『メトロジェノン』 TENA CODE006 「エスパー9<ナイン>」 BY ガース『ガースのお部屋』

○ 倉庫街(夜)
  激しく降る雨。
  倉庫がいくつも立ち並ぶ通り。
  6号倉庫にシルバーのBMWが止まっている。
  車内にいる椎名歩夢(54)と荒崎伸也(45)の話し声が聞こえる。
椎名の声「もう十年か…」

○ BMW車内
  左の運転席に荒崎、助手席に椎名が座っている。
椎名「なぜ、ここがわかった?」
荒崎「グリーンの車をつけてきた」
椎名「…どこまで知ってる?」
荒崎「あなたが思っているほど、詳しくないと思いますよ」
椎名「MMK―51にファイバースーツにミサイル…今度は、何をする気だ?」
  荒崎、椎名の脇腹に短銃を押し当てる。椎名、それに気づくが、平然とした面持ち。
荒崎「期待させてしまったようで申し訳ないが、私は、それ程重要なポジションの人間ではないので、
 上の考えている事はわかりません」
椎名「…上司の命令か?」
荒崎「個人的な用件ですよ。女の言う事は、聞かない主義でしてね」
椎名「…女なのか?おまえの上司は」
荒崎「それよりあなたの組織の事を教えてもらえませんか?」
椎名、覚悟を決め目を瞑る。
荒崎、失笑すると、銃をスーツのポケットの中にしまう。
  それを見て両手を下ろす椎名。
荒崎「…冗談ですよ。先輩は、撃てません」
椎名「(目を開き)…冗談にも程がある」
荒崎「大谷を見つけたら…情報をください」
椎名「おまえの世紀の発明品を盗んだ男か」
荒崎「然るべき罰を与えたいんです…」
椎名「…本当に完成させてたとはな」
荒崎「時本と言う男…ご存知ですか?」
椎名「清民党の国会議員か…」
荒崎「裏でTENAのバックアップをしていますよ」
椎名「…なぜ私に?」
荒崎「今日は、それを伝えたかったんです。そろそろ時間だ。大谷の事、頼みましたよ」
  椎名、怪訝な顔つきでドアを開け、車から降りる。

○ 倉庫街
  倉庫の庇の下に立つ椎名。
  椎名の前から走り去って行くBMW。
  怪訝に車を見つめている椎名。

○ 倉庫地下・JWA本部・OP司令室
  監視モニターにテレビの映像が映っている。
  画面の左上に『神秘のパワースペシャル』と言う薄透明のスーパーが小さく表示されている。
  暗闇のスタジオ。その中央の大型ディスプレイの前に座るショートカットの若い女。
  右手に黒い水晶を握っている。目を閉じ、ぼそぼそと何かを呟いている。
    ×  ×  ×
  モニターの前に立つ北(ほく) 一真(28)とディジア。真剣に映像を見つめている。
  スピーカーからアナウンサーの男の声が聞こえる。
  アナウンサーの男の声「類稀な能力を持つ神秘の女性…彼女が持つ驚異のパワーを
  まもなく我々は、目撃することになるのです…」
  ×  ×  ×
  モニターの映像。暫くして女が目を大きく開け、息苦しそうに呼吸を激しく弾ませる。
  やがて、その場に勢いよく倒れ、もがき苦しみ始める。床を転げ回り、呻き声を上げる。
  司会のアナウンサーの男が女の前にやってくる。しゃがみこみ、
アナウンサーの男「何か見つかったんでしょうか?」
  女の口元にマイクを向ける。女、息苦しそうにしている。
アナウンサーの男「場所は、どこです?」
女「ハイウォーツマンション…302号室…急いで!」
  モニターの画面、マンションの映像に変わる。リポーターの男が入口のドアを開け、
  通路を走っている映像が映る。
  カメラは、302号室の前に立ち止まる。
  リポーター、インターホンを何度も押し、
リポーターの男「ごめんください。夜分、恐れ入ります…」
  誰も出てこない。画面に管理人の男がフレームインしてきて、ドアの鍵を開ける。
  慌しく、部屋の中に駆け込んで行くリポーターとカメラマン。
  リビングで、若い男女が横たわっている。
  リポーター、女の子に声をかける。
リポーターの男「ちょっと…大丈夫?」
  カメラは、女のそばに落ちている白い錠剤の入ったビンを映す。
リポーターの男「駄目だ、救急車…救急車、早く!」
     ×  ×  ×
ディジア「これが予知能力者の加奈見亮子。自分の一キロ範囲内にいる自殺者を見つけ出す事ができる。
 神の力を持った第9感の持ち主だと言われてる」
北「予知能力で、自殺を食い止めるってわけか。本当なら素晴らしい能力じゃないか」
ディジア「ところがこの番組のプロデューサーの石倉浩がTENAのメンバーであると言う情報を
 うちの諜報員が掴んだの」
北「この女性とどう言う関係?」
ディジア「調べでは、彼女は、石倉の愛人。石倉には、妻と子供が二人いる」
北「不倫関係か。加奈見亮子についての資料は?」
  ディジア、北にリストを手渡す。
ディジア「高校の時までは、仙台にいて、卒業してから上京してきたみたい。
 母親は、彼女が生まれて間もなく他界、
 父親のほうは、大学の研究所で脳医学の研究に携わっていたけど、1ヶ月前から行方不明になってるの」
  怪訝な表情を浮かべる北。
ディジア「石倉がここ3年ぐらい製作した番組は、全て低視聴率で、この番組が起死回生の
 最後のチャンスだったみたい」
北「彼女が救いのキューピットってわけか…」

○ 回転寿司屋
  回転ベルトに流れてくる玉子の皿を取る男の手。男は、真坂 和久(28)である。
  真坂、皿をそのまま、隣に座っている茂(5)の前に置く。
  茂、嬉しそうな顔で玉子を手で掴み、口に放り込む。
  真坂の対面の席に座る三原 葉菜美(20)。茂をジッと見ている。
  真坂、葉菜美を見つめ、
真坂「何?ボーっとして…」
葉菜美「凄いねぇ。玉子6皿目…」
真坂「朝は、フレンチトースト、昼は、卵かけ。大好物なんだよな、茂」
茂「これおいしいの。お姉ちゃんも食べれば?」
葉菜美「…もしかして、毎日そのメニューなの?」
真坂「んなわけねぇだろ…」
  葉菜美、回転ベルトから上トロを取り、箸で摘む。真坂、壁の値段の書いた看板を確認する。
  『上トロ 六百円』と書かれている。唖然とする真坂。
真坂「ちょっと待て、それ…」
葉菜美「えっ、どうしたの?」
真坂「いや、別に…」
  真坂達のテーブルの前に店員の男が通りかかる。葉菜美、店員を呼び止め、
葉菜美「すいません、赤出しください。カズは?」
真坂「あっ、俺も…」
  店員、オーダー表を書き込み、その場を後にする。
葉菜美「何の仕事始めたのよ?」
真坂「えっ、ああ、トラックだ。配送…」
葉菜美「どれぐらい稼げるの?」
  真坂、回転ベルトからイカの皿を取る。
真坂「仕事量に寄りけり」
  イカを箸で摘み、大口を開け食べる真坂。
葉菜美「私さ、今の商社、辞めようと思ってるんだ」  
真坂「なんで?」
葉菜美「だって、事務って結構退屈なんだよね。座ってるのに飽きちゃった」
真坂「要するに専業主婦を目差すって事?」
  イカを食べ終わる真坂。回転ベルトから、また、イカの皿を取る。
葉菜美「子供が生まれるまで、スーパーでパートする」
  イカを食べている真坂。
真坂「スーパー?」
葉菜美「一度レジ打ってみたかったんだよね」
  イカを食べ終わる真坂。また、イカの皿を取っている。
  真坂のジャケットのポケットに入っている携帯がブルブルと震え出す。
  真坂、食べるのを止め、慌てて立ち上がり、トイレの方へ駆け込んで行く。
葉菜美、真坂のイカの皿を見つめ、
葉菜美「イカ食い過ぎて腹壊してやんの」
茂「玉子取って」
葉菜美「まだ食べるの?」
  頷く茂。
  真坂が慌ててテーブルの前にやってくる。
真坂「悪い。急な仕事が入った。茂頼む」
葉菜美「えっ、今から?」
真坂「お姉ちゃんの言う事ちゃんと聞けよ」
茂「わかった」  
  真坂、出入り口に向かって走り出す。
葉菜美「ちょっと、今日、休みじゃなかったの?」

