『メトロジェノン』 TENA CODE008 「キャピタル・パニック」 BY ガース『ガースのお部屋』

○ 北の回想
  ダンスフロアの中央で向かい合い、激しく踊るカップル。鏡に映る二人の姿。
  黒いタキシードを着た北(ほく) 一真(28)。赤いドレスを身にまとう椎名 奈央美(27)。
  アルゼンチン・タンゴのリズムに合わせて情熱的に身体をくねらす二人。
  北がリードし、奈央美の身体を回転させる。軽やかにステップを踏む二人。
  突然、動きを止め、目を合わせると、口付けをしようとする二人…。
ジェノンの声「一真…」

○ 倉庫地下・JWA本部・ガレージ
  円盤状の鉄板の上に立ち止まるB―COA。運転席に座っている北。呆然としている。
ジェノン「一真…」
  北、我に返る。
  モニターにポニーテールの女のCGが映る。
ジェノン「どうしたの?」
北「…なんでもない。今度久しぶりにフラワーテールに行ってみないか?」
ジェノン「私のハードディスクには、世界中のあらゆる花の種類が記録されている。
 わざわざ見に行く必要なんてない」
北「そうか…」
  通信用のビープ音が鳴る。
ジェノン「本部からよ」
  スピーカーからディジアの声が聞こえる。
ディジアの声「北さんいる?」
北「ああ」
ディジアの声「新たな要請コードが発令されたの。それと時本が姿を消した」
北「谷田がマークしてたんじゃないのか?」
ディジアの声「車で移動していたらしいんだけど、六本木辺りで撒かれたみたい」
北「…すぐ行く」
  通信が切れる。
ジェノン「『MIND CHANGE』は、自分で解除するわ」
  北、静かに頷くと、ドアを開け車から降りる。

○ とあるマンション(夜)
  403号室のドアの前に立つ男の後ろ姿。インターホンを鳴らす男。
  ドアがゆっくりと開くと、浅田恵美(34)が狭い隙間から顔を出す。男を見つめ、唖然としている。
恵美「(小さな声で)…なんで?」
  男は、真坂 和久(28)。
真坂「そば通ったからついでにと思ってさ」
  部屋の奥で男の声が聞こえてくる。
男の声「おーい、バスタオル!」
  唖然とする真坂。
  気まずそうに顔を顰める恵美。
恵美「外で待ってて」
  恵美、勢い良くドアを閉める。
  
○ マンション前
  駐車場の前に止まる白いアルト。

○ アルト車内
  運転席に座る真坂。助手席に恵美が座っている。
真坂「今更嘘つかなくてもいいのに」
恵美「何の話?」
真坂「別れたって言ってなかったっけ?」
恵美「いずれね。今準備中なの」
溜息をつく真坂。
真坂「時々夜中におまえの夢見て泣いてるんだ…茂」
恵美「…」
真坂「親権争ってた頃は、酒屋のバイトしてて、面倒を見る時間が十分にあった。でも、最近は、
 施設に任せっきりで、俺もあいつに迷惑かけっぱなし…」
恵美「…」
真坂「明日一日だけ、面倒見てやってくれないか?」
恵美「…いいの?」
真坂「あくまで茂のためだ」
真坂、寡黙に前を見ている。
恵美「…いつ行けばいいの?」

○ クルーザー・デッキ(翌日・朝)
  階段を上がる真坂。茂(5)と手を繋いでいる。
  真坂、デッキの先端部に茂を座らせる。
茂「なんで降りないの?」
真坂「今日は、スペシャルな人が向かいに来てくれるんだ」
茂「だれ?」
真坂「もうすぐわかる。あっ、この間借りたアニメのDVDは?」
茂「まだ機械の中」
  携帯を取り出し、カレンダーをチェックする真坂。
真坂「今日返却日だ。ちょっと取ってきて」
茂「わかった」
  茂、階段を下りて行く。
  真坂が左腕につけているレギオウォッチのアラームが鳴り響く。

○ 都内を走るB―COA
  国道を疾走している。
北の声「緊急の仕事だ。今から迎いに行く」

○ クルーザー・デッキ
  レギオウォッチに話している真坂。
真坂「緊急って?」
北の声「機密事項だ。着いてから話す」
真坂「じゃあ、いつもの駅で」
  電話を切る真坂。
  携帯の時計を見ている。8時13分を表示している。
  苛立つ真坂。

○ 三原家・邸宅・葉菜美の部屋
  豪華なシャンデリアがぶら下がり、高級な骨董品が棚に並んでいる。
  ベッドの上で眠っている三原 葉菜美(20)。布団に潜り込んでいる。台の上に
  置いてある携帯が鳴っている。
  葉菜美、布団の中から腕を伸ばし、携帯を取る。
葉菜美「もしもし…」
真坂の声「今日仕事休みだったよな?頼みたい事があるんだ…」
  起き上がる葉菜美。機嫌が悪い。

○ 駅前
  ロータリーを周り、交差点を出るB―COA。

○ B―COA車内
  運転席に座る北。助手席に真坂が座っている。
北「サーバーソサエティって会社を知ってるか?」
真坂「IT業界で急成長している会社だろ?」
北「三年前に設立され、今は、年商40億を稼ぎ出している成り上がり企業だ。その社長の
 沙島浩介と言う男がTENAと関係を持っていて、ある事業に着手していると言う密告情報が入った」
真坂「…情報源は、また荒崎か?」
北「ああ。十二時に新宿のレストランで沙島の秘書をしている韓国人のイ・ミンヨルと言う男とTENAの
 メンバーが接触する。ディジアがすでに潜り込んでる」
真坂「俺達は、ディジアのサポートに回るのか?」
北「いや、別件だ。昨日、埼玉の山奥でうちの捜査員がTENAの武器倉庫を発見した。
 二人の男が赤いRX―8に乗って逃走したんだ」
  北、ハンドルのボタンを押す。
  センターコンソールにある4つのモニターの右・左上の両モニターに男の顔写真とリストが映し出される。
北「内山実と河原崎直彦。倉庫の管理を任されていたようだ。どちらも去年まで定職についていたが、
 三ヶ月前に同時に退職している」
  写真を見ている真坂。
真坂「都内に潜伏してるのか?」
北「倉庫で押収したパソコンにあった一週間前のメールに、高速のパーキングエリアの名前と
 今日の日付と時間が書かれていた。何かの取り引きがあるのかもしれない」
真坂「沙島が始めようとしている事業と関係が?」
北「それを今から調べるんだ」
真坂「よし、さっさと片付けようぜ」

