『メトロジェノン』 TENA CODE010 「クール・レディ」 BY ガース『ガースのお部屋』

○ 住宅街(深夜)
  一軒家が建ち並ぶ通り。
  道の真ん中を、モーター音を鳴らしながら進んでいる小さな物体のシルエット。
  電灯の下を通る物体。物体は、ロボットである事がわかる。2つの足で直立歩行している。
  赤い目を光らせ、ひたすら前に進んでいる。
  ロボットの対面からセダンの車がやってくる。
  セダン、ヘッドライトを光らせ、ロボットに向かって突進してくる。
  ロボットの赤い目が強く光る。目から赤い光線が発射する。
  光線は、セダンのグリルを貫通し、エンジンも貫く。
  
○ 車の中
  ハンドルを握る若い男。
  ハンドルの下から赤い光線が出てきて、男の腹を貫通する。
  男、口から血を吐く。

○ 住宅街
  そばの住宅の壁に激突するセダン。
  ロボット、セダンのそばを横切り、何事もなかったかのように不気味に進み続けている。

○ JWA・取調室
  椅子に座る立村秀彦(48)。
  両手に手錠をはめられている。
  扉が開く。中に入ってくる椎名歩夢(54)。
  座席に座り、立村と対峙する。
椎名「ロボットになるってのは、どんな気分だ?」
  不気味に笑みを浮かべる立村。
立村「それを知りたいなら、あんたにも手術してやろうか?」
  椎名、立村の足元をまじまじと見つめる。
  立村の両足、足首から下が激しく凹み、ボロボロになっている。
椎名「いいや、結構」
立村「あの車も只者じゃなさそうだ。今度じっくり拝見させてもらいたい」
椎名「その前に君に組み込まれた体のパーツについて質問がある。主要な部品をどこで生産し、
 入手したのか…」
立村「私が簡単に答えるとでも思っているのかね?」
椎名「CTで君の体の中を見せてもらった。心臓まで手を加えているとはな。他の科学者に
 手伝わせたのか?」
  立村、へらへらと笑い出す。
立村「私の手術には、石神博士とその研修生達が協力してくれた。しかし、石神の奴は、
 最後まで私の研究に抵抗した。私の優秀な頭脳をやっかむ気持ちは、わからんでもないがね」
椎名「どうやって、彼らを言いなりにさせたんだ?」
立村「洗脳だよ」
椎名「…マービッチか…あれもあなたが開発したんですね?」
立村「これがまた優秀な装置でね。あんたにも試してみたいね…」
  不気味に笑みを浮かべる立村。

○ ある監禁部屋
  暗がりの中、赤い照明に照らされた椅子に縛り付けられている大谷博之(43)。
  体を激しく揺さぶり、呻き声をあげ、苦しんでいる。顔中汗だらけである。
大谷「もうやめてくれ…死んじまう…」
  大谷の前にやってくる荒崎伸也(45)。
  ほくそ笑む荒崎。
荒崎「素直に吐けば、苦しむ必要はないし、今すぐに頭の中の回路を外してやるぞ」
大谷「だから知らねぇって…何度も言ってるじゃ…」
  また、呻き声を上げる大谷。
  平然とした表情を浮かべる荒崎。菓子パンをかじる。
荒崎「首謀者はどこに隠れている?男か?女か?」
  菓子パンを大谷の足元に放り投げる。
  大谷、パンを物欲しげに見つめている。
荒崎「後一時間が限度だ。それ以上は、待たん」
  その場を立ち去って行く荒崎。
  大谷の悲鳴がさらに大きく鳴り響く。

○ ヨットハーバー(翌日・朝)
  鴎の鳴き声が聞こえる。

○ 真坂のクルーザー・中
  ベッドで眠る真坂和久(28)。
  やつれた表情。気だるそうにしている。
  冷蔵庫を閉め、熱いカップを持ってベッドの前にやってくる真坂茂(5)。
茂「できたよ」
  目を覚まし、茂のほうに顔を向ける真坂。
真坂「たぁ…泣けるね、サンキュー」
  カップを手に取り、スープを飲む真坂。
  少し微妙な顔つき。
真坂「茂、作る時、なんか入れた?」
茂「ちょこっとだけ砂糖…」
  苦笑いする真坂。
真坂「砂糖は入れなくていいから。おいしいよ」
  茂、床に座り、ロボットで遊び始める。
  真坂、ロボットを見つめ、
真坂「そのロボット、この間のと違うな」
茂「ビクトリトマンロボだよ」
  声を上げながら、ロボットを飛ばしている茂。
真坂「お母さんに買ってもらったのか?」
  頷く茂。
  溜息をつく真坂。どこからともなく鳴り響く着信音。
  布団の中に潜り込んでいた携帯を取り出す真坂。
真坂「はい…えっ、あっ…一週間前…ええ、確かに…」
  辺りを見回す真坂。テーブルの上に置いてあるレンタルビデオの黒い袋を見つける。
  頭を抱える真坂。
真坂「…ちょっとごたごたしてたもんで…すぐに持って行きます」
  携帯を切る真坂。

○ クルーザーにかかる梯子を降りる真坂
  路面に立つとそのまま道路を駆け出す。
  とあるヨットのそばで蠢く人影。
  顔を出し、真坂の背中を見つめる三原 葉菜美(20)。
  真坂を追って歩き出す。

○ 国道沿い・歩道
  歩いている真坂。携帯の着信音が鳴り響く。携帯に出る真坂。
真坂「はい」
北の声「俺だ」
  ムッとする真坂。
真坂「今日、非番だ」
北の声「ちょっとだけ、顔を出してくれないか?」

○ 国道
  数台の車が連なる。その列の中を走るB―COA。
北の声「今サーバーソサエティに向かっているところだ。社長の沙島と会う」

○ B―COA車内
  ハンドルを握る北一真(28)。
  スピーカーから真坂の声が聞こえる。
真坂の声「一人で十分だろ」
北「イ・ミンヨルの件とは、関係のない事件での事情聴取だ」
真坂の声「どう言う事だ?」
北「品川の住宅街でロボットによる殺人事件が起きた」

○ 国道沿い・歩道
真坂「ロボットって…立村の野郎が逃げ出したのか?」
北の声「違う。詳しい事情は、後で話す。今どこだ?」
真坂「ヨットハーバー近くの国道…」
北の声「5分でつくからそこで待て」
真坂「えっ!」
  携帯が切れる。
  真坂、レンタルの袋を見つめ、
真坂「ちょうど良かった。途中で寄ってもらおう」

○ B―COA車内
  モニターにポニーテールの女のCGイメージが映る。
ジェノン「真坂君の病状は、どうなの?」
北「まだ本人から聞いてないけど、それ程深刻じゃないみたいだ」
ジェノン「あの病気は、ウイルス感染型のケースが多いの。もしそうだとしたら、一体いつどこで
 感染したのかしら…」
北「…」
  北、前を走るサーフィンボードをルーフに乗せたワゴンを見つめる。
北「夏か…もう何年も海に行ってないなぁ」
ジェノン「3年前の夏に行ったわね」
  クスッと笑い出す北。
北「まさか、おまえがかなづちだなんて、思ってもみなかった」
ジェノン「あなたがあんなにサーフィンがうまいなんて意外だったわ」
北「時間ができたら、あそこにもう一度行ってみようか?」
ジェノン「いいえ。あの時の記憶だけで十分よ」
  神妙な面持ちの北。

