『CODENAME:H△12』 「激する腕」 作ガース『ガースのお部屋』


○ 海岸
  静かな小波が聞こえる。
  堤防沿いに立ち止まるカスタード。
  タイヤを軋ませ、急発進する。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るコードネーム・H(木崎メイナ・24歳)。赤いコスチュームスーツを身につけている。
  コンソールのホルダーに置かれている携帯電話が鳴る。
  コンソールのボタンを押し、電話をつなぐH。
  スピーカーからG5(木崎満彦・52歳)の声が流れてくる。
G5の声「Oを日本に呼び戻したのは、P―BLACKの関係者だ」
  唖然とするH。
H「誰が呼び戻したの?」
G5の声「今調べているところだが、おそらく、おまえの身近にいる人物だ」
H「…」
G5の声「気をつけろ。またいずれ連絡する」
  電話が切れる。
  険しい表情を浮かべながら、アクセルを踏み込むH。

○ 海岸沿いの道
  緩いカーブを瞬く間に駆け抜けて行くカスタード。

○ ブルーメタリックのワゴン車内
  暗い車内の中。後部席のシートに横になって気絶している高部 峻(22)。
  ふとを目を開ける峻。辺りを見回し、ゆっくりと起き上がる。
  車内には、誰もいない。
  窓の外を覗き込むが、暗闇が広がるだけで何も見えない。
  目を擦る峻。
  窓外に黒い人影のようなものが見える。
  能面のような黒い仮面が峻の目前に迫ってくる。
  黒い仮面の釣り上がった黄色い目と口が峻を嘲笑うかのように奇妙に動く。
峻「くんな!馬鹿!」
  目を閉じる峻。すぐに目を開けると、仮面は、消えている。
  後ろ手に縛られている両手をもぞもぞと動かしている峻。
峻「死神でも何でも来やがれ、ちくしょーっ!」
  峻、スーツの上着のポケットに目をやり、
峻「神は、俺を見離さなかった」
  峻、ポケットの中の携帯を外に出そうと体を揺さぶるが、なかなかうまくいかない。
  エビのように何度も飛び跳ねる。
峻「漫画なら、奇跡的にうまく行きそうな展開なのに…」
  諦めず、エビのように飛び跳ね続ける峻。

○ 国道
  蛇行しながら猛スピードで走るクラウン。
  クラウンの後を追う二台のBMW。
  
○ クラウン車内
  ハンドルを握る霞(かすみ) 良次(45)。
  一台のBMWが横並びし、運転席のドアに体当たりしてくる。
  激しい衝撃で体を揺さぶられる霞。
  霞、ブローニングの銃を右手に持ち、BMWに向かって、何度も撃ち続ける。
  BMWのドアのガラスが割れる。
  短髪に髭面、サングラスにグレイのスーツを着た男達の姿が見える。
  助手席に座る男がサングラスを外し、銃を構えて応戦。
  霞のそばではじく弾丸。そのうちの一発が霞の右腕を貫く。
  霞、痛みを堪え、歯を食いしばながらブレーキを踏み込む。

○ 急停止するクラウン
  後ろを走っていたもう一台のBMWがクラウンの後部に衝突する。

○ クラウン車内
  霞、後ろのBMWに、銃弾を何発も撃ち込む。
  銃弾は、クラウンのリアガラスとBMWのフロントガラスを貫通。
  BMWの運転席にいる男の額に命中する。
  霞、アクセルを踏み込み、急発進する。

○ 工場地帯
  左に曲がり、狭い路地を猛スピードで走り出すクラウン。
  一台のBMWがクラウンを追走する。

○ ファッションホテル5F・イーストブロック705号室
  マッサージチェアに腰掛けている中年。政新党衆議院議員・坂野咲泰善(54)。
  薄い白髪、浮腫んだ顔。パジャマを着ている。ふてぶてしい表情でウーロン茶を飲み干す。
  テーブルにコップを置く坂野咲。
坂野咲「党の役員会議が長引いて、昨日は、2時間しか眠れなかった。
  要領の得ない子分どもを持つと、疲れるわ」
  坂野咲に後ろに立つ痩せ身の男。男は、コードネームO(沖永秀二・36歳)。
  茶色の短髪、無精髭を生やし、ふちなしの眼鏡をつけている。
O「あなたのために尽力している優秀な議員さん達に対して、失礼ではありませんか?」
坂野咲「何一つ満足にできない連中なんだぞ。おまえどうだ。せっかく戻ってきたんだ。
 私のところで働く気はないか?」
O「秘書としてですか?」
坂野咲「それ以上を望むなら、力を貸してやってもいいぞ」
  ほくそ笑むO。
O「僕は、スパイです。人殺しもします」
坂野咲「過去は、いくらでも消せる。心配する事はない」
O「仕事の内容のほうを…」
坂野咲「P―BLACKのD機関の連中に監視されている。私を潰そうとしているみたいだ。目障りこの上ない」
O「どうして目をつけられたんです?」
坂野咲「どうも二年前の秘書の自殺について調べているようだ。あいつは、優秀だったが、
 ここぞという時にメンタルが弱くてな」
O「殺したんですか?」
  苦笑いする坂野咲。
坂野咲「野暮なこと聞くなよ」
O「D機関の現在の現場指揮官は、確か、桐沢功治…」
  頷く坂野咲。
坂野咲「今日中に片付けられるか?」
O「ええ」
坂野咲「じゃあ、明日の十時、事務所に来てくれ」
  大きな欠伸をする坂野咲。
  O、険しい顔つき。

○ P―BLACK本部・G2Aオフィス
  黒いスーツを着て、サングラスをかけた長身の男がすりガラスの前に立っている。
  男は、D機関諜報部のエージェント・桐沢功治(49)。
桐沢「重要のお話があります」
  すりガラスの向こうの部屋で、椅子に腰掛けているスキンヘッドの老人の後ろ姿。暗号名『G2A』。
桐沢、スーツのポケットから小型の音声レコーダーを出し、再生する。
  レコーダーのスピーカーからD機関諜報部のエージェントDR7と霞のやりとりが聞こえてくる。
DR7の声「どうして、こんなマネを…」
霞の声「本当は…おまえを殺したくない。だが、やむを得ない」
DR7の声「俺が一体、何をしたって言うんだ?」
霞の声「何もわからず死んで行くのは、不憫だろうから、一つだけ教えてやる。おまえ達は、知り過ぎた」
DR7の声「おまえとは、3年前、ニカラグアで一緒に任務を行った。俺達は、仲間だ。俺には家族がいる。
 三ヶ月前に女の子が生まれたばかりだ。あの子達には、俺が必要なんだ。
 今ならまだ間に合う。考え直してくれ…」
  低音で一瞬鳴り響く銃声・・・。
  音声を止める桐沢。愕然とした面持ち。
桐沢「この声は、霞です」
G2A「…」
桐沢「DR7は、コードEU45DAを実行中に霞に殺されました」
G2A「任務の内容は?」
桐沢「衆議院議員の坂野咲泰善のマークです。坂野咲は、東アジア地域の国々と太いパイプを持ち、
 大量のブラックマネーをばら撒いているとの情報があります」
G2A「どこまで掴んだ?」
桐沢「それは、あなたには、お答えできません。ただ、ある程度の証拠は、揃っています」
G2A「つまり、霞と坂野咲とつながっていると言いたいのか?」
桐沢「その可能性はあります。彼を止められるのは、あなたしかいません」
  寡黙になるG2A。