○ スピードを上げ前の車を追い抜いて行くB―COA

○ クルーザー内
  ベッドの上に横になり塗り絵をする茂。
  階段を下りてくる葉菜美。
  葉菜美、茂を見つめ、
葉菜美「こんにちは」
茂「こんにちは」
葉菜美「お父さん、いつもこんな感じなの?ひどい奴だね。突然、一人ぼっちにしちゃって…」
茂「慣れてるもん」
葉菜美「なんか食べた?」
  頷く茂。
茂「スペシャルって、お姉ちゃんのこと?」
葉菜美「スペシャル?…」

○ 高速・サービスエリア
  駐車場に入ってくるB―COA。駐車スペースに立ち止まる。

○ B―COA車内
  コンソールのボタンを操作する北。4つのモニターに駐車場の映像が映し出されている。
真坂、レギオウォッチの時計を見つめる。時間は、9時15分を表示している。
真坂「ちょっといいか?」
北「えっ?」
真坂「トイレ。ずっと我慢してたんだ」
  真坂、ドアを開け、車から降りる。そそくさとトイレの方向に向かって走って行く。怪訝に
  真坂を見つめている北。

○ トイレ前
  携帯の電源を入れ、恵美の携帯の番号を呼び出す真坂。
  携帯を耳に当てている。
  呼び出し音を鳴らしているが、つながらない。
  苛立つ真坂。

○ B―COA車内
  モニターを見つめる北。突然、険しい表情を浮かべる。
  右下の画面に赤いRX―8がフレームインしてくる。駐車スペースに立ち止まる。
  北、運転席の窓を覗き込む。
  奥のほうでRX―8が止まっている様子が見える。
  運転席から内山実(38)と助手席から河原崎直彦(41)が降りてくる。二人ともサングラスをかけ、
  黒いジャケットを着ている。
  ハイウェイショップのほうに向かって歩き出す二人。
  北、ドアを開け、車から降りる。

○ トイレ前
  携帯を耳にしている真坂。
  苛ついた様子で携帯を切ると、その場を離れる。

○ ハイウェイショップ内・食堂
  隅のテーブルの丸椅子に腰掛ける二人の男。
  入口の自動ドアが開き、北が姿を現わす。
  北、内山達を確認すると、手前に積まれている土産物を物色しながら、様子を見ている。
  入り口のドアが開く。水色のTシャツを着たか細い男が入ってくる。北の前を通り過ぎ、
  内山達のテーブルに近づく男。
  北の肩を掴む男の手。ハッと前を向く北。
  北の隣に真坂が立ち、土産物を掴んでいる。
真坂「イチゴ大福か。総監好きだったよな?」
  真坂、男に気づき、
真坂「あの男は?」
  北、レギオウォッチに話しかける。
北「ジェノン、今から映し出す男をデータベースと照合してくれ」
ジェノンの声「了解しました」
  北、レギオウォッチについている小さなレンズを内山達のテーブルに向ける。

○ B―COA車内
  右上のモニターに内山達のいるテーブルの様子が映し出されている。
  画面は、内山達と対峙して座る男の顔にズームインする。
  左上のサーチ画面が作動し始める。

○ ハイウェイショップ内・食堂
ジェノンの声「TENAリスト並び前科者データベースにアクセスしましたが、検索されませんでした」
  北に近寄る真坂。
真坂「盗聴器あるか?」
北「はぁ?」
真坂「奴らの話を聞くんだよ」
  北、ジャケットのポケットから黒い小型の盗聴器を真坂に手渡す。
北「ヘマするなよ」
真坂「いつも慎重だよ。失礼な」
  呆れる北。
  真坂、盗聴器を握り締め、内山達のテーブルに近づいて行く。
  内山達と話している男。男の背後でお金が落ちる音が鳴り響く。男の足元に十円玉が転がってくる。
  男のそばにやってくる真坂。そそくさと男の足元に潜り込み、左手で十円玉を拾うと同時にテーブルの
  裏に盗聴器を仕掛ける。
  真坂、頭を上げた時にテーブルで後頭部を打つ。
  頭を押さえながら立ち上がる真坂。
真坂「(苦笑し)どうも、すいません…」
  怪訝な表情で真坂を見ている三人。
  真坂、そそくさとその場を立ち去って行く。

○ B―COA車内
  運転席に北、助手席に真坂が座っている。
  真坂、右手で後頭部を押さえている。
  北、真坂の様子を見つめ、
北「またかよ」
真坂「マジで記憶飛びそう…」
ジェノン「メディカルスキャンでチェックされますか?」
真坂「大丈夫、気にするな」
北「思い出した、おまえこの間…」
  スピーカーから内山達の声が聞こえる。
  北、内山達の声を耳を澄まして聞いている。
内山の声「しかし、あんたも思い切った事考えるね」
河原崎の声「我々も見習わないと」
  豪快に笑い出す内山と河原崎。
男の声「こんなに安売りして、儲けになるのか?」
河原崎の声「もうすぐ支部のほうで量産体制に入るから」
男の声「それで格安なのか」
内山の声「今晩のニュース、楽しみにしてるよ」
男の声「早くものを見せてくれ」
内山の声「トランクの中に積んである」
  三人、一斉に立ち上がり、テーブルから離れて行く足音が聞こえる。
真坂「男に武器を売る気か?」
北「いや、内山達があの男を利用してるのかも知れん」
真坂「今度は、お前の番だ」
北「何が?」
真坂「確認してこいよ。トランクの中身を…」
  北、突然、エンジンをかけ、勢い良く車をバックさせる。

