『CODENAME:H←→11』 「沈むひまわり」 作ガース『ガースのお部屋』



○ 車工場跡地・工場内(夜)
  地面の中に埋まる棺の中で眠っているG5(木崎満彦・52歳)。
  突然、眼を開け、ムクッと起き上がる。
  驚愕し、思わず尻餅をつく高部 峻(22)。悲鳴を上げる久我亜美留(21)。
  半面焼け爛れた不気味な顔を峻達に向けるG5。
峻「バ…バケモノ…」
  怪訝に辺りを見回すG5。
  額にできた銃創を気にしている。
亜美留「生きてる…」
峻「じゃあ、なんで棺の中に…」
G5「Hは、どこだ?」
峻「はい?」

○ 繁華街に立ち並ぶビルディング
  とある6階建ての古びたテナントビル。
  その4階に漫画喫茶がある。

○ 4F・漫画喫茶2号ルーム
  椅子に座る女性の後ろ姿。
  机の上にアームシェイドを装備している右腕を置いている。
  ドライバーでアームシェイドを解体している前原 美智(23)。私服姿。
  一つずつ細かいパーツを外し、机の上に並べている。
  イラっとする美智。
美智「はぁ、わけわかんなくなってきた」
  パーツを外すのをやめ、ため息をつく美智。
  動いた拍子に痛めた左腕に激痛が走り、思わず顔を歪める。
  左腕を摩る美智。
  隣の部屋から男の笑い声が聞こえてくる。
  また、イラっとする美智。
  しばらくして、また、ケラケラと大きな笑い声がする。
  呟く美智。
美智「あー、んもう!」
  また、男の笑い声。
  美智、たまらず立ち上がり、部屋を出る。

○ 同・3号ルーム
  ノック音がする。
  青色のスーツを着る男、音に気にせず、漫画雑誌に夢中になっている男。雑誌に隠れて顔が見えない。
  扉が開き、中に入っている美智。
美智「ちょっと…」
  雑誌を下ろす男。顔が露になる。
  男は、コードネームO(沖永秀二・36歳)。茶色の短髪、無精髭を生やし、ふちなしの眼鏡をつけている。
O「なんでしょう?」
美智「うるさいんだけど…」
O「何が?」
美智「静かにしてって言ってんの」
O「だって…この漫画ツボ。腹痛い…」
  また、ケラケラ笑い出すO。
美智「カラオケルームとかに行って読めば?」
O「カラオケか…大学時代に先輩と一度行ったきりだな。一緒にどう?」
  美智、無視して、部屋を立ち去ろうとする。
O「それ、アームシェイドだろ?」
  立ち止まる美智。振り返り、Oを見つめる。
美智「今なんて言った?」
  O、美智の右腕を指差し、
O「それそれ。なんで君がそんなのつけてるの?」
  怪訝な表情を浮かべる美智。
  ほくそ笑むO。

○ 繁華街
  車が目まぐるしくひしめく国道を走る白いクラウン。

○ クラウン車内
  ハンドルを握る霞(かすみ) 良次(45)。
  バックミラーを見つめる霞。
  後ろを走る黒のステーションワゴン。
  ステーションワゴンにずっと尾行されている事に気づく霞。
  アクセルを踏み込み、素早くハンドルを切り込む。

○ 交差点
  タイヤを軋ませながら、勢い良く左に曲がるクラウン。
  食いつくようにその後を追って左に曲がるステーションワゴン。

○ 市道
  車通りのない薄暗い道を猛スピードで走るクラウン。
  車間距離を狭めて、後を追ってくるステーションワゴン。
  対向車線を走るパトカーとすれ違うクラウン。
  パトカー、Uターンし、二台の車を追跡し始める。

○ クラウン車内
  バックミラーを見つめる霞。
  ステーションワゴンと、その後ろを、赤色灯を光らせ、サイレンを鳴らすパトカーが写っている。

○ 市道
  ステーションワゴンの助手席の窓が開く。
  黒いスーツに、サングラスをかけた中年の男が身を乗り出し、
  パトカーに向けて、サブマシンガンを撃ち込む。
  パトカーのボンネットからフロントガラスにかけて弾丸が飛び散り、激しい火花を上げる。
  パトカー、歩道に乗り上げ、電柱に衝突する。
  男、今度は、クラウンのタイヤを狙ってマシンガンを撃つ。
  クラウンの左後輪に弾丸が貫通し、タイヤが破裂する。
  路上で激しく横滑りして、立ち止まるクラウン。
  クラウンの前で立ち止まるステーションワゴン。
  ステーションワゴンから、二人の男が降りてくる。
  車から降り、素早く小型銃のブローニングを構える霞。
霞「何者だ?」
  立ち止まる二人。長身、巨漢の男が喋り出す。
男A「銃を下ろしてください霞さん」
霞「どうして、俺の名前を知ってる?」
  男Bが、内ポケットからP―BLACKのバッジを出し、霞に見せる。
  バッジを確認する霞。唖然とする。
霞「安全保証部のスペシャルエージェントがなぜ俺を?」
  バッジをしまう男B。
男B「G2Aからの指令を受けました。あなたを拘束します」
霞「理解できん。ちゃん説明しろ」
男A「後で説明します」
  歩き出す二人。二人の足元に、霞が撃った弾丸が弾く。
  再び立ち止まる二人。
霞「そこを動くな。G2Aに直接話を聞く」
  銃を構えたまま霞が車の中に入り込もうとした時、男Bが咄嗟に銃を抜き、霞を撃つ。
  弾丸は、霞の左肩に当たる。
  その場に崩れる霞。肩を見つめ、呆然としている。
霞「麻酔弾…」
  しばらくして、眠りにつく霞。

○ 車工場跡地前
  建物の前に立ち止まる黒い軽自動車・カスタード。
  運転席から降りるコードネーム・H(木崎メイナ・24歳)。赤いコスチュームスーツを身につけている。
  工場の入口を見つめるH。工場の中の灯りが外に漏れている。