○ 山道
  長くうねった道を猛スピードで走り抜けるクラウン。その後を追うBMW。
  BMWの助手席に座る男が身を乗り出し、
  スーパーバズーカを肩に乗せ、構える。
  ロケット弾発射。弾は、一瞬でクラウンの左後輪に命中。
  タイヤが吹き飛び、コントロールを失うクラウン。

○ クラウン車内
  ハンドルを必死に操作する霞。しかし、思うようにコントロールできず、焦り出す。

○ ガードレールを突き破るクラウン
  高い崖から放物線を描くように落下するクラウン。
  青々と生い茂った森林地帯の木々に突っ込むと、しばらくして巨大な炎が上がる。
  崖前に立ち止まるBMW。
  車の中から下りてくる二人のエージェントの男。
  崖下から上がる炎を見つめると、携帯を出し、話し出す。
エージェントA「コードGUT56T実行中に事故が起こりました・・・マーク中の車です。崖から転落しました。
 位置は、XD―230、WX―462。ターゲット、K3…」

○ ブルーメタリックのワゴン車内
  エビのように跳ね続けている峻。
  助手席のドアが開く。
  動きを止める峻。
  青いスーツ姿の前原 美智(23)が後部席を覗いている。
美智「何してんの?」
  すくっと起き上がる峻。
峻「おい、しにそーだったんだぞ」
美智「えっ?」
峻「おしっこ」
美智「・・・」
峻「膀胱破裂しそうだよ。早くこのロープほどいてくれよ」
美智「そんな単純な罠に引っ掛かると思ってるの?」
峻「漏らしてもいいのか?俺のかなり臭うぞ」
美智「もうすぐOが戻ってくるから、それまで我慢しなさい」
峻「もういい。後でブツブツ言うなよ。発射五秒前、四、三…」
美智「待って」

○ ファッションホテル前・コンビニ駐車場
  美智、しぶしぶと後部席のドアを開け、峻を表に出す。
  両手と両足のロープを解き始める。
美智「女性の前ではしたないわね」
峻「そんなこといちいち気にしてられるかよ」
美智「まぁ大目に見るわ。コレが最後だと思って、ゆっくりしてきなさい」
峻「久我さんは、どこにいる?」
美智「どうでもいいじゃない。どうせあの子とはもう会えないんだから」
峻「Hだけじゃなくて久我さんまで…?」
  美智、右腕に装備しているHのアームシェイドの銃口を峻の背中に向ける。
美智「早く行きなさいよ。世界一カッコ悪い見習いスパイさん」
  憮然とする峻。
峻「その姿でコンビニの中に入るつもりかよ」
美智「店には入らない」
峻「じゃあ、どこでやれって言うんだよ」
  美智、奥のコンクリートの壁のほうに目をやる。
峻「立ちションさせる気か?品がねぇな」
美智「早く行って」
  歩き出す峻。美智も後を追う。
  駐車している車の間を通り、コンクリートの壁の前に立つ峻。
  股間に手をしのばせると見せかけて、スーツのポケットに手に入れ、携帯の電源を入れる。
峻「困ったな…」
美智「何?」
峻「大きいほうも出そう…」
美智「あんた馬鹿?」
峻「うんこしたら馬鹿なのかよ?」
美智「最低」
峻「やっぱ、店でやるわ」
美智「ここで見張ってるから。逃げ出そうとしたり、店員に話しかけたら殺す」
  峻、美智と顔を合わす。そのまま、歩き出し、美智の前を横切る。
美智「ポケットの中のものを出して」
  ギクッとしながら立ち止まる峻。
  美智、峻の顔にアームシェイドの銃口を向ける。
  ポケットから携帯を出す峻。
  携帯を奪い取る美智。ほくそ笑む。

○ 山の麓・森林地帯
  原型をとどめずぐちゃぐちゃに凹み焼け焦げているクラウン。
  まだ、あちらこちらで白い煙が吹き上がっている。
  叢に車から投げ出された霞が倒れている。
  霞、静かに目を開け、周りの状況を確認している。
  ポケットの中の携帯が鳴っている。
  霞、左腕をポケットの中に入れ、携帯を出す。
  ディプレイを確認し、話し出す。
霞「K3…」

○ P―BLACK・G2Aオフィス
  すりガラスの向こう側にある部屋。
  部屋を覆いつくす巨大な監視装置。その操作卓の前で、黒い椅子に座っている
  スキンヘッドの老人の後ろ姿。暗号名『G2A』。
  三段式の台に並ぶ複数のモニター。
  一つ一つモニターの画面には、様々な死体の写真が映し出されている。
  ヘッドマイクに向かって話し出すG2A
G2A「生きていたのか」

○ 山の麓・森林地帯
霞「どうやらそのようです」
G2Aの声「今どこにいる?」
霞「車が破壊されたので、細かい位置を発信する事ができません」
G2Aの声「しばらく携帯の電源を入れておけ。こちら側から電波を辿り、現在位置を確認する」
霞「早くしてください。D機関の連中にも電波をキャッチされてしまいます」

○ P―BLACK・G2Aオフィス
  真ん中のモニターに地図のイメージが映し出される。
  赤いマークが点滅し、霞の居場所とそのデータが表示される。
  画面をまじまじと見つめるG2A。
G2A「位置を確認した。迎いに行く。そこでじっとしていろ」
  携帯を切るG2A。
  一番上の台の端のほうのモニターに映る腐乱死体を見つめ、ニヤリとした表情を浮かべるG2A。

○ コンビニ店内
  トイレのドアが開く。中から出てくる峻。
  ハンカチで手を拭きながら、上機嫌で歩き出す。
  
○ 同・駐車場
  ワゴンの助手席に座っている美智。  店の中に入る峻の行動を監視している。
  本売り場の棚の前を通り過ぎている峻。そのまま、店を出るかと思いきや、
  突然、奥のほうへ歩き出す。
  険しい目つきになる美智。窓を開け、アームシェイドの銃口をコンビニに向ける。
  しばらくして、運転席のドアが開く。美智、すかさず、アームシェイドの銃口を運転席の方に向ける。
  運転席のドアの前に立っているO。
O「落ち着けよ。僕だよ」
  美智、また、店に目をやる。
  運転席に乗り込むO。
O「どうしたの?怖い顔して」
美智「あいつをトイレに行かせたの。でも、中々戻ってこなくて…」
  店の中を見つめるO。
O「僕が連れ戻してくるよ」
  車から降りるO。