○ 高速・サービスエリア・駐車場
  RX―8の後ろに立っている内山、河原崎、男。
  内山、トランクの中にある藍色のケースを開ける。中を確認し、頷く男。銀色の袋を男に手渡す。
  男、袋を覗き込み、中身を確認する。RX―8の一つ後ろの駐車スペースにB―COAが止まっている。

○ B―COA車内
  モニターに内山達の様子が映っている。
  不貞腐れている真坂。
真坂「B―COAを使うなんて、邪道なやつ」
北「ジェノン、ちゃんと映像を記録してくれよ」
ジェノン「只今3分経過しました」
真坂「そろそろいいだろ」
北「よし」
  北、真坂、同時に車から降りる。

○ 高速・サービスエリア・駐車場
  内山達に近づいて行く北と真坂。
  内山、二人に気づき、怪訝な表情を浮かべる。河原崎、咄嗟にトランクを閉め、ジャケットの
  中に手を入れる。
  男、真坂を見つめ、唖然とする。
  内山達と対峙する二人。
北「トランクを開けろ」
内山「なんだ、おまえら」
  北、手帳を内山に見せる。
  真坂、河原崎を見ている。
  河原崎の左手の動きに気づく。
北「内山実と河原崎直彦だな。今からお前達を連行する」
  河原崎、咄嗟にホルダーから銃を抜き、北に銃口を向ける。
  真坂、河原崎の腕を掴み、銃口を空に向ける。
  鳴り響く銃声。
  走り出す男。
  内山、突然、北の急所を蹴り上げる。
  北、呻き声を上げ、急所を押さえながらその場にしゃがみこむ。
  内山、運転席のドアを開け、車に乗り込む。
  河原崎の拳銃を奪い取る真坂。そのまま、河原崎に銃口を向ける。
  RX―8のエンジンがかかる。真坂、車の後ろでしゃがみこんでいる北に気づき、
  咄嗟に北に飛び掛かる。そのまま路面に転がる二人。その直後、駐車スペースから勢い良く
  バックするRX―8。
  ハンドルを切り、前進する。河原崎、必死に車の後を追って走っている。
  立ち止まるRX―8。助手席に乗り込む河原崎。すぐさま走り去って行く。
  
○ サービスエリア出口
  緩い坂を下りているRX―8。
  本線に入り、加速する。
  暫くして、B―COAも走ってくる。本線に入り、RX―8の後を追っている。

○ B―COA車内
  デジタル表示のスピードメーターの数字が「120」を越える。
  ハンドルを握る真坂。北、助手席に座っている。冷や汗を掻いている北。
真坂「まだ痛むか?」
北「少年野球の時以来だ、この苦しさ…」
真坂「野球少年?おまえが?」
ジェノン「メディカルスキャンでチェックされますか?」
  真坂、思わず失笑する。
北「気にするな。時期に直る」

○ 高速
  緩いカーブ。前の車をジグザグにすり抜け、走るRX―8。その100m後方をB―COAが走っている。

○ B―COA車内
  フロントガラス越しに激しく車線変更しているRX―8の後ろ姿が見える。
  真坂、アクセルを踏み込み、ハンドルを激しく切っている。
北「おい、無茶するな」
真坂「無茶しなきゃ捕まえられるか」
  真坂、正面を見つめ、唖然とする。
  サイレンを鳴らしながら追い越し車線を走行しているパトカーが見えてくる。
  そのパトカーを追い抜いて行くRX―8。
真坂「間抜け野郎、抜かれてんじゃねぇよ」
北「別の違反車を追跡してるんだ。仕事の邪魔をするな」

○ 高速
  RX―8、追い越し車線に入り、パトカーの前を走る。
  助手席のドア窓が開くと、河原崎が身を乗り出し、バズーカーを構えている。
  バズーカーを撃つ河原崎。
  白煙を上げ、勢い良く飛び出すロケットミサイル。パトカーのフロントガラスに命中する。
  走行しながら爆炎を上げるパトカー。

○ B―COA車内
  驚愕している二人。
北「パトカーを止めろ、真坂!」
真坂「どのボタンだ?」
北「ジェノン!COBだ」
ジェノン「了解しました」
  フロントガラスが紫色に変色し、ガラスに透明のスクリーンが投影される。方眼軸が浮かび上がると、
  パトカーを捕捉する十字の点滅が表示される。
    
○ B―COAの前バンパー両側の窪みからオレンジ色のボールが2つ同時に発射される
  ボールは、パトカーの後ろのタイヤ両方に辺り、ガム状にへばり着く。
  暫くして、小さな爆発が起こり、タイヤがパンクする。
  B―COA前バンパーのフレームが開く
  格納庫からフックのついた太いワイヤーが猛列な勢いでパトカーに向かって飛び出す。

○ 燃え盛るパトカーのトランクを突き破るフック

○ B―COA車体内のウインチが作動する

○ B―COA車内
  真坂、歯を食いしばり、必死の形相でブレーキを踏み込んでいる。

○ 中央分離帯に乗り上がり、立ち止まるパトカー
  フックを切り離し、その前を通り過ぎて行くB―COA。

○ テナントビル・6F 高級レストラン『フレンチミル』・店内
  カジュアルな様相のフランス料理店。
  入口のドアが開き、黒いスーツを着た男・イ・ミンヨル(33)が入ってくる。長身、眼鏡をかけている。
  入口の前に横一列に立ち並ぶソムリエ、ウエイター、ウエイトレス、そしてシェフ。一斉に頭を下げる。
ウエイター「お待ちしておりました。テーブルに御案内致します」
  満足げに軽く頷くミンヨル。ウエイターの後を追って、ソムリエ達の前を通り過ぎて行く。
  その中にウエイトレスの装いをしたディジア(26)がいる。ディジア、胸元に仕掛けてある小型カメラで
  目の前を歩くミンヨルを撮影している。
  窓側のテーブルの座席につくミンヨル。
  窓越しに見える風景をまじまじと見ている。
  テーブルの前にやってくるディジア。一礼し、ミンヨルの前にメニューを置く。
  ミンヨル、メニューに目を通している。
  ディジア、その間にテーブルの角の下に黒い小型の盗聴器を仕掛ける。
ミンヨル「食事は、後でいいです。白ワインを頼みます」
ディジア「畏まりました」
  ディジア、一礼し、その場を立ち去って行く。
  入り口の扉が開く。ショートの髪をした若い女。カジュアルな服を着こなしている。
  左肩にショルダーバックを下げている。
  入口の前に横一列に立ち並ぶソムリエ、ウエイター、ディジア。
全員で「いらっしゃいませ」
女「待ち合わせなの。イ・ミンヨルの名前で予約しているはずだけど」
ウエイター「テーブルへご案内いたします」
  通路を歩くウエイター。その後をついていく女。ディジアの前を横切る。
  ディジア、腕時計についた小型カメラで女を撮影する。

