『CODENAME:H↑↑9』 「浮かぶ黒仮面」 作ガース『ガースのお部屋』


○ P―BLACK本部・地下G2Aオフィス
  仕切りのすりガラスの向こう側。黒い椅子に座っているスキンヘッドの老人の後ろ姿。
  老人は、暗号名『G2A』。
  すりガラスの前に立つ暗号名・H(木崎メイナ・24歳)。赤いスーツを身につけている。
H「以前、海堂グループの工作員として活動していた前原美智がG5と共に行動しています」
G2A「K3から報告を受けた。それで?」
H「彼女を助けたいのです」
G2A「前原美智とおまえは、どういう関係だ?」
H「友達です。美智は、G5に利用されています。彼女を救えるのは、私だけです」
G2A「おまえもよく知っているはずだ。私情を持ち込んだがゆえに大きなミスを犯し、
 消えて行ったエージェント達のことを…」
H「どんな処罰でも受けます」
G2A「24時間以内にG5をここに連れて来い。それができなければ、おまえを拘束し、
 エージェントライセンスを剥奪する」
H「…」
G2A「どうした?自信がないのか?」
  H、悠然とした面持ち。

○ 草丘病院1F・売店
  雑誌コーナーの棚の前に立つ高部 峻(22)。
  漫画雑誌を立ち読みながら、ニヤついている峻。
  そばで聞こえる女の声。
女の声「きも」
  ハッと顔を上げる峻。
  そばに私服姿のHが立っている。
  峻を睨みつけるH。
峻「…プリン買いに来たの?」
  H、峻の腕を強く掴み、店から連れ出す。

○ 同・通路
  歩くHと峻。
H「持ち場を離れて何してるの?」
峻「ちょっと喉が渇いたから、缶ジュースを買いに…」
H「彼女から目を離すなって言ったでしょ?」
峻「検査中だから今。大丈夫だって」
H「何の検査?」
峻「MRI。ほら、あそこが検査室」
  正面を指差す峻。
  H、突然、走り出す。
峻「どうしたんだよ?」

○ 同・MRI検査室
  スライドする扉を開け、中に飛び込んでくるH。
  辺りを見回すH。
  デスクの前に座る中年の医師がHに気づく。
医師「ええと、次の予約の方?」
H「久我亜美留は、どこ?」
医師「ああ…部屋に戻られましたけど…」
H「…」

○ 同・4F・個室
  ドアを開け、中へ駆け込んでくるHと峻。
  ベッドで看護士の女と話している久我亜美留(21)。
峻「ちゃんといるじゃん」
H「…」
  H、寡黙にベッドに近づく。
  Hに気づく亜美留。
亜美留「どちらの方?」
H「話しがあるの」
  看護士、部屋から出て行く。
  Hの横に立つ峻。
  亜美留、峻を見つめ、
亜美留「この人は?」
峻「俺のボスって感じ?…」
H「あなたは、命を狙われている」
亜美留「誰に?」
H「前原美智」
亜美留「そんな人知りません」
H「3年前、あなたが殺した男の娘よ…」
  愕然とする亜美留。
H「覚えているでしょ?あなたのお父さんが関わった爆破事件のこと…」
  亜美留、Hから顔を背ける。
亜美留「私、以前から脳神経外科に通院していたんです」
H「記憶障害だから思い出せないって言うの?」
亜美留「本当なんです。あの時の事を思い出そうとすると、頭の中が熱くなって、
 目の前が真っ暗になって…」
  亜美留、動揺した面持ちで頭を押さえている。
H「あの時、あなたに力を貸した人物がいるはず。思い出して」
  亜美留、低い呻き声をあげる。
峻「もうやめろH」
H「…」
  H、寡黙に部屋から出て行く。
  後を追う峻。

○ 同・通路
  歩くH。Hと並んで歩き始める峻。
峻「きっとさ、トラウマになってるんだよ、あの事が…」
H「彼女は、全て覚えてる」
峻「担当医もはっきり言ったんだぜ?彼女が軽い記憶障害を起こして、ショック状態にあるって…」
H「今度彼女の監視をさぼったら、クビ切り」
峻「それは…ごめん。次から気をつけるから…」
  H、峻を睨み、
H「じゃあ、さっさと戻って」
  立ち止まる峻。H、さっそうと階段を下りていく。
  呆然と佇む峻。
峻「今日は、ヒスが激しいな…まぁ、一応女だしなHも…」

○ 市道
  閑静な町を走る黒い軽ワゴン車・カスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  コンソールにセットされているホルダーに置いてある携帯が鳴る。
  H、携帯のボタンを押す。
  車内のスピーカーから電話の声が聞こえる。
男の声「忙しそうだな」
  男の声は、G5(木崎満彦・52歳)。
H「そうね。あんたみたいに暇じゃない」

○ 高級マンション・1911号室ベッドルーム
  ベランダの扉の前に立つG5。ジーンズにパーカー姿。
  外の町の風景を眺めながら、携帯で話している。
  焼け爛れた顔が扉のガラスに写っている。
G5「失礼な。私だって忙しいんだ。新しい研究の真っ最中でね」
Hの声「美智は、どこ?」
G5「さぁ。連絡を待っているところなんだよ、こっちも」

○ カスタード車内
H「美智とは、もう会わないで」
G5の声「そうしたくても、向こうが私を頼っているんでな。それより、驚いただろう。自分と同じ力を持つ相手と
 戦った時の感想を聞かせてもらいたかったんだ」
H「美智は、まだあのスーツとアームシェイドを使いこなせていない。私とまともに戦えば、彼女の体に
 相当なダメージを与えてしまう」
G5の声「その通り。だが、彼女は、近いうちにおまえと戦うことになる」
H「どうして?」
G5の声「昨夜、そんな夢を見た」
H「いい加減な事言わないで」
G5の声「また近いうちに。バイバイ、メイナ」
  電話が切れる。
  憮然とするH。

○ 郊外(朝)
  道幅の狭い道路を走るクラウン。 

○ クラウン車内
  ハンドルを握る霞(かすみ) 良次(45)。
  フロントガラスの向こうをまじまじと見つめる霞。
  道の真ん中に女が立っている。
  霞、慌ててブレーキを踏む。

○ 急ブレーキで立ち止まるクラウン
  女の寸前で止まっている。
  女は、前原 美智(23)。青いスーツ姿。
  美智、不気味な笑みを浮かべながら、クラウンの助手席のドアに近づき、ドアを開ける。