○ 倉庫地下・JWA本部・OP室
  入口の扉が開く。
  グレイのスーツを着た白髪の老人がさっさと中に入り込んでくる。右手に茶色い包みを
  被った箱を持っている。
  二人の警備員、老人を止めようと老人の腕を掴む。
  老人、片方の警備員の腕を掴み、振り回して軽く投げ飛ばす。もう一人も裏拳で顔や腹を殴りつけ、
  肘を背中に落とす。その場に倒れる警備員。
  オペレーター員が一斉に立ち上がり、様子を見ている。
  総監室のドアが開き、中から出てくる椎名。
  そばにいたオペレーター員の男に話しかける。
椎名「一体何事だ?」
オペレーター員「侵入者です。監視ゲートを潜って男が入り込みました」
  椎名、正面にいる男を見つめ、愕然とする。
椎名「お父さん…」
  オペレーター員達に囲まれている老人。
老人「よぉし、一人ずつかかって来い。歳は食ってもまだまだおまえらなんかに負けんぞ!」
  老人は、椎名 光蔵(76)。

○ 国道沿い・歩道
  煙草を吸いながら立っている真坂。
  国道を走っているB―COA。真坂の前に立ち止まる。
  煙草を踏み消し、助手席に乗り込む真坂。
  勢い良く発進するB―COA。
  近くに建つビルの影に隠れる葉菜美。
  姿を表し、歩道に出て、走り去って行くB―COAをまじまじと見ている。
  振り返り、国道を見つめる。
  目の前に黒のタクシーが近づいてくる。
  慌てて手を上げる葉菜美。
  立ち止まるタクシー。後部席に乗り込む葉菜美。

○ B―COA車内
  走行している。
  助手席に座る真坂。
北「殺された男は、TENAのメンバーじゃない一般人だ。何者かが無差別に狙った可能性がある」
  真坂を一瞥する北。呆然としている真坂。
北「疲れてるのか?」
  真坂、失笑し、
真坂「…いや」
北「治療の結果は、どうだったんだ?」
真坂「えっ…ああ。少し入院しなきゃいけないんだってさ」
北「…どれくらい?」
真坂「一ヶ月ほど。でも先延ばしにしてもらった」
北「ほっといていいのか?」
真坂「大丈夫だって」
  真坂の膝の上のレンタルの袋を持ち、
真坂「ああ、次の交差点を左に曲がってくれ」
北「はっ?」
真坂「レンタルビデオ返し忘れてたんだ」
北「任務以外の場所に立ち寄るのは、禁じられている。必要以外の行動を取ると記録が残るんでな。
 悪いが後で、自分で返してくれ」
  フロントガラス越しに見える交差点。そのまま真っ直ぐ突っ切る。
真坂「ちょっと寄るだけじゃねぇかよ」
  北、聞かぬ振り。
  真坂、袋を後部席のシートに放り投げる。
真坂「ケチ!」

○ 倉庫地下・JWA本部・総監室
  ソファに座り、茶を啜る光蔵。
  デスクの座席に着き、電話で話している椎名。受話器を置き、光蔵の前にやってくる。
椎名「来る前にお電話を頂く約束でしたよね?」
  テーブルに湯飲みを置く光蔵。
光蔵「なんだこの不味い茶は?もっとまともなものを出せんのか!」
  ソファに座り、光蔵と対峙する椎名。
椎名「今ちょうど切らしてしまって…そこいらのスーパーで買って来させたんです」
光蔵「前にわしが送ったのは、どうした?」
椎名「昨日で全部飲み終わりました」
  テーブルに置いてある茶色い包みの箱を見つめる光蔵。
光蔵「これで入れ直せ」
  椎名、溜息をつくと、立ち上がり、箱を開封する。
椎名「今、仕事中なんですよ。あんなマネをされたら私の面子が立たなくなります」
光蔵「一日中、あんなコンピュータだらけの部屋にこもっていたら、ストレスがたまる。
 良い運動になっただろ」
  椎名、ポットの前に行き、茶筒を開けている。
椎名「彼らは、一日中のあの部屋にいるわけではないし、その道のプロなんですよ。
 あなたがうちで静かにお茶を作っていられるのも彼らの地道な努力のおかげだ」
光蔵「当然のことをやっているだけじゃないか。あいつらには、この国を守る責任があるんだからな」
  椎名、困惑した顔で、茶葉を入れた湯飲みに湯を注いでいる。
椎名「B―COAは、今出動中です。いつ帰ってくるかわかりませんよ」
光蔵「構わん。今日一日は、香が畑の面倒を見てくれる」
  湯飲みを持ってテーブルの前にやってくる椎名。
椎名「香が帰ってきてるんですか?」
光蔵「また、あの出来損ないと喧嘩しよってな。わしの言うことを聞かんからあとで
 痛い目を見るんじゃ、親不孝者めが…」
  湯飲みをテーブルに置く椎名。
  湯飲みを持ち、お茶を飲む光蔵。
  満遍の笑みを浮かべる光蔵。感無量と言った面持ち。

○ サーバーソサエティ社・3F通路
  タイトな赤いスーツに身を包んだ天木未月<みつき>(29)が歩いている。

○ 同・社長オフィス
  自動のドアがスライドして開く。中に入ってくる未月。
  椅子に座り、デスクの上の呼び出し音を鳴らす。
  電話のスピーカーから男の声が聞こえる。
男の声「はい…」
未月「BDプロジェクトの中間報告を聞かせて」
男の声「わかりました」
  音声が切れる。
  憮然とする未月。
  暫くして、電話が鳴り響く。
  受話器を上げる未月。
未月「はい」
女の声「警察の方が来られています」
未月「応接室に通して」
  受話器を置く未月。

○ 同・ロビー
  受付カウンターの前に立つ北と真坂。
  振り返る真坂。後ろにあるショー・ウインドウを見つめる。
  様々なロボットが並べられている。
  その中に中世ヨーロッパの鎧をつけた人形も置かれている。
  受付の女性社員が受話器を置く。
  女性社員と顔を合わせる北。
女性社員「応接室にご案内致します」
  北、真坂の視線に気づき、同じくショー・ウインドウを見つめる。
真坂「悪趣味にも程があるぜ」
  北、何も言わず女性社員の後を追って歩き出す。真坂もついていく。

