『ナイトライダー0』  作 ガース「ガースのお部屋」

【登場人物紹介】
マイケル・ロング
=ロサンゼルス第11管区警察署の刑事。
ステファニー(スティービー)・メイソン=マイケルの恋人。音楽活動をする傍ら弁護士事務所で働く。
マンジー=ロサンゼルス第11管区警察署の黒人刑事。マイケルの相棒。
シェリー・ブリックマン=ロサンゼルス第11管区警察署の主任。
ジム・コートニー(ジンボ)=ロサンゼルス第11管区警察署の刑事。マイケルの前の相棒。
ボウマン=ロサンゼルス第11管区警察署の黒人刑事。マイケルの先輩。
フィリップ・スコット=FBIの捜査官。

ウィルトン・ナイト=ナイト財団の創始者。
デボン・シャイアー=ナイト財団の管理者。ウィルトンの良き友人。
ブーアマン博士=ナイト2000開発メンバーの中心的存在。
ブリーランド博士=ナイト2000開発メンバー。
ボニー・バースト=ナイト2000の開発メンバー。
トレイシー・モーブ=ナイト2000実験用プロトタイプのテストドライバー。
KARR(カール) =ナイト2000プロトタイプ用に制作された人工知能。

タニヤ・ウォーカー=国際的産業スパイ組織の工作員。
キャメロン・ザッカリー=国際的産業スパイ組織のボス。
ケイト・マーシー=国際的産業スパイ組織のメンバー。タニヤの部下。
レオックス・シェーマン=倉庫会社の社長。
レブ・タイラー= 国際的産業スパイ組織。タニヤの部下。

 

○ 海岸・砂浜(深夜)
  額を撃ち抜かれた中年の白人の男の死体がうつ伏せで倒れている。
  小波が男に押し寄せている。
   ×  ×  ×
  朝。太陽が燦々と輝く雲一つない青空。
  死体の周りに群がる人々。
  警官が駆け寄り、人々を整理し始める。

○ 防波堤前・道路
  勢い良く走ってくる黒いトランザム。
  急ブレーキで立ち止まる。
  運転席のドアが開く。
  黒いスーツに赤いネクタイをした長身の男マイケル・アーサー・ロングが姿を現す。
  マイケル、海岸を見つめ、颯爽と歩き出す。

○ 海岸・砂浜
  殺人現場を仕切るロープの前に立つ警官。
  警官の前にやってくるマイケル。
  マイケル、警察手帳を警官に見せる。
マイケル「マイケル・ロングだ」
  マイケルに一礼する警官。
  仕切りのロープをくぐるマイケル。
  死体の前に屈んでいる黒人刑事ボウマン。
  ボウマンのそばに立つマイケル。
  ボウマン、マイケルに気づき、立ち上がる。
ボウマン「マイケル…」
  マイケル、男の顔を見つめ、
マイケル「リップだ」
ボウマン「知ってるのか?」
マイケル「ああ。レオックスの倉庫会社の従業員だ。麻薬の運び屋だった」
ボウマン「ホシに心当たりがあるのか?」
マイケル「オードリー・スミスって言う女だ。三日前、リップと倉庫の前で会っていた」
ボウマン「一体何者なんだ?」
マイケル「ヘロイン密輸の元締めさ。今からマンジーと合流して、オードリーの足取りを追う」
ボウマン「慎重にやれよ」
  その場を立ち去るマイケル。

○ レストラン・駐車場
  窓際のテーブルに座る男女。グレイのスーツを着た体格の良い紳士風の男レオックス・シェーマンと
  セミロング、赤いシャツを着たオードリー・スミスが食事をしている。
  建物から少し離れた駐車スペースに止まる黒いトランザム。運転席にマイケル、
  助手席に黒人の刑事マンジーが座っている。

○ 黒いトランザム車内
  2人を見つめるマイケル。
マンジー「オードリーは、二ヶ月前に契約社員としてレオックスの会社に雇われています」
マイケル「そして、今は、レオックスの愛人ってわけか」
マンジー「リップは、昨夜、倉庫の前でオードリーと会っていた。おそらく例の荷物は、あの倉庫の中に…」
マイケル「レオックスの今日のスケジュールは?」
マンジー「倉庫会社の受付係の話によると、、明日の夕方まで倉庫のほうに戻る予定は、
 ないみたいな事を言っていましたけど…」
マイケル「チャンスは、有効に使わないとな」
マンジー「やるんですか?」
マイケル「今夜だ」
マンジー「でも…」
マイケル「自信は、あるんだろ?」
マンジー「それは、確認済みなので大丈夫ですけど…今日がステファニーの誕生日だって事ぐらい
 俺だって覚えてますから」
マイケル「…その事だが、2、3時間だけ、時間をくれないか?」
マンジー「気にしないでくださいよ」
マイケル「すまない」

○ ロサンゼルス第11管区警察署・全景
  四角い小さな建物。

○ 同・オフィス
  警官達が慌しく動き回り、雑然としている。
  主任のデスク。椅子に座るシェリー・ブリックマン。金髪に眼鏡をかけた端正な顔つきの男。
  受話器を握るシェリー。
シェリー「リップ殺しの件は、ボウマンから聞いた。それで女は、今どこにいるんだ?」

○ 道路沿い・電話ボックス
  受話器を持つマイケル。辺りを見回している。
マイケル「倉庫会社の社長のレオックスと一緒です。俺とマンジーは、オードリーの
 マークを続けます。今日は、署には、戻りません」

○ ロサンゼルス第11管区警察署・オフィス
シェリー「仕事に励むのは、大いに結構な事だが、くれぐれも連絡は、怠るなよ」

○ 道路沿い・電話ボックス
  レストランのほうを見つめるマイケル。
  レオックスとケイトが談笑しながら、店から出てくる。
  慌てるマイケル。
マイケル「わかってます。それじゃあ…」
  受話器を置き、走って、トランザムの  ほうに戻るマイケル。

○ アパート・2F・マイケルの家(夜)
  ドアを開けるマイケル。
  キッチンから聞こえる女の声。
女の声「マイケル?」
  笑みを浮かべるマイケル。
マイケル「ああ、俺だ」

○ 同・ダイニングルーム
  キッチンの前に立つステファニー(スティービー)・メイソン。
  焼き立ての肉をテーブルの前に運んでいる。
  部屋に入ってくるマイケル。
スティービー「早かったわね」
マイケル「ああ」
  上着を脱ぎ、リビングのクローゼットの前に歩いて行くマイケル。
  暫くしてテーブルの前にやってくるマイケル。
マイケル「うーん、良い匂いだ。こんなに良い匂いを出す肉を焼けるのは、世界で君だけだ」
  椅子に腰掛けるスティービー。失笑する。
スティービー「煽てても、何もでないわよ」
  椅子に座り、テーブルに置いてあったワインを持つマイケル。スティービーの
  グラスにワインを注いでいる。
  二人、乾杯しようとするが、マイケルが躊躇する。
スティービー「どうしたの?」
マイケル「そうだ…肝心なものを用意するのを忘れてた…」
スティービー「覚えててくれたのね。また時間ができた時でいいわよ。私もあなたに知らせる事があるの」
マイケル「なんだい?」
スティービー「新しい仕事が決まったの」
マイケル「本当に?そりゃあ、良かった。何の仕事?」
スティービー「友人が弁護士事務所に勤めていてね。そこで勉強がてら働かせてもらう事になったの」
マイケル「じゃあ、歌のほうは、暫く封印かい?」
スティービー「いいえ、活動は、続けるわ。今度また新鋭ボーカルのコンテストがあるから、参加するつもり」
マイケル「そう言えば、久しく聞いてないな」
スティービー「近くのライブハウスを借りてるの。今夜だけど見に来ない?」
マイケル「ああ、ごめん。まだ仕事の途中なんだ」
  溜息をつくスティービー。
スティービー「そう…」
マイケル「この埋め合わせは、いつか必ず…」
  肉を頬張るマイケル。

○ 国道(深夜)
  ヘッドライトを光らせ疾走するトランザム。
マイケルの声「オードリーを見失っただって?」

○ トランザム車内
  ハンドルを握るマイケル。助手席にマンジーが座っている。
マンジー「すみません。バスに乗り込んだので、自分も同乗したんですが、
 そこで指名手配されていたスリの男とばったり顔を合わせてしまって…」
マイケル「さっさと例の箱を見つけて、レオックスから聞き出すしかないな」

○ レオックスの倉庫・裏手
  路面を照らすヘッドライトの光。
  暗闇から現れる黒いトランザム。
  倉庫から数十メートル離れた道沿いに立ち止まる。
  車から降りるマイケルとマンジー。
  二人、同時に駆け出して、倉庫に向かう。