○ クラウン車内
  助手席に乗り込んでくる美智。
  霞、唖然としながらも落ち着いた眼差し。
霞「どうやって私の居場所を突き止めた?」
美智「あなたが私にやり続けてきた事をマネただけです」
霞「何が言いたいんだ?」
美智「Hだけでなく、私も監視していた」
霞「…」
美智「黙ってないで、何か答えてください」
霞「G5は、どこだ?」
美智「教えてもいいけど、その前に私の父の事を教えてくれませんか」
霞「あいつに何を吹き込まれたんだ?」
美智「真実。あなたも関係しているでしょ?」
霞「吉永は、優秀なエージェントだった。あの事故さえなければ、今頃P―BLACKの重要ポジションに
 上り詰めていただろう」
美智「二十年前…あなたは、Hの母親を殺した…」
  眉をひそめる霞。
美智「私の父もその現場にいた」
霞「G5の作り話に惑わされるな」
  美智、右手で霞の首を掴み、
美智「今の私には、Hと同じ力があるわ。ちょっとした力加減で、あなたを別次元に送る事ができる」
霞「君は、あいつに騙されているんだ。Hの母親を殺したのは、G5だ」
美智「G5は、当時、国外の任務で情報漏洩の疑いをかけられて、日本に送還されて拘留中だった。誰かが
 自殺に見せかけるため、擬装をしたのよ」
霞「でたらめだ」
美智「証拠があるわ」
  動揺する霞。
美智「ひまわり畑であなたとHの母親が密会している様子を映したマイクロフィルムが残っているの。
 吉永さんが撮ったものよ」
  息を飲む霞。
美智「あなたも探していたんでしょ?そのフィルムを…」
霞「…じゃあ、そのフィルムを見せてもらおうか」
美智「持って来てないの。必要ならいつでも見せてあげる」
  美智、少し力を入れ、霞の首を絞める。
  苦しげに顔を歪める霞。
美智「こうやって殺したんでしょ、五月さんを…Hが知ったら、間違いなくあなたを殺すわ」
霞「(掠れた声で)フィルムを見せろ…話は、それからだ…」
  手を離す美智。ほくそ笑み、
美智「4時に北見倉庫に来て。後でマップイメージを送るわ」
  車から降り、足早に立ち去る美智。
  険しい表情を浮かべる霞。

○ 草丘病院4F・個室
  ベッドで寝ている亜美留。ボーっと天井を見つめている。
  ベッドのそばの椅子に腰掛けている峻。
  頭をふらふらさせながら、眠りかけている。
  亜美留、峻を見つめ、
亜美留「あの…」
  寝言を言う峻。
峻「昨日のおかずもプリンじゃねぇかよ…」
  峻、ハッと目を見開き、
亜美留「えっ?」
峻「あっ…今のは、寝言…変な夢見ちゃって…よりにもよってHと夫婦生活だなんて…」
亜美留「ちょっとお願いしたい事があるんですけど…」
峻「何でも言って」
亜美留「シュークリーム…食べたくなっちゃって」
峻「シュークリームね。他には?」
亜美留「コップを一つ買ってきてくれませんか?」
峻「OK」
  立ち上がり、部屋を出て行く峻。
   ×  ×  ×
  十分後。
  部屋に入ってくる峻。右手に買い物袋を持っている。
  ベッドの前に立つ峻。
峻「ごめん、シュークリーム売り切れててさ、リンゴのゼリーしかなかったんだけど…」
  峻、袋からゼリーを出し、
亜美留「あっ、いいです。冷蔵庫に入れといてください」
  峻、冷蔵庫にゼリーを入れる。
峻「あっ、冷蔵庫の電源ついてねぇや…カードいるんだっけ…ちょっと買ってくるね」
亜美留「色々すいません…」
峻「気にしないで、慣れてるからこう言うの」
  峻、慌てて部屋から出て行く。

○ 同・通路
  早足で歩く峻。
  エレベータの前を横切る。
  アラームが鳴り、エレベータの扉が開く。
  中から降りてくる美智。私服姿。
  美智、壁に設置されている案内図の前に立ち止まる。亜美留の部屋に向かって突き進む。

○ 同・個室
  数分後。
  扉が開く。中に入ってくる峻。
峻「お待たせお待たせ…」
  峻、ベッドを見つめ、立ち止まる。
  亜美留の姿がない。
  峻、ベッドに駆け寄り、辺りを見回す。
峻「トイレかな…」
  峻、慌てて、部屋を出て行く。

○ 同・女子トイレ前
  駆け足でやってくる峻。躊躇なくトイレの中に駆け込む。
  暫くして女性の悲鳴が響き渡る。

○ 山道
  道路脇に立ち止まるクラウン。
  
○ クラウン車内
  運転席に座る霞。助手席に座るH。
H「急ぎの用って何です?」
霞「美智の事だ」
H「居場所がわかったんですか?」
霞「ああ…すでに別のエージェントが彼女をマークしている」
H「どこにいるんですか?」
霞「それは、教える必要はない」
H「どう言う事です?」
霞「まもなく、彼女を拘束する」
H「待ってください。その前に話をさせてください」
霞「彼女は、G5の居場所を知っている。早急に尋問にかけて、あいつを見つけ出さなければならない」
H「G2Aの命令ですか?」
霞「俺の独断だ」
H「だったら、彼女と会わせてください」
霞「美智は、G5に投与された薬剤による洗脳状態にある。そんな状態でまともな
 話などできるはずがない」
H「いいえ、彼女は、洗脳なんかされていません。自分の意思で動いています」
霞「とにかく、美智の件は、我々に任せろ。おまえには、新たな任務がある。追って連絡するから、
 しばらく待機しろ」
  H、釈然としない面持ち。
霞「どうした?早く降りろ」
H「…尋問が終わったら、美智と会わせてください」
霞「わかった。約束しよう」
  車から降りるH。

○ 山道
  走り去って行くクラウン。
  煮え切らない表情でクラウンを見つめているH。

○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
  コンクリート打ちの静かな空間。
  ソファで眠っている亜美留。暫くして目を覚ます。
  起き上がり、辺りを見回す亜美留。
  奥のキッチンから静かに部屋に入ってくる美智。
亜美留「ここはどこ?」
美智「マイホーム」
亜美留「あなたなの?私の命を狙っている人って…」
美智「そう」
亜美留「ごめんなさい。私、何も覚えていないの…」
美智「無理に思い出す必要はないわ。だって、あなたここでもうすぐ死ぬし…」
亜美留「そう…仕方ないわね」
美智「やけに冷静ね。もしかして、自殺願望でもあるの?」
亜美留「生まれてから今まで幸せを感じる瞬間なんて一度もなかった。この先も良い事なさそうだし。
 好きにしてください」
  美智、亜美留の頬を叩く。
美智「一番嫌いなタイプ、あんたみたいな女…」
亜美留「高校時代の同級生にも同じ事を言われた事があります。人生に覚め過ぎだって…」
美智「あんた、友達いなかったでしょ?」
亜美留「…」
美智「そんなじめじめしてちゃ、誰も寄ってこないわよね」
亜美留「父も幼馴染みも捕まったし、もう誰もいない。だからいいんです…」
  美智、深い溜息を吐き、そばのソファに腰掛ける。
美智「あーあ、馬鹿馬鹿しい」
亜美留「何がですか?」
美智「殺すのやーめた」
亜美留「どうして?」
美智「生きてるほうが地獄みたいだし…あんたにとっては…」
亜美留「それで気が済むんですか?」
美智「済むわけないじゃん。でも、何かしらける」
亜美留「じゃあ、言ってください。私が犯した過ちの事を…」
美智「私が知りたいのは、真実よ」
亜美留「真実?」
  美智、ポシェットから写真を出し、亜美留に手渡す。
  写真を見つめる亜美留。
美智「その写真に写っている男、見たことあるでしょ?」
  写真には、霞のバストショットが写っている。
亜美留「知りません…」
美智「いいえ、あんたは、絶対知ってる。よく見て」
  霞の顔をまじまじと見つめる亜美留。
  亜美留の脳裏に、微かに浮かぶ霞の記憶 …。