○ 同・1F・応接室
  扉が開く。中に入ってくる未月。
  ソファに座っている北と真坂。同時に立ち上がる。
  二人の反対側のソファに座る月。二人も座る。
未月「私が社長代行の秘書の天木と申します」
北「社長は、お留守ですか?」
未月「今海外に出ております。明後日ぐらいには戻ってきます。それまで全ての用件は、
 私が窺う事になっています。市民の義務として捜査には、協力しますけど、それにしても唐突ね」
  真坂、憮然とする。
北「どうもすいません」
未月「それで、ご用件は?」
北「あなたのところのロボットが悪用されているという情報があったんです」
未月「どのロボットの事かしら。建設用に救助用に家庭用、色々扱っていますから」
  北、ジャケットのポケットから写真を取り出し、未月に渡す。
  写真を見つめる未月。
未月「ああ、「お手伝い君」ね。あれは、中々売れ行きがいいんです。肩たたきから部屋の掃除、
 監視能力もあり警備用にもなるシステムになっています」
北「昨夜、そのロボットが人を襲ったんです。目から変な光線を出して」
真坂「運転手は、亡くなった」
未月「目には、センサーが埋め込まれていますけど、光線を出すような仕組みには、なっていません。
 何なら設計図をお見せしましょうか?」
北「立村秀彦という男の事、ご存知ですか?」
  首を横に振る未月。
未月「何者なんですか?」
真坂「八丈島沖の王龍島に建てられた核燃料研究施設の管理者の名前だ」
未月「さぁ…私は、存じ上げません」
北「イ・ミンヨルさんが持っていたDVDにその研究所のデータが入っていた事は、ご存知ですよね?」
未月「その件は、私も窺っていますが、当社とは、何の関係もないと先日お話したはずです。
 これ以上お話しても時間の無駄だと思いますの…そろそろよろしいですか?」
  納得行かない様子の真坂。怪訝に未月を見つめる。
北「確かに、社長がいないとこれ以上の事は、話しになりませんね。また出直します」
  軽く頭を下げる北。
  立ち去る二人。
未月「ちょっと待ってください」
  立ち止まり、未月を見つめる北と真坂。
未月「ミンヨルは、いつ釈放されるんでしょうか?」
北「その件も含めて、また社長がいる時にお話します」
  踵を返し、部屋を出て行く二人。
  未月、しかめっ面を浮かべ、写真を見ながら、テーブルに置かれている電話の受話器を上げる。
未月「もしもし、広川?…至急調べてもらいたい事があるの」

○ 同・オフィス前・通路
  入口の自動ドアが開き、北と真坂が出てくる。
  通路を歩き出す二人。
真坂「鼻につくな、あの女…」
北「口が悪いが、あの若さで、ロボット会社の社長の秘書とは、恐れ入る」
  エレベータの前に立つ二人。

○ 同・エレベータ内
北「ミンヨルの話だと、天木は、ここ数週間決まった時間に外出を続けているらしい。表向きは、
 ロボット生産ラインの視察らしいが…」
真坂「張り込むのか?」
北「もう帰っていいぞ」
真坂「はぁ?」
北「入院なんて話し聞かされてなかったからな。治療に専念しろ」
真坂「勝手に呼び出しといて、そりゃあないぜ。TENAの中心部目の前にして入院なんてしてられるかよ」
  
○ 倉庫地下・JWA本部・資料室 
  立ち並ぶ本棚。中央のデスクに座っているディジア。パソコンに向かい、キーボードを打っている。
  ディスプレイに映る資料の文字。それを睨み付けるような目で見ているディジア。
  入口の扉が開く。谷田星司(26)が中に入ってくる。
  ディジア、谷田に気づき、慌ててキーボードを操作し、アプリケーションを閉じる。
  ディジアの前にやってくる谷田。笑みを浮かべるディジア。
ディジア「どうしたの?」
谷田「総監が呼んでいます」
ディジア「わかった…ここ使うの?」
谷田「TENA関係者の資料の検索をしようと思って」
  不敵な笑みを浮かべるディジア。
ディジア「そう」
  ディジアと代わって谷田が座席に座る。
  ディジア、そそくさと部屋を出て行く。
  谷田、ディスプレイを見つめ、キーボードを打ち始める。
  索引履歴を見つめ、怪訝な表情を浮かべる。
谷田「あれ…なんで、通信チャンネルが開いたままなんだ?」
  通信ラインパネルを開く谷田。
  履歴のコードを確認する。
谷田「SC2、3…セーフティリストの専用ラインじゃないか…なんでここで…」
  ハッとする谷田。

○ 同・資料室前
  扉の前に立っているディジア。
  強面の表情でその場から立ち去る。

○ サーバーソサエティ本社ビル前
  ビル前の国道を挟んだ向こう側の歩道に立っている真坂。
  煙草を吹かしながら、ビルの入口を見つめている。

○ 同・裏口
  道路脇に止まるB―COA。

○ B―COA車内
  運転席に座る北。
  コンソールの右上のモニターを見ている。
  モニターに地下の駐車場に続くスロープの様子が映し出されている。
  ハンドルのボタンを押し、喋り出す北。
北「様子はどうだ?」

○ サーバーソサエティ本社ビル前
  煙草の煙を吐き出し、レギオウォッチに話し出す真坂。
真坂「皆クソ真面目だな。誰一人表に出てこない」

○ B―COA車内
  モニターを見つめる北。落ち着かない様子。
北「…少しの時間なら大丈夫だろ」
  北、コンソールのパネルのボタンを押す。右下のモニターにメニュー画面を出し、タッチパネルを押し続ける。
  『MIND CHANGE』のボタンを押す。
  モニターに女のCGイメージが映る。
ジェノン「初めてね。捜査中に私を呼び出したの…」
北「総監には、内緒にしてくれないか」
ジェノン「これからの記録は、抹消しておくから心配しないで」
  北、内ポケットから黒い紐を取り出し、モニターの前に差し出す。
北「これ覚えてるか?」
ジェノン「…さぁ、何だったかしら?」
  唖然とする北。
北「お前が俺の誕生日にプレゼントしてくれたダンスシューズの靴紐さ」
ジェノン「そんなのまだ持っていたの?」
北「練習のし過ぎで、ボロボロになったけど、紐だけは、残しておいたんだ」
ジェノン「そんなことしてどうするの?」
北「思い出を残しちゃいけないのか?」
ジェノン「無駄な事は、しないほうがいいと言っているだけよ」
北「じゃあ、君が生きていた時、俺がプレゼントしたあの白いドレスは、どうしたんだよ?」
ジェノン「私は、今も生きているわ」
北「…すまん」
ジェノン「気にしないで…」
  困惑した面持ちの北。

○ サーバーソサエティ本社ビル前
  タバコの煙を燻らす真坂。
  真坂の後ろに建っているマンションの陰から顔を出す葉菜美。
  真坂、人の気配に気づき、煙草を踏み消すと、サッとマンションのほうを見つめる。
  慌てて、身を隠す葉菜美。

