『メトロジェノン』 TENA CODE004 「アグリーフェイス」 BY ガース『ガースのお部屋』

○ 田舎町・国道
  不気味に広がる真赤な空。
  けたたましく鳴り響くバイクのエンジン音。
  赤いヘルメット、紅色のバイクウェアを着た長身の女が乗る750ccの
  バイクが緩いカーブを勢い良く通過する。
  その後を追って走っているB―COA。

○ B―COA車内
  険しい表情でハンドルを握る北(ほく) 一真(28)。助手席に座る真坂 和久(28)。
真坂「あんなに飛ばしちゃって。こけたら確実に死ぬな…」
北「・・・あの女を取り逃がしたら、俺達は、確実にクビだ」
真坂「ようやくTENAのスパイを見つけ出したのに、おまえのヘマでこの有り様・・・」
北「表を張り込んどけって行ったのに、おまえが俺の指示を無視したからだろ?」
真坂「入口を出る前にトイレに駆け込みやがったから、てっきり、そこの窓を突き破って
 逃げるのかと思ったんだよ」
北「俺が表に回っとけば良かった・・・」
真坂「あの時、バイクを止めてりゃあ、こんな山奥まで来る事は、なかったんだよ。
 ヘッドライトに睡眠弾打ち込みやがって」
北「昨日使ったのがまだ残ってたんだよ。それに、あの女は、特殊ファイバースーツを着ている。
 普通の弾丸が当たってても結局は、通用しなかった」
  中央コンソールの上に設置されている音声レベルゲージが光る。
ジェノン「お二人とも、いがみ合うのは、それぐらいに。バイクは、後1キロ程で峰咲村の領域に入ります」

○ 峠
  うねる狭い坂道を勢い良く駆け上がっていくバイク。
  暫くして、B―COAも坂道を登り始める。

○ 峰咲村
  緑色ののどかな農地に囲まれた通りを横切って行くバイク。その後すぐB―COAも通過する。

○ 山々の風景
  鳥のさえずりが聞こえている。暫くして、静寂な空気を打ち破り、地響きが鳴り始める。
  地面が大きな横揺れをし始める。
  山肌の木や土が崩れ落ちている。
  鉄塔が激しく揺れ、送電線が火花を上げている。
  道路の路面にひびが入り、アスファルトが盛り上がり始める。
  スピードを上げ、走行しているバイク。
  数メートル先の路面が突然ひび割れて盛り上がる。その路面の上を通り、大きくジャンプをするバイク。
  着地すると同時に態勢を崩す。バイクから勢い良く路面に投げ出される女。
   そのまま、そばの排水溝に転がり落ちる。

○ 山道
  大きな横揺れを受けながら走行しているB―COA。

○ B―COA車内
  怪訝な表情を浮かべる北。
北「なんか変だ。微妙にハンドルを取られているような気がする」
真坂「風に煽られてるんだろう」
  北、突然、ブレーキを踏み込む。
  真坂、ダッシュボードに頭をぶつけそうになり、
真坂「何やってんだよ、馬鹿!」
  車体が微かに横揺れしているのに気づく北。北、ドアを開け、車から降りる。

○ 山道・路上
  大きく体を揺さぶられ、地面に突っ伏す北。
  辺りをまじまじと見回している北。車から降りる真坂もすぐに地面にしゃがみこむ。
  暫くして、揺れが収まる。
  静かに立ち上がる二人。
  真坂、辺りを見回す。数百m前方の沿道に切り立つ岩壁から巨大な岩が落ち、
  道が塞がれているのを見つめ、
真坂「とことんついてねぇ・・・」
  北、慌てて車に乗り込む。

○ B―COA車内
  ハンドルに設置されているボタンを操作する北。
  中央コンソールに設置されている4つのモニターの右上の画面にテレビの映像が映る。
  通信ボタンを押す北。
  暫くして、スピーカーからディジアの声が聞こえ始める。
ディジアの声「JWAオペレーション3238。ディジアです」
北「こちらスターク。さっきの地震の情報は入ってないか?」
ディジアの声「こっちも揺れを感じたわ。衝撃吸収システムのおかげで、
 本部の被害は最小限にとどまったけど、そっちは、大丈夫?」
北「俺達はな。今峰咲村にいる」

○ 倉庫地下・JWA本部・OP司令室
  オペレーションシステムの前に座るディジア。目の前のキーボードを操作し、
  モニターに震度情報を映し出す。
  マイクに喋りかけるディジア。
ディジアの声「震源は、その付近のエリアだわ。マグニチュード6.7。震度は、6強」

○ B―COA車内
北「『FERES』は、女だ」
ディジアの声「じゃあ、密告メールの内容は、本当だったのね」
真坂「間違いない。金井は、ホテルで女から何かを受け取ろうとしていたが、
 特殊ファイバースーツを奪って、逃走したんだ」
ディジアの声「開発者の身柄をおさえる事ができて良かったわ。これで一連の
 ファイバースーツを使った事件の全容を明らかにできる。それで金井は?」
北「地元の警察に身柄を確保してもらってる」
  北、助手席の窓越しにいる真坂の様子を見つめる。
  真坂、ガードレールの下にある杉林を覗き込んでいる。
ディジアの声「変ね。こっちには、まだ何も連絡が入ってないんだけど・・・」
北「もしかしたら、向こうも地震の影響で連絡が取れなくなっているのかもしれないな。
 俺達は、引き続き女の行方を探す」
ディジアの声「了解。気をつけてね」

○ 山道・路上
  北、真坂の背後に近づく。
北「何を見てる?」
  北、下を見つめる。斜面に生えている木々が次々と倒れていくのを見つめ、
真坂「かなり揺れたようだな。あの女、事故ったかも・・・」
北「村にも大きな被害が出ていそうだ・・・」
真坂「・・・」
  二人、B―COAに乗り込み、ゆっくりと走り始める。
  狭い道を塞いでいる巨大な岩の前にたどり着く。

○ B―COA車内
真坂「第1の難関か。どうやってクリアする?」
北「ジェノン、この岩石を分析できるか?」
ジェノン「ハイウェーブ感知システムを起動してください」
  北、モニター下のボタンを押す。モニターに各種システムのメニュー画面が表示される。
  画面の「HI―WAVE」のボタンを押す。

○ B―COAのボンネット上の突起部が青く光る

○ B―COA車内
真坂「岩なんか分析してどうする気だ?」
北「黙って見てろ」
  暫くして右上のモニターに分析結果が表示される。
ジェノン「直径3m27cm。推定重量2.36トン。主な鉱石物は、ケイ酸塩鉱物が
 60パーセントを占めています」
真坂「まさか、この車で岩を破壊するつもりか?」
北「それも考えていたが無理があるようだ」
真坂「(失笑し)マジかよ」
ジェノン「鉱物量、硬度から計算しても、B―COAのボディでこの岩を破壊するのは、不可能です」
真坂「だってさ」
北「仕方ない」
  北、シフトレバーを「R」に入れ、車をバックさせる。