○ 市街の国道(深夜)
  ヘッドライトを光らせ、疾走するB―COA。
真坂の声「なんだ、これ?」

○ B―COA車内
  センターコンソール上部にある四つのモニターの右下の画面に加奈見亮子が
  出演するテレビ番組のビデオが映っている。
  ハンドルを握る北。助手席に真坂が座っている。真坂、ジッとモニターを見つめている。
真坂「また露骨なやらせだこと…」
北「そう思うか」
真坂「まさか、おまえ、この女の予知能力を信じてるのか?」
北「本人に直接会ってみないことには、なんとも…」
真坂「これ生番組じゃなかったんだろ?収録ならなんだってできるじゃねぇか。
 バラエティ番組なんて皆そうだろ?」
北「しかし、加奈見亮子は、今までにもこの番組の中で14人の自殺志願者達の命を救ってる」
真坂「さくらに決まってんだろ」
北「調査した結果、皆、本物だった」
真坂「…で、こんな真夜中に俺達は、何をしに行くんだ?」
北「都内のホテルにいる石倉と加奈見を張り込む」
真坂「久しぶりだ、こう言う仕事…」
北「確か浮気調査専門だったよな?前の仕事は」
  真坂、憂鬱な表情を浮かべる。暫くの沈黙。
北「どうした?」
真坂「…うっかり前の事務所の連中の事を思い出してよ」
北も複雑な表情を浮かべる。

○ ホテル・エリアグランド・玄関口(朝)
  人の出入りが続いている。
  暫くして、石倉浩(38)と加奈見亮子(26)が表に出てくる。
  石倉、少しやつれた様子。

○ 同・前・道路
  脇道に止まるB―COA。

○ B―COA車内
  モニターを見ている北。モニターにホテルの玄関口に立つ石倉と亮子の
  二人がフルショットで映っている。
  石倉、亮子に手を振ると、手前に止まっていたタクシーに乗り込む。
  亮子、同じく手を振り、右側の方向へ歩き去って行く。
  暫くして、ホテルから真坂が現われる。
  真坂、カメラ目線でレギオウォッチに話し掛けている。
  スピーカーから真坂の声が聞こえる。
真坂の声「夜通しで激しい打ち合わせでもやってた感じだな…」
北「発信弾は?」
真坂の声「心配するな。ちゃんと両方に撃った」
  北、ハンドルのボタンを押す。
  モニターに地図のイメージが映り、二つの赤い点滅が地図上を移動している。
北「見失うなよ」
真坂の声「そっちこそ」
  真坂、亮子の後を追って、画面からフレームアウトする。
  北、スターターを回し、エンジンをかける。

○ 道路
ホテルのロータリーから右へ曲がり、勢い良く走り出すタクシー。その後をB―COAが追い始める。

○ 交差点
   横断歩道の前で信号待ちをしている亮子。
   100m離れたところで立ち止まり、煙草を銜える真坂。
   亮子、突然、意識朦朧とし、その場にしゃがみこむ。
   真坂、その様子を見つめ、煙草に火をつけるのをやめる。
   息苦しそうに、荒い呼吸を続ける亮子。亮子の前のそばを学生やサラリーマン達が
   通っているが、亮子に見向きもしない。
   真坂、苛立っている。
真坂「目の前にいる癖に…誰か助けてやれよ…」
   亮子、屈み込む。右手で黒い水晶を握り、左手で胸を押さえている。
真坂「って…俺もそうか・・・」
  前のめりに倒れる亮子。地面に頭をぶつけそうになりかけた寸前、真坂がかけつけ、亮子の体を起こす。
真坂「しっかりしろ!」
  亮子、うっすらと目を開け、真坂を見ている。
  ひどいくまのできた亮子の赤い目を見つめ、唖然とする真坂。
亮子「デイスカイマンション屋上。女子高生が飛び降りようとしてる…早く助けに行ってあげて…」
真坂「えっ?…どこにあるんだよ?」
亮子「この前の道を北の方向に向かって700mのところ…」
真坂「待て、救急車を呼んでやるから…」
亮子「私は、大丈夫。早く行って!」
  真坂、わけもわからず頷き、走り出す。歩道を曲がり、姿を消す。
  亮子、胸を押さえ、息を整えている。

○ デイスカイマンション前
  走ってくる真坂。立ち止まり、屋上を見つめる。学生服姿の女子高生が立っているのが見える。
  真坂、驚愕し、
真坂「…マジで当てやがった、あの女」
  真坂、猛烈な勢いで走り、マンションの中に駆け込んで行く。

○ 同・屋上
  出入り口の扉を開け、表に出てくる真坂。
  女子高生、振り返り、真坂を見つめる。
女子高生「こないで…」
  立ち止まる真坂。
真坂「まぁ、待て。落ち着け。今朝は、何を食べた?」
女子高生「…」
真坂「パンか?ご飯か?昨夜の飯の残り物か?朝食は、一日の食事の中で一番重要なんだぞ。
 食べないとお肌にも健康にも悪い…」
女子高生「…」
真坂「栄養を摂らないからネガティブになるんだ。良かったら、これから一緒にブレイクファストしよう」
女子高生「…誰?あんた」
真坂「朝食を推進する会のメンバーの人…」
女子高生「もういいの。生きてたって仕方ないんだから…」
  女子高生、コンクリートをよじ登ろうとする。真坂、慌てて、走り出し、女子高生の腰に両腕を回し、
  その場に倒れ込む。
  泣き喚いている女子高生を必死に食い止めている真坂。
  暫くして、警官が二人の前に近づいてくる。

