『CODENAME:H→→→←5』 「古井戸とスパイ」 作ガース『ガースのお部屋』


○ フラワーショップ『ザイダ』前(夜)
  店の前に止まる黒い軽自動車・カスタード。

○ カスタード車内
  運転席のシートを倒して眠っている高部峻(22)。
  外から響く不気味な足音。
  運転席の窓の前に立ち止まる青いスーツの男。
  窓を覗き込む男。男は、コードネームO(沖永秀二・36歳)。茶色の短髪、無精髭を生やし、
  ふちなしの眼鏡をつけている。
  峻を見つめるO。ほくそ笑む。
  コンソールの携帯用ホルダーに入れられた携帯。ディスプレイの光の点滅を確認するO。

○ フラワーショップ『ザイダ』前
  店をまじまじと見つめるO。
  シャッターが閉まっている。

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
  コンクリートの壁に囲まれた質素な空間。
  ソファに座る沙良谷 美由(みゆ)(16)。茶髪、ショートカット。
  その隣に座る坂崎希梨恵(16)。黒髪のロングヘア。
  正面にあるスクリーンに映るマルチ画面を見つめる二人。
  16分割されたマルチ画面。上から三段目、一番右側の画面に映るトイレ前の映像。
  トイレの扉が開き、中から出てくる丹香沢(にかざわ)宏也(16)。
  宏也、鏡の前に立ち、自分の顔をじっと見つめている。
美由「キリ、見て見て、ヒロ映ってる」
  希梨恵、眠そうな表情で画面を見ている。
希梨恵「あいつ…手洗った?」
美由「まだ…」
希梨恵「癖つけろって言ってんのに…」
美由「いつもそうなの?」
希梨恵「ハンカチ持ってないんだよ、あいつ」
美由「きたねぇ…。やっぱ詳しいね」
希梨恵「何が?」
美由「ヒロマニアだもんね。キリは」
希梨恵「黙れ、タコ」

○ 同・1F店内
  階段を上がってくる赤いコスチュームスーツを身につけたコードネーム・H(木崎メイナ・24歳)。
  通路を歩くH。後ろから聞こえる女の声。
女の声「H!」
  立ち止まるH。振り返る。
  Hの前に駆け寄ってくる前原 美智(23)。
美智「表にいるんでしょ?あの人…」
H「ええ」
美智「じゃあ、中で一緒にコーヒーでも飲まない?Hには、ゼリーを用意するから」
H「ごめん。時間がないの」
美智「昼間、駅前で会ったの。あの人と…」
H「…」
美智「ちょうどあの子達探していて…かなり焦ってたみたいだったから私も一緒に
 手伝うって言ったら、OKしてくれた」
H「…あなたも一緒に探したの?」
美智「でも、その後すぐに連絡があって。居場所がわかったみたいだったから…」
H「美智…前にも言ったけど、あなたには、今まで通りのサポートを続けて欲しいの」
美智「わかってる。だけど、もっと、いろんな事を知りたいの。この店、母さんから受け継いだけど、
 そろそろ閉めようと思ってるの」
H「どうして?」
美智「ここのところずっと売り上げ伸びてないし、花の手入れも思ってたより大変でさ。元々向いてないんだよ、
 こういうの。コンピュータの仕事に戻りたいけど、前の事が引っかかってて…」
H「…」
美智「あの事件さえなければ、母さん死なさずに済んだんじゃないかって思うと…ここの花を見るたびに
 いつもそう言う事が頭を過ぎる…」
H「あなたの悪い癖…」
美智「Hも思い出すでしょ?ひまわりを見るたびに…」
H「…」
美智「Hのお母さんを殺した犯人、見つけましょう。二人で」
H「気持ちだけ頂いておくわ」
  H、踵を返し、立ち去って行く。
  憮然としている美智。

○ 同・表
  シャッターの隣の扉が開く。店から出てくるH。
  カスタードの前に近づいて行く。
  車内を見つめ、立ち止まるH。
  峻の姿がない。
  コンソールのホルダーに置かれた携帯が突然鳴り出す。
  車に乗り込むH。
  店の扉が少し開く。美智、扉の隙間からHの様子を窺っている。

○ カスタード車内
  運転席に座るH。携帯に出る。
H「G5…これは、どう言う事?」
Oの声「G5じゃありません。三回も鳴らしたのに中々出てくれなくてイライラしてたんだ」
  唖然とするH。
H「O…どうしてこの携帯の番号を…?」
Oの声「君の恋人を預かった」
H「…そんなんじゃない」
Oの声「ムキになるなよ。冗談なのに」
H「どうしてこんなことするの?」

○ カスタードの後ろに屈み込んでいる美智
  聞き耳を立てている。
Oの声「充電するの忘れてた。携帯の電源が切れそうだ。とりあえず、昼間会ったところに
 来てくれないかな」
Hの声「…わかった」
  美智、屈んだ姿勢で車のそばから離れる。
  唸るエンジン。タイヤを軋ませながら、急発進するカスタード。
  立ち上がる美智。走り去って行くカスタードを寂しげに見つめている。

○ 繁華街・テナントビル前・全景
  辺りを歩く会社帰りのサラリーマン、OL達。

○ 同4F・漫画喫茶・3号ルーム
  床に寝そべり、あぐらをかいて漫画雑誌を読んでいるO。へらへらと笑っている。
  扉が開く。中に入ってくるH。
  O、気にせず漫画を読み続けている。
H「この部屋、よっほど気に入ったみたいね」
O「さっき、煙で部屋を汚したから、店長に迷惑両を払って許してもらったところなんだ。
 もうここで戦わ気はない」
H「居場所がないなら、良いところを紹介するけど」
O「P―BLACKの拷問室か?遠慮するよ。G5と同じ人生は、歩みたくないしね…」
H「いつからG5と仲良くなったの?」
O「ほら、夕方、ショッピングモールの駐車場の屋上で君とやりあった時、ワゴンが走ってきただろ?」
H「あのワゴンを運転していたの…G5だったの?」
O「そう。あの時、初めて顔を合わした。P―BLACKの創立メンバーだった事は、以前から知っていたが
 一度も会った事なかった。僕に相当興味があるみたいだよ」
H「あいつ、どこへ隠したの?」
O「それは、まだ秘密…」
  H、右腕のアームシェイドを構え、水平二連の銃口をOの顔面に向ける。
O「殺りたいなら早く殺れよ。君の恋人も道連れだ」
  H、Oのそばの床に向け、銃を連射する。
  激しい銃声と共に床にいくつもの穴が開く。
  O、その穴を見つめ、唖然とする。
O「おいおい、修理代は、そっちもちだぞ」
H「どこにいるの?」
  O、ため息をつき、起き上がる。
O「条件がある」
H「何?」
O「西谷バイオテックから奴らが今開発しているハイメディカルコンピュータの情報を引き出す事。
 そして、社長の西谷と開発担当の永木を殺す事…」
  険しい表情を浮かべるH。
O「スパイ成り立ての君には、ちょっと荷が重過ぎるかな?」
H「…成り立てじゃないわ」
O「期限は、明日の夕方6時までにしようか。二人を殺したら、すぐ僕の携帯に死体の写メを送ってくれ。
 それを確認した後、君の恋人がいる場所を知らせる」
H「それ以上言ったら、鼻潰す」
  ほくそ笑むO。