○ 同・前
  裏口のドアの前に立つマイケルとマンジー。
  マンジー、ズボンのポケットから、針金を取り出し、鍵穴に差し込んでいる。
  辺りを見回しているマイケル。
  暫くして、カチッと音がし、鍵が開く。
  ノブを回し、ドアを開けるマンジー。
  二人、倉庫の中に入って行く。

○ 同・中
  薄暗い中、大量に積み重ねて置かれてる荷物の間を駆けるマイケルとマンジー。
  広い通りに抜け出て、小物置き場のほうへ向かう。

○ 同・小物置き場
  ラックに並ぶ箱を一つずつ調べ始める二人。マンジー、屈んで下のほうの箱を調べている。
  上の箱を取り上げ、伝票を確認しているマイケル。
マンジー「(小声で)ありました」
  マンジー、立ち上がり、青い紙で包まれた箱をマイケルに見せる。小声で話し出す二人。
マイケル「間違いないか?」
マンジー「確かにこの箱です。オードリーががレオックスに渡したのは…」
  マイケル、マンジーから箱を受け取ると、紙を破り始める。
  唖然とするマンジー。
マンジー「俺がやります…」
マイケル「お前には、女房も子供もいる。後で問題になったら俺が責任を取るから心配しなくていい」
マンジー「冗談じゃありません。俺は、そんなつもりで…」
  箱を開くマイケル。
  中に袋に入った白い粉が詰まっている。
  マンジー、袋を一つ取り、破くと、小指で粉をすくい、嘗める。
マンジー「(頷きながら)ヘロインです」
  二人、そのまま、急ぎ足でその場を立ち去る。

○ 国道
ヘッドライトを照らし、疾走するトランザム。

○ トランザム車内
  ハンドルを握るマイケル。助手席にマンジーが座っている。
  マンジー、袋の中を漁っている。
マイケル「今月の押収量は、これでももう100キロ近い。短期間でこれだけの量は、尋常じゃないな」
  マンジー、俯いたまま、呆然としている。
  マンジーを見つめるマイケル。
マイケル「どうした?」
マンジー「弟の事が頭に浮かんで…」
マイケル「もう2年になるか…」
マンジー「ええ。こんな薬にはまっちまったせいで…まだ16だった…」
マイケル「…」
マンジー「どれだけ押収しても次から次へまた転がり込んできやがる。いつまで経ってもいたちごっこだ」
  険しい表情を浮かべるマイケル。

○ ロサンゼルス第11管区警察分署・全景(翌日・朝)
  四角い小さな建物。

○ 同・オフィス
  受付のカウンターの前を慌しく歩く警官達。
  少し太り気味で、髭を蓄えた中年の男シェリーのデスクの上に置かれたヘロインの箱。
  ヘロインの入った袋を掴み、声を張り上げるシェリー。
シェリー「こいつをどこから見つけたって?」
  デスクの前に立つマイケル。
マイケル「レオックスの倉庫です。オードリーが持っていたものです。間違いありません」
  溜息をつくシェリー。
シェリー「…こう言うやり方は、後々問題になるといつも忠告しているのに、また性懲りもなく…」
マイケル「証拠は、見つかったんです。レオックスは、夕方には、戻ってくるはずです。拘束して、
 オードリーの居場所を聞き出したいんです」
シェリー「その前に、お前に話しておく事がある」
マイケル「何です?」
シェリー「半導体産業大手のジェルロンの重役が昨夜、うちの管轄内で殺された」
  マイケル、険しい表情。
シェリー「FBIの情報によると、この事件には、産業スパイの一件が絡んでいる」
マイケル「産業スパイ…ね…」
シェリー「この先関連して起こる事件も含めて全て、FBI主導で捜査を進める。もしこの先関連した事件が
 起きても、余計な介入はせず、報告は、正確に。いいな」
マイケル「…それで、ヘロインの件は?」
シェリー「令状は、出す。だが、また危ない橋渡ったら、承知せんぞ」
  マイケル、シェリーに一礼する。
マイケル「ああ、そうだ…」
  マイケル、ポケットからハンバーガーを取り出し、シェリーに手渡す。
マイケル「昼飯まだでしょ」
シェリー「やけに気前がいいじゃないか」
マイケル「要らないなら俺が食べますけど…」
  シェリー、包み紙を取り、ハンバーガーをかじる。
  マイケル、自分のデスクに戻る。
  座席に座るマイケル。
  隣にデスクの座席に座るマンジー。
マンジー「レオックスを押さえるんですか?」
マイケル「ああ。主任の許可をもらった」
マンジー、シェリーを見つめる。
  シェリー、書類を見ながら、かじりさしのハンバーガーを食べている。
マイケル「俺と一緒でハンバーガーには、目がないんだ」

○ ナイト財団本部・全景
  豪壮な建物。

○ ナイト財団本部・会議室
  スクリーンに映し出されているナイト2000の設計図。
  スクリーンの前に立つブーアマン博士。
ブーアマン博士「明日、第一段階の試験運行を開始します。スケジュールは、手元に
 ある資料を参考にして頂きたい」
  円卓に座るナイト財団の関係者達。真ん中に座る老人ウィルトン・ナイト。
  その左隣に座っているデボン・シャイアー。
ブリーランド「二日前に選考されたテストドライバーに、プロトタイプを運転してもらい、同時に人工知能と
 連動させた自動走行システムの実験も行う予定にしています」
ウィルトン「ナイト2000の完成は、いつ頃になるんだ?」
ブリーランド「人工知能KARRの実験を重ねて、結果が概ね良好であれば、一ヵ月後を目処に…」
ウィルトン「もっと早く進められないか?」
  ブーアマンとブリーランド、顔を合わす。困惑した様子でぼそぼそと話し、
ブリーランド「テストを行っていない今の段階では、なんとも言えません…」
  憮然とし、項垂れるウィルトン。デボン、憂い顔でウィルトンを見ている。

○ 同・ウィルトン・オフィス
  デスクの座席に座っているウィルトン。
  受話器を握り、喋っている。
ウィルトン「ああ…どんな結果が出ようがこっちは、もう覚悟はできている。奴がなんと言おうが私は、
 一切協力する気はないから、そう伝えておけ…」
  ドアをノックする音が聞こえる。
ウィルトン「また連絡をくれ」
  受話器を置くウィルトン。
ウィルトン「入りたまえ」
  ドアが開く。デボンが入ってくる。デボンの後から白いスーツ姿のセミロングの女が入ってくる。
  女をまじまじと見つめるウィルトン。
  デスクの前に立つデボンと女。
デボン「ナイト2000の開発メンバーとして呼び寄せました」
女「ボニー・バーストです」
  女は、ボニー・バースト。ウィルトン、右手を差し出す。ボニー、ウィルトンと握手する。
ウィルトン「よく来てくれた」
ボニー「私の大学でも5年前から人工頭脳に関する研究に取り組んでいます。このような開発
 プロジェクトに参加できるなんて、夢のようですわ」
ウィルトン「君の力には、大いに期待しているよ」
  ウィルトン、突然、激しく咽る。
  唖然とするボニー。
  デボン、心配げな表情でウィルトンに近づこうとする。
  ウィルトン、手を差し出し、デボンを静止させる。
ウィルトン「大丈夫だ。心配ない」
デボン「では、失礼します」
ウィルトン「デボン、後で庭園のほうに来てくれ」
デボン「わかりました」
  ボニー、ウィルトンに一礼すると、デボンと共に部屋を出て行く。
  ウィルトン、引き出しを開け、中から錠剤の入った瓶を出す。
  錠剤を一つ取り出しに口に含む。

○ 同・通路
  ドアを閉めるデボン。
  デボンと顔を合わすボニー。
ボニー「お風邪ですか?」
  デボン、少し動揺した面持ちで、
デボン「そのようだ」
  歩き出すデボン。
  ボニー、怪訝な面持ちでデボンの後ろを歩き始める。

○ レオックスの倉庫前
  白いセダンが走ってくる。
  立ち止まるセダン。車から降りるレオックス。
マイケルの声「レオックスさん」
  振り返るレオックス。
  マイケルとマンジーが立っている。
  マイケル、警察手帳をレオックスに見せる。
レオックス「何のようだ?」
マイケル「昨日女性から受け取った箱の事について、詳しくお聞きしたい事が…」
レオックス「箱?何の事だ?」
マンジー「ヘロインの事だ」
  マイケル、レオックスに令状を見せる。
  憮然とするレオックス。

