度は…」
峻「…今度は何?」
H「想像に任せる」
  車から降りるH。マンションに向かって歩いて行く。
  Hがマンションに入っていくのを確認する峻。シートを下げ、寝そべる。
  溜息をつく。
峻「コーヒーゼリー買えとか、死体の写メ撮れとか…車見張れとか…スパイの仕事…
 どう考えてもおかしいのが…一つ…」
  フロントガラスに張り付く一匹のハエ。不気味に峻を見ている。
  峻、クーラーの温度調節のボタンを必死に押し捲り、温度を下げている。
  腹が鳴る。
  フロントガラス越しに見えるコンビニの看板を見つめる峻。
  
○ マンション307号室・敏也の部屋・リビング 
  中に入ってくるH。辺りを見回している。
  29型のテレビ、ソファ、木製のキャビネットに漫画の雑誌や単行本が敷き詰められている。
  その隣に置かれているパソコン。
  キャビネットの上に置かれたドクロの置物を見つめるH。
  ソファに置かれたMP3プレイヤーを掴み取るH。
  キャビネットの下に置かれたレンタル店 の袋を見つけるH。袋を取り中を開ける。
  中に音楽CDとDVDが一枚入っている。
  日付を確認するH。『2007年8月27日』になっている。

○ コンビニ内
  アイスが陳列されている冷凍ケースの中に腕を入れる峻。棒つきのソーダアイスを掴む。
  雑誌置き場で立ち読みしている客の後ろを歩く峻。
  ある男の後ろで立ち止まる。
  漫画雑誌を読んでいる男の顔を覗き込む峻。男は、敏也である。
峻「おい!」
  峻を見つめ、驚愕する敏也。

○ 同・駐車場
  店から出る二人。敏也の腕を引っ張っている峻。
敏也「ちょっ、待てって」
峻「狙われてんのに、のん気に漫画なんて、おまえ…」
敏也「頼むから、聞けって、俺の話を」
  立ち止まる峻。敏也から手を離す。
敏也「見逃してくれ」
  敏也、ポケットから財布を取り出し、十万円の札束を峻に手渡す。
  現金を見つめる峻。
敏也「忘れもん取りに戻って来たんだけど、立ち読みしてたら時間経っちゃって」
  峻、敏也の金を渡し、
峻「何だよ?その金…」
敏也「無理すんな。それでテレビでも買えよ。パソコンとかゲームでもいいじゃん」
  峻、躊躇している。
峻「逃げ切れるとでも思ってるのか?」
敏也「逃げる気なんてねぇよ」
峻「もしかして…マジ惚れ?」
敏也「この間の事故の事謝りたいんだよ…」
峻「だから会ったら殺されるって…」
敏也「話せば通じ合えることだってあるだろ?」
峻「ない。殺し屋だぞ。ありえない」
敏也「じゃあ返せ」
  峻、札束を見つめ、躊躇する。

○ 住宅街
  走ってカスタードの前に戻ってくる峻。
  カスタードの運転席のドアを開けようとする峻。ドアを見つめ、驚愕する。
  青いスプレーで落書きされている。
  峻、落書きをまじまじと見つめ、
峻「…し、死にそう」
  マンションの入口。階段を下りているH。
  こちらに近づいてくる。

○ ライフルのスコープの視点
  カスタードに向かって歩くHの後ろ姿。背中に照準が合っている。

○ マンション・屋上
  コンクリートの上に寝そべりながらライフルを構えているコリサ。
  スコープを覗き、今にも引き金を引こうとしているが躊躇する。

○ 住宅街・道路
  峻、Hに気づき、唾を飲み込む。緊張した面持ち。
  車の前に立つH。怪訝に峻を見つめている。
H「どうかした?」
峻「暑い…しかし暑い…車も焼け焦げそうな暑さや…」
  峻、ドアを開け、車に乗り込む。
  H、峻を見つめながらドアを開ける。