○ 倉庫地下・JWA本部・総監オフィス
  デスクの座席に座っている椎名歩夢(54)。受話器を握っている。
椎名「それで、その赤い車は、見つかったのか?」

○ B―COA車内
  走行中。
  ハンドルを握る真坂。助手席に座る北。
北「いや、まだ発見していません。奴らは、都内に向かっている事は、確実です」
  スピーカーから椎名の声が聞こえる。
椎名の声「もう一人の男のほうは?」
真坂「そっちは何も…」
北「…ジェノンが記録した映像に何か映っているかも知れません。チェック後にそちらに送信します」
椎名の声「わかった…」
北「ジェノン、さっきの映像を再生してくれ」
ジェノン「了解しました」
  左上のモニターにサービスショップの駐車場の映像が映る。
   ×  ×  ×
  北と真坂がRX―8のトランクの前にいる内山達と対峙している。
  河原崎が北に発砲する寸前、真坂がそれを阻止している。
  北、内山に急所を蹴られ、苦しそうにその場に崩れる。
  男、RX―8から離れ、2台横に止まっている青い車に乗り込む。
  急発進し、画面を横切る青い車。
    ×  ×  ×
北「車種の確認とナンバーを読み取れるか?」
ジェノン「お待ちください」
  真坂、前を見つめ、突然右手でハンドルを殴る。
真坂「クソ!」
ジェノン「ハンドルを乱暴に扱うのは、やめてください」
  北、正面を見つめ、唖然とする。

○ 高速
  渋滞の列の前にやってくるB―COA。ゆっくりと立ち止まる。
  
○ B―COA車内
  フロントガラス越しの様子を見つめる真坂。
真坂「あー、ついてねぇ」
  モニターを見つめる北。
北「3.8キロ先で交通事故か…奴らもこの渋滞に巻き込まれているはずだ」
真坂「サイレン鳴らして前に進もうぜ」
ジェノン「先程の車の車種とナンバーが読み取れました。車種は、02年型デミオ。
 ナンバーは、56―60です」
  北、ハンドルのボタンを押す。
  スピーカーから、谷田星司(26)の声が聞こえてくる。暗い感じの声。
谷田の声「JWAオペレーション4346。ゼフォークです」
北「俺達の現在位置を確認してくれ」
谷田の声「え…と確認しました」
北「JWAの専用衛星のカメラで付近を撮影して欲しいんだ」
谷田の声「あ…わかりました」
真坂「あいつ、俺達よりカッコいいコードネームつけてやがるな」
北「交換してもらえよ」
真坂「なんで、あんなやる気のない声なんだよ」
北「時本を逃がしたから、てんばってるんだ」

○ テナントビル・6F 高級レストラン『フレンチミル』・店内
  窓側のテーブルに向かい合って座るミンヨルと女。

○ 同・裏・通路
  ソムリエがトイレのドアの前を歩いている。

○ 同・トイレ
  壁際に立つディジア。
  左耳に入れているイヤホンから流れる声を聞いている。
女の声「どうしてあなたがサーバーソサエティのような業界トップの企業の第一人者になれたのか、
 非常に興味があります」

○ 同・店内
ミンヨル「私は、故郷に帰り、起業するため、沙島さんの元で勉強させてもらっているだけです」
女「だから、こんな危険な真似を?」
ミンヨル「沙島さんの命令です。彼は、ネットの世界に留まらず、事業を拡大したいのです」
女「あなたを使って、軍隊でも作るつもりかしら。なんか、こわ〜い」
  笑い出す女。
  ミンヨル、テーブルに茶封筒を置き、女の前に差し出す。
ミンヨル「中身は、僕も知りません。後は、お願いします」
  女、茶封筒を掴み、そのまま、ショルダーバックの中に入れる。

○ 高速
  渋滞に巻き込まれ、立ち往生しているB―COA。

○ B―COA車内
  モニターに映し出されている衛星写真。
  渋滞中の高速の写真が映し出されている。
  真坂、画面を見つめ、
真坂「見つけたぞ!(画面を指差し)ここをズームアップしてくれ」
  画面がズームアップし、渋滞に巻き込まれている赤いRX―8を捕らえる。
真坂「1.3キロ先だ。今なら追いつける」
  真坂、ドアを開け、側道を走り出す。
北「真坂!」
  
○ 高速
  渋滞で止まっている車の横を必死に走っている真坂。

○ 倉庫地下・JWA本部・総監オフィス
  デスクの椅子に座っている椎名。椎名の目の前にグレイのスーツを着た防衛庁情報システム
  開発推進部長・稲津正兵(46)が立っている。
稲津「先日の会議の結果、B―COAの大量生産プランを本格的に始動させる事になりました」
椎名「…私が心配しているのは、前にも言ったように人間のほうです。ドライバーの養成プログラムの冊子を
 早急に作り上げてもらいたい。話は、それからでも遅くはないでしょう」
稲津「もちろん。今、鋭意作成中です。このプランは、先日亡くなった真鍋君も望んでいた事です。
 彼のためにも早くこの案件を成就させたい」
椎名、困惑した表情を浮かべる。
  デスクの電話が鳴り響く。受話器を取る椎名。
椎名「私だ…相手は、女だったのか?」

○ テナントビル・6F 高級レストラン『フレンチミル』・トイレ
  壁に寄り添うように立っているディジア。
ディジア「本部に写真を転送しました。私は、このまま女を尾行します」