○ マンション前
  フェンスにもたれている葉菜美。
  一息つき、もう一度、歩道のほうを覗き込む。
  背後から聞こえる男の声。
真坂の声「おい」
  ハッと振り返る葉菜美。
  目の前に真坂が立っている。
  動揺する葉菜美。
葉菜美「友達と会った帰りに偶然見かけたのよ」
  葉菜美、真坂の前から立ち去ろうとする。
真坂「待てよ」
  葉菜美、立ち止まり、真坂と顔を合わせる。
葉菜美「仕事は、もう終わったの?」
真坂「今、休憩中なんだよ。これからまた何件か回るところだ」
葉菜美「…今朝、あんたが男の人の車に乗り込むところを見たわ」
真坂「…」
葉菜美「男の人とあのビルの中に入って行くところも…配達の仕事じゃなかったの?」
真坂「…俺をつけてたのかよ」
葉菜美「うちに行ったら子供はいるし、知らない間に奥さんと寄り戻してるし、仕事の事まで…」
真坂「いつか話そうと思ってたんだよ。今はそのタイミングじゃないって…」
葉菜美「里見さんの事も…私調べたの。病気で死んだんじゃない。何かの事件に巻き込まれて
 殺されたんでしょ?他の社員の人たちも…」
真坂「……」
葉菜美「もうあんたの事、何も信用できない…」
  葉菜美、真坂の前を横切り、走り出す。国道に飛び出す。鳴り響くクラクション。
真坂「馬鹿!」
  追いかけようとする真坂。その時、レギオウォッチが鳴り響く。苛立ちながらも立ち止まり、応答する真坂。
真坂「なんだ?」
北の声「様子は、どうだ?」
  車道を渡り切り、サーバーソサエティのビルの向こうに消えて行く葉菜美。
  真坂、戸惑いながら、ビルの前に戻って行く。

○ B―COA車内
北「どうした?何かあったのか」
  スピーカーから真坂の声が聞こえる。
真坂の声「いや、何でもない。まだ何の動きもない」
  通信の回線を消す北。
ジェノン「彼、何か動揺しているみたい」
北「動揺?」
ジェノン「声のトーンでわかる。きっと何か心配事があるのよ」
北「…」

○ サーバーソサエティ本社ビル・裏口前
  歩道を走っている葉菜美。スピードを緩め、歩き出す。
  今にも泣き出しそうな顔をしている葉菜美。
  葉菜美、突然お腹を押さえ、苦しみ出す。
  歩道にしゃがみこみ、呻き声を上げながら、その場に倒れ込む。

○ B―COA車内
ジェノン「後ろを見て。誰か倒れたわ」
  北、リアガラスを覗き込む。
  歩道に倒れている葉菜美を見つける。

○ サーバーソサエティ本社ビル・裏口前
  B―COAの運転席のドアが開き、北が降りる。
  走って葉菜美の前に近づく北。
  葉菜美を抱き起こす。
北「どうしました?」
  苦痛の表情の葉菜美。お腹を押さえている。
葉菜美「痛い…お腹が…」
  北、葉菜美を抱きかかえ、B―COAのところへ運ぶ。

○ B―COA車内
  助手席に葉菜美を乗せ、ドアを閉める北。
  回りこんで運転席に乗り込む。
北「奈央美、メディカルサーチだ」
  センターコンソールの左端に設置されているランプから赤い光線が発射され、葉菜美のお腹を照射し始める。
  息を弾ませ、光線を見ている葉菜美。
葉菜美「何してるの…」
ジェノン「ジッとしていて。もうすぐ終わるから…」
  コンソールの左下の画面に人のイメージ図が映し出される。お腹の中に赤ん坊のイメージが映し出される。
  モニターを見つめる北。
北「子供がいるのか?」
  頷く葉菜美。
ジェノン「血圧の数値が上がってる。むくみもひどいわ。妊娠中毒症の症状よ。早く病院に連れて行ってあげて」
北「一番近い病院を探してくれ」

○ サーバーソサエティ本社ビル前
  煙草の煙を吐き出す真坂。レギオウォッチのアラームが鳴り響く。応答する真坂。
真坂「はい」
北「ちょっと持ち場を離れる。10分ほどだ」
真坂「どうした?」
北「妊娠中の女性が倒れているのを見つけたんだ。病院まで連れて行く」
  愕然とする真坂。
真坂「その女の名前を教えてくれないか?」
北「今は、聞きだせる状態じゃない。後でまた連絡する」
  通信回線が切れる。
真坂「おい!」
  動揺する真坂。
  真坂が立つ位置から数十メートル離れた場所にタイトな黒いスーツを着た茶髪の若い女が立っている。
  女は、広川芽衣(24)。異様な目つきで真坂を見つめている。

○ サーバーソサエティ・社長室
  デスクの席に座り、ノートパソコンに向かう未月。
  デスクの電話が鳴る。受話器を掴む未月。
未月「はい…そう。わかった。今から下りる」
  受話器を置く未月。左の手首につけている腕時計を見つめる。

○ 同・本社ビル前
  向かいの歩道に立つ真坂。
  足元に数十本の煙草が落ちている。
  タバコの煙を燻らす真坂。苛ついている。

○ 同・裏口
  地下へ続くスロープのシャッターが開く。低いエンジン音が轟く。ヘッドライトを光らせ、赤と紫のツートン
  カラーのスポーツカーがスロープを登る。うねるように曲がり、手前の道路を勢い良く走り出す。

○ 東祇海(とうぎかい)病院・玄関口
  立ち止まるB―COA。
  助手席から葉菜美を抱きかかえる北。そのまま、中に入って行く。

○ 同・中・受付カウンター
  葉菜美を抱きかかえた北がやってくる。
  看護師の女に話し掛ける。
北「急患だ。妊娠中毒の症状を起こしてる」
看護師の女「ちょっと、お待ちください」
  看護師の女、受話器を上げ、連絡をとっている。
   ×  ×  ×
  担架に寝かされる葉菜美。担架を押す2人の看護師。通路奥の治療室へ運ばれて行く。
  その様子を見守る北。
  葉菜美の担架が階段の前を通り過ぎた時、階段から一人の白髪の男が黒いスーツを着た男達に
  囲まれ姿を現す。
  男は、時本浩一郎(52)である。
  北、時本を見つめ、唖然とする。そばの柱に身を隠す。
  男達と共に玄関に向かっている時本。
  北、時本の様子を見つめている。

○ デイルタンク生産工場前
  森林の中を通る凸凹道を走行している赤いスポーツカー。
  赤いスポーツカーが立ち止まる。
  車から降りる未月。ブルーのサングラスをつけている。

○ 同・中
  歩く未月。両端に作業員服を着た男が一緒に歩いている。
  生産ラインの機械を見渡している。
  溶接ロボット。ロボットの操作盤の前に立つ作業員の男。
  ベルトコンベアの前に立つ未月。
  コンベアから流れてくる家庭用ロボットの腕のパーツを一枚持ち、まじまじと見つめている。
未月「制御回路に設計ミス?」
右の男「昨夜見つけて、今対応しているところです」
未月「責任者は誰?」
  左の男、前を指差し、
左の男「あいつです」
  立ち止まる未月。 
  事務所の前にいる若い男。灰皿の前に立ち、煙草を吸っている。
未月「須賀を呼んできて。話があるの」