○ ライフルのスコープの視点
  発進するカスタードが見える。

○ マンション・屋上
  ライフルから目を離すコリサ。
  不敵な笑みを浮かべる。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。助手席に座るH。
  H、ジッと峻を見つめている。
  平然とした面持ちで車を発進させる峻。
  陽気に口笛を吹き始める。
H「何食べたの?」
  唖然とする峻。
峻「えっ、別に…」
  H、峻のスーツのポケットから出ている袋をさっと取り出す。
H「これ、何?」
峻「こう見えても、ほら、車弱くて…」
H「運転してても吐きそうになることあるの?」
峻「たまぁに。今日みたいな暑い日とか」
  H、袋の中からアイスの棒を取り出し、峻に見せ付ける。
H「どうして、嘘つくの?」
峻「ごめん…自分だけ食ったから悪いなぁと思って…」
H「コーヒーゼリーは?」
峻「わす…や、売り切れてたと思う…」
  怪訝な表情のH。
H「止めて」
峻「はい?」
H「早く止めて!」

○ 急停止するカスタード
  地面を滑るタイヤ。煙が吹いている。

○ カスタード車内
  H、アームシェイドのレバーを引き、中の弾している。
  固まる峻。
H「今なら許す。正直に話したら…」
  不敵な笑みを浮かべるH。
  Hと目が合い、動揺する峻。
  峻、スーツのポケットから現金を出す。
峻「買収されちゃいました…大垣に…」
H「どこで会ったの?」
峻「コンビニ…自宅に戻るつもりだったらしいけど、そこで漫画読んでた」
H「どこに行ったの?」
峻「わからない。場所は、聞かなかった。それと、もう一つ。車に落書きされた」
H「…」

○ カスタードの運転席側のドア前
  ドアの落書きをまじまじと見つめているH。
  その隣で気まずそうに顔を歪めている峻。
  H、イーバイザーをかけ、落書きを見る。
  暫くして、イーバイザーをはずすH。
  H、寡黙に助手席側に周り込み、車に乗り込む。
  呆然と佇む峻。

○ カスタード車内
  運転席に乗り込む峻。Hを見つめる。
  寡黙に助手席に座るH。
H「車を出して」
峻「えっ?」

○ 走り出すカスタード

○ カスタード車内
H「今からやって貰いたい事があるの」
峻「コーヒーゼリー?」
H「それは、後回し」

○ 繁華街・交差点
  赤信号。
  停止線の前に止まるカスタード。
  車から降りるH。私服に着替えている。横断歩道を渡っている人込みに紛れ歩き出す。
  信号が青に変わる。走り出すカスタード。
  後ろに止まっている車両も一斉に走り出す。カスタードの三台後ろに止まっている
  クリーム色のスポーツカーも走り出す。

○ クリーム色のスポーツカー車内
  ハンドルを握るコリサ。
  ドアの窓越しの景色を見つめる。駅前の広場を歩く
  Hの後ろ姿を見ている。

○ 駅前・歩道橋
  橋の真ん中の柵の前に立つH。携帯で話している。
  霞の声が聞こえる。
霞の声「道下の死因は、毒成分によるものだ」
H「道下の遺体を調べたんですか?」
霞の声「写真だけでは、不明確なので、こっちで解剖した。エレベータの前で落ちていた
 ハエの死骸も調べたが、全て遺伝子操作され、攻撃能力が高められていたが、
 毒物質は、見つからなかった」
H「その中に、毒性を持つハエが紛れ込んでいた?」
霞の声「そう言う考え方もできるが、物的証拠は、見つかっていない。何か知ってるのか?」
H「いいえ…」

○ 国道
  走行するクラウン。

○ クラウン車内
  ハンドルを握る霞。
  コンソールに設置しているマイクに向かって話している。
霞「実験室の金庫から消えた道下の所持品の事だが…」
Hの声「何です?」
霞「氷の標本だった」