○ ロサンゼルス第11管区警察署・全景
  
○ 同・取調室
  机の前に座っているレオックス。その向かい側に座るマイケル。
マイケル「オードリーは、どこにいる?」
レオックス「昨日は、一緒だったが、今日は、知らない」
  マイケルの後ろに立っているマンジー、怒声を上げ、
マンジー「嘘をつくな!」
レオックス「本当だ。私自身も彼女については、よく知らない。どこに住んでるかも、過去の事も…」
マイケル「今度はいつ会うんだ?」
レオックス「向こうからの連絡待ちさ。明日かもしれないし、一週間後、一ヵ月後かもしれない…」
マンジー「この一ヶ月の間に6回も接触しといて一ヶ月後だって?」
マイケル「受け取ったヘロインを誰に売り捌くつもりだったんだ?」
レオックス「あれは、預かっていただけだ。彼女に頼まれたんだ」
マンジー「オードリーは、お前の倉庫を利用して、ヘロインを運んでいた。複数の買い手にな」
マイケル「正直に吐いたほうが自分のためだぞ」
レオックス「…」

○ 同・通路
  コーヒーカップを持ち歩いているマイケル。
  後ろから中年の刑事ジム・コートニー(ジンボ)がやってくる。
コートニー「おい!」
  立ち止まり、振り返るマイケル。
マイケル「ジンボ!今日は、もうあがりかい?」
コートニー「娘にデートに誘われていてな。丁度手の込んだ事件も片付いたし、今晩は、ブティックにでも
 行って、服でも新調しようと思っているんだ」
マイケル「親子水入らずでいいね。なんなら俺が代わってやってもいいけど?」
  ムキになるコートニー。
コートニー「馬鹿を言え」
  歩き出す二人。
コートニー「新しい相棒とは、うまくやってるか?」
マイケル「新しい相棒だって?もう1年以上も連れそってるんだぜ?」
コートニー「もうそんなになるのか。歳を取ると、時間の感覚が鈍るな」
マイケル「最高の相棒さ。俺には、もったいないぐらい」
コートニー「俺よりもか?」
マイケル「かもね」
コートニー「どの辺がだ?」
マイケル「あんたより足が早い」
コートニー「俺だって、若い時は…クソ!」
マイケル「冗談だよ。悪かった」
コートニー「実はな、マイケル。内心そわそわしているんだ。明日、娘に彼氏でも
 紹介されるんじゃないかって…」
マイケル「デートの場所は?」
コートニー「近くの公園をぶらっと歩くだけだ」
マイケル「そいつはやばいな。俺の経験上、99%の確立だ」
コートニー「公園で彼女に父親を紹介された事があるのか?」
マイケル「二度はね…」
  愕然とするコートニー。
マイケル「そう落ち込むなよ」

○ 同・オフィス
  シェリーのデスクの前に立つマイケル。
  デスクの上に置かれる一枚の写真。喫茶店の前の公衆電話で受話器を握っている
  オードリーの姿が映っている。サングラスをつけ、黒いドレスを着ている。
シェリー「この女を知ってるな?」
  写真を持つマイケル。
マイケル「オードリー…誰がこの写真を?」
シェリー「FBIが撮影したものだ。例の産業スパイ一味の容疑者として、彼女の行方を追っている」
マイケル「オードリーが産業スパイだって?」
シェリー「オードリーは、偽名だ。本当の名は、ケイト・マーシー。2時間後に担当の捜査官が
 うちにやってくる。協力してやれ」
マイケル「じゃあ、ヘロインの件は、どうなる?」
シェリー「その件も含めて、FBIが調査する」
マイケル「ケイトは、俺とマンジーが汗水垂らしてやっと見つけ出したホシだぜ?」
シェリー「今朝言った事もう忘れたのか?ケイトは、産業スパイの容疑者だ。身柄を拘束したら、
 我々は、一切関知しない」
  シェリー、デスクに置いてある煙草の箱を持つ。煙草を取り出し、くわえると火をつける。
  憮然と突っ立つマイケルを見つめるシェリー。

○ ナイト財団本部・庭園
  建物の石造りの柵の前に立つウィルトン。
  柵に手を置き、手前に見えるプールを覗き込んでいる。
  ウィルトンのそばにやってくるデボン。
  足音を聞き、デボンのほうを見つめるウィルトン。
ウィルトン「ガースの刑が確定した」
デボン「連絡があったんですか?」
ウィルトン「ああ」
デボン「誠に残念です」
ウィルトン「…馬鹿息子の事は、もう忘れよう。前に言った通り、この財団を引き継いでくれる
 若者を探すしかない」
デボン「後継者の選定は、もう始めています。まもなく、資料が手元に届くはずです」
ウィルトン「何だか、最近寝つきが悪い」
デボン「確かに顔色が悪い。医者を呼びましょうか?」
ウィルトン「いいや。もう一度、海で泳いでみたかったな。若い頃のように…」
  険しい顔つきのデボン。
  ウィルトン、照れ笑いを浮かべると、その場を立ち去る。

○ ロサンゼルス第11管区警察署・オフィス
  グレイのスーツを着た長身の男、FBI捜査官フィリップ・スコットがマイケルのデスクの前にやってくる。
フィリップ「マイケル・ロング刑事?」
  デスクに座るマイケル、フィリップを見て、立ち上がる。
マイケル「そうですが、あなたは?」
フィリップ「FBIのフィリップ・スコット」
  立ち上がり、フィリップと握手するマイケル。
マイケル「事情は、主任から聞いています」
フィリップ「それじゃあ、さっそくだが、ケイト・マーシーに関する調査報告書を見せてくれないか」
マイケル「その前にお願いしたい事があるんです」
フィリップ「偶然だ。私も君にお願いしたい事があるんだ」
  唖然とするマイケル。

○ ナイト財団研究所・テストコース前
  白衣を着た研究員達が立ち、話をしている。
  研究所の出入り口から杖をつきながら歩くウィルトンとデボンが現れる。
  テストコースに通じる階段の方へ向かってゆっくりと歩いている二人。
  空を見つめるウィルトン。
ウィルトン「快晴だな」
デボン「最高のテスト走行日和です」
ウィルトン「作業は、どれぐらい進んでいるんだ?」
デボン「全体の65%程度です。プログラマーを新たに6人雇って、制作に加え入れました」
ウィルトン「彼女は、どうだ?」
デボン「ボニーバーストの事ですか?」
ウィルトン「そうだ」
デボン「見込んだだけありました。彼女が入って作業のスピードが上がっています。KARRの
 実力も今日のテストでお目にかけられるかと…」
  ウィルトン、テストコースを見つめ、呆然とし、突然、立ち止まる。
  デボンも立ち止まり、
デボン「どうかされましたか?」
  コースを指差すウィルトン。
ウィルトン「あれは、何だ?」
  デボン、コースを見つめる。
  77年型モデル・『フォード LTDU』をベースにした茶色のボディのカスタムカーが走ってくる。
  研究員達の前で立ち止まるセダン。
ウィルトン「あのポンコツがナイト2000なのか?」
  気まずい表情のデボン。
デボン「いいえ、あれは、実験車です。少々お待ちを…」
  デボン、慌てて、研究員達の前に駆け寄って行く。
ブリーランド博士の前にやってくるデボン。
デボン「博士…」
ブリーランド「どうかされましたか?」
デボン「(カスタムカーを指差し)我々が選定したニューモデルのベース車は?」
ブリーランド「どうやら、部品が間に合わなかったようなので、急遽、あの車を代役に…
 形や重量的には、ニューモデルのと大差ありませんし、今日は、エンジンの出力とサスペンション、
 タイヤの耐久性及び、人工知能とドライバーの対話レベルと通信システムの…」
デボン「ベース車での実験でなければ、意味がない。車両部門には、
 私が連絡をつけるので、テストは、延期に…」
ウィルトンの声「もういい、デボン」
  後ろを向くデボン。ウィルトンが立っている。
ウィルトン「(ブリーランドに)気にせずに続けてくれ」
  頷くブリーランド。
  数人の研究員達と共にその場を離れて行く。
    ×  ×  ×
  唸るエンジン。
  広大な周回コースを走るカスタムカー。
  長いカーブをスピードを上げて走っている。
  研究員達の前を一瞬で通り過ぎるカスタムカー。
  車を見守るブリーランドとその他の研究員達。その右端にボニーが立っている。
   険しい眼差しで車を見つめている。それぞれにバインダーに挟んだチェックリストを持ち、
  項目に書き込んでいる。
  階段に座り、車を見つめるウィルトンとデボン。
  ウィルトン、しかめっ面を浮かべている。
  デボン、ウィルトンの表情を見つめ、気まずそうにしている。

