『CODENAME:H→→→4』 「こもる暗殺者」 作ガース『ガースのお部屋』

○ とある雑居ビル3F・リビング
  鳴り響くゲームのBGM。  
  テレビの前に座る高部峻(22)。プレイステーションのリモコンを両手で持ち、
  テレビの画面を見つめている。
  エンディングロールが流れている。
  峻、リモコンを放り投げ、両腕を高く上げ、そのまま、床に倒れる。
峻「はぁ・・・やっと…やっと、感動のフィナーレ!」
  拳を握る峻。
峻「うちが破壊されなきゃ、今頃ドラクエやってたのになぁ…」
  峻の腹が鳴る。
峻「そう言えば、昨夜から何も食ってねぇ…」
  立ち上がり、冷蔵庫を開ける峻。
  中は、空である。
  振り返り、テーブルの下を見つめる峻。
峻「あれ…ここに置いてた俺のカール…」

○ コンビニ
  入り口の扉が開く。中に入ってくる峻。
店員の男の声「いらっしゃいませ…」
  カウンターの前を通り、お菓子の棚の前に行く峻。
峻(N)「人のおやつにまで手をつけやがって、見境ない奴クソH…」
  棚の前に立ち、カールを手に取る峻。
峻「帰ったら、請求すっぞ」
  カウンターのほうから女の怒号が聞こえる。
  赤いフルフェイスのヘルメットを被り、クリーム色のつなぎ姿の女Aが
  中年の男の店員にスタンガンを向けている。
  黒のフルフェイスのヘルメットを被り、オレンジ色のパーカーとスカートを履いた女Bが片手に
  カッターナイフを持ち、カウンターの中に周り込み、レジの前にやってくる。
女B「これ、どうやって開けんだよ!」
  店員の男、レジのボタンを押し、ドロアを開ける。
女A「中の金、全部出せ」
女B「早くしろ、タコ!」
  店員の男、ドロアの中から札束を取り出し、カウンター台の上に並べて行く。
  呆然と様子を窺う峻。辺りを見回す。
  本を立ち読みしていた若い男。カウンターを見つめると、本を置き、さっさと店を出て行く。
  峻、持っていたカールを棚に置き、静かに入口の方へ移動し始める。
  歩く峻に気づく女B。
女B「止まれ、おっさん!」
  立ち止まり、唖然とする峻。
峻「俺がおっさん?」
女B「動いたら(店員にナイフを差し向け)刺すぞ」
  峻、苦々しい表情を浮かべている。
  札束をコンビニの袋に詰め込んでいる女A。女B、カウンター台を乗り越える。
  女A、店員の男の首筋にスタンガンを押し付ける。男、呻き声を上げ、その場に倒れる。
  走り出し、店を出て行く二人。
  峻、店のガラス越しに駐車場を覗く。
  二人の女、黒いカブに乗り、駐車場から走り去って行く。

○ 高速高架沿い・道路
  走行する車の狭間を次々とすり抜け、暴走するカブ。
  パトカーのサイレンが鳴り響いている。
  交差点を曲がるカブ。

○ 住宅街
  長いカーブの坂を駆け上がるカブ。
  パトランプを光らせたパトカーがカブを追っている。
  中央線を食み出すカブ。対向車線からやってくるワゴンと激突しそうになるが、
  すれすれで元の車線に戻る。しかし、ふらついてバランスを崩し、そのまま勢い良く転倒する。
  路上に転がる二人。
  起き上がり、ヘルメットをはずす女A。茶髪、ショートカットの沙良谷 美由(みゆ)(16)。
  仰向けで倒れている女Bのそばに駆け寄って行く。
美由「希梨恵!」
  女Bの体を抱き起こし、ヘルメットをはずす美由。黒髪のロングヘアを露にする坂崎希梨恵(きりえ)(16)。
希梨恵「下手糞!腰打っちゃったよ」
美由「ごめん…」
  二人の前に近づいてくるパトカー。
  立ち止まり、二人の警官が降りてくる。
美由「逃げないの?」
希梨恵「駄目、動けない。あんた逃げなよ」
美由「やだ」
  二人の前に駆け寄ってくる警官達の前に突然現れる赤いスーツを身につけた
  コードネーム・H(木崎メイナ・24歳)。
  立ち止まる警官達。
警官A「なんだ、おまえは?」
  H、右腕につけているアームシェイドの発射口を警官に向ける。
警官B「そんな玩具で脅かしてるつもりか?公務執行妨害でしょっぴくぞ」
  H、アームシェイドからフックつきのワイヤーを発射する。
  ワイヤーが二人の警官の体に絡みつき、腰周りを縛りつける。
  ワイヤーを切り離すH。二人の警官、一緒に縛られ、その場に尻をつく。
  呆気に取られている美由、希梨恵。
  二人を見つめるH。
H「パトカーに乗って」
希梨恵「あんた誰?」
H「詳しい事は、車の中で話す」
  美由、腕を貸し、希梨恵を立ち上がらせる。
  パトカーの後部席に乗り込む美由と希梨恵。運転席に乗り込むH。
  タイヤを軋ませながら発進するパトカー。警官達を避け、猛スピードで走り去って行く。

○ パトカー車内
  希梨恵、苦痛の表情を浮かべている。
  心配げに希梨恵を見つめる美由。
美由「大丈夫?」
希梨恵「大丈夫じゃないよ…」
美由「だからこんなことやだって言ったじゃん」
希梨恵「あいつ見捨てる気かよ?」
  希梨恵、バックミラーに写るHの顔を見つめ、
希梨恵「ねぇ、なんでこんなことするの?」
  H、バックミラーに写る二人を見つめ、
H「あなた達を助けに来たの」
  怪訝な表情を浮かべる二人。
美由「私達の事、知ってるの?」
  頷くH。
H「信用して。絶対悪いようにはしない」
希梨恵「じゃあさ、お願いがあるんだけど、もう一人、強盗して捕まった奴がいるの。
 そいつ、助けてくれない?」
H「誰?」

○ とある雑居ビル3F・リビング
  ソファに寝転び、テレビを見ている峻。
  ぽりぽりカールを食べながら、リモコンを持ち、チャンネルを変えている。
峻「あー、何にもやってねぇ…」
Hの声「あなたも」
  ハッと起き上がる峻。
  ソファの後ろにHが立っている。
峻「…チャイムぐらい鳴らせよ」
H「仕事は?」
峻「色々考えたんだけど、やっぱ、一つに固める事に決めた」
H「辞めてゲーム三昧ってわけ?」
峻「暇つぶしだよ。俺のカール食っただろ?」
  H、ツンとした表情でベランダの前に行き、外の景色を眺める。
峻「なぁ、俺のカール…」
H「任務を与える」
峻「えっ?」