○ 同・作業室
  中に入ってくる未月。
  青いRV車の車の周りを数人の作業員達が取り囲んでいる。
  運転席から出てくる須賀邦夫(42)。未月と対峙する。
未月「あなたに任せるから。ちゃんと処理して」
  須賀、困惑した表情を浮かべる。
須賀「でも…彼は、若いしこれからの人です。もう少し長い目で見てやれば、また役に立ってくれると
 思うんですが…」
未月「計画の邪魔をした人は、生かしてはおけないの。失敗も認めない。あなたもそうなりたいの?」
須賀「…いいえ」
  ほくそ笑む未月。
未月「じゃあ、お願いね」
  未月、車を見回し、
未月「それで、いつ仕上がるの?」
須賀「三日後までには…」
  須賀を睨み付ける未月。
未月「明日よ。それ以上待てない」
須賀「…わかりました」
未月「それと、私の車にも手を施してもらいたいの」
須賀「手を…と言うと?」
  ほくそ笑む未月。

○ RV車車内
  ダッシュボード。中央のパネルには、2台のモニター。ハンドルの両側のパネルにたくさんの
  ボタンがついている。
  ハンドルを握りながら、笑みを浮かべる未月。

○ B―COA車内
  走行中。ハンドルを握る北。
  通信のアラームが鳴り響く。
  スピーカーから真坂の声が聞こえる。
真坂の声「あの女、車に乗って裏口から出て行きやがったぞ」
北「持ち場を離れた俺のせいだ。それより、女を運んだ病院で収穫があった」

○ サーバーソサエティ本社ビル前
  レギオウォッチを口元に向けている真坂。
北の声「時本を見つけた」
真坂「何だって」
北の声「今奴の車を追跡中だ」

○ B―COA車内
  フロントガラス越しに国道を走行する黒いセンチュリーの後ろ姿が見える。
北「暫く泳がしてみるつもりだ。おまえは、一度、本部に戻って総監にこの事を報告してくれ」

○ サーバーソサエティ本社ビル前
真坂「それより、病院に運ばれた女の名前わかったか?」
北の声「何でその女にこだわる?」
真坂「もしかしたら…俺の女かも知れん…子供を妊娠してる」
北の声「…名前は、聞き出せなかった。気になるなら、そこから東の方角1キロ先にある
 東祇海病院に行ってみろ」
真坂「わかった」
  通信を切る真坂。歩道を走り出す。
  芽衣の前を横切る真坂。
  芽衣、真坂の背中を睨み付けている。

○ B―COA車内
  アクセルを踏み込む北。
  フロントガラス越しに見える黒いセンチュリー。左の車線から、突然、青いRV車が割り込み、
  B―COAの前を走行し始める。
  北、左のウインカーを出し、左車線に入るが、同時にRV車も左車線に入り、進路を妨害する。
北「やばい…気づかれたな…」

○ RV車の両側のリアフェンダーの格納庫から機銃が出る
  両側の機銃が一斉発射。B―COAのボンネットやフロントガラスに激しく当たっている。

○ B―COA車内
  ハンドルのボタンを押す北。
  フロントガラスが紫色に変色し、ガラスに透明のスクリーンが投影される。方眼軸が浮かび上がり、
  前方を走るRV車の両側の後輪を捕捉する十字の点滅が表示される。
  北、ハンドルの『COB』ボタンを押す。

○ B―COAの前バンパー両側の窪みからオレンジ色のボールが2つ同時に発射される
  ボールは、RV車の両側の後輪にガム状にへばり着く。
  暫くして爆発するが、煙を上げただけで微動だにしない。

○ B―COA車内
  驚愕する北。
北「COBが効かない…」
  フロントガラス越しに見えるRV車。手前の交差点を勢い良く左に曲がる。
  交差点をそのまま通り過ぎるB―COA。
  前方をまじまじと見つめる北。
  黒いセンチュリーの姿がない。
北「時本の車は、どこに行った?」
ジェノン「ハイウェーブサーチにエラーが発生しました。強力な電磁波で妨害を受けています」
北「仕方ない。RV車のほうを追う」

○ ルーフから飛び出すパトランプ
  ヘッドライトを光らせ、次の交差点を右折し、中央分離帯に沿って逆方向に走り出す。

○ 小高い丘の坂道を猛スピードで駆け上がってくるB―COA
  交差点の手前の脇道に止まる。

○ B―COA車内
  コンソールの左上のモニターに映る周辺の地図。
北「反応は出たか?」
ジェノン「センサーエラーのため、RV車を見つけ出すのは、不可能となりました」
  溜息をつく北。悔しげな顔をする。

○ 東祇海病院・治療室
  ベッドで点滴を受けている葉菜美。
  入口から真坂が入ってくる。
  真坂に気づく葉菜美。唖然とする。
  葉菜美の前に立つ真坂。
葉菜美「…なんでここがわかったの?」
真坂「お前を運んだのは、俺の知り合いだ」
葉菜美「…そう言えば、あの車、今朝見たのと同じだった」
真坂「俺は、政府の極秘捜査機関で働いてる」
葉菜美「…」
真坂「里見さん達が殺された日、俺も殺されそうになったけど、その連中が助けてくれた。
 殺した奴らに復讐してやろうと思って勢いで捜査員になっちまったんだ」
葉菜美「…なんでもっと早く言ってくれなかったの?」
真坂「口止めされてたんだよ。喋ったら、抹殺権を行使される」
葉菜美「どうするの?私に喋っちゃったじゃない」
真坂「お前が黙っていれば、大丈夫だよ」
葉菜美「口軽いから、自信ない」
真坂「おい!」
葉菜美「…ここ一週間、食生活が乱れてたから。それを改善しないと駄目だって、先生に言われた」
真坂「子供いるの忘れて…あんな激走しやがって」
葉菜美「…ごめん、私」
真坂「えっ?」
葉菜美「…いえ、何でもない」

○ 治療室前
  窓越しから真坂と葉菜美の様子を窺っている芽衣。
  芽衣、冷たい目つきをしながら、その場を立ち去る。

○ 倉庫地下・JWA本部・OP室
  扉が開く。中に入ってくる北。
  オペレートシステムの卓上盤の前に座るディジアの前に行く。
  ディジア、北に気づく。
北「総監、中にいるのか?」
ディジア「いるけど、朝からお客が来てるの」
北「防衛庁の稲津さんか?」
  首を横に振るディジア。
ディジア「総監のお父様」
北「何しに来てるんだ?こんな忙しい時に」
ディジア「わからない。(腕時計を見つめ)もうお昼過ぎなのに…何してんだろう…」
  北、怪訝な面持ちで総監室の扉の前に向かって歩き出す。

○ 同・総監室
  中に入ってくる北。
  ソファに座り話をしている椎名と光蔵。
  椎名、北に気づき、立ち上がる。
北「失礼します」
椎名「社長と会えたのか?」
北「いいえ。海外に出張中だそうです。代わりに秘書と話を…」
  光蔵、北をジッと見つめている。
  光蔵の視線が気になる北。
  自分のデスクの椅子に座る椎名。光蔵の前を横切り、デスクの前に立つ北。
椎名「何か聞き出せたのか?」
北「いいえ。それより、実は、重要な情報があるんですが…」
  さりげなく後ろを見る北。光蔵、まだ北を見つめている。
  椎名、北の目線に気づき、
椎名「紹介が遅れたな。私の父親の光蔵だ」
  北、光蔵に向かって一礼する。
北「はじめまして、北です」
  光蔵、ジッと北を見つめたままである。
  北、怪訝に光蔵を見ている。
  椎名、慌てて立ち上がり、
椎名「B―COAは?」
  振り返り椎名のほうを向く北。
北「ガレージに止めてありますが…」
  椎名、歩き出し、光蔵の前に行く。
  椎名の動きを目で追う北。
椎名「お父さん、じゃあ、行きましょうか」
  光蔵、北を見つめたまま、立ち上がる。
  椎名、光蔵の右腕を掴み、入口に向かって歩き出す。
北「どこに行かれるんですか?」
  立ち止まり、北を見る椎名。
椎名「すぐ戻る。情報の事は、後で聞かせてもらう」
  部屋を出て行く二人。
  困惑する北。

