『CODENAME:H→→3』 「くつろぐ亡霊」 作ガース『ガースのお部屋』

○ 市道(朝)
  朝霧の中をヘッドライトを照らしながら 走行するシルバーのライトバン。

○ ライトバン車内
  ハンドルを握る男・沼崎洋輔(41)。助手席に山地秀彦(36)が座っている。
  山地、ノートパソコンを膝に乗せ、キーボードを打っている。
沼崎「送信できたか?」
山地「あと十秒ほどで終わる」
沼崎「ちんたらするな」
山地「俺に言われてもな。だったらもっと太い回線つきのパソコンを用意してもらいたかったね」
沼崎「そんなもん、取り引きが済んだらいくらでも買ってやるよ」
山地「本当に信用できる相手なんだろうな?」
沼崎「俺が信じられねぇてか?」
  山地、動揺した面持ち。
  沼崎、正面を見つめ、唖然とする。
  霧に包まれた車道の真ん中に立っている人影に気づく。
沼崎「ありゃあ、人か?」

○ 車道
  霧の中に立つ女のシルエット。やがて、赤いスーツを身に包むコードネーム・H(木崎メイナ・24歳)の
  姿がくっきりと見える。
  H、右腕を前に突き出す。アームシェイドの水平二連の銃口を迫ってくるライトバンに向ける。
  激しい銃声と共に弾丸が連続して発射される。
  ライトバンのボンネットに火花を上げながら次々と当たる弾丸。
  ボンネットがふわっと全開し、フロントガラスの前に覆い被さる。
  ライトバン、激しく蛇行し、急ブレーキ。車体を横に滑らしながら立ち止まる。
  銃口を向けたまま、ゆっくりとライトバンに近づくH。
  運転席のドアが開く。車からサッと降り、
  Hに拳銃を向け、引き金を引く沼崎。
  弾丸は、Hの左肩に当たるが、煙を上げ、跳ね返る。叫ぶ沼崎。
沼崎「サツか?姉ちゃん」
H「エルトンシプリー社から盗んだハードディスクを返して」
沼崎「ハードディスク?何だそりゃあ?」
H「あなた達の狙いは、ブルーエコロジープランの機密文書のファイルでしょ?」
沼崎「何言ってんだか。どこの特殊部隊に所属してるんだ?」
H「無所属よ」
  車の中で手振りでサインを送っている山地。
  沼崎、山地に一瞬目をやり、サインに気づく。
  Hに話す沼崎。
沼崎「おまえの言うとおり、確かにノートパソコンは、持ってるよ」
H「渡して」
沼崎「仕方ねぇな」
  車から降りる山地。
  折り畳んだノートパソコンを左手に持ち、右手にスポーツドリンクの入ったペットボトルを
  持っている。ドリンクを一口飲む。
  山地を見つめるH。
  山地、突然、ノートパソコンにドリンクをかけ始める。
  H、咄嗟に山地に目掛けて、アームシェイドからフックつきのワイヤーを発射する。
  ワイヤーがノートパソコンに巻きつく。山地の手からノートパソコンが奪い取られる。
  ワイヤーを引き戻し、ノートパソコンをキャッチするH。
  沼崎、銃を撃ちながら、左手に持っている手榴弾をHに投げつける。
  Hの足元に転がる手榴弾。
  H、アームシェイドの翼を広げ、素早く空高くジャンプする。
  大きな爆音を上げ、破裂する手榴弾。
  舞い上がる煙の中から飛び出してくるH。
  逃げようとしている山地の頭上を飛び越える。山地の前に着地し、立ちはだかる。
  驚愕する山地。
山地「なんだ、こいつ!」
  Hに殴りかかろうとする山地。
  H、山地の腕を掴み、腹を一蹴りする。
  山地、呻きながらその場に崩れる。
  路面にうつ伏せで倒れる山地の顎を掴み、体を持ち上げるH。
H「依頼者は、誰?」

○ 峻の自宅前
  更地の前に佇む老夫婦。
  憮然とした表情で辺りを見つめている二人。
  二人の背後に近づく高部峻(22)。
峻の声「何?ボケーっと突っ立って」
  振り返る老夫婦。峻の顔を見つめ、驚愕する。青いスーツを着た峻。右手に大きな紙袋を持っている。
  スキンヘッドの老人、高部杉作(54)と妻・良子(48)。
杉作「親に向かって、ボケとは何だ?」
良子「見て、これ。なーんにもない。あんたのせいで…」
峻「俺のせいじゃないって。何回言ったらわかるの?」
杉作「ろくに飯も作らないのに、ガス爆発なんて起こしやがって。建て替え費用は、
 おまえに請求するからな」
峻「何で俺が。関係者の人、まだ来てない?」
良子「関係者って誰よ?」
峻「スパ…じゃなくて、保険会社の人…」
杉作「火災保険なんて加入したっけ?」
良子「お父さん、この間、保険会社の人が来てたじゃない。あの時、断らずに素直に
 加入しとけば良かったのに…」
杉作「そんな金使うくらいなら、老後の生活費に回した方がいいとか言って、おまえもしぶっていたじゃないか」
良子「ローンが残ってるから、保険なんていらないってケチったのはそっちでしょ?」
  揉めている二人を呆然と見つめる峻。
峻(N)「もうすぐ関係者が交渉しに行くとか言ってた癖に…クソH…」
良子「あんた、ずっと会社で寝泊りしてるの?」
峻「えっ?ああ…まぁ」
杉作「近くのアパートの部屋を借りてるんだ。とりあえず、来い」
峻「今日は、これ渡しに来たの」
  峻、茶封筒を杉作に手渡す。
杉作「なんだ、これ?」
峻「臨時ボーナスが出たから。俺、会社に用があるから…また後で…」
  立ち去る峻。
良子「峻…」
  杉作、茶封筒の中を確かめる。
  中に現金10万円の札束が入ってる。
  愕然とする二人。
良子「お父さん…」
杉作「何だこんなはした金…」
  杉作、封筒から現金を抜き取り、財布の中に入れている。
杉作「中華食いに行くか」
  ポカンとしている良子。

○ カーブを走る電車

○ 電車の中
  座席の前に吊り輪を持ち立っている峻。
  峻の手前に座っている丸坊主、長い髭面の老人。激しく咳をしている。
  その様子を不快な表情で見つめる峻。
  老人と目が合う。老人、峻を睨んでいる。
  峻、慌てて、目を逸らし、体の向きを変える。