○ カスタムカー車内
  ハンドルを握る短い金髪、白いレース服を着た若いドライバーの男トレイシー・モーブ。
  シートベルトをしている。
  アクセルを踏み込むトレイシー。
  パネルのデジタル表示のスピードメーターが『80』からぐんぐん伸びている。
  コンソールに取り付けられたスピーカーからブリーランドの声が聞こえる。
ブリーランドの声「トレイシー、状況を報告してくれ」
トレイシー「ハンドルが少し軽過ぎるが、アクセルの按配は、良い。加速は、最高だ」
ブリーランドの声「では、次のテストを始める。KARRの装置を起動させてくれ」
  トレイシー、ハンドルのそばに取り付けられている赤いボタンを押す。
  コンソールの上部に置かれている黒いユニットボックス。三本のラインのイコライザーが黄色く光る。
ブリーランドの声「マニュアルの通り、質疑応答を始めてくれ」
トレイシー「ええと…ああ、コードナンバーは?」
KARR「『KNIGHT AUTOMATED ROVING ROBOT』」
トレイシー「今日の日付は?」
KARR「1982年4月25日」
トレイシー「天気は?」
KARR「快晴」
トレイシー「俺の名前を知ってるか?」
KARR「トレイシー・モーブ。地方のグランプリ・ラリーで2度の優勝経験がある。私のテストドライバー…」

○ ナイト財団研究所・テストコース前
  ブリーランド、胸元のピンマイクに話しかけている。
ブリーランド「それでは、これから自動走行実験を開始する。トレイシー、KARRに指示を与えてみてくれ…」

○ カスタムカー車内
トレイシー「よし、それじゃあ、KARRくん。今から運転を君に任せる」
KARR「了解」
  ユニットボックスの『MANUAL』の赤いランプが消え、『AUTO』の緑色のランプが点灯する。
  ハンドルから手を離すトレイシー。アクセルからも足を離す。
  ハンドルが勝手に動き始める。
  スピードメーターは、『130』辺りを維持している。
トレイシー「おお、まさに奇跡の瞬間。いや、歴史的瞬間と言ったほうが正確なのか…」
KARR「奇跡ではない。これが現実だ」
  正面を見つめるトレイシー。
  数百メートル前方に6mの高さがある巨大なコンクリートの壁が立っている。
トレイシー「あれを見ろ。最初の難関だ」
  
○ ナイト財団研究所・テストコース前
  コンクリートの壁に向かって突き進むカスタムカー。
  カスタムーカーを見つめながら、眉間にしわを寄せるウィルトン。
ウィルトン「避ける気配がないぞ」
  デボン、憮然とした面持ち。
  憂いの表情を浮かべる研究員達。

○ カスタムカー・車内
  トレイシー、迫ってくるコンクリートを見つめ、慌ててハンドルを握るが回せない。
トレイシー「おいおい、そろそろ曲がらないとやばいぞ」
  突然、ハンドルが左に回転し始める。

○ ナイト財団研究所・テストコース
  コンクリートの寸前でスッと左に曲がるカスタムカー。そして、また、道の真ん中を走り続ける。
  研究員達、一斉に落ち着きを取り戻し、チェックリストに書き込みを始める。
  ピンマイクに話しかけるブリーランド。
ブリーランド「大丈夫か?」
  耳につけているイヤホンからトレイシーの声が聞こえる。
トレイシーの声「ああ、なんとかな」

○ カスタムカー車内
ブリーランドの声「次は、ターボーブーストシステムの実験に移る」
トレイシー「何でもきやがれ!」

○ ナイト財団研究所・テストコース
  急ブレーキ。車体を傾け横滑りしながら、周回コースを抜け、周回コースの内側に作られた
  直進コースのレーンに入り込むカスタムカー。
  道の両側に柵が立てられている。数百メール先の道の真ん中に高さ3mのコンクリートが
  置かれている。コンクリートに向かって突き進むカスタムカー。

○ カスタムカー車内
KARR「また障害物を発見した」
トレイシー「そうだ。今からあれを飛び越える」
KARR「なぜ、そんな効率の悪いことをしなければならない?」
トレイシー「何だと?」
KARR「あのコンクリートを抜ける方法は、他にもある」
  ハンドルのそばのパネルの『SKI MODE』の赤いボタンが光る。
  小さな噴射音と共に車体の左側が浮き上がる。
トレイシー「おいおい、何をしやがる!」

○ ナイト財団研究所・テストコース
  車体の左側を浮かして、片輪走行を始めるカスタムカー。
  ざわめく研究員達。
  ウィルトン、目を細めている。
  デボン、立ち上がり、ブリーランドのそばに駆け寄る。
デボン「ターボシステムの実験じゃなかったのか?」
ブリーランド「ええ…」
  カスタムカー、コンクリートと柵の隙間を余裕で潜ると、車体を元の状態に戻し、また、走り出す。

○ カスタムカー車内
ブリーランドの声「スキーモードの実験は、まだ先だぞ」
トレイシー「俺が知るか。KARRが勝手に判断して、ああなったんだよ」

○ ナイト財団研究所・テストコース
  唖然とするブリーランドとデボン。
デボン「テストは、中止だ。KARRのプログラムを再確認させろ」
  ブリーランド、ピンマイクに話し出す。
ブリーランド「トレイシー、マニュアルモードに切り替えて、一度こちらに戻ってくるんだ」
トレイシーの声「了解」
  落胆するウィルトン。立ち上がり、杖をついて研究所のほうへ戻って行く。
  振り返るデボン。立ち去るウィルトンを見つめ、険しい顔つきになる。
  ボニー、苦笑いしている。

○ ロサンゼルス第11管区警察署・オフィス
  デスクの前に立つマイケルとマンジー。
マンジー「囮捜査ですか?」
マイケル「ああ。FBIのフィリップって言う捜査官から依頼を受けた」
マンジー「だったら俺も手伝わせてください」
マイケル「目的は、国際的な大がかりな犯罪組織の親玉を見つけ出す事だ。今までとは、相手が違うぞ」
マンジー「相手が誰だろうが、そんなの関係ありません」
マイケル「…」

○ ラスベガス近郊
  ホテルなど優雅な施設が立ち並ぶ通りを走る白いリンカーン。

○ リンカーン車内
  後部席に座っているケイト・マーシー。
  その隣に座っているタニヤ・ウォーカー。
  煙草を吹かしながら、バックから封筒を取り出し、ケイトに手渡す。
  ケイト、封筒の中から書類を取り出し、目を通す。
タニヤ「ジェンロンに今、ミシェルとシンプソンを潜り込ませているの」
ケイト「それで、私は、何をすれば?」
タニヤ「ジェンロンの社員のベン・マイヤーズと言う男が作った最新式の半導体チップを奪うのよ」
ケイト「ミシェル達は、奪い出せなかったんですか?」
タニヤ「マイヤーズは、二ヶ月前からニューヨークに行っていて、今夜戻ってくるの。チップは、
 彼が持っているわ。明日セイナシティホテルで、他の社員達と合流する予定よ」
ケイト「わかりました」
タニヤ「副業は、うまくいってるの?」
ケイト「…ええ、何とか」
タニヤ「そっちのほうは、暫くの間大人しくしておく事ね」
ケイト「…」

○ ナイト財団本部2F・通路
  並んで歩いているウィルトンとデボン。
ウィルトン「それで、何が原因だったんだ?」
デボン「KARRのプログラムにいくつかのミスがみつかりました。今、ボニー達に手直しをさせています」
ウィルトン「明後日の公道走行テストは、予定通りに行えるのか?」
デボン「明日、もう一度テストコースを走って、異常がなければ…」
  オフィスのドアの前に立ち止まるウィルトン。デボンもつられて足を止める。
ウィルトン「なぁ、デボン。私は、大きな夢を見過ぎているのかもしれないな…」
デボン「そんなことはありません。我々がやろうとしている事は、これからの未来に大きく役立つものです」
ウィルトン「そうであって欲しいものだ…」

○ セイナシティホテル前・駐車場(翌日・朝)
  シルバーのBMWが駐車スペースに止まる。運転席のドアが開く。ブルーのワンピースと
  サングラスをつけたケイトが姿を現す。