○ 駅前・歩道橋
H「氷の標本?」
霞の声「ある遺伝子研究のサンプルだ。研究生の一人にそれを預けたらしい」
H「その研究生の名前は?」
霞「大垣敏也だ」
  唖然とするH。
霞「お前が採取した指紋も大垣のものと一致した。大垣は、五年前、傷害事件を起こし、
 少年院送致された経緯がある」
H「誰を殺そうとしたんですか?」
霞「当時通っていた高校の同じクラスの友人だ。動機は、付き合っていた女生徒を巡るものだった。
 かなり、嫉妬深い少年だったみたいだ。生物学の分野で優秀な成績を修めていた敏也を
 大学に推薦したのは、道下だ」
H「…コリサの妹については?」
霞「コリサは、那峰家とは、縁を切られている。妹のマリは、地元の高校に通っているが、5日前から、
 学校を休んでいる。母親が言うには、肺炎が長引いていると言っていたが…」

○ 駅前・歩道橋
H「至急、本人の身元確認をお願いします」
  携帯を切るH。
  別の番号をディスプレイに表示させている。

○ フラワーショップ・地下・ラボ
  机の前に座る美智。携帯を持ち、話している。
美智「わかったよ。ハエから強力な毒性物質を検出した」
  顕微鏡を覗く美智。

○ 駅前・歩道橋
  携帯を持つH。
美智の声「大量のハエの中で死んだわりに、首筋に一つしか食われた傷がなかったって事は、
  毒性を持つハエは、この一匹だけだった可能性が高いわね…」
H「…」

○ レンタル店内
  音楽CDの棚。数人の若者がCDを物色している。
  試聴コーナー。ヘッドフォンをつけ、音楽に聞き入っている敏也。

○ 同・店前
  階段の前に立ち、携帯で話している峻。
峻「氷の標本?」
Hの声「コリサが探しているものよ」
峻「大垣がそれを持ってるってわけ?」
Hの声「場所を聞き出して」
峻「どうやって?」
Hの声「方法は、任せる。コリサが狙っているかもしれないから気をつけて」
峻「ここに来てるの?」
Hの声「カスタードの落書きでついていたインキの中から超音波式の発信装置を見つけた」
  峻、目が泳いでいる。
Hの声「どうしたの?」
峻「(上ずった声で)…いや、別に。なんかようやく本格的になってきたって感じ?ヤホッ!」
  電話が切れる。
  一転、動揺する峻。
峻「ヤベェ…」

○ 同・店内
  視聴コーナーに立つ敏也。
  敏也の背後に忍び寄る男。肩を掴む。
  振り返る敏也。男は、峻。ヘッドフォンをはずす敏也。
敏也「おい…何でここがわかったんだよ」
  峻、レンタルの袋を見せ、
峻「返しに来たの」
  敏也に袋を渡す峻。
敏也「何で俺に…」
峻「中身確認すればわかる」
  敏也、憮然としながら、袋の中身を確認する。唖然とする敏也。
敏也「これ…俺の…」
峻「取りに戻りたかったんだろ?だから、代わりに持ってきてやった」
  大声を上げる敏也。
敏也「空き巣か?おまえ!」
  辺りにいる客が一斉に二人を白い目で見つめる。
  少し焦る峻。敏也の耳元で小声で話す。
峻「尾行されてるぞ。あの女に…」
敏也「黒い美女か?」
  敏也、突然、走り出す。峻、慌てて敏也の後を追う。

○ 同・店前
  階段を駆け下りている敏也。
  下まで降りると立ち止まり、辺りを見回す。
  階段を下り、敏也のそばに立つ峻。
峻「馬鹿!こんな人気のないところにいたら、やばいって!」
敏也「どこだ?どこどこ?」

○ ライフルスコープの視点
  敏也と峻が映っている。
  敏也の頭に照準が定まっている。

○ レンタル店・屋上
  コンクリートの上に寝そべり、ライフルを構えているコリサ。
  スコープから目を離す。

○ 国道
  四車線の道路。慌しく走る車。左から2つ目の車線を走るカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握る峻。助手席に座る敏也。
敏也「どこ行くんだよ?」
  峻、ドアミラーを見つめる。
  隣の車線を走るクリーム色のスポーツカーが映っている。
  峻、緊張の面持ち。