○ 勢い良くバックするB―COA
  岩から二百メートル離れた地点で立ち止まる。

○ B―COA車内
  北、ハンドルの中央に設置されているボールを指で動かす。ボールが緑色に光る。
  フロントガラスに跳躍角度メーターが表示される。北、ボールを動かし、三十五度にセットする。
真坂「何する気だ?」
北「おまえは、初めての経験だよな。成功を祈っててくれ」
真坂「おまえと心中するのは、ごめんだ」
北「じゃあ、ここから歩いて帰れ」
真坂「馬鹿言うな」
北「覚悟はできたか?」
真坂「・・・勝手にしろ」
北「じゃあ、そうする」
  北、アクセルをおもいきり踏み込む。

○ 岩に向かって突進するB―COA

○ B―COA車内
  北、『MICRO JED』のボタンを押す。

○ B―COAのフロント部の下に設置されている噴射口が火を吹く
  B―COAのボディが35度の角度で浮き上がる。
  岩の上を飛び越えるB―COA。
  着地し、そのまま、前進する。

○ B―COA車内
  真坂、放心状態。
  北、真坂の様子をちらちらと見つめ、
北「大丈夫か?」
真坂「何してやがんだよ、この車・・・」
北「素晴らしいだろ?誉めてやれよ」
真坂「・・・んじゃ今度は、月面宙返りでもやってもらおうか」
北「体操選手じゃないんだぞ」

○ 峰咲村・道路
  ゆっくりと進んでいるB―COA。あちらこちらで路面がひび割れ、盛り上がっている。
  土砂に覆われた路面を走るB―COA。
  車内から辺りを見回している真坂。
真坂の声「こりゃあ、思ったよりひどい状況だ・・・」

○ B―COA車内
  北、前方に見える山の斜面を見つめる。
  その向こう側から白い煙が上がっているのが見える。
  真坂も煙に気づき、
真坂「火事か?」
  北、アクセルを踏み込む。

○ 盛り上がった路面を避けながら前進するB―COA
  田園のそばを通り過ぎる。田園と道路の隙間の排水溝に倒れているバイク。
  その50m後方にヘルメットを被ったままの女が倒れている。
  女、静かに起き上がり、辺りを見回す。
  立ち上がる女。バイクのほうに向かって歩き始める。
  バイクを起こし、エンジンをかけようとするが、かからない。
  女、バイクから降り、そのまま、道沿いを歩き始める。

○ 民家前
  瓦葺の白い壁の建物。表口から激しい炎が上がっている。
  家の正面にやってくるB―COA。

○ B―COA車内
  センターコンソールの右上のモニターに民家が映し出されている。赤いフィルターがかかり、
  サーチ画面になる。
ジェノン「ハイウェーブサーチ終了しました。人体反応は、ありません」
  北、ハンドルのボタンを押す。モニターに映るメニュー画面の「EXTINCTION POD」のボタンを押す。

○ B―COAの右側のリアフェンダーの格納庫が開く
  赤い筒型のミサイルが頭を出している。
  発射するミサイル。
  ミサイルは、民家の扉を貫く。

○ 民家の中
  燃え広がる炎の中にミサイルが落ち、破裂すると、青い煙が上がり、炎を包み込む。
   
○ 同・前
  表口から出ていた炎が暫くして沈下する。

○ 同・中
  黒焦げになった畳の上を歩いている真坂と北。
  部屋の隅に灯油ストーブが倒れている。
  真坂、ストーブの前に立ち、
真坂「これが出火元か」
北「俺は、裏を確認してくる。おまえB―COAで待機してろ」
  北、奥のほうへ駆けて行く。
  真坂、北の背中をまじまじと見つめ、
真坂「ムカツクゥ〜あの命令口調・・・」

○ 同・裏
  家の中から出てくる北。目の前に杉林が広がっている。
  林の中でカサカサと物音がする。
  北、険しい表情を浮かべ、林の方に入って行く。

○ B―COA車内
  運転席のシートに深くもたれ、大きなあくびをしている真坂。
  通信用のアラームが鳴り、スピーカーからJWA司令部総監・椎名歩夢(54)の声が聞こえてくる。
椎名の声「椎名だ。聞こえるか?」
真坂「あ、はい・・・」
椎名の声「サーフか」
真坂「ええ、汚れ落としに強いサーフです」
椎名の声「スタークは?」
真坂「火事現場付近を調査中・・・」
椎名の声「火事現場?」
真坂「さっきの地震の影響で・・・」
椎名の声「金井の身柄は、今こちらに移送中だ。女は、見つかったか?」
真坂「早く見つけ出したいのは山々なんですけど、この様子じゃあまだ時間がかかりそうです」
椎名の声「おまえ、女の顔を見たのか?」
真坂「いいえ・・・最初に見た時からフルフェイスのヘルメットを被ってましたから」
椎名の声「金井と女が接触した時の映像を記録してあるとディジアから聞いたが?」
真坂「北がたぶん記録してると思うんですけど・・・」
椎名の声「至急、送信してくれ」
真坂「あの・・・どうやって送るんです?」
椎名の声「・・・ジェノンに聞いてくれ」

○ 何者かの主観
  足音を立て、ゆっくりとB―COAの背後に近づいている。

○ B―COA車内
  モニターのメニュー画面を検索している真坂。苛立っている。
真坂「昔っからこう言うの、苦手なんだよな・・・」
ジェノン「私がやります」
真坂「できるのか?」
ジェノン「もちろんです」
真坂「だったら、早く言えよ」
  真坂、溜息をつくと、ジャケットのポケットから煙草を取り出し、ジッポで火をつけようとする。
ジェノン「申し訳ございませんが、外で吸って下さい」
  真坂、ジッポの火を消し、
真坂「おまえも嫌煙車かよ」
  真坂、ドアを開け、外に出る。

○ B―COAの運転席の前に立つ真坂
  煙を吐いている真坂。
  暫くして、携帯の着信音が鳴り響く。
  ジャケットのポケットから携帯を出し、話し出す真坂。
真坂「もしもし・・・」

○ 三原家・邸宅・葉菜美の部屋
  豪華なシャンデリアがぶら下がり、高級な骨董品が棚に並んでいる。
  ベッドの上で寝ている三原 葉菜美(20)。布団の中に潜り込みながら、携帯に話している。
葉菜美「元気してる?」
   ×  ×  ×
  真坂、愕然と俯き、
真坂「番号非通知でかけてくるなよ」
葉菜美の声「そうしないと出ないでしょ。さっきの地震、大丈夫だった?」
真坂「ああ。そっちは?」
葉菜美の声「結構揺れたけど、うちは平気。朝から調子悪くてさ、会社休んでるの」
真坂「酒の飲みすぎか?」
   ×  ×  ×
葉菜美「お腹の辺りが・・・」
  真坂、少し動揺し、
真坂の声「腹がどうしたって?」
葉菜美「・・・ちょっと心配した?」
   