○ フラッシュバック
  車の中、助手席に座る霞。手振り素振りで車の運転の仕方を教えている。
  シフトレバーを握る女の手。細い足でアクセルを踏み込んでいる。
霞「そうだ。私の言うとおりにすれば、君は、父親を救える…」
  
○ フラワーショップ『ザイダ』・地下・リビング
  亜美留、記憶を取り戻す。
亜美留「…あの人」
  唖然とする美智。

○ 高級マンション『アベルパーク』・外景
  鉄筋コンクリート型の6階建ての建物。

○ 同・エントランス
  玄関インターホンの前に立っている峻。落ち着かない様子。
  亜美留の住む部屋番号「504」の数字を押し、ボタンを押すが、応答がない。
峻「頼む…頼むって」
  さらにボタンを何度も押し続ける。
  管理人室から出てくる管理人の中年の男。
管理人「どうかされましたか?」
  振り返り、男と顔を合わす峻。
峻「あの…亜美留…久我さんを見かけませんでしたか?」
管理人「久我?…ああ、この前救急車で運ばれた人ね…まだ病院にいるんじゃないの?」
峻「はは、そうですよね…」
  峻、軽く頭を下げると、走り出し、外へ出て行く。
  怪訝な表情を浮かべる管理人。

○ 住宅街・道路
  走っている峻。
  暫くして、歩き出す。
峻(N)「ああ…鬱だ。今度こそ確実に消される…どうすればいい…Hに殺される前にいっそのこと…」
  峻、前を見つめ、突然立ち止まる。
  数メートル先に能面のような不気味な黒い仮面が宙に浮かんでいる。
  黒い仮面の釣り上がった黄色い眼が一瞬光る。昼間の猫のような細い眼がギッと峻を睨みつける。
  呆然としている峻。
峻「なにあれ…」
  暫くしてふっと消える仮面。
  峻、目を何度も擦り、
峻「死神だ…俺に死ねって言ってるんだ…」
  深いため息をつく峻。
  後ろから激しく鳴るクラクション。
  振り返る峻。
  物凄い勢いでタクシーが峻の前に迫ってくる。
  思わず悲鳴を上げる峻。
  急ブレーキをかけ、峻の寸前で立ち止まるタクシー。
  窓から顔を出すタクシードライバーの男。
タクシードライバー「ばぁーか。馬鹿野郎!」
峻「す、すいません」
タクシードライバー「ったく…」
峻「あっ、ちょっと、乗せてください」
タクシードライバー「えっ?」

○ 高速下・道路
  片側三車線の混雑した道を走るカスタード。

○ カスタード車内
  ハンドルを握るH。
  脳裏に美智の言葉が過ぎる。
美智の声「私だって同じ気持ちなのよ。目の前に親を殺した犯人がいるのに、
 見逃す事なんてできるの?私は、無理…」
  H、突然、ハンドルを左に切る。

○ 高速下・道路
  急に進路を変え、勢い良く左に曲がるカスタード。

○ 北見倉庫前
  古びた工場が立ち並ぶ通り。
  アスファルトが引かれていない悪路をゆっくりと走っているクラウン。
  倉庫の前に立ち止まる。
  車から降りる霞。
  辺りを慎重に見回しながら、倉庫の中に入って行く。

○ 同・中
  錆びた鉄柱が立ち並ぶ。
  足音を鳴らしながら、ゆっくりと歩く霞。
  立ち止まり、腕時計を見つめる。
  時間は、4時を過ぎている。
  暫くして、美智の声が倉庫内に響く。
美智の声「そこを動かないで。一歩でも動いたら、そく人生終了よ」
霞「どこにいる?姿を見せろ」
美智の声「黙ってジッとしてなさいよ」
  霞、目を動かし、周囲を確認する。

○ 同・屋根上
  薄い鉄板の上にしゃがんで、下を覗き込んでいる美智と亜美留。美智、青いスーツ姿。
  亜美留、双眼鏡で霞の顔をまじまじと見ている。
美智「どう?あの男?」
亜美留「…似てる気がする」
美智「あいつなの?」
亜美留「そうかもしれない…」
美智「はっきりして」
  目から双眼鏡を離す亜美留。美智の顔を見つめ、頷く。
  美智、霞を睨みつける。