○ 同・通路
  椎名と光蔵が歩いている。
光蔵「さっきの男、中々良い男だ」
椎名「彼は、うちの優秀な捜査員です」
光蔵「あの男なら、奈央美も惚れるわな」
椎名「なんですって?」
光蔵「あ…早く奈央美と合わせてくれ…」
  椎名、怪訝な面持ち。

○ 同・OP室
  オペレートシステムの前に座るディジア。
  キーボードを打っている。
  後ろから北が近づいてくる。
北「真坂は?」
  動きを止め、振り返るディジア。
ディジア「今日は、非番でしょ?」
北「サーバーソサエティの件でちょっと呼び出したんだ。まだ戻ってないのか」
ディジア「そうみたい」
北「総監のお父さん、初めて顔を見た」
ディジア「どうだった?」
北「オーソドックスに頑固親父って感じだな」
  失笑するディジア。
北「ディジア、ちょっと話しておきたい事がある」
ディジア「何?」
北「時本のことだ」
  少し動揺した面持ちのディジア。
北「サーバーソサエティを張り込んでいる時、妊婦が倒れているのを見つけて病院に運んだんだ。
 その病院に時本がいた。おそらく、あそこに身を隠していたに違いない」
  入口から谷田が入ってくる。立ち止まり、二人の様子を見ている。
ディジア「それで、時本は?」
北「追跡したが、ブルーのRV車に邪魔されて見失った。B―COAにRV車の映像が収録されている。
 後でチェックしてくれないか?」
ディジア「わかった…」
  北、踵を返し、入口に向かって歩いて行く。
  谷田と顔を合わす北。
  一礼する谷田。
谷田「おはようございます…」
北「もう昼だぞ」
  谷田のそばを通り過ぎる北。
谷田「北さん…あの…」
  立ち止まる北。谷田を見つめる。
  谷田、ディジアの方を見る。
  ディジア、谷田に優しい笑みを浮かべ、また、キーボードを打ち始める。
北「どうかしたのか?」
谷田「いいえ…別に」
北「昨日の事件で回収したロボット、どこに置いてあるんだ?」
谷田「さっき、鑑定を終えて、管理室に置いてあるはずです」
北「で、結果は?」
谷田「目の部分に埋め込まれた特殊なレーザー光発射装置は、国内では、みかけない特殊な
 技術によるものです」
北「立村が開発した浮遊型球体レーザーとの照合は?」
谷田「今、分析中ですが、かなりの確率で一致点か見られました」
北「分析結果が出たら教えてくれ。立村は?」
谷田「3番拘留室にいますけど…」
  北、部屋を出て行く。
  谷田、不安げな表情で、またディジアの様子を窺う。
  キーボードを打ち続けているディジア。
 
○ 東祇海病院前
  玄関から出てくる真坂。
  携帯を操作している。

○ クルーザー内
  玩具をいじりながら携帯を握る茂。
茂「…昼ごはん…うん、食べた」
真坂の声「何食ったんだ?」
茂「卵焼き」

○ 東祇海病院前
真坂「冷蔵庫にまだ残ってたか?」
茂の声「うんうん。お母さんに作ってもらった」
  真坂、ギクっとする。
真坂「お母さんそこにいるのか?」

○ クルーザー内
  ベッドの前に座る浅田恵美(34)。俯き、空ろな表情をしている恵美。
  茂、恵美を見つめ、
茂「いるよ」
真坂の声「わかった。お父さんまた遅くなるから、お母さんにもよろしく言っといて」
茂「うん、わかった」

○ 東祇海病院前
  携帯を切る真坂。
  困惑した表情を浮かべている。

○ 同・治療室
  葉菜美のベッドの前にやってくる真坂。
  続いて白衣を着た主治医の男が真坂の前にやってくる。
真坂「あの…どうなんですか?」
医師「母体も子供にも異常は、見られないが念のため数日間入院して様子を見てみようか?」
  首を横に振る葉菜美。
葉菜美「大丈夫です」
  起き上がる葉菜美。
男「じゃあ、薬を出すから、2、3日様子をみよう」
  真坂、一礼する。

○ 倉庫地下・JWA本部・ガレージ
  照明で美しく輝くB―COA。
  B―COAの前にやってくる椎名と光蔵。
  光蔵、B―COAを嘗め回すように見つめる。
  暫くして、しかめっ面を浮かべる光蔵。
光蔵「流行りなのか…奇抜すぎるのぉ」
椎名「奇抜じゃなくて、個性的なんですよ」
  椎名、助手席のドアを開ける。
椎名「さぁ、乗って」
  光蔵、助手席のシートに座る。
  ダッシュボードを見回す光蔵。
  運転席に乗り込む椎名。
  一斉に計器類やボタンが光り出す。
光蔵「テレビが4つもつい取るのか…」
  椎名、コンソールのボタンを操作し、右上のモニターにメニュー画面を出している。
  左上のモニターにポニーテールの女のCG画像が映る。
  それを見て仰天する光蔵。
光蔵「奈央美か?」
椎名「いいえ。この車の管理システム『JENON』です」
ジェノン「はじめまして。私は、ドライバーのアシストと捜査活動を支援する目的でこの車に組み込まれた
 プログラムです」
光蔵「奈央美は?」
  メニュー画面のボタンを操作する椎名。
椎名「焦らないでください。今出しますから」
  椎名、指を止め、モニターに『HISTORY MODE D』のボタンを押す。
  画面がスクロールして、ジェノンとの通信履歴のデータが流れ始める。
  今日の日付をチェックする椎名。データに書き込まれている数回のアクセス記録を読んでいる。
  唖然とする椎名。
光蔵「奈央美は、まだか?」
  椎名、慌てて、メニュー画面に戻り、『MIND CHANGE』のボタンを押す。
椎名「もうすぐ出ます」
  ポニーテールの女の映像が喋り始める。
ジェノン「奈央美です」
  画面を見つめる光蔵。
光蔵「わしがわかるか?」
ジェノン「はい。おじいちゃん」
  涙を浮かべる光蔵。
光蔵「信じられん…また、お前と喋れるなんてな…」
  ハンカチで涙を拭っている光蔵。
ジェノン「またおじいちゃんと話す事ができるなんて夢を見ているみたい…」
  椎名、光蔵の姿を見つめ、もらい泣きしそうになっている。
光蔵「こんな姿になっちまってのぉ…」