○ コンビニ・中
  乳製品の棚の前に立っている峻。
  山積みされているカスタードプリンと、生クリームの乗ったプリン、チョコプリンなどを次々とかごに入れている。
  峻の後ろに近寄るO。
O「おい」
  振り返る峻。Oに気づく。
O「何やってる?」
峻「見ればわかるだろ。お買い物」
  かごを覗き込むO。
峻「頼まれたんだよ。後で馬鹿食いするからってね…」
O「誰がそんなもん買えって言った?」
峻「あんたプリン好きか?」
O「甘いものは、苦手だ」
峻「俺も前は、あんまり好きじゃなかったんだけどさ、誰かさんのせいで今やメーカーや種類の
 数まで覚えてしまったよ。どこの店に行けば、レアなプリンが置いてあるとかさ…」
O「おまえ、プリンオタか?」
峻、1つのプリンをOの前に差し出し、
峻「これ、ここのコンビニのオリジナルなんだけど、ココナッツの味わいが最高なんだ」
O「もういい。表に出ろ」
  峻、持っていたプリンもかごに入れ、カウンターの前に行く。
  入口のドアが開く。眼鏡をかけ、白いカーデガン、黒いズボンを身につけた女性が店の中に入ってくる。
  峻の前に近寄ってくる女。対峙する。
  峻、女を見つめ、
峻「遅いぞ!」
女「ごめん。渋滞に巻き込まれたの」
  O、女を見つめる。
峻「言われた通り、全部買うつもりなんだけど、後ろの奴がうるさくてさ」
O「おまえの彼女か?」
峻「彼女?そんなこと言ったら吹っ飛ばされちゃうよ」
  眼鏡をはずす女。
女「見覚えあるでしょ。私の事…」
  O、しばらくして愕然とし、
O「H…」
  女は、H。
O「どうやって…」
  H、ポシェットからダーツの矢(睡眠剤を染み込ませた)を出し、Oに向けて、投げる。
  矢は、Oの肩に刺さる。
  O、しばらくして、気を失う。峻、Oと肩を組み、
峻「たまには、自分で買えよ」
  かごをHに手渡す峻。
  峻、Oを連れて、トイレに向かう。
  H、外を見つめる。

○ 同・駐車場
  ワゴンの助手席に座る美智。
  コンビニ内の異変に気づき、車から降りる。
  歩き出す道の前に立ちはだかるH。
  美智、Hの顔を見つめ、驚愕する。
H「亡霊を見るような目ね。足、ちゃんとついてるでしょ」
美智「G5が言った事は本当だったようね…」
  美智、Hにアームシェイドの銃口を向ける。
H「やめなさい。美智」
美智「この力は、私だけのものよ。もうあなたは、過去の人…」
H「適合テストもしないまま私のアームシェイドを装備したの?」
美智「大丈夫よ。全然問題ないから。今から試すわ」
  美智、マシンガンを発射する。
  H、瞬間的にその場から姿を消す。路面に弾く弾丸。
  辺りを見回す美智。
  美智の頭上でHの声が聞こえる。
Hの声「照準も定まっていないのにテキトーに撃っても駄目よ、美智」
  美智、コンビニの建物の屋根を見つめる。
  屋根の上に立っているH。赤いスーツ姿になっている。
  美智、右腕を上げ、Hにマシンガンを撃ち込む。
  H、瞬間的に横移動し、弾を避ける。
H「そんなところにいないで、あなたも上がってきなさい」
  美智、ジャンプし、コンビニの屋根に着地する。

○ コンビニ店・屋根上
  対峙するHと美智。
美智、上段キックを繰り出し、回し蹴り、スピーディーにアッパーパンチ。
  H、それらを軽やかにかわし、蹴りを入れてきた美智の左足を受け止める。
  そのまま、美智の体を地面に押し倒す。
  素早く、立ち上がり、マシンガンを撃ち放つ美智。H、右腕のアームシェイドの黄金色の翼を広げ、
  盾にする。翼に当たり跳ね返る弾丸。
  唖然とする美智。
美智「それは…」
H「新しいアームシェイドよ」
美智「アームシェイドは、2つしか開発されていないはず…」
H「G5が改良バージョンを完成させていたのよ。あなたのは、もう古いの」
美智、アームシェイドのワイヤーを発射する。
  ワイヤーは、Hの右腕に絡みつく。
美智「ずるい。いっつもあなたばかり目新しいものをつけて。私に渡しなさいよ」
H「無理よ、あなたには。古いバージョンさえ使いこなせないのに…」
美智「むかつく!やってみなきゃわからないでしょ」
  Hのアームシェイド、黄金の翼の先から刃が飛び出て、回転し始める。刃がワイヤーを切り落とす。
  美智、咄嗟にマシンガンを発射しようとするが、弾切れ。唖然とする。
H「アームシェイドの弾丸の装填数を知ってるの?」
美智「300発でしょ。まだそんなに撃ってないわ」
H「半分使い切ると、自動的に装填がストップするのよ。もう一度装填し直すには、ある操作が必要なの」
  美智、アームシェイドのボタンを確認し、色々と押しているが、反応しない。
H、アームシェイドの銃口を美智に向ける。
  動きを止める美智。
美智「私の負けのようね。いいよ。早く撃ちなよ」
  突然、美智のアームシェイドから青い電光が放ち始める。
  奇声を上げ、苦しみ始める美智。
H「どうしたの!美智!」
  全身を雷で打たれたかのような激しいショックを受け、その場に跪く美智。
  美智に近づこうとするH。
美智「来ないで…」
  顔を上げる美智。
  獣のような鋭い眼光でHを睨み付ける美智。
  美智の異変を察知するH。
H「美智…」
  美智、静かに立ち上がると、しばらくして、姿を消す。
H「あれは…」

○ P―BLACK・G2Aオフィス
  モニターに映し出されている様々な死体の画像。操作卓の前で、それを嬉しそうに眺めているG2A。
  操作卓の赤いボタンが点滅している。
  中央のモニター画面が切り替わり、プログラムの言語が上から下へスピーディーにスクロールしている。
  『LAYDENT C START』の文字が表示される。
  それを見つめ、ニヤリとするG2A。
G2A「プロジェクト完了」
  ため息をつき、祈るような表情で目を瞑るG2A。
  操作卓の電話が鳴り響く。
  受話器を持ち、話し出すG2A。
G2A「私だ」
情報部員の男の声「至急にあなたと話がしたいという男から連絡が来ています」
G2A「何者だ?」
情報部員の男の声「木崎と名乗っています」
  眉をひそめるG2A。
G2A「そいつの居場所を探知しろ」
情報部員の男の声「了解」
  回線が切り替わる。
G2A「久しぶりだな」

○ 墓場
  いくつもの墓石が置かれている通りを歩きながら携帯で話しているG5。
  フードで顔を隠している。
G5「もうおわかりですよね…私があなたに何を言いたいのか…」
G2Aの声「もちろんだとも。君も覚悟ができたようだな」
G5「ええ。空白の20年を取り戻すためにも。会って話しませんか?」
  『木崎五月之墓』と刻まれている墓の前に立つG5。花立に挿されている
  一厘の枯れたひまわりを見つめる。

○ コンビニ・駐車場
  駐車スペースに止まっているカスタードに急いで乗り込むH。

○ カスタード車内
  センターコンソールのホルダーに携帯を挿し込み、ボタンを操作するH。
  助手席に峻が乗り込んでくる。
峻「美智は?」
  寡黙に操作を続けるH。
峻「どうかしたの?」
H「Oは?」
峻「トイレに閉じ込めてある」
H「目を離したら駄目。あの矢に仕込んだ睡眠剤は、一時間しかもたない」
峻「どこかに奴を閉じ込めて、久我さんの居場所を聞き出さないと…」
  コンソールのモニターに地図のイメージが映し出される。
  白い点滅が急速に北上している。
  峻、モニターを見つめ、
峻「これ、何の画面?」
H「私のアームシェイドのメインプログラムを呼び出しているの」
峻「私のアームシェイドって…アームシェイドは、腕につけてるじゃん」
  Hのアームシェイドをまじまじと見つめる峻。
峻「あれ?いつの間に新しいのに換えたの?」
H「前のアームシェイドは、美智が装備してる」
  モニターを見つめる峻。モニターに黒い仮面が現れる。黒い仮面が峻を嘲笑う。
峻「また死神…」
H「えっ?」
峻「いや、その…最近変なんだ。急に黒い仮面が目の前に現れてさ…」
H「黒い仮面?」
  素早くスクロールしているプログラムデータ。画面がストップする。
  画面に表示されている『LAYDENT C START』の文字を見て、愕然とするH。
H「Oをどこかに隠して。私は、美智を追う」
峻「わかった。後で連絡する。H…」
H「何?」
峻「…いや、別に」
  車から降りる峻。