○ 同・中
霞「かくれんぼをしに来たんじゃないんだぞ」
  突然、霞の首にワイヤーが絡みつく。
  天井から伸びているワイヤー。
  美智のアームシェイドから発射されたものである。
  霞、苦しそうに顔を歪めながら、天井を覗き込む。
  美智の隣にいる亜美留を見つめ、愕然とする。
  霞、スーツのポケットから小さいスティックを出し、それを長く伸ばす。
  伸びた部分についている刃でワイヤーを切り落とす。
  美智、亜美留と肩を組んで、下に降りる。着地する二人。
  向かい合う霞と美智達。
霞「俺を殺すために、ここに呼んだのか?」
美智「当たり」
霞「君は、何か誤解している。落ち着いて話をしようじゃないか」
美智「私の父を殺したのは、あなたよ」
霞「フィルムは?」
美智「(亜美留を見つめ)この子の事、覚えているでしょ?」
  亜美留を見つめる霞。
霞「誰だ?」
美智「三年前、あなたは、この子に車の運転を教えて、私の父を轢き殺すよう命令した」
霞「なんだかよくわからんな」
亜美留「そうです。私(霞を指差し)、あの人に言われたんです。私の言う通りにすれば、おまえは、
 父親を救えるって言われて、現場に連れて行かれたんです。私が現場に行った時、うちの父は、
 黒いスーツの男達に追われていました。父が男に銃で撃たれそうになっているのを見て、私は、
 父を助けるために、必死で車を走らせて、男を轢き飛ばしたんです。その轢き飛ばした相手が
 吉永さんだったんです」
霞「君もG5に洗脳されているようだな」
亜美留「洗脳なんかじゃありません」
美智「でたらめなのは、あなたのほうよ」
霞「とにかく、君達は、私と一緒に来るんだ。話は、本部でじっくり聞こう」
  美智、アームシェイドについているマシンガン用の2つの発射口を霞に向ける。
  霞、豹変し、ほくそ笑む。
霞「メス豚どもめが…」
  唖然とする亜美留。平然と霞を見ている美智。
霞「おまえらへなちょこに殺されるほど、俺はまだ衰えちゃいない」
美智「良い人は、演技だったのね」
霞「一流のスパイには、一流の演技力も必要とされる。かなり面倒くさいけどな」
美智「こんな奴にHが育てられたなんて…信じられない」
霞「あいつは、俺の優秀な部下…おまえらみたいに狂った真似はしない」
美智「狂ってんのは、あんたよ!」
  美智、霞にマシンガンを撃つ。
  激しく発射する弾丸。
  霞、一瞬でその場から姿を消す。
  弾丸は、奥の何段にも積み重ねられた木箱に当たる。木っ端微塵になる。
  辺りを見回す美智。
  美智の頭上から勢い良く飛び降りてくる霞。
  美智の背後に着地し、美智の背中をスティックで切りつける。
  スーツがショートし、激しい火花が散る。
  美智、素早くマシンガンを霞に向ける。
  霞、スティックをマシンガンの銃口に差し込み、銃口を塞ぐ。すかさず、美智の腹に蹴りを入れる。
  仰け反り、仰向けに倒れる美智。
  霞、美智のアームシェイドを足で踏み押さえる。内ポケットから短銃を取り出し、
  美智の顔に銃口を向ける。
霞「G5の居場所を教えろ。言ったら命だけは、助けてやる」
美智「どうして…私の力がきかないの?」
霞「このスーツの弱点を知っているからさ。例えば、こうだ…」
  霞、美智のアームシェイドに向け、銃を撃つ。
  アームシェイドの電源部に弾丸が当たる。アームシェイドの電源が落ちる。
  唖然とする美智。
美智「体の力がみるみる抜けて行く…」
霞「随分前に電源部の脆弱性を指摘してやったのに、まだ改良してなかったんだな。あの手抜き親父…」
  霞の背後に立っている亜美留。
  亜美留、足元に切断されたフックつきのワイヤーが落ちているのに気づく。
美智「クソ!」
霞「さぁ、早く言うんだ」
  鈍い音が鳴り響く。
  霞の後頭部をフックで殴りつけた亜美留。
  霞、振り返り、亜美留を見ると、そのまま崩れ落ちる。
  うつ伏せに倒れ、気絶している霞。
美智「グッジョブ!」
  立ち上がる美智。霞の前に立つ二人。
  美智、軽く霞の体を蹴り上げる。
  霞、微動だにしない。
美智「何が一流のスパイだよ、このへなちょこ」
  美智、アームシェイドの電源ボタンを押し、起動させる。
  美智の体が青く発光する。
  美智、アームシェイドのマシンガンの発射口を霞に向ける。
  マシンガンを撃とうとするが、躊躇する美智。暫くして、撃つのを止める。
亜美留「どうするの?」
  ほくそ笑む美智。

○ フラワーショップ『ザイダ』前
  脇道に止まるタクシー。後部席から降りてくる峻。
  走り去るタクシー。
  シャッターの前に立つ峻。
峻「駄目元で来てみたけど、どうせ誰もいないだろうな…」
  峻、シャッターの隣にある出入り口のドアのノブを回す。ドアが開く。
  唖然とする峻。
峻「おっと…ミラクル起きるか?」
  中に入る峻。

○ 同・中1F
  壁隅に大きな棚が固めて置かれ、がらんとしている。
  峻、手前に見える階段を降り始める。

○ 同・地下リビング
  部屋の中に入ってくる峻。
  辺りを見回し、
峻「へぇー、結構リッチな部屋に住んでるんだな…」
  峻、ソファに座る。
  手前に見えるワイド型の大きなテレビを見つめ、
峻「でか…」
  テーブルに食べた後のシュークリームの容器とテレビのリモコンが置かれている。
  峻、リモコンを持ち、テレビの電源をつける。
  画面の右上に「アナログ」の文字が表示されていない事に気づき、
峻「すでに地デジか…うちの隠れ家は、いつになったら地デジになるんだろうな…」
  新発売のゲームのCMが流れている。
  画面に釘付けになる峻。
峻「やべぇ、明日発売日だよ…くそぉ、ここでやりてぇなぁ…」
  テレビ画面に突然映り込む黒い影…。
  峻、黒い影に気づき、後ろに振り返る。
  誰もいない。
  峻、また、テレビ画面を見つめる。
  テレビ画面に映り込む黒仮面…。
  黒仮面の黄色い細い眼が不気味に峻を睨んでいる。
  愕然とする峻。
峻「また死神だ…でも、やっぱまだ死にたくねぇよ…」
  峻、立ち上がり、その場から立ち去ろうとする。峻の行く手を阻む人影。
  峻、目前に立つ人影を見つめ…
峻「ぎゃあ…死神!」
  人影は、Hである。
H「どうしてここにあなたがいるの?」
峻「それは、その…入口の鍵が開いてたから、ちょっと…」
H「久我亜美留のガードは?」
峻「実は、その…」
  峻、咄嗟にその場に座り込んで、土下座する。
  ため息をつくH。
H「美智に連れ去られたのね…」
峻「絶対見つけるから、命だけは…」
H「チーズプリン買ってきて」
  顔を上げる峻。
峻「えっ?」
H「霞さんが美智の居場所を知ってる。きっと、亜美留もそこにいるわ」
  H、テーブルの前に行き、シュークリームの容器を手に取る。
H「これは?」
峻「俺が食べたんじゃないよ。シュークリームなんて食わないし…シューク…あっ?」
H「何?」
峻「病院で久我亜美留にシュークリームを買ってくるよう頼まれたんだ。彼女、もしかしたらここに…?」
H「美智は、一度ここに戻ってきたのね」
  H、携帯を出し、霞の携帯の番号にかける。呼び出し音が鳴り響く。
  電話がつながる。
H「私です」
  電話から美智の声が聞こえる。
美智の声「ひさしぶり、H」
  唖然とするH。
H「美智…どうして、あなたが霞さんの携帯を…?」
美智の声「父を殺した本当の犯人を見つけたわ」
H「本当の犯人?」
美智の声「あなたには、まだ教えられないけど」
H「久我亜美留は、どこにいるの?」
美智の声「大丈夫。殺しはしない」
H「あなたの狙いは、霞さんだったの?」
美智の声「今から霞さんをG5のところへ連れて行く。もう二度と顔を見れなくなるかも…」
H「霞さんをどうする気?」
美智の声「…近いうちにまた会いましょう」
  電話が切れる。
  動揺するH。
峻「なんで、彼女が霞さんの携帯持ってるんだよ?」
H「ここで待機して」
峻「俺も行く」
H「あなた…スパイ見習い失格」
峻「…」
  H、部屋を出て行く。
峻「今まで散々修羅場を潜り抜けさせといてそりゃないだろ。命を落としそうな危険なこと
 一杯やってきたんだぜ」
  立ち止まるH。
峻「なんでもいいから手伝わせてくれよ」
  H、振り返り、
H「チーズプリン買ってきて」
峻「それがスパイの仕事かよ」
H「そうよ。見習いは、それで十分」
峻「どうやって、美智の居場所を見つける気だよ?」
H「想像に任せる」
  H、足早に部屋を出て行く。
  峻、深いため息をつき、
峻「買い物係ばかりやらせやがって…」
  峻、怒り任せにソファを蹴る。自爆し、足を痛め、飛び跳ねている。