○ 石川家前
真坂「・・・おちょくってんのか?」
葉菜美の声「ねぇ、前の奥さんの子、一度見てみたい。今晩いつものレストランに連れてきてよ。いつ帰れるの?」
真坂「今日は、大人しくしとけよ。こっちは、犯人探しで忙しいんだ」
葉菜美の声「犯人探し?・・・まさかまた警察の真似事やってるの?所長に告げ口してやろ・・・」
真坂「いや、うっ・・・」
  真坂、突然、何者かの左腕で首を絞められる。真坂の後ろにヘルメットをつけた女がいる。
  真坂の首を力強く絞める女。真坂、銜えていた煙草と携帯を落とす。声が出せないまま、悶えている。
  女、そのまま真坂を引きずり始める。
  地面に落ちた携帯から葉菜美の声が聞こえる。
葉菜美の声「今の冗談。もしもし、カズ?」

○ 杉林の中
  茂みの奥へ突き進む北。
  カサカサと落ち葉を踏み込むような音が響いている。
  北、ホルダーからベレッタ92Fを抜き、
  警戒しながら足を進める。
  奥の太い幹の木から木を削るような音が聞こえてくる。
北「(声を上げ)誰かいるのか?」
  音は、鳴り止まず続いている。
  北、大きく息を吸い、意を決して、木の向こう側に駆け抜ける。透かさず木の方に銃口を向ける北。
  北、険しい表情が綻ばせ、銃を下ろす。
  白いポメラニアン犬が木の根元に張り付き、足の爪で幹を掻き毟っている。
  北、犬を抱き上げ、
北「何やってんだ、こんなところで・・・」
  北、ふと目の前に見える木の幹を見つめる。幹に開いた小さい穴に気付く。
  怪訝な表情を浮かべ、その場を後にする。

○ 民家前
  犬を抱きながら駆け足する北。
  B―COAの運転席の窓を覗き込んでいる中年の男に気づき、立ち止まる。
  北、犬を下ろし、銃を男に向け、
北「その車に触るな!」
  男、北のほうを向き、思わず、両手を上げる。髭面をした人の良さそうな男・神谷忠彦(47)である。
神谷「珍しい形してたから、ちょっと見てただけだ」
  北、銃を下ろす。男も両手を下ろし、
神谷「あんた、警察の人か?」
北「・・・この家に住んでいる人の事、知ってますか?」
神谷「石川さん、地震が起こる前に軽トラで出かけたんだよ。途中で事故にでも遭ってなきゃいいが・・・」
  北、犬を抱き上げ、
北「じゃあ、この犬は、石川さんが飼ってるんですか?」
神谷「おお、無事だったか、モスよ」
北「モス?」
神谷「『モスラ』から取ったモスや。そんな事より、下の民家が壊れて、住人が閉じ込められてる。
 助けてくれ」
北「・・・救助隊は?」
神谷「電話回線がやられて、連絡がつかないんだ」
北「じゃあ、僕が連絡します・・・ここでもう一人、男を見かけませんでしたか?」
神谷「いや・・・誰も・・・」
北「・・・」

○ 納屋の中
  暗がりの部屋。天井の蛍光灯がちらちらと不気味に光っている。
  古い柱の奥に田押し車などの農機具が置かれている。
  その隣に真坂が立っている。梁に手錠で両手首を縛られ、吊るされている。
  意識もうろうとする真坂。真坂の足元を数匹の鼠が横切って行く。呆然と辺りを見回す真坂。

○ 倒壊した民家前
  数人の住民が木材や破片を取り除いている。
  その隣で数人の老人が毛布をかけられ、横になっている。
  屋根と倒れた柱の隙間に閉じ込められている老人。右腕を少し出し、微かに動かしている。
  必死に老人に呼びかけている老婆。
  暫くして、B―COAがやってくる。家の前に立ち止まるB―COA。中から北と神谷が降りてくる。
  神谷、慌てて壊れた家屋の前に行き、しゃがみこんで、老人に話し掛ける。
神谷「おっちゃん、大丈夫か?しっかりしろや」
  神谷の隣に立ち、中を覗き込む北。
北「手前の柱を取り除くから、離れて」
神谷「どうやってそんなこと・・・?」
北「車を使う。さぁ、どいて・・・」
  家屋の前を離れる住人。
  北、B―COAの運転席に乗り込む。ハンドルの左そばに設置されている
  システムボードの『WIRE』ボタンを押す。

○ B―COA前バンパーのフレームが開く
  格納庫からフックのついた太いワイヤーが猛列な勢いで飛び、家屋の柱に絡みつく。
  
○ B―COA車内
北「ジェノン、俺がOKを出したら、あの柱を引き抜いてくれ」
ジェノン「了解しました」
  車から降りる北。

○ 倒れた家屋の前に立つ北
  中の隙間にいる老人に声をかけると、B―COAのほうを向き、
北「いいぞ!」
  ワイヤーを巻き始めるB―COA。
  柱がワイヤーに引っ張られ、スポンと引き抜かれる。
  北、急いで中に潜り込み、老人の体を引っ張り出す。外に出る北と老人。
  暫くして、家屋がさらに崩れ、中の隙間がなくなる。
  北、老人に肩を貸し、一緒に歩いている。住人達、歓喜の声を上げている。
  老人を老婆の元へ連れて行く北。老婆、北に何度もお辞儀し、
老婆「ありがとうございました・・・」
北「いや・・・」
  北の背後から男の声が聞こえてくる。
男「おい、手を貸してくれ。亜里川トンネルで車が埋まってる」
  北、苛立った様子で、
北「あいつ、一体何やってるんだ・・・」
  北、ハッと何かに気づき、B―COAに向かって駆けて行く。

○ B―COA車内  
  運転席に乗り込む北。
北「ジェノン、真坂は、どこに行った?」
ジェノン「煙草を吸うため車から降りたのを確認しています」
北「外に出てからは?」
ジェノン「方位観測システムが作動していませんので、外の状況は、確認できていません」
  北、険しい表情で溜息をつき、
北「じゃあ、今から作動させてくれ」
ジェノン「了解しました」
  北、シフトレバーをRに入れ、車をバックさせる。

○ 石川家前
  燃えた家の前に立ちはだかるヘルメットを被った女。家の中に入って行く。

○ 同・中
  焼け焦げた部屋を見回す女。そのまま、裏口のほうに向かって走り出す。
 
○ 林の中
  杉の木の間を歩いている女。
女「モス…モス…」
  ある木の幹の前に立ち止まる。幹に開いている小さな穴を見つめる女。
  ふと、木の根元を見つめる。幹に掻き毟った後がある事に気づき、その場を立ち去る。