○ とある森の中
  三日月が浮かぶ夜空。
  風で不気味に揺らめく木々の合間にある古井戸。
  古井戸の下から男の歌声が響く。

○ 古井戸の中
  30m下の底。微かな月明かりに照らされている峻。胸の位置までたまっている水の中に立っている。
  大きな声で歌っている。
峻「そらをじゆうにとびたいなぁ…はい、タケコプター…マジで欲しいよ…タケコプター…」
  峻、顔を見上げ、空を見つめる。
峻「体がふやけてきたな…腹減った…」
  水に浸かっているスーツのポケットからグミを取り出す。
  峻、包み紙を取り、グミを口の中に放り込む。
  いきなり奇声を発し、激しく水を打ち立てながら暴れ出す。
  暫くして、動きを止め、力ない表情を浮かべる。
峻「クソ…こんな事になるならもっと死ぬほど、ドラクエやっときゃ良かった…」

○ 国道(深夜)
  二車線の道路。緩やかな坂を走行するカスタード。ヘッドライトを照らし、スピードを上げる。
  そばを走る車を次々と追い抜いている。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  コンソールのデジタル時計を見つめる。
  時間は、『11:43』を表示している。
  トンネル内に入る。
  オレンジ色のネオンの光を浴びているH。険しい表情を浮かべる。

○ 西谷バイオテック工業ビル前
  6F建ての近代的なガラス張りの建物。
  ビルを囲う高さ8m程あるコンクリートの壁のそばに立ち止まるカスタード。
  車から降りるH。
  H、空を見上げ、コンクリートの壁の高さを確認する。
  アームシェイドがついた右腕を上げ、フックつきのロープを発射する。
  フックがコンクリートの壁の上にひっかかる。
  H、ウインチを作動させ、ロープを巻き上げながら壁を登り始める。

○ 同・1F
  鍵のかかった白い鉄製の扉を右腕の力でこじ開けるH。
  中に入り、勢い良く走り出す。

○ 同・監視室
  二人の警備員が監視システムの前に座る。複数のモニター画面を見つめている。
  突然、部屋の中が真っ暗になる。
警備員A「停電か?」
  警備員B、携帯していたライトを右手で掴み、点灯させる。
  警備員B、監視システムの操作卓をライトで照らす。
  ディスプレイの前に座り、キーボードを打ち込む警備員A。しかし、反応がない。
警備員B「駄目だ。おかしいな。自家発電装置にも切り替わらないなんて…」
警備員A「配電盤を確認してきてくれ」
  警備員B、部屋を出て行く。

○ 同・5F通路
  暗闇の中、音を立てず、階段を駆け上がってくるH。
  立ち止まり、暗視装置のついたサングラス(イーバイザー)で辺りを確認している。

○ イーバイザーの暗視映像
  緑色の映像。微かに通路が確認できる。
  走り出すH。
  ある扉の前で立ち止まる。
  扉に書かれている『開発課』の文字が映る。

○ 西谷バイオテック工業ビル・5F開発課
  扉を開け、中に入るH。
  イーバイザーで暗闇の室内を見回している。
  横三列に整然と並ぶデスクとその上に置かれている端末。
  H、デスクの狭間を通り抜け、課長デスクの前に立つ。
  デスクの引き出しを開けようとするが、鍵がかかっている。
  H、アームシェイドからキーコントロールの長い針を出し、鍵穴に差し込む。
  暫くして、電子音が小さく鳴り、アームシェイドのパネルの緑色のランプが点滅する。
  引き出しを開くH。中に入っている封筒を取り出す。封筒の中の書類を出し、確認している。
  
○ イーバイザーの暗視映像
  書類の文面が映し出されている。次の書類を出し、目を通すH。
  
○ 西谷バイオテック工業ビル・5F開発部
  イーバイザーに内蔵されているカメラで一枚ずつ書類の文面を撮影しているH。
  引き出しの中に入っているもう一つの封筒を掴むH。
  茶封筒に押された『SECRET』の朱印。
  中の書類を取り出す。細かく描かれた異様な形をした銃の設計図。
  設計図を見つめるH。
  外から響いてくる足音。
  H、設計図の写真を撮ると、封筒にしまい、全ての封筒を引き出しの中に入れ、鍵を閉める。
  天井のライトが一斉に光り出す。
  H、慌てて、机の下に潜り込む。
  部屋に入ってくる警備員C。
警備員C「やっと復旧したか」
  携帯の着信音が鳴り響く。
  警備員C、制服のポケットから携帯を取り出し、
警備員C「あっ、今5階の開発課です…やはり、配電盤が故障ですか。えっ?人為的な原因…
 わかりました。すぐに戻ります」
  警備員C、携帯をポケットからしまい、室内から出て行く。
  立ち上がるH。イーバイザーをはずし、その場から立ち去る。

○ 街を照らす朝陽

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
  ソファで眠る希梨恵と美由。
  その隣の一人掛けのソファに座る宏也。
  欠伸をし、呆然とテーブルの方向を見つめている。
  宏也の前にコーヒーカップを差し出す女の手。宏也、女を見つめる。
  女は、美智。
美智「眠れなかったの?」
宏也「なんか落ち着かなくて」
美智「わかる。私も自分の家が一番落ち着くもん」
宏也「いつまでここにいなきゃならないの?」
  美智、コーヒーカップをテーブルに置く。
美智「何日かかるかわからないけど、Hが必ず捕まえてくれるわ。あなた、
 殺し屋と会った事あるんでしょ?」
宏也「まぁ」
美智「どんな人なの?」
宏也「最初会った時は、そこいらにいる普通のサラリーマンのおっさんって感じだったけど…。
 こえーよな、世の中。あんな普通の顔した奴が殺し屋だなんて。俺もそうなりかけたし。マジヤバだった」
美智「名前は?」
宏也「Oって言ってたけど…」
美智「その人とどうやってコンタクトしてたの?」
宏也「携帯だけど…なんでそんな事聞くの?」
美智「ちょっと興味本位」
宏也「それより、あんたとあの赤いスーツの女の人、一体どう言う関係?」
美智「友達よ…友達」
  美智、笑みを浮かべながら宏也のそばを離れる。
  宏也、憮然とした表情でカップを持ち、コーヒーを啜る。
宏也「あち!」
  