○ ネットカフェ
  入口から入ってくる峻、峻に腕を引っ張られ、一緒に入ってくる敏也。
  立ち止まり、峻の手を引き離す峻。
敏也「変な風に思われるだろ」
峻「逃げるなよ」
敏也「今更…」
  窓側に置いてあるパソコンの前に座る峻と敏也。
敏也「何をさせる気だよ?」
  峻、テキストを立ち上げ、文字を打ち始める。
  『質問がある』
  画面を見つめる敏也。
敏也「はぁ?普通にしゃべ…」
  慌てて敏也の口を塞ぐ峻。
  また、文字を入力する。
  『聞かれているかもしれないから、今からの会話は、ここに書け』
峻「わかった?」
  敏也、憮然とした表情で頷く。
  文字を入力する峻。
  『お前の通っている大学の道下と言う人が殺された』
  敏也、文字を読み、驚愕する。
敏也「誰に?」
  峻、慌てて敏也の口を塞ぐ。文字を打つ。画面を見つめる敏也。
  『喋るな』
  峻、頷く。二人、書き込みを始める。
    ×  ×  ×
  『道下から研究内容について聞いた事を書け』
  『命令口調かよ!』
  『余計な事書かなくていいから』
  『何も聞いてない』
  『マジで?』
  『マジ』
  『道下から預かった標本は、どこにある?』
  『道下さん殺したの誰だ?』
  『俺は知らない』
  『赤いスーツの女は知ってるのか?』
  『聞いてみないとわからない』
  『もしかしてあの黒い美女?』
  『その話は良いから俺の質問に答えろ』
  『もしそうだったら、黒い美女でも許せん』
    ×  ×  ×
  いらいらする峻。
峻「(声を上げ)俺の質問に早く答えろよ!」
  辺りにいる客達が一斉にこちらを見つめる。
  萎縮する峻。
  敏也、動揺した面持ちで、突然立ち上がり、入口に向かって走り出す。
  峻も慌てて、敏也の後を追う。

○ ネットカフェ前
  店を出て、国道沿いの歩道を走り出す敏也。
  峻も敏也の後を追って走り始める。

○ 高速沿い・坂道
  走る敏也。後を追う峻。
  みるみる敏也との距離が離れて行く。
  峻、力尽き、立ち止まる。息切れしている。
  峻の後ろから猛スピードで駆け上がってくるクリーム色のスポーツカー。
  峻を横切り、敏也のほうに向かって突き進んで行く。
  
○ 高速下のトンネル前
  走る敏也の進路を塞ぐようにして、急停止するクリーム色のスポーツカー。
  運転席のドアの窓が開く。サングラスをはずし、顔を露にするコリサ。
  コリサを見つめる敏也。サイレンサーつきの銃を敏也に向ける。
敏也「金ならある。治療費に当ててくれ」
  敏也、財布を出し、コリサに投げつける。
  コリサ、財布をキャッチし、中身を確かめると、外に放り投げる。
コリサ「何のマネ?いらない、こんな端金。それより、道下から預かったもの、どこにあるの?」
敏也「…氷の標本の事か?」
コリサ「どこ?」
敏也「道下さん、何で殺した?」
コリサ「はぁ?」
敏也「ああ見えても、俺の恩師だった人だぞ」
コリサ「何言ってんの?」
  走る峻。胸を押さえながら、坂を上っている。
  立ち止まる峻。
  敏也がコリサに鍵を渡している様子を見つめる。
  コリサ、鍵を受け取ると、銃の引き金を引こうとする。
  峻、慌てて大声を上げる。
峻「誰かー、助けて!人殺し、あそこに人殺し!」
  コリサ、咄嗟に峻に銃口を向け、撃つ。
  峻の足元で弾丸が跳ねる。
  峻、焦って、歩道に立つ木の陰に身を隠す。
  敏也、微動だにせず、立っている。
  敏也に銃を向けるコリサ。
敏也「撃てよ」
コリサ「…」
敏也「結局、あんたなんか、人の痛みなんてわからないただの殺し屋だ」
  神妙な面持ちのコリサ。
  コリサ、銃をしまい、車を急発進させる。坂を上り、走り去って行く。
  車を見つめる敏也。
  敏也のそばにやってくる峻。
峻「何で?何で撃たれなかったんだ?」
敏也「知るかよ、ボケ!」
  敏也、その場を走り去って行く。
峻「何で俺がボケ?…標本がある場所、教えたんじゃないだろうな?」
敏也「教えた」
俊「えーーー?」
  峻、敏也の後を追う。