○ 同・取調室
  テーブルを挟んで対峙する北と立村。
  立村、薄ら笑みを浮かべ、北を見ている。
  立村を睨み付けている北。
北「サーバーソサエティのロボットにお前が開発したレーザー技術が組み込まれていた。
 奴らに手を貸したのか?」
立村「証拠があるなら、別に私が話すまでもない」
北「いいや、ある。おまえとサーバーソサエティの人間がつながっているのは、わかってる。
 そいつは、一体誰だ?」
立村「取り引きしよう。私がそいつの名前を言ったら、ここから出してもらえるかね?」
北「ここを出てどうするつもりだ?」
立村「またあの島に戻って実験を続けたいんだ」
北「それは、無理だ。あの島は、隔離された。もう誰も近づけない」
立村「では、別の実験場を用意してもらおう。国外にだ」
  北、神妙な面持ち。
北「総監と相談してみる。相手の名前は?」
立村「先に証明書を見せろ」
  険しい表情を浮かべる北。

○ 三原家・邸宅前
  立ち止まる黄色いタクシー。
  後部席から真坂と葉菜美が降りる。
 邸宅を見回す真坂。呆気に取られている。
真坂「ここがお前の家?」
葉菜美「入る?」
真坂「遠慮するよ」
葉菜美「なんで?」
真坂「時間も遅いし…まだ、仕事の途中なんだ」
葉菜美「茂君は?また一人なの?」
真坂「…今日は、施設に預けてるから…心配するな」
  真坂を凝視する葉菜美。
葉菜美「ホントに?」
  苦笑する真坂。
真坂「…ホントだよ。それより自分の体心配しろ。じゃあ、行くからな」
  真坂、またタクシーの後部席に乗り込む。
  葉菜美の前から走り去って行くタクシー。
  葉菜美、怪訝な表情でタクシーを見つめている。

○ 倉庫地下・JWA本部・総監室
  デスクの座席に着く椎名。険しい表情をしている。椎名の前に立つ北。同じく険しい顔つき。
椎名「…駄目だ。奴を離せば、またTENAと接触して何かを企てるに違いない」
北「ロボットは、今も生産され続けているんです。ほっとけば、また第2、第3の無差別殺人が起きます。
 サーバーソサエティと立村をつなぐ仲介役の名前を聞き出せば、一気に踏み込めます」
椎名「時間をかけて、奴を落とすんだ」
北「不可能です」
椎名「どうしてそう決め付ける?」
北「奴は、血が通っていません。体は、サイボーグ化しているし、普通の精神状態じゃない。
 どんな手を使っても無駄です…」
椎名「奈央美は、どうなんだ?」
北「…」
椎名「さっき、ジェノンの交信履歴を調べた…知っているんだろ?ジェノンの秘密を…」
北「…偶然知ったんです」
椎名「奈央美とつきあっていたのか?」
北「…どうしてあいつをジェノンに組み込んだんです?」
椎名「…奈央美の希望だ。生前に万が一の事が起きた時、JWAの人工知能技術に貢献するため、
 自分の体を提供したいと言っていた」
北「あいつは…もう元の奈央美じゃありません…」
椎名「…どう言う意味だ?」
北「何もかも冷め切ってる…機械の中に閉じ込められて、温もりを失った…」
椎名「そうだ。あいつは、ただの人工知能に過ぎない。もう人間じゃないんだ」
  愕然とする北。
椎名「…場違いな質問をしてすまなかった。立村の件だが、証明書を出そう。セイフティリストに登録して、
 JWAの衛生で彼の行動を監視する。それでいいな?」
  北、静かに頷く。

○ 同・OP室
  中に入ってくる真坂。
  オペレーションシステムの前にいるディジアの前に近づいて行く。
真坂「おい、北は?」
ディジア「取調室。立村から何かを聞き出すつもりみたい」
  真坂、踵を返し、部屋を出て行く。
  憮然とした表情で真坂を見ているディジア。

○ 同・取調室前
  走っている真坂。
  扉がスライドして開き、北が出てくる。
  北の前で立ち止まる真坂。
真坂「立村から何を聞き出した?」
北「奴と接触していたのは、天木未月だ。あの女がロボットに細工した」
  歩き出す北。後を追う真坂。
真坂「となると、会社ぐるみでTENAの片棒を担いでるって事か?」
北「天木があの会社の中心的な役割を果たしているなら、それもありうる」
真坂「さっさとしょっ引いて、全部吐かしちまおうぜ」

○ 葵港・第3臨海地域・倉庫
  シャッターが開き、ヘッドライトを光らせたB―COAが勢い良く地上を走り出す。

○ サーバー・ソサエティ本社前
  道路脇に立ち止まるB―COA。
  運転席から北、助手席から真坂が降りる。
  二人、並んで歩き出し、ビルの玄関に進む。

○ 同・社長オフィス
  ドアを開け、中に入ってくる北と真坂。
  デスクについている未月。
  溜息をつく未月。
未月「また、あなた達」
  デスクに向かって歩いている二人。
真坂「立村が自供したんだ。レーザーをロボットに組み込むように指示したのは、あんただってな」
北「一緒に来てもらいますよ」
  デスクの前で立ち止まる二人。
  失笑する未月。
未月「そう。じゃあ何を言ってももう無駄ね」
真坂「そう言う事」
未月「いいけど、あなた達、まだ、やらなきゃいけない仕事が残ってるんじゃないの?
 後ろのモニターを見てみなさい」
  振り返る二人。後ろの壁にある液晶ビジョンを見つめる。
  液晶ビジョンには、会社の玄関の前に止まる黒いセンチュリーが映っている。
  後部席のドアが開き、中から時本が下りてくる。
  北、画面を見つめ、唖然とする。
北「時本…」
未月「あいつがここに何をしに来たか、わかる?」
真坂「(北に視線を送り)どういう事なんだ?」
北「俺にもわからん」
  北、振り返り、未月と顔を合わすと驚愕する。
  未月が左手に拳銃を構え、二人に向けている。
  真坂も振り返り、唖然とする。
真坂「化けの皮が剥がれたな」
未月「まだ剥がれちゃいないわよ」
  北、スーツの中に手をしのばせる。
  未月、咄嗟に真坂に拳銃を向け、撃つ。
  鳴り響く銃声。
  真坂、右肩を押さえながら、仰け反るように床に倒れる。
北「真坂!」
  即座に北に銃を向ける未月。
  真坂の肩からじわじわと血が流れ出ている。痛みを堪えている真坂。
真坂「俺の事は、構うな。早くそいつを捕まえろ」
北「そうしたいが、俺にもリーチがかかってる」
真坂「何しに来たんだ俺達…」
未月「殺されに来たんでしょ」
  未月、北に銃を向けたまま、歩き出す。
  真坂、ゆっくり左手をジャケットの中にしのばせようとするが、躊躇う。
未月「じゃあね」
  入口に向かって歩いて行く未月。
  外に出て行く。
  自動ドアが閉まる。
真坂「早く追え」
北「言われなくてもわかってる」
  北、右手に銃を持ち、入り口に向かって駆ける。