○ 同・ロビー
  カウンターにいる従業員と話をしているケイト。
  暫くして、カウンターを離れ、階段前の休憩所に向かう。
  ベンチに座るケイト。腕時計を見つめる。
  ケイトの元に近づいてくる男。
  男の足元を見つめるケイト。
  顔を上げる。男は、眼鏡をかけ、グレイのスーツを着たマイケルである。
  ケイトに微笑みかけるマイケル。
マイケル「グレモンド編集社のテイル・モリソンさん?」
  唖然とするケイト。
ケイト「どうして、私の名前を?」
マイケル「ジェンロン社の開発担当のローウェル・パクストンです。飛行機の時間が遅れていると
 ベンから連絡があったので、伝えに来ました」
  ケイト、立ち上がり、マイケルと握手を交わす。
ケイト「それは、わざわざどうも…」
マイケル「3時からでしたね、取材は?」
ケイト「できれば今日一日、ご一緒頂ければと思っているのですが…」
マイケル「実は、ベンとは、入社以来の親友でしてね。私も半導体の研究に携わっています。ある程度の
 事ならお話できると思いますが…」
  歩き出す二人。

○ 同・駐車場
  たくさん止まる車の列。真ん中のスペースに止まっているシルバーのセダン。
  
○ セダン車内
  運転席にフィリップ。助手席にマンジーが座っている。
  コンソールの下に置いてある音声受信機からマイケルとケイトの会話が聞こえてくる。
マイケルの声「今度完成した最新型のチップには、これまでの30倍の処理能力が
 あって企業の汎用コンピュータや…」

○ セイナシティホテル・306号室内
  扉が開く。中に入ってくるマイケルとケイト。
マイケル「ここがベンが宿泊する部屋だ」
  マイケル、左手に持っていたトランクケースをベッドに置く。
ケイト「あなたもここに?」
マイケル「ええ。丁度ベッドも二つあることだし…」
ケイト「到着まで後どれぐらい?」
  マイケル、腕時計を見つめ、
マイケル「30分ほどだと思うけど…着いたら連絡しますよ。何号室に泊まってるの?」
ケイト「上の階の403号室です。それじゃあ、また後で」
マイケル「ああ…」
  部屋を出て行くケイト。
  マイケル、ケイトが出て行ったのを確認すると、胸元につけたピンマイクに話し出す。

○ セダン車内
  受信機からマイケルの声が聞こえる。
マイケルの声「ケイトが出て行った。ベンの身柄は、押さえてあるんだろうな」
フィリップ「もちろんだ。時間が来たら、予定通り、話を進めてくれ」
マイケルの声「わかった」
フィリップ「マンジー、グレモンド編集社のテイル・モリソンの身元確認だ」
マンジー「はい」
  ドアを開け、車から降りるマンジー。

○ 国道
  走行する白いリンカーン。
  電話の受信音が鳴り響く。

○ リンカーン車内
  後部席に座るタニヤ。携帯電話を持ち、喋り出す。
タニヤ「もしもし…」

○ セイナシティホテル・403号室
ケイト「ケイトです。ベンは、飛行機の遅れでまだ到着していません。代わりにローウェルと言う男が来ています」

○ リンカーン車内
タニヤ「何者なの?」
ケイトの声「ジェンロンの開発部門の社員で、ベンの同僚らしいです」
タニヤ「調べてみるわ」
  電話を切るタニヤ。
  タニヤの隣に座る中年、小太りの男、キャメロン・ザッカリー。
ザッカリー「誰だ?」
タニヤ「ケイトよ。例の男と接触するため、ホテルにいるの」
ザッカリー「最新式のマイクロチップも大事だが、もう一つ気になっている事がある…」
タニヤ「何なの?」
  ニヤつくザッカリー。
ザッカリー「…ある財団でドリームカー計画が進んでいるらしい」
タニヤ「あなたが未来の車に興味があったなんて、知らなかった」
ザッカリー「私は、今夜ワシントンに向かう。後の事は、任せたぞ」
タニヤ「心配しなくてもいつもちゃんとやってるでしょ…」
ザッカリー「だが、油断は、禁物だ…」
  抱擁する二人。

○ ナイト財団研究所・開発室
  テーブルの上に置いたKARRのユニットボックス。上蓋が外され、中の基板が露出している。
  様々な配線がなされている。
  その隣にあるコンピュータのディスプレイの前に座っているボニー。キーボードを打っている。
  ボニーの後ろにいる数人の研究員達。各自システムの前に立って作業をしている。
  入口の扉が開く。中に入ってくるデボン。
  ボニーのそばにやってくる。
デボン「明日の公道テストまでには、間に合いそうかね?」
ボニー「ええ、何とか」
デボン「遅れを取り戻すため、もう一人人工知能とメカニックのエキスパートを呼び寄せるつもりだ」
ボニー「いつ来られるんです?」
デボン「予定では、来週だ。君と同じく美しい女性だ。仲間が増えて、また一段と活気付くだろう」
  立ち去るデボン。ボニー、立ち上がり、
ボニー「あの…」
  立ち止まり、振り返るデボン。
ボニー「もう少し時間を頂ければ、もっと、優秀なAIを生み出す事も可能ですけど…」
デボン「君がKARR以上のAIを作り出せるとでも言うのか?」
ボニー「もちろん、そのための予算も必要になりますけど…」
デボン「君が大学で優秀な成績を修めている事は、知っている。そのための研究費もナイトさんに
 相談すれば、賄う事は、可能かもしれない」
ボニー「生意気ってすみません。でも、どうしてそんなに急ぐ必要があるのか、それがとても気になって…」
デボン「君にもちゃんと説明しておくべきだったな。ナイトさんの余命は、あと半年だ。医者にそう宣告された」
ボニー「やはり、ご病気だったんですね…」
デボン「一代でこの財団を築き上げたが、財団を受け継ぐはずだったご子息が不幸にも大罪を犯して、
 今獄中にいる」
ボニー「…」
デボン「私は、あの人の笑顔が見たいんだ。一日も早く…」
ボニー「…出過ぎた事を言ってごめんなさい」
デボン「わかってくれたならいい」
  立ち去るデボン。
  ボニー、神妙な面持ちで、また、コンピュータの前に座り、作業を始める。

○ セイナシティホテル・403号室前
  電話が鳴り響く。
  ベッドに座り、煙草を吸っているケイト。
  立ち上がり受話器を取る。
ケイト「もしもし」
マイケルの声「どうも、ローウェルです」

○ 同・306号室
  電話の前に立ち受話器を握るマイケル。
マイケル「さっき、ベンから連絡があったんですが、どうやら空港で持病のヘルニアが再発したらしくて、
 病院に担ぎ込まれたみたいです」
ケイトの声「病院の名前を教えてください」
マイケル「ベンに頼まれて、取材の件は、一切私が引き受ける事になりました」

○ 同・403号室
  唖然とするケイト。
ケイト「でも、私は、彼の密着レポートをするために取材に来たんです…」
マイケルの声「心配しなくても大丈夫です。実は、彼が開発した最新型チップは、もうすぐ私の元に
 届くんです。メモも同封されているので、記事になる程度のお話は、できると思います」
  困惑するケイト。
ケイト「…わかりました。一応編集長のほうにも報告しておきます」

○ 同・306号室
  入口の扉が開く。マンジーが部屋に入ってくる。
  受話器を置くマイケル。
  立ち上がり、マンジーと対峙する。
  マンジー、右手に持った封筒をマイケルに手渡す。
  封筒の中身を確認するマイケル。
  中からチップを取り出し確認するマイケル。
マイケル「精巧にできた偽者だな」
マンジー「それ、本物です。三つあるサンプルのうちの一つを借りたんです」
  仰天するマイケル。
マイケル「どうして、偽物を用意しなかった?」
マンジー「フィリップ捜査官の指示です。向こうは、最新型チップの一部の情報を入手しているみたいです。
 偽物だとすぐ見抜かれてしまう恐れがあるので…」
マイケル「…本物となると気が重くなるぜ」
マンジー「テイル・モリソンと言う記者の事ですが、二日前からパリで取材中です」
マイケル「今夜、ケイトがこの部屋に来る。盗聴器は、ベッドの下にとりつけてある」
マンジー「フィリップにも伝えておきます」
  部屋を出て行くマンジー。

○ ナイト財団研究所・テストコース
  周回コースを猛スピードで走行するカスタムカー。
  横一列で立っている研究員達。
  その真ん中に立つブリーランド。ピンマイクに話し出す。
ブリーランド「よし、次は、ターボブーストシテスムの実験だ」

○ カスタムカー車内
  運転席に座るトレイシー。ハンドル、アクセルにも触れずシートベルトをつけ座っている。
トレイシー「あいよ。聞いたか、KARRくん」
  ダッシュボードのユニットボックスから聞こえるKARRの声。
KARR「わかっている」

○ ナイト財団研究所・テストコース
  車体を横滑りさせながら、直進コースのレーンに入り込むカスタムカー。
  スピードを上げ、3mの高さの分厚いコンクリートに向かって突進する。