○ コンビニ駐車場
  勢い良くバックし、駐車場から出て行くカスタード。
  それを呆然と見つめている峻。
峻「無茶すんなよ、なんて言っても無駄なだけだよな」
  店からコンビニの店員の男が出てくる。
店員「お客さん」
  峻の前で立ち止まる店員。
店員「さっきのプリンの代金、まだ頂いていないんですけど…」
峻「えっ?強面の女が払いませんでしたか?」
店員「お金は、あなたが払うとか言って、プリンの入った袋だけ持って出て行きましたけど…」
  開いた口がふさがらない峻。

○ 墓場
  『木崎五月之墓』の前で合掌しているG5。手を下ろすと、フードを取り、顔を出す。
G5「全てを終わらせる時が来た。おまえの納得が行くような結果を出してみせる。必ず…」
  上空から聞こえてくるヘリのローター音。
  空を見上げるG5。
  飛行しているヘリ。こちらに迫っている。
  ホバリングして、近くの叢に降り立つヘリ。
  ヘリから降りてくるG2A。杖を突きながらゆっくりと歩き出す。
  黒服を身にまとった護衛のエージェントがG2Aの両脇につき、一緒に歩いている。
  G2A、墓場の敷地に入ると立ち止まり、
  エージェント達を静止させる。
  一人で歩き出すG2A。
  その様子を険しい眼差しで見ているG5。
  G5の前にやってくるG2A。
G2A「ずっと部屋の中にいたもんだから、思っていた以上に足腰が弱ってしまっていた。
 たまには、こうして外の空気も吸わないとな…」
G2A、五月の墓を見つめる。
G5「覚えていますか。20年前に時が止まった女のことを…」
G2A「君の妻だった女の事か。君ができてまもないP―BLACKに拘束されていた頃に一度だけ
 会った事がある。その時、コーヒーをご馳走になった」
G5「どんな話をしたんです?」
G2A「彼女は、君のことばかりを気にしていたよ。いつになったら戻ってこられるのか、
 そればかりをしつこく聞いてきた」
G5「霞は、自分の命を賭けて最後まであなたを守り通そうとしている。でも、逆にあなたは、
 深い忠誠心を持つ優秀な部下を切り捨てようとしている」
G2A「霞は、君の妻を奪い、命まで奪った男だぞ。そんな奴に肩入れしてどうするつもりだ?」
G5「確かにその通りです。でもあいつは、Hの育ての親です」
G2A「奴を許せるのか?」
G5「問題は、別にあります。誰が妻の命を奪うよう指示をしたのか…」
G2A「私が指示したとでも?」
G5「霞は、妻を愛していた。機密情報を知ったとは言え、そんな事ぐらいで妻を殺そうとするはずがない。
 圧力をかけたのは、あなただ」
G2A「証拠は?」
G5「そんなものない」
G2A「長年の拘留生活の中で大分いらぬ妄想を作り上げてしまったようだな」
G5「コードXE45HJの任務内容を覚えておられますか?」
  険しい顔つきになるG2A。
G5「24年前、あなたがアメリカ支部のデビッドマン・ルーナスと交わしたやりとりを私は、今でも一言一句、
 しっかりと記憶している」
G2A「だからなんだと言うのだ?」
G5「あなたは、自分の身を守るために、私をはめ、私を20年間拘束した。デビッドマン・ルーナスの
 殺害まで私に被せてな」
  G2A、失笑し、
G2A「そんなこと・・・今ここで言ってももう遅い。時は過ぎたんだ。もう終わった事だ」
G5「まだ終わっていない。D機関にあなたに関する全ての情報を売る。あなたが今のポジションを失った時、
 それでようやく全てが終わるんだ」
  G2A、スーツの内ポケットから静かに銃を抜き、G5に銃口を向ける。
G2A「本気でそんな事ができるとでも思っているのか?」
G5「私が証言している映像を記録したDVDをD機関に送った。ここで私を殺してもあなたの居場所は、もうない」
  近づいてきたエージェント達が一斉にG5に銃を向ける。
G2A「檻の中に戻れG5」
  ニヤリとするG2A。

○ 国道
  走行するブルーメタリックのワゴン。

○ ブルーメタリックのワゴン車内
  ハンドルを握る峻。バックミラーを見つめる。
  バックミラーに映る後部席の様子。ロープで縛られているOがシートに蹲り、眠っている
峻「眠ってるとは言え、なんだかそわそわするな…」
  ミラーからを目を離す峻。と、同時にOの両目がゆっくり開く。
峻「さぁて。どこに連れて行くべきか…久我さん大丈夫かな…」
  O、スーツの袖口に隠していた刃を出し、両手首に巻きついたロープを切り始める。

○ 山間・川沿いの道
  急流のそばを歩く霞。
  立ち止まり、スーツのポケットからハンカチを出し、頬の擦り傷から出ている血を拭く。
  深いため息をつく霞。
  霞、突然、正面を見つめ、険しい顔を浮かべる。
  森林の中に人影が見える。しだいに霞に近づいてくる。
  霞、人影を見つめ、
霞「どうしてここがわかった?」
  霞の前にやってくる女。女は、美智。
  美智、鋭い眼光で霞を見つめている。
  美智の異変に気づく霞。不敵な笑みを浮かべる。
霞「そう言う事か…」
  美智、右腕を前に出し、突然、アームシェイドのマシンガンを発射する。
  霞、地面を転がり、そのまま、川へ飛び込む。
  美智、川面に向けてマシンガンを連射。
  水面を弾く弾丸。霞の姿は、消えている。
  美智、無表情のまま、その場を立ち去る。
  下流に向かって勢い良く流されている霞。