○ 同・工場内
  高く積まれた廃材の影に身を隠すH。
  顔を出し、奥のほうの様子を見つめる。
  峻と亜美留の後ろ姿が見える。
  二人、地面に向かって何やら話しかけているように見える。
  H、立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
H「何のつもり?」
  振り返る峻と亜美留。
峻「H…」
  二人の前に立つH。
  H、二人の後ろに見える棺を見つめる。
  中で、カステラを食べているG5。
  唖然とするH。
  G5、Hに気づき、
G5「メイナ…」
H「死んだんじゃなかったの?」
G5「私もそう思ってた。どうやら、霞は、私に麻酔弾を撃ったらしい」
H「ママを殺したのは、霞さんなのね…」
G5「奴から聞いたのか?」
H「話を聞くつもりだったけど、二人の事が気になったから、ここに来た」
G5「霞が私を殺さなかったと言う事は、あいつは、全てを背負って、
 P―BLACKに歯向かう決意を固めたと言うことだ」
H「…」
G5「あいつは、母親を殺した時、おまえの命だけは、奪わなかった。
 おまえをスパイに育て上げたのは、あいつなりに責任を感じていたからだ」
H「私は、ママを殺した奴を復讐するためにスパイになり、今まで生きてきたの。
 なのによりにもよってその相手が霞さんだなんて…」
G5「霞は、おまえ自身の手で、報いを受けようとこの日まで、おまえを自分の監視下に置いてきた」
H「霞さんは、ずっとあなたを犯人扱いしてきた。もし、あなたが本当にママを殺していないのなら、
 どうして、今まで私の邪魔ばかりしてきたの?」
G5「目的は、おまえじゃない。P―BLACKの任務を妨害しようとしたまでだ。
 おまえは、霞の洗脳状態にあった。現に今の今まで私を疑い続けていただろ?」
  H、突然、力が抜けたように、前のめりに倒れ込む。峻、咄嗟にHの体を受け止める。
峻「H!」
  気を失っているH。
G5「そこに寝かせてやってくれ」
  峻、その場にHを寝かせる。
峻「Hが失神するなんて…天変地異の前触れか…」
G5「今終わったんだ。『コードネームH』としてのメイナの人生が」
峻「じゃあ、Hは、もうスパイじゃなくなるのか?」
  立ち上がるG5。
G5「メイナの面倒を見てやってくれ」
  峻のそばを通り過ぎ、歩き去って行くG5。
峻「どこに行くんだ?」
G5「やり残している事がある」
  G5の背中を見つめる峻。
  亜美留、心配そうにHを見つめている。
  優しい顔で眠っているH。

○ カラオケ屋・ルーム
  ソファに座っている美智。
  憮然とした表情で、コーラーをストローで啜っている。
  立って、マイクを握るO。張り叫ぶように声を出して歌っている。
O「アタック、アタック、アタック!俺は、せんし〜」
  ため息をつく美智。
  曲が終わる。テーブルにマイクを置くO。
  ソファに座る。
O「はー、懐かしいな、すっきりした」
美智「何の歌?」
O「えー、知らないの?ダンバイン。ガンダムを作った富野由悠季の?」
  美智、どうでもいいようなうんざりした顔。
O「さっきから僕ばかり歌ってるけど、君もなんか歌いなよ」
  カラオケ本を捲り始めるO。
美智「それより、さっきの話しの続き聞かせて」
O「なんか歌ってくれるなら、話してもいいかな…」
美智「どうして、アームシェイドの事知ってるの?あなたもしかして、P―BLACKの…」
  O、カラオケ本を美智の前に差し出し、
O「どうぞ」
  美智、しぶしぶカラオケ本を受け取り、曲を探し始める。
美智「歌ったら、本当に全部話してくれるのね?」
O「もちろん。僕は、嘘は嫌いだ」
  美智、照れくさそうな顔でリモコンを持ち、ナンバーを入力する。
  モニターに映るタイトル。曲が流れ出す。
  曲は、今風のテクノポップ。
  O、リズムに合わせて軽く頭を振っている。
  歌い出す美智。
美智「あいしーーあうふたーりー」
  音程、テンポ、全てをはずしまくり、この世のものとは、思えない歌声を出す美智。
  表情が凍りつくO。耳を塞ごうと両手をあげそうになるが、耐えている。

○ P―BLACK本部・地下4階・拘留室
  白塗りの壁に囲まれた通路。
  
○ 同・A―C室
  4畳ほどの薄暗い空間。むき出しのコンクリートの壁にもたれて座っている霞。
  一点を見つめ、険しい顔つき。
  部屋の天井に設置されているスピーカーから、低くしわがれたG2Aの声が聞こえてくる。
G2Aの声「聞こえるか、K3」
  天井を見つめる霞。
霞「なぜ私をここに?」
G2Aの声「おまえにやってもらいたいことがある」
  立ち上がる霞。
G2Aの声「今までの中で一番辛い任務になるだろう」
霞「…」

○ 同・G2Aオフィス
  すりガラスの向こう側にある部屋の様子が露になる。
  部屋を覆いつくす巨大な監視装置。その操作卓の前で、黒い椅子に座っている
  スキンヘッドの老人の後ろ姿。暗号名『G2A』。
  中央のモニターに拘留室にいる霞の姿が映し出されている。
  ヘッドマイクに向かって話し出すG2A。
G2A「おまえの大事なものを覚醒させる時が来た」
  モニターに映る霞の表情が強張る。
霞の声「あいつを使い捨てになさるおつもりですか?」
G2A「どうしても嫌と言うのなら、無理強いはしない。その代わり、おまえに全ての責任を負ってもらう」

○ 同・拘留室A―C室
霞「責任?」
G2Aの声「おまえと言う優秀なスパイを失いたくないがために、この二十数年間、
 私は、おまえをフォローしてきた。次は、おまえの番だ」
霞「あの事件の事…内部の人間に嗅ぎ付けられたのですか?」
G2Aの声「次の幹部会議で、詳細がわかるが、D機関諜報部の連中が
 調査を進めているようだ」
霞「つまり、D機関の連中の始末をHにやらせると仰るのですか?」
G2Aの声「アームシェイドに組み込まれている『ライデントC』を起動するのだ。
 精神と理性を麻痺させ、最後の任務に当たらせろ」
霞「ライデントCは、脳神経を麻痺させるだけでなく、副作用で数時間も経てば死に至る恐るべきもの。
 Hがそれを使えば間違いなく…」
G2Aの声「Hは、殺人兵器となるのだ」
  愕然とし、肩を落とす霞。
霞「私に…任せてもらえませんか?」
G2Aの声「おまえが奴らを殺ると言うのか?」
霞「但し条件があります。Hのエージェントの資格を剥奪して、普通の人間として暮らせるよう、
 バックアップをしてもらいたい。そして、二度とこの世界に引きずり込まないで頂きたい」
G2Aの声「わかった。しかし、もしおまえが任務に失敗したら、おまえとH両方の命を差し出してもらう」
  静かに頷く霞。

○ カラオケ屋
  ぐったりしているO。ハンカチを出し、汗を拭き始める。
  テーブルにマイクを置く美智。
美智「どう?」
O「ああ…良かったよ…うまかった」
美智「嘘は嫌いじゃなかったの?」
O「…う…そじゃない。良かったから褒めたんだよ」
美智「もう一曲歌おうか?」
O「いや、そうそう、話の続きだったな。君の言う通り、僕は、P―BLACKのスパイさ」
美智「じゃあ、HやG5の事も知ってるの?」
O「もちろん。君は?」
美智「私もスパイよ。P―BLACKのメンバーじゃないけど」
O「じゃあ、アームシェイドは、どこで手に入れたんだ?」
美智「G5に作ってもらったの」
O「G5と知り合いなのか?」
美智「前はね。今は、もういないけど…」
O「いないって…死んだのか?」
美智「ええ。霞さんが殺したの」
O「…」
美智「私のアームシェイド、故障して使えなくなったの。どうにかならない?」
O「どうにもならない…ってことはない」
美智「直せるの?」
O「前にG5と一緒に仕事をした事があるんだ。その時、アームシェイドの事を色々と教えてもらった」
美智「お願い。なんとかして」
O「俺の仕事を手伝うのが条件だ」
美智「条件って?」
  ほくそ笑むO。