○ 高架下・トンネル内
  路肩に止まっている白いクラウン。
霞の声「FOT?」

○ クラウン車内
  運転席に座る黒いスーツを着た男・霞(かすみ) 良次(45)。
  霞、山地のノートパソコンの裏のパネルを開いている。
  助手席に座るH。
H「山地がそう言いました。ファイルを圧縮して、その名前のついたメールアドレスに送ったそうです」
霞「何の意味だ?」
H「Fang of Threat…『脅威の牙』…」
霞「エルトンシプリー社は、新しいリサイクルエネルギー変換システム技術の開発を国から任されている。
 技術の転売が目的ならば、海外に情報が流出する前に止めなければならない」
  険しい顔になるH。
霞「沼崎達が社内のデータ保管室に忍び込んでいる時、警備員達は、不思議な光景に惑わされて、
 やつらを取り逃がしたそうだ」
H「不思議な光景?」
霞「赤いドレスを着た女の亡霊を見たそうだ…」
H「亡霊…」
  ノートパソコンからハードディスクドライブを抜き取る霞。
霞「ハードディスクの中まで水が染み込んでいる」
  霞、ハードディスクをコンソールに設置しているボックスの中に差し込む。
  コンソール上部にあるモニターに『READ ERROR』の文字が出る。
  モニターを見つめるH。
霞「無理だ。本部に戻ってトレースしてもらうしかない」
  H、腰のホルダーから青い携帯電話を取り出し、ボタンを押している。
  その様子を見つめる霞。
霞「その携帯は?」
H「山地のものです」
  H、指を止め、ディスプレイを見つめる。
  画面に映し出される画像。暗闇の中、ベッドでうつ伏せで倒れている女性の死体の写真。
  霞、ディスプレイを覗く。
霞「誰の遺体だ?」
H「わかりません。沼崎達が事件を起こす二時間前に、警察に密告してきたのは、確か女性でしたよね?」
霞「そうだ…遺体がその女性のものだって言うのか?」
  H、ボタンを押し、次の写真を映す。
  学校帰り、歩道を歩く小学生達。真ん中にツインテールの女の子が映っている。
  次の写真。庭でサボテンをいじっている丸坊主、長い髭をした老人が映っている。
  ドアを開け、車から降りるH。
霞「どこに行く?」
H「山地と話してきます」

○ クラウンの後ろに止まるカスタード
  後部席のドアを開けるH。
  両足首、後ろ手に両手首を縛られ、口にプリンの容器を押し込まれ、ガムテープを貼られている山地。
  ガムテープをはがし、容器を取り除くH。
H「聞きたいことがあるの」
  H、アームシェイドのボタンを操作している。電子音が鳴り響く。
  唇を振るわせる山地。
  H、右腕で山地の胸倉を掴み、車内から引っ張り出す。
  物凄い勢いで路面に投げ出される山地。H、すかさず山地の鼻に右手の人差し指を押し当て、
H「あなたの携帯に入っていた三枚の写真の事…」
山地「…何の事だか…覚えてないな」
  山地の鼻を指で力強く押し始めるH。
  あまりの痛さに悲鳴を上げる山地。
H「その凛々しいお鼻がなくなる前に思い出して。最初は、女の死体について」
山地「…沼崎を脅すための道具だった。本当に誰か知らない…」
H「どこで殺したの?」
山地「俺の家だ」
H「遺体もそこにあるの?」
山地「いいや、別の場所に移した…」

○ とある雑居ビル3F・リビング
  テーブルに紙袋を置き、中からPS2の箱を取り出す峻。満遍の笑み。
峻「感動的瞬間…」
  本体を取り出し、そくささとケーブルをテレビにつなぐ。ソファに座る峻。
  電源のボタンを押す。メニュー画面がテレビに映る。
  トレイを開け、FFのディスクを入れる。
峻「テレビも買ったし…二週間ぶりに…やったるぜ…やったるぜ…」
  リモコンを持つ峻。
  鳴り響く着メロ。
  顔を歪める峻。
  携帯を取り出し、ディスプレイを見つめる峻。番号非通知である。
峻「もしもし…」
Hの声「時間ある?」
  峻、やっぱりと言った苦々しい表情。

○ 国道
  曇り空の下を軽快に走行する黒い軽自動車『カスタード』。

○ カスタード車内
  ハンドルを握る峻。助手席に座るH。
峻「てっきりもう関係者と話しつけてると思ってたのにさ…」
H「あの現金じゃ不服?」
峻「不服じゃないけど…スパイって結構給料いいんだね…いや、びっくりよ、もう…」
H「…」
峻「でもさ、それと建て替え費用とはまた別の話だと思うんだけど…」
  峻、ふとHを見つめる。
  H、チーズプリンのカップを持ち、黙々と食べている。
峻「おい!」
H「まだやる気ある?」
峻「えっ?」
H「命を切り売りする仕事だから。ギャラは、その代償も含まれてる」
峻「わりと余裕かも…でも、さすがにこのご時世にライフルを持った殺し屋と出会うとは
 思ってもなかった。結構貴重な経験…」
H「表向きは、平和そうに見えても、この世の中には、いろんなものが潜んでる」
峻「いろんなもの…ね…」

○ 山の中
  山道を走るカスタード。
  路肩に車を寄せ、立ち止まる。
  車から降りるHと峻。H、右手に携帯を持っている。ディスプレイに映る地図を見ながら
  林に向かって歩き出す。
  不安げな表情の峻。
峻「あーまたなんかむちゃくちゃ嫌な予感がする…」
  立ち止まり、峻を見つめるH。
H「何か言った?」
峻「別に…」
  Hの後を追う峻。

○ 林の中
  どこからともなく聞こえるカラスの鳴き声…。
  がさがさと草や落ち葉を踏みながら、木々の合間を歩くHと峻。
  携帯のディスプレイに映る地図。赤いマークが点滅している。
  立ち止まり、正面を見つめるH。
  Hに釣られて、峻も立ち止まる。
  山のように積もるゴミ。冷蔵庫や洗濯機、タイヤや新聞紙などが埋もれている。
  中央に突き刺さっている包まった桃色のマットレス。ロープで縛りつけられている。
  H、マットレスを見つめ、携帯をしまう。
H「あれよ」
  峻もマットレスを見つめる。
峻「あの布団がどうかしたの?」
H「調べて」
峻「えっ?」
  H、峻に冷たい視線。
  峻、躊躇しているが、暫くして…
峻「これも任務ね…」
  峻、ゴミの山に向かって歩き出す。
  倒れた冷蔵庫の上に登り、マットレスを両手で掴んで引っぱり出し、勢い良く、後ろに放り投げる。
  地面に転がるマットレス。
  包まった布団の隙間から、血が滴り流れている。
  冷蔵庫から飛び降り、マットレスのそばに立つ峻。
  峻、流れ出ている血に気づき、唖然とする。
  H、寡黙に様子を窺っている。
  峻、Hと顔を合わせる。
H「早く」
  峻、息を飲み、そっと、ロープを解き、マットレスを広げる。
  峻、マットレスの上にあるものを見つめると、立ち上がり、その場を走り去る。
  マットレスの前に近寄り、屈むH。
  布団にへばりついた足首から切断された女性の右足。右足を掴み、まじまじと見ている。
  遠くから峻が激しく嘔吐する声が聞こえる。
  H、携帯を出し、ボタンを押して、話し出す。
H「私です。死体を見つけました」