○ 同・キッチン
  中に入ってくる美智。突然、立ち止まり、複雑に顔を歪める。
  後ろから響く物音に気づき、ハッと振り返る美智。
  美智の後ろに立っている宏也。右手にコーヒーカップを持っている。
宏也「コーヒー、零しちゃって…なんか拭くものある?」
美智「あ…」
  美智、流し台にかけてある布巾を取り、宏也に手渡す。宏也、カップを美智に渡し、
宏也「もう一回入れてくれる?」
美智「いいよ」
  カップを受け取る美智。
  宏也、美智の表情を見つめ、
宏也「どっか具合悪いの?」
美智「Hと一緒に行動している人の事、知ってるよね?」
宏也「ああ…なんか頼りなさげな奴ね…高部峻とか言ったっけ。そいつがどうかしたの?」
美智「殺し屋に捕まったみたいなの…」
  動揺する宏也。
宏也「…」
美智「…あ、心配しないで。Hに任せておけば大丈夫だから」
  美智、ガスコンロの上に置いてあるコーヒーサーバーを掴み、カップにコーヒーを注ぐ。
  美智、カップを持ち、振り返るが、宏也の姿がない。
  呆然と佇む美智。

○ とある森林
  木々の揺らぐ音。雀達が一斉に羽ばたき、空の彼方に飛んで行く。
  どこからともなく聞こえるカラスの鳴き声。
  古井戸の上に止まるカラス。しきりに鳴き声を上げている。

○ 古井戸の中
  壁にもたれ、呆然と立っている峻。唇を震わせている。
峻「…井戸の中で一晩過ごすなんて、中々できない経験だよな…きっと現世では、俺ぐらいだろうな…」
  カラスの鳴き声を聞き、上を見る峻。
峻「鳴いてないで、その羽で俺を地上に上げてくれよ!」
  翼をはためかせ、飛び去って行くカラス。
  峻、呆れ笑いをする。
峻「今度、Hに会ったら言わなきゃな…俺の腕にも万能武器を搭載したグローブをつけてくれって…」
  突然、上から何かが落ちてくる。峻の目前を通り、水の上に浮かぶ袋に入ったスナックパン。
  峻、すかさず、パンを掴み、袋を開け貪り食う。
  ハッと上を見上げる峻。
  井戸の底を覗く人影が見える。
  峻、思わず大きな声を張り上げ、手を振る。
峻「おーい!ちょっと!」
  人影、微動だにしない。
峻「まさに天の恵み…!」
  井戸の中に響く男の声。
男の声「君は、どうやら選択を誤ったようだな」
峻「えっ?」
男の声「そこは、地獄への入口だ。まもなく君もその中へ導かれる」
峻「そうなんですよ。昨夜、この井戸に投げ込まれて、一晩ここで夜を過ごしたんです。
 もう地獄の思いでしたよ、どうしようもなく…」
男の声「足元を調べてみろ。君を地獄へ誘う仲間がいるはずだ」
  峻、水の中で足元に落ちている物体を足蹴にして調べている。
  パンを食べ尽くした後、水の中に潜り、その物体を手に取り、水の中から出す。
  峻、手に持った白い物体をまじまじと見つめる。それは、人の頭部の白骨である。
  峻、喚き声を上げ、白骨を放り投げる。
  水の中に沈む白骨。
峻「誰だよ、あんた!」
男の声「ただの通りすがりだ」
峻「だったら、早くここから出してくれよ」
男の声「ここは、Oが重要な情報を握った人間から情報を取るために使っていた、言わば、取調室だ」
峻「取調室?拷問室の間違いだろ!」
男の声「私の質問に正直に答えるなら、助けてやらんでもない」
峻「何でも答えるよ」
男の声「おまえは、P―BLACKのスパイか?」
峻「スパイ未満。今は、試用期間」
男の声「G2Aとつながりを持つメンバーの名前を全て挙げろ」
峻「G2Aって誰?」
男の声「…」
峻「試用期間中の人間がそんな事知るわけないだろ…って、あんた、どうしてP―BLACKの事…」
男の声「残念だが君の力になれそうにない」
峻「ちょっと待って。本当に何も知らないんだよ、P―BLACKがどんな組織で、どこに本部があるのかも…」
男の声「それは、信じてやる。だから、そこで大人しく地獄へ行く準備をしていろ」
  立ち去る人影。
峻「ちょっ、まだ地獄に行く年齢じゃないんだよ!何でもするからさ、ねぇ!」

○ とある森林
  井戸のそばを離れて行く男の姿。フードつきのブルゾンを着ている。男は、G5(木崎満彦・52歳)。
  フードで顔を隠し、少し前屈みの姿勢で歩き去って行く。
  井戸の中から聞こえる峻の喚き声。
峻の声「絶対化けて呪い殺してやるからな!ビデオを見る時は、気をつけろ!」

○ 西谷バイオテック工業ビル前
  出勤する社員達。門を潜り、ビルの入口に向かって歩いている。
  一台の白のジャガーが門を潜り、駐車場のスペースに立ち止まる。
  運転席から降りるドライバーの男。
  後部席のドアを開ける。
  中から出てくる老人・西谷一秋(66)。頭頂部が剥げ、立派な髭を蓄え、茶色のスーツを着込んでいる。
  通用口から三人の警備員達が出てきて、西谷の前に集まる。
  西谷を囲う警備員達。一斉に歩き出す。通用口に向かっている。

○ 同・2F通路
  窓から西谷達の様子を窺うH。黒いスーツ姿、眼鏡をかけている。
  
○ 同・3F会議室
  数百人の社員達が室内に集まり、綺麗に整列している。ざわめいている。
  その中に紛れ込んでいるH。真ん中辺りに立っている。
  天井に設置されているスピーカーから流れる男の声。
男の声「まもなく、西谷社長が来られます」
  ざわめきが一瞬で止む。
  扉が開き、警備員を先頭に西谷が入ってくる。
  演説台に立つ西谷。
  胸元にピンマイクをつけている。
西谷「皆さん、おはようございます」
社員達一斉に「おはようございます!」
  呆気に取られるH。
西谷「我が社で開発を進めている次世代コンピュータの開発プランがまとまりつつあります。
 小さな町工場出身の父が100万円の資本で建てたこの会社も今年で創業32年。IT事業の参入から
 10年目にして、ついに我々の念願だった我が社の技術が、実を結ぼうとしているのです。
 今日も一日、頑張りましょう」
  H、周囲を見回している。
  前の列に立っている開発課部長・永木達彦(46)。
  西谷の隣に立つ面長、眼鏡をかけ、グレイのスーツを着た秘書の男。スタンドマイクの前に立ち、喋り出す。
男「では、社訓を読み上げます。『明日の未来は、今日の努力!』」
社員達一斉に「明日の未来は、今日の努力!」
男「『沸き立つアイデア無駄にせず!』」
社員達一斉に「沸き立つアイデア無駄にせず!」
男「『一に体力、二に創造、三四めげるな、五苦労さん』」
社員達一斉に「一に体力、二に創造、三四めげるな、五苦労さん」
男「以上」
  社員達、一斉に頭を下げる。Hも少し遅れて後に続く。
  演説台を降りる西谷。秘書の男と2人の警備員達と一緒に室内を出て行く。
  社員達、ざわめきながら後ろの出入り口に向かって一斉に歩き出す。
  H、人ごみの中に佇む。Hの目の前を通る永木。
  永木に声をかけるH。
H「永木課長…」
  立ち止まる永木。Hを見つめ、怪訝な表情を浮かべる永木。
永木「見かけない顔だね…失礼だけど、どこの担当の方?」
H「今年から庶務課に配属された山田です」
永木「山田さんか。おかしいな。庶務課には、僕の同僚の飛田課長がいるんだけど、君みたいな綺麗な
 子が入ったなんて、一言も聞かなかったよ」
H「お話したい事があるんです。ちょっとつきあってもらえませんか?」
永木「30分後にミーティングがあるんだ。5分で済むならつきあうけど」
H「十分です」
  歩き出すH。永木、怪訝な表情を浮かべながら、Hの後を追う。