○ 高速沿い・坂道
  スピードを上げ、坂を上っているクリーム色のスポーツカー。
  右折し、高速上に架かる橋を渡り始める。

○ 高速の上に架かる橋
  走るクリーム色のスポーツカー。
  
○ クリーム色のスポーツカー車内
  ハンドルを握るコリサ。
  正面を見つめる
  フロントガラス越しに、橋の向こう側の道の真ん中に立つ、赤いスーツを着たHの姿が見える。
  Hを睨みつけるコリサ。アクセルを踏み込む。

○ 加速してHに迫るクリーム色のスポーツカー
  H、ジャンプして車を飛び越える。
  着地すると、すかさず振り向き、アームシェイドのフックつきのワイヤーを発射する。
  ワイヤーは、クリーム色のスポーツカーの右後輪に絡みつく。
  ワイヤーを引っ張るH。
  車軸からタイヤを引きはがす。吹き飛ぶタイヤ。
  急ブレーキで立ち止まるクリーム色のスポーツカー。
  車から降りるコリサ。
  Hに銃を撃つ。
  H、路面の上を転がり、弾を避ける。立ち上がり、
H「やめなさいコリサ。今時流行らない。スナイパーなんて」
コリサ「あんたを片付けたら、引退してやってもいいわ」
H「あなたに仕事を依頼したのは、ラスゲルね。研究所に忍び込もうとしたのは、私を誘き出すための
 芝居だった。でも、あなたは、利用されてるだけよ…」
コリサ「…黙れ。二重スパイのゲス女」
H「…私があなたの妹を殺す理由なんて何もない。誰からそんな情報を聞いたの?」
コリサ「知りたいなら、腕づくで聞き出してみな」
  コリサ、腰の両側のホルダーから銃を抜く。二丁の銃を連射する。
  H、アームシェイドの翼を広げ、一瞬で空高くジャンプする。
  コリサ、宙に浮かぶHに二丁の銃を撃ち続けるコリサ。
  H、広げた翼を盾にしながら地上に舞い降りてくる。
  コリサに勢い良く飛びつくH。そのまま倒れ、地面に転がる二人。両手の拳銃を落とすコリサ。
  二人、咄嗟に立ち上がり、取っ組み合う。激しいパンチとキックの応酬。
  コリサ、足元に落ちている拳銃を見つめ、路面を転がり、銃を拾う。
  立ち上がり、Hに銃口を向けるコリサ。
  H、ハイキックで拳銃を蹴り落とし、アームシェイドの銃口をコリサに向ける。
  コリサ、観念した面持ち。
コリサ「早く殺れば?」
H「妹さんは、生きてる」
  失笑するコリサ。
コリサ「何でそんな事わかるのよ」
H「死体を見たの?」
コリサ「…」
H「誰から情報を聞いたの?」
コリサ「…」