○ 倉庫地下・JWA本部・総監オフィス
椎名「わかった。くれぐれも慎重に頼む」
  受話器を置く椎名。
稲津「忙しくなってきたようですな。では、そろそろ失礼致します」
椎名「申し訳ない。また時間を改めてさせてください」
  入口のドアが開き、谷田が入ってくる。
  稲津と鉢合わせする谷田。一礼する。
  稲津、軽く頭をさげ、部屋を出て行く。
  デスクの前に行く谷田。
谷田「ディジアが撮った女の身元が判明しました。橋爪奈那子。FA航空のフライトアテンダントです」
  唖然とする椎名。
椎名「女のスケジュールを調べて、ディジアに報告してくれ」
谷田「わかりました」
椎名「谷田」
谷田「…はい」
椎名「…頼むぞ」
  谷田、申し訳なさそうな顔で一礼すると、足早にその場を立ち去って行く。
  デスクの電話が鳴り響く。
  咄嗟に受話器を掴む椎名。
椎名「なんだ?」
オペレーターの女の声「警視庁からの回線です。荒崎と言う男からです」
  険しい表情を浮かべる椎名。
椎名「つないでくれ」
荒崎の声「サイバーソサエティの情報は、何か掴めましたか?」
椎名「武器密輸のメンバーと何らかの関係がある事はわかった」
荒崎の声「まだ時間がかかりそうですね。また後で連絡します」
椎名「待て。時本が姿を消したんだ。お前何か知らないか?」
荒崎「仮に知っていたとしても…教えられません」
  電話が切れる。
  椎名、溜息をつき、受話器を置く。

○ 高速
  道路脇を物凄い勢いで走り続けている真坂。
  前方に停車している赤いRX―8の姿が見えてくる。
  真坂、スピードを落とし、車を睨みつけている。
  ジャケットの中に手を忍ばせながら歩いている。

○ RX―8車内
  運転席に座っている内山。センターに設置してあるテレビを見て笑っている。
  助手席の河原崎、憂鬱な表情を浮かべ、
河原崎「まだ1.5キロ近くもあるのかよ」
内山「バズーカーで前の列の車を吹っ飛ばしながら進むか?」
河原崎「出口でサツが張ってなきゃいいがな」
内山「その時は、またバズーカーを撃っちゃあいいさ」
河原崎「人一人殺しちまったんだぞ」
  内山、スイッチを押し、運転席と助手席の窓を同時に開けている。
内山「興奮するな。外の空気でも吸って気分を落ち着かせろ」
河原崎「殺人罪って、どれくらい喰らうんだ?」
内山「だから余計なこと考えるなって」
  RX―8のエンジンが突然止まる。
男の声「よぉく考えといたほうがいいぜ」
  窓を覗く内山。
  運転席のドアの前に銃を構えた真坂が立っている。真坂、左手に持っている車の
  キーを二人に見せつけ、
真坂「俺には、抹殺権って言う特別な権利が与えられているんだ。余計なことしたら、
 ムショに入れなくなるぜ」

○ 駅前・ロビー
  激しく人が行き交っている。
  雑踏の中を並んで歩くミンヨルと橋爪奈那子(25)。
  ミンヨル、ロータリーに止まっているタクシーの後部席に乗り込む。
  奈那子、手を振り、そのまま、改札に向かって走り出す。
  柱の影に隠れていたディジア。白いマッシュルームハットにTシャツ、ジーパン姿である。
  奈那子の後を追って歩き始める。

○ クルーザー内
  ベッドで眠る葉菜美。
  茂、片隅でテレビを見ている。
  階段を下りる人の足音が響く。
  振り返る茂。
  入口前に立っている恵美。微笑みながら茂に手招きする。

○ 高速
  B―COA、ルーフにパトランプをつけ、渋滞の車の列の真ん中を走行している。

○ B―COA車内
  ハンドルを握る北。フロントガラス越しに道路脇に止まっているRX―8の姿が見えてくる。
  運転席のドアの前に真坂がタバコを銜えながら立っている。

○ RX―8の後ろに立ち止まるB―COA
  車から降りる北。真坂の前に近づく。
真坂「ざっとこんなもんだ」
  北、RX―8の車内を覗き込む。
  ハンドルの穴に手錠を括りつけられた内山と河原崎がいる。
北「勝手なマネするな」
  真坂、勢い良く煙を吐き、
真坂「そう言うと思った」
北「衛星でこの車を監視して、アジトを見つけるつもりだったのに…」
真坂「こいつらから直接聞き出せばいいさ」
  真坂、内山の胸倉を引っ張り上げる。
真坂「サービスエリアであった男は、何者だ?」
内山、真坂を睨みつけながら、沈黙を守る。
  真坂、ホルダーから銃を抜き、内山の額に銃口を当てる。
  北、真坂の銃を持つ腕を掴み、
北「もういい。本部に連れて帰るぞ」
  真坂、内山達を睨みつけながら、銃をホルダーにしまう。

○ 空港・出発ロビー
  並んで歩くフライトアテンダントの列。
  真ん中に橋爪奈那子(25)の姿がある。
  
○ 同・コインロッカー前
  黒い帽子にジーパン姿のディジア、フライトアテンダントの列を見つめながら携帯で話している。
ディジア「早く、まだ取れないの?」

○ 倉庫地下・JWA本部・OP司令室
  監視シテスムの前に座る谷田。
  キーボードを早打ちしながら、目前にあるディスプレイを見つめている。
谷田「ありました。便名NH907、13時30分発インチョン空港行き、空席ありました」

○ 空港・コインロッカー
ディジア「支払いは、本部のクレジットでお願いね。財布持ってないの」
谷田の声「パスポートは?」
ディジア「それはある」

○ 高速・IC
  緩やかな坂道を下りているB―COA。

○ B―COA車内
  ハンドルを握る北。助手席に真坂。後部席に内山と河原崎が座っている。
  携帯の着信音が鳴り響く。
  真坂、携帯のディスプレイに映るナンバーを確認し、電話に出る。
真坂「もしもし…」