○ 交差点
  信号の前にやってくる真坂。立ち止まり、辺りを見回すが、亮子の姿はない。
  足元を見つめる真坂。超小型の発信機が落ちているのに気づく。
  発信機を拾い上げる真坂。
真坂「やっちまった、クソ!」

○ B―COA車内
  走行中。ハンドルを握る北。フロントガラス越しに見える走行中のタクシーをまじまじと見つめている。
  通信用のアラームが鳴る。
  スピーカーから真坂の声が聞こえてくる。
真坂の声「俺だ。女を見失った」
  北、モニターを見つめ、
北「発信弾は?」
真坂の声「女が倒れた拍子に外れちまった」

○ 住宅街
  駐車場の隅に立ち、レギオウォッチに向かって喋っている真坂。
真坂「あの女、マジで自殺者を予知しやがった。ぶったまげだよ」
北の声「自殺者を見つけたのか?」
真坂「ああ。その子を助けてる間に逃げられたってわけ。きっと自宅に戻ってるはずだ。
 住所はわかるか?」

○ B―COA車内
北「手間のかかる奴だ」
  スピーカーからジェノンの声が聞こえる。中央コンソールの上に設置されている
  音声レベルケージが青く光る。
ジェノン「加奈見亮子の調査資料を検索中です。十秒ほどお待ちください」
真坂の声「そっちは、どうだ?」
北「この方角だと、テレビ局に向かっている事は間違いない」

○ 住宅街
北の声「どこかの誰かさんが言ってた「やらせ」ってのは、デマだったわけか」
真坂「誰だってそう思うだろ?普通…」
ジェノンの声「住所がわかりました。目黒区中目黒…」
真坂「サンキュー。また後で連絡する」
  真坂、通信を切ると、路上に向かって走り出す。

○ JPS―TV本社前
  構内のロータリーを走っているタクシー。玄関前に立ち止まると後ろのドアが開き、
  石倉が降りている。玄関に向かって歩いて行く石倉。
  敷地の表門の前の道路脇に止まっているB―COA。

○ B―COA車内
  モニターを見ている北。
  テレビ局のマークの上を赤い点滅が光っている。

○ JPS―TV3階フロア・バラエティ制作室
  人通り激しくざわめいている。
  無造作に並ぶデスクに囲まれた通路を歩く石倉。
  石倉の背後に若い男が近づく。石倉の肩を叩く男。石倉、ハッと驚いた様子で立ち止まり、振り返る。
石倉「…数田か。びっくりさせないでくれよ」
  若い男は、数田吉彦(31)。
数田「もっとびっくりすることがありますよ。昨日の視聴率、出ました」
石倉「いくらだ?」
数田「22.3%!」
  石倉、安堵の面持ち、
石倉「まぁ、まずまずってところだな…」
  再び歩き出す石倉。
石倉を追って歩き出す数田。
数田「先週より5%も上げてますよ。やっぱり、あのコーナーを取り入れたのが正解でしたね」

○ B―COA車内
  運転席に座る北。
  スピーカーから聞こえる石倉と数田の会話を聞いている。
石倉の声「このまま上り調子だと、楽なんだけどな」
数田の声「大丈夫でしょ。自殺予知シリーズで暫くの間は、稼げますよ」
石倉の声「視聴者は、移ろいやすいんだよ。このシリーズもいつまでもつか…」
数田の声「彼女にもっと頑張ってもらわないと…」
石倉の声「もう低空飛行はこりごりだ。あいつで、稼げるうちに稼いでおくか…」
  憮然とした表情を浮かべる北。

○ JPS―TV3階フロア・バラエティ制作室
石倉「明日の生枠の準備進んでるか?」
数田「もう機材を運び込んでいます」
  自分のデスクの座席に座る石倉。一息つくと、数田を見つめ、
石倉「よし、最終ミーティングだ」
  立ち上がる石倉。

○ 住宅街
  路上を歩く真坂。周囲の家を見回している。
  ある家の表札を見つめ立ち止まる。
  表札に、『加奈見』の文字が書かれている。
  二階建ての新築の家である。
  突然、玄関のドアが開く。
  真坂、通行人を装い、家の前からゆっくりと離れて行く。 
  姿を現わす亮子。立ち去って行く真坂を怪訝に見つめている。

○ JWA本部・総監室
  デスクの椅子に座っている椎名。思いつめた表情。
  入口の扉がスライドし、ディジアが入ってくる。
  ディジア、右手に持っていたファイルをデスクの上に置く。
ディジア「お探しになっていたデータを持ってきました」
  椎名、ファイルを持ち、開く。
ディジア「荒崎の証言…信用できるんですか?」
椎名「どうだろうな…なぜ奴がわざわざ私に情報を流してきたのか…」
ディジア「時本の経歴の中で、一つ気になる事がありました」
  椎名、時本のページを見ている。写真をまじまじと見ている。
ディジア「大学在学時に窃盗事件を起こして、執行猶予2年の有罪判決を受けています」
椎名「しかし、これを見る限り、大学は、ちゃんと卒業しているようだが…」
ディジア「おそらくそれは、虚偽の履歴ではないかと…」
椎名「…引き続き調査を進めてくれ」
  デスクの電話が鳴り響く。受話器を上げる。
椎名「…わかった。お通ししてくれ」
  受話器を置く椎名。
  ディジア、電話の相手を気にしながら、踵を返し、椎名のそばから立ち去って行く。
  暫くして、入口にグレイのスーツを着た男・防衛庁情報システム開発推進部長・
  稲津正兵(せいべい)(46)が現われる。
椎名「どうも」
  デスクの前に立ち、一礼する稲津。
稲津「この間の件…」
椎名「B―COAの事ですか?」
稲津「我々としては、ぜひとも早期実現を目指したいと思っている」
  立ち上がる椎名。両手を後ろに組み、
椎名「もう少し…考えさせてもらえないでしょうか?」
  しかめっ面を浮かべる稲津。
稲津「何を考える事があるんです?あの車を全国に配置すれば、犯罪件数は激減し、
 日本の治安をより一層良いものに変える事ができるんです。私も量産プランには、賛成している」
椎名「しかし…あの車を乗りこなすには、優秀な人材が必要です」
稲津「これまでのシミュレーション結果と、北君達の活動報告書を参考に、今度の会議でドライバーの
 育成プログラムについても議論するつもりです」
椎名「…もう暫く、時間を」
  落胆する稲津。

○ 住宅街
  交差点の前に立つ真坂。加奈見家の前の通路を歩き出す。
  家の前で立ち止まり、ジャケットのポケットから煙草を取り出す。ライターで火をつける。
真坂「(煙を吐き欠伸をする)ああ、寝むてぇ…」
  家のほうから女の悲鳴が聞こえる。
  真坂、煙草を捨て、家の門を潜る。