○ 下流
  川沿いに流れ着き、うつ伏せで倒れている霞。
  霞の前にやってくる女の影。
  女、霞に近寄り、霞を川から引きずり上げる。
  女は、H。
H「霞さん…霞さん…」
  うっすらと目を開ける霞。
霞「…H」
H「美智と会ったんですね?」
霞「…G2Aがおまえと私を消そうとしている」
H「G2Aが?」
霞「D機関が24年前のスパイ事件の調査をし、G2Aがそれに関与している証拠を掴んだ。
 それには、俺とG5、そして、おまえの母親の死の事も関係している」
H「私の母を殺したのは、霞さんなんですか?」
霞「G2Aの指示を受けてやむを得ず…」
  H、複雑な表情を浮かべる。
霞「いいぞ、H。もう覚悟はできてる」
H「もういい」
  唖然とする霞。
H「私は、あなたの部下です。それが現実です」
  霞、力ない表情。
H「アームシェイドのライデントCプログラムが動いています」
霞「ライデントCは、洗脳プログラムだ。G2Aが起動させたんだ。与えられた任務を終えたら、美智は、死ぬ」
H「ライデントCの解除方法を教えてください」
霞「一度起動したら、腕を切り落とす以外は、止める方法はない」
  突然激しく鳴り響く銃声。H、霞を庇い、盾になる。
  Hのスーツに流れるように弾丸が数発当たる。
  苦痛に顔を歪めるH。
  振り返り、後ろを見つめる。
  美智がアームシェイドの銃口を向けながら近づいてくる。
H「美智…」
  美智、鋭い眼光でHを見ている。
霞「話しかけても無駄だ。今の彼女は、ただの殺人マシーンだ」
  H、意を決して立ち上がり、美智と対峙する。
  H、美智に向かってダッシュする。
  美智、アームシェイドのマシンガンを連射。
  H、アームシェイドの翼を広げ、盾にする。翼に弾丸が当たり、跳ね返している。
  空高くジャンプするH。姿を消す。
  マシンガンを打つのを止める美智。
  美智の背後に着地するH。美智を羽交い絞めにする。
美智「離せ!」
  美智の右腕を背中側に捻り上げるH。
  苦痛で顔が歪む美智。
H「許して美智…あなたを助けるには…この方法しかないの…」
  Hのアームシェイドの翼から銀色の刃がスッとあらわれる。
  H、覚悟を決め、美智の右腕の肘を狙い、翼の刃を振り向ける。
  大きな叫び声を上げる美智。
  しばらくして、その場に倒れ込む。
  左手に美智の右腕を持ったまま突っ立っているH。
  その様子を見つめている霞。
霞「H…」
  H、美智の右腕のアームシェイドを見つめ、
H「こんなもののために…」
  美智の右腕からアームシェイドを引き剥がし、遠くへ投げ捨てるH。
  林の中に落ちたアームシェイドが爆発し、大きな炎を上げる。
  美智の右腕の上腕部を布で強く縛る。
H「美智を病院に連れて行きます」
霞「俺の事は、心配するな。早く行け」
  H、ベルトのホルダーから携帯電話を出し、霞の前に放り投げる。
H「予備の携帯です。後で連絡します」
  H、美智を両腕で抱き上げると、駆け出し、姿を消す。
  霞、立ち上がり、携帯を拾う。やるせない表情を浮かべる。

○ 病院・1F駐車場
  私服、眼鏡姿のHが玄関口から表に出てくる。
  立ち止まるH。携帯の電源を入れた途端、着信メールを知らせる音が流れる。
  メールを確認するH。
  峻が暗闇の水の中でもがいている画像が表示される。
  愕然とするH。
  画像の下に書かれている電話番号を見つけ、ナンバーを打つ。
  呼び出し音の後、すぐに電話がつながる。
男の声「おっ、予想以上にはや!」
H「…O」
  声は、Oである。
Oの声「君の部下は、僕がしっかりかわいがってあげてるよ。井戸まで連れて行く時間がなかったから、
 今度は、どこかのタンクを拝借した」
H「相変わらず水攻めが好きね。トラウマでもあるの?」
Oの声「P―BLACKの任務でね。監視中の組織に捕まって、一週間、マンションの貯水タンクに
 閉じ込められた。時々思い出して、無性に誰かを苦しめたくなるのさ」
H「あいつは、どこにいるの?」
Oの声「もう死んでるかも知れないな。君が余計なことをしたから」
H「なら、あなたを殺す」
Oの声「どうぞ。いつでも待ってる。僕の居場所がわかるならね」
H「…」
Oの声「どうしたの?もう諦めちゃったの?」
H「…」
Oの声「不貞腐れるなよ。ヒントをやるから。写真を送るよ。なんて優しいんだろうな、僕って」
H「あなたの目的は何?」
Oの声「さぁ、なんでしょう」
H「あなたのバックにいるのは、G2Aね」
  O、不気味に笑い、
Oの声「あのじじいまだ生きてたのか。さっさとくたばればいいのに」
H「G2Aがあなたを日本に呼び戻した」
Oの声「証拠もないのに確信めいたこと言うね。まぁ、好き勝手に妄想しなよ。じゃあな」
  電話が切れる。
  H、送られてきた画像をチェックする。
  画像に写る郊外の住宅地。点々と建ち並ぶ住宅。遠くの方に写る古びた4F建てのマンションが見える。
  H、マンションをまじまじと見つめる。
  マンションの屋上に設置されている白い貯水タンクを目にする。
  カスタードに乗り込むH。
  急発進で駐車場を出て行くカスタード。

○ P―BLACK本部・G2Aオフィス
  全てのモニターに映し出されているひまわりの映像。それをバックに椅子に深く腰を掛けているG2A。
  ヘッドホンをつけ、目を瞑り、静かにクラシック音楽を聴いている。
  すりガラスの向こうに人影が見える。気配を感じ、目を開けるG2A。
  ヘッドホンをはずし、
G2A「おまえもつくづく律儀な奴だ。わざわざここに戻ってくるなんて…」
  すりガラスの前に立っている霞。
霞「かつての仲間を6人殺しました。私にはもう、人殺しは、できません」
G2A「引退宣言しに来たのか?」
霞「今日をもって、私のスパイ人生は終了です」
G2A「Hを失ったからか?アームシェイドに打ち勝つとは…さすが私が見込んだだけはある」
霞「Hは、生きています」
  G2A、険しい顔つきになる。
霞「ライデントCで洗脳状態になったのは、Hの友人です」
G2A「Hは、どこにいる?」
霞「知りません」
  霞、スーツの内ポケットから短銃を出し、
  すりガラスの向こうのG2Aに銃口を向ける。
  薄笑いを浮かべるG2A。
G2A「人殺しは、もうできないんじゃなかったのか?」
霞「これが私の…最後の任務です。あんたは、人じゃない。悪魔だ」
G2A「この20年間、私のためによく働いてくれた。感謝している。どうせ、私の人生は、残り少ない。
 最後の感謝の気持ちだ。好きにしろ」
  霞、ゆっくりと短銃の引き金を引く。
  鳴り響く銃声。
  弾丸は、すりガラスに当たるが跳ね返り、霞の左腕を貫通する。
  よろける霞。
  高笑いするG2A。
G2A「万が一のために、今朝、防弾ガラスに取り換えた」
  霞、すりガラスに何度もパンチする。
G2A「スパイ人生ではなく、おまえの人生が今日で終わるのだ」
  ブザーが鳴り、出入り口のドアがロックされる。
  天井の噴出口から紫色の煙が発生し、部屋の中を漂い始める。
  霞、ハンカチで鼻と口を押さえ、煙を払っている。
  すりガラスの向こうの様子をモニターで確認しているG2A。
  煙が充満し、霞の姿が見えなくなる。
G2A「神経ガスの味は、最高だろ。骨は、ちゃんと拾ってやるから安心しろ」
  部屋から出て行くG2A。

○ 住宅地
  一面に広がる畑。辺りに点々と建つ住宅。
  緩い坂道を猛スピードで走行するカスタード。
  古びたマンションの前で急停止する。
  車から降りるH。
  マンションの屋上に設置されている貯水タンクを見つめる。
  Hの体が赤い光を放つ。赤いスーツ姿に変身するH
  アームシェイドの先端からフックのついたロープが飛び出す。
  フックが屋上の柵に引っかかる。
  アームシェイドのウインチが作動し、勢い良く屋上に向かって引き上げられて行くH。