○ 同・2F休憩ルーム
  真っ白な空間。
  窓際に近づくH。窓の外を見つめる。
  永木、テーブルの前で立ち止まり、
永木「座らないか?お茶でも飲もうか?」
  振り返り、永木と向き合うH。
H「あなたが今関わっている開発事業について、お聞きしたい事があるんです」
永木「…庶務課の人間がどうしてそんなことに興味を持つるの?ああ…もしかして、開発課志望だったの?」
H「昨日、あなたの命を狙った少年は、ある男に操られていたんです。男の名は、コードネームO。
 Oは、あなたが今開発中のハイメディカルコンピュータの技術情報を狙っています」
永木「…なぜ、その事を知ってる?」
H「私は、H。Oに依頼されてここに着たんです」
永木「そいつの仲間なのか?」
H「以前は、同じ組織にいました。でも、今は、違います。Oは、私達を裏切り、私の仲間を
 人質にしているんです」
永木「仲間を助けるために、技術情報を提供しろとでも言うのか?」
H「少しだけ、協力してもらいたいだけです」
永木「…ここ数日は、立て込んでいてね。スケジュールをこなさないと、プロジェクトに支障が出てしまう」
H「私が諦めたとしても、Oは、必ずあなたを狙います。ご家族の命も危険です」
  動揺する永木。
H「私を信じてください」
永木「…わかった。じゃあ、ミーティング終わった後で…」
  左手首につけている腕時計を見つめる永木。
永木「11時にうちの旧研究施設のほうに来てくれ。住所は…」
  永木、スーツの内ポケットから手帳を取り出し、白紙のページにペンで文字を書き出す。
  紙を破り、Hに手渡す。
永木「大丈夫だ。必ず行くから心配するな」
H「念のため、携帯の電話番号を教えてもらえますか?」
永木「ああ…いいとも」
  ポケットから携帯を出す永木。
  永木のうろたえた表情を見つめているH。

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
  ソファで眠っている美由。
  美由の肩を掴み、激しく揺らす女の手。
  目を覚ます美由。
  美由の後ろに立っている希梨恵。希梨恵と目を合わす美由。
美由「何よ?」
希梨恵「ヒロがいない」
美由「えっ?」
  美由、スクリーンのマルチ画面を見つめる。各箇所のカメラの映像が確認するがヒロの姿はない。
美由「トイレの中は?」
希梨恵「確認した」
美由「携帯は?」
希梨恵「十回以上もかけたけどつながらない」
  美由、またスクリーンを見つめる。
  真ん中の画面。フラワーショップの店内の様子。美智が店頭に花を並べている。

○ 同・店内
  通路で対峙する美智と希梨恵、美由の二人。
美智「えっ…いつから?」
希梨恵「10分ぐらい前に私が目を覚ました時は、もういなかった」
  美智、レジへ向かって歩き出す。美智の後を追う二人。
  美智、屈んで、レジの下に置いてあるモニターの隣にあるビデオ装置のボタンを操作する。
  テープを巻き戻し、映像を再生する。20分前の16分割されたカメラ映像が映し出される。
  美智、ボタンを押し、映像を早送りする。
  美智の後ろに立つ希梨恵達。モニターをまじまじと見ている。
  美智、早送りを止め、映像を再生する。17分前の映像。裏口のカメラ映像。
  扉を開け、外に出て行く宏也の様子が映っている。
美由「ヒロだ!」
希梨恵「どこにも行かないって約束したのに、何なんだよ、あいつ!」
  美智、動揺した面持ち。立ち上がり、希梨恵達と顔を合わす。
美智「心配しないで。下に戻って」
希梨恵「私、あいつの家見てくるよ」
美智「あなた達も命を狙われるのよ。それを忘れないで。さぁ…」
  美智、二人を階段の方に連れて行く。
  二人、ふくれっ面で階段を下りて行く。
  憂いの表情を浮かべる美智。
  慌てて、レジのところへ行く。
  レジのドロアを開け、右隅に置かれている黒い携帯を取り出す。
  携帯の電源を入れる美智。

○ 国道
  住宅街の通りを走行する白いクラウン。
  鳴り響く着信音。

○ クラウン車内
  ハンドルを握る黒いスーツを着た男・霞(かすみ) 良次(45)。
  霞、スーツのポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを確認する。
  ディスプレイに番号が表示されない。
  怪訝な表情を浮かべる霞。
  霞、ヘッドマイクをつけ、コンソールの携帯用ホルダーに携帯を差し込み、「通話」ボタンを押す。
霞「こちらK3…」
  スピーカーからが聞こえるボイスチェンジャーで変えられた低い声。
声「Hが危険だ。すぐに探せ」
霞「…誰だ、君は?」
声「ずべこべ言わず。早く探せ」
霞「この携帯の番号をどこで知った?」
  携帯が切れる。
  憮然とする霞。

○ フラワーショップ『ザイダ』・店内
  携帯につけていたボイスチェンジャーを取り外し、エプロンのポケットにしまう美智。
  胸元で携帯を握り締める。
  レジのドロアの中に携帯をしまう。
  呆然とする美智。

○ 郊外・市道
  長く続くカーブを勢い良く走るカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  鳴り響く携帯の呼び出し音。
  H、ポシェットから携帯を出し、ディスプレイを確認すると、電話に出ず、また、ポシェットにしまう。

○ クラウン車内
  携帯を鳴らし続ける霞。
  神妙な面持ち。

○ テナントビル4F・漫画喫茶3号ルーム
  床に寝そべり、単行本を読んでいるO。
  へらへらと笑っている。
  携帯の着信音が鳴る。
  O、目の前に置いてある携帯を掴み、ディスプレイを確認する。
  唖然としながら、携帯に出る。
O「…あれ、どうして?」

○ 駅前・コンコース
  まばらに歩く人々。
  巨大な通路の隅に立つ宏也。携帯で話している。
宏也「良かった…まだこの番号使えたんだ」
Oの声「そう言えば、番号を変えるのを忘れてた。誰かに喋ったか?」
宏也「喋るつもりでしたけど、向こうが忙しそうだったから」
Oの声「何の用かな?」
宏也「ちょっと聞きたい事があって。高崎峻って言う人の事で」
Oの声「誰?」
宏也「とぼけないでくださいよ。誘拐したんでしょ?」

○ テナントビル4F・漫画喫茶3号ルーム
  起き上がるO。
O「誰から聞いた?」
宏也の声「僕の…情報網です」
  失笑するO。
O「情報網だって。はっきり言えよ、Hから聞いたって」