○ 高級マンション・1911号室・リビング
  デスクの座席に座るG5。
  着信音が鳴る。携帯のディスプレイを確認し、ニヤッとするG5。
  電話に出るG5。
G5「おやおや、珍しいこともあるもんだ」

○ カスタード車内
  運転席に座るH。車は、止まっている。
H「美智が霞さんを拉致した」
G5の声「知ってるよ。それが何か?」
H「取引しましょう」

○ 高級マンション・1911号室・リビング
G5「取引?」
Hの声「あなたを安全な場所へ逃がしてあげる」
  G5、大笑いし、
G5「P―BLACKを裏切るのか?」

○ カスタード車内
H「必要な内部情報を教える。その代わり、霞さんと美智を解放して」
G5の声「今更P―BLACKの内部事情など興味はない。それから、逃げ場所の事も心配はいらない。
 いざとなれば、ルートは、いくらでもある」
H「…」
G5の声「おまえのカードは、それだけか。まだまだだな」
H「…二人を解放してくれたら、あなたの下で働いても良い」

○ 高級マンション・1911号室・リビング
  G5、ニヤリとしている。
G5「私のところに戻ってきてくれるのかメイナ」
Hの声「…」
G5「『パパ』と呼んでみてくれ」

○ カスタード車内
  H、複雑な表情。
G5の声「どうした?言えないなら、今の話しは、なかった事にする…」
  H、悔しげに顔を歪める。
G5の声「さぁ、早く」

○ 高級マンション・1911号室・リビング
Hの声「お願いパパ…」
  G5、万遍の笑みを浮かべ、
G5「美智は、そのうち解放してやる。だが、霞は、駄目だ。あいつとは、ちゃんと話を
 つけなければならないんでな」
Hの声「どう言う事?」
G5「いずれわかる…もうすぐ美智が戻ってくるはずだ。折り返し連絡する」
  携帯を切るG5。

○ カスタード車内
  憂いの表情のH。

○ フラワーショップ『ザイダ』・リビング
  テーブルの上に置かれているコンビニの袋。中にチーズプリンがたくさん入っている。
  ソファに深くもたれている峻。テレビを見ながら、やけくそ気味にプリンを食べている。
峻「毎日プリンプリンプリンプリン…本当よくあきねぇよな!」
  プリンを食いつくし、テーブルに容器を叩き置く峻。
  ソファに寝転がる峻。
  天井を見つめながら深いため息。
峻「もうスパイなんてどうでもよくなってきた。普通のサラリーマンに戻ろうかな…」
  部屋の奥からひたひたと鳴り響く足音…。
  峻、足音に気づき、固まる。
峻「死神が俺を呼んでいる…」
  足音が迫ってくる。
  心臓をばくばくさせている峻。
峻「俺が何悪いことしたって言うんだよ…」
  足音、さらに迫ってくる。
峻「まだ彼女もいないのに…」
  足音、ますます大きくなる。
  峻、恐る恐る起き上がり、リビングの奥を覗き込む。
  誰もいない。
  峻、安堵のため息。
峻「夢遊病かな…俺…」
  すると、突然女の声。
女の声「何してるの?」
  ハッと、振り返る峻。思わず声を上げる。
峻「ぎゃー!」
  峻の前に立っている美智。
美智「それは、こっちのセリフだろ」
峻「ああ…」
美智「人の家に勝手に上がり込んで…どう言うつもり?」
峻「探してたんだ…君の事」
  立ち上がる峻。
峻「久我亜美留は?」
美智「誰それ」
峻「君が拉致した事は、わかってるんだ」
美智「勝手に決め付けないでよ。証拠もないのに」
峻「とにかく、ジッとしてて。Hに連絡するから」
  峻、スーツのポケットから携帯を出す。
  美智、アームシェイドの銃口を峻に向ける。
美智「駄目」
  峻、アームシェイドを見つめ、
峻「それは…」
美智「Hと同じやつ…」
峻「どこで買ったの?」
美智「教えてあげない」
  階段から聞こえる足音。
  二人の前にやってくる亜美留。
亜美留「あの人が…」
  峻、亜美留を指差し、
峻「あっ、久我さん…」
  亜美留、唖然とし、
亜美留「どうも…」
美智「あいつがどうかしたの?」
峻「あいつって?」
美智「うるさい」
亜美留「目を覚ましたんです」

○ 同・1F
  ロープで縛られ、天井から逆さ釣りにされている霞。ジュースの瓶を口に押し込まれ、
  ガムテープで塞がれている。
  体を激しく揺らしている霞。
  階段を上ってくる美智と亜美留。
  霞の前に立つ二人。
  霞、必死にもごもごと声を上げている。
  美智、アームシェイドの銃口を霞の心臓に突き立てる。
  動きを止める霞。
美智「何か喋る気になったの?」
  頷く霞。
美智「必要な事だけ喋るなら、その瓶取ってあげる」
  二回頷く霞。
  美智、亜美留に指示を出す。
  亜美留、霞の口のガムテープをはずし、瓶を取る。
  大きく息をする霞。
霞「おまえら、いい加減にしたほうがいいぞ。俺をこれ以上怒らしたら、ここで死ぬ事になるぞ」
美智「あんたの銃は、亜美留が持ってるし、私のアームシェイドがどこを狙っているか…状況をよく考えてから
 発言しなさいよ」
霞「俺を殺したら、真相は、ブラックホールだ」
美智「何それ回りくど。喋る気がないなら、瓶を咥えてのぼせてなさい」
  亜美留、霞の口に瓶を突っ込もうとする。
霞「待て!」
美智「何?」
霞「なぜ俺をG5のところに連れて行かない?」
美智「そんなに会いたいの?あの人に…」
霞「全ての元凶を取り除くためにな」
美智「いくらでも会わせてあげるわよ。全てを話してくれるなら…」
霞「おまえ…何を企んでる?」
  美智、不気味な笑い声を上げ、
美智「へへへ…」