○ 加奈見家・玄関
  ドアが開き、真坂が入ってくる。
  真坂、土足で通路を走って行く。

○ 同・1Fキッチン
  床に倒れ、悶え苦しんでいる亮子。
  真坂が現われ、亮子を抱き起こす。
  亮子、平然とした様子で真坂を見つめ、
亮子「やっぱり…今朝…助けてくれた人ね…」
  真坂、唖然とする。
  亮子、立ち上がり、真坂と対峙する。
亮子「あなた誰?」
真坂「テレビを見ていた時は、正直疑ってたけど、あなたの予知能力は、本物だったんですね」
亮子「…」
  真坂、自分の体を嘗め回すように見つめ、
真坂「(ズボンの左の太腿を指差し)ここにサイン書いてくれませんか?」
  亮子、呆然とし…
亮子「ええ…」
  突然、銃声が轟き、キッチンの窓に穴が開く。
  真坂、亮子を床に押し倒すと、ホルダーから銃を抜き、窓に向かって駆けて行く。
  窓を開け、辺りを見回す真坂。
  一台の青いプレリュードが通路を走り去って行くのが見える。
  亮子、真坂を凝視している。
  振り返る真坂。ホルダーに銃をしまう。
  亮子、顔を上げ、
亮子「警察の人?」
  真坂、財布から名刺を出し、亮子に手渡す。
亮子「…探偵社がなぜ拳銃を?」
真坂「これ?…護身用のモデルガン」
亮子「…石倉の奥さんから頼まれたの?」 
真坂「悪いけど依頼主は、教えられない。それより、誰がこんな事を…」
亮子「わからない…」
真坂「自分の危険の予知もできりゃあいいのにな…」

○ B―COA車内
  通信用のアラームが鳴る。スピーカーから真坂の声が聞こえる。
真坂の声「俺だ。加奈見亮子が何者かに命を狙われた」
  北、唖然とし、
北「顔は見たのか?」

○ 加奈見家・トイレ
  立って、レギオウォッチに話し掛けている真坂。
真坂「見えなかった。青のプレリュートで逃走した。ナンバーを照合してくれ」
北の声「俺達の調査の事も感づかれたのか?」
真坂「いいや。彼女は、俺の事を探偵だと思ってる」

○ B―COA車内
北「(失笑し)…うまく誤魔化したな」
真坂の声「石倉は?」
北「…今、会議中だ。明日の番組収録のことを話し合ってる」

○ 加奈見家・リビングルーム
  ソファに座り、呆然としている亮子。
  真坂が対面のソファに座り込む。
真坂「一体いつからそんな能力を身につけたんだ?」
亮子「5歳の時よ。夢の中で誰かが叫ぶイメージが浮かんだの。でも、その時は、
 周りで自殺が起きてるなんて、これっぽっちも知らなかった。自分の能力を自覚したのは、
 12歳の時。勉強を嫌ってた友達の顔が夢の中に現われたの。その夢を見た翌日、友達は、
 マンションの屋上から飛び降りて死んだ…」
真坂「…今までどれぐらいの人が夢に現われたんだ?」
  亮子、ショルダーバックから黒い水晶を取り出し、右手に握っている。
  真坂、その様子をまじまじと見ている。
亮子「数え切れないわ。食事をしている時も、友達と喋っている時も、仕事をしている時も、
 自分の身の回りで誰かが苦しんでいれば、すぐにわかってしまう。その苦しみが私にも伝わってくるの…」
真坂「君のお父さんは、研究機関で脳の研究をしてるって聞いたけど?」
  唖然とする亮子。
真坂「君の両親の事も調べさせてもらった」
  亮子、顔を俯け、
亮子「じゃあ…知ってるのね」
  頷く真坂。
真坂「…お父さんは、君の能力の事を知ってたのか?」
亮子「ええ。何度も実験を受けたし、精一杯私のために研究を続けてくれたわ。
 でも、結局、何もわからなかった」
真坂「行方不明になった日は、何を?」
亮子「あの日は、釣りに出かけたのよ…」
真坂「石倉とは、どこで知り合ったの?」
亮子「…一ヶ月前。近くの公園を通りがかった時、ちょうどテレビの撮影をやっていて、その時に声をかけられた。
 「あなたは、超能力を信じますか?」って質問をぶつけられたから、ついその時自分の
 能力について喋ってしまったの。
 実際に彼の前でも自殺者を予知した。それを知って、彼が私に興味を持ったの」
真坂「好きなのか?奴の事…」
亮子「彼は、私の唯一の理解者…だけど、私をどう思っているのかはわからない。でもいいの。
 この能力が少しでも社会に役立つなら…コーヒー飲みます?」
  亮子、立ち上がり、キッチンのほうへ歩いて行く。
  真坂、目の前のガラステーブルを呆然と見ている。
  ガラステーブルの台の下につけられている黒い盗聴器を見つけ、それを取り外す。

○ 同・前
  交差点から路地に入り、走行してくるB―COA。家の前に立ち止まる。
  玄関を出て、門を潜り抜ける真坂。助手席のドアを開き、車に乗り込む。

○ B―COA車内
  運転席にいる北に話し掛ける真坂。
真坂「車のナンバーから何か出たか?」
北「今、ディジアに調べてもらってる」
真坂「…明日の番組収録は、何時からだって?」
北「明日は、スペシャル枠で急遽生放送をするそうだ。街のど真ん中にあるマンションを使って
 何かの実験をやるらしい」
真坂「実験って?」
北「石倉が提案したものだが、細かい内容については、奴に一任されていて、詳しくは、喋らなかった」
真坂「彼女、今夜またホテルで石倉と会うそうだ」
北「じゃあ、その時、B―COAをそっちに届けるから、この車で彼女の送り迎いをしてやれ。
 俺は、もう暫くテレビ局を張り込む」
  真坂、ジャケットのポケットから盗聴器を出し、北に見せる。
北「それ…」
真坂「彼女の自宅に仕掛けられてた」

○ 住宅街
  加奈見家の真向かいの住宅の壁隅に立っている男。
  男、まじまじとB―COAの車内の様子を窺っている。走り出すB―COA。男の前を横切る。
  その場を立ち去る男。

○ 国道を疾走するB―COA(夜)
  ヘッドライトを光らせ、スピードを上げている。

○ B―COA車内
  ハンドルを握る真坂。助手席に亮子が座っている。
亮子「こんな事までしてもらっていいのかしら…」
真坂「困ってる人を見過ごす事はできない性分なんで…」
亮子「私と石倉の事を週刊誌に売り込むのが狙いだったりして?」
真坂「試しにやってみようか?」
亮子「無駄よ。そんなことしても彼が握り潰すわ…」
真坂「…そんなに顔が利くの?」
亮子「雑誌関係者に知り合いが多いらしいの」
真坂「ずっと愛人を続ける気?」
亮子「番組が低調になれば、向こうから別れを告げてくるかもしれない…」
真坂「利用されてる事をわかってて、どうして…?」
亮子「彼と付き合い始めて、テレビ業界の事は、ある程度理解したつもりよ。彼の事も…」
  真坂、スピードメーターの下についているデジタル表示の時計を見つめ、
真坂「…十一時の約束だろ?まだ十時だぜ」
亮子「いいの。早めにチェックインして、部屋でくつろぎたいから」
  亮子、突然、胸を押さえ、苦しみ始める。
  唖然とする真坂。
真坂「どうした?」
  亮子、ショルダーバックから黒い水晶を取り出し、右手で握る。
亮子「車に乗った三人組の男女…」
真坂「また自殺者か?どこだ?」
亮子「2つ向こうの交差点を曲がったところ…赤いワゴンに乗ってる…」
  真坂、アクセルを踏み込み、スピードを上げる。