○ クルーザー・デッキ
  辺りを見回しながらうろたえている葉菜美。
葉菜美「どうしよう…茂君が…」

○ B―COA車内
真坂「はぁ?」
  北、真坂の様子を気にしている。
葉菜美の声「ベッドで居眠りしてる間にどこかへ消えちゃったのよ」
  
○ クルーザー・デッキ
葉菜美「警察に連絡するよ」

○ B―COA車内
真坂「…しなくていい。後でまた連絡する」
  電話を切る真坂。ディスプレイに別の電話番号を表示させている。
北「どうした?」
真坂「ちょっとな…」
  電話がつながる。
真坂「ああ、俺だ」

○ 線路の上に架かる歩道橋
  中央に立っている恵美。携帯を耳にしている。橋の下を潜る電車を不気味に見つめている。
真坂の声「なんで今朝携帯に出なかった?」
恵美「…心配しないで。ちゃんと面倒見てるから」

○ B―COA車内
真坂「約束の時間に来なかったから葉菜美に面倒見てもらってたんだ。勝手に連れ出すなんて、
 どういうつもりだ?」
恵美の声「茂に会えって言ったのは、そっちでしょ?」
真坂「…仕事が終わったら迎いに行く。場所を教えろよ」
  北、真坂の様子を気にしている。

○ 航空機エアバスA380・機内
  座席に座る乗客。
  中央の通路側のシートに座っているディジア。
  ディジアのそばの通路を慌しく行き交う乗客とフライトアテンダント。
  ギャレーの前に立ち、他のフライトアテンダントと話している奈那子。
  その様子を見ているディジア。

○ 滑走路
  ディジアの乗った飛行機がスピードを上げ走っている。やがて、上昇し大空へ飛び上がる。

○ 倉庫地下・JWA本部・OP司令室
  奥の鉢植えのインコアナナスに水をやっている椎名。
  花を見つめ、呆然と佇んでいる。
  入口のドアが開き、北が入ってくる。椎名の背後に近づく北。
北「内山達から例の男の事を聞き出しました。名前は、蜂賀屋宏」
椎名「データベースの結果は?」
北「リストに該当者は、存在しません。TENAのメンバーである可能性は、低いと見られます。
 B―COAが記録した映像を元にモンタージュを作成しました」
椎名「奴らは、蜂賀屋に何を渡したんだ?」
北「最新式の電子式超小型爆弾を3つ百万で売り渡したそうです。使用目的は、聞かなかったそうです」
  北、ふと、インコアナナスを見つめる。
  椎名、北の目線の方向を見つめる。
北「あ…ディジアのほうの状況は?」
椎名「ミンヨルと接触した女をマークして、韓国行きの飛行機に乗り込んだ」
北「じゃあ、向こうで取り引きを?」
椎名「おそらく…」

○ 同・休憩所
  ベンチに座り、携帯で話をしている真坂。
  左手にコーヒーを持ち、指に煙草を挟んでいる。
真坂「そう…だからもう大丈夫」

○ クルーザー内
  ベッドに座る葉菜美。ほっとした面持ち。
葉菜美「良かった。海に落ちて溺れ死んだんじゃないかと思ったわよ」
真坂の声「今日は、まだ戻れそうにないんだ」
葉菜美「ねぇ、もしかして、あんたまだ恵美さんの事…」

○ 倉庫地下・JWA本部・休憩所
真坂「恵美が何だって?」
  真坂のレギオウォッチのランプが赤く点滅している。真坂、ランプに気づく。
真坂「また連絡する。じゃあな」

○ クルーザー内
  電話が切れる。
  空しい表情で携帯をベッドの上に置く葉菜美。溜息をつく。

○ 青空を飛ぶ航空機
  薄い雲を通り抜けている。

○ 航空機エアバスA380・機内
  シートに座っているディジア。 
  左側の通路を歩く奈那子を見つめている。
  奈那子、窓側の席に座る乗客に話しかける。
  奈那子の背後に黒皮のジャケットと帽子をつけた男が近づく。
  男、奈那子の肩を叩く。
奈那子「はい…」
  奈那子の表情が一変する。
  白髪の中年の男、ほくそ笑むと、踵を返し、歩き出す。
  奈那子も男の後を追って歩いて行く。
  二人の様子を見つめるディジア。立ち上がり、通路を歩き始める。

○ 同・ギャレー中
  周りを確認し、カーテンを閉める奈那子。
  帽子を脱いだ男と対峙し、小さい声で喋り出す。
奈那子「向こうで受け渡す手はずじゃなかったの?」
男「昨日、連絡が入ってな。どこかの組織がデータの事を嗅ぎつけたらしい」
奈那子「組織って?警察?」
男「いや、内部の抵抗グループだ。あんたは、マークされている可能性があるから、
 急遽ここで受け取ることにした」

○ 同・ギャレー前
  カーテンの前に近づこうとしているディジア。

○ 同・中
奈那子「わかったわ…」
  奈那子、ポケットから封筒を出し、男に手渡そうとする。
  その瞬間、激しい爆音が轟き、機体が激しく揺れる。

○ 同・前
  仰け反り倒れるディジア。
  ざわめく乗客。
  シートにしがみついているフライトアテンダント達。慌てて、コクピットのほうに向かって
  駆け足している。

○ 同・コクピット
  扉を開け、中に乗り込んでくるフライトアテンダントの男。
フライトアテンダント「何が起きたんですか?」
  左側の席でレバーを握る操縦士。
操縦士「左エンジンが停止した。空港に引き返す」
フライトアテンダント「わかりました」
  扉を閉め出て行くフライトアテンダント。
操縦士「手動に切り替えろ」
副操縦士「はい」

○ 同・ギャレー前
  カーテンを開け、通路に出てくる奈那子。
  倒れているディジアを見つめ、腕を差し出す。
奈那子「大丈夫ですか?お客様…」
  自分で起き上がろうとするディジア。
ディジア「ええ…何が起きたの?」
奈那子「まもなくアナウンスされると思いますので、お席に戻ってお待ちください…」
  奈那子、ディジアの顔を見つめ、表情を一変させる。
  ディジア、帽子を深々と被り直すと、一礼し、自分のシートのほうに戻って行く。
  怪訝な表情でディジアを見つめる奈那子。奈那子のそばに立つ男。
男「どうした?」
奈那子「今朝、見たわ…あの女…」
  男、奈那子の視線のほう見つめる。
男「任せろ…」
  奈那子の前を横切り、歩き出す男。