○ 警察署前
  入り口の前に立つ峻。右手にスポーツバックを持っている。ため息をつく峻。
峻「いきなり何だよ、この難易度…見つかったら、即豚箱行きじゃん…」

○ 同・1F通路
  動揺した面持ちで、歩いている峻。
  交通課の前を通り過ぎる。中から出てくる警官C。
  階段を上ろうとする峻。警官、峻を見つめ、
警官C「どこに行かれるんです?」
  峻、ギクッとした表情で、足を止める。
  峻、警官と目を合わし、
峻「免許の…更新に来たんですけど…」
警官C「窓口は、こっち…」
峻「トイレ…どこですか?」
警官C「トイレは、向こうの突き当たりを右に曲がったところ」
峻「そうですか、ども…」
  峻、慌てて、突き当たりのほうへ歩いて行く。
  怪訝に峻を見つめる警官。

○ 同・トイレ
  大便用のブースの中から出てくる峻。警官の制服姿になり、鏡の前に立つ。
峻「罰ゲームだよ…こんなの…」
  峻、右手に持った黒い筒に、ライターで火をつける。

○ 同・2F・留置所
  横一列に並ぶ檻。出入り口の前に立つ中年の警官の男D。火災報知機のベルが
  激しく鳴り響いている。中に駆け込んでくる峻。消火器を持っている。
警官D「どうした?」
峻「1Fのトイレでなんか燃えてるみたいです。凄い匂いですよ」
警官D「放火か?」
峻「さぁ。とにかく強烈な刺激臭。誰かがえげつないのやらかしたんじゃないですかね…」
  警官D、失笑するが、峻の顔をまじまじと見つめ、
警官D「あれ、見かけん顔だな。どこの所属だ?」
峻「睡眠課」
  峻、右手に持ったスプレーを警官Dの顔に振り掛ける。
  警官D、暫くしてその場に倒れる。
  峻、警官Dの制服のポケットを探り、ズボンのポケットから鍵を取り出す。
  檻の前に駆け寄る峻。
  スキンヘッドの強面の親父、緑の髪の太った若者、小柄で三つ網の髪型の中年の
  叔母さんなど数人が個別の檻に入っている。
峻「丹香沢宏也いるか?」
  一番奥の檻の中央で体育座りしている丹香沢(にかざわ)宏也(16)。
  峻の声を聞き、顔を上げる。宏也の檻の前にやってくる峻。
  峻、宏也を見つめ、
峻「丹香沢宏也?」
  宏也、呆然としている。
  峻、檻の鍵を開け、宏也を檻から出す。
宏也「どこ行くんだよ」
峻「悪いけど、入り口のところに置いてある消火器持ってくれるかな。重いんだあれ」
宏也「そんなに燃えてんの?」
峻「多少、燃えてくれてるほうがいいんだけど…」
  峻、宏也と腕を掴み、走り出す。

○ 警察署前・道路
  道路脇に止まるカスタード。

○ カスタード車内
  運転席に座っているH。
  暫くして、後ろの扉が開き、峻と宏也が乗り込んでくる。
峻「OKOK、作戦完了!」
  H、バックミラーで二人を確認すると、アクセルを踏み込む。

○ タイヤをスピンさせながら急発進するカスタード

○ カスタード車内
  後部席に座る峻と宏也。宏也、峻を怪訝に見つめ、
宏也「何だよ、おまえら」
峻「出してやったのに文句言うなよ」
宏也「気持ちをわりぃんだよ。ダチでもないのに」
峻「お前のダチに頼まれたんだよ」
宏也「誰?」
峻「坂崎希梨恵って子」
宏也「…あいつら、どこにいるんだ?」

○ とある雑居ビル・3F・リビング
  ソファに座っている希梨恵と美由。
  部屋に入ってくる宏也。その後に続いて峻が入ってくる。二人、宏也に気づき、
希梨恵「ヒロ…」
  立ち上がり、宏也に近づく美由。
美由「本当に出てきたんだ。良かったね…」
宏也「全然良くねぇよ」
美由「何で?」
宏也「・・・とにかく良くねぇんだよ」
美由「もう大丈夫だよ。(峻を指差し)この人達が守ってくれるって言ってるし…」
峻「指差すな」
  宏也、希梨恵達を見つめ、
宏也「それより、お前らさ、何で強盗なんかしたの?」
希梨恵「…」
  宏也、困惑した表情を浮かべる。
峻「お前はどうなんだよ?」
宏也「…俺は、金が欲しかったから。色々と欲しい物あったし」
峻「君達、どう言う関係?」
希梨恵「少・中・高校ずっと一緒だったの」
美由「そう、奇跡的に。宏也は、高校、中退しちゃったけどね…」
希梨恵「強盗の事ばれたら、私達も…」
美由「希梨恵、怪我したんだよ」
  宏也、希梨恵を見つめ、
宏也「マジで?」
希梨恵「バイクでこけた時にちょっと腰打っただけだよ」
峻「とにかくおまえらは、暫くここでジッとしてろよ」
美由「なんかないの?暇だよ」
  希梨恵、テレビの下のプレステに気づき、
希梨恵「美由、あそこ見てみ。いいものあるよ」
美由「わー、希梨恵、一緒にやろう」
峻「ちょ、ちょっと…」
  美由、テレビの前に座り、プレステをセットし始める。
  峻、慌てて、美由のそばに行き、
峻「中古だけど買ったばかりだから、丁寧にね…」
美由「ソフトどこ?」
  呆然と俯いている宏也。
  宏也の様子を心配そうに見つめる希梨恵。

○ 国道
  四車線の道路。左から二つ目の車線を走るカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  険しい顔つき。