○ P―BLACK本部・地下通路
  黒い壁の通りを歩いている霞。
  携帯で話している。
霞「右足?」
Hの声「そうです。山地の話では、布団の中に包んで捨てたと言っていましたが
 その部位しか見つかりませんでした…」
霞「沼崎が他の場所に隠したのかもな。山地の話では、やはり、データは、別の場所に送信された
 みたいだ。今、メールサーバーの特定を急いでいる」
Hの声「子供の写真については?」
霞「沼崎とその子の関係は、わからなかった。だが、念のために、その子を監視する必要は、ありそうだ」

○ 林の中
  携帯を切るH。
  峻の様子を見つめる。
  木の前で屈み、まだ吐いている峻。
  H、憮然としている。

○ 山道
  加速しながら、坂を下りているカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。助手席のシートを倒し横になっている峻。顔面蒼白。
峻「ああいう仕事は、法医学者とかさ、鑑識の人に任せようよ…」
H「…」
峻「はぁ、帰ってゲームしてぇ…」
  突然、ブレーキを踏むH。
  峻、反動で起き上がる。
峻「犬でも轢いたか?」
H「降りて」
峻「こんなところに置き去りにする気かよ?」
H「あなたを家まで送っている暇はない」
峻「冗談だよ。でも死体は、勘弁して…」
  H、携帯を出し、ディスプレイに映る女の子の写真を峻に見せる。
  写真を見つめる峻。
峻「誰?」
H「宮村由香里。小学6年生。この子を監視して欲しいの」
峻「何でこの子を?」
H「政府の環境整備計画の一環として進められている『ブルーエコロジープラン』の情報を記録した
 ハードディスクが盗まれた。今朝、私がそれを取り戻したけど、その中に記録されていた
 データが一部抹消されていた」
峻「何のデータ?」
H「エルトンシプリー社の新型エネルギーシステムの技術情報…」
峻「てか、それとこの子とどういう関係が?」
H「データを盗んだ男の携帯の中にその子の画像が入っていたの。他に老人と女の死体の画像もあった」
峻「この子が何かの情報を握ってるって事?」
H「そう。できる?」
峻「でも、どうやって忍び込んだらいいんだ?」
H「自分で考えて」
峻「…」
  H、ディスプレイに老人の写真を映し、
H「それと、その子にこの老人の事も聞いてみて」
  ディスプレイを見つめる峻。老人の写真を見つめ、唖然としている。
峻「あれ…このじいさん…」
H「何か知ってるの?」
峻「いや…今朝、電車の中で見たような…」

○ 宮村家宅(翌日・朝)
  高台に軒を連ねる住宅。二階建ての白い家の門の前に立つ峻。
  インターホンのボタンを押す。
  ベルが鳴り響く。
  峻、苦笑いし、
峻「これじゃあ、本業でやってる事と大して変わらねぇ…」
  扉がゆっくりと開く。
峻「こんにちは…」
  扉の隙間から顔を出すツインテールの女の子。宮村由香里(12)。
由香里「誰?」
峻「えーと…「スーパーケア」の社員の者です」
由香里「スーパーケア?」
峻「ご両親から、あなたの世話役を頼まれまして…お母さんは?」
由香里「今いないけど…」
  俊、しめたと言った表情。
峻「一人で留守番?」
  頷く由香里。
俊「最近、物騒な事件が多いでしょう?でも、もう安心。困った時は、僕に任せてください」
由香里「…」
峻「…おうちに入ってもいい?」
  ドアを閉めようとする由香里。
峻「ちょ、待って!」
  峻、右手に持っているコンビニの袋からイチゴポッキーを出し、
峻「これ、サービス」
  ジロっとお菓子を見ている由香里。ドアを閉めようとする。
峻「これもつける」
  峻、袋からショートケーキの入った箱を出す。
  ドアを閉めようとする由香里。
  慌てて、チョコプリンを出す峻。
  由香里、プリンを見つめ、
由香里「それ、どこのメーカーのやつ?」
  意外な反応に唖然とする峻。

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
  壁にかかっているひまわりの絵を見つめているH。
  テーブルにコーヒーを置く前原 美智(23)。
美智「コーヒー嫌いだったっけ?」
  振り返り、美智を見つめるH。
H「ごめん。コーヒーゼリーは、好きなんだけど…」
  H、ソファに腰掛ける。
  向かい側のソファに座る美智。
美智「霞さんとは、仲直りしたの?」
H「まだ完全に信用しているわけじゃないけど…今は、様子見」
美智「霞さんって奥さんいたっけ?」
H「昔、一度結婚したらしいけど、五年前に離婚したって話を聞いた事がある」
  コーヒーを啜る美智。
美智「子供は?」
H「作らなかった。仕事柄を判断して。結婚も随分迷ったらしいけど…」
美智「そっか。やっぱ、こういう仕事は、一人の方が楽なのかもね」
  H、正面に見える壁時計を見つめる。
  美智、その様子を見つめ、
美智「ごめん、こっちが呼び出したのに、雑談ばかりしちゃって…」
H「気晴らしには、ここは、丁度いい。花もたくさん見られるし…」
美智「実は…頼みたい事があって…」
H「何?」
美智「Hのために秘密のアシストチームの編成を考えているの。私の知り合いの
 優秀な大学生達がここのラボを使いたいって言うから、もし良かったらと思って…」
  首を横に振るH。
H「…遠慮するわ」
美智「どうして?」
H「協力してくれるのは、嬉しいけど、あなた達に危険が及んだ時の事を考えると…」
美智「でも、この間会ったあの人は、Hと一緒に活動してるんでしょ?」
H「…」
美智「お願い。私ももっと力になりたいの…」
  困惑するH。