○ 山間から顔を出す太陽
  空がオレンジ色に染まる。

○ 車工場跡地内(朝)
  すっかり明るくなっている。
  棺のそばで眠っているH。
  目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。
  辺りを見回すH。
  Hの背後から亜美留の声が聞こえる。
亜美留の声「良かった」
  振り返るH。
  目の前に亜美留が立っている。
亜美留「もう目を覚まさないんじゃないかって…心配したよ」
  立ち上がるH。
H「あいつは?」
亜美留「お父さん?Hが倒れた後、すぐに工場から出て行った」
H「どこに行ったの?」
亜美留「行き先は、何も言わなかった」
  呆然としているH。
亜美留「それにしても遅いな…どこまで買い出しに行ったんだろ…」
H「買い出しって?」
亜美留「コンビニで朝飯買って来るって言って飛び出して行ったんです、高部さん。Hの車に乗って…」
  憮然としているH。
  亜美留の携帯が鳴る。
  携帯に出る亜美留。
亜美留「はい…あっ、美智さん…」
  唖然とするH。
美智の声「あんた、今どこにいるの?」
亜美留「工場です」
美智の声「まだそこにいたの。もう帰っていいわよ」
  H、亜美留の携帯を奪い取り、美智と話を始める。
H「美智…」

○ ワゴン車車内
  走行中。
  助手席に座っている美智。
美智「H…」
Hの声「どこにいるの?」
美智「さぁ。それより、どうしてあなたがそこにいるの?」

○ 車工場跡地内
H「想像に任せる」
美智の声「ちょうど良かった。あなたと会って、話がしたかったの」
H「何の話?」
美智の声「1時にメルフィスモールの立体駐車場の屋上で待ってる」
  電話が切れる。
  憂いの表情を浮かべるH。

○ 山道
  木々に囲まれた揺るかな坂道のカーブを勢い良く駆け上っているカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドル握る峻。
峻「…ったく、山の麓まで下りちまったぜ。面倒臭いったらありゃしない」
  峻、ガソリンゲージを見つめる。
  メーターの針が4分の1程の位置まで下がっている。
峻「やべぇ…ガソスタ、ガソスタ…」
  辺りを見回す峻。
  コンソールのボタンを押し、モニターに地図を映し出す。
  画面を見つめる峻。
峻「あるわけねぇよな…こんな山奥に…」
  携帯ホルダーにささったままのHの携帯の着信音が鳴り始める。
  峻、携帯を気にするが、取ろうとしない。
  しつこく鳴り響く着信音。
峻「あー、うっせぇな」
  急ブレーキを踏み、車を止める。
  携帯を取り、電話に出る峻。
  受話口から、霞の声が聞こえてくる。
霞の声「俺だ。昨夜はすまなかった。本部から緊急の呼び出しが入ってな…」
  黙って話を聞いている峻。
霞の声「おまえが聞きたい事は、わかっている。そうだ。おまえの母親を殺したのは、私だ。
 あの時、同じ部屋にいたおまえを殺そうと思えば、殺す事もできた。だが、私には、それができなかった…」
  唖然とする峻。
霞の声「これだけは、信じて欲しい。私がおまえをスパイに育て上げたのは、おまえにその適正が
  あることを見抜いたからだ。今までの事は、決して間違いではなかったと思っている」
  峻、声を出そうとするが、躊躇する。
霞の声「もう少し時間をくれ。一仕事が終わったら、もう一度会おう。私は、逃げも隠れもしない…」
  電話が切れる。
  呆然としている峻。

○ ビジネス街
  高層ビルディングが立ち並ぶ通り。
  両側二車線の道路を走るクラウン。

○ クラウン車内
  ハンドルを握る霞。
  しばらくして、携帯の着信音が鳴り響く。
  スーツのポケットから携帯を出し、ディスプレイを見つめる霞。
  コンソールのホルダーに携帯を置き、ヘッドマイクをつける。
  通話ボタンを押し、ヘッドマイクを通じて会話を始める霞。
霞「もしもし」
男の声「私だ」
  霞、G5の声だと気づき、ニヤリとする。
霞「…お目覚めですか」

○ 公園
  街の景色を見渡せる高台の休憩所。
  霞とG5が立っている。
  霞、街を眺めている。霞の背後に立っているG5。
G5「なぜ私を殺さなかった?」
霞「その理由は、あんたが一番わかっているはずだ」
G5「私にまだ利用価値があるとでも?」
霞「G2Aの立場がまずい事になってる」
G5「今頃、あの事件の事が掘り返されたのか」
霞「D機関諜報部がアメリカ支部の調査資料を入手した時、偶然にも24年前の諜報活動文書を発見した。
 当時、諜報部に所属していたG2Aとアメリカ支部のデビッドマン・ルーナスとの会話のやりとりが
 書かれている文書だ」
G5「それは、私が書いたものだ。私は、当時、G2Aと共にある任務を遂行していた。しかし、G2Aの行動に
 不審な点があることに気づいて、奴を尾行した。奴が借りていたホテルの部屋に盗聴器を仕掛けて、
 別の部屋で、その会話の内容をノートに書き綴った」
霞「諜報部は、あんたを必死で探している。あの内容が事実ならば、G2Aは、国益侵害行為の罪で、
 拘束されることになる」
G5「面白い。ようやくあいつも、俺が味わってきた苦痛を味わう事になる」
霞「しかし、そう簡単にはいかない」
G5「どういう意味だ?」
霞「俺がそれを阻止する」
G5「G2Aの命令か?」
霞「でも、心配するな。あんたには、もう手出しはしない」
G5「どうするつもりだ?」
霞「さっき、Hと話をした。あいつは、もう何もかも知っている。だから、あいつに決着をつけさせて
 やろうと思っている」
G5「それで、私にどうしろと?」
  振り返り、G5と向き合う霞。
霞「片がつくまで、どこかに身を隠せ」
G5「容易い用件だな。本当にそれだけでいいのか?」
霞「この任務が終わったら、Hは、エージェントの資格を失う。これでやっと、親子水入らずで
 平和な生活を送る事ができるな」
G5「カッコつけるな」
霞「…」
G5「Hの復讐が終わるとしても…私のは、まだ終わっていない」
  立ち去るG5。
  険しい表情を浮かべる霞。

○ 車工場跡地内
  駆け込んでくる峻。左手にコンビニの袋を持っている。
  椅子な座って、うとうとと眠りかむけている亜美留の前で立ち止まる。
峻「わりぃ、わりぃ。中々コンビニが見つからなくてさ…」
  亜美留、眼を覚まし、立ち上がる。
亜美留「ああ…カスタード、部屋まで持って来てって…Hが言ってた」
峻「Hは?」
亜美留「さっき、美智さんから連絡があったの。どこかで待ち合わせの約束をしたみたい」
峻「何で止めなかったんだよ?」
亜美留「私も一瞬まずいかもって思ったんだんけど、話をするだけって言ってたし…」
峻「行くぞ」
  峻、亜美留の腕を掴み、入口に向かって走り出す。