○ 倉庫地下・JWA本部・総監室
  入口の扉が開き、ディジアが入ってくる。
  デスクに座る椎名。電話の受話器を握り、話をしている。
  ディジア、椎名の様子を見て、一端部屋を出ようとするが、すぐさま椎名が呼び止める。
椎名「待て、もうすぐ終わる」
  その場に立ち止まり、椎名を見つめるディジア。
  受話器を置く椎名。デスクに歩み寄るディジア。
ディジア「金井が取調べ中に倒れたので、さっき、うちの治療室の方に運びました」
椎名「様態は?」
ディジア「左の胆嚢付近にがん細胞を発見しました。末期の悪性のものです。
 おそらく本人も気づいているのでは・・・」
椎名「もう一度ウエストファイバー社の捜索を調査員に依頼してくれ」
ディジア「わかりました」
  椎名のデスクの上に置いてあるファイルが開いたままになっている。
  そのページに荒崎 伸也(45)の写真と犯罪履歴が書き込まれている。
  ディジア、ファイルを覗く。
ディジア「この男の事…ご存知なんですか?」
椎名「大学時代の友人だ。ゲノム研究に携わり、癌の遺伝子治療のエキスパートと言われていた。
 だが、今は、TENAの構成員・・・」
ディジア「癌の遺伝子治療ですか。それで癌を完全に治すことができたら、画期的なことですわ…」  
椎名「金井の状態が良くなったら知らせてくれ。北達から連絡は?」
ディジア「さっき、救助隊の要請をしてきましたが、それからは何も・・・」
  険しい表情を浮かべる椎名。

○ トンネル前
  B―COAが立ち止まっている。
  入口付近に五人の男達が集まり、シャベルで土砂を掻き出している。
  その中に北もいる。北、土砂の上を見つめている。
  暫くして、土に埋もれた軽トラの後ろの荷台の部分が見えてくる。
  北、急いでB―COAに乗り込む。
  入口付近から離れる男達。
  B―COAの前バンパーからフックが飛び出す。軽トラの荷台にフックが絡みつく。
  ワイヤーを巻き始めるB―COA。軽トラが少しずつ動き土から出てくる。
  やがて、勢い良く引っ張り出される。
  住人達が一斉に軽トラに近づいて行く。
  運転席のドアを開ける神谷。
  ハンドルにもたれかかり、倒れている中年の女性を抱き上げ、外に出す。
  車から降りる北。住人達の元に駆け寄って行く。
  北、路面に寝かされた女性の顔を見つめる。
  首元を手で押さると、口元に手を当て、
北「息はある。一時的なショック状態に陥ってるのかも知れない」
神谷「たぶん、隣町の病院で人工透析を受けに行く途中で地震に・・・」
北「知ってる人ですか?」
神谷「石川さんだ」
北「・・・早く町の病院へ運んだほうがいい」
神谷「向こう側の道も落石で塞がれてる・・・」
北「(溜息をつき)隔離状態か・・・」
  そばにいたショベルを持つ男が北に話し掛け、
男「この土砂を掘り返せば、隣町の病院に運べる」
神谷「しかし、時間がかかるし、トンネルの向こう側がどうなってるか・・・」
  住人達、ショベルを持ち、土砂を掘り始める。
  北、険しい表情を浮かべ、作業をする住人達を見ている。
  雷鳴が微かに聞こえる。空を見つめる北。どんよりとした雲が上空を覆い始めている。

○ B―COA車内
  運転席に乗り込む北。
北「ジェノン、あの土砂を突っ切る事はできるか?」
ジェノン「土砂の積載量を測定しますので暫くお待ちください」
  電子音が鳴り響き、右上のモニターにトンネル前の映像が映し出される。
ジェノン「積載量は、43.5トンありますが、トンネルの上側は、土砂に埋まっていません。
 パワーレベルを最大にして、マイクロ・ジェッドを使えば、トンネルの中に入ることができますが、
 パワーを上げる事により、急速な燃料不足に陥る可能性があります」
北「やるしかない・・・」

○ 納屋の中
  梁に縛られ吊るされたままの真坂。
  ブーツの足音が鳴り響き、真坂の前にヘルメットを被った女が立ち止まる。
  真坂、顔を上げ、女を睨みつける。
真坂「拷問でも始めそうな雰囲気だな」
女「あそこで何をしてたの?」
真坂「あの家の住人と知り合いなのか?『FERES』さんよ」
女「・・・」
真坂「ファイバースーツを手に入れるため、俺達に意図的に情報を流し、ホテルをマークさせた…」
女「・・・」
真坂「ヘルメットを取れよ。顔合わせて喋ろうぜ」
女「・・・」
真坂「何恥ずかしがってる?」
  ヘルメットを取り、ロングの髪を振り解く女。
  女の顔を見つめ、驚愕する真坂。
  女の右半分の顔面が醜く、大きく腫れ上がっている。
真坂「・・・一体何をされたらそんなふうになるんだ?」
女「・・・蝙蝠の遺伝子を注入されたのよ」
真坂「蝙蝠?TENAの奴らにやられたのか?」
女「なぜ、TENAの事知ってるの?」
真坂「俺は、TENA専門の特別捜査官だ…」
女「元の顔になるには、チップが必要なの・・・約束があるから、そろそろ行くわ」
真坂「助けが欲しいだろ?だったら手錠を外せ」
女「必要ない。私には、このスーツがあるわ…」
  女、踵を返し、立ち去ろうとする。
真坂「いつまで洗濯物みたいにぶら下げとく気だ?」
  女、足を止め、
女「また来るわ」
  女、ヘルメットを被り、外に出て行く。

○ 同・前
  納屋から離れて行く女。納屋の全景が見える。その裏には、小高い山の急斜面が見えている。
  急斜面に地震でできた亀裂がいくつもある。
  納屋のほうに少しずつ、土が流れ始めている。

○ トンネル入口前
  B―COAの助手席のシートが倒され、石川浪江(64)が寝かされている。
  助手席のドアを閉める北。北と対峙する神谷。
神谷「救助隊が来るまで待ったほうがいいんじゃないか?」
北「到着するまでまだ30分ほど時間がかかるらしい。とりあえず、僕に任せてください」
神谷「わしは、神谷や。病院に着いたら連絡をくれ・・・」
  神谷、北にメモを手渡す。
  北、静かに頷くと、運転席側に回り込み、車に乗り込む。