○ 交差点
  ドリフトしながら勢い良く曲がるB―COA。

○ B―COA車内
  フロントガラス越しに200m先でふらつきながら走行している赤いワゴンの後ろ姿が見える。
真坂「あれか」
  亮子、激しく息をしながら、車を見つめ、
亮子「そうよ…」
  赤いワゴンの500m前方に警告音を鳴らす踏み切りが見える。ワゴン、スピードを上げ、
  踏み切りに突進している。
ジェノン「500m先に踏み切りが有ります」
真坂「わかってるって」
  真坂、ハンドルについているボタンを押す。
  フロントガラスが紫色に変色し、ガラスに透明のスクリーンが投影される。方眼軸が浮かび上がり、
  前方から向かってくるワゴンを捕捉する十字の点滅が表示される。
  真坂、ハンドルの『COB』ボタンを押す。

○ B―COAの前バンパー両側の窪みから  オレンジ色のボールが2つ同時に発射される
  ボールは、枝分かれし、ワゴンの両後輪に同時に当たり、ガム状にへばり着く。
  暫くして、小さな爆発が起き、タイヤがパンクする。
  颯爽とワゴンの前に回り込むB―COA。

○ B―COA車内
  真坂、ハンドルを勢い良く右に切る。

○ 車体を横に滑らせ立ち止まるB―COA
  踏み切りの前の道路を塞ぐようにして立ち止まるB―COA。
  B―COAの右側のボディにぶつかり、立ち止まるワゴン。

○ B―COA車内
  運転席の窓から様子を窺っている真坂。
  亮子、正気を取り戻し、同じくワゴンを見ている。

○ バックするB―COA
  ワゴンから離れ、道路脇に車を止めると、真坂が降りてくる。
  真坂、ワゴンに近づき、中の様子を見つめる。
  運転席に男、助手席に女、後部席に男が乗り、皆気絶している。後ろの男の足元に練炭入りの
  火鉢が置かれている。
  真坂、溜息をつくと、携帯を取り出し、ボタンを押す。

○ ホテル・エリアグランド・玄関前
  ロータリーを走行してくるB―COA。
  玄関前に立ち止まる。

○ B―COA車内
亮子「ありがとう」
真坂「部屋まで送ろうか?」
  亮子、首を横に振り、
亮子「もう大丈夫よ」
真坂「そうじゃなくて、殺し屋がホテルの中にも潜んでるかも」
亮子「考え過ぎよ。それより、あなたの車、頑丈ね。一体どうなってるの?」
真坂「業者に頼んで、特別仕様にしてもらっただけ。見せかけだけどね」
亮子「私、車に詳しくないから…最近の車は皆こうだと思ってた」
真坂「…もしかしてさ、君がテレビに出続けてるのは、お父さんを見つけたいからなんじゃないの?」
  一瞬、動揺する亮子。しかし、すぐに笑顔を作り、
亮子「それも考え過ぎ」
  亮子、手を振り、ドアを開ける。
  外に出るとホテルの入口のドアに駆け込んで行く。
  亮子を見ている真坂。溜息をつく。
  中央コンソールの上に設置されている音声レベルゲージが青く光る。
ジェノン「見せかけとは失礼ですね」
真坂「なんだ、聞いてたのか?」
ジェノン「車内の会話は、全て記録されています」
真坂「いつもの俺と北のウダウダをか?ハードディスクが無駄になるだけだぜ」
  スピーカーからディジアの声が聞こえる。
ディジアの声「心配しないで。会話の内容は、全て私がチェックして消去してるから」
真坂「盗聴は、俺達の得意分野だもんな。はぁ、喋りづれぇ…」

○ ホテル・エリアグランド3F
  306号室のドアの前に立つ亮子。携帯を耳にしている。
  鍵を差し込み、ドアを開け、中に入る。部屋から数十メートル離れた階段の前に立ち、様子を窺うディジア。
  白いブラウスと黒のズボンを履き、眼鏡をかけている。
ディジア「B―COAの中にいる時は、任務中なんだから、別に問題ないでしょ。プライベートな話は、
 自分の車でどうぞ」
真坂の声「一人で大丈夫か?」

○ B―COA車内
ディジアの声「加奈見亮子の事は、任せて。それより、北さんがお待ち兼ねよ」
真坂「了解…」
  車を発進させる真坂。

○ ホテル・エリアグランド3F
  ディジアの前を赤いドレスを着た30代ぐらいの女が通り過ぎる。
  女、そのまま、通路を歩き、306号室の前に立ち止まるとドアをノックする。
  ディジア、怪訝な表情で女を見ている。
  ドアが開き、部屋に入る女。
  呆然とするディジア。

○ 都内某所・高層マンション『セリューヌ』(深夜)
  ガラス張りの近代的な二十階建てのビル。ビル前に止まるJPSのロケバス。
  石倉とスタッフ数人が降り、ビルを見上げながら話をしている。
  ビルから数百m離れた公園の脇道に止まるB―COA。

○ B―COA車内
  運転席に北、助手席に真坂が座っている。
  二人、ジッとモニターを見つめている。
  真坂、大きな欠伸をしながら、レギオウォッチを見つめる。時間は、「2:03」を表示している。
北「緊張感のない奴だ…」
真坂「昨日の晩から一睡もしてないんだぜ。欠伸ぐらい大目に見ろ」
北「寝てないのはおまえだけじゃない」
真坂「…そういや…あの女も自分の能力のせいで毎日眠れないみたいだ。かわいそうに」
  北、じっと前を見つめている。
真坂「…女をホテルに呼び出しといて、こんな真夜中に何をするんだ?」
  スピーカーから石倉の声が聞こえてくる。
石倉の声「よし、じゃあ、各カメラポジションについて、回線のチェックをして」
  数人の足音がドサドサと鳴り、離れて行く。
北「どうやらここで何かをやるつもりだ」
真坂「…加奈見亮子の能力は、本物なのに、わざわざ何を仕込んでるんだ?」
  北、フロントガラス越しに見えるマンションを怪訝に見つめる。

○ 『セリューヌ』前
  スタッフ達が機材をロケバスに積み込み終わると、バスの中に乗り込む。その後、石倉もバスに乗り込む。
  ロケバス、発進し、その場を走り去って行く。
  ロケバスが止まっていた場所に立ち止まるB―COA。
  真坂、北、車から降り、ビルの入口に向かって歩き出す。