○ 宮村家・玄関
  沼崎と山地の写真をテーブルに置く峻。
  チョコプリンを食べている由香里。
  写真をまじまじと見つめる。
峻「このおじさん達、見た事ある?」
  由香里、沼崎の写真をジッと見ているが暫くして首を傾げ、
由香里「誰?」
峻「知らないなら、いいや」
  峻、写真を片付ける。
峻「あっ、忘れてた」
  峻、もう一枚写真を出す。髭面の老人の写真。
峻「この写真の人は?」
由香里「モグラじいさん」
峻「モグラじいさん?」
由香里「三軒隣に住んでる。モグラみたいな顔してるから。みんなそう呼んでた」
峻「今、うちに行けば会える?」
由香里「死んだよ。三日前に…」
峻「えっ?」
由香里「犬と散歩中に車に轢かれたんだって…」
峻「そうなの…」
由香里「いっつも公園に来て、面白い話一杯してくれたのになぁ…」
峻「お母さんは?」
由香里「働いてる」
峻「何してるの?」
由香里「看護師」
峻「へぇ。いつ戻ってくるの?」
由香里「毎日遅いよ。夜中に戻ってきても、またすぐ出て行く時もあるし」
峻「兄弟は?」
由香里「お兄ちゃんがいるけど、外国の大学に留学中なんだ。パパも外国の会社で
 働いてるから、全然戻ってこないし…」  

○ アパート1F・沼崎の家
  古びた建物。
  104号室のドアの前に立つH。水色のワンピースを着ている。
  ドアをノックするH。
  反応がない。ドアノブを握り、回す。
  ドアが開く。
  怪訝な表情を浮かべ、中に入るH。

○ 同・中
  暗い部屋。布団が引かれ、下着や衣服が散乱している。
  つんとした匂いを嗅ぎ、思わず顔を顰めるH。
  本棚にぎっしり詰まっている漫画雑誌。
  一番上に、ロボットや飛行機などの模型の箱が積まれてある。
  箱を一つ取ろうとするH。手に取った瞬間、積まれていた箱が全て一斉に下に落ちる。
  中に入っていた部品が零れ落ちる。一つの箱の中から、手榴弾が出てきて、Hの足元に転がる。
  H、手榴弾を拾い上げる。
  後ろを振り返るH。
  クローゼットの前に行き、カーテンを開ける。
  ハンガーにかけられた衣服を掻き分け、その奥を調べるH。
  壁に二丁のライフルが立てて置かれている。
  クローゼットの引き出しを開けるH。
  リボルバー式やオートマティックの銃が何丁も入っている。
  溜息をつくH。

○ 宮村家・和室
  テーブルの上に置かれたトランプ。同じ数字の2枚のカードを放り捨てる峻。
  手持ちの2枚のカードを差し出す峻。右端にジョーカーがある。
峻「さぁ…どっちだ?」
  由香里、左端のカードを抜く。
由香里「やったぁー」
  峻、残ったジョーカーをまじまじと見つめ、溜息をつく。
峻「昔から弱いんだよな…こう言うの。ねぇ、なんかゲーム持ってる?」
由香里「ゲームって?」
峻「プレステとか、DSとか…」
由香里「私やらないもん」
峻「いつも何して遊んでんの?」
由香里「幽霊ごっこ」
峻「友達連れてきて?」
  首を横に振る由香里。
由香里「一人で」
  苦笑いする峻。
峻「…楽しそうだね」
  立ち上がる峻。
由香里「どうしたの?」
峻「…トイレどこ?」
由香里「玄関入ってすぐ横にあるよ」
  部屋を出て行く峻。

○ 同・廊下
  立ち止まる峻。携帯を持ち、ボタンを押している。

○ アパート前
  路肩に止まるカスタード。
  トランクに銃器の入ったダンボールを詰め込んでいるH。
  携帯の着信音が鳴る。足元に置いているバックから携帯を出し、電話に出るH。
H「はい」

○ 宮村家・廊下
峻「あの老人の事、わかったぞ…」

○ アパート前
  携帯の送話口から峻の声が聞こえる。
峻の声「モグラ爺さんって言うらしい」
H「えっ?」
峻の声「この家の三軒隣に住んでたんだけど、三日前に車に轢かれて死んだんだって」
H「で、名前は?」

○ 宮村家・廊下
峻「あっ…聞くの忘れてた…」
Hの声「大丈夫?」
峻「ちょっと舞い上がってた。後でまた…」
  電話を切る峻。
峻「慣れない仕事で緊張してるな。リラックス、リラックス…」
  歩き出す峻。

○ 同・トイレ前
  ドアの前に立つ峻。
  トイレの電灯が点いている。
  怪訝な表情で、ドアを開ける峻。
  便座に座るモグラ爺さん。峻を見つめている。
峻「あ、ごめんなさい…」
  慌ててドアを閉める峻。
  呆然と突っ立っている。
  峻、愕然とし、もう一度、ドアを開ける。
  中には、誰もいない…

○ 同・和室
  襖を開ける峻。
  テーブルの上に散らばったトランプを残したまま、由香里が消えている。
  慌てる峻。
峻「由香里ちゃん!」
  向かい側の襖を開き、隣の部屋を覗く峻。
  人の気配はない。

○ キッチン
  中に入ってくる峻。
峻「由香里ちゃん!」
  人の気配はない。

○ 同・洗面所
  廊下を歩いてやってくる峻。
峻「由香里ちゃん!」
  風呂場のほうで、水滴が垂れる音が聞こえてくる。

○ 同・風呂場
  中を覗く峻。
峻「由香里ちゃん?」
  水の張った浴槽を覗き見る峻。

○ 同・廊下
  キッチンの前を通り過ぎる峻。
  ハッと立ち止まり、キッチンの方へ戻る。

○ 同・キッチン
  モグラ爺さんが立っている。
  キッチンの出入り口の前に立つ峻。
  爺さんを見つめ、愕然とする。
  爺さん、ニヤッとしたまま微動だにしない。
俊「この家の人達になんか恨みでもあるんすか?」
  爺さんの姿が突然消える。
  驚愕し、辺りを確認し始める俊。

○ 同・和室
  中に入ってくる峻。落ち着きなく、そわそわしている。
峻「やべぇ…本当にいないよ…」
  着メロが鳴り響く。
  峻、スーツのポケットから慌てて、携帯を出し、電話に出る。
  Hの声が聞こえる。
Hの声「名前聞いた?」
峻「…それどころじゃないんだよ」
Hの声「何かあったの?」
峻「えっ?…あっ、大丈夫。なんとか一人でやれてるから…ゆっくり自分の任務を進めて」

○ カスタード車内
  運転席に座っているH。携帯を耳に当てている。
  電話が切れる。
  怪訝な表情を浮かべる。

○ 宮村家・和室
  苛立ち、テーブルの前を歩き回る峻。
峻「ションベンしてぇけど、モグラ見たくないし…由香里ちゃんいないし…」
  峻の背中をそっと、押す女の子の手。
  峻、ハッと驚き、振り返る。
  峻の背後に由香里が立っている。
由香里「早く見つけてよ…ずっと隠れてたのに…」
峻「かくれんぼするならするで、先に行ってくれよ…」
  峻、少しちびる。恥ずかしそうに顔を俯け、股間を両手で押さえている。
由香里「どうしたの?」
峻「…いや、別に。今までどこにいたの?」
由香里「ずっといたよ」
  由香里、部屋を出て行こうとする。
  咄嗟に呼びかける峻。
峻「ちょっと待って、どこ行くの?」
由香里「トイレ…」