○ 住宅街・道路
  走る敏也。突然、立ち止まる。
  峻、敏也の前にやってくる。胸を押さえ、息切れしている。
峻「足速いな…」
敏也「中学の時、陸上部だったからな…」
峻「やっぱり…」
敏也「おまえは?」
峻「帰宅部」
敏也「やっぱり…」
  峻、携帯を出し、通話ボタンを押す。
峻「止まっとけよ」
敏也「どこに電話してんだ?」
峻「ちょっとな…」
  携帯を鳴らすがつながらない。呟く峻。
峻「早く出ろ、プリンオタク!」
  敏也、突然、鋭い目をし、峻を睨みつける。峻の後頭部を睨みつけている。
  携帯を持ったままイライラしている峻。
  敏也、峻の背後に近づき、突然、平手で頭を叩く。
峻「イタ!」
  峻の頭から一匹のハエが飛び、逃げ去って行く。怒号を上げる峻。
峻「何だよ?」
敏也「頭洗ってる?」
峻「この三日風呂入ってないけど…」
敏也「うわっ、クサ…俺、帰る」
  峻、立ち去る敏也の腕を掴み、
峻「氷の標本は、どこだよ?」
  敏也、正面を指差し、
敏也「あのマンションだ」
  目の前の公園の向こうに二棟並んで建つ高層マンションが見える。
峻「あそこに住んでるの?」
敏也「親父のプライベートルーム」
峻「コリサに渡しちゃったんだろ?家の鍵…」
  敏也、ポケットから鍵を取り出し、峻に見せつける。
敏也「きょうび、スペアぐらい持っとかないと」
峻「やるね」
敏也「行くぞ」
峻「オー、おっ?」
  走り出す敏也。峻、息切れしつつも走り出し、敏也の後を追う。

○ 高層マンション4F・401号室
  通路を走る峻と敏也。
  敏也、扉の前に立ち、鍵を差し込むが異変に気づき、ドアノブを回す。
  扉が開く。
  唖然とする二人。

○ 同・中
  玄関の壁のスイッチを押す敏也。
  明かりが点く。
  廊下を突き進む敏也。その後を追う峻。

○ 同・書庫
  扉を開ける敏也。
  本棚に囲まれた部屋の中を歩く。
  奥の机の引き出しを開ける敏也。
  中には、何も入っていない。
敏也「ない…」
  峻も引き出しを見つめ、
峻「コリサに持って行かれたか…」
  峻、机の上のメモを見つめる。
  メモに『標本借りる H』と書かれている。
  唖然とする峻。
峻「どうなってんの?」

○ ラスゲル科学研究所前(深夜)
  門前に立つH。
  右腕のアームシェイドの翼を広げるH。
  翼を羽ばたかせ、5mの高さのある門を飛び越える。
  敷地内に着地するH。そのまま、建物に向かって走り出す。

○ 同・敷地内
  建物の壁の前に忍び寄るH。
  携帯のディスプレイを見つめる。
  ディスプレイに研究所内の断面図が映し出されている。
  警備室の位置を確認するH。携帯をポケットにしまうと、目の前のコンクリートの壁を見つめ、
  右腕を大きく振りかざし、壁にパンチする。

○ 同・中1F・警備室
  監視システムの操作卓の前に座る三人の警備員の男達。
  突然、大きな衝撃音と共にコンクリートの壁が崩壊し、大きな穴が開く。
  驚愕する警備員達。慌てて立ち上がる。
  粉塵が消えると、穴の向こうに立っているHの姿が露になる。
  H、ゆっくりと歩き出し、中に入ってくる。
  警備員達、慌てて、腰のホルダーから銃を抜き、
警備員A「動くな!」
  H、アームシェイドを突き出し、マシンガンを発射する。
  激しい発射音。
  床に身を伏せる警備員達。
  監視シテスムが破壊され、あちこちで火を吹いている。
  H、三人の警備員達が持つ銃を素早く蹴り飛ばし、アームシェイドの銃口を突きつけ、
H「(左側にあるロッカーを見つめ)あそこで休んでて」

○ 同・地下
  階段下りているH。
  薄暗い通路を歩いている。
  『バイオテクノロジー研究室』の札のついている扉の前に立つH。
  ドアノブを回す。鍵がかかっている。
  H、辺りを確認すると、右手の拳でドアノブを殴りつける。ドアノブが吹き飛び、穴が開く。