○ カスタムカー車内
  スピードメーターの数字が一気に『80』まで上がる。
トレイシー「いいか、昨日みたいに勝手な判断はせず、俺の言う通りにするんだ。ターボブーストだ。わかるな?」
KARR「ターボブーストシステムを起動する」
  トレイシー、満足げに頷き、
トレイシー「お利口さんだ。それでいい」
  ハンドルのそばのパネルにある『TURBO BOOST』の赤いボタンが光る。
  大きな噴射音が起こり、車体全部が浮き上がる。
  トレイシー、思わず、ハンドルを握り締める。

○ 噴射音を上げてジャンプするカスタムカー
  コンクリートの壁の上を軽く飛び越え、また路面に着地する。

○ カスタムカー車内
  激しく車体が揺れている。
  大きく目を引ん剥いたまま、微動だにしないトレイシー。
KARR「どうした?何を固まっている?」

○ ナイト財団研究所・テストコース
  研究員達から歓声が上がる。それぞれ拍手をしている。
  ボニー、満遍の笑みを浮かべ、思わず、ガッツポーズ。隣にいた男性の研究員と握手をしている。
  階段座っているウィルトン。険しい顔つき。隣に座るデボン。ウィルトンの表情を見つめ、
デボン「テストの第一段階は、成功です」
ウィルトン「みたいだな。明日の公道テストの結果を楽しみにしているよ」
  立ち上がるウィルトン。杖を突きながら歩き出し、その場を立ち去る。
  ウィルトンの寂しげな背中を見つめ、意気消沈するデボン。

○ セイナシティホテル・306号室(夜)
  ドアのノック音。
  一人がけのソファの椅子に腰掛け、テレビを見ているマイケル。
  立ち上がり、ドアを開ける。中に入ってくるケイト。
ケイト「失礼します」
マイケル「お待ちしていました」

○ 同・駐車場
  駐車スペースに止まるセダン。
  運転席に座るフィリップ。

○ セダン車内
  受信機からマイケルとケイトの会話が聞こえる。耳を澄まして聞いているフィリップ。
マイケルの声「コーヒーは?」
ケイトの声「いいえ、結構です」
マイケルの声「お嫌いですか?」
ケイトの声「小さい頃から苦手で…」
  
○ セイナシティホテル・306号室。
  テーブルの前に座っているケイト。
  コーヒーカップを持ち、ケイトの向かい側のソファに座るマイケル。ふと、テレビを見つめる。
マイケル「失礼」
リモコンを持ち、テレビの電源を切る。
マイケル「テレビは、よく見るの?」
ケイト「えっ?」
マイケル「小さい頃は、何を見てた?僕は、ローン・レンジャーが好きでね。二丁拳銃の使い手なんだ。
 『ハイヨー!シルバー』って掛け声を真似してよく遊んでた」
ケイト「…」
マイケル「恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。本題に入る前のちょっとした雑談だよ」
ケイト「うちにテレビなんてなかった。両親は、早くに交通事故でなくしましたし…一人でずっと、
 本を読んでいたわ。宇宙とか野生動物の…」
マイケル「悪い事を聞いたかな…」
ケイト「いいえ、そろそろ本題に入りません?」
  マイケル、テーブルの上にカバンを置き、開くと、中から透明のケースを出す。
マイケル「これがそのチップだ。このところ、日本企業の進出で、我が社の製品の売り上げも
 横ばい状態だった。でも、このチップの開発の成功で、他のメーカーを大きく引き離すことになる。
 それぐらい画期的な発明なんだ」
  ケイト、透明のケースに入っているチップを見つめている。
マイケル「じゃあ、君の質問を聞こうか」
  ケイト、カバンから突然、スプレーを取り出し、マイケルに吹きかける。
  マイケル、スプレーの煙を浴び、その場に倒れる。
  ケイト、チップの入ったケースをカバンにしまうと、そのまま、部屋を出て行く。
  うつ伏せで倒れたふりをしているマイケル。暫くして目を開け、立ち上がると、
  ベッドの前に行く。

○ セダン車内
マイケルの声「フィリップ、聞こえるか。ケイトがチップを持って出て行った。もうすぐホテルを出るはずだ」
  フィリップ、エンジンをかける。
  フロントガラス越しに見えるホテルの玄関口をジッと見つめている。
  暫くして、ケイトが表に出てくる。
  ケイト、ホテルの前に止まっているBMWに乗り込む。

○ BMW車内
  運転席に座るケイト。
  車内電話の受話器を持ち、ボタンを押している。

○ ラスベガス郊外・邸宅
  二階建ての豪壮な白い建物。
  二階のベランダに立つタニヤ。白いバスローブ姿。携帯電話を持ち、話している。
ケイトの声「チップを手に入れました」
タニヤ「よくやったわね、ケイト。明日の午後、約束の場所で落ち合いましょう」

○ BMW車内
  電話を切るケイト。エンジンをかける。

○ ホテルの駐車場を出て行くBMW
  その後を追って走り出すフィリップのセダン。

○ ラスベガス郊外・邸宅2F・リビング
  ベッドに座り、携帯電話で話をしているタニヤ。
タニヤ「本当なの?」

○ 病院前
  公衆電話の受話器を握り、話している茶色のスーツを着た細身の男、シンプソン。
シンプソン「病院でベンの様子を確かめましたが、ヘルニアなんて嘘です。患者になりすました私服の警官が
 奴の周りをうろついています。おそらく、ケイトは、サツにマークされています」

○ ラスベガス郊外・邸宅2F・リビング
  タニヤ、神妙な面持ち。
タニヤ「…ミシェルにもう一度ローウェルと言う男の事を調べさせて」
  電話を切るタニヤ。

○ ラスベガス市内・外景(翌日・朝)
  華やかな街並みに朝陽が差している。

○ ナイト財団研究所・テストコース
  階段の前に群がる研究員達。
  カスタムカーの周りを取り囲んでいる。
  開いたボンネット。エンジンルームの様子をチェックしている者、運転席に座り、パネルを弄っている者、
  様々に作業を進めている。
  カスタムカーの前にやってくるトレイシー。
  車の前に立っているブリーランドの元へ近づく。
トレイシー「よぉ、博士、おはよう!」
ブリーランド「昨日の打ち合わせ通りだ。もう一度道順を確かめておこうか」
トレイシー「いやいや。コースは、ばっちりインプット済みだ。道を覚えるのに関しては、
 俺の方がKARRよりもズバ抜けてるぜ」
  トレイシー、カスタムカーの前部のグリルに取り付けてあるスキャナーに気づき、
トレイシー「なんだい?この黄色いポチポチは?」
ブリーランド「スキャナーだよ。周囲の状況を人工知能に感知させるものだ。今日は、その実験もやってもらう」
  スキャナーが黄色い光を発しながら、真横になびいている。
  研究所1階の窓から様子を窺っているウィルトン。

○ 同・1F通路
  窓辺に立つウィルトン。
  カスタムカーに乗り込むトレイシーの様子を見つめている。
  ウィルトンのそばにやってくるデボン。
デボン「まもなく始まります」
  ウィルトン、厳しい目つき。
  発進するカスタムカー。
  スピードを上げ、テストコースを走り去って行く。

○ モーテル前
  数十メートル離れた脇道に止まっているセダン。

○ セダン車内
  運転席に座るフィリップ。無線のレシーバーを持ち、話し出す。
フィリップ「マイケル、聞こえるか?」

○ 国道を走行するトランザム

○ トランザム車内
  運転席のマイケル。助手席に座るマンジー。右手でハンドルを持ち、
  左手にレシーバーを持つマイケル。レシーバーに話しかけている。
マイケル「ああ。ケイトの様子は?」
フィリップの声「まだ、目立った動きは、ない」
マイケル「俺達も今そっちに向かっているところだ」

○ セダン車内
  正面を見つめるフィリップ。
  フロントガラス越しに見えるモーテル。
  正面口からケイトが姿を現す。
フィリップ「ちょっと待て。ケイトが出てきた」
  建物の前に止まってるBMWに乗り込むケイト。

○ モーテル前・駐車場
  BMW、バックして、道路に出る。走り出す。
  フィリップが乗るセダン、BMWの後を追う。
フィリップの声「ケイトが動き出した。目的地に着いたらまた連絡する」