○ コンビニ・駐車場(Hの回想・二日前)
  真ん中のスペースに止まる白いクラウン。

○ クラウン車内
  運転席に座る黒いスーツを着た男・霞(かすみ) 良次(45)。
  助手席に座っているH。
  H、左手に持つ写真をまじまじと見ている。
霞「アメリカで日系人の絡んだスパイ事件を調べるため、三年前、P―BLACKが送り込んだ男だ。
 コードネームは、O(オー)」
H「どうして、P―BLACKに報告も入れず、日本に戻ってきたんです?」
霞「Oは、一年前、最新型バイオ燃料生産システムの開発技術の情報を盗んだ組織に潜入した後、
 日本側との連絡が途絶えていた。しかし、三日前、うちのエージェントの一人が都内でOの姿を目撃したんだ」
H「Oを追跡したエージェントは?」
霞「N4だ。奴は、Oに腹を撃たれて、今入院しているが命に別状はない」
  霞、スーツのポケットから、携帯を取り出し、Hに手渡す。
H「これは?」
霞「N2がOと揉み合いになった時、奴のスーツのポケットから奪ったものだ。その中に入っている
 ムービーを再生してみろ」
  H、電源を入れ、ムービーをスタートさせる。
   ×  ×  ×
  携帯のディスプレイに映る映像。
  どこかのマンションのベランダの上で映した映像のよう。
  遠くの夜空に打ち上がる花火が映っている。
  若い男女の話し声がノイズ交じりで聞こえる。宏也の声が大きく響く。
宏也の声「向こうの高台の公園のほうがもっと見えるんじゃない」
  小さく聞こえる女の声。希梨恵の声である。
希梨恵の声「今から行って間に合う?」
宏也の声「後10分あるけど」
  美由の声も聞こえる。
美由の声「私ここでいいよ」
希梨恵の声「間に合わねぇ…」
  突然、間近で鳴り響く発砲音。カメラがマンションの真下にある道の方向に向く。
  暗いが微かに二人の男が映っているのが見える。
  スーツを着たスキンヘッドの男が路面にうつ伏せで倒れている。
  もう一人のスーツを着た男が倒れた男の前に立つ。茶色の短髪、黄色いサングラスをつけている。
  男、倒れた男のスーツのポケットをまさぐり、何かを取り出した後、
  男を抱きかかえ、そばに止めてある青のスカイラインGT−Rの後部席に乗せる。
  運転席に乗り込む男。狭い路地を曲がり、走り去って行く車。
希梨恵の声「どうしたの?」
  画面は、ベランダに立つ希梨恵と美由の顔を映し出す。二人、花火を見ている。
宏也の声「いや、何でもない…」
  そこで映像がストップ。
   ×  ×  ×
霞「顔は、はっきり確認できないが、姿や動きでわかる。車で逃げ去った男は、Oだ」
H「Oがこの携帯を持っていたと言う事は…」
霞「そのムービーを撮影していた少年と、映っていた女の子達の命が危険だ。すぐに探し出せ…」

○ 山の中腹・倉庫前
  立ち止まるカスタード。
  車から降りるH。
  辺りを見回している。
  倉庫の影に隠れているフードつきのブルゾンを着た男。G5(木崎満彦・52歳)。
  歩き出し、Hの元に近づいて行く。
  H、G5を睨み付ける。
  立ち止まり、顔を合わせる二人。
G5「電話でも行ったが、私が目の前にいるからと言って、余計な手出しはするな」
H「約束は、守る」
G5「良い子だ。さすが私の娘だ」
H「今度同じ事言ったら、首をへし折るから」
G5「褒めてやったのに…怖い娘だ…」
H「Oをどこで見たの?」
G5「一週間前…ある情報を仕入れるため奴と取り引きをした。だが、あいつは、私との約束を破り、
 そのまま音信が途絶えた」
  G5、携帯を手に持ち、ディスプレイを見つめる。
G5「もちろん、そう言う事も想定して、手は打っておいた。発信器を奴の車のトランクに仕掛けたんだ。
 この携帯で確認できる」
  G5、携帯を折りたたみ、Hに投げ渡す。
  携帯をキャッチするH。ディスプレイを確認する。
  ディスプレイの画面。地図のイメージが映し出されている。Oのいる位置を示す白い点滅。
H「見返りは?」
G5「…私を許してくれるか?」
H「…無理」
G5「そうか…どれだけ償いをしても、ずっと恨み続ける気だな?」
H「その話は、今日はやめて。約束を破ってしまいそうになるから…」
G5「すまん。ああ、最後に。足の怪我が治って良かったな」
  唖然とするH。
  G5、不気味な笑みを浮かべ、 立ち去って行く。林の中に入り、姿を消す。
  複雑気に顔を歪ませるH。

○ 山道
  なだらかなS字の道をスピードを上げ、下りているカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  コンソールの携帯電話用ホルダーにG5の携帯を置いている。
  携帯のディスプレイに映る地図のイメージ。発信点の表示は、止まったままになっている。

○ とある雑居ビル3F・リビング
  テレビの画面。RPG。城の中を歩いている勇者のキャラクター。
  テレビの前に座る美由。夢中になっている。
  美由のそばに座っている峻。
  ソファに横になっている希梨恵。
  テーブルに置いてある峻の携帯を見つめる。
美由「次、どっち行くの?」
峻「そこの階段を下りて、右に曲がったところにある宝箱を…」
  画面が変わり、敵が現れる。
美由「もう、またなんか出てきた…何だよ、これ…」
峻「もしかして、RPGやったことないの?」
美由「ない。もっと簡単にクリアできるやつ」
希梨恵「その子、普段ゲームやらないよ」
  峻、一気に疲れた様子…
  辺りを見回す峻。宏也の姿がない。
峻「…あれ、丹香沢君は?」
希梨恵「鏡見てくるって言って洗面所に…」
  峻、慌てて立ち上がる。

○ 繁華街
  駅前・高架の上を走る電車。周囲に立ち並ぶビルの前を歩く人々。
  ガラス張りのテナントビル。壁にいくつもの看板が設置されている。

○ テナントビル4F・漫画喫茶・3号ルーム
  スーツを着た男が横になって漫画雑誌を読んでいる。吹き笑いする男。
  コードネームO(沖永秀二・36歳)。茶色の短髪、無精髭を生やしている。
  ふちなしの眼鏡をつけている。
  突然、ドアが開く。さっと起き上がり、腰のホルダーの銃に手をかけるO。鋭い眼光。
  入口に店員の男が立っている。
店員の男「あの…また延長されますか?」
  O、店員を見つめ、優しい目つきに戻り、
O「時間制限あるの?ここ…」
店員の男「いえ…前金になってますので、また代金のほうを…」
O「ああ、そう言う事…」
  O、黒革の財布を出し、中から万札を一枚抜き、店員に手渡す。
O「釣りは、いいよ。デート代にでもしなよ」
店員の男「ど、どうも…」
  店員の男、恐縮し、頭を下げながら部屋を出て行く。
  鳴り響く携帯の着信音。椅子に掛けている上着のポケットから携帯を取り出し、電話に出るO。
O「もしもし…ああ、君か…」
  O、険しい顔つきになる。

○ 国道
  ビル街の合間、交通量の激しい二車線の道路。右側の車線を走っているカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  携帯の着信音が鳴るく。
  H、スーツのポケットから携帯を取り出し、ディスプレイに映るナンバーを確認する。
  コンソールのもう一つの携帯用ホルダーに携帯を置く。ボタンを押し、スピーカーをONにする。
H「どうしたの?」
峻の声「丹香沢が…いなくなった…」
H「はっ?」
峻の声「ゲームに夢中になっててさ…」
H「遊んでる暇があるなら、早く探して」
峻の声「やばいよね…こう言う場合は、やっぱ、給料カットどころの話じゃないよね?」
H「…想像に任せる」
  H、電話を切る。

○ とある雑居ビル3F・リビング
  呆然と立っている峻。
  ソファに座り、テレビのリモコンをいじっている美由。
  希梨恵、峻の様子を窺う。
美由「(峻に)ねぇ、コンビニ行っていい?」
  峻、二人を見つめ、
峻「俺、丹香沢探してくるから、ここから出るなよ」
美由「お昼何にも食べてないの。キリもね…」
峻「外に出て、警察に見つかったらどうすんだよ?」
美由「じゃあさ、帰りなんか買ってきて」
峻「わかった。すぐ戻るから、絶対出るなよ」
  峻、慌てて、部屋を出て行く。
美由「スイートポテトパンとストロベリーヨーグルトにワンタンメン!キリは?」
  希梨恵、不安げな表情。