○ 同・オフィス前・通路
  扉から飛び出してくる北。
  左側の通路を見つめ、愕然とする。
  未月、時本の首に腕を回し、背中に銃口を突きつけている。
  時本、直立不動。
  北、未月に黒のベレッタM92Fの銃口を向ける。
北「銃を下ろせ」
未月「それは、無理よ」
  未月、引き金を引く。
  時本の左胸に弾丸が貫通する。激しい血飛沫。
  時本、口を開いたまま、その場に崩れる。
  北、引き金を何度も引く。
  未月の背中に弾丸が当たるが跳ね返っている。
  振り返る未月。不気味な笑みを浮かべる。
未月「さよなら」
  未月、北に銃を向ける。
  北、息を飲み、観念する。
  その瞬間、オフィスの入口から、真坂がガバメントの銃を構え、横っ飛びしながら出てくる。
  引き金を引く真坂。
  未月の銃に弾丸が当たる。
  銃を落とす未月。
  未月、慌てて、通路を走り去る。
  北、真坂、揃って銃を撃ち続ける。
  弾丸は、未月の体に当たっているが、火花を散らし、跳ね返っている。
  暗がりに消えて行く未月。
  北、レギオウォッチに話しかける。
北「女が表に出てくる可能性がある。ハイウェーブサーチの感度を最大にしとけ」
ジェノンの声「了解しました」

○ 同・裏口
  地下の駐車場からスロープをのぼり、車道に飛び出す赤いスポーツカー。

○ 同・中・階段
  物凄い勢いで階段を下りている北。
  レギオウォッチからジェノンの声が聞こえる。
ジェノンの声「裏口から急激なスピードで赤いスポーツカーが出て行きました」
北「早くハイウェーブサーチの感度を最大にしろ!」
  少し遅れて右肩を押さえながら階段を下りる真坂。息を切らしている。

○ 同・表
  入口から走り出てくる北。
  B―COAの運転席に乗り込む。
  エンジン音が鳴り響く。
  ようやく真坂もやってくる。助手席に乗り込む。
  ヘッドライトを光らせ勢い良く走り出すB―COA。

○ 市道
  加速するB―COA。

○ B―COA車内
  助手席に座る真坂。
真坂「あの女もファイバースーツを着込んでやがる。さっさとあの車止めちまえよ」
  フロントガラス越しに暴走する赤いスポーツカーが見える。
北「ジェノン、あの車の映像を記録しておけ」
ジェノン「了解しました」

○ 交差点
  左に曲がる赤いスポーツカー。B―COAもその後を追ってドリフト気味に交差点を曲がり込む。
  
○ 国道
  雑居ビルが建ち並ぶ通り。二車線の道路。中央分離帯がある。
  B―COAを取り囲むように後ろから2台のブルーのRV車が迫ってくる。
  B―COAの左側を走るRV車。もう一台は、B―COAの後ろを走っている。
  左側のRV車、B―COAに何度も体当たりしている。

○ B―COA車内
  左のドアの窓からRV車の様子を窺う真坂。また、体当たりしてくる。しかし、車内の振動は、
  押さえられている。
真坂「この雑魚ども。こいつが並大抵の車じゃないって事を教えてやろうぜ」
  北、モニターに映るRV車を見つめる。
北「ジェノン、時本を追跡していた時に俺達を襲ってきたRV車の映像を出してくれ」
ジェノン「そのような映像は、私のハードディスクに記録されていません」
北「どう言う事だ?記録したはずだぞ」
ジェノン「サーチしましたが記録された形跡がありません」
真坂「何をやってんだよ。さっさとCOB使って止めちまえよ」
北「あのRV車には、COBが効かないんだ」
真坂「じゃあ、どうするんだよ?」
  北、ハンドルの左にあるシステムボードの『WIRE』のボタンを押す。

○ B―COAの左のリアフェンダーの格納庫が開き、フックが飛び出す
  フックは、左側を走るRV車の右のフェンダーに突き刺さる。

○ B―COA車内
  北、システムボードの『V』ボタンを押す。

○ ワイヤーを伝って青白い電流がRV車に流れて行く
  ボディに青い閃光がほとばしり、バッテリーがショートする。
  ボンネットから煙を上げ、立ち止まるRV車。

○ B―COAの右のリアフェンダーの格納庫から同じくフックが飛び出す
  後ろを走っているRV車のグリルにフックが突き刺さる。
  青白い電流がRV車のボディに流れている。
  ボンネットから煙を上げ、立ち止まるRV車。

○ B―COA車内
  リアガラスを覗き込む真坂。
真坂「楽勝だな…」
  前を向く真坂。顔面蒼白である。気だるそうに顔を俯ける。
北「残るは、一台だ」

○ 交差点
  赤いスポーツカー、無理矢理右折し、反対車線から向かってくるトラックの前をすれすれで
  通り過ぎて行く。
  急ブレーキをかけ、立ち止まるトラック。
  その後ろを走っていたバスがトラックに追突する。
  交差点に入ってくるB―COA。
  交差点を塞ぐように立ち往生しているトラックとバス。
  
○ B―COA車内
  フロントガラス越しに見えるトラック。
  ブレーキを踏む北。

○ トラックの前に急ブレーキで立ち止まるB―COA
北の声「ジェノン、スポーツカーの位置は?」
ジェノンの声「センサーエラーが出ています。位置の特定は、不可能です」
  
○ B―COA車内
北「また故障か。クソ!」
  真坂を見つめる北。
  シートで気絶し、項垂れている真坂。
  唖然とする北。
北「おい、真坂!どうした?」

○ デイルタンク工場前(夜)
  ヘッドライトを照らした赤いスポーツカーが森林の中の道から通り抜け、やってくる。
  建物の前に立ち止まるスポーツカー。
  運転席から降りる未月。サングラスをつけている。
  ドアを閉め、歩き出す未月。
  未月、前を見つめ、突然立ち止まる。
  未月の前方に立ち塞がる男。暗闇で顔が見えない。
  サングラスを外す未月。
未月「誰?」
  男、歩き出し、電灯の上を通る。
  男は、荒崎である。
  不気味に笑みを浮かべる荒崎。
  未月、笑みを浮かべ、
未月「部外者は、立ち入り禁止なんですけど…」
荒崎「大谷から許可をもらいました」
  鋭い目つきで荒崎を睨み付ける未月。
未月「何者なの?」
荒崎「『バビデディット』計画の事…聞かせてもらいましょうか…」

○ 倉庫地下・JWA本部・OP司令室
  入口の扉が開く。谷田が中に入ってくる。
  オペレートシステムの監視員と話をしている椎名を見つめる谷田。辺りを見回しながら、
  ゆっくりと椎名に近づいて行く。
  突然、谷田の前に姿を現すディジア。
  立ち止まる谷田。息を飲む。
ディジア「ちょっと話があるの。一緒に来て」
  困惑した表情の谷田。
谷田「すいません。後からでもいいですか?」
  ディジア、谷田の背後に回りこむ。谷田の背中に制服のポケットの中から銃口を突き立てる。
  驚愕する谷田。
谷田「何の冗談ですか?」
ディジア「行きましょう」
  監視員のそばから離れようとする椎名。
  谷田とディジアが部屋から出て行く姿を見る。
  椎名、神妙な面持ち。

                                                 ―THE END―

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