○ 倉庫地下・JWA本部・OP司令室
  監視システムの前に立つ椎名、北、真坂。
  モニターの方を見つめている。
  谷田がキーボードを操作している。
  暫くして、モニターに蜂賀屋宏の写真とデータが出力される。
真坂「おっ、きたきた!」
谷田「住所は、杉並区清水一丁目」
  北、真坂、入口に向かって駆け出す。

○ 葵港・第3臨海地域・倉庫
  シャッターが開く。ヘッドライトを光らせたB―COAが勢い良く地上を走り出す。

○ B―COA車内
  ハンドルを握る北。助手席に真坂が座っている。
北「子供に何かあったのか?」
真坂「いや、大したことじゃない」
北「子供がいると、何かとやりにくいだろう。とくにこんな仕事じゃあな」
真坂「俺を辞めさせたいのか?」
北「実際そう思わないか?」
真坂「前は、そう思って、別の仕事もしたことあるさ。でも、向いてるんだ、こう言うのがさ」
  北、憮然とした表情を浮かべる。

○ 左に旋回しながら飛行する航空機A380
  左エンジンから白い煙が上がっている。

○ 航空機A380・機内
  シートに座っているディジア。
  前のシートに座る乗客と話している奈那子の様子を見つめている。
  女性の声でアナウンスが流れている。
女性の声「エンジントラブルが発生しましたので、本機は、羽田に引き返しております。お客様には、
 大変ご迷惑をおかけします。シートベルトのご着用をお願い致します」
  ディジアの横腹に注射針を突き出す男の手…。
  ディジア、シートのそばに立っている男に気づく。男の顔を見つめ驚愕する。
男「中身は、塩化カリウムだ。騒ぐなよ」
ディジア「なんでこんなことするの?」
男「後ろの調理場で、俺とあのフライトアテンダントの会話を聞いてただろ?」
ディジア「たまたま通りがかっただけよ」
男「惚けるな。どこの組織だ?サツか?」
  男、ディジアが膝元に置いていたポシェットを奪い取り、ディジアの前に差し出す。
男「中の物を全部見せろ」
  ディジア、ポシェットの中から化粧品、チケット、パスポートなどを取り出す。
ディジア「これで全部…」
  男、パスポートを取り、写真を確認している。
男「藤崎美津子…」
ディジア「私は、何も知らない。そっちの勝手な思い込みよ…」
男「女がフランス料理屋でおまえを見たと言ってるんだ」
  男、ディジアの帽子を取り、中を確認する。
  黒い小型の発信機を見つけ、ニヤっとする男。
  ディジア、観念した面持ち。
  その瞬間、衝撃音と共に機体が上下に激しく揺れ始める。
  男、窓側のシートに座る乗客の上に仰け反るように倒れ込む。通路を転がる注射器。

○ 同・コクピット
  警報音が鳴り響く。
  計器類を見つめ、慌ててレバーを操作する操縦士。
  副操縦士、高度計を見つめ、
副操縦士「高度がみるみる落ちてます」
  高度計のランプが点滅し始める。
操縦士「こちらの高度計は、どうもない。ピッチを上げろ」
副操縦士「はい」

○ 同・機内
  男、左手の薬指につけていた指輪から鋭利なスティックを出し、ディジアに襲い掛かる。
  ディジア、男の左腕を掴むと、背中のほうにひねり、指輪を引き剥がす。腕を締め上げ、
  そのまま床に押し倒す。
  ベルトにつけていた皮の手錠を男の両手首にはめる。
  フライトアテンダントの女がディジアの前に近づいてくる。
フライトアテンダント「どうかされましたか?」
ディジア「暴漢よ。取り押さえて」
  数人のフライトアテンダントが男の前に集まり男を取り押さえている。

○ とあるマンション前
  駐車場に入り、立ち止まるB―COA。
  北と真坂が車から降り、マンションの階段を駆け上がって行く。

○ マンション202号室・蜂賀屋の家前
  インターホンを押す北。
  しかし、反応はない。
真坂「どうする?」
北「踏み込むしかないだろ」
  北、レギオウォッチに話し掛けようとするが、真坂がそれを静止する。
真坂「任せろ」
  真坂、得意げな表情でポケットから針金のようなものを出し、鍵穴に差し込む。

○ 同・中
  玄関から廊下を歩き、洋間に向かう北と真坂。

○ 同・洋間
  中に入る二人。
  布団が引かれた雑然とした部屋。
  辺りにビール缶が山積みになっている。
真坂「くせぇ、なんだ、こりゃ…」
  真坂、奥の窓を全開する。
  机の上に散らばる機械部品を見つめる北。
  つけっぱなしのパソコンのマウスを操作し始める。
  真坂、棚に飾ってある複葉機の模型を持ち、
真坂「模型か…子供の時よく作ったけど、最近のは、ディティールがすげぇな…」
  複葉機を見回している真坂。
  ディスプレイにジャンボ機の図面が次々と映し出される。
北「この様子だと仕事は、していないみたいだな」
  北、机の引き出しを開ける。中を探り、一枚のライセンスを見つける。一等航空整備士のものである。
北「奴は、航空整備士だ」
真坂「じゃあ、爆弾は…」
  北、レギオウォッチに話しかける。
北「ジェノン、空港管制の担当者に連絡して、蜂賀屋の情報と飛行中の航空機にトラブルが出てないかを
 至急確認してくれ」
ジェノン「了解しました」
  二人、急いで部屋を出て行く。