○ 高架下・駐車場
  スカイラインGT−Rの前にやってくるO。車に乗り込む。
  勢い良くバックし、走り去って行くスカイライン。

○ カスタード車内
  G5の携帯のディスプレイに映る地図のイメージ。発信点を示す点滅が動き始める。
  ディスプレイを見るH。

○ 公園
  滑り台やブランコで大きな声を上げながら遊ぶ子供達。
  小さな池の柵の前に立っている宏也。動揺した面持ち。
  宏也の後方で聞こえる男の声。
Oの声「お待たせ」
  ハッと振り返る宏也。目の前にOが立っている。
O「びっくりしたよ。いきなり連絡してくるから…」
  O、柵に両肘をかけ、池の上に浮かんでいる白い鴎を見つめる。
O「警察に捕まったんじゃなかったっけ?どうやって逃げたの?」
宏也「よくわからないんですけど、変な奴らが警察署の中に潜り込んできて…俺を…」
O「変な奴ら?どんな奴ら?」
宏也「ちょっとマニアっぽいおじさんと、赤いコスチュームつけた女です…」
  O、怪訝な面持ち、
O「赤いコスチューム…ね…」
宏也「次は、うまくやりますから…」
O「もういいよ。今度は、違う事やってもらうから」
宏也「違う事って?」
  O、不敵な笑みを浮かべ、
O「もっと面白い事だよ」
  O、スーツのポケットから青色の携帯を出し、宏也に渡す。
宏也「これ…俺のじゃ…」
O「ごめん。君の携帯、この間失くしちゃったんだ。だから代わりに新しいのを用意した」
  宏也、携帯を見つめ、
O「気に入らないなら、別のと取り替えてくるけど…」
宏也「いいです、これで…」
O「そう。気にいってくれて良かった」

○ 公園・駐車場
  入口付近のスペースに立ち止まるカスタード。
  車から降りるH。ワイン色のシルクシャツと黒のジーパン姿。眼鏡をかけている。
  中央付近に止まっているスカイラインGT−Rに近づいて行く。
  奥にある階段の方を見つめ、立ち止まるH。
  Oが階段を下りている。
  H、踵を返し、逆の方向へ歩き始める。
  スカイラインの前に駆け寄ってくるO。車に乗り込む。
  激しくエンジンを唸らせ、走り出すOの車。Hのそばを横切り、走り去って行く。
  車を見つめているH。

○ 住宅街・路地
  走る峻。交差点の真ん中で立ち止まり、辺りを見回している。
  峻、左の方向からやってくるパトカーに気づき、近くにある自販機の前に立ち、ジュースを買う振りをする。
  通り過ぎて行くパトカー。
  峻、パトカーを見つめ、
峻「あいつ、また檻の中にいるんじゃないだろうな…」

○ とある雑居ビル3Fリビング
  冷蔵庫を開ける美由。中には、何も入っていない。美由の腹が鳴る。
  ソファで横になる希梨恵を見つめる美由。
美由「ねぇ、やっぱコンビニ行ってくる」
希梨恵「あんた、ヒロの事、心配じゃないの?」
美由「心配だけど…ああ、こんな事なら強盗した時おやつも一緒に盗んどけば良かった」
  テーブルに置いている希梨恵の携帯が鳴る。
  電話に出る希梨恵。
希梨恵「もしもし…ヒロ?」
  起き上がる希梨恵。

○ 駅前・公衆電話
  激しく行き交う人々のそばで受話器を握る宏也。
宏也「ごめん、黙って出て行って…」
希梨恵の声「また、何かやらかす気?」
宏也「…何決め付けてんだよ?」

○ とある雑居ビル3F・リビング
希梨恵「強盗する前もかけてきたよね。私の携帯に…」
宏也の声「…」
希梨恵「私達さ、あんたのところに行きたかったから、コンビニ強盗やったんだよ」
宏也の声「誰がそんな事頼んだよ…」
希梨恵「どこにいるの?」

○ P―BLACK本部・地下G2Aオフィス
  黒い壁に覆われたシックな部屋。
  仕切りのすりガラスの向こうに、黒い椅子に座る男の後ろ姿が見える。
  スキンヘッドの男、暗号名『G2A』。
G2A「Oの居場所は、掴んだのか?」
  すりガラス前に立っている霞。
霞「さっき、Hから連絡がありました。奴の車を尾行中です」
G2A「奴は、我々の任務遂行規約を無視した。第16条第3項の反逆行為に相当する。
 昨夜、重要機密議会を開き、議論した上で結論が出た。今すぐHに伝えろ。Oをすみやかに抹殺せよと…」
  唖然とする霞。

○ とある雑居ビル3F・リビング
  部屋に入ってくる峻。しゅんとなりながら辺りを見回す。
  希梨恵達の姿がない。
  峻、呆然と立ちすくみ、
峻「終わった、俺…完全に終わった…」
  峻、跪き、がっくりと俯く。

○ 都内・市道
  走行するOの車。その後方、二台の車を挟んで、カスタードが走行している。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  ホルダーに置かれているHの携帯の着信音が鳴る。
  H、携帯の「通話」のボタンを押す。
H「はい」
霞の声「俺だ。G2AからOの抹殺指令が出た」
H「どう言う事です?」
霞の声「任務遂行規約の反逆行為と判断されたんだ」
H「少し時間をください。丹香沢が消えたんです。Oが彼の居所を知っているかもしれません」
霞の声「あの男のミスか?」
H「いいえ…私です」
霞の声「妙なかばい盾をすると、早死にするぞ」
H「私のミスです」
霞の声「…わかった。一時間後にもう一度連絡する」
  電話が切れる。
  険しい表情のH。

○ とある雑居ビル3F・リビング
  床に大の字になってぐっすり寝むっている峻。
  暫くして、携帯の着信音が鳴る。
  ハッと起き上がり、ディスプレイを見つめる。
  峻、思わず嘔吐く。気分を落ち着かせ、一息つくと、電話に出る。
峻「(上擦った声で)もしもし…」
Hの声「丹香沢、見つけたの?」
峻「近くを探したんだけど…駄目だった…」
Hの声「今どこ?」
峻「いつもの部屋だけど…」
Hの声「そこで待機してて」
峻「あぁぁ、H…言い忘れてた事あるんだけど…」
Hの声「何?」
峻「…後で買い出しに行こうと思ってるんだけど、何プリンにしようか?」
Hの声「…」
峻「いや…ついでだからと思って聞いたんだけど…別に、聞き流してくれても…」
Hの声「…プリンアラモード」
  電話が切れる。
  峻の額から汗が滲み出ている。
  峻、ハンカチで汗を拭い、
峻「殺される前に、あいつらを見つけ出せばいいだけじゃん…何テンバってんだか…」
  しかし、内心焦りまくりの峻。立ち上がり、部屋を飛び出して行く。