○ とあるホテル12階・通路
  1205号室の部屋から、二人の男が出てくる。スーツを着た恰幅の良い男達、通路を歩き出す。
  エレベーターの前で立ち止まる二人。
  エレベーター到着。扉が開く。中に乗り込む二人。
  
○ 同・エレベーター内
  並んで立つ男達の背後に、もう1人の男が俯きながら立っている。
  顔を上げる男。男は、霞である。
霞「奇遇だな…DA2、DA3…」
  振り返る二人の男。男達は、P―BLACKのエージェント、コードネームDA2とDA3。
DA2「K3…」
DA3「おまえがなぜここに…?」
  霞、右手でサイレンサーつきのブローニングを構え、二人を撃つ。
  二人とも左胸を撃ち抜かれ、その場に倒れる。
  床面が真っ赤な血に染まる。

○ 同・1階・エレベーター前
  扉が開き、中から出てくる霞。
  ゆっくりと歩きながら、人込みの中に消えて行く。
  エレベーターに乗り込む人々。死体に気づき、悲鳴を上げる。

○ 山道
  木々に囲まれた狭い下り坂を勢い良く下りているカスタード。
  うねるようなカーブを猛スピードで通り過ぎている。

○ カスタード車内
  ハンドルを握る峻。助手席に座る亜美留。不安げな様子。
亜美留「ちょっと、飛ばしすぎじゃない?」
峻「えっ?いつもこんなもんだよ。Hなら、この倍の速さでこんなカーブ突っ切るぜ」
亜美留「そんなに急いでどこに行くつもりなの?」
峻「Hのところに決まってるだろ。美智と会ったら、また、戦争になっちまうよ」
亜美留「私、二人が待ち合わせしている場所、知らないんだけど…」
  唖然とする峻。
峻「うそぉ?」
亜美留「だって、聞こうと思ったら、もういなくなってたんだもん」
峻「美智と連絡取れないか?」
亜美留「教えてくれるかな?」
峻「とりあえず、かけてみてよ」
  亜美留、ショルダーバックの中から携帯を取り出す。
  前を見つめる峻。
  数百メール前方に黒い人影が見える。
  眼を細め、人影をよく見る峻。
  確かに道路の真ん中に人が立っている。
  全身黒づくめで、人の形をした影のようにも見える。
  目を擦る峻。黒い人の顔をまじまじと見つめる。
  黒い人は、能面のような不気味な黒い仮面をつけている。黒い仮面の釣り上がった
  青い目と口が奇妙に動く。
  峻、おもいきり、ブレーキを踏み込む。

○ 急ブレーキで立ち止まるカスタード

○ カスタード車内
  思わず悲鳴を上げる亜美留。
亜美留「どうしたの?」
峻「人が…」
  亜美留、辺りを見回し、
亜美留「人なんてどこにもいないけど…」
峻「いるよ、前に…」
  前方を確認する亜美留。
亜美留「疲れてるんじゃない?大丈夫?」
峻「また、死神野郎だ…何なんだよいったい…」
亜美留「死神野郎って?」
峻「俺の頭の中にしつこくつきまとってるストーカーだよ」
  プスプスと抜けるような音がし始め、しばらくしてエンジンが止まる。
  峻、何度もスターターを回すが、エンジンがかからない。
峻「あれ…なんで、この…」
  亜美留、ガソリンゲージを見つめる。
亜美留「ガス欠…」
峻「あっ…忘れてた…」
亜美留「近くにスタンドは?」
峻「ない」
亜美留「どうしよう、こんなところで。中々車通らないのに…」
  ため息をつく峻。ふと、バックミラーを見つめる。
  後ろからブルーメタリックのワゴンが近づいてくるのが見える。
峻「ラッキー!」
  車から降りる峻。

○ 山道
  道の真ん中に立ち、ブルーメタリックのワゴンを待ち構える峻。ワゴン、脇道に車を寄せ、立ち止まる。
  ワゴンの運転席のほうに近づいて行く峻。
  運転席の窓を静かに開く。
  ドライバーと顔を合わせる峻。
峻「すいません。ちょっと、ガス穴しちゃって…」
  峻を見つめるドライバー。ドライバーは、Oである。
  Oに気づく峻。
峻「おまえは…」
O「なんだか困ってるようだな。助けてやるよ」
  O、峻の額に銃口を向ける。

○ メルフィスモール・立体駐車場屋上
  白いシャツと黒のジーパン姿のH。眼鏡をかけ、普通の姿で歩いている。
  まばらに止まる車の前を横切りながら、確認するように辺りを見回している。
  どこからともなく聞こえる女の声。
美智の声「ここよ!」
  立ち止まり、振り返るH。
  Hの背後に立っている美智。美智も私服に着替えている。
H「また、勝負しようって言うの?」
美智「今は、そんなつもりはない。私のアームシェイド、壊れちゃったの」
H「何の話?」
美智「昨日は、負けちゃったけど、まだ諦めたわけじゃないから…」
H「アームシェイドが使い物にならないなら、勝ち目はないわ」
美智「ところがそうでもないの。アームシェイドがなくてもHに勝てる方法があるの」
H「…」
美智「Hも知らないアームシェイドの秘密…。その方法を使えば、あなたは、何もできなくなって、
 私に服従することになる」
H「妄想は、もうそのくらいにしたらどう?」
美智「妄想かどうかは、近いうちにわかる。もう一つ大事なこと言うの忘れてたわ」
H「何?」
美智「あの二人、多分今頃、捕まっているはずよ」
H「…誰に?」
美智「Hが知ってる人。P―BLACKの元スパイ…」
H「…」
美智「漫画喫茶で偶然会ったの。変な人ね。あそこでずっと1人でゲラゲラ笑って漫画読んでるの」
  Oの事を思い出すH。
H「Oと会ったのね?何が目的なの?」
美智「私は、彼の指示に従っただけ」
  Hの前から立ち去って行く美智。
H「待って、美智」
  立ち止まる美智。
美智「私の後を追わないで。そのうち、Oから連絡があると思うわ」
H「携帯、車に置いたままなの」
美智「携帯は、いらないわ」
  手を振りながら、歩き去って行く美智。
  呆然と佇むH。

○ 住宅街
  市道を走るOのワゴン。

○ ワゴン車内
  後部席で両手、両足に手錠をかけられ、シートベルトでがっちり固定されている峻と亜美留。
  ハンドルを握るO。バックミラーで二人の様子を確認している。
O「二人ともやけに大人しいな」
峻「朝から何も食ってねぇんだよ」
O「レストランにでもよって、食事させてやってもいいが…まず仕事が第一だ」
峻「仕事って?」
O「詳しい事は、教えられない」
峻「おまえ、もしかして、またHを…」
O「中々鋭いね。確か、おまえもスパイだったっけ?」
峻「見習いだけどな。色々経験させてもらったよ」
O「もう一度古井戸の中で鍛えてみるか?」
峻「うっせー、死ね!」
亜美留「古井戸って、何の事?」
O「貞子とお友達なんだよ」
亜美留「貞子って誰?」
  唖然とするO。
O「まぁ、知らないならそれでいい」