○ B―COA車内
  北、コンソールのパネルのボタンを押す。
  装甲強度7にセットする。
  北、アクセルを踏み込む。

○ トンネルの入口に向かって勢い良く走るB―COA

○ B―COA車内
  フロントガラス越しに土砂でうずくまるトンネル入口が迫ってくるのが見えている。

○ 土砂に突っ込んで行くB―COA
  
○ トンネル内
  土砂を押し払い、中に進入するB―COA。ヘッドライトを照らし、暗闇の中を前進する。

○ B―COA車内
  ハンドルを握りながら辺りを見回している北。
  対向車線に黒いセダンが止まっているのに気づく。ブレーキをかける北。

○ トンネル内
  黒いセダンの横に止まるB―COA。
  北、窓を開け、車の中を覗き込む。
北「誰もいない・・・無事に逃げ出したようだな」
ジェノン「出口にも土砂が埋まっています」
北「何?」
ジェノン「でも、ご心配なく。先程のような土は、積もっていませんので、そのまま通っても耐えられます」
北「(息を吐き)脅かすなよ」
  北、窓を閉め、B―COAを発進させる。

○ トンネル出口
  路面に小さく積もっている土砂を跳ね除け、勢い良く外に出るB―COA。
  そのまま、うねる坂道を猛スピードで降りて行く。

○ トンネル内
  黒いセダンの車体の陰から二人の男が現われ、車の前に立つ。
  サングラスに、グリーンのジャケット、ジーパンを身につけた男・丸川博也(35)、
  グレイのスーツを身につけている紳士風の男・川村春和(36)。
  穴の開いた入口のほうをまじまじと見つめる丸川。
丸川「村に入れそうですよ、川村さん」
川村「さっきの車が掘りやがったのか・・・助かった」
  二人、車に乗り込む。
  後輪を軋ませ、急発進するセダン。
  入口の土砂の前で立ち止まる。車から降りる二人。土砂を駆け上り、穴の空いたほうへ進んで行く。

○ トンネル入口前
  穴から外に出てくる川村と丸川。ショベルで土砂を掘っている三人の男達の姿を見つめる。
  川村達に気づく男達。
中年の男「あんたら、中に閉じ込められてたのか?」
  住人達の前に歩み寄る川村。
川村「あの・・・石川さんの家は、どこにあるかわかりますか?」
神谷「知ってるけど、あんたら誰?」
川村「親戚です。今日、十年ぶりに会う約束をしていたので、車で来たんですが、その途中で・・・」
神谷「浪江さん、さっきまでこの土砂に埋まってたんだ。警察の人が助けてくれて、
 今隣町の病院に向かったところだ」
  川村、丸川を一瞥し、さらに神谷と話をする。
川村「家まで案内してもらえますか?」
神谷「いいけど、誰もいないのにどうするの?」
川村「中で待たせてもらいます」
  神谷、シャベルを土に差し込み、
神谷「火事で少し燃えちゃったんだけど、まぁ・・・いいか」
  神谷、道なりに歩き始める。神谷の後ろについて歩き始める二人。
  稲光がし、雷鳴が轟く。路面にぽつぽつと雨が落ち始める。

○ JWA・治療室
  ベッドに横たわり、目を瞑る金井 久雄(44)。点滴を受けている。
  入口の自動ドアが開き、椎名が中に入ってくる。
  椎名、金井のそばで立ち止まる。
椎名「私の声が聞こえるか?金井・・・」
  金井、うっすらと目を開け、椎名の顔を見つめる。
椎名「我々に協力するなら、特別措置として、拘留期間を短縮してやってもいい」
金井「・・・そんなことしなくていい。私には、もう時間がないんだ」
椎名「ホテルでファイバースーツと引き換えに何を受け取ろうとしていたんだ?」
金井「あの女は、大谷教授の遣いだ」
椎名「大谷?」
金井「大学で遺伝子工学の講師をしている」
椎名「やつもTENAのメンバーなのか?」
金井「そうだ・・・DNAチップを手に入れるため、女にあのスーツを着せてやった」
椎名「DNAチップ?」
金井「・・・癌治療に最適な数種類の抑制遺伝子パターンの情報が入ってる」
椎名「それを解析して自分の治療に当てるつもりだった…」
  頷く金井。
椎名「開発したのは、誰だ?」
金井「ゲノム研究者の荒崎と言う男だ」
  驚愕する椎名。
椎名「荒崎と大谷は、どう言う関係なんだ?」
金井「大谷は、荒崎が作った遺伝子研究開発メンバーの一人だった。だが、奴は、荒崎を裏切り、
 遺伝子のパターンサンプルを持ち出したらしい…」
椎名「奴の居所は?」
金井「二週間ほど前に一度会ったが、その後の行方はわからん…」

○ 雷光が光る空
  黒い雲が空を覆っている。
  激しい雨が路面を叩いている。
  山の急斜面の前にある納屋。
  急斜面の土がみるみる崩れ始めている。
  納屋の壁の下に土が少しずつ積もっている。

○ 納屋の中
  梁に手錠をつながれたままの真坂。
  あちこちで雨漏りしている。
  真坂の前にも激しく水滴が落ちている。
  真坂、ジャケットの中に顔を突っ込み、内ポケットから何かを引っ張り出そうとしている。
  ジャケットから顔を出す真坂。煙草を銜えている。煙草のフィルター部分の噛む真坂。
  煙草の先端から、太い針金状の物が突出する。
  真坂、顔を上げ、手錠の鍵穴に針を挿し込もうとするが、届かない。
  雷鳴が轟く。
  苛立ち、吠える真坂。辺りを見回す。右側に置いてあるドラム缶を呆然と見つめている。

○ 石川家前
  玄関の庇の下に立っている神谷。その後ろに川村と丸川がいる。
  神谷、空を見つめ、
神谷「本格的に降ってきやがった。ったくやな日だ、今日は・・・」
  川村、神谷に声をかけ、
川村「この家の裏に杉林はありますか?」
神谷「ええ…あんたら始めて来たのに詳しいね」
  川村、急に険しい表情を浮かべ、丸川に顎で指示を出す。丸川、頷くと、走り出し、
  家のそばを通り、杉林の方へ向かう。
  怪訝な表情を浮かべる神谷。
神谷「こんな雨の中、あの人、何しに行ったんだ?」
  川村、スーツのポケットから短銃を出し、神谷の腹に突きつける。驚愕する神谷。
川村「私が良いと言うまで、動かないように・・・」

○ 杉林の中
  木の間をずぶ濡れになりながら駆け抜けている丸川。
  立ち止まり、ジャンパーの中から四つ折りのメモを取り出し開け、読む。
  ある木の前に立ち、幹に空いた穴を覗く丸川。
  穴に手を入れようとした瞬間、電子音が鳴り響く。
  丸川、何かを察知し、咄嗟に穴から手を出し、しゃがみこむ。
  突然、幹の穴から、炎が勢い良く吹き上がる。
  十秒ほどして、炎が消える。
  丸川、呆然と木の穴を見つめている。    
 