○ 同・バイオテクノロジー研究室
  暗闇が広がる。
  イーバイザーをつけるH。

○ イーバイザーの視点
  暗視モード。緑色の画面。うっすらと実験装置が見える。
  奥のほうに見える壁に立てかけられている巨大な氷の板。
  氷の中で固まっている男の姿が見える。
  天井の通風孔から突然、大量のハエが飛び出してくる。
  羽の音を聞き、天井を見上げるH。
  一瞬でHの体を包み込む大量のハエ。
  H、そのまま床に倒れる。
  天井のライトが点灯する。
  中に入ってくる樹滝(きたき) 隆(57)。
  三人の警備員が後から入ってくる。
  警備員達、スプレー缶を持っている。Hの前で立ち止まり、一斉にスプレーを発射する。
  霧状の薄紫の煙がHとまとわりつく大量のハエに広がる。
  暫くして、煙が晴れる。四角い氷の固まりができている。氷の中で大量のハエに
  包まれたHが固まっている。
樹滝「また良いサンプルができた。保冷倉庫に運べ」
  警備員達が氷に近づいた時、突然、奇妙なパルス音と共に、氷の中から青い光がほとばしる。
  氷が一瞬で液体になり、水の中から姿を現すH。体にまとわりついていた
  ハエが一斉に床に落ちる。
  驚愕する樹滝。
  警備員達、一斉にHに飛び掛る。Hの体に触れた瞬間、電流がほとばしる。
  電気ショックでバタバタと倒れる警備員達。
  立ち上がるH。樹滝を睨みつけている。
H「こうやって道下も殺したわけ?」
樹滝「奴が私の瞬間冷凍保存技術の研究素材を利用しておきながら、向こうは、一切協力を拒んだ。
 だからやり返したまでだ」
H「それは、あなたが遺伝子操作のハエを殺人兵器に変えようとしたからでしょ。道下は、あなたの計画に
 薄々気づいていた。だから、完成した特殊バエのサンプルを大垣に預けたの。指紋を偽装して、大垣に
 濡れ衣を着させようとしたのもあなた。氷付けにした殺人バエをどこに送りつける気だったの?」
樹滝「ハエを殺人兵器に変えるつもりはない。遺伝子の、人への転用だ」
H「…」
樹滝「超人的な力を持つ人間をコールドスリープさせる技術を開発するために必要だ。
 人類の未来のためにもな」
H「自分が生き残るための技術でしょ?」
樹滝「何とでも言え」
女の声「樹滝!」
  扉口のほうを向く樹滝。
  コリサが立っている。
樹滝「おまえか…」
  左手にB5サイズほどの氷の標本を持っている。氷の中に一匹のハエが入っている。
コリサ「約束のもの、持ってきたわ」
  コリサ、氷の標本を投げ渡す。
  受け取る樹滝。
樹滝「ちょうどいい、(Hを顎で指し)始末しろ」
コリサ「妹は、どこ?」
樹滝「妹?何の事だ?」
コリサ「あんた私に嘘をついたわね…」
樹滝「…」
  樹滝、突然、右肩を撃たれる。よろめく樹滝。
H「コリサ!」
コリサ「あんたの仕事は、ここまでよ」
H「樹滝は、私が連れて行く」
コリサ「邪魔しないでH。妹は、どこ?」
  動揺するH。
樹滝「保冷倉庫だ」
  コリサ、ライフルのグリップで樹滝の頭を殴りつける。
  悲鳴を上げ、倒れる樹滝。