○ 同・トイレ前
  ドアを開け、トイレの中を覗いている峻。
  その後ろに立っている由香里。峻の様子を見ている。
峻「大丈夫、心配ない」
由香里「ゴキブリでもいるの?」
峻「うん、まぁ…」
由香里「ゴキブリ怖いんだ。大人の癖に…」
  峻を横切り、そそくさと中に入る由香里。ドアを閉める。
  トイレの中から由香里の声がする。
由香里の声「あっち行って」
  釈然としないままその場を立ち去る峻。
  ぶつぶつ呟く。
峻「大人にだって怖いもんは、たくさんあんだよ…」

○ 橋の上を走行するカスタード

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  コンソールに設置されている通信装置のランプが点滅している。
  『通話』のボタンを押すH。スピーカーから霞の声が聞こえる。
霞の声「状況は?」
  集音マイクに向かって話すH。
H「沼崎の自宅で大量の武器を押収しました」
霞の声「沼崎は、7年前まで陸上自衛隊に入隊していたが、肝臓の病気を理由に辞めている。その後、
 父親の経営していた機械加工の工場を継いだが、父親が亡くなり、半年前に倒産した。山地は、
 沼崎の工場で11年間働いていた」
H「女の右足の解剖結果は?」
霞の声「切り口から判断して、切り落とされたのは、36時間前、使用されたのは、サバイバルナイフの
 ようなものだ。血液型は、B型」
H「山地の自宅と沼崎の工場を調べます」

○ 宮村家・和室
  柱にかかる時計。針が「3時5分」を指している。
  テレビを見ながらポッキーを食べている由香里。
  襖が開き、すっきりした表情で峻が入ってくる。
  テーブルの前に座る峻。
峻「そう言えばさ、今日学校は?」
由香里「休み。創立記念日なの」
峻「へぇ」
由香里「ねぇ、『一つ目玉少女』の話、知ってる?」
峻「一つ目玉少女?」
  由香里、テレビのスイッチを消す。
由香里「いじめられっ子の女の子がお母さんに毎日自分の好きな目玉焼きを作ってもらって
 食べていたの。お昼も晩もずっと目玉焼きを食べていたら、ある朝、目玉焼きの黄味がまばたきしたの」
  苦笑いする峻。
峻「何それ?学校で流行ってんの?」
由香里「目玉焼きの一つ目が女の子にとりついて、彼女の救い神になったの。女の子をいじめてくる相手は、
 その一つ目に八つ裂きにされて、女の子の前から消えてしまった…」
峻「ファンタスティックなお話だね…」
由香里「でも、今度は、誰も女の子に近づかなくなったんだ。どうしてだと思う?」
峻「目玉焼きが無関係な人も襲い始めたから?」
由香里「違う。女の子が目玉焼きに右目を取られたから…」
峻「つまり、女の子が一つ目になっちゃったってオチ?」
由香里「目玉焼き好き?」
峻「時々食べるけど…好きって程でもない。卵かけは、よく食べるけど…」
由香里「そんなこと言ったら絶対呪われるよ…」
  峻、神妙な面持ちになり、
峻「気味悪いからやめようよ…そう言うの…」
  家の裏の方で激しい物音が聞こえてくる。
  びくつく峻。

○ 同・裏
  裏口のドアを開け、外に出てくる峻。
  辺りを見回すが変わった様子は、ない。
峻「片足に一つ目か…」
  思い出して嘔吐く峻。

○ マンション2F・山地の家・和室
  畳の上を歩いているH。
  シングルベッドの前に立っている。
  ベッドの周りに薄っすらと血痕が残っている。
  ベッドの下を覗き込むH。衣類が落ちているのを見つけ、手を伸ばす。
  衣類を掴み、外に出すH。衣類は、ナース用の水色のカーディガンである。
  カーディガンを見つめ、神妙な面持ちのH。

○ カスタード車内
  運転席に乗り込むH。
  携帯の着信音が鳴り響く。ディスプレイを見つめ、携帯に出る。
H「どうしたの?」

○ 宮村家・廊下
  トイレから少し離れた場所に立っている峻。
峻「Hのせいだぞ」

○ カスタード車内
H「何が?」

○ 宮村家・廊下
峻「千切れた足見つけてから…ずっと呪われてるんだぞ、俺…」

○ カスタード車内
峻の声「それだけじゃなくて、この家に来てからずっとモグラじじいの亡霊につきまとわれてる」
H「そのモグラの名前は、わかったの?」

○ 宮村家・廊下
峻「あ…」
Hの声「子供は?」
峻「特に変わった様子は、ないけど…なぁ、いつまで監視続ければいいんだよ?」
Hの声「沼崎が見つかるまで」
峻「ずっと子守続けなきゃならないのか…」

○ カスタード車内
H「両親は、いないの?」
峻の声「父親は、外国、母親も夜遅くまで戻ってこないって言ってたけど…」
H「母親の職業は?」
峻の声「看護師やってるらしいけど…」
  唖然とするH。
H「私も後で行く」
  携帯を切るH。

○ 宮村家・廊下
  由香里の悲鳴が聞こえる。
  峻、慌てて、トイレの前に行く。
  トイレのドアをノックする峻。
  ドアノブを回す峻。鍵がかかっていない。
峻「ごめん…」
  バッとドアを開ける峻。
  トイレの中には、誰もいない。

○ 同・和室
  襖をサッと開ける峻。
  テーブルの前に座り、湯飲みでお茶を飲んでいる老人。
  峻を見つめ、ニヤッとする。
峻「きもいんだよ…何か喋れよ!」
  峻、ポケットに入れていたお菓子の箱を老人に投げる。
  箱が老人に当たる寸前、老人の姿が突然消える。
  呆然とする峻。

○ 同・階段
  急いで階段を上っている峻。
  ズボンのポケットから携帯が落ちる。

○ 同・2F由香里の部屋
  ドアを開ける峻。
  机に座り、本を読んでいる由香里。
  峻に気づく由香里。
由香里「どうしたの?」
  峻、その場でへたばり、座り込む。
由香里「宿題してるの。下で待ってて」
峻「この家、危険だよ。一緒に外へ出よう」
由香里「なんで?」
峻「いるんたよ…モグラが」
由香里「モグラも嫌いなの?」
峻「さっきから家中をうろちょろしてるんだ。トイレとか台所とか…さっきは、下の部屋で呑気に
 お茶飲んでたんだぜ?」
  由香里、クスクスと笑い出す。
由香里「モグラがお茶だって…お兄ちゃん面白い」
峻「モグラ爺さんの事だってば」
由香里「えっ?」
峻「さっきの悲鳴は何だったの?」
  由香里、惚けた表情をし、
由香里「悲鳴?そんなの知らないよ」
  峻、冷静になり、引きつった笑いを浮かべる。
峻「とにかく家から離れよう」
由香里「うるさいな。宿題終わってからでいいでしょ?邪魔しないで」
峻「…はい」