○ 同・地下リビング
  ソファで倒れている峻。
  暫くして、目を覚まし、起き上がる。
  頭を押さえ、苦痛の表情の峻。
峻「いててて、急に殴りつけやがって…こんなのばっかし…」
  峻、立ち上がり、辺りを見回す。
  部屋を出て、階段を上り始める。

○ 同・1F
  階段を上る峻。
  美智達の話し声を耳にし、足を止める。
  階段の手すりに身を隠す峻。
  美智達のほうを確認する峻。霞に気づき、唖然とする。
霞「P―BLACKの活動に加わりたいって事か?」
美智「私を正式にスパイの一員として、雇い入れることが条件。それが飲めないなら、今ここであんたを殺す」
霞「もし俺がおまえの父親やHの母親を殺した犯人だったらどうする?それでも俺を見逃す事ができるのか?」
  耳を澄まして聞いている峻。
  神妙な面持ち。
美智「見逃してあげる。その代わり、これから一つでも私に嘘をついたり、裏切ったりしたら…」
  唖然とする亜美留。
  美智、アームシェイドの銃口を霞の顔に向ける。
  動揺する霞。
霞「わかった。おまえとの約束は、必ず守る」
  美智、亜美留を見つめ、
美智「あなたが証人よ。霞さんが今から喋ること、よーく覚えといて」
  亜美留、複雑そうに顔を歪める。
霞「おまえの父親を轢き殺すように亜美留に指示したのは、俺だ」
  美智、一瞬、怒りの眼差しを浮かべるが、すぐに平然となる。
美智「どうして、父を殺す必要があったの?」
霞「おまえの言う通り、二十年前のHの母親の件が絡んでいる」
美智「父は、あなたを脅迫したのね?」
霞「そうだ。当時私は、Hの母と関係があった。吉永もその事を知っていてずっと隠し通していたが、
 三年前、最高級幹部人事会議でポジションを争った」
美智「Hの母親を殺したのもあなたね?」
霞「…そうだ」
  愕然とする峻。
美智「愛してたんでしょ?なのにどうして?」
霞「別れ話を切り出された。G5の事を忘れられないと言い始めて…もちろん、Hが生まれた事もその原因の
 一つだった」
美智「見かけによらず、ひどいやつね」
霞「でも、殺したのは、それが理由じゃない。P―BLACKの重要機密の一部を彼女に話してしまったからだ。
 誰かの耳に入ったら、俺の立場がやばくなる」
美智「全部自分の都合のため…Hが知ったら、あなた絶対生きてられないわ」
霞「俺は、Hを優秀なスパイに育てた」
美智「望んでスパイになったわけじゃない。母親を殺したのは、G5だとあなたがHに刷り込んできたせいよ。
 Hは、その復讐心のためだけにスパイとして生き続けてきたのよ」
  呆然と俯く峻。
霞「俺は、おまえの質問に全て答えた。約束通り、ロープを解いてもらおうか」
  美智、霞を睨みつけながらも、ロープを解き始める。
亜美留「いいの?美智さん」
美智「何が?」
亜美留「その男は、私達の人生を狂わせた男なのよ。そんな奴信用できるの?」
美智「黙ってて」
  亜美留、悔しげに唇を噛み締める。
  峻、静かに階段を下り始める。

○ 同・地下リビング
  足早に階段を下り、部屋に戻ってくる峻。
峻「まいった…ありえねぇ事聞いちまった…」
  峻、ソファに座り込み、ため息をつく。
  しばらく考えふけった後、スーツのポケットから携帯を出す。
  ディスプレイにHの携帯のナンバーを表示させる。
  息を飲む峻。
峻「…言っても信じないよな」
  峻、携帯の電源を消し、スーツにしまおうとするが躊躇し、
峻「でも、やっぱ…」

○ 墓場
  狭い土地に数多くの墓石が並んでいる。
  ある墓石の前に立っているH。右手に一厘のひまわりを持っている。
  墓石には、『木崎五月之墓』と刻まれている。
  ひまわりを花立てに挿すH。
H「誰がママを殺したの…教えて…」
  携帯が鳴り響く。
  H、電話に出る。
  峻の声が聞こえる。
峻の声「もしもし…」
H「何?」
峻の声「あのさ…」
H「チーズプリンって言ったでしょ?」
峻の声「もう買ったよ」
H「じゃあ、何?」
峻の声「…美智が戻ってきた」
H「本当に?」
峻の声「ああ…久我亜美留も一緒だ」
H「今どこにいるの?」
峻の声「裏の出入り口の外にいるけど…あのさ、落ち着いて聞いてくれよ…」
H「美智を監視してて。すぐに行く」
  電話を切り、駆け出して、その場を立ち去るH。

○ フラワーショップ『ザイダ』裏・出入り口
  扉の前にしゃがみこんでいる峻。
  電話の切れた音が空しく鳴っている。
  思い悩む峻。スッと立ち上がり、
峻「苦手だ…こう言うの…聞かなきゃ良かった…」

○ 同・1F
  静かに階段を上る峻。
  屈み込んで、階段の手すりに身を隠し、辺りを見回す。
  美智達の姿が消えている。
  峻、唖然とし、立ち上がると、階段を
  駆け上がる。
  フロアをぐるぐると駆け回り、
峻「あれ?」

○ 高級マンション・1911号室・リビング
  テーブルに座り、メロンパンをかじっているG5。
  部屋の出入り口の扉が開く。何者かが静かに入ってくる。G5の背後に迫っている。
  G5、足音に気づき、
G5「食事中に訪ねてくるなんて、マナー違反もいいところだな、霞」
  鳴り止む足音。
  G5の背後に立っている霞。唖然としている。
霞「どうして俺だとわかった?」
G5「未来が見えるからだよ。おまえの…」
  立ち上がるG5。振り返り、霞と顔を合わす。
霞「いつから預言者になった?」
G5「さっきだ」
霞「美智が教えたのか?」
G5「おまえをここに連れてくるように美智に頼んでおいたんだ」
霞「つまり、おまえの筋書き通りに事が進んだと言う事か?」
G5「それは、どうかな。美智は、個人的におまえに恨みを持っている。もちろん、私もだ」
霞「G2Aが犯した最大のミスは、おまえを生かしておいたことだ」
G5「それでおまえが代わりに私を殺しに来たってわけか?」
霞「余計な温情をかけるから話がややこしくなった。俺は、あの人みたいに無駄な事はしない」
G5「昔から変わらんなおまえは。自分の人生のためなら、他人の人生をどれだけ踏み
 にじろうがお構いなし」
霞「それが人生ってもんだろ?スパイのな」
  霞、ホルダーから短銃を抜き、銃口をG5の左胸に向ける。
G5「俺を消した後、美智も消して、Hも消すのか?」
霞「心配するな。Hは、まだ何も知らない。G2Aがおまえと会いたがっていたが、面倒くさい事は、
 やめだ。俺に激しく抵抗してきたので、やむを得ず射殺したと報告書に書いといてやる」
G5「嘘に嘘を積み重ね過ぎて、いよいよ頭がおかしくなったようだな」
霞「嘘は、時に真実以上の真実を生み出す。それが現実だ」
  霞、引き金を引く。
  左胸を撃たれるG5。
  勢い良く、仰け反りながら倒れる。
  仰向けに倒れているG5に近づく霞。
  G5の頭を撃ち抜く。
  G5の額に風穴が空き、血が溢れ出る。
  霞、銃をしまい、その場を立ち去る。