○ 同・保冷倉庫
  電子音が鳴り響き、扉が開く。
  中に入ってくるHとコリサ。
  壁に立てかけられた長方形の氷の中で眠っている那峰マリ(16)。
  マリの顔の前に行くコリサ。
コリサ「マリ!」
H「離れて」
  H、コリサを氷から遠ざける。アームシェイドのボタンを操作し、勢い良く右手の拳を氷にぶつける。
  氷は、ひび割れると同時に一瞬で水になり、マリの体が姿を現す。
  コリサ、マリに近づき、抱き起こす。
コリサ「マリ!」
  H、マリの手首を掴む。
  マリ、鼓動を聞き捉えるH。
H「大丈夫、早く病院に運んで」
  コリサ、マリを背負い、
コリサ「…この借りは、いつか返すから」
  笑みを浮かべるコリサ。素早くHの前から立ち去って行く。
  辺りをまじまじと見つめるH。
  Hの背後にやってくる人影…。
  H、前を向いたまま、スッと右腕を後ろに向け、アームシェイドの銃を発射する。
  振り返るH。
  誰もいない。
  呆然と突っ立つH。どこからともなく聞こえるG5(木崎満彦・52歳)の声。
G5の声「仕事が楽しそうだなメイナ…」
  立ち止まるH。辺りを見回している。
H「…どこ?出てきなさい!」
  不気味に笑い声を上げるG5。
H「樹滝と組んで、P―BLACKにラスゲルの偽情報を流したわね。コリサの妹の事も…」
G5の声「人を助けても何もトクをする事なんてないんだ。お前が完全な殺人兵器になるまで、
 ずっと見守ってやろう…」
H「殺人兵器?何の事?」
G5の声「いずれ、わかる日が来る…」
  通路を走り去る足音が響く。
  走り出すH。

○ 同・通路
  部屋から飛び出し、アームシェイドを構えるH。
  暗闇が広がる。人影はない。
  右腕を下ろすH。足元を見つめる。一輪のひまわりの花が落ちている。
  ひまわりの花を拾うH。ひまわりを見つめ、悔しげに唇を噛み締めている。

○ とある雑居ビル・3Fリビング(翌日・朝)
  モブを抱いている敏也。
敏也「これでようやくうちに戻れるな、モブ」
 テーブルの上に鳥篭を置く峻。
峻「こっちもようやくカラメルを部屋の中で飼える」
敏也「そいつ、「カラメル」って名前なの?おまえ、すげぇセンスしてるな」
峻「言っとくけど、俺が名づけたわけじゃないから」
敏也「プリンじゃねぇんだからよ」
  峻もうんうんと頷いている。
  敏也、携帯を出し、
敏也「一応、お前の携帯の番号登録しといたから。何かあった時は、またよろしく」
峻「はっ?いつの間に…」
敏也「じゃあな」
  敏也、手を上げ、部屋を出て行く。
  呆然と突っ立つ峻。
  テーブルに置いてある峻の携帯が鳴る。
  峻、携帯を掴み、話し出す。
峻「もしもし…」

○ コンビニ・駐車場(夜)
  店から出てくる峻。憮然とした面持ち。
  駐車スペースに止まるカスタード。
  峻、運転席のドアを開け、乗り込む。

○ カスタード車内
  運転席に座る峻。
  助手席に座っているH。
  峻、Hに袋を手渡す。
  袋の中を覗くH。
  コーヒーゼリーが山盛りで入ってる。
  笑みを浮かべるH。
  一つ取り出し食べ始める。
峻「今日は、オフ?」
H「違う」
峻「会社帰りに呼び出して、何をさせるかと思えば…」
H「何か言った?」
峻「…いや、別に」
  H、2つめを食べ始める。
峻「なぁ、H」
  食べているH。
峻「俺向いてるかなぁ、スパイに…」
  H、3つめに夢中。
峻「はっきり言ってくれたら、今の会社辞めて、専念するんだけど、だからさ…」
H「…今度会う時までに、用意しといて欲しいものがある」
峻「えっ?」
H「チーズプリン」
峻「それ用意したら、正式に採用してくれる?」
H「また会えたらね…」
峻「…」
  
○ コンビニ・駐車場。
  唸るエンジン。光るヘッドライト。タイヤを軋ませ、発進するカスタード。
  二車線の道路に出て、走り去って行く。
   
                                                   ―THE END―

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