○ ショッピングモール2F
  ブティックやレストラン、喫茶店などたくさんの店が並んでいる通り。
  エスカレーター前の休憩所のベンチに座る宏也。コーラを飲み干し、空き缶をゴミ箱に押し込む。
希梨恵の声「ヒロ!」
  宏也の前に駆け足でやってくる希梨恵と美由。美由、ホットドックを頬張っている。
  立ち上がる宏也。
宏也「わざわざ来るか…」
希梨恵「あんたが悪いんでしょ?」
美由「そうそう、一人で逃げるから」
宏也「別に逃げたわけじゃないって…なんか、あの部屋いると落ち着かなくて」
希梨恵「あの人達の事、信用できないの?」
宏也「お前ら気持ち悪くないのかよ?正体不明なんだぜ?」
希梨恵「でも、あの人達いなかったら、私達ずっと檻の中だったんだよ?」
宏也「だったら、早く帰れよ」
希梨恵「ねぇ、ちゃんと話してよ。誰に頼まれて強盗やったの?」
宏也「誰にも頼まれてないって言っただろ」
希梨恵「わたしんちであの打ち上げ花火見た後だよ、あんたが変になったの…」
宏也「また、それかよ。しつこいな」
  美由、コンビニの袋の中のピザを取り出し、宏也に差し出し、
美由「これ食べる?」
  宏也、美由の後方を見つめる。
  通りを歩く二人の警官。横切って行く。
  動揺する宏也。
宏也「デブるぞ、おまえ」
  宏也、二人のそばから立ち去って行く。
  追いかける二人。
希梨恵「どこ行くの?」
宏也「トイレ。お前らここで待ってろ」
希梨恵「私たちも行く」
宏也「馬鹿。ついてくんな」
  立ち止まる二人。
  通りに出て、雑踏に紛れ込んで行く宏也。
  不安げな表情の希梨恵。

○ 繁華街・テナントビル前
  歩いているO。
  ビルの入口に入る。
  入口の前に近づくH。

○ テナントビル1F・エレベータ前
  ドアの前にやってくるH。
  ドアの上にある階数表示のランプを見つめる。
  『4』のランプが光ったままになっている。

○ 同4F・漫画喫茶・3号ルーム
  床に寝そべり、あぐらをかいて漫画雑誌を読んでいるO。あくびをする。
  携帯の着信音が鳴り響く。
  携帯に出るO。
O「はい」

○ ショッピングモール・立体駐車場3F
  並んで止まっている車の前を歩く宏也。携帯で話している。
宏也「例の場所に来ました。紺色でしたっけ?」

○ テナントビル4F・漫画喫茶・3号ルーム
O「そうそう。紺のセドリックね。さっき画像見せたけど、どんな形か覚えてるよね?」
宏也の声「はい。でも、見当たらないです」
  O、左の手首につけている腕時計を見つめ、
O「いや…時間的には、間違ってないはずなんだけどね…家族そろって買い物に
 着てるはずだから。もうちょっと探してみて」

○ ショッピングモール・立体駐車場3F
宏也「わかりました…」
  携帯を切る宏也。

○ 駅前・歩道橋
  急ぎ足で階段を下りている峻。
  通りに出て、立ち止まり、周囲を歩く人々を覗き込んでいる。
  峻の背後に近寄る女の影。
女の声「あの…」
  ハッと振り返る峻。
  峻の目の前に立っている前原 美智(23)。
峻「あれ…確か前にHと…」
美智「こんなところで何してるの?」
峻「ちょっとね…君は?」
美智「仕事で、向かいのビルに花を届けに」
峻「そうだ…二人連れの女の子見なかった?一人は、茶髪で、オレンジ色のパーカー着てて
 背は、小柄、もう一人は、クリーム色のつなぎみたいなの着ててさ、髪長い子…」
美智「そういう子って結構見かけるから…」
峻「そっか…」
美智「もしかして、Hの仕事手伝ってるの?」
峻「そうなんだよ…それがさ、ちょっとまずい事になっちゃっててさ」
美智「私も手伝おうか?」
峻「マジで?でも、仕事中だろ?」
美智「今日の配達は、さっき終わったし」
峻「人手が多いほうがいいもんな。助かるよ」
  携帯の着信音が鳴る。
  峻、スーツのポケットから携帯を出し、ディスプレイを見つめる。怪訝な表情で電話に出る。
峻「もしもし?」
希梨恵の声「何してんの?」
  峻、希梨恵の声だと気づき、
峻「…なんで俺の携帯の番号?」

○ ショッピングモール・2F休憩所
  立っている希梨恵と美由。希梨恵、携帯を持ち、話している。
希梨恵「ヒロがまたなんかやろうとしてる」
峻の声「何を?」
希梨恵「わからないけど、さっきまでここにいたの。でも、またどこかに消えちゃったんだよ…」

○ 駅前・歩道橋前
峻「…2Fの休憩所?よし、今度は、絶対動くなよ!」
  峻、携帯を切る。
美智「どうしたの?」
峻「探してた子見つかった」
美智「どこにいたの?」
  峻、話し出そうとするが、口を止め、
峻「ごめん、やっぱ俺一人で行くよ。じゃ」
  峻、走り出し、雑踏の中に消えて行く。
  表情を曇らせる美智。

○ ショッピングモール・立体駐車場4F
  ずらっと並ぶ車の前を歩く宏也。
  宏也、左奥に止まる車を見つめ、立ち止まる。
  左奥から二列目に紺色のセドリックが止まっている。
  息を呑む宏也。ジャンパーのポケットに忍ばせている折り畳みナイフを出す。光る刃。