○ 同・1Fエントランス
  フロアを歩く二人。立ち止まる真坂。辺りを見回している。
  管理事務室の前に向かう北。ドアを叩くが反応がない。
  北の背後に真坂が近づく。北、ドアノブを回す。ドアが開く。中を覗き見るが部屋には、誰も見当たらない。
真坂「コンビニで立ち読みでもしてるのか…?」
北「馬鹿言うな」
  遠くからアラームが鳴り、エレベータが開く音が聞こえる。二人、エレベータのほうに顔を向ける。
  水色の作業服を着た二人の若い男がエレベータから降りている。二人、右手に黒いケースを持っている。
真坂「おい、待て」
  立ち止まり、声の方に顔を向ける男達。
  真坂と北が肩を並べて歩き出す。
真坂「こんな時間に何の工事をしてるんだ?」
北「ちょっと聞きたい事がある…」
  男、作業着のポケットからブローニングを取り出し、真坂達に向け、連射する。
  北、真坂、分かれて弾を避ける。近くの柱に身を隠す真坂。その向かいの壁際に身を潜める北。
  ホルダーからベレッタ92Fを抜き、構える。
  男、一人は、エントランスを走り抜け、正面の出入口から外に出て行く。もう一人、草色の手榴弾を
  二人の前に投げつけ、奥の通路に向かって走り始める。
  弾は、真坂の足元の近くに転がる。
真坂「うそぉ、うぉわぉう!」
  真坂、後方の床にダイビングし、突っ伏す。
  弾の先から白い煙が上がり、通路に充満し始める。口を塞ぐ北。目を細め、声を張り上げる。
北「ただの煙幕だ!」
  北、エントランスの方に向かって走り出す。
  真坂、立ち上がると、煙を払い、咽ながら北の後を追う。

○ B―COA車内
  スピーカーから北の声が聞こえる。
北の声「水色の作業着を着た男がそっちに逃げたはずだ。捕まえてくれ!」
  助手席のドアの窓ガラス越しに見える歩道を走っている男。
  男、B―COAを横切り、そのまま突っ走って行く。
ジェノン「見つけました。確保します」
  フロントガラスが紫色に変色し、ガラスに透明のスクリーンが投影される。方眼軸が浮かび上がり、
  前方を走る男を捕捉する十字の点滅が表示される。
  ハンドルに設置されている『SHOCK』のボタンが光る。

○ ボンネット上の突起した部分に設置された噴出し口から高密度圧縮空気弾が発射される
  空中を伝わり、男の背中にヒットする。男、前のめりに勢いよく倒れる。

○ 『セリューヌ』・駐車場
  銃を構えながら車の間を駆けている北と真坂。
  立ち止まり、辺りを見回す二人。枝分かれし、走り出す。
  真坂、しゃがみこみ、止まっている車の下を覗いている。
北の声「サーフ!」
  真坂、立ち上がり、走り出す。
  開いたマンホールの前でしゃがみこんでいる北の背後にやってくる真坂。
真坂「どうした?」
北「どうやら、地下水道に逃げ込んだみたいだ」
  北、マンホールの中に入り込む。真坂、 
  躊躇している。
  マンホールから首を出す北。
北「何してる?早く来い!」
  真坂、顔を歪ませマンホールに近づいて行く。

○ 地下水道
  流れる水の音。水路の脇のコンクリートの上を走っている北。ペンライトをかざし、
  前に進んでいる。その後ろを歩いている真坂。
  北、立ち止まり、真坂を見つめ、
北「さっさと来い!」
真坂「おまえ一人で行けよ…」
北「仕事放棄か?」
真坂「無理だ…俺はもう…駄目…」
  真坂、鼻を摘み、しゃがみこんでいる。
  北、唖然とし、
北「暗所恐怖症か?…」
  不敵な笑みを浮かべる北。

○ ビジネス街を疾走するB―COA

○ B―COA車内
  後部席の左側で気絶している作業着の男。暫くして、目を覚ます。
  男の顔の真ん前に顔を差し出す真坂。
  男、少し驚くが、平静さを装う。
真坂「いいなぁ、十分も眠れて。俺なんか2日前から一睡もしてないんだぜ」
  男、真坂から顔を背ける。真坂、男の顎を掴み、無理矢理顔を自分の方に向け、
真坂「あのマンションで何をしてた?」
男「…水道工事」
  真坂、男にブローニングの銃を見せつけ、
真坂「最近の水道工事は、拳銃を使うのか?白々しいんだよ。TENAのメンバーなんだろ?」
男「…おまえらサツか?」
真坂「強力なんだ。サツよりも」
男「…」
真坂「答えなければ、与えられた権限により、おまえを抹殺することになるぞ」
  男、失笑する。
  真坂、男の額にブローニングの銃口を当てる。
  ハンドルを握る北。
北「座席を汚したら、総監に怒られるぞ」
真坂「じゃあ、そこの公園に止めてくれ。すぐ終わる」
  男、窓越しに見える公園を見つめ、焦った表情を浮かべる。
男「…爆弾を仕掛けた」
  真坂、険しい表情になり、
真坂「どこに?」
男「903号室。石倉は、偶然テロに遭遇したところをテレビ中継しようとしてるんだ」
真坂「その部屋には、誰が住んでる?」
男「女だ…そいつの連れが大物らしい」
真坂「大物?」

○ 180度ターンするB―COA
  白い煙を上げながら、逆方向へ勢い良く進み始める。

○ JPS―TV本社前(翌日・朝)
  市道を疾走しているB―COA。テレビ局のビルの脇道に立ち止まる。
  テレビ局構内を駆けているディジア。
  B―COAに近づいて行く。

○ B―COA車内
  運転席に座る北。助手席に座るディジアに話している。
北「ホテルに石倉は、来なかったのか?」
ディジア「代わりに来たのは、石倉の奥さんよ」
  後部席に座る真坂。怪訝な表情を浮かべる。
真坂「…」
ディジア「二人の事は、奥さんも了解済みよ。石倉に愛想尽かしてるみたい。離婚届も出したらしいわ」
北「じゃあ、彼女は、石倉と?」
ディジア「でも、石倉には、まだその事を知らせてないみたい。彼女もまだ結婚までは、考えていないようだし…」
  真坂、思いつめた表情。
ディジア「中継を阻止する準備を始めるわ」
真坂「いや、中継は、やらせる」
北「敵をおびき出すには、そのほうが手っ取り早いかもな」
ディジア「珍しく意見が一致したわね…」
  真坂と北、同時にツンとする。
  笑みを浮かべるディジア。
ディジア「ごめん。余計な事言って」
  ディジア、ドアを開け、車から降りる。
  続いて、真坂も降りようとする。
北「おまえは、どこに行く?」
真坂「加奈見亮子と会ってくる」
北「彼女は、まだミーティング中だぞ」
  真坂、寡黙に車から降り、ドアを閉めるとゆっくりと歩いて行く。北、怪訝に真坂を見つめている。

○ JPS―TV一階・化粧室前
  ドアが開き、亮子が出てくる。
  ドア横の壁にもたれ立っている真坂。
  真坂に気づく亮子。
亮子「…どうしてここに?」
真坂「あの番組の中では、本当の力を出していないよね?」
亮子「えっ?」
真坂「あの時、君は、自殺者の特徴まで俺に言った。でも、番組の中では、場所しか言っていない」
亮子「自殺者の特徴は、喋るなって言われてるの。逆に嘘だと思われるかもしれないから」
真坂「今夜、自殺者が出る場所は、『セリューヌ』だろ?」
亮子「…何言ってるの?」
真坂「奴は、大掛かりな組織に利用されてるんだ」
亮子「…石倉に恨みでもあるの?これ以上、関わらないで」
  亮子、真坂を横切り、立ち去る。
  怪訝に亮子を見ている真坂。
  