○ マンション・屋上
  貯水タンクに向かって走るH。
  ジャンプして、タンクの上に乗り、タンクの蓋を開ける。
  中を覗きこむH。

○ 貯水タンクの中
  うつ伏せで大の字になって、水面に浮かんでいる峻。
  H、急いで、中に入り、峻の体を抱きかかえる。

○ マンション・屋上
  峻を床に寝かせるH。
  峻、真っ青な顔。微かに息をしている。
  H、峻の頬を何度も叩く。峻、中々目を開けない。
  H、ホルダーから緊急用の小型の収納ケースを出し、緑色の錠剤が入った薬の瓶を取り出す。
  錠剤を峻の口の中に入れるH。
H「しっかり飲み込みなさい」
  ゴクンと飲み込んだ音が聞こえる。
  しばらくして目を覚ます峻。
  Hを見つめ、
峻「H…」
  H、安堵の表情。
峻「今回ばかりは、本当にもう駄目かと思った…」
  H、立ち上がり、その場を立ち去る。
峻「やる気を出すと、でっかいドジばっかやらかすし。またやる気出したら、今度は確実に死ぬな…」
  立ち止まるH。
H「ごめんなさい」
  起き上がる峻。
峻「えっ?」
H「あなたを私のいる世界に巻き込んでしまって…」
  歩き出すH。
峻「Oの居場所を知ってるぞ」
  立ち止まるH。
峻「タンクに入れられる前に携帯で誰かと話してた」
  振り返るH。
  ニヤッとする峻。

○ 都心・オフィスビル街
  横一列に連なるビル群の一角。
  一面ガラス張りの高層ビルの玄関口からあらわれる坂野咲。
  三人の秘書と二人のSPが坂野咲を囲むように歩いている。
  ビル前に横付けされた黒いマジェスタの後部席に乗り込む坂野咲。
  反対側の車線に止まっている銀色のスカイライン。

○ スカイライン車内
  運転席に座っている桐沢。サングラスをかけている。
  窓から坂野咲が乗る車を覗き見ている。
  窓の前にたちはだかる男の影。
  唖然とする桐沢。
  窓を開け、男と顔を合わす。
桐沢「何してるんだ?」
  桐沢、男の顔を見つめ、愕然とし、
桐沢「おまえ…」
  男は、O。O、不敵な笑みを浮かべ、
O「お久しぶりです。桐沢さん」
  O、桐沢の顔に銃口を向ける。
桐沢「D機関のエージェントを殺しまくっているのは、K3だけじゃなかったようだな」
O「K3?何のことです?」
桐沢「霞はどこにいる?」
O「僕が知るわけないでしょ」
桐沢「じゃあ、おまえは…」
O「説明するの面倒臭いから、簡潔に言うと、あんた、邪魔」
  坂野咲が乗った車が走り去って行く。
桐沢「あいつに依頼されて俺を?」
O「彼の力がなかったら、僕は、ここに戻ってこられなかった。それと、一応言っとくとG2Aも知ってるよ」
桐沢「G2Aが俺を…」
O「じゃあ、そろそろバイバイしましょうか」
  突然、Oの右腕にワイヤーが絡まる。
  ワイヤーに引っ張られて、体を地面を引きずり込まれるO。
  右手に持っていた銃を落とし、勢い良く引きずられているO。

○ オフィスビル・スロープ
  地下駐車場へ続くスロープにまで引きずられているO。
  ワイヤーが腕から外れる。
  痛みを堪えながら立ち上がるO。
  ボロボロになったスーツを見回し、
O「くそぉ、買ったばかりのオーダーメイドだぞ!」
女の声「あなたに上等なスーツは似合わないわ」
  地下駐車場の入口に立つ人影。ゆっくりとスロープを登り、Oの前にやってくる女。
  女を睨み付けるO。
O「H…」
  Oの前に立つH。
H「ボロボロになったその姿が一番お似合い」
  O、スーツの内ポケットからオートマティックの銃を出し、数発撃つ。
  H、瞬間的に姿を消し、Oの背後に回り込む。
  銃を奪い、ハイキックで顔を蹴り上げる。
  顔を抑え、よろめくO。
  H、さらに回し蹴り、アッパー、フック、右ストレート、左ストレートのパンチを連続で浴びせる。
  とどめにジャンピングして、エルボーをOの首にヒットさせる。
  勢い良く、倒れ、そのまま、スロープを転がって行くO。
  地下駐車場からOに向かって走ってくる車。
  車、Oの寸前で急ブレーキをかけ、立ち止まる。
  車は、カスタード。
  カスタードの運転席から降りてくる峻。
  Oの前に立ち、
峻「今度は、俺の番だぞ」
  O、峻を見つめ、
  不敵な笑みを浮かべる峻。
峻「あんたの好きな場所に連れてってあげるよ」
  Hのそばに近づいてくる桐沢。
桐沢「君は、Hだな」
  桐沢と顔を合わすH。
桐沢「説明してもらおうか?」
H「首謀者は、G2Aです。あなた達が調べている24年前の件と深く関係しています」
桐沢「やはりそうだったのか。霞は、どこにいるんだ?」
H「連絡が取れません」
桐沢「霞は、私の部下を何人も殺した。捕まれば、P―BLACKのルールに基づき、
 彼を処刑台におくらなければならない」
H「私が責任を持って、G2Aと霞さんを拘束します」
桐沢「君を信用しろと言うのか?」
  桐沢、Hの真っ直ぐな眼差しを見つめ、
桐沢「では、2時間だけ待とう。それを過ぎたら、我々は、君を拘束する」
  桐沢、小型の発信器をHに見せ、
桐沢「これで君の行動を監視する。もし、電波が届かなくなった場合は、反逆行為とみなして、
 我々の独自の判断で、君を処刑する」
  発信器を受け取るH。
H「わかりました」

○ P―BLACK本部・屋上ヘリポート。
  ローターを回転させながら止まっているシコルスキーS76型ヘリ。
  階段を上り、ヘリに向かって歩いているG2A。その後を黒いスーツを身にまとった
  警護役の三人のエージェントが歩いている。
  G2Aがヘリに乗り込もうとした時、階段からD機関の3人のエージェント達があらわれ、G2Aの前に近づく。
エージェントDR102「お待ちください」
  立ち止まるG2A。
エージェントDR102「部屋にお戻り頂きたい」
G2A「私に何の様だ?」
エージェントDR102「桐沢さんがあなたに至急のお話があるので引き止めるよう言われました」
G2A「友人を待たせているんだ。話を聞いている暇はない」
  G2Aの警護役のエージェント達が突然銃を構え、D機関のエージェント達を撃つ。
  バタバタと倒れるD機関のエージェント。
  ヘリに乗り込むG2Aとエージェント達。
  離陸するヘリ。ゆっくりと高度を上げ、空に向かって進んで行く。