○ とある雑居ビル・3F・リビング
  中に入ってくるH。
  立ち止まり、誰もいない部屋を見回している。

○ Hの回想
  部屋のソファに座っている峻の幻影。
  峻がテレビのゲームの画面に釘付けになって、コントローラーを必死に操作している。
  峻の言葉がHの頭の中を過ぎる。
「もしかして…スパイ?みたいな…」
「俺向いてるかなぁ、スパイに…」
「色々考えたけど…やっぱ、俺には、合わないような気がしてきた…」
  峻の姿がじわじわと消えて行く。

○ とある雑居ビル・3F・リビング
  冷蔵庫の前に立ち、扉を開けるH。
  中を覗く。
  買い置きのプリンが一つ残っている。
  プリンを出すH。
  おもむろに蓋をはずし、冷蔵庫の上に置いてあるスプーンを持って、食べ始める。
  食べ終わると、険しい表情を浮かべるH。
  しばらくして、玄関で物音がする。
  H、音に気づき、その場から姿を消す。
  部屋の中に入ってくる峻。
  疲れた様子で、ソファに座り込む。
  重いため息をつく峻。
  テーブルに置いてあるプリンのカップに気づき、
峻「H…いるか?」
  峻の背後に現れるH。
  振り返る峻。
H「Oに捕まったんじゃなかったの?」
峻「美智から聞いたのか?」
  頷くH。
峻「久我さんが捕まったままなんだ。今日の夕方の6時に八分瀬山の奥の海岸に来いって…」
H「私の携帯とカスタードのキーは?」
  立ち上がる峻。スーツのポケットからHの携帯と車の鍵を出し、Hに渡す。
峻「Oは、H1人で来るように言ってたけど…俺も一緒に行く」
  H、何も言わず、部屋を出て行こうとする。
峻「今朝、霞さんから連絡があった」
  立ち止まるH。
峻「勝手に出るの、まずいかなって思ったけど、あんまりにもしつこく鳴るから…」
H「何か聞いたの?」
峻「Hの母親を殺したのは、自分だって言ってたよ。あの時、Hを殺そうと思えば、殺す事もできたのに、
 自分には、それができなかったって…」
H「…」
峻「Hをスパイに育て上げたのは、Hにその素質があることを見抜いたからだって。今までの事は、
 決して間違いではなかったって…」
  H、携帯を掴み、霞のナンバーにつなげる。

○ クラウン車内
  道路脇に止まっている。
  運転席に座る霞。運転席の窓から、外の様子を窺っている。
  外務省庁舎のビルが見える。
  携帯の着信音が鳴り響く。
  霞、携帯を出し、ディスプレイに表示されているナンバーを確認する。
霞「H…」
  霞、携帯の電源を切る。
  駐車場から一台の黒いステーションワゴンが出てくる。
  道路に出て、交差点に向かって走り出すステーションワゴン。
  霞、車を出し、ステーションワゴンの追跡を始める。

○ とある雑居ビル・3F・リビング
  H、もう一度、霞の携帯を呼び出すがつながらない。
H「霞さん、どこにいるの?」
峻「何も言わなかった。ただ…一仕事が終わったら、もう一度会おうって。逃げも隠れもしないって
 言ってたけど…」
  H、急いで部屋を出て行く。Hの後を追う峻。

○ ビル前
  階段を下りてくるH。
  階段の入口に止まっているカスタードの運転席に乗り込む。

○ カスタード車内
  エンジンをかけるH。
  峻が助手席に乗り込んでくる。
H「彼女が殺されてもいいの?」
峻「ばれないように動く。大丈夫だよ。いい加減認めてくれよ。結構腕の良いスパイになったと思うぜ」
H「そんな事自分で言ってるようじゃ、まだまだね」
峻「まだまだでも、やる時はやる」
  H、寡黙になり、勢い良くアクセルを踏み込む。
  急発進するカスタード。

○ P―BLACK本部・G2Aオフィス
  入口の自動ドアが開く。黒いスーツを着て、サングラスをかけた長身の男がすりガラスの前に立つ。
  男は、D機関諜報部のエージェント・桐沢功治(49)。
桐沢「D機関諜報部のエージェントが次々と何者かに殺されています」
  すりガラスの向こうの部屋で、椅子に腰掛けているG2A。
桐沢「15分ほど前、外務省付近の道路の脇道に停車していた車の中で、うちの二人の諜報員が
 射殺されているのが発見されました」
G2Aの声「何か掴めたのか?」
桐沢「今調査中です。どうやら、我々の動きを熟知している人物のようです」
  サングラスを外す桐沢。不気味な三白眼で、G2Aのほうを見つめる。
G2A「つまり、P―BLACKの中に犯人がいると言うことか?」
桐沢「K3と連絡がとりたいのですが、ずっと通信が途絶えたままで…」
G2A「霞は、コード6TU9を進行中だ」
桐沢「至急に本部内のエージェント全員と連絡をとりたいのです。もし、ご存知でしたら、
 居場所を教えて頂けませんか?」
G2A「30分後にそちらに連絡を入れるよう、霞に伝えておく」
桐沢「よろしくお願い致します」
  桐沢、怪訝な表情を浮かべながら、サングラスをかけ、部屋を出て行く。
  すりガラスの向こうの部屋。
  中央のモニターに部屋を立ち去る桐沢の後ろ姿が映っている。
  その様子を見ているG2A。殺意を秘めた険しい眼差し。

○ 海岸
  堤防沿いに急停止するカスタード。
  車から降りるH。峻の姿はない。
  砂浜に入り、ゆっくりと海岸に向かって歩いて行く。
  波打ち際に立つスーツを着た男の後ろ姿。
  男の後ろに立つH。
男の声「待ってました」
H「何しに戻ってきたの?」
  振り返る男。男は、O。
O「君に会いたかった」
  顔を合わす二人。
H「あの子は、どこ?」
  O、海のほうを指差し、
O「あのボートの上」
  H、1キロ先の沖合いの海に浮かんでいるボートを見つめる。
H「何のつもり?」
O「大丈夫だよ。何も仕掛けちゃいない。怖いのか?」
H「別に」
O「じゃあ、早く助けに行きなよ」
  Hの体が赤く発光し、一瞬で赤いスーツ姿になる。険しい表情でOを横切り、ゆっくり海の中へ入って行く。
  泳ぎ始めるH。
  クロールで進み、ボートに近づいて行く。
  その様子をみながらほくそ笑んでいるO。