○ テナントビル4F・漫画喫茶・3号ルーム
  コミック本を読んでいるO。へらへら笑っている。
  扉が静かに開く。
  O、扉口のほうを見つめる。Hが立っている。H、険しい顔でOを見ている。
  O、怪訝な表情を浮かべ、
O「あれ、さっき延滞金払ったはずだけど…」
H「…」
O「店員さんじゃないの?もしかして部屋間違えてる?」
H「間違えたのは、あなたのほうよO…」
  O、起き上がり、怪訝な表情でHを見つめる。
O「何で俺のコードネームを知ってる?」
H「P―BLACKからあなたに抹殺指令が下った」
  ほくそ笑むO。
O「あのジジィ、まだ、PBのトップに居座り続けているのか」
H「一年前まで、G2Kが肩入れをするほどの優秀なエージェントだったと聞いてるわ。
 どうして、裏切ったの?」
O「派遣先でいろんな人間と仲間になって、考えたのさ。結論は、この仕事は、割に合わない。
 今は、別の生き方をするためのお試し期間だ」
H「悪人の仲間?ミイラ取りがミイラになったって事?」
O「難しい言葉を知ってるな」
H「馬鹿にしてるの?」
O「で、君が抹殺指令の執行人ってわけ?」
  Hの体が赤い光を放つ。赤いスーツ姿に変身するH。
  H、アームシェイドからフックつきのワイヤーを発射する。
  ワイヤーがOの体に絡みつく。両腕と胴体をきつく縛り上げられるO。しかし、無表情。
  ワイヤーを切り離すH。
H「丹香沢は、どこ?」
O「教えたら、殺すんだろ?じゃあ、教えない」
  H、アームシェイドの銃口をOに向け、
H「腕と足、お尻にあそこ…どこからでもいいのよ」
  O、Hのアームシェイドをまじまじと見つめ、
O「なんか凄いの持ってるね。何の玩具?」
  H、Oの胸倉を右手で掴み、Oの体を持ち上げる。
  驚愕するO。
O「華奢なのに…力持ちだね…」
H「無理しなくていいのよ」
O「胸が苦しい…降ろしてくれ」
  H、手を離す。その場に倒れるO。
  O、倒れた瞬間、すかさず、足でHの両足を蹴り払う。仰け反り倒れるH。
  腕の裾に忍ばせていたレーザーナイフを取り出し、ワイヤーを一瞬で切り刻む。
  ワイヤーを払い除け、透かさず、Hに短銃を向け、撃ち始めるO。
  Hの左胸に銃弾が当たるが火花を上げて、跳ね返っている
  何度も撃ち続けるO。
  しかし、弾丸は、跳ね返っている。
  O、銃口をHの頭に向け、引き金を引く。
  H、アームシェイドの両側の白い翼を広げ、翼を盾にし、弾を跳ね返す。
  苦汁の表情を浮かべるO。
O「撃つだけ無駄だな。なら…」
  O、スーツのポケットから、草色の球をHに投げつける。
  Hの上で破裂する球。紫色の煙が部屋の中に広がる。
  O、煙の中を駆けて、部屋から出て行く。
  
○ ショッピングモール2F・休憩所
  駆け込んで来る峻。立ち止まり、息切れしている。
  辺りを見回す。ベンチに座る白髪の老人。怪訝な表情で峻を見ている。
峻「動くなよって…言ったのに…もう、あいつら…」
  
○ 同・立体駐車場4F
  子供を抱いた男と女が寄り添って歩いている。セドリックに近づいてくる三人。
  男、リモコンキーのボタンを押し、車のキーを開ける。
  子供を女に預ける男。女、子供を抱き、後部席に乗り込む。
  運転席のドアを開ける男。その時、後ろから宏也の声が響き渡る。
宏也の声「西谷バイオテック開発課部長の永木達彦ってあんた?」
  振り返る男。車の後ろに隠れていた宏也。
  立ち上がり、姿を現す。
男「なんで僕の名前を知ってるんだ?」
  男は、永木達彦(46)。
  宏也、ポケットの中のナイフを出そうとする。その時、遠くから女の叫び声が聞こえる。
希梨恵の声「ヒロ!」
  動きを止める宏也。
  希梨恵と美由が近づいてくる。
  宏也、永木の首に腕を回し、喉元にナイフを突き立てる。
  車の中で様子を見ている女。子供を抱きしめ、恐れ慄く。
宏也「来るな!」
  立ち止まる希梨恵達。驚愕している。
希梨恵「強盗の次は、殺人犯になる気なの?」
宏也「おまえらのためにやってんだぞ。余計な口出しすんな!」
  愕然とする二人。
希梨恵「どう言う事だよ。ちゃんと説明しろよ」
宏也「うるせぇ」
  宏也、永木の耳元で呟く。
宏也「つまらないことしたら、刺すぞ」
  宏也、永木を連れて、スロープの坂を上り始める。
  呆然と立ちすくむ二人。
美由「ねぇ、なんで?ヒロ、なんであんな事すんの?」
希梨恵「あいつ、誰かに操られてる。あの打ち上げ花火の時、何か見たんだ…」
  宏也達の後を追って走り出そうとする希梨恵。その時、携帯が鳴る。

○ 同・3F
  まばらに歩く人々の隙間を駆け抜けている峻。
  携帯を持ち話している。
峻「動くなって言っただろ?」
希梨恵の声「あんたが遅いからじゃん」
峻「場所は?」
希梨恵の声「4階の駐車場…ヒロがおじさんにナイフ突きつけて、どこかへ移動してる」
  峻、手前にあるエスカレーターを駆け上がる。
峻「どっちへ移動してる?上か下か?」
  受話口からノイズが聞こえ始める。希梨恵の声は、聞こえるがはっきり聞き取れない。
峻「…ああ、もうこんな時に」