○ 市道
  走行するカスタード。

○ アルミ鋳物工場前
  立ち止まるカスタード。
  運転席のドアが開き、Hが出てくる。
  赤いスーツ姿になっているH。

○ 同・工場・中
  薄暗い中を歩いて行くH。
  H、頭に上げているイーバイザーを下ろし、暗視モードのボタンを押す。

○ イーバイザーの視点
  緑色の画面。周辺のものが微かに見える。大型の移動式クレーンや様々な
  工業機械が周囲に置かれている。
  足元を見つめるH。
  ハンマーやレンチなどの道具が辺りに無造作に置かれている。
  テーブルの上に置かれている箱を開け、中を覗く。
  何かの電子部品が大量に入っている。
  部品を一つ掴み、見つめているH。

○ アルミ鋳物工場・中
  突然、天井のライトが点る。
  イーバイザーをはずすH。
  ガス式の溶接機のバーナーを持ち、火をつける沼崎。勢い良く吹き上がる青い炎。
沼崎「それ以上近づくな、姉ちゃん。綺麗な体が灰になっちまうぞ」
H「もう傷だらけよ」
沼崎「マジかい?じゃあ、確かめさせてもらおうか」
  バーナーの炎をHの前に振りかざす沼崎。
  H、アームシェイドの両側の翼を開き、
  顔をガードしながら、素早く沼崎のそばから離れる。
H「死体は、どこにあるの?」
沼崎「死体?」
H「あなたが右足を切断した女性の死体の事…」
沼崎「…あれならもう完全に燃やしちまった」
H「宮村麻里。東央私立病院の看護士。あなたの昔の恋人…」
沼崎「一ヶ月前…工場で手を怪我して、病院に行ったら、丁度そこで働いてやがった。
 昔話に花が咲いて、それが縁で時々、子供と一緒に俺の工場に遊びに来るようになった」
H「彼女に知られたのね?ハードディスクを盗み出す計画の事を…」
沼崎「喋るなって言ったのにサツにちくりやがって…だからお仕置きしてやったまでさ」
  鋭い眼光のH。
沼崎「遊びは、やめだ。麻里の自宅に爆弾を仕掛けた」
  沼崎を睨みつけるH。
  沼崎、ポケットから携帯を取り出し、Hに見せつける。
沼崎「お前が探している情報の一部は、この中に記録してある」
  沼崎、バーナーで携帯をあぶり始める。
  H、アームシェイドの翼をしまい、ワイヤーを発射する。
  ワイヤーが携帯に巻きつく。ワイヤーを素早く引き戻し、携帯を掴むH。
  唖然とする沼崎。しかし、すぐにへらへらと笑い出す。
  携帯の電源を押すH。
  突然、電子音が鳴り、ディスプレイにカウントの数字が映し出される。
  高笑いする沼崎。
沼崎「自宅の爆弾の件は、嘘だ。爆弾が仕掛けてあるのは、その携帯だ」
  沼崎、全速力でその場を走り去って行く。
  驚愕するH。ディスプレイのカウント「1」秒前。
  H、携帯を投げる。その瞬間、携帯がHの頭上で爆発する。
  爆風と煙を浴び、激しく吹き飛ばされるH。
  地面を転がり、うつ伏せの状態で止まる。うっすらと目を開けているが、やがて、意識を失う。
    ×  ×  ×
  数十分後。足音を立てて、Hの前に近づいてくる男。黒色のフードつきのブルゾンを着ている。
  立ち止まり、屈む男。Hの様子を窺っている。
  男は、父・G5(木崎満彦・52歳)である。
G5「かわいそうに…私より先に死ぬ気か?」
  Hの髪を撫でているG5。アームシェイドを見つめる。
  電源ユニット部が黒焦げになっている。
  G5、アームシェイドのジョイント部のボタンを押し、Hの腕から取り外す。
  フードと青いサングラスを外すG5。
  焼け爛れた右半分の顔面が露になる。
  アームシェイドを持ち、その場を立ち去るG5。

○ P―BLACK本部・地下G2Aオフィス
  黒い壁に覆われたシックな部屋。
  仕切りの磨りガラスの前に立っている霞。
  磨りガラス向こうで、黒い椅子に座る男の後ろ姿が見える。スキンヘッドの男、暗号名『G2A』。
G2A「コード7XO2の件は、どこまで進んでいる?」
霞「さっき、Hから報告がありました。沼崎の働いている工場を見つけたそうです」
G2A「沼崎は、相当な武器マニアだと聞いているが、彼女は、大丈夫か?」
霞「これまでにも同じような経験をしています。今回も心配する事は、ありません」
G2A「さっき、秘書から報告があった。気になる男が連絡してきたそうだ」
霞「誰から?」
G2A「名乗らなかったそうだが、私には、わかる。『今日は、曇り空だから、Hを生きたまま
 残しといてやる』、そう言ったそうだ」
  動揺する霞。
霞「…G5」
G2A「早くその工場に行って確認してみたらどうだ」
霞「申し訳ございません。失礼します」
  霞、慌ててその場を立ち去る。

○ カスタード車内
  運転席のシートで眠っているH。
  暫くして、目を覚ます。
  ハッと起き上がり、足元を見つめる。
  右足のブーツが外され、足首に包帯が巻かれている。
  アームシェイドを見つめるH。電源ユニット部が綺麗に直っている。
  唖然とするH。
  H、コンソールの時計を見つめると、慌てて、携帯を出し、峻に電話する。

○ 宮村家・階段
  落ちている携帯。空しく着メロが鳴っている。

○ カスタード車内
  携帯を切るH。
  キーを回し、エンジンをかける。

○ 工場前
  タイヤを軋ませながら、Uターンし、スピードを上げて走り去るカスタード。

○ 宮村家・2F・由香里の部屋の前
  ドアの前に座り、うとうとと頭を揺らしながら居眠りしている峻。
  ハッと眼を覚まし、立ち上がる。

○ 同・中
  ソッとドアを開け、中を覗く峻。
  由香里の姿がない。
  中に入り、辺りを見回す峻。
峻「由香里ちゃん!」
  ベランダのカーテンを開ける峻。
  ベランダに立っているモグラの爺さんと目を合わす峻。
  思わず、絶叫し、畳に仰け反り倒れる峻。
  薄気味悪い笑みを浮かべながら峻を見ているモグラの爺さん。暫くして、姿が消える。
  峻、呆然としながら立ち上がり、ベランダの扉を開け、ベランダに出る。