○ 沖
  ボートに辿り着くH。
  ボートの上に乗り込む。青いシートにくるまっている人のようなものが横たわっている。
  H、青いシートを引き剥がす。
  中から現れたのは、青いスーツ姿の美智。
  美智、立ち上がり、Hと対峙する。
美智「意外と泳げるのね。一度プールで一緒に遊びたかったわ」
  ため息をつくH。
H「あの子はどこ?」
美智「居場所は知ってる。でも、Hに教えても無駄だし」
  美智、右手に黒いリモコンのようなものを持っている。
  リモコンのボタンに指をかける美智。
  H、リモコンを見つめ、
H「それは…」
美智「覚えてる?Oからもらったの。このボタンを押せば、アームシェイドの機能が停止して、あなたは、
 無防備になる。と同時に体が硬直して動けなくなるの」
H「どうしても私を倒したいの?」
美智「Hが悪いのよ。私の言う事を聞かなかったから…」
H「好きにしなさい」
  美智、動揺した面持ち。
H「どうしたの?私の代わりにスパイになりたいんでしょ?」
  美智、ボタンの上に浮いている指がぶるぶると震えている。
H「一つだけ言っておくわ。Oは、P―BLACKを裏切った男よ」
美智「だったら何?」
H「きっとあなたも裏切られる」
美智「裏切ったのは、H、あなたよ!」
  ボタンを押す美智。
  Hの体が激しい痙攣を起こす。眼と口を大きく開け、固まっているH。
  Hの前に歩み寄る美智。
美智「じゃあね…」
  哀しい目でHを見ている美智。
  H、声を発そうとしているが、出せない。
  美智、Hのアームシェイドを右腕から取り外し、Hを海に蹴り落とす。
  美智、海の中に静かに沈んで行くHを見守っている。
  ボートの上に置いていた一輪のひまわりを持ち、そのまま、海へ放り投げる。
  海面に寂しく浮かぶひまわり。
  美智、携帯を出し、Oの携帯につなげる。
美智「終わった…」

○ 海岸・砂浜
  携帯で話すO。
O「お疲れ」
  携帯を切る。晴れ晴れとしたにこやかな表情で伸びをするO。

○ 海の中
  頭を下にして、成すすべもなく、ただ暗い海の底へ沈んでいくH。
  しばらくして、黒い影がHのそばに近寄ってくる。
  黒のウェットスーツを着た男がHの体を受け止め、Hの口にマウスピースを当て酸素を吸入する。

○ 海岸・砂浜
  美智が乗ったボートが砂に乗り上げる。
  ボートから下り、Oの元へ向かう美智。
O「なかなかやるじゃん」
美智「何もやってないわ」
O「本当は、僕の標的だったのに。わざわざ譲ってあげたんだよ君に」
  美智、右手に持っているHのアームシェイドをOに放り投げる。
  アームシェイドをキャッチするO。
美智「感謝なんかしてないから」
  アームシェイドを見回すO。
O「これなら、何とか君の腕にフィットしそうだ」
  美智、憮然とした面持ちで、Oの前を横切り、早足で堤防沿いに向かって歩き出す。
  O、ほくそ笑みながら、美智の後を追って歩き始める。

○ 数キロ西側の海岸・砂浜
  海から姿をあらわす人影。
  Hを両腕で抱きながら、砂浜に駆け上がってくる男。顔は、マスクをしていて見えない。
  砂の上にHを寝かせる男。
  H、意識を失っている。
  マスクをはずす男。G5の顔が露になる。
G5「これで2度目だ、おまえを助けたのは。また仮を返してもらうぞ」
  G5、アームシェイドをもぎ取られて、肘から下がないHの右腕を見つめる。
  G5、砂の中に埋めていたトランクケースを掘り出し、ケースを開ける。
  中から、義手のついた赤、オレンジ、白を基調にした新しいアームシェイドを取り出す。
G5「ライデントCを除外した最新型だ…」
  アームシェイドをHの右腕に取りつけるG5。

○ ビジネスホテル・地下駐車場
  横三列に長く並べたように止まっている車。
  前列の柱付近の駐車スペースに止まっている白いクラウン。

○ クラウン車内
  運転席に座る霞。ブローニングを取り出し、弾を一個ずつ丹念に詰めている。
  エレベータ乗り場の出入り口辺りにいる人々を入念に監視している。
  しばらくして、目の色を変える霞。
  エレベータから、黒いスーツ、七三分けに眼鏡をかけたD機関諜報部のコードネーム・DR7があらわれる。
  霞、ブローニングをスーツのポケットに入れ、静かに車から降りようとするが、
  その時、携帯の着信音が鳴り響く。
  携帯のディスプレイを確認する霞。ナンバーは、G2Aのものである。
  電話に出る霞。

○ P―BLACK本部・G2Aオフィス
  椅子に腰掛け、携帯で話しているG2A。
G2A「D機関諜報部が感づいた。至急引き上げろ」

○ クラウン車内
  車の前を通り過ぎるDR7。
  DR7の動きを目で追いながら、携帯で話している霞。
霞「あと一人です。任務が完了しだい、ご報告致します」
G2Aの声「待て、霞…」
  電話を切る霞。
  霞、車から降り、DR7の後を追って歩き出す。
  DR7、奥の車列に止まっているステーションワゴンのロックをリモコンキーで解除し、ドアを開ける。
  運転席に乗り込むDR7。

○ ステーションワゴン車内
  静かに助手席に乗り込んでくる霞。
  すかさず、DR7のこめかみにサイレンサーをつけたブローニングの銃口を当てる。
  DR7、霞を見つめ、愕然とする。
  DR7、咄嗟に右手をズボンのポケットの中に入れ、携帯の電源を入れ、ボタンを操作する。
DR7「K3…」
霞「何も喋るな」
DR7「どうして、こんなマネを…」
霞「本当は…おまえを殺したくない。だが、やむを得ない」
DR7「俺が一体、何をしたって言うんだ?」
霞「何もわからず死んで行くのは、不憫だろうから、一つだけ教えてやる。おまえ達は、知り過ぎた」
DR7「おまえとは、3年前、ニカラグアで一緒に任務を行った。俺達は、仲間だ」
  霞、銃を持つ腕が微妙に震えている。
DR7「俺には家族がいる。三ヶ月前に女の子が生まれたばかりだ。あの子達には、俺が必要なんだ。
 今ならまだ間に合う。考え直してくれ…」
  霞、心を鬼にし、般若のような顔つきで、引き金を引く。低音で一瞬鳴り響く銃声。
  こめかみから血を流し、目を見開いたまま死んでいるDR7。
  霞、DR7の身体を入念に調べる。
  ズボンのポケットの中の携帯に気づく。
  携帯を取り出す霞。電源が入りっぱなしになっている事に気づき、愕然とする。
  霞、携帯を足元に叩きつけ、銃で撃つ。
  弾丸が貫通し、バラバラになる携帯。