○ フラワーショップ『ザイダ』前
  急停止するカスタード。
  運転席から降りてくるH。
  シャッターの隣のドアから中に入る。

○ 同・1F
  フロアの真ん中にポツンと座る峻。
  H、静かに峻の元に近づく。
H「美智は?」
  峻、俯いたまま、何も答えようとしない。
H「戻ってきたんでしょ?」
峻「…」
H「…本当に戻ってきたの?」
峻「…」
H「どうして黙り続けるの?」
 峻、顔を上げ、
峻「H…俺…」
H「…」
峻「スパイやめる…」
H「…どうして?」
峻「見ればわかるだろ。素質なんてないんだよ俺には…」
H「…それを言うために、わざわざ私をここに呼んだの?」
峻「俺、いつになったらHみたいになれるんだ?」
H「…なれるわけないでしょ」
峻「えっ?」
  H、階段を下り始める。
  峻、呆然としている。

○ 同・リビング地下
  ソファに座り、チーズプリンを食べ捲くっているH。
  階段を下りてくる峻。Hの様子を窺っている。
峻「なぁ、H、Hは、なんでスパイになろうと思ったんだよ?」
  H、寡黙にプリンを食べ続けている。
峻「本当にスパイになりたかったのか?」
  H、容器をテーブルに置く。全てのプリンを食い尽くす。
H「私は、スパイになるために生まれてきたの」
峻「でもさ、普通の人みたいに、普通の学校に通って、普通に勉強して、恋人作って、結婚して、子供作って、
 普通の家庭で暮らしたいとか、そんなこと考えたことあるんじゃないの?」
H「普通って何?」
峻「えっ?」
  立ち上がり、峻と向き合うH。
H「普通じゃないの私?」
峻「そりゃあ、一般人から見比べると、まったくその…」
H「私の生き方が異常だと思うなら、無理についてくる必要はない。その代わり、
 もう二度と私の前に姿をあらわさないで」
  H、峻のそばを横切り、部屋を出て行く。
峻「復讐のためだろ?」
  足を止めるH。
峻「お母さんを殺した犯人を捕まえるために、スパイになった」
  H、峻を見つめ、
H「美智と話したの?」
峻「話し声を聞いたんだよ。さっきまでここで霞さんを拷問にかけてた」
H「霞さんが?霞さんが美智に捕まったって言うの?」
峻「ああ。でも、ちょっと目を離した間に、三人共どこかに消えてしまって…」
  Hの携帯が鳴る。電話に出るH。
霞の声「私だ」
H「…霞さん」
  唖然とする峻。
霞の声「G5が死んだ」
  愕然とするH。
H「どう言う事ですか?」
霞の声「潜伏先で、激しく抵抗されたので、俺が射殺した」
H「…それで、美智は?」
霞の声「一度、捕まえたが、ミスをした。彼女達の行方は、まだ掴めていない。それより、
 おまえは、今どこにいるんだ?」
H「美智の自宅です」
霞の声「わかった。詳しい話は、そこでしよう。すぐに行く」
  電話を切るH。
  混乱している峻。
H「私に嘘をついたの?」
峻「嘘じゃない。確かにさっきまで霞さんは、ここにいたんだよ」
H「美智達に捕まったなら、どうして、今電話に出たの?」
峻「ここにいたらHも危険だ。早く逃げた方がいい」
H「…」
峻「信じてくれないかもしれないけど、あの男は、君の母親を殺した犯人なんだ」
 H、苦笑いし、
H「何を言ってるの?」
峻「美智は、霞と何かの取り引きをしていた。詳しい事は、わからないけど、それと引き換えに霞は、
 あらいざらい自分の犯した過去の罪を喋ったんだ」
H「…嘘」
峻「犯人は、霞だ。さぁ、早く…」
H「ちょうどいいわ。あなたが言ってることが本当なのか、直接確認する…」
峻「あいつをどうするつもりだよ?」
H「霞さんが犯人なら…どうなるか自分でも想像がつかない…」
峻「とにかく今会うのは、やめろって。会っちゃ駄目だ」
  峻、Hの腕を掴み、無理矢理連れて行こうとする。
  H、峻を軽く押し払う。吹っ飛ばされ、壁に背中を打つ峻。苦痛を浮かべ、
峻「俺もその力が欲しい…」
  ずるずるとその場に崩れる峻。

○ 高層ビル街・道路
  4車線の広い道をのびのびと走るクラウン。

○ クラウン車内
  ハンドルを握る霞。
  電話の呼び出し音が鳴る。
  コンソールのボタンを押す霞。
  ミニスピーカーから、美智の声が聞こえる。
美智の声「G5とは、もう会ったの?」
霞「用は済んだ」
美智の声「これからのスケジュールは?」
霞「一旦、本部に戻る。その前にHと話をする」
美智の声「Hと?どこにいるの?」
霞「おまえのおうちだ」
美智の声「あんたは、会わなくていい。Hのことは、私がやる」
霞「…なんだと?」
美智の声「Hに手を出したら、ただじゃすまないから」

○ フラワーショップ『ザイダ』1F
  立ったまま、ジッとしているH。
  Hの背後に立つ峻。落ち着きがなく、そわそわしている。
  地下から聞こえる電話の音。
  H、音を聞き、踵を返す。
峻「俺が行くよ」
  峻、慌てて走り出し、階段を下りる。

○ 同・地下リビング
  鏡の前に置かれている子機を取り上げる峻。
峻「もしもし…」
美智の声「あんたまだそこにいたの?」
峻「今、どこにいるんだよ?」
美智の声「どこか当ててみて」
峻「ヒントぐらい教えろよ」
美智の声「結構近くにいるかもよ」
峻「…もうすぐ晩飯の時間だぞ。そろそろ戻ってきたらどうだ?」
美智の声「ちょっと前までは、そうしてたんだけどね…」
峻「Hが霞さんと会おうとしてるんだ。友達なんだろ?何とか説得してくれないか?」
美智の声「何であんたがそんなに焦ってるの?」
峻「さっき、ここで君が霞さんを拷問にかけていたのを見たんだ。話も聞いた」
美智の声「へぇ…じゃあ、あんたも知ってるんだ、霞さんの秘密。もしかして、Hにそのこと喋っちゃったの?」
峻「詳しい話は、まだだけど、大まかな事は、全て…」
美智の声「良かった」
峻「何が良かっただよ。霞さんの犯人説が本当なら、Hは、何をするかわからないんだぞ」
美智の声「いいじゃん。好きなようにさせてあげなよ」
峻「そう言う事言うか普通…」
美智の声「あっ、良い方法思いついた」
  