○ 駅前・コンコース
宏也「関係ないです」
Oの声「知り合いでもないのに、どうして、そんなに必死なんだ?」
宏也「借りた物を返したいだけです」
Oの声「何を借りたんだ?」
宏也「勇気です。微量の…」

○ テナントビル4F・漫画喫茶3号ルーム
  失笑するO。
O「面白い事言うね。じゃあ、僕にもそれを見せてよ…」

○ 古井戸の中
  壁にもたれ、目を瞑る峻。
  峻の顔にポタポタと水滴が落ち始める。
  目を開け、空を見上げる峻。
  口元についた水滴を舌でなめ、
峻「雨だ…」
  水の上に激しく落ちてくる水滴。
  峻、舌を出し、落ちてきた水滴を飲み込む。
峻「…雨で水嵩が増せば、ここからエスケープできるぞ!」
  峻、空に向かって叫び始める。
峻「ヤッホー、降れ降れ、もっと降れ、嵐のように、猛烈に!」
  峻、不気味に高笑いしている。

○ 西谷バイオテック・旧研究施設
  3F建ての古びたコンクリートの建物。
  あちらこちらに裂け目があり、今にも崩れそうな雰囲気。
  構内に止まっているカスタード。
  
○ カスタード車内
  運転席に座るH。
  コンソールのデジタル時計を確認する。
  時間は、『10:59』から『11:00』に変わる。
  バックミラーに映る入口の門を見つめるH。
  しばらくして、シルバーのセドリックがゆっくりと門を潜る。
  
○ 西谷バイオテック・旧研究施設
  車から降りるH。
  カスタードの左隣に止まるセドリック。
  セドリックの運転席から降りてくる永木。左手に黒いスーツケースを持っている。
  永木の前に近づくH。
  永木、腕時計を見つめ、
永木「ちょっと遅れたかな」
H「いいえ。ジャストタイムです」
永木「行こう。案内する」
  歩き出す永木。その後を追うH。

○ テナントビル4F・漫画喫茶3号ルーム
  床で仰向けに寝そべり、漫画雑誌を読んでいるO。ニヤついた表情。
  入口の扉が開く。中に入ってくる宏也。
  宏也に気づき、起き上がるO。
O「おー、本当に来たね…」
宏也「期待外れでしたか?」
O「そんなことないけど、びっくりした」
宏也「約束…守ってくださいよ」
O「どうしようかな。君も僕との約束破ったしね…」
  宏也、動揺し、俯く。
O「まぁ、いいか。君の言ってた「微量の勇気」とやらに免じて教えてやるよ」
  O、携帯を持ち、電源を入れる。
O「そっちの携帯に地図を送る。早く準備しろ」
  宏也、慌てて、ズボンのポケットから携帯を出している。
  不気味に笑みを浮かべているO。

○ 西谷バイオテック・旧研究施設・実験室
  様々な研究機材と部品や薬品の入ったダンボールが山積みされている。
  機材の隙間を通る永木とH。
永木「12年間、ここで様々な研究を重ねてきた。今は、倉庫代わりになっているけどね。
 使わなくなってから3年ぐらい経つかな。新しい研究施設は、1.5キロ程先にできて、
 ここは、もうすぐ取り壊される」
  立ち止まる永木とH。
  対峙する二人。
H「データを見せてください」
永木「…ああ。ちょっと待って」
  永木、後ろにあるテーブルにスーツケースを置く。
  永木、スーツケースを開け、中の物を取り出すと、すかさず、Hのほうに振り向く。
  左手に銀白色の電子砲銃器を持ち、Hに向けて引き金を引く。
  三角型の三連の銃口から同時に赤紫色の光線が発射される。
  H、すかさずジャンプし、姿を消す。
  銃を下ろし、辺りを見回す永木。
  電子砲銃器を構えながら歩き出す永木。
永木「抵抗するのは止せ。君を仕留めないと会社に戻れないんだ」
  立ち止まる永木。足元を見つめる。
  Hの着ていた服とズボンが落ちている
永木「ストリップショーでも始めるつもりか?」
  永木の背後から聞こえる声…
Hの声「違うわ」
  咄嗟に振り返り、銃を構える永木。
  赤いコスチュームスーツ姿のHが目の前に立っている。
  H、永木の銃を蹴り上げ、すかさずエルボーを食らわす。
  仰け反り倒れる永木。H、アームシェイドの水平二連の銃身を伸ばし、永木に銃口を向ける。
H「コスプレショーはどう?」
永木「おまえは…昨日の?」
  H、落ちていた電子砲銃器を拾い上げ、
H「こんな銃を作る事も、あなた達の仕事なの?」
永木「それは、僕が個人的に開発したものだ」
H「Oは、あなた達の会社が海外進出した時、社内の複数の人間が犠牲になったと言ってた。
 一体何があったの?」
永木「…それを話せって言うのか?」
H「生きるつもりなら。あなたしだいよ」
永木「ハイメディカルコンピュータの開発には、僕以外に三人の研究員が関わっていた。四人の開発チームで
 ユーザーと会話しながら操作できる次世代の対話型コンピュータを完成させた。
 だが、その開発の利権を巡って、社長と我々のチームとの間に埋められない亀裂ができた」
H「あなた以外の三人は、どこにいるの?」
永木「この世には、もういない」
H「殺したのね。さっき私にやったみたいに…この銃で…」
永木「社長の命令だ。やらなければ、私は、今頃家族と犬死していたに違いない…」
H「社長と関わりのある政治家って一体誰なの?」
永木「それは、知らん。何の事だ?」
H「今すぐ社長を呼び出して」
永木「何をする気だ?」
  ほくそ笑むH。
H「想像に任せる…」

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
  部屋の真ん中で歩き回っている希梨恵。
  ソファに座り、スナック菓子を食べている美由。
希梨恵「もう、駄目。私行くよ」
  振り返る美由。
美由「行くって…どこに?」
希梨恵「宏也を探すの。あんたそこでボリボリ食ってなよ」
  立ち上がり、希梨恵のそばに行く美由。
美由「私も行く」
  二人、裏口のほうに向かって歩き出す。

○ 同・裏口
  外に出る二人。階段を上り、狭い路地を駆け出す。
  暫くして鳴り出す携帯の着信音。
  立ち止まる二人。携帯に出る希梨恵。
希梨恵「もしもし?」

○ タクシー車内
  後部席に座る宏也。
  携帯で話している。
宏也「あのさ、わかったんだ。あいつのいる場所…」

○ 路地
希梨恵「どこにいるの?」
宏也の声「あいつのいる場所に向かってる途中。着いたら連絡する」
  電話が切れる。
希梨恵「切るな、タコ!」
美由「ヒロだったの?」
希梨恵「そう。途中で切りやがった」
  ボタンを押し、宏也に電話する希梨恵。
美由「キリ!」
  美由、正面を指差す。希梨恵、正面見つめる。
  二人の正面に立っている美智。不貞腐れた表情を浮かべている。
美智「早く戻って、さぁ」
  ゆっくりと二人に近づいて行く美智。