○ 海岸・砂浜(夕方)
  砂の上で横になっているH。
  目を覚ますH。
  起き上がり、辺りを見回す。
  H、自分の右腕を見て、唖然とする。
  新しいアームシェイドをまじまじと見つめる。
  砂の上に残っている足跡を見つめるH。やがて、自分を助けたのは、G5だと気づく。
  突然、激しい頭痛が起こり、その場に跪くH。
  頭を手で押さえ、必死に痛みに耐えている。

○ 湾岸道路
  猛スピードで走行するブルーメタリックのワゴン。

○ ワゴン車内
  ハンドルを握るO。
  助手席に座る美智。憮然とした面持ち。
O「あれ、不貞腐れてる?」
美智「誰が不貞腐れてんのよ」
O「もしかして、人を殺したの、初めて?」
動揺する美智。
美智「あんたは、どうなの?」
O「数え切れないくらい殺った」
美智「人を殺す時、何も感じないの?」
O「感じるなんて面倒臭い事はしない。淡々と仕事をこなすだけ。そういうもんだよ」
美智「相手が友人だったとしても?」
O「友人なんて1人もいない」
美智「だから何も感じないのね…」
O「本当にスパイになりたいなら、くだらない感情は、捨てたほうがいいよ。そのほうが気が楽になる」
  美智、罪悪感にじわりじわりと苛まれ、複雑な表情。

○ 山道
  うねった坂道を駆け上っているワゴン。
  
○ 山の中腹
  高台に立つ古びた神社に連なる長い階段の前に立ち止まるワゴン。
  車から降りるO。
  助手席に座り、項垂れたままの美智。
  助手席のドアの前に行き、ガラスをノックするO。
  美智、反応せず、微動だにしない。
  溜息をつくO。1人で階段を上り始める。

○ ワゴン車内
  茫然自失の美智。Hと出会った時の事を脳裏に浮かべている。

○ 美智の回想
  あるビルの一室。
  暗がりでパソコンに向かい、キーボードを打っている美智。
  物音がし、突然、黒いスーツを着た二人の男が物凄い勢いで部屋に駆け込んでくる。
  美智、急いで、パソコンのDVDドライブからDVD―Rを抜き取り、立ち上がる。
  男達に囲まれる美智。
男B「リンゲイサイエンス社のコンピュータをハッキングして、機密データを盗み取ったな」
男A「69時間前から、我々は、君の行動を監視していた」
男B「そのDVDを渡せ」
  二人の男、ポケットから、銃を取り出し、銃口を美智に向ける。
  美智、覚悟を決め、目を閉じる。
  美智が目を閉じた瞬間、バタバタと何かが倒れる音が鳴り響く。
  目を開ける美智。
  床にうつ伏せになって倒れている二人の男。
  二人の男の向こうに、立っている女のシルエット。
  息を飲む美智。
  女がゆっくり美智の前に歩み寄る。
  パソコンのディスプレイの画面の光によって、女の姿がはっきりと見える。
  女は、赤いスーツ姿をしたH。
H「大丈夫?」
  唖然とする美智。
H「この男達は、リンゲイサイエンス社のライバル会社に雇われた殺し屋なの」
美智「あなたは?」
H「H」
美智「エイチ?」
H「一緒に来て」
  H、美智の腕を掴むと、部屋の出口に向かって走り出す。
  Hに引っ張られて、走っている美智。
  Hの背中を見て、母親の背中と重ね合わせて見ている美智。
   ×  ×  ×
  とある雑居ビル3F・リビング。
  ソファに座っている美智。
  H、冷蔵庫の中からプリンを取り出す。
  蓋をあけて、食べ始める。
美智「ここは?」
  H、食べながら、
H「私の秘密の場所」
美智「どうして助けてくれたの?」
H「それが私の仕事…」
  H、プリンを平らげ、カップをゴミ箱に投げ捨てる。
  美智、冷蔵庫の上に置かれている花瓶に挿された一輪のひまわりを見つめる。
  H、冷蔵庫からもう一つプリンを取り出し、美智に差し出す。
H「食べる?」
美智「何者なの?あなたは…」
H「想像に任せる」
  H、テーブルにプリンを置き、奥の部屋へ入って行く。
  美智、Hの魅力にとりつかれ、恍惚の表情を浮かべる。

○ ワゴン車内
  顔を上げる美智。
  一粒の涙がこぼれている。
  しばらくして、車の後ろの方でごそごそと物音が聞こえる。
  美智、涙を手で拭い、後ろを見る。
  後部席に座っている峻。美智に小型の銃を向けている。
峻「久我さんはどこだよ?」
美智「どうして、あんたがここに?」
峻「おまえらが砂浜でHと話をしている間に、この車を見つけて、潜り込んだのさ。
 まさか、2時間も走り続けるなんて思わなかったぜ。窒息死しそうだった」
美智「Hにそうしろって言われたの?」
峻「違う。俺のアイデア」
美智「そのアイデアのせいで、取り返しのつかない事になったわね」
峻「はぁ?」
美智「Hは、死んだ。私が海に沈めたの」
峻「そんなハッタリ、信じるかよ」
  美智、Hのアームシェイドを峻に見せつけ、
美智「これでも信用できない?」
  アームシェイドを見つめ、愕然とする峻。
峻「マジでやっちまったのかよ」
  ほくそ笑む美智。
美智「私は、Hに勝ったの。もう誰にも文句を言わせない」
峻「クソ!」
  峻、銃の引き金を引こうとするが、躊躇う。
美智「どうしたの?早く撃ちなさいよ」
  峻、たまらず、銃を下ろす。
峻「なんでこんなことになっちまったんだよ。あんなに仲が良かったのに…」
美智「強いものが生き残る。自然の原理よ」
峻「自分さえ良けりゃ、それでいいのか?」
美智「それでいいの。もうHはこの世にいないんだから」
峻「おまえは、イカれてる。現代の鬼女だよ、強欲のクソ女!」
美智「撃つ気がないなら、早く出て行って。Oが戻ってきたら、あんたなんて瞬間的に地獄行きよ」
峻「Oは、どこに行った?」
美智「さぁ」
  峻、銃のグリップ部で美智の首元をおもいきり殴りつける。
  美智、ショックで気を失う。
  峻、美智の左手に手錠をかけ、もう片方をハンドルにかけて、つなげる。

○ 神社・本殿前
  本殿の前に立っているO。
  しばらくして、本殿の後ろの方から現れる人影。
  Oに近づく男。ジーンズ姿。O、男と顔を合わし、ニヤリとする。
  対峙する二人。
O「こんなところで会うより、漫画喫茶でじっくりお話したかったですね」
  フードをかぶった男。男は、G5。
G5「年のせいか、こういう場所のほうが落ち着くんだ」
O「で、何の話ですか?」
G5「おまえを日本に呼び戻したのは誰だ?」
O「こっちにもこみいった事情がありますもので…」
G5「P―BLACKの内部、それもかなり上層の人間が関わっているようだな」

○ 同・階段
  階段を駆け上がっている峻。
  本殿の前にいる二人に気づき、足を止める。
  階段脇の木の影に隠れる峻。
  二人の話を耳を澄まして聞いている。