○ 山奥・寺
  人の気配がない。
  本堂裏の古井戸の前に立っている峻。
  古井戸の奥底からOの喚き声が聞こえてくる。
  古井戸の中を覗き込み、大きい声で話し出す峻。
峻「ギャーギャーうるせぇよ。俺は、47時間その中にいたんだぞ」
O「早くここから出せ。こんな明かりのないところに…あーもう…」
峻「あれあれれ。もしかして、一流のスパイさんが暗所恐怖症?まさかあ」
O「僕だって人間だ。に、苦手なものは、ある…」
峻「漫画喫茶とそんなに変わらないと思うけど。なんなら、コミック本投げ入れてやろうか」
O「こんなところで読めるか!」
峻「よし、そろそろ本題に入ろうか。久我さんはどこだ?」
O「さぁな」
峻「ふーん」
  古井戸から立ち去ろうとする峻。
O「おい、待て。置き去りにする気か?」
峻「コンビニで弁当買って来る」
O「ふざけんな。早くからここから出せ」
峻「久我さんはどこだ?」
O「ロープ垂らせ。話はそれからだ」
  峻、古井戸から離れる。
O「世田谷のトランクルームだ。鍵とカードキーは、ワゴンの収納ボックスの中だ」
  踵を返し、古井戸の前に戻る峻。
峻「G2Aは、どこへ雲隠れするつもりなんだ?」
O「おい、二度も質問するなんて反則だぞ」
峻「あっそ。じゃあ新記録作ろうぜ。先に久我さん助けに行って来るよ」
O「待て!坂野咲の別荘だ。そこで落ち合って、フランスに移住する気だ」
  ニヤリとする峻。

○ P―BLACK本部・地下4F収監室
  暗闇の独房室。
  部屋の真ん中に座っているG5。
  通路を歩く人影。
  独房室の扉の前に立つ男の姿。
  男が扉を開ける。
  男を見つめるG5。唖然とする。
G5「おまえ…」
  男は、霞。G5の前に立ち、
霞「後始末をしましょう。木崎さん」
  唇を噛み締めるG5。

○ 海岸
  高台に聳え立つコンクリート打ち立ての大きな別荘。
  上空から聞こえてくるヘリのローター音。
  G2Aが乗るヘリが別荘に接近してくる。
  別荘の庭の敷地にゆっくり着陸するヘリ。
  ヘリの後部扉が開く。三人のエージェントが先に降り、その後、G2Aが降りる。
  別荘の玄関の扉が開く。坂野咲の秘書の男がG2Aを出迎える。

○ 別荘2F・リビング
  棚からワインの瓶を取り出す坂野咲。
坂野咲「いかがですか?」
  ソファに座っているG2A。
G2A「結構」
  坂野咲、ソファに腰掛ける。
坂野咲「以前は、必ず一本空けておられたのに…」
G2A「飲みたい気分ではないんだ。もう歳かも知れんな」
坂野咲「私もついこの間まで政界のエースと呼ばれていましたが、今は、老害政治家の第一人者として、
 マスコミに祭り上げられていますから」
G2A「それは、名誉な事だ」
  苦笑する坂野咲。
坂野咲「まったく…」
G2A「D機関は、追い払ったのか?」
坂野咲「ええ。さっきあなたの元部下から連絡がありました」
G2A「Oのことか。もちろん片付けるんだろうな?」
坂野咲「はい。まもなくここに来るはずです」
  テラスのほうからガラスの割れる音が聞こえる。
  一人のエージェントが通路の奥からリビングに吹き飛ばされてくる。
  4人の警護役の男達が銃を構えながらテラスのほうに向かう。
  険しい顔つきのG2A。
  激しく高鳴るマシンガンの銃声。
  男の叫び声が響く。
  動揺している坂野咲。
  何者かの足音が響く。どんどんこちらに近づいてくる。
  G2A、近づいてきた人影を見つめ、ニヤリとする。
G2A「おまえだったのか…H」
  二人の前にあらわれるH。スーツ姿。
  立ち止まるH。
H「あなたを拘束します」
G2A「理由は?」
H「24年前のシークレットコードの件です。あなたは組織を裏切り、P―BLACKの情報を海外に売っていた」
G2A「どうやら、全てを知ってしまったようだな」
H「それだけじゃない。あなたは、私の母を殺した」
  坂野咲、隙を見て、ベランダから部屋を出て逃げ出す。
G2A「私は、殺していない。霞が殺したんだ」
H「霞さんは、あなたの指示に従っただけよ。霞さんは、母を愛していた」
G2A「我々のように影でこの国を支えている存在は、一生影でしかなく、表の人間達は、何も知らず、我が物顔で
 一生平和な毎日が送れると根拠もないのに自信を持ち生き続けている」
H「…」
G2A「誰も気づこうとしない。いや、気づいていてもそれに立ち向かおうとするものは、誰一人いないのだ。
 目の前にいる敵にも気づかない。なんとも醜いと思わんか」
H「…」
G2A「我々が影で国家を支えている。偉大なる影だ。我々が生きる事で、表の人間も生き続ける事ができるのだ」
H「それは、驕り。あなたは、自分の地位に酔っているだけ。
 そして、それを守るために周りを犠牲にする。あなたのやり方は、異常よ」
G2A「誰かにとって不都合な事実を封殺する事も我々の立派な仕事だ。
 何も知らさなければ、平常と言う幻想が保たれるのだ」
H「勝手な屁理屈を言わないで。私は、裏の世界で生きるスパイ。スパイにも越えてはいけない
 一線がある。ルールを破った者には、平等に罰を与える」
  G2Aに迫るH。
G2A「私に近寄るなH」
  G2A、上着を脱ぐ。爆薬を仕込んだベストを着ている。
  右手に持つリモコンのボタンに指を当てるG2A。
G2A「マシンガンを撃てば、おまえも木っ端微塵だ」
  足を止めるH。
H「霞さんはどこにいるの?」
G2A「毒ガス浴びて死んだよ。おまえの父親にも爆弾をセットした。あと1時間もすれば、この世から消える」
  G2A、自分の右手に手錠をかける。
G2A「おまえもはめろ。一緒に来てもらおう」
  H、悔しげに歯を食いしばる。なくなく左手首に手錠をかけるH。
H「皆…あなたのために…」
  高笑いするG2A。
G2A「国家の捨て駒になる。それがおまえ達の役目だ」
  立ち上がり、杖をついて歩き出すG2A。
  Hも同時に歩き出す。

○ 別荘・敷地
  部屋を出て、ヘリの前に向かっているG2AとH。
H「どこに行くの?」
G2A「もう飽きたよこの国は。もっと、のびのびとした場所で余生を送るんだ」
  ヘリの後部席に乗り込むG2AとH。
  ローターが回転し、離陸するヘリ。
  高度を上げ、海に向かって進んで行く。