○ トランザム車内
マイケル「了解」
  レシーバーを置くマイケル。

○ ハイウェイ
  車の往来が激しい四車線の道路。
  真ん中の車線を走るカスタムカー。

○ カスタムカー車内
  シートベルトをして座っているトレイシー。
  ハンドルにもアクセルにも触れず、陽気に口笛を吹いている。
トレイシー「なぁ、KARRくんよ。初めてハイウェイを走った気分はどうだ?」
KARR「あまり快適な環境とは、言えない場所だ。ボディにガスの煙が染み付きそうだ」
トレイシー「こんだけ大量の車が走ってりゃあ、排気ガスは、あちこち充満してるし、
 ガスの煙でボディも真っ黒けだ。新しいベース車の色を黒にしてもらうこったな。
 端から見れば、汚れは、目立たない」
  ハンドルが右方向へ動く。隣の車線へ移る。
KARR「まもなくポイント地点だ。ハイウェイを下りる」
トレイシー「おっ、そうだった。そろそろだな」
  通信機のスピーカーからブリーランドの声が聞こえる。
ブリーランドの声「トレイシー、応答してくれ」
トレイシー「おぅ、俺だ」
ブリーランドの声「状況を報告してくれ」
トレイシー「今のところとくに問題はない。KARRくんも俺の指示通りちゃんと動いてくれてる」
ブリーランドの声「ハイウェイを下りたら、方位感知システムのレベルを上げてみてくれ」
トレイシー「了解了解。ブリーランド博士、こいつは、間違いなく使えるぜ。21世紀には、
  ドライバーなんていらなくなるな。コンピュータと会話するだけで車が勝手に走ってくれるんだろ?」
ブリーランドの声「KARRの量産は、考えられていない。ナイト財団の活動の一環として使われるものだ」
トレイシー「そりゃあ、知ってるけど、こんなすばらしい技術を量産しない手はない。これが終わったら、
 俺も財団に正式に雇ってもらおうかな…」
ブリーランドの声「それは、ナイトさんと直接交渉してくれたまえ」

○ カントリークラブハウス前・駐車場
  駐車スペースに立ち止まるBMW。
  車から降りるケイト。山荘風の建物の中に入っていく。
  暫くして、フィリップのセダンがやってくる。
  駐車スペースに止まるフィリップのセダン。

○ 同・中
  ステージでブルース曲を歌っている男性歌手。
  20ほどの丸テーブルにいる客達。歌を聞きながら、雑談している。
  真ん中のテーブルにの椅子に座るケイト。
  辺りを見回し、そわそわしている。
  歌が終わり、演奏が鳴り止む。拍手と歓声が上がる。
  
○ 同・駐車場
  勢い良く入ってくるトランザム。
  フィリップのセダンの隣に立ち止まる。
  車から降りるマイケルとマンジー。
  フィリップも車から降り、二人と対峙する。
フィリップ「ケイトは、クラブハウスの中だ」
マイケル「俺が行く」
フィリップ「おまえは、面が割れてる」
マイケル「ステージ裏なら、心配ないだろ?一度来たことがあるんだ。マンジー、おまえは、
 表を見張ってくれ」
マンジー「はい」
  二人、クラブハウスに向かって走り出す。

○ 同・ステージ裏
  ステージの右側の壁に身をひそめ立っているマイケル。
  テーブルにいるケイトを覗き見ている。
  マイケルの後ろを通る赤いドレスを着たスティービー。
  スティービー、ステージの真ん中に立ち、歌い出す。
  聴き慣れた声を耳にし、ステージを見つめるマイケル。スティービーを見つめ、唖然とする。
マイケル「スティービー…」
  カーペンターズの『FOR ALL WE KNOW』を歌い出すスティービー。
  ケイトのテーブルに近づいてくる中年風の男・レブ・タイラー。茶髪、髭面、サングラスをしている。
  ケイトの向かい側に座るレブ。
  サングラスを外し、ケイトと会話を始める。

○ 同・ケイトのテーブル
  レブを見つめ、唖然としているケイト。
ケイト「タニヤは、どうしたの?」
レブ「別件でマイアミに向かった。俺が代理だ。例のもの見せてもらおうか」
  ケイト、怪訝な面持ちでレブを見ている。

○ 同・ステージ裏
  マイケル、胸元のピンマイクに向かって、小声で話し出す。
マイケル「ケイトのテーブルに男が座った」
  耳につけているイヤホンからフィリップの声が聞こえる。
フィリップの声「特徴は?」
マイケル「茶髪で髭を生やした中年風の男だ。左の頬にホクロがある」
  歌い続けているスティービー。
  スティービーを気にしながら、ケイトの見つめるマイケル。
  ケイト、カバンからチップの入ったケースを取り出し、レブに手渡す。レブ、ケースを開け、
  チップを取り出すと、鑑定用の眼鏡をかけ、チップを調べ始める。
  その様子を険しい眼差しで見つめるマイケル。
  レブ、チップをケースに戻し、スーツのポケットしまうと同時に、ポケットから折り畳み式の
  小型のナイフを取り出し、スーツの袖にしのばせる。
  ピンマイクに話し出すマイケル。
マイケル「チップが男の元に渡った」
  レブ、立ち上がり、話しながら、ケイトの背後に回る。
  マイケルの視点から、レブの体が邪魔してケイトの姿が見えなくなる。
  焦るマイケル。
  やがてレブがケイトのそばを離れる。
  ケイト、座ったまま微動だにしないが、やがて、左の方向へ体を傾け、床にうつ伏せで倒れる。
  ケイトの背中にナイフが刺さっている。
  愕然とするマイケル。
マイケル「ケイト…」
  ケイトの元へ駆け寄るマイケル。
  スティービー、目の前を横切るマイケルに気づき、唖然として、歌うのをやめる。
  暫くして、演奏も止まる。
  客達が一斉に立ち上がり、ざわめき始める。

○ 同・ケイトのテーブル前
  人ごみを掻き分け、ケイトを抱き起こすマイケル。
  ケイト、薄らぐ意識の中、マイケルを見つめ、
ケイト「あなたは…」
マイケル「何も喋るな…」
  レシーバーに話しかけるマイケル。
マイケル「ケイトが刺された。男は、チップを持って外に出た。すぐに取り押さえろ」
マンジーの声「はい…」

○ 同・駐車場
  赤いマスタングに乗り込もうとしているレブ。
  レブの前に近づくフィリップ。
  レブ、フィリップに気づき、いきなり銃を撃つ。高鳴る銃声。
  腹を撃たれ、地面に崩れるフィリップ。
  レブの背後に駆け寄ってくるマンジー。
  銃を構え、
マンジー「動くな!」
  振り返りざま、引き金を引くレブ。
  マンジーの左足を弾丸が貫く。その場に倒れるマンジー。

○ 同・中
マイケル「誰か救急車を早く…」
  マイケル、目の前に立っている従業員の男に声をかける。
マイケル「この人を頼む」
  男、ケイトの体を両手で支える。入口に向かって走り出すマイケル。
  
○ 同・入口前
  駐車場に止まっているたくさんの車を見回しているマイケル。
  ピンマイクに話し出す。
マイケル「男を見つけたか?マンジー、返事しろ!」
スティービーの声「マイケル!」
  振り返るマイケル。
  マイケルの前にやってくるスティービー。
スティービー「いったい何があったの?」
マイケル「今、仕事中だ」
スティービー「撃たれた女性…死んだわ」
  愕然とするマイケル。レシーバーからマンジーの声が聞こえる。
マンジーの声「(小さく掠れた声で)男は、赤いマスタングに乗って逃げました」
  マイケル、正面を見つめる。タイヤを軋ませながら猛スピードで走り去るマスタングを見つめる。
マイケル「マンジー、どうかしたのか?」
マンジーの声「足を撃たれましたが、俺は、平気です。フィリップが…」
  車の方へ駆け寄っていくマイケル。スティービーも後を追う。
  車の合間に倒れているマンジーを見つけるマイケル達。
マンジー「私はいいです。フィリップ捜査官を…」
  駐車スペースに倒れているフィリップの元へ近づき、抱き起こすマイケル。フィリップ、息絶えている。
  怒りを露にするマイケル。
マイケル「スティービー、マンジーを頼んだぞ」
  頷くスティービー。
  マイケル、フィリップをソッと地面に下ろし、トランザムの元へ走って行く。

○ 道路
  前を走る車を次々と追い抜いている赤いマスタング。
  暫くして、物凄いスピードでトランザムがやってくる。パトランプを唸らせながら、
  さらに加速するトランザム。

○ マスタング車内
  ハンドルを握るレブ。
  バックミラーに映るトランザムを見つめる。
  左手に銃を持ち、ドアの窓枠から身を乗り出すと、トランザムに向けて、銃を撃ち始める。

○ トランザム車内
  ボンネットやフロントガラスの真ん中に弾丸が当たる。
  ガラスに穴が開く。
  さらに弾丸が飛んでくる。マイケルの右肩に当たる。
  苦痛に耐えているマイケル。