○ 山道を走行するB―COA(夕方)
  激しい雨の中を猛スピードで走行している。

○ B―COA車内
  ハンドルを握る北。
  フロントガラスに土砂降りの雨がなだれ打っている。
北「地震の後に土砂降りの雨か・・・これじゃあまた被害が拡大しそうだ」
  スピードメーターの下にある燃料ゲージが急激に下がり始めている。警告アラームが鳴り響く。
ジェノンの声「先程のマイクロ・ジェッドの使用で燃料が五分の一まで減少しました」
北「後どれくらい走れる?」
ジェノンの声「時速五十キロ平均で、おおよそ五キロ程です」
  険しい表情を浮かべる北。
北「・・・本部の回線につないでくれ」
ジェノンの声「了解しました」
  電子音が鳴り響き、スピーカーからディジアの声が聞こえてくる。
ディジアの声「JWAオペレーション3238。ディジア」
北「こちらスターク」
ディジアの声「女は、見つかったの?」
北「それどころじゃない。B―COAの燃料が切れかかってる。救援隊のほうは?」
ディジアの声「もうすぐそっちに到着するはずよ。困ったわね。JWA専用衛星の
 ソーラーパネルのエネルギーをB―COAに送信すれば、電力走行が可能になるけど、
 さっきの地震でシステムに不具合が起きてるの・・・」
北「もう一つ問題がある。二時間前から真坂が行方不明だ」
ディジアの声「どう言う事?」
北「俺にもよくわからん。火事現場の前で急に姿を消した。女は、後回しにして、真坂を探す」
ディジアの声「わかった。燃料の方は、こっちのオペレート員をそっちに派遣させるわ」
北「頼む」

○ 山道を駆け抜けるB―COA
  数百m先にトンネルが見えてくる。
  トンネルの中に勢い良く駆け込んで行くB―COA。

○ トンネル内
  土砂で塞がる入口の前に止まっている黒いセダンの前に接近するB―COA。

○ B―COA車内
  フロントガラス越しに黒いセダンが見える。
  北、ブレーキを踏み、車を止める。セダンを怪訝な表情見つめ、
北「さっきの車だ・・・誰か乗ってたのか?」
  ドアを開け、外に出る北。

○ セダンに近づく北
  車内を覗く。中には誰もいない。
  北、振り返り、B―COAを見つめ、
北「そこでエンジンを休めてろ」
ジェノンの声「了解しました」
  北、土砂を上り始める。上に空いた穴まで上り詰め、トンネルの外に出る。

○ 石川家前
  激しく降り続ける雨。
  神谷に銃を突きつけている川村の背後に何者かが忍び寄る。
  神谷、目の前に迫ってくる人影を見つめ、驚愕する。
  何者かが川村の首に右腕を回し、力強く締め付ける。拳銃を持つ川村の左腕を捻じ曲げる。
  川村、拳銃を落とす。
  神谷、二人から離れ、道路の方に向かって逃げ出す。
  川村を締め付けているのは、ヘルメットを被った女である。
川村「何してる、離せ!」
女「…」
川村「チップは?」
女「メモに書いた場所にいかなかったの?」
川村「今調べていたところだ」
女「丁度良かったわ。私の顔を元に戻して…試験管は、どこ?」
川村「…忘れちまった」 
女、川村の首をさらに強く絞める。呻き声を上げ苦しむ川村。
川村「殺れよ。一生その醜い顔で生きていくならな…」
女「私の顔返して!」
  突然、銃声がし、女の背中に弾丸が当たる。スーツから火花が上がり、弾丸が跳ね返る。
  さらに銃声が3度鳴り響き、腕や足や腰に弾丸が当たる。
  女、川村を盾にして振り返る。
  丸川がサイレンサーつきの銃を構え、立っている。
川村「メットだ!メットを狙え!」
丸川「駄目ですよ、兄貴・・・自信ないです・・・」
  女、川村の首をさらに絞める。川村、窒息寸前の顔面蒼白の表情・・・。
女「銃を捨てないとこの人死ぬわよ」
川村「(掠れた声で)やれ、早く・・・」
  丸川、歯を食いしばり、女のヘルメットに銃口を向け、引き金を引く。
  弾丸は、ヘルメットのゴーグルを突き破る。女、川村から腕を離し、その場に仰け反るように倒れる。
  丸川、薄笑いを浮かべ、
丸川「やった!」
  川村、意識朦朧としながらも足元に落ちている短銃を拾い、ふらつきながら銃口を女のほうに向ける。
  女もすくっと立ち上がり、そのまま、杉林の方に向かって速度を上げ走り去って行く。
  丸川、川村のそばに近寄り、
丸川「大丈夫ですか?」
川村「(頷き)見つけたか?」
丸川「でも、チップは、ありません。代わりに火炎放射器が仕掛けられてた・・・」
  川村、発狂し、
川村「俺達を焼き殺すつもりだったのか、あのメス犬…ついて来い」
  川村、杉林の方に向かって歩いて行く。丸川、立ち上がり、川村の後をついていく。

○ 納屋の中
  煙草を銜えている真坂。梁に足をかけようと、必死になってジャンプしているが中々うまくいかない。

○ 同・外
  猛烈に降りしきる雨。
  納屋の元に急斜面から流れている土がどんどん溜まっている。納屋の
  柱がみしみしと音を立て始めている。

○ 峰咲村 
  山道を走る北。
  数十メートル先に半壊した家の前で作業している住人達の姿が見える。
  北、住人達の方へ向かう。瓦礫の撤去作業をしている中年の男の後ろに近寄る北。
北「あの・・・」
  振り返る男。北を見つめる。
北「神谷さんは?」
男「あんたか。トンネルから脱出してきた人達を軽トラに乗せてどこかに行きよったな・・・」
北「どこかってどこに?」
男「上の方に…石川さんちかな・・・」
  北、怪訝な表情を浮かべ、道路を走り出す。
  上空にヘリの羽音が鳴り響いてくる。雨の中ホバリングをしている救援隊のヘリ。

○ 納屋の中
  ようやく梁に足が届き、梁の上にまたがっている真坂。手錠の鍵穴に煙草の先端を合わせようとした
  瞬間、煙草を落としてしまう。
  発狂する真坂。
真坂「クソ!」
  入口のドアがバタンと開き、女が前のめりに倒れながら入ってくる。
  床に倒れたまま、微動だにしない女。
真坂「おい、どうした?」
  力を振り絞り、起き上がる女。
  真坂、女のヘルメットのゴーグルから血が滴り落ちているのに気づく。
真坂「TENAの奴らにやられたのか?」
  女、ヘルメットを取り、真坂に顔を見せる。真坂、女の顔を険しい表情で見つめる。
  女の顔、左頬がばっさりと割れ、目が開いていない。
女「どうなった・・・私の顔・・・」
真坂「・・・早く医者に見せたほうがいい」
女「あそこは、私の家よ・・・母が行方不明なの・・・」
  女、顔を下に向け、苦しそうにしている。
  真坂、下に降りる。
真坂「探すの手伝ってやるから、まず手錠を外せ・・・」
  女、そのまま、床に突っ伏し、気絶する。
真坂「待て、気絶するのは、手錠を外してからだ!」
  女、起き上がり、四つん這いで真坂の元まで歩き始める。
真坂「その調子…あともうちょい・・・」
  女、真坂の足を掴み、そのまま、立ち上がろうとする。
  