○ 同・ベランダ
  どんよりした黒い雲が上空を覆っている。
  辺りを見回す峻。
峻「由香里ちゃん…」
  ポツポツと雨が降り始める。
  峻、下を見つめる。
  ふらつきながら、家の前にやってくるH。
  コンクリートの壁にもたれ、体を支えているH。
  項垂れ、息苦しそうにしている。
  峻、慌てて、部屋に戻る。

○ 同・表
  玄関のドアが開く。飛び出してくる峻。
  雨が激しくなっている。
  Hの前にかけつける。
峻「H!」
  峻を見つめる峻。
H「由香里ちゃんは?」
峻「それが…家の中のどこを探しても見つからないんだ…」
H「あの死体は、由香里ちゃんの母親のものだった。沼崎が殺したの」
峻「えっ?」
H「私の事は、いいから、早く探して…気をつけて、沼崎は、武器を携帯してるかもしれない」
峻「…ええ?」
H「カスタードの小物入れに短銃が入ってるから、それを持っていって…」
峻「でも…銃なんて使った事ないし…」
H「早く…」
  やけくそになる峻。
峻「クソ!」
  走って、家の中に戻る峻。
  H、苦痛を堪え、憂いの表情を浮かべる。

○ 同・中・廊下
  正面を見つめる思わず声を上げる峻。
  突き当たりの壁の前に立っている老人。不気味な表情で峻を見ている老人。
峻「いつまでも幽霊ごっこやってんじゃねぇよ」
  峻、がむしゃらに走り出し、老人に突進する。老人に近づいた時、突然、老人の姿が消える。
  辺りを見回している峻。
  由香里の悲鳴が聞こえる。
  走り出す峻。

○ 同・階段
  急いで駆け上がっている峻。

○ 同・2F由香里の部屋
  勢い良くドアを開ける峻。
  机の椅子に座る由香里、ベッドに座っている沼崎。楽しそうに会話している。
  二人、峻に気づき、目を向ける。
由香里「お兄ちゃん」
  峻、沼崎を見つめる。
峻「そのおじさん、知ってるの?」
  頷く由香里。
由香里「ママの知り合いの人」
  沼崎、立ち上がり、由香里のそばに行く。
沼崎「仲良いんだよな」
峻「でも、写真見せた時、知らないって言ったよね?」
由香里「おじさんにそう言えって頼まれたから」
峻「…」
由香里「いっつもプレゼントくれるの。今日もらったやつなんかね面白いんだよ…」
  沼崎、口元に指を立て、
沼崎「それは、企業秘密。誰にも言わない約束だろ?」
由香里「ああ、そうだった…」
  困惑する峻。
峻「知り合いかもしれないけど…由香里ちゃん…その人は…」
沼崎「君は、何しにここに来た?」
峻「それは…由香里ちゃんを守るために…」
沼崎「もしかして…あの女の仲間か?」
峻「…女って?」
沼崎「赤いスーツと右腕にマシンガンをつけてた女の事だ」
峻「知らないな、そんなの。由香里ちゃん、こっちに来て」
  由香里、困惑している。
沼崎「あの人の言ってる事は、嘘だからね。気にする事ないよ」
由香里「でも…」
峻「その人は…君のお母さんを殺したんだ…」
  愕然とする由香里。
沼崎「あいつは、ちょっとおかしいんだ。何も聞くんじゃない」
由香里「でも、二日前から戻ってこないんだよ、お母さん…」
沼崎「患者さんが多いんだよ、きっと…」
由香里「病院に行って確かめてくる」
  立ち上がり、歩き出す由香里。沼崎、すかさず、由香里の腕を掴み、革ジャンのポケットから
  リボルバー式の銃を出し、由香里の額に銃口を向ける。
沼崎「動いたら、お母さんと会うことになるよ…」
  半泣きになる由香里。
由香里「やっぱり殺したのね…」
沼崎「お母さんはね、俺との約束を破ったんだ。約束破りは、最低の行為だ」
峻「最低なのは、おまえじゃないか!」
  峻を睨みつける沼崎。
峻「エゴイスト、悪魔、ヒトデナシ!屑、ゴミ!」
沼崎「世の中、流れ通りに生きてても、何も変わりゃあしない。大きな流れに乗るには、誰かを
 浮き輪にしてでも乗り越えなきゃならない」
峻「その子も浮き輪にする気か?」
沼崎「おまえしだいだ」
峻「じゃあ…俺が浮き輪になるから、離せよ」
沼崎「その前に、この子に預けたデータを返してもらわないとな…」
  沼崎、由香里を連れ、パソコンの前に行く。
  突然、ベランダのガラスが割れ、部屋の中に飛び込んでくるH。雨でずぶ濡れになっている。
  着地すると、すかさずアームシェイドを沼崎に向け、ワイヤーを発射する。
  ワイヤーが銃諸共、沼崎の右手に絡みつく。
  由香里、その隙に、沼崎から離れる。
  峻の元にやってくる由香里。
H「その子を連れて逃げて…」
  頷く峻。由香里と手をつなぎ、部屋から出て行く。
  H、ワイヤーを切り離し、沼崎にハイキック。
  ベッドの上に倒れる沼崎。
  H、アームシェイドの銃口を沼崎に向ける。
H「FOTは、由香里ちゃんの事だったのね」
沼崎「工場でくたばったと思ってたのにな…しぶてぇ女だ」
H「あなたにデータを盗むよう依頼したのは、誰?」
沼崎「顔面半分が焼けた男だよ…」
  唖然とするH。沼崎を睨む。
H「何で麻里さんの足を切ったの?」
沼崎「あいつがあんまりジタバタするもんだから逃げられないように。だが、暫くしたら、大量に出血して
 死んじまった。殺すつもりはなかったのに、運の悪いやつだ」
  へらへらと笑う沼崎。
  H、沼崎の両膝にマシンガンを撃つ。
  激しい呻き声を上げる沼崎。ベッドに足から流れ出た血が滲む。
H「立ち上がれないようにしてあげるから。身も心も。尋問が終わったら、覚悟しといて」
  沼崎、苦痛を堪えている。
  H、右腕を下ろし、腰のホルダーから携帯を出し、電話をかけようとする。

○ 同・表・門前
  激しく雨が降っている。
  扉を開け、外に出てくるH。
  門前で立っている峻。雨でずぶ濡れである。
H「由香里ちゃんは?」
峻「カスタードの中…」
H「そう…」
  倒れるH。
  Hに駆け寄り、体を抱かかえる峻。
峻「H!」
  H、立ち上がろうとするが、力が出ない。
  峻、ズボンのポケットをまさぐる。
峻「あれ…携帯がない」
H「どこにかけるの?」
峻「救急車呼ぶんだよ」
H「…専属の病院まで運んで…」
峻「場所は?」
  