○ 同・立体駐車場・屋上
  スロープを駆け上がってくる宏也と永木。
永木「何が目的でこんな事するんだ?」
宏也「あんたを殺さないと、俺達が殺されるんだよ」
永木「誰が私の命狙ってる?」
宏也「それは、言えない」
永木「ちゃんと話せ。悪いようにはせん」
宏也「もう大人なんて、誰も信用できるかよ…」
  立ち止まる二人。
  宏也、永木の首にナイフの刃を当てる。
  数台の客の車が二人の前を通り過ぎている。
宏也「恨みはないけど…じゃあな」
  その時、宏也の前に希梨恵が迫ってくる。
  希梨恵、宏也の腕を掴み、ナイフを取り上げる。
宏也「何すんだよ、馬鹿!」
  永木、隙を狙って走り出す。逃げる永木に気づく宏也。追いかけようとする。
希梨恵「ヒロ!」
  希梨恵、ナイフの先を自分の喉元に向ける。
宏也「ふざけんなよ…」
  後ろから美由、そして、峻が近づいてくる。立ち止まる美由と峻。
美由「キリ…」
峻「おい、やめとけよ」
  希梨恵、峻を見つめ、
希梨恵「うるさいよ、タコ」
  口を曲げる峻。
峻「タコって…」
希梨恵「ちゃんと話して。話さないと、死ぬよ」
宏也「おまえちで花火見た日、俺見たんだ。誰かが男に撃たれて殺されたのを…
 次の日、学校の前で待ち伏せされてさ、携帯取り上げられて、お前達が映ってるムービーを見られたんだ」
希梨恵「なんでもっと早く言わなかったんだよ」
宏也「だから何回も言ってるだろ、お前らが殺されるって…」
峻「あのさ、俺達が守ってやるって言ってるのに、どうして君達は、言う事聞かないかなぁ…」
宏也「じゃあさ、あんたがあの男、殺してくれよ」
峻「えっ?」
  宏也、携帯を出し、
宏也「今から連絡して、呼び出すから」
峻「べ、べつに殺さなくたって、普通に捕まえりゃあ言いだけの話じゃないの?」
  希梨恵、ナイフを下ろす。
希梨恵「普通に捕まえてよ」
美由「約束だよ。嘘ついたら、ここから突き落とすからね」
  宏也、携帯の電源を入れ、ボタンを押す。
  平然を装う峻。内心、動揺している。
峻の声(N)「最悪…そんなこと俺ができるわけねぇ…誰だよ男って、うざいなぁ…うわ、もう、
 早く来てくれ、エイチ…」
  宏也、携帯で話し出す。
宏也「あっもしもし…」
Oの声「どう?うまくいった?」
宏也「逃がしました…」
Oの声「ちゃんと追跡したの?」
宏也「いいえ…」
Oの声「えー、やる気ないじゃん」
宏也「すいません」
Oの声「今、どの辺にいるの?」
宏也「駐車場の屋上です…」
Oの声「そこで待ってて。すぐ行くから…」
  その時、激しいエンジン音を鳴り響かせ、物凄いスピードでスロープの坂を駆け上がってくる
  OのスカイラインGT−R。
  宏也、車の運転席のほうを見つめ、驚愕する。
宏也「おい、皆、伏せろ!」
  希梨恵、車に気づき、美由をかばうように抱きしめる。
  その場にしゃがみこむ峻。
  希梨恵や峻達のそばを横切るスカイライン。 宏也の前に迫っている。
  O、運転席のドアの窓を開け、銃を構える。宏也に銃口を向ける。
  呆然と突っ立つ宏也。
  車が宏也の前を通る。
  不気味に薄笑いを浮かべ、銃の引き金を引くO。
  その瞬間、宏也の前に現れ、アームシェイドの翼を広げるH。
  翼で弾丸を跳ね返している。
  峻、顔を上げ、Hを見つめ、安堵の表情。
  手前に立っている希梨恵と美由に声をかける。
峻「おい、こっちこっち。早く…」
  二人、峻と共にスロープの坂を駆け下りて行く。
  Hを睨み付けるO。
  H、アームシェイドの水平二連の銃口を車のタイヤに撃つ。
  右側の前輪と後輪のタイヤが撃ち抜かれ、パンクする。
  立ち止まる車。車から降りるO。銃を構えながら歩き出す。
O「何でこの場所がわかった?」
  H、宏也を逃がし、Oと向き合う。
H「あなたの車に発信器がついてるからよ」
  立ち止まるO。
O「そうか…これで、君が漫画喫茶に来れた理由も理解できた。協力者がいるな?」
  アームシェイドの銃口をOに向けるH。
H「子供を暗殺者に仕立てるなんて…やはり、あなたを生かしておくわけには、いかない」
O「僕を殺したら、西谷バイオテック工業とある海外企業の裏取引の情報を聞き出せなくなるぞ」
H「裏取引…?」
O「僕が日本に戻ってきたもう一つの理由さ。奴らの裏取引に政界のある人物が噛んでいる事を
 知って、調べていたんだ」
  H、怪訝な表情でOを見つめる。
O「嘘だと思うなら、西谷バイオテックを調べてみるといい。取り引きの裏で、
 何人かの人間が犠牲になっている」
H「銃を捨てて、地面にうつ伏せになって。それができるなら、あなたを信用するわ」
  O、ほくそ笑みながら、持っている銃を捨て、跪き、地面にうつ伏せになって寝転ぶ。
  H、右腕を下ろし、Oに近づいて行く。
  その時、Hの後ろの駐車スペースに止まっていたシルバーのワゴンが動き出す。
  車の列の合間を縫って走るワゴン。ターンして、H達の前に近づいてくる。

○ ワゴン車内
  ハンドルを握る男の手。
  男、フードのポケットから、小型の黒いリモコン装置を出し、ボタンを押す。

○ 同・立体駐車場・屋上
  突然、立ち止まるH。痙攣を起こし、体を激しく震わせている。
  眼と口を大きく開き、固まっているH。
  声を発そうとしているが出せずにいる。
  近くに止まる車の陰に屈んで、様子を窺っている峻。Hの異変に気づき、思わず立ち上がる。
  OとHの間をさいて、立ち止まるワゴン。
  Oの目の前で、ワゴンの後部側のスライドドアが開く。
  車内から聞こえる男の声。
男の声「早く乗れ!」
  O、怪訝な表情を浮かべながら、ワゴンに乗り込む。
  ドアを閉め、立ち去って行くワゴン。
  スピードを上げ、スロープの坂を駆け下り、姿を消す。
  峻、駆け出し、Hのそばにやってくる。
  Hの両肩を掴み、
峻「H!、しっかりしろ!」
  痙攣が治まる。
  H、気を失い、前のめりに峻に倒れ掛かる。
  Hを抱き止める峻。
峻「H…」

○ 同・3F
  スロープを下りてきて、車の列の前を勢い良く通っているワゴン。

○ ワゴン車内
  後部席のシートに座るO。
  怪訝な表情でバックミラーに写るドライバーの男の顔を見つめている。
O「僕の素性をよくご存知のようですね」
  バックミラーに写るドライバー。フードを被り、口元しか見えないが声でG5である事がわかる。
G5「よーく知ってるよ。骨の髄まで…」
  薄笑いするG5。

○ とある雑居ビル3F・リビング
  ソファで横になっているH。
  暫くして、目を覚ます。起き上がるH。
  辺りを見回す。
H「…なんでここに」
  入口の扉が開く音がする。
  中に入ってくる峻。左手にコンビニの袋を持っている。
峻「やっと、お目覚めか」
  H、不機嫌そうに顔を歪め、
H「あなたがここまで運んだの?」
  峻、冷蔵庫の前に行き、扉を開けている。
  袋の中のプリンを冷蔵庫の中に入れ始める。
峻「あの三人も手伝ってくれた。駐車場の下まで運んで、タクシーで戻ってきたんだ。大変だったんだぞ。
 そのスーツ、意外と重い」
H「カスタードは?」
峻「どこに止めてあんのかわからなかったから…」
  峻、プリンアラモードをのカップをHに見せ、
峻「食べる?」
  H、立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
峻「どこ行くんだよ?」
H「本部に戻る。早く報告しないと…」
  H、前を見つめ、立ち止まる。
  霞が部屋の中に入ってくる。
  霞を見つめる峻。
霞「ずっと連絡を待っていたんだぞ」
H「申し訳ございません」
霞「Oを捕まえたのか?」
H「いいえ…」
霞「どう言う事だ?」
峻「捕まえようとしたら、Hの体がおかしくなったんです」
霞「本当か?」
H「突然、激しい痙攣が起きて、身動きが取れなくなってしまって…」
峻「Oは、駐車場に止まっていたワゴンに乗って、どこか消えました」
霞「ワゴン?」
峻「ショッピングモールの屋上に止まっていたんです。俺達が来る前から…」
霞「そのワゴンを運転してる奴の顔を見たか?」
峻「あ…Hに気を取られてたんで…」
霞「本部には、私から報告しておくが、後でお前にも来てもらうぞ」
H「はい。Oから一つ気になる情報を得ました。後でメールで本部に伝達しておきます」
霞「俺の携帯にも転送してくれ」
  霞、部屋を出て行く。
  H、ソファに座ると、テーブルにあったプリンアラモードのカップを開き、
H「スプーン」
  峻、コンビニの袋の中からプラスチックのスプーンを取り出し、Hに手渡す。
  H、ガツガツと食べ始める。
峻「気になる情報って、何の事?」
H「調べが終わったら話す」
  H、食べ終わり、
H「次…」
  峻、呆気に取られ、また、冷蔵庫を開ける。