○ 同・1F
  慌てて階段を駆け上ってくる峻。
H「誰?」
峻「やばいH、この家爆弾が仕掛けられている」
H「…」
峻「あと30秒しかない。早く!」
H「電話の相手は、誰だったの?」
峻「女だよ。名前は、言わなかった」
  峻、Hの腕を掴み、走り出す。

○ 同・表
  カスタードに乗り込む二人。助手席にH、運転席に峻。
  タイヤを軋ませ、急発進するカスタード。

○ カスタード車内
  アクセルを踏み込む峻。加速している。
  H、腕時計の秒表示を確認している。
H「もう30秒過ぎたわよ」
峻「えっ?」
  H、怖い顔つきで峻を見ている。
峻「ちょっと遅れてるのかもしれない」
H「電話の相手…美智だったんでしょ?」
峻「えっ?」
H「私に何を隠してるの?」
峻「何も隠してないよ」
  その時、後ろの方から物凄い爆発音が聞こえる。
  峻、音に驚き、バックミラーを確認する。
  バックミラーに微かに映るザイーダの店。
  建物が大きな炎に包まれ、黒い煙を上げている。
  愕然としている峻。
峻「おいおい…マジかよ…」
H「美智が自分で爆弾を仕掛けたの?」
峻「…たぶん」
H「どうして美智が…」
峻「H、前見て!」
  H、前を向く。
  フロントガラス越しに見える交差点。
  横断歩道の真ん中に突っ立つ若い女。
  女は、美智である。美智、不気味な笑みを浮かべながら、こっちを見ている。
H「美智…」
  美智、瞬間的に姿を消す。

○ 住宅街・道路
  交差点を突っ切るカスタード。

○ カスタード車内
H「止めて!」
峻「ああ…」
  峻がブレーキを踏み込もうとした瞬間、突然、車の屋根を貫いてワイヤーが飛び込んできて、
  Hの首に巻きつく。
  峻、慌てて、ブレーキを踏み込むが、きかない。
H「美智!」

○ 同・屋根上
  美智が屋根に張り付いている。
美智「久しぶりね、H」

○ 同・車内
峻「やべぇ、ブレーキが…」
  峻、ブレーキを何度も踏み込んでいる。
  H、赤い光を全身に放ち、赤いスーツ姿に変わる。
  アームシェイドの白い翼を開き、翼の刃でワイヤーを切る。
H「はやく止めて」
峻「だからブレーキが駄目なんだよ!」

○ 坂道を勢い良く下っているカスタード
  激しく蛇行している。対向車線を走る車と何度も接触しそうになる。

○ 同・屋根上
  屋根からボンネットの上に飛び移る美智。
  美智、右足でフロントガラスにスラインディングキック。ガラスを突き破り、Hの胸に
  美智の足が突き刺さりそうになる。

○ カスタード車内
  美智の右足を受け止めるH。
  H、美智の右足を掴み、引っ張り寄せる。
  ボンネットの上に仰向けに倒れる美智。
  美智の体が峻の前のフロントガラスに覆いかぶさる。前が見えなくなり、慌てふためく峻。
峻「早く何とかしろよ」
  H、立ち上がり、フロントガラスを突き破って上半身を外に出す。
  美智と取っ組み合いをするH。
  H、正面を見つめる。
  坂道の突き当たりにあるガードレールが迫っている。
  H、美智の体を鷲掴みにし、美智と共に空高くジャンプ。車から飛び降りる。
  1人残った峻。
峻「そりゃあねぇよ…俺だけ車と一緒に心中かよ…」
  峻、ブレーキを何度も踏み込む。

○ 坂道を急スピードで下りていくカスタード
  突き当たりのガードレールの向こう側の様子。5m下に川が流れている。
  ガードレールに突進するカスタード。

○ カスタード車内
  絶叫する峻。
  一瞬、バックミラーに空中にうかぶ黒い仮面が映る。
  黒い仮面が不気味な笑い声を上げる。
  バックミラーを見つめる峻、黒い仮面に気づく。
峻「死神…そうか、おまえの仕業か!」
  黒い仮面がスッと消える。
  目前に迫るガードレール。
  峻、覚悟を決め、目を閉じる。
  その時、物凄い衝撃。突然、車が立ち止まる。
  ハンドルでおもいきり顔を打つ峻。
峻「いてぇぇぇ」

○ ガードレールの寸前で止まっているカスタード
  カスタードの後ろのドア下部分にワイヤーが突き刺さり、巻きついている。
  ワイヤーに引っ張り止められているカスタード。
  カスタードの数メートル後方に立つH。
  アームシェイドからワイヤーを出し、力一杯踏ん張っている。
  Hの前に瞬間的にあらわれる美智。
  美智、Hに激しいパンチとハイキックの応酬。美智の繰り出すスピーディな攻撃を素早く避けているH。
  H、回し蹴り、美智、それを避ける。H、すかさずもう片方の足で美智の体を蹴飛ばす。
  美智、アームシェイドの銃口をHに向け、マシンガンを発射させる。
  H、肘を立て、アームシェイドの翼を広げ、盾にする。
  翼に弾丸が当たり、次々と跳ね返っている。
  H、アームシェイドからワイヤーを発射する。
  美智、素早く飛び上がり、ワイヤーを避ける。しかし、ミス。右足に絡み付いてしまう。
  H、アームシェイドのボタンを押す。
  ワイヤーに電流が流れ、美智の体に電流が流れる。
  美智、思わず声を上げ、地面に倒れ込む。
  美智、地面に突っ伏した状態でマシンガンを発射する。
  H、瞬間的にその場から姿を消す。
  辺りを見回す美智。
  美智、苦痛の表情を浮かべながら、起き上がり、
美智「出てきて、H!」
  美智の後方でHの声がする。
H「ここよ」
  振り返る美智。
  H、美智にアームシェイドの銃口を向けている。
  美智、苦笑いし、
美智「やっぱりHには勝てないわ…」
H「何を考えてるの?美智」
美智「Hみたいになりたいの」
H「…」
美智「私、今日からP―BLACKのスパイよ」
  自信に満ちた笑みを浮かべる美智。
  神妙な面持ちのH。

 
                                                   ―THE END―

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