○ 前倉医院・全景
  こじんまりとした小さな建物。

○ 同・治療室前・待機室
  長椅子に座る峻。
  入口の扉が開き、霞が姿を現す。
  霞を見つめる峻。
霞「Hは?」
峻「今、治療中ですけど」
霞「カスタードの緊急シグナルのボタンを押したのは、おまえか?」
峻「Hに押せって、言われたから…」
  霞、溜息をつき、峻の隣に座る。
峻「携帯型の爆弾で吹き飛ばされたショックで軽い脳震盪を起こしているみたいです。
 スーツが焼け焦げている部分が何箇所かあった…」
  溜息をつく霞。
峻「由香里ちゃんは?」
霞「保護した。ずっと泣き止まない。相当ショックを受けている」
峻「俺のせいだ…」
霞「…いずれは、話さなければいけなかった事だ。少し唐突過ぎたかもしれんが」
峻「…あんた、Hの上司でしょ?」
霞「エージェントの一人だ。Hの面倒を見ている」
峻「…Hって凄ぇな。こんな危険な仕事をずっと続けているんだもんな…何かよっぽどの事があったんじゃ…」
霞「おまえは?まだスパイごっこを続けるのか?」
峻「…俺もいつかこういう目に遭うのかなぁと思うと、ちょっと引き始めてる自分もいたりして…」
霞「あいつは、3年間、厳しい訓練に耐えたんだ…」
峻「…」
霞「見切りをつけるなら、今のうちだ。但し、誰かに我々の事を口外したら、お前を消す」
  峻、動揺した面持ち。

○ 同・前(夕方)
  止まっているカスタード。
  運転席のシートに座り、目を瞑っているH。
  運転席側のドアの窓をこつく霞。
  H、目を開け、窓を開ける。
霞「どうだ、調子は?」
H「もう平気です。彼は?」
霞「あいつなら、先に帰った」
H「…」
  霞、ポケットからカプセルの包みを出し、Hの前に差し出す。
霞「前倉が渡し忘れたそうだ。痛み止めだ」
  H、不審気な表情でカプセルを受け取る。
  霞、Hの顔を見つめ、
霞「心配するな。盗聴器は、入っていない」
H「…」
霞「おまえ、自分のギャラからあいつの分も払ってたのか?」
H「どうして、それを…」
霞「本人から聞いた。おまえが治療を受けている時に…」
  顔を顰めるH。
霞「もし、任務中に、あいつに万が一の事があったら、どう責任を取るつもりだ?」
H「その時は…然るべき行動を取ります」
  立ち止まる霞。
  H、気にせず、一人歩いている。
霞「そこまで言うなら、いいだろう。だが、もし、あいつが任務上で重大なミスを起こした場合は、
 俺がお前達の始末をつける」
  立ち止まるH。振り返り、霞を見つめ、
H「わかりました」
  H、自信に満ちた表情をし、そのまま立ち去って行く。
  霞、何かを秘めた面持ちでHの背中を見つめている。

○ とある雑居ビル前(数日後)
  激しく降る雨。
  青い傘を差して歩いている峻。
  ビルの出入り口の前で立ち止まり、
峻「あー、もう来るつもりなかったのにな…」
  溜息をつく峻。
  建物の中に入り、傘を閉じる峻。怪談を上り始める。

○ 同・3F・玄関
  扉が開き、峻が入ってくる。
  峻、傘を立てて置き、リビングに向かって歩いて行く。

○ 同・リビング
  テーブルに置かれている鳥篭。黄色いインコのカラメルが餌を食べている。
  部屋に入ってくる峻。
  ソファに座っているモグラ爺さん。
  峻、爺さんを見つめ、驚愕する。
峻「…モグラが…また出た…」
  暫くして、モグラ爺さんが消える。
  隣にあるキッチンから部屋に入ってくるH。右手に皿を持っている。
峻「H…」
  H、左手に持っている小型の黒いリモコン装置をソファに向け、ボタンを押す。
  リモコン装置から光線が照射され、ソファにモグラ爺さんが投影される。
  峻、モグラ爺さんの体に触れるが、透き通ってしまう。
H「モグラ爺さんの亡霊って、これの事?」
峻「何これ?」
H「ホログラフ…沼崎が由香里ちゃんにプレゼントしたもの。あなたは、由香里ちゃんが仕掛けたホログラフを
 ずっと見ていたって事…」
  H、電源を切る。モグラ爺さんが消える。
  峻、ソファに座り、項垂れる。
H「それに、お爺さんは、生きてる。沼崎がお爺さんの映像を黙って記録して、亡霊に仕立てたの」
峻「知らず知らずのうちに、あの子の幽霊ごっこにつき合わされていたって事か…でも、沼崎が
 何でそんなものを持ってるんだ?」
H「これを作ったのは、沼崎を操っていた男よ…」
峻「その男って誰なんだよ?」
  H、突然、寡黙になり、持っていた皿をテーブルに置く。皿の上に目玉焼きが乗っている。
  目玉焼きを見つめる峻。
峻「自分で焼いたの?」
H「…」
  皿の隣にイチゴプリンを置くH。
峻「プリン以外の物を食べる時もあんだな…」
H「卵は、よく食べる。とくに目玉焼きは…」
峻「一つ目玉少女と仲良くなれるじゃん…」
H「えっ?」
峻「いや、別に…」
  ソファに座るH。
  プリンの蓋を開けている。
  峻、PS2を箱の中に入れている。
H「出て行くの?」
  動きを止める峻。
峻「色々考えたけど…やっぱ、俺には、合わないような気がしてきた…」
  プリンを食べ始めるH。
  箱を袋の中に入れる峻。
峻「テレビは、業者に頼んであるからまた、取りに来るから」
H「ありがとう…」
  唖然とする峻。
峻「えっ?」
H「この前の助けてくれたお礼…」
峻「…なんか違うよな」
H「何が?」
峻「もっと、ほら、いつもの冷たい感じのほうがいいよ…気取って決めゼリフ言ったりしてさ」
H「二度とここに来ないで」
峻「…もう一回だけ来るよ」
H「来なくていい」
峻「だって、あのテレビ、俺が買ったんだぜ?」
H「買い直せば?」

○ とある雑居ビル・外景
峻の声「じゃあ、このテレビどうするんだよ?」
Hの声「食事中に声かけないで」
峻の声「自分の物にする気だろ?」
Hの声「テレビなんて見ない」
峻の声「嘘つけ、深夜アニメとか見てるだろ?」
Hの声「想像に任せる…」
峻の声「あれ…否定しない…否定しないのかい?」
  雨がさらに激しく降り始める。
     

                                                   ―THE END―

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