○ 古井戸の中
  シャワーのように物凄い量の雨が降り注いでいる。
  ずぶ濡れの峻。井戸の中の水が少しだけ増えている。興奮し、笑い声を上げている峻。
峻「体がちょっと浮いてきた…いいぞいいぞ…獣のように降れ、悪魔のように降れ…ハハハハ!」
  水面に当たる水滴がみるみる減って行く。
  やがて、雨がピタッと止む。
  空を見上げ、唖然とする峻。
峻「おい!もう終わりかよ!中途半端なんだよ!まだ全然水増えてねぇじゃん…ふざけんなよ、
 チクショー!バカヤロー!」
  『バカヤロー』の叫び声が井戸の中で大きく反響し、リフレインしている。

○ 西谷バイオテック・旧研究施設構内
  門を潜る白のジャガー。建物の前に立ち止まる。
  車から降りるドライバーの男。後部席の扉を開ける。中から出てくる西谷。
西谷「(ドライバーに)ここで待ってろ」
ドライバーの男「はい」
  不機嫌そうな表情で歩き出し、建物の入口に向かって歩き出す。

○ 同・実験室
  中に入る西谷。積まれたダンボールの間に立っている永木。
西谷「3時から城野川工業の社長と会わなきゃならんのに、一体何の話だ」
永木「私達は、もうおしまいですよ」
西谷「どうした?」
永木「松原達の失踪の真相を知る組織が私達の命を狙っているんです」
西谷「三人の死体は、まだ見つかっていない。私達が殺したと言う証拠は、まだ何も見つかってはいない」
  唖然とする永木。
永木「死体をまだ処分していなかったんですか?」
西谷「ここの地下に埋めたままだ。取り壊しまで後一ヶ月だ。そろそろ、準備を始めてもらおうか」
永木「私にやれと?」
西谷「もう骨だけになっているし、処分は楽だろ。あの三人が生きていたら、君の分け前は、四分の一しか
 手に入らなかったんだ。それぐらいは、やってもらわないと」
永木「でも65%は、あなたの手元に渡った」
西谷「その話は、もう解決済みだ」
永木「いいや。まだ納得していない」
西谷「今更みっともないぞ。ガキじゃあるまいし。君には、西谷バイオテック工業の次期社長ポストも与えただろ」
永木「なら今すぐ明け渡せ。どうせ今度のプロジェクトは、私がいなければ、成立しない」
  西谷、スーツの内ポケットから電子砲銃器を取り出し、銃口を永木に向ける。
西谷「せっかく目をかけてやったのに、どいつもこいつも。もういい。早急に代わりを見つけるよ」
  引き金を引く西谷。
  赤紫色の光線が発射される。
  瞬間的に永木の前に現れるH。
  H、アームシェイドの両側についている白い翼を開き、光線を弾き返す。
  光線は、そばに置かれていた薬品のダンボールに当たる。燃え上がるダンボール。中に入っていた
  可燃性の液体が入った瓶に引火し、積まれていた数十個のダンボールに一気に燃え広がる。
  H、永木の手を掴み、一瞬でその場から消える。
  崩れて倒れるダンボール。室内に炎が広がり始める。
  西谷、入口に向かって駆け出す。
  床に漏れた液体が入り口の前まで広がり、一瞬で引火。炎に囲まれる西谷。

○ 同・実験室前通路
  実験室の入口の前に立つHと永木。中の様子を見つめている。
  勢い良く燃える炎に囲まれ、行き場を失っている西谷。二人に救いの手を差し伸べる。
西谷「助けてくれ…」
永木「社長…」
  西谷の体に炎が燃え移る。目を背ける永木。
  H、携帯のカメラのレンズを西谷に向け、写真を撮る。
H「行きましょう」
永木「でも…」
H「もう間に合わない」
  走り出す二人。

○ ジャガー車内
  運転席のシートに横になり、眠っているドライバーの男。

○ 西谷バイオテック・旧研究施設構内
  建物の入口から出てくるHと永木。
  実験室付近の窓から炎が吹き上がっている。
  二人、カスタードに乗り込む。
  猛スピードでバックするカスタード。バックターンして門を抜け、走り去る。
 
○ テナントビル4F・漫画喫茶3号ルーム
  壁にもたれて座り、単行本を読んでいるO。吹き出し笑いをしている。
  鳴り響く携帯の着信音。
  携帯に出るO。
O「はい」
Hの声「終わった」
O「おー、(腕時計を見つめる)2時12分か。仕事が早いね」
Hの声「約束通り、コンピュータの情報と西谷、永木の死体の写メを撮ったわ」
O「じゃあ、写メ送ってくれるかな?」
Hの声「今から転送する」
  ディスプレイに着信のアラーム。
  O、ボタンを押し、写メのイメージをディスプレイに表示させる。
  一枚目、実験室で炎に包まれている西谷の画像。
  二枚目、路上でうつ伏せで倒れている永木の画像。背中にたくさんの銃弾を浴び、
  辺りに血が広がっている。
  ディスプレイをまじまじと見つめるO。
Hの声「どう?」
O「OK。思っていたより壮絶だね…」
Hの声「そういうのを期待してたんでしょ?」
O「殺し方までは、指定しなかったはずだが…」
Hの声「場所は、どこ?」
O「焦るなよ。今からメールを送る」
  O、携帯のボタンを操作し、Hにメールを送る。

○ とある森の中
  どんよりとした黒い雲に覆われている空。薄暗い木々の狭間をピチャピチャと音を立てながら歩く宏也。
  宏也の足跡が濡れた地面にくっきりと残る。
  携帯を持ち、ディプレイを見つめている宏也。
  どこからともなく聞こえる烏の鳴き声。
  風で揺れる木々の間を抜け、立ち止まる宏也。
  正面にある古井戸を見つめる。
  ディスプレイの地図を見つめ、位置を確認している宏也。
宏也「あれだ…」
  走り出す宏也。古井戸の前に駆け寄り、中を覗く。

○ 古井戸の中
  顔半分にまで水に浸かっている峻。蒼ざめ、意識を失いかけている。
宏也の声「おい、誰かいるか?」
  ハッと大きく目を開け、空を見上げる峻。
  宏也の姿を見つめ、力ない声を上げる。
峻「いるぞ…」
宏也の声「誰かいるのか?」
峻「だから、いるって言ってるのに…」

○ 同・前
  宏也、携帯のディスプレイを確認する。
宏也「おかしいな…ここで間違いないはずなんだけど…」
  古井戸のそばを離れて行く宏也。
  辺りを見回しながら立ち去って行く。

○ P―BLACK本部・地下G2Aオフィス
  黒い壁に覆われたシックな部屋。
  仕切りのすりガラスの向こうに、黒い椅子に座る男の後ろ姿が見える。
  スキンヘッドの男、暗号名『G2A』。
  携帯を持ち話をしているG2A。
G2A「Oを見つけたのか?」

○ クラウン車内
  走行中。ハンドルを握る霞。
  頭につけたヘッドマイクに話している。
霞「いいえ。実は、Hと連絡が取れなくなっているんです」
G2Aの声「なぜだ?」
霞「理由は、わかりません。今捜索中です」
G2Aの声「アームシェイドには、別の発信装置が組み込まれていたはずだ」
霞「はい。でも、それが作動しなかったんです」
G2Aの声「Hに感づかれたのか?」
霞「それも考えられますが、何かの理由で故障した可能性も…」