○ ヘリ・キャビン内
  後部席に座っているG2AとH。
  H、青い海を哀しい目つきで見つめている。
H「私をどうするつもり?」
G2A「この青い海の真ん中に沈めてやる」
  ヘリ、突然急降下し、海面に向かってまっ逆さまに降りて行く。
G2A「何をしてる?」
  G2A、操縦席を覗く。
  操縦桿を握る男がG2Aと顔を合わせる。
  ヘルメットとサングラスをつけている。サングラスをはずす男。男は、G5である。
  ヘリの体勢が戻る。海面すれすれで飛行している。
G5「ヘリの操縦は、二十年ぶりだ」
  唖然とするG2A。
G2A「木崎…どうしてここに?」
  助手席に座っている男がヘルメットとサングラスをはずす。男は、霞である。
  霞を見つめ、愕然とするG2A。
G2A「おまえ…毒ガスを浴びたんじゃ…」
霞「私の死体を確認しなかったのは、あなたらしくないですね。事前にガスマスクを用意していたんですよ」
H「霞さん…」
  霞、右手に持った短銃を構え、HとG2Aをつなげている手錠の鎖を撃つ。
  弾が鎖に当たり、鎖が千切れる。
H「霞さん、G2Aの体に爆弾が…」
  霞、G2Aに銃口を向け、
霞「わかってる」
G2A「どういうつもりだ霞!」
  霞、後部席に移動し、G2AとHの間に割り込む。
霞「扉を開けろ」
G2A「何?」
H「何をするつもりですか霞さん…」
  G2Aの頬に銃口を突きつける。
霞「二十数年間私はあなたの命令に従ってきた。最後ぐらい私の命令に従ってもらいますよ」
  G2A、なくなく、扉を開ける。
H「やめてください!」
  霞、Hを見つめ、
霞「おまえの任務は、これで終わりだ」
H「霞さん…」
霞「散々苦しめてすまなかった」
  霞、一瞬、笑顔を浮かべる。また険しい顔つきになり、G2Aと共にヘリから飛び出す。
H「霞さん!」
  上空のヘリからまっ逆さまに海に落ちるG2Aと霞。
  ヘリから身を乗り出し、様子を窺うH。
  しばらくして、海の中で爆発が起こり、巨大な炎が上がる。
  呆然と爆炎を見つめているH。
  G5、寡黙にヘリの操縦を続けている。
H「どうして…」
G5「…これが霞なりの決着のつけ方だ」
  H、力ない表情を浮かべ、シートにもたれる。
  呆然と俯き、泣き崩れる。
  G5、寡黙に操縦を続けている。

○ 海上を突き進むヘリ
  陸に向かって飛び去って行く。

○ 歩道橋(一ヵ月後)
  スーツ姿の峻が歩いている。
  橋の真ん中で立ち止まり、靴の裏を確かめる。
  ガムがこびりついている。
  深いため息をつく峻。
  ふと、下の幹線道路を見つめる峻。
  丁度、橋の下をバスが潜り抜けている。
峻「…なんか、前にもどこかで見た光景のような」
  バスの屋根の上に立つ黒い人影。
  黒仮面が峻を見つめ嘲笑う。
  目を擦り、またバスを見つめる峻。
  黒い人影は、消えている。
峻「死神野郎がまだうろついてる…」
  携帯電話が鳴る。電話に出る峻。
峻「あっ、もしもし…」

○ 高級マンション『アベルパーク』5F・504号室
  リビング。クローゼットの中の服をベッドの上に出しながら、携帯で話をする亜美留。
亜美留「何時に戻れそう?」
  受話口から峻の声が聞こえる。
峻の声「ああ、そうね、後一時間ぐらい…」
亜美留「じゃあ、先に部屋に行って準備しとくから。12時半に配達が来るの。この間買いに行った冷蔵庫」

○ 歩道橋
峻「あっ、今日か…。じゃあ、直接そっちに行くよ」
亜美留の声「あのさ…今度お父さんと会う時、一応報告しとくね…」
峻「どうしようか。やっぱ、俺も一緒に行ったほうがいいかも」
亜美留の声「無理しないでいいよ。Hに言われたんでしょ。もうあそこには、近づくなって」
峻「…」
亜美留の声「どう?決まりそう、仕事…」
峻「次の面接終わったら、即行で行くから」
  電話を切る峻。
  橋の柵に手を置き、景色を眺める峻。
  ハッと脳裏にある光景が浮かぶ。

○ 峻の回想
  バスの屋根にしがみついている赤いスーツ姿のH。

○ 歩道橋
峻「そうか、初めてHと会った場所だここ…」
  呆然と空を見つめる峻。
峻「…にしても酷いよな。一言もなく消えちまうなんて」
  峻の背後から女の声が聞こえる。
女の声「Hなら元気よ」
  振り返る峻。女は、美智。
峻「おお…ひさしぶり…」
  峻、美智の右腕を見つめる。
峻「その腕…」
  美智、右腕を動かす。
美智「これね。Hのお父さんに作ってもらったの。全然自然でしょ。本当の腕みたいに動かせるし」
峻「今何してるの?」
美智「明日からこの近くの商店街にある花屋でバイトすることになったの」
峻「へー。またやるんだ」
美智「この腕がなかったら、花も植えられないし、パソコンのキーボードも撃てなかっただろうし。きっと絶望して
 自殺してたかもしれない。でも、元はと言えば、私が変な欲を出してしまったのが原因だから。
  結局振り出しに戻るけど、それが私の生きる道なんだって…」
峻「Hは、どこにいるの?」
美智「それは…私にもわからない」
峻「でもさっき元気だって…」
美智「Hと最後に会ったのは、一週間前よ。腕を切断してしまった事を謝りに来てくれたの」
峻「住んでる場所聞かなかった?」
美智「何も聞かないことを条件にこの腕を作ってもらったから…。でも、Hももう普通の人に戻ったから、
 ソッとしといてあげるほうがいいわよ」
峻「やっぱ…辞めたのかスパイ…」
美智「きっとどこかで、親子で仲良く暮らしてると思うよ」
峻「…そうだな。もう俺も何も考えない事にするよ」
美智「私、これから明日の準備があるから。じゃあね」
  美智、手を振り、歩き去って行く。
  美智の後ろ姿を呆然と見ている峻。
峻「なんだよ…結局俺だけほったらかしかよ…」

○ 駅内・コンビニ
  栄養ドリンクの棚の前に立っている峻。
  ふと、冷凍食品の棚を見つめ、吸い寄せられるようにそこへ向かう峻。
  ストロベリーのプリンを手に持ち、カウンターに向かう。

○ 同・プラットホーム
  コンビニの袋を右手に持ち、電車を待っている峻。
  突然、峻の首に注射器の針が刺さる。
  峻、痛みを感じ、首を触る。
峻「いてっ。蜂にさされたか…」
  どこからともなくHの声が聞こえる。
Hの声「それって新製品?」
  辺りを見回す峻。
  たくさんの人々がホームを行き交っているが、Hの姿はない。
  峻が右手に持っていたコンビニの袋の中のプリンが消え、代わりにひまわりの花が入っている。
  ひまわりを手に持つ峻。
峻「…H」
Hの声「まあまあの味ね。あなたのスパイ活動と同じで微妙な感じ…」
峻「どういう意味だよ。出て来いよ」
Hの声「1つだけ忘れていた事があったの」
峻「何?」
Hの声「あなたが時々見ていた黒仮面の幻覚。あれは、霞さんが撃った麻酔弾の後遺症よ」
峻「麻酔弾…」
Hの声「少し利き過ぎていたようだから、さっき、それを押さえる薬を打っといた。私、コーヒー飲めるようになったわ」
峻「じゃあさ、喫茶店行こうぜ。奢るからさ。俺の前で飲んでみろよ」
Hの声「本当よ。あとは、想像に任せる」
  ホームに電車が入ってくる。
  電車が止まり、一斉にドアが開いて、乗客が慌しく乗降する。
  雑踏の中でHを探している峻。
  階段の人ごみの中に混じり、階段を降りているH。眼鏡かけ、OL風の姿。
  一瞬、峻の姿を見つめ、
H「また別次元で逢いましょう」
  微笑むH。階段を降り、姿を消す。


                                                   ―THE END―

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