○ クルーザー内(夜)
  ベッドの上に座る茂。超合金で遊んでいる。入口から足音が聞こえる。茂、気にせず遊んでいる。
  部屋に現われる葉菜美。葉菜美、茂を見つめ、
葉菜美「お父さんは?」
茂「まだ」
葉菜美「まだって…昨日も帰ってこなかったの?」
茂「うん」
葉菜美「連絡あった?」
茂「あった。今日も帰れないかも知れないって…」
  葉菜美、ベッドに鞄を置き、憤然としている。
葉菜美「仕事先の電話番号知ってる?」
茂「知らない」
葉菜美「困った親父だね。帰ってきたら説教してやるから。そうだ、卵焼き作ってあげようか?」
  茂、夢中で超合金で遊んでいる。
  葉菜美、溜息をつき、ベッドに座る。手元にあったリモコンを持ち、電源のボタンを押す。
  葉菜美の正面にある14インチのテレビの画面が映る。
   ×  ×  ×
  画面の右上に『神秘のパワースペシャル 今夜は、生放送!』のスーパー。
  スタジオに設置された大画面の前で苦しむ亮子の姿が映し出されている。右手で黒い水晶を
  力一杯握っている。男性アナウンサーが亮子に近づき、マイクを向ける。
亮子「セリューヌマンション…605号室…」
  スタジオに数人のゲストパネラーが並んで座り、会話をしている。
  中央の司会者の男が喋り出す。
司会者の男「では、中継に出ている花町アナウンサーを呼んでみましょう。花町さん!」
  高層マンションの前に立っている女性アナウンサー・花町の画面に切り替わる。
花町「はい。ここは、JPSから3キロほど離れた場所にある高層マンションです。では、
 さっそく行ってみたいと思います」
  エントランスの中に入って行く花町を追っかけるカメラ。
  画面は、スタジオに切り替わり、巨大な画面の前の床に倒れ、苦しんでいる亮子の姿が映し出される。
  次の瞬間、画面に客席が映る。呆然とスタジオの様子と大画面を見つめる客達。
  その右端に立っている真坂が一瞬、映る。
   ×  ×  ×
  画面をまじまじと見つめる葉菜美。
葉菜美「あれ?…今の人…」
茂「目玉焼き!お母さん」
  葉菜美、ハッと茂のほうに顔を向ける。
  茂、超合金を放り、葉菜美の前を駆け抜けて行く。
  茂の歩く方向に目線を向ける葉菜美。
  買い物袋を抱えた細身の女がこちらに向かって歩いてくる。茂と対峙し、立ち止まる女。空ろな
  眼差しで茂を見ている。
  葉菜美、呆然と女を見つめ、
葉菜美「…誰?」
  女は、浅田恵美(34)。
  恵美、葉菜美に気づくと、顔を俯ける。

○ 高層マンション『セリューヌ』6F
  エレベーターのドアが開き、花町とカメラマン、スタッフ、管理人が一斉に通路を駆け出す。
  605号室の前に立ち止まり、管理人がそっとドアの鍵を開ける。ドアが開くと一斉に駆け込んで行く花町達。
  リビングルームを走り抜け、ベランダの柵の前に立っている若い男を見つける。
  花町、マイクを持ち、
花町「あのぉ、落ち着いてください」
  男、花町達に気づき、咄嗟に柵をよじ登ろうとする。
  スタッフと管理人が急いで男の元に駆けより、男を羽交い絞めにする。

○ 中継車・車内
  調整システムの卓面の前に座っている石倉。ヘッドマイクをつけている。
  数台並んでいるモニターに映る花町を見ている。
花町の声「見つかりました。今回も加奈見さんの予知が的中し、また一人の尊い命が救われました」
  腕時計を見つめる石倉。
  モニターの音声からドンと巨大な爆破音が響く。
  ほくそ笑む石倉。
花町の声「ええと…生放送中ですが…何か近くで爆破音のようなものが聞こえました」
  石倉の隣に座るスタッフの男が石倉に声をかける。
男「一端CM入れるそうです」
石倉「待て!まだ切るな」
  
○ 高層マンション『セリューヌ』903号室
  花町、廊下を歩き、玄関を出て、外の通路に出る。辺りを見回すが何も変わった様子は、ない。

○ 中継車・車内
  モニターのスピーカーから花町の声が聞こえる。
花町の声「どうやら、何もないようですね…一端、スタジオにお返しします」
  呆然としている石倉。ヘッドマイクを外し、慌てて外に出て行く。
男「CM入りますよ。石倉さん…石倉さん…」

○ 高層マンション『セリューヌ』前
  中継車から降り、マンションを見上げる石倉。
石倉「どうして…どうなってる?…」
  車のエンジン音が石倉に迫る。ヘッドライトに照らされる石倉。光を遮る。
  青いプレリュードの車が石倉に接近している。
  石倉とプレリュードの間に入り込み、立ち止まるB―COA。石倉、B―COAの前でしゃがみこむ。
  急ブレーキをかけ、立ち止まるプレリュード。運転席の窓から黒いマスクをつけた男が顔を出し、
  マシンガンを撃ち放つ。
  B―COAの車体に次々と当たる弾丸。火花を上げ、跳ね返っている。
  男、車を勢い良くバックさせ、ターンすると、そのまま、走り去って行く。
  B―COA、プレリュードを追う。
  石倉、立ち上がり、血相を変え、走り去って行く。

○ 市道を爆走するプレリュード
  スピードを上げ、プレリュードにぐんぐんと近づいて行くB―COA。

○ B―COA車内
  ハンドルを握る北。
  フロントガラスが紫色に変色し、ガラスに透明のスクリーンが投影される。方眼軸が浮かび上がると、
  十字の点滅が表示され、前方を走るプレリュードの右・左後輪を捕捉する。
  北、ハンドルの『SHEIB NET』のボタンを押す。

○ B―COAの前バンパーの両側の格納庫が開く
  両方の格納庫から青色の小さな弾頭が同時に発射する。
  弾頭は、プレリュードの右・左後輪に同時にヒットする。回転するタイヤに青い網が絡み付く。
  網にしめつけられたタイヤの回転が止まる。
  プレリュードの両後輪のタイヤがもぎとられる。
  そのまま立ち往生している4WD。
  プレリュードの右側に急ブレーキをかけ立ち止まるB―COA。
  運転席のドアから男が降り、B―COAにマシンガンを撃ち放つ。
  B―COAのボディに弾き返された弾が男の右腕に当たる。男、マシンガンを落とし、仰け反るように倒れる。
  車から降りる北。ゆっくりと男に近づいて行く。
  北、男のマスクを剥ぎ取る。男は、黒山大吾(37)である。
  