○ P―BLACK本部・地下G2Aオフィス
G2A「他にも考えられる事が一つある」
霞の声「なんでしょうか?」
G2A「G5だ。早急にHを見つけ出せ」

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
  部屋の真ん中に立っている希梨恵と美由。
  希梨恵、美由、それぞれ携帯を持ち、宏也に連絡している。しかし、つながらない。
希梨恵「あーもう、むかつく」
美由「メールこれで十通目だけど、駄目、全然反応してくれない」
  梨恵、天井に設置されている小型の監視カメラを見つめる。
希梨恵「なんかさ、檻の中に閉じ込められてるみたいで気分悪くなってきた。もう一度外に出るよ、美由」
美由「でも、ヒロどこにいるのかわからないんだよ。裏口のドア鍵かけられちゃったし、どこから抜け出すの?」
  希梨恵、辺りを見回し、
希梨恵「なんか、バットみたいなものないか探して」
美由「…あの人、殴るの?」
希梨恵「あんた心配しなくていい。私がやるから」
美由「嫌だよ。やめようよ、そう言うの…」
希梨恵「うるさい。早く探せ」
  突然、希梨恵の携帯の着信音が鳴る。
  希梨恵、すかさず携帯に出る。
希梨恵「ヒロ?」
宏也の声「悪かったな。遅くなって」
希梨恵「何回鳴らしたと思ってんだよ、タコ!」

○ とある森林の中
  木々の前に立つ宏也。携帯で話している。
宏也「一応、あいつがいる場所に着いたんだけど、まだ見つからないんだ」
希梨恵の声「どこにいるの?」
宏也「奇竜山って山の中腹辺りにある森の中。目的地のポイントを辿ったら、ちょうどそこに
 古い井戸があったんだけど…」

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
希梨恵「その場所、誰に教えてもらったの?」
宏也の声「…」
希梨恵「あんた、まさか、殺し屋に…?」
宏也の声「他に誰から聞きだせるんだよ?」
希梨恵「馬鹿、本当にいる場所なんて正直に教えてくれるわけないじゃん!」
宏也の声「一か八かに賭けたんだけど…」
希梨恵「私達も今から行くから」
宏也の声「…」
希梨恵「もしもし?」

○ とある森の中
  地面に落ちている宏也の携帯。
  宏也、呆然と立ち竦む。
  宏也の前に立っているO。
  O、右手に短銃を持ち、銃口を宏也に向けている。
  ほくそ笑むO。
O「タイムオーバー。結局見つけられなかったようだね」
宏也「どうせテキトーに嘘の場所を教えたんだろ。きたねぇな」
O「嘘?(笑みを浮かべ)あの古井戸のところまで歩け」
  宏也、振り返り、古井戸に向かって歩き出す。宏也の背中に銃を向けながら後を追うO。
  古井戸の前に立つ宏也。宏也の後ろに立つO。O、宏也にライトを投げ渡す。
  受け取る宏也。神妙な面持ち。
O「中を覗いてみなよ」
宏也「さっき見たよ」
O「もう一度よく見てみ」
宏也「俺をこの中に突き落とすんじゃ?」
O「しないよ。さぁ」
  宏也、中を覗き、ライトを照らす。
  ライトの光りが井戸の底の水に浸かる峻を照らす。
  峻、顔を上げる。宏也と目を合わす。
宏也「ごめん、せっかく見つけたのに、助けらない…」
峻「その声…丹香沢?」
宏也「そう…」
峻「何でおまえがここに?」
宏也「ポリ署から助け出してくれた借りをさ、返すつもりだったけど、もう無理っぽい」
峻「無理っぽいって、おまえ…何しに来たんだよ?」
宏也「だから助けに来たって言ってんだろ」
峻「じゃあ、さっさと助けろよ…」
O「ご対面タイムは、これで終了。こっちを向け」
  振り返る宏也。
O「全く、なんておめでたい奴だ。自ら殺されに来るなんて」
宏也「もういいよ。その代わり、家族やダチに絶対手を出すなよ…」
  Oの後ろから足音が迫ってくる。
  O、それに気づき、銃を下ろす。
O「でも、おまえ、とことんついてるな」
宏也「えっ?」
  振り返るO。
  木々の間を通り抜け、二人のほうに向かって歩いてくるH。
H「その子を離して」
  立ち止まるH。データの入ったディスクを見せる。ディスクを見つめるO。
O「もういい、消えろ。じゃあな」
  O、宏也を追い払うようなしぐさをする。
  宏也、Oのそばを離れ、走り去って行く。
O「どうだ?僕の言った通りだったろ?」
H「内部の利権争いで、三人の開発者が犠牲になっていたわ」
O「ほらな。西谷と精通している政治家の名前は、聞き出せたのか?」
H「残念ながら…」
O「そいつは、別ルートがあるからまぁ、いい。それを渡せ」
H「あいつは、どこ?」
  O、親指を立て、井戸のほうを差す。
  H、駆け出し、井戸の前に行く。
  O、Hの前に立ち塞がり、
O「奴は、ちゃんと生きてる。データを渡せ」
  H、Oを睨みながら、ディスクをOに手渡す。
  O、数メートル先に置いてあるスーツケースの前に行き、ケースを開ける。
  中には、薄型のノートパソコンが収納されている。
  電源を立ち上げるO。ディスクをトレイの中にセットしている。

○ 古井戸の中
  項垂れている峻。
  水の中で足をかいている。
  峻の前に落ちてくるフックつきのロープ。
  峻、上を見つめる。
  Hのアームシェイドからロープが出ている。
峻「H?」
  井戸の中でHの声が反響する。
Hの声「水遊びは、楽しかった?」
峻「はぁ?何の罰ゲームだよ、これ?」
Hの声「さっさと捕まって。置いて帰るわよ」
  峻、慌てて、ロープに捕まる。

○ 同・前
  アームシェイドのウインチが作動し、ロープを巻き上げ始める。
  データを確認するO。
  画面に映るプログラム。縦スクロールで素早く流れている。
  画面が切り替わり、ハードウェアの設計図のイメージ画像が映し出される。
  ほくそ笑むO。
  スーツケースを閉め、持つと立ち上がる。
  峻を引っ張り上げているH。突然、銃声が鳴り響き、井戸の石に銃弾が跳ねる。
  Oのほうに振り向くH。
  O、Hに短銃を向けている。
O「お疲れ。君もかわいい部下と一緒に生ぬるい風呂に浸かりなよ」
H「やめなさい。あなた、死にたいの?」
  O、スーツケースを下に下ろす。スーツのポケットから、半透明の電子パネルを出し、Hに見せつける。
O「なんだかわかる?君のアームシェイドの電源をショートさせるリモコンだ」
H「どうして、アームシェイドのこと…?」
  H、何かに気づく。
O「ワゴンの前で、君が突然動けなくなったのもこの装置のせいさ。このボタンを押せば、
 あの時と同じ衝撃が君の全身に走る」
  息を呑むH。緊張の面持ち。
  O、リモコンをHに向け、ボタンを押す。
  目を瞑るH。しかし、何も起こらない。
  目を開けるH。すかさず、アームシェイドのボタンを押し、ロープを切り離す。