○ 山の中腹・森の中(夕方)
  薄暗い闇の中、木々の間を歩くG5。その後ろを歩くO。
O「こういう場所に連れてくるなら、先に言っといてもらわないと…」
  目の前でたかっている蚊を手で払うO。
G5「奴らに刺されるより、ずっとマシだろ」
  O、右手の甲を左手の爪でかき始める。
O「虫にも暗殺者にも刺されるのは、嫌です」
G5「虫も若い血を欲しがるんだな。私には、ちっとも寄ってこない」
O「羨ましいですね。子供の頃から、狙われっぱなしですよ。母がよく薬を塗ってくれた」
G5「良い思い出じゃないか。私には、そんな思い出は、全くない…」
O「そろそろ教えてくれませんか?あなたは、誰なんです?」
G5「車の中で話した通りだ」
O「P―BLACKのはぐれものである事には、違いないでしょうが、正直言って、不気味ですよ」
G5「暗殺者でも恐れるものがあるのか?」
O「僕は、暗殺者じゃない…暗殺者に狙われている可愛そうな男です」
  O、今度は、首筋を爪でかく。
O「ほら、また…」
  木々を抜け出て、草原の前で立ち止まる二人。
  G5、屈んで、地面の土を払い始める。
  暫くして、土の中からガラスのケースの一部分が露出する。
  ガラスの奥で氷づけされた女の顔が見える。
  ショートの黒髪。面長の美人。
  O、女の顔を見つめ、
O「綺麗な人ですね。知り合いですか?」
G5「妹だ。二十五年前に死んだ」
O「氷づけにして、ずっと保存していたんですか?こんなところに…」
G5「P―BLACK内部に妹を殺した奴がいる…」
O「僕じゃないですよ…まだ、ゲームウォッチして遊んでるガキでしたし…」
G5「犯人探しを手伝って欲しい」
O「冗談でしょ?僕は、奴らに命を狙われてる身ですよ」
G5「私がバックアップする」
O「でも、あの若い子…PBのホープなんですかね、腕にえぐい武器ぶらさげて。
 苦手ですね、ああ言うの…」
  失笑するG5。
G5「Hの事か。心配するな…」

○ 住宅街・市道
  夕陽を浴びながらスピードを上げ、走行するカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握る峻。助手席に座るH。
峻「危うく駐禁食らうところだったな。今厳しいんだから、2時間も店の前にほったらかして、
 食らわなかったのは、奇跡…」
  H、思いつめた表情。
  峻、Hの様子を見つめ、
峻「顔色悪いけど…」
H「あの時起きた事…覚えてる?」
峻「あの時って?」
H「私がOを捕まえようとした時の事…」
峻「びっくりした。震えた後、凍ったみたいにがちがちに固まっちゃってさ…時間が止まったみたいに…」
H「体の中に突然強力な電気が突き刺さったみたいな…呼吸もできなくて、死にそうだった…」
峻「プリンの食い過ぎ?…」
H、峻を睨み付ける。
  峻、気まずそうに顔を歪める。
峻「…じゃないわ、たぶん」
  H、漫然と右腕のアームシェイドを見つめる。

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング(夜)
  コンクリート仕立ての静かな空間。
  お菓子をボリボリ食べながら、ひまわりの絵を見ている美由。
  ソファに腰掛けている希梨恵。コーヒーを啜る。
  その隣のソファに座っている宏也。
  宏也、落ち着かず、そわそわしている。
  宏也の様子を見つめる希梨恵。
希梨恵「どうしたの?」
宏也「いや…ちょっと、鏡見てくる」
  希梨恵、宏也を睨む。
希梨恵「もう、そんな手に引っかからないから」
宏也「いや、マジで行きたいんだって」
  遠くから美智の声が聞こえる。
美智の声「そこの通路の突き当りを左に曲がったところにあるよ」
  二人の前にやってくる美智。
  宏也、立ち上がり、希梨恵の様子を窺いながら、歩き去って行く。
宏也「マジだから…」
  立ち去る宏也。
  希梨恵に話しかける美智。
  美智、テーブルの前にあるスクリーンに映像を映す。
  16分割されたマルチ画面。監視カメラの映像が映し出される。
  画面を見つめ、呆気に取られている希梨恵。
  右隅の画面に廊下を歩いている宏也の後ろ姿が映る。
美智「大丈夫、これでチェックすれば」
  美由がスクリーンの前にやってくる。
美由「すげぇ。昼間いた部屋とは、大違い」
  階段を下りてくるH。
  美智、Hに気づき、近づいて行く。
  H、辺りを見回し、
H「丹香沢は?」
美智「トイレに行ってる。ちゃんと監視してるから大丈夫」
H「こんなこと頼んでごめんなさい」
美智「気にしないで」
  希梨恵、Hと顔を合わす。
希梨恵「ありがとう、あいつ助けてくれて」
H「あの男が見つかるまで、しばらくここにいて。今度勝手に逃げ出したら、命の保証は、できないから」
希梨恵「ヒロにもそう言っとく」
  立ち去ろうとするH。
美智「もう帰るの?」
  立ち止まり、美智と顔合わすH。
H「行くところがあるから…」
美智「あの人も来てるの?」
H「あの人?」
美智「この間、カスタードに一緒に乗ってた男の人…」
H「ええ…」
美智「いつも一緒ね」
H「スパイになったの…訓練中だけど…」
美智「そうなんだ…」
H「あの子達の事、お願い」
  頷く美智。
  階段を上り出すH。
  美智、不満げに顔を曇らせる。

○ 同・店前
  立ち止まるカスタード。
  運転席に座っている峻。シートを倒し眠っている。
  コンソールの携帯用ホルダーに入れられたままのG5の携帯。ディスプレイが不気味に光り、
  異様な点滅を繰り返している。

○ 郊外・市道
  真っ直ぐな道を加速するスカイラインGT−R。
  ヘッドライトが光る。

○ スカイラインGT−R車内
  ハンドルを握るO。
  流れる激しいロック。
  歌いながら、コンソールのモニターに映る地図を見つめるO。
  地図の真ん中にカスタードの位置を示す赤い点滅が表示されている。
  ほくそ笑むO。
  ボーカルの声に合わせてシャウトし、さらにアクセルを踏み込む。
  激しく唸るエンジン。
 
                                                   ―THE END―

≪≪CODENAME:H→→3「くつろぐ亡霊」 CODENAME:H→→→←5「古井戸のスパイ」≫≫ 戻る