○ 国道
  加速するカスタムカー。グリルに取り付けられたスキャナーが黄色い光を発しながら、
  横に動いている。

○ カスタムカー車内
  鼻歌を歌い、余裕顔のトレイシー。
KARR「感知シテスム作動。北東の方角から暴走する二台の車を発見した」
トレイシー「いくら田舎道だからって、こんなところでチキンレースでもやってやがるのか?」
KARR「不審車と認識した。追跡を開始する」
トレイシー「おいおい、待てよ、おい!」
  
○ さらにスピードを上げるカスタムカー

○ 国道・交差点
  赤信号をそのまま突っ切るフィリップの車。
  その後を走ってくるトランザム。交差点を横切るトラックとぶつかりそうになり、急ブレーキをかける。

○ トランザム車内
  立ち止まる車。歯を食いしばるマイケル。
  トラックが目の前に止まり、道を塞いでいる。
マイケル「クソ!」
  ハンドルを叩くマイケル。

○ 国道・交差点
  走ってくるカスタムカー。トラックのそばで車体を滑らしながら左に曲がり、マスタングを追い始める。

○ カスタムカー車内
ブリーランドの声「スピードが速いぞ。何かあったのか?」
トレイシー「KARRが不審車の追跡を始めやがったぞ」

○ ナイト財団研究所・テストコース
  机の前に立つ研究員達。モニターに映るトレイシーの様子を見つめている。
トレイシーの声「一体どうなってんだ?」
  どよめく研究員達。
  ボニー、動揺した面持ち。
  ブリーランド、机の上のスタンドマイクに話しかける。
ブリーランド「不審な動きをキャッチした時の想定プログラムが作動したんだ。手動に切り替えて、
 感知システムの電源を切るんだ」

○ カスタムカー車内
  前を見つめるトレイシー。マスタングの後ろ姿が見える。
  トレイシー、パネルのボタンを押そうとするが、躊躇し、
トレイシー「いや、待てよ。KARRくんがどんなアクションを起こすのか、
  それを知りたくないか?ブリーランド博士」
ブリーランドの声「しかし、万が一、事故が起きて、君に何かが起きても、我々は、責任を負えないぞ」
トレイシー「構わんさ。俺は、こいつが気に入った。さぁ、追いついたぞKARRくんよ。次は、どうする?」
KARR「不審車の動きを静止しなければならない。進路を妨害する」
  スピードメーターの数値が跳ね上がり、さらに加速する。
  トレイシー、少し、恐れながらも、
トレイシー「よし俺も覚悟決めた。行けぇ!行けぇ!」
  『TURBO BOOST』のボタンが光る。
  大きく目を見開くトレイシー。

○ 噴射音と共に空高くジャンプするカスタムカー
  カスタムカー、走行するマスタングの頭上を飛び越え、鮮やかに路面に着地すると、
  横滑りして、道を塞ぐ。
  マスタング、急ブレーキをかけ、間一髪カスタムカーを避け、道の右側にある沼地に突っ込む。
  
○ カスタムカー車内
  息を飲むトレイシー。額の汗を拭う。
トレイシー「死ぬかと思ったぜ」

○ 走ってくるトランザム
  急ブレーキで立ち止まる。車から降りるマイケル。
  右手に銃を持ち、マスタングに駆け寄る。
  運転席でうずくまるレブに銃を向けるマイケル。
マイケル「銃を捨てて、車から降りろ」
  レブ、銃を投げ捨て、車から降りる。
  マイケル、銃を下ろし、沼地に入り込み、レブに手錠をはめようとする。レブ、突然、
   マイケルの顔面にパンチし、そのまま、逃げ去ろうとする。マイケル、レブを追いかけ、
  後ろからタックルし、レブを押し倒す。地面に転がる二人。
  レブを立ち上がらせ、背負い投げし、地面に叩きつける。留めにレブの顔にパンチを食らわすマイケル。
  レブのスーツのポケットに手を突っ込み、チップの入ったケースを奪い取る。
  パトカーのサイレンが鳴り響く。
  立ち止まるパトカー。車から警官達が降り、マイケルの前に近づいてくる。

○ カスタムカー車内
  マイケル達の様子を見つめるトレイシー。
トレイシー「見てみろよ、KARRくん。おまえが犯人を捕まえたんだぜ」
KARR「それがどうかしたのか?」
トレイシー「良い事をしたんだよ。わかるか?」
  運転席の窓の前にやってくるマイケル。
  トレイシーに声をかける。
マイケル「ご協力感謝します」
トレイシー「ああ、市民の義務だ。コンピュータの義務でもある」
マイケル「ちょっと一緒に来てもらえますか?」
トレイシー「礼は、いい。今テスト中なんだ。じゃあな」
  手を振るトレイシー。突然、走り出すカスタムカー。
  マイケル、走り去るカスタムカーを見つめ、呆然としている。
マイケル「今、ハンドル持たずに走っていったんじゃ…気のせいか…」

○ ナイト財団本部・ウィルトン・オフィス(夕方)
  駆け込んでくるデボン。
  デスクの座席に座るウィルトン。眼鏡をかけ、書類に目を通している。ウィルトンの前に立つデボン。
デボン「さっき、車が無事戻って来ました。公道テストも成功です」
  眼鏡を外すウィルトン。
ウィルトン「そうか」
デボン「それだけじゃありません。KARRが逃亡中の犯人の乗った車を自分の力で止めたんです。
 我々が思っていた以上に良い働きをしてくれるシステムだと言う事が実証されました」
ウィルトン「いずれ、私も試乗してみたいな」
デボン「近いうちに。また一歩前進しましたね。あなたの夢が…」
  ウィルトン、頷きながら微笑む。
ウィルトン「それを受け継いでくれる有能な若者を早く見つけ出さねば…」

○ 病院・個室(数日後)
  ベッドで横になっているマンジー。左足をギプスで固定されている。
  そばに座っているマイケル。右腕を三角頭巾で吊っている。
マンジー「捕まえたレブという男から何か掴めましたか?」
マイケル「それが、俺が捕まえた後、連行中のパトカーの中で薬を飲んで自殺してしまったんだ。
 産業スパイの黒幕には、結局辿りつけなかった」
マンジー「あのチップの事ですけど…実はあれ、偽物です」
  唖然とするマイケル。
マイケル「なんだって?何でそんな嘘を…」
マンジー「フィリップがそうするようにと…」
マイケル「昔からよくあるパターンだな。敵を騙すには、まず味方からって奴か」
マンジー「すみません。ケイトが死んで、ヘロインの密輸ルートの手掛かりも…」
マイケル「仕方ない。また一からやり直しだ…」
  苦笑いする二人。

○ 海岸
  砂浜を歩いているマイケルとスティービー。
  青い空に群をなして飛んでいるカモメ。
  二人の頭上を横切る。
  スティービー、マイケルの右腕を見ている。
マイケル「大した傷じゃなくて良かった」
スティービー「大した傷よ」
マイケル「でもおかげで久しぶりに休日がとれた」
スティービー「マンジーも怪我して、FBIの捜査官は死んだ。この先の事を考えると、
 いくつ命があっても足りないと思うわ」
マイケル「危険を恐れてちゃ、給料は、もらえない」
  マイケル、立ち止まり、スーツのポケットからリボンのついた箱を取り出す。
  スティービー、後ろにいるマイケルに気づき、振り返る。
スティービー「何これ?」
マイケル「忘れたの?忘れ物…」
  マイケル、スティービーに箱を手渡す。
スティービー「こんなのいつの間に?」
マイケル「ずいぶん前に買って、警察のロッカーの中に置きっ放しにしていたんだ」
スティービー「開けていい?」
マイケル「どうぞ」
  スティービー、箱を開け、中のハートのついた金のネックレスを取り出す。
  笑みを浮かべるスティービー。
スティービー「かわいいネックレスね」
  スティービー、首にネックレスをつける。
スティービー「どう?」
マイケル「思ってた以上に似合ってる」
スティービー「ねぇ、マイケル。警察やめて、私をサポートしてくれない?」
マイケル「サポート?」
スティービー「前にも言ったでしょ。また歌手活動を始めるって」
マイケル「俺をマネージャーにでもするつもり?」
スティービー「何か不吉な予感がするの。いつかあなたが私の前からいなく
 なってしまうんじゃないかって…」
  立ち止まり、カモメを見つめるマイケル。
マイケル「あの白い鳥達は、いいな。飛ぶのが仕事で…」
スティービー「あなたもそうなればいいじない」
マイケル「悪いけど、この仕事が一番性に合ってるんだ。でも誓うよ。ずっとそばから離れないってね…」
  スティービー、不安な表情をしつつも、少し笑みを浮かべる。
 二人、腕を組みながら歩き去って行く。
      
                                              ―THE END―

第2章→

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