○ 古井戸の中
  井戸の真ん中辺りまでロープで釣り上げられている峻。
  ロープが切り離された瞬間、真っ逆さまに水のたまった底へ墜落して行く。
  悲鳴を上げながら、豪快に水の中に落ちる峻。

○ 同・前
  アームシェイドの銃口をOに向け、撃つH。
  激しくなる銃声。
  Oの右腕に数発の弾が貫通する。溢れ出る血。短銃を落とす。
  苦痛に表情を歪ませるO。スーツのポケットから、草色の球を出し、Hに投げつける。
  一瞬で辺り一面に紫色の煙が広がる。
  煙を払うH。
  暫くして、煙が晴れるが、Oの姿がない。
  辺りを見回すH。
  井戸の中から聞こえる峻の叫び声。
峻の声「おい、こらー!」
  H、ゆっくりと井戸のほうに向かう。中を覗くH。
  水の中に浸かっている峻。
  泣きそうな顔で、怒鳴る。
峻「俺は、貞子じゃねぇんだぞ!ふざけんな」
H「私にキレるんだ。ふーん…」
  峻、冷静になり、
峻「あの…早く上げてください」

○ とある雑居ビル・3F・リビング(夜)
  ソファに座っている峻。おもいっきりくしゃみをする。
  ブルーのトレーナーを着ている。頭は、洗い立てで乱れている。
  セラミックヒーターを足元に置き、温まっている。
  身震いしている峻。
峻「冗談じゃないよ。古井戸に入るためにスパイになったんじゃねぇてぇの」
  玄関の扉の音が鳴り響く。
  峻、入口の方を見つめ、
峻「Hか?」
  宏也、希梨恵、美由の三人が並んで入ってくる。
美由「おじさん、散々だったね」
  峻、引きつり笑いをし、
峻「うーん、おじさんね…」
  宏也、峻にコンビニの袋を渡す。
  峻、袋の中を覗く。
  中は、ハンバーグ弁当が入っている。
峻「えっ?なんでなんで?」
希梨恵「一応、御礼」
峻「御礼って言っても俺…何にもしなかったけど…」
宏也「Hがいないからその代わり」
峻「なんだよ、俺のじゃねぇのかよ」
希梨恵「冗談。Hには、今度また改めてするから。その前に早くバイト見つけないと」
峻「そうだ。Oの携帯の番号、ちゃんと削除したか?」
宏也「ああ。もう絶対かけたくねぇよ」
峻「Oの消息は、まだ掴めてないけど、君らを狙う事は、もうないと思う。でも、
 万が一の事があったら、今度は、ちゃんと守ってやるよ」
  三人、疑わしい眼差しで峻を見ている。
  苦笑する峻。
峻「全然信用されてねぇ…」

○ P―BLACK本部・地下G2Aオフィス
  自動扉がスライドして開く。
  中に入ってくる霞とH。
  仕切りのすりガラスの前に立ち止まる二人。
  すりガラスの向こうで、黒い椅子に座っているG2A。
G2A「K3、表で待機しろれ」
霞「わかりました」
  その場を立ち去る霞。
  険しい表情を浮かべるH。
  自動扉の閉まる音をきっかけに喋り出すG2A。
G2A「Oを逃がしたのか?」
H「申し訳ございません」
G2A「どうして、K3からの連絡に応答しなかった?」
H「Oを捕らえるための作戦を遂行していて出る暇がなかったんです」
G2A「Oと接触するために、G5の力を借りたそうだな?」
  動揺するH。
H「…はい」
G2A「OとG5は、共に行動していると言う事か?」
H「確たる証拠は、掴んでいませんが、Oの言動から判断して、その可能性は、あります」
G2A「わかった。Oの件は、他のエージェントに引き継がせる。君には、活動報告書をまとめて、
 別のシークレットコードを担当してもらう。異論はないな?」
H「はい…」
G2A「G5については、今後一切隠し事をするな。何か情報を掴んだらすぐ私に報告するんだ…」
  神妙な面持ちのH。

○ 同・通路
  地下G2Aオフィスの入口から出てくるH。
  壁際に立ち、待ち構えている霞。
  Hと霞、一緒に歩き出す。
霞「何を言われた?」
H「Oに関する任務から外されました」
霞「二度も失敗したんだ。今回は、俺でも庇いきれん」
H「…」
霞「西谷バイオテックの件だが、社長の焼死については、永木も事故だった事を認めた」
H「西谷と関係を持つ政治家については?」
霞「やはり何も知らないみたいだ。聴取する上で自白剤を少量投与してみたが、結果は、同じだった」
H「Oは、永木が死んだと思っています」
霞「その方が色々とやりやすいこともある。次のエージェントに引き継ぎする時に、
 その事もきちんと報告しておけ」
  H、憂いの眼差しでアームシェイドを見つめている。
霞「どうかしたのか?」
H「いいえ」
霞「一つ言い忘れていた事があった」
H「何ですか?」
霞「おまえの危険を知らせるために、誰かが俺の携帯に連絡してきた。
 ボイスチェンジャーで声を変えてな」
  唖然とするH。
霞「あの番号を知っているのは、おまえと本部のごく一部の人間だけだ。心当たりは、あるか?」
  H、立ち止まり、不穏な表情を浮かべる。

○ 高速
  高架の上。オレンジ色のネオンの光を浴びながら、猛スピードで走るシルバーのワゴン。

○ ワゴン車内
  ハンドルを握るG5。
  後部席に座っているO。右腕を包帯でつっている。
O「そろそろちゃんと説明してくれませんか?あなたがまともな装置を渡してくれていたら、
 僕は、こんな怪我をせずに済んだ」
G5「お前に肝心な事を教えていなかった。Hは、私の娘だ」
  唖然とするO。
O「なぜ、それをもっと早く教えてくれなかったんですか?」
G5「教えたら、何かとやりにくいでろうと思ってな」
O「知ったとしても、あなたに遠慮せず殺していましたよ。それとも、僕に彼女を殺させたくなかったんですか?」
G5「そうだ。Hは、私の手で殺る」
O「ひどいよなぁ」
G5「これからP―BLACKの監視網がさらに厳しくなる。おまえは、しばらく日本を離れろ」
O「せっかくここの生活に慣れてきたところなのにな」
G5「時期が来たら、また呼び戻す」
O「その時は、最新刊のコミックを全てそろえといてくださいよ」
  ほくそ笑むO。

○ フラワーショップ『ザイダ』・表
  店頭に置いている花の鉢を片付けている美智。
  美智の背後に近づく人影。
  美智、人影に気づき、振り返る。
美智「H…」
  美智の前に立っているH。私服姿。
美智「どうしたの?また何かの任務?」
  H、突然、美智の頬を平手で叩く。
  放心状態の美智。
  美智を睨むH。

                                                   ―THE END―

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