○ 同・本殿前
O「僕の監視体制は、すでに解かれています。これから生まれ故郷でのんびりと自由に
 漫画も読み放題ですよ」
G5「何のために戻ってきたんだ?」
O「そんな事聞いてどうするんですか?」
G5「次のターゲットは、霞か?それとも私か?」
  薄笑いするO。
O「考えすぎじゃないですか?」
G5「じゃあ聞くが、どうして、Hを殺した?」
  動揺するO。しかし、顔には、出さない。
O「何ですか?それ…」
G5「以前私がおまえに渡したアームシェイドの機能を制御するリモコンを使って、Hを硬直させ海に沈めた」
O「いつから僕を尾行していたんです?」
G5「8時間前に、おまえが俺の携帯に連絡をしてきた時からだ。携帯に仕込んだ探知機能を使って、
 おまえの居場所を特定した」
O「つまり、僕が利用していた漫画喫茶にいたって事ですか?」
G5「中には入らなかったけどな」
  苦笑いするO。
O「と言うことは、あそこで僕と前原美智が出会ったのは、偶然ではなかったと?」
G5「確かに彼女は、以前私の元で仕事をしていたが、今回の事は、一切関係ない」
O「Hを殺したのは、あの女ですよ。彼女がHと戦いたいと言うから、協力してやったまでです」
G5「Hは、生きてる」
  愕然とするO。

○ 同・階段脇
  二人の話を聞いている峻。
峻「今、Hが生きてるって言ったな…」
  峻、スーツのポケットから携帯を出し、
  ディスプレイにHの携帯のナンバーを出す。そのまま通話ボタンを押す。
  呼び出し音が鳴り始める。
峻「つながった…」
  峻、慌てて、階段のほうに戻り、階段を駆け下りて行く。

○ カスタード車内
  運転席のシートに座るH。
  頭痛が治らず、蒼ざめた表情をしている。
  携帯の着信音が鳴っている。
  H、スーツの中から携帯を取り出し、電話に出る。
  携帯の受話口から峻の声が聞こえてくる。
峻の声「H、俺だ。聞こえるか?」
  H、力のない掠れた声を出す。
H「どこにいるの…」
峻の声「無事で良かった。今、八部瀬山の神社にいるんだ…」
  H、目を瞑り、そのまま意識を失う。携帯がHの手から離れ、シートの下に落ちる。
峻の声「OがG5と会ってるんだ。早く来てくれよ。H?どうしたんだよ、なぁ?」

○ 神社・階段
  峻、あきらめて、携帯を切る。
峻「結局、頼れるのは、自分だけか…」
  峻、ポケットから銃を取り出し、急いで階段を駆け上って行く。

○ 神社・本殿前
G5「私の質問に正直に答える気があるなら、今日は、見逃してやる」
O「話さなければ、ここで僕を始末するつもりですか?」
G5「お望みなら、そうしてもいい」
  階段の方から峻の声が響く。
峻「両腕を上げろ!」
  階段の方を見つめるOとG5。
  峻が両手で銃を構え、Oに銃口を向けている。
  呆気にとられているO。
峻「上げろって行ってんだろ?」
  O、無視して、失笑する。
O「おまえも僕を追っかけてきたのか。人気者は、辛いな」
  引き金を引く峻。
  弾丸がOの顔を掠める。
  鬼の形相になるO。
G5「やめとけ。おまえじゃ、相手にならん」
峻「久我さんは、どこだ?」
O「僕を殺せば、女の居場所もわからなくなるぞ」
  困惑している峻。
O「それとも腕づくで僕を吐かせる自信があるのか?」
  峻、どうして言いかわからず、一瞬、Oから目を背ける。
  O、その隙に、素早く、ホルダーから銃を抜き取り、峻に銃口を向ける。
  轟く銃声。
  なぜかOの腕が撃ち抜かれている。銃を落とすO。
  O、腕を押さえ、G5を睨み付ける。
O「何のマネですか?」
  銃を構えているG5。銃口から硝煙が上がっている。
G5「次は私の番だ。さっきの質問に答えろ」
  O、よろめきながら後ずさりしている。
  突然、激しい連射音が轟く。地面に流れるようにいくつもの弾丸がめり込み、白い煙が上がる。
  G5の足元にも弾丸がはじく。
  G5、咄嗟に本殿の影に身を隠す。
  周りの状況を確認するG5。
  峻が美智に捕まっている。美智の左腕にHのアームシェイドが装備されている。
  美智、またアームシェイドのマシンガンを発射する。猛烈な勢いで弾丸が飛び交い、辺りが白い煙で覆われる。
  本殿の影に身を隠しているG5。しばらくして顔を上げ、辺りを見回す。
  美智と峻の姿が消えている。そして、Oの姿もない。
  立ち上がるG5。
  憂いの表情を浮かべ、溜息をつく。

○ オフィス街・市道
  近代的なビルが横並びする片側三車線の道路を走る白いクラウン。

○ 白いクラウン車内
  ハンドルを握る霞。
  携帯のディスプレイにHのナンバーを表示させ、呼び出しする。
  呼び出し音が鳴り続くが、一向につながらない。
  霞、神妙な面持ち。と同時にバックミラーを覗く。
  黒、シルバーのツートンのBMWがクラウンの後ろを走っている。
  霞、左側の車線を走る車を見つめる。
  同じく、ツートンのBMWが走っている。
  前を確認する霞。
  クラウンの前を走っていた一般車が左車線に移ると、その前を走っていたツートンのBMWが姿を現す。
  唖然とする霞。

○ オフィス街・市道
  三台のBMWが前、左、後ろとクラウンを囲むように走行している。

○ クラウン車内
  霞、意を決して、急ハンドルを切り、横にいるBMWに体当たりする。

○ オフィス街・市道
  体当たりされたBMWが歩道のガードレールにぶつかり立ち止まる。
  猛スピードで走り出す。クラウン。大きくカーブを描きながら交差点を左に曲がり、逃走する。
  その後を追う二台のBMW。

○ 山道(日暮れ)
  猛スピードで坂道を下りているブルーメタリックのワゴン。

○ ワゴン車内
  ハンドルを握るO。助手席に美智が座っている。
O「やっと吹っ切れたのか?」
美智「もう何も考えないことにした。これからどうするの?」
O「実は、まだ仕事が残っているんだ。手伝う気、ある?」
  不気味にほくそ笑む美智。
  後部席に横たわっている峻。ロープで体と両腕、両足を縛られ、気絶している。

○ 海岸(夜)
  堤防沿いに止まったままのカスタード。

○ カスタード車内
  運転席に座ったまま、意識を失っているH。
  しばらくして、うっすらと目を開ける。
  アームシェイドが起動し、激しい電子音を鳴り響く。
  Hの眼が青く光る。覚醒したかのごとく、凛々しい表情を浮かべるH。

 
                                                   ―THE END―

≪≪CODENAME:H↑↓10「はぐれる歯」 CODENAME:H△12「激する腕」≫≫ 戻る