○ JPS―TV三階・第2スタジオ前
  入口の扉が開き、数人のスタッフがぞろぞろと出てきて、通路を歩き出す。
  その中に亮子の姿もある。亮子、釈然としない様子で歩いている。正面を見つめ、突然、立ち止まる。
  亮子の前に立ち塞がる真坂。
真坂「君をストーキングしていた男が捕まった…」
亮子「…私を?」
真坂「その男もテレビで君の事を知る前は、自殺願望を持っていた。その男が君の自宅に
 盗聴器を仕掛けていたんだ」
  亮子、激しく動揺している。
真坂「今日の中継は、君のアイデアだったんだな…」
亮子「…」
真坂「あの時間…903号室には、女と一緒に時本と言う政治家がいたんだ。石倉は、TENAの幹部から
 時本暗殺の依頼を受けていた」
亮子「…」
真坂「黒山は、君達の計画を知って、石倉と精通のあったTENAのメンバーと接触し、
 奴もTENAの仲間入りをした。石倉の暗殺計画が失敗した時、奴が石倉を殺す手はずになっていたんだ。
 石倉を殺して君に近づくつもりだったらしい」
  亮子、突然、呻き声を上げ、苦しみ始める。亮子、ショルダーバックから、黒い水晶を取り出し、
  右手で力一杯握る。前のめりに倒れる亮子の体を受け止める真坂。
真坂「どうした?」
亮子「ハイウォーツマンションの屋上…そんな…」
  亮子、立ち上がり、真坂を押し退け、走り去って行く。黒い水晶が床に落ちる。
  
○ ビジネス街
  歩道を必死に走る亮子。

○ ハイウォーツマンション屋上
   フェンスの前に立つ石倉。フェンス越しの景色を呆然と眺めている。
   出入り口のドアが開き、亮子が現われる。
亮子「石倉さん!」
   振り返る石倉。
石倉「局の連中に真相がばれたら解雇される。俺はもう終わりだ」
亮子「あなたは死ななくていいから」
石倉「…来いよ。これで君も特殊な能力に苦しまないで済む」
   亮子、ショルダーバックからナイフを出し、両手で持つと、刃先を自分の首元に  
   差し向ける。
   驚愕する石倉。
   亮子の背後に急いで近づく真坂。ナイフを奪い取り、後ろに放り投げる。
   真坂、亮子の右の掌に水晶を乗せる。
石倉、観念した様子で力なく立っている。
   怒りを抑え、石倉を睨みつける真坂。
真坂「どうせなら、テレビカメラの前で死ねよ」
   亮子、水晶を悲しげに見つめている。暫くして、息を荒げ、苦しみながら跪く。
   真坂、屈んで亮子と顔を合わす。
真坂「またか…」
亮子「(頭を両手で押さえ)助けて…助けて…」
  真坂、どうすることもできず悔しげに顔を顰める…。

○ 倉庫地下・JWA本部・ガレージ
  大型エレベータがゆっくりと降りてくる。扉がスライドして上側に開き、B―COAが姿を現わす。
  ゆっくりと走り出すB―COA。円盤状の鉄板の上に立ち止まる。
  運転席から北、助手席からディジアが降りてくる。通路に向かって歩き出す二人。
北「真坂は?」
ディジア「一度自宅に戻るって」
北「…あいつ」
ディジア「子供が心配なのよ」
北「子供?」
ディジア「まだ聞いてなかったの?」
  通路を歩く椎名。二人の前にやってくる。
椎名「ご苦労さん。北、君は、明日からの2日間、時本のガードについてくれ」
ディジア「時本…何か喋りましたか?」
椎名「中々口の堅い奴でな…」
北「加奈見亮子は?」
椎名「さっき、検査室に入った。1時間後に結果がわかる。それから、彼女の父親の事だが…
 さっき四国支部から連絡があった。
 彼とよく似た遺体が松山の死体安置所に保管されている事がわかった。死因は、溺死だ。
 遺体に目立った損傷はなかった…」
ディジア「もしかして…自殺?」
椎名「その可能性も考えられる…」
  愕然とする北とディジア。
椎名「とりあえず、お疲れさん…」
  椎名、そのままガレージに向かって歩いて行く。
  椎名の背中を見つめる北。
北「総監もB―COAの調整をやるのか?」
  ディジア、焦った様子で苦笑いし、
ディジア「システムチェックは、自分でやらないと気がすまないらしいわ…ねぇ、お腹空いたでしょ?
 食事に行きましょうよ」
  ディジア、北の腕を引っ張り、半ば強引に連れ歩いて行く。
  B―COAの運転席に乗り込んでいる椎名。

○ B―COA車内
  コンソールのボタンを押す椎名。モニターにポニーテールの女のCGが映る。
椎名「ご苦労だった。どこか調子が悪いところは?」
ジェノン「ワゴンとぶつかった時、強度の設定にミスがあったため、ボディを少し傷めました」
椎名「その時のドライバーは?」
ジェノン「サーフです」
  溜息をつく椎名。
椎名「真坂か…一度、オーバーホールが必要だな」
ジェノン「シェンズの記憶データをインプットして頂けるのですか?」
  椎名、溜息をつき、椎名、スーツのうちポケットからDVDケースを取り出す。
ジェノン「あなた自身も私がどうなるか、興味があるはずです」
椎名「確かに、興味がないといったら嘘になる。まだ一度も試していないが、少しだけ、やってみよう」
  椎名、モニターにメニュー画面を出力 させ、画面に出ている『MIND CHANGE』のボタンを指で押す。
  コンソールの真中に設置されているディスクトレイが開く。椎名、DVDをトレイに乗せ、トレイを閉める。
  データの読み出し音が鳴り響いている。
  内線用のアラームが鳴る。
椎名「椎名だ」
  スピーカーからオペレーターの男の声が聞こえる。
男の声「警視庁に荒崎が連絡してきています。総監と直接話がしたいと言ってるそうです」
  険しい表情を浮かべる椎名。
椎名「わかった。すぐに戻る…」
  回線が切れる。
椎名「ちょっと待っててくれ」
  椎名、車から降り、通路に向かって歩き出す。
  モニターにデータのインストール率を表す横線の棒グラフが映し出されている。
  暫くして、通路から北が姿を現わす。B―COAの前に走ってくる。
  運転席に乗り込む北。
  助手席の前にあるグローブボックスを開き、ホルダーから抜き取った銃をボックスにしまう。
  インストール完了のアラームが鳴る。
  車から降りようとする北。
ジェノン「待って…」
  北、CGの女が映る画面を見つめる。
ジェノン「一真でしょ?」
北「何だよ。馴れ馴れしいぞ」
ジェノン「…私、奈央美よ」
  呆然とする北。

○ クルーザー内
  入口のドアが開く音がする。室内に入ってくる真坂。
真坂「只今…茂…」
  通路を歩く真坂。奥のテーブルを見つめ、唖然とし、立ち止まる。
  恵美と茂、葉菜美がテーブルを囲んで食事をしている。
  恵美、ずっと俯いたままである。
  葉菜美、真坂に気づき、不適な笑みを浮かべている。 
  真坂、その光景を見つめ、思わず、唾を飲み込む。

                                                 ―THE END―

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