○ 同・外
  納屋の裏に土砂がどんどん積もっている。

○ 同・中
  女、真坂の手錠の鍵穴に鍵を挿し込む。
  真坂の手錠が外れる。と同時に女がその場に倒れ込む。
  真坂、女を抱き起こす。
  女、ウェアのジッパーを開け、中から黒いケースを取り出し、真坂に手渡す。
女「お願い・・・」
真坂「俺の腕時計は?」
  女、ウェアのポケットに手を入れる真坂。
  レギオウォッチを取り出し、
真坂「おい、北、聞こえるか?」

○ 山道
  坂道を走っている北。
  左の手首につけているレギオウォッチのアラームが鳴り響いている。
  北、立ち止まり、レギオウォッチに喋りかける。
北「どこにいる?」
真坂の声「納屋の中だ。女と一緒だ」
北「あのバイクの女か?」
真坂の声「顔を撃たれて怪我してる」

○ 納屋の中
真坂「この村で誰かと会う約束をしていたらしい・・・」
  真坂の後ろの壁が割れ、土砂が流れ込んでくる。
  振り返り、土砂を見つめる真坂。
  真坂、レギオウォッチの通信を切る。
  土砂がみるみる真坂の足元に押し寄せてくる。
  真坂、女を背負い、立ち上がる。

○ 山道
北「納屋の場所は?おい!」

○ 杉林の中
  激しい雨の中。銃を構え、辺りを見回している川村。
  川村の背後から忍び寄る足音が聞こえる。川村、咄嗟に振り返り、銃を向ける。
  足を止め、両手を挙げている丸川。
  川村、銃を下ろし、
川村「おまえか・・・脅かすな」
丸川「駄目だ、この辺りには、いない」
川村「諦めるな。チップが手に入れば億万長者だぞ」
  二人、分かれて、辺りを走り始める。

○ 石川家前
  道路を走っている北。立ち止まり、辺りを見回している。
  その直後、突然、地面が揺れ始める。激しく体を揺さぶられる北。
  思わず、その場にしゃがみこむ。

○ 杉林の中
  辺りの木が激しく揺れている。木の幹に捕まっている川村。
  走っている丸川。地面の揺れで足場を踏み外し、勢い良く転倒する。

○ 半壊した民家の前
  農地に着陸した救援ヘリ。
  怪我人を乗せた担架をその場に下ろし、しゃがみこんでいる隊員達。
  家がさらに、傾き始める。家から離れる住人達。その直後、家が倒れ、全壊する。

○ 納屋の中
  女を背負い歩く真坂。入口を出た瞬間、大量の土砂が壁板を突き破り、激しく流れ込んでくる。
  一瞬で土砂に埋もれる真坂と女。姿が見えなくなる。

○ 土砂に押し潰される納屋

○ 石川家前
  揺れがおさまる。北、ゆっくりと立ち上がる。
  家の前に軽トラが止まっている。
  北、軽トラの運転席を覗く。
  神谷がハンドルにうずくまり倒れている。
  北、慌てて、ドアを開け、神谷の体を起こす。
  神谷、腹を撃たれている。
北「神谷さん!」
  神谷、うっすらと目を開け、
神谷「・・・わし、もう駄目かもしれん」
  北、左の手首につけているレギオウォッチに喋りかける。

○ トンネル内
  コンクリートの壁に大きなヒビがメキメキと入り始めている。
  静かに立ち止まっているジェノン。
  ノイズ交じりの北の声が聞こえる。
北の声「聞こえるか、ジェノン」

○ B―COA車内
  中央コンソールの上に設置されている音声レベルゲージが光る。
ジェノン「はい」
北の声「オートアドバンスは使えるか?」
ジェノン「ここは、2日前に使用可能範囲になりました」
北の声「今すぐさっきの火事現場に来てくれ」
ジェノン「了解しました」
  電子音が鳴り響き、エンジンが始動する。

○ 勢い良くバックを始めるB―COA
  低いエンジン音を唸らせ、数百mほど後退した後、猛スピードで前進し始める。

○ B―COA車内
  フロントガラス越しに土砂の前に止まる黒いセダンが迫っている。
  フロントガラスに跳躍角度メーターが映し出される。二十五度にセットされる。
  『MICRO JED』のボタンが光る。

○ B―COAのフロント部の下に設置されている噴射口が火を吹く
  B―COAのボディが浮き上がる。
  セダンの上を飛び越え、さらに土砂の上の穴を潜り抜ける。外の路上に緩やかに着地する。
  激しい雨に打たれながら、坂道を駆け上がって行く。
  その直後、トンネルのコンクリートが崩壊する。

○ 土砂に埋もれている納屋
  屋根の部分だけが土の上に浮いている。
  土砂に流されているドラム缶。畑の隅で止まる。
  暫くして、ドラム缶の蓋が開き、真坂が顔を出す。激しく咽て、口の中に入った土を吐き飛ばす。
  顔についた土を振り払い、両手で雨を受け、顔を洗っている。
真坂「この歳で泥遊びするとは思わなかったぜ・・・」
  真坂、ドラム缶の中にいる女を引きずり出し、背負うと、土砂の上を歩き始める。
  真坂の背後から、撃鉄を起こす音が聞こえる。
丸川「止まれ」
  真坂、立ち止まる。真坂の後ろに丸川が拳銃を構え立っている。
  溜息をつく真坂。
真坂「どうなってんだよ、今日は…」

○ 石川家前
  坂道を駆け上がってくるB―COA。軽トラの隣に立ち止まる。
  北に抱きかかえられている神谷。北、助手席のドアを開け、神谷を車に乗せる。
    ×  ×  ×
  勢い良くバックし、道路に出るB―COA。そのまま、スピードを坂道を下り始める。

○ B―COA車内
  ハンドルを握る北。助手席に座る神谷。青い顔をしている。
北「苦しいだろうが、一つだけ俺の質問に答えてくれ。あんたを撃ったのは、
 トンネルの中にいた奴らなのか?」
  神谷、小さく頷く。
神谷「(小さな声で)赤いヘルメット・・・」
  北、神谷を一瞥し、
北「女か?女もいたのか?」
  頷く神谷。

○ 特設避難所
  パイプで組まれた白いテントの下に数人の人が寝かされている。
  テントの前に止まるB―COA。
  北、車から降り、助手席の神谷を下ろし始める。
  神谷を背負い、テントの下まで運ぶ北。神谷を寝かせる北。北のそばに老人が近づいてくる。
老人「どないしたんや・・・」
北「救助隊は?」
老人「近くの病院まで怪我人を運んでる最中や」
北「銃で腹を撃たれてる。ヘリが戻ってきたら、真っ先にこの人を病院に運んでくれ」
老人「あんたの車を使った方が早いんじゃないか?」
北「もう燃料がない・・・」
  北、テントから離れて行く。
  心配げに神谷を見ている老人。

○ B―COA車内
  運転席に乗り込む北。
ジェノン「本部から連絡が来ています」 
  スピーカーから椎名の声が聞こえる。
椎名の声「女の正体がわかった。石川純子26歳。城橋大学で大谷教授の助手をしている」
北「女の名前、石川って言うんですか?」
椎名の声「そうだ。彼女は、荒崎が開発したDNAチップを持っている。どうもTENAの内部で
 権力抗争が起きているらしい。チップを狙って、数人の幹部が動いているようだ」
  北、何かに気づき、慌ててシフトレバーを「R」に入れ、車をバックさせる。
 
○ 杉林の中
  女を背負い歩いている真坂。その後ろを歩く丸川。真坂の背中に銃口を向けている。
丸川「(大声で)兄貴!女を見つけたぞ」
  奥のほうから姿を現す川村。
  真坂、立ち止まり、川村をまじまじと見ている。
  真坂の前で立ち止まる丸川。
川村「ここの住人には見えんな…」
真坂「・・・」
川村「納屋の中で女と何をしてた?」
真坂「手錠で縛られてた・・・」
  丸川、失笑し、
丸川「こんな時に緊縛プレイかよ。好きもんだな」
真坂「そっち方面の想像力が豊からしいな。家に帰ってAVでも見てろ」
丸川「言われなくても、毎日見てんだよ」
川村「女を調べろ」
真坂「おまえらが欲しいもんは、俺が持ってる」
  真坂、その場にしゃがみこみ、女を地面に寝かせる。
  川村、真坂に銃を向ける。真坂、立ち上がり、ジャケットから黒いケースを出す。 
真坂「これだろ?」
川村「丸川」
  真坂の前に近づいて行く丸川。
  丸川、真坂の手からケースを奪い取り、開け、中を確認する。
丸川「(振り返り)間違いないです。チップですよ、兄貴!」

○ 山道
  坂道を駆け上がっているB―COA。突然、エンジンが停止し、スピードを落とす。

○ B―COA車内
  ハンドルを握る北。唖然とし、
北「どうした?」
ジェノン「燃料が切れました」
  北、ハンドルを殴り、
北「クソ!」

○ 山道
  立ち止まるB―COA。
  北、車から降り、走って坂道を駆け上る。

○ 杉林の中
  真坂、咄嗟に丸川を背後から鷲づかみし、右腕を背中の方に捻る。銃を落とす丸川。
  真坂、丸川の首にエルボーを食らわす。透かさず落ちた拳銃を拾い、丸川を盾にし、
  銃をこめかみに当てる。
真坂「かわいい子分を救いたかったら、銃を捨てろ!」
  川村、引き金を引く。
  丸川の胸に銃弾が当たる。
  驚愕する真坂。
  その場に崩れ、地面に突っ伏す丸川。
真坂「クズの絆は、所詮クズか…」
  川村、平然とした様子で真坂を見つめ、
川村「おまえ、サツか?」
  真坂、川村に銃を向ける。
真坂「正確に言うと違う。おまえ、TENAのメンバーだろ?」
川村「なぜTENAの事を知ってる?」
真坂「教えてやるから、さっさと銃を下ろせ。今日は、気が立ってんだ。抵抗すれば、抹殺権を使うぞ」
  川村、失笑し、
川村「なんだそりゃあ?新しい拳法の名前か?」
  真坂、引き金を引く。同時に川村も引き金を引く。
  鳴り響く二つの銃声。暫くの沈黙。
  真坂、膝まづき、左の脇腹を押さえる。
  真坂のジャケットに穴が空き、そこから血が滴り落ちている。
  川村、真坂に銃を向けたまま、ほくそ笑み、
川村「雨が邪魔して狙いを外しちまった」
  真坂、苦痛に耐えながら、笑みを浮かべ、
真坂「顔の泥が邪魔しなきゃ、一発で仕留めてたのに・・・」
川村「他に言う事は?」
真坂「・・・今日は、ふざけた一日だ」
  川村、ほくそ笑み、
川村「生涯忘れない一日になりそうだ・・・」
  真坂、目を瞑る。
  銃声が鳴り響く。
  真坂、うっすらと目を開ける。
  川村、腹を撃たれ倒れている。
  真坂、振り返り、後ろを見る。
  両手で銃を構えた北が立っている。
  北、銃をホルダーにしまい、真坂を見つめる。
真坂「おまえな・・・もっと早く来いよ・・・」
北「見殺しにされなかっただけでもありがたく思え」
  真坂、そのまま、地面に倒れる。
  北、慌てて北の元に駆け寄って行く。
  真坂を抱き起こし、
北「しっかりしろ・・・おい!」

○ JWA・治療室(翌日・朝)
  ベッドで眠る真坂。目を覚まし、辺りを見回す。  
  入口の自動扉が開き、ディジアが入ってくる。
  ディジア、真坂の元に近寄り、
真坂「(溜息をつき)今何時だ?」
ディジア「午前6時を回ったところ・・・」
真坂「・・・北は?」
ディジア「今、仮眠中よ。さっきまであなたにつきそってくれてたのよ」
真坂「マジで?」
  頷くディジア。
ディジア「昨日の地震で都心部のほうにも大きな被害が出たわ。
 こんな時にTENAが活動を活発化させたら、大変よ・・・」
真坂「あの女は?」
ディジア「命に別状はないわ。顔のほうもうちの研究所で作った再生遺伝子を再注入して、
 何とか元通りになったわ…」
真坂「目的のために女の顔まで利用するなんて、あいつら…!」
  真坂、起き上がろうとするが、苦痛に顔を歪まし、
ディジア「仕事するなら、ちゃんと体を直してからにして」
真坂「・・・シェンズもずっとこんなところにいたくなかっただろうな」 
ディジア「・・・」

○ 同・ガレージ
  緑色の照明に照らされているB―COA。
  運転席のドアが開いている。

○ B―COA車内
  運転席に座っている椎名。
  中央コンソールの右上のモニターの画面にポニーテールの女性のCGイメージの
   ジェノンが映っている。
椎名「毎日あの二人にこき使われて大変だな・・・」
ジェノン「それが私の仕事です・・・」
椎名「昔からおまえは、クソ真面目なところがあった。もっと自由な時間を与えてやるべきだった・・・」
ジェノン「そう言う性格ですから、仕方ありません・・・」
  椎名、顔を俯け、
椎名「私のやった事は、間違いだったと思うか?」
ジェノン「いいえ。こんな形でもお役に立てているのですから。気にしないで…」
椎名「(声を震わせ)奈央美・・・」

                                                      ―THE END―

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