○ 上空を飛行する航空機
  左エンジンから煙があがったまま。
  雲が晴れ、地上の広大な滑走路が見えてくる。

○ 航空機・機内
  通路にしゃがみこみ、シートの下を覗き何かを探しているディジア。
  ディジアの目前に立つフライトアテンダントの女の足。ディジア、顔を上げる。
  女は、奈那子である。
  奈那子、右手に注射器を持っている。
奈那子「あなたが探しているのは、これでしょ?」
  ディジア、静かに立ち上がると、右手を差し出す。
ディジア「おとなしくそれを渡して」
奈那子「いや」
ディジア「あなたの仕事は、乗客の安全を守る事でしょ。非常事態にこんなことしている場合じゃないわ」
奈那子「黙って」
ディジア「あなたと話していたさっきの男…大谷教授ね」
奈那子「何者なの?」
ディジア「政府機関のものよ。やっと見つけたわ」
  奈那子、突然、自分の右腕に注射針を突き刺す。
  ディジア、咄嗟に奪い取る。
  奈那子、その場に崩れるがディジアが抱き止める。
  ディジア、奈那子の右腕に口をつけ、液体を吐き出している。

○ 同・コクピット
  安堵の表情を浮かべる操縦士。
操縦士「よし、見えてきた」
  マイクに話し掛けている操縦士。
操縦士「今から着陸態勢に入ります」
管制の声「了解」
副操縦士、計器を見つめ、愕然としている。
副操縦士「機長、前部着陸装置のドアが開きません」
  驚愕する操縦士。
操縦士「着陸中止!高度を上げろ」

○ 空港・駐車場
  ずらっと並んで止まる車の中に青いデミオが止まっている。

○ デミオ・車内
  運転席のシートを倒し、目を瞑る蜂賀屋宏(31)。
  スピーカーから大音量のテクノポップスの音楽が流れている。
  シートを上げ、起き上がり、センターコンソールに設置されているGPSモニターを見つめる。
  赤い点滅が空港のB滑走路のイメージに近づいている。
  やがて、赤い点滅は、滑走路を通り過ぎて行く。
  ニヤッと笑みを浮かべる蜂賀屋。

○ 空港・管制塔前
  フェンスがスライドして開き、滑走路内に入ってくるB―COA。
  タワーの前で立ち止まる。

○ 同・塔内
  管制官の男と対峙する北と真坂。
北「エンジントラブルの航空機が着陸できない?」
管制官「前側の着陸装置のドアが開かないんです」
真坂「便名は?」
管制官「13時30分発のソウル行きA380NH907便です」
北「ソウル行き…」
  北、怪訝な表情を浮かべ、レギオウォッチに話し掛ける。
北「本部につないでくれ、ジェノン」
  本部からの通信音声が聞こえる。
谷田の声「え…JWAオペレーション4384。ゼフォークです」
北「ディジアの乗った飛行機の便名を教えてくれ」
谷田の声「…はい…ええと…」
  激昂する北。
北「谷田!」
谷田の声「…あ、はい。NH907便。13時30分発のソウル行きです」
  愕然とし、顔を合わせる北と真坂。
真坂「まずいぜ…」
北「この便の整備担当者は?」
管制官「それが、整備室から離れているようで連絡が取れないんです」
北「名前は、わかりますか?」
管制官「担当は、蜂賀屋宏と聞きました…」
真坂「…乗客の数は?」
管制官「384人です」
  真坂、北を見つめ、
真坂「このままだとディジアは、二度と地上に立てなくなるぜ。どうすんだよ!」
北「…一つだけ方法がある。B―COAだ」
真坂「はぁ?」

○ 航空機エアバスA308・コクピット
  管制からの通信音声が聞こえる。
管制官の声「907便、進路を変えてC滑走路でもう一度着陸体制を進めてください」
  険しい面持ちの操縦士と副操縦士。
操縦士「しかし、着陸装置が開かない」
管制官の声「そのまま飛行を続けるのは危険だ。我々の指示に従ってください」
  息を飲む操縦士。

○ 旋回するエアバスA308
  C滑走路に向かって、高度を下げている。

○ 航空機エアバスA308・コクピット
  口元のマイクに話しかける操縦士。
操縦士「管制応答どうぞ。着陸態勢に入った」
  窓を覗き見る操縦士と副操縦士。
  唖然とする二人。

○ 空港・C滑走路
  滑走路最後尾の中央に止まり、待機しているB―COA。

○ B―COA車内
  運転席に座る北。コンソールのボタンを操作している。
北「準備OKか?」
  右上のモニターに907便の映像、その隣のモニターに飛行機、滑走路、B―COAの現在位置を現わす
  CGイメージと飛行機の速度、高度、風速の数値が映し出されている。
ジェノン「管制システムと同調しました。只今、進入速度予測を計算中です」
北「シールドを起動させる」
  コンソールのパネルにある「SHOCK ABSORPTION SHIELD」のボタンを押す北。

○ B―COAの先端部
  車体の下からシールドが這い上がり、高さ3m程の高さの衝立が伸び、車の前面を覆う。
  
○ B―COA車内
ジェノン「907便の着陸同期地点を確認しました」
北「シールドの高さの調整は?」
ジェノン「完了しています」
  モニターを見つめる北。
  A308が降下している。
北「よし、行くぞ!」
  北、息を飲み、ハンドルを握ると、アクセルを踏み込む。

○ 空港・C滑走路
  勢い良く走り出すB―COA。
  走行するB―COAの背後に降下しているA308の姿が見える。

○ 航空機エアバスA308・機内
  シートに座るディジア。シートベルトをかけている。祈るように目を瞑る。

○ デミオ車内
  GPSモニターを見つめている蜂賀屋。
  C滑走路のイメージに赤い点滅が移動している。
  ほくそ笑む蜂賀屋。

○ B―COA車内
  モニターのCGイメージを確認しながら
  運転する北。
ジェノン「まもなく同期地点です。ここからは、オートアドバンストシステムでの調整に移ります」
北「わかった。頼むぞ、ジェノン」
  システムボードの『AUTO ADVANCE』のボタンが青く発光する。「M」型のハンドルが
  袋状に縮み始める。パルス音が鳴る。

○ 自動走行を始めるB―COA
  B―COAの背後に近づいてくるA308。
  A308、機首をやや上向きの状態にしてB―COAの真上に近づいてくる。
  主脚と主翼の4本のタイヤが滑走路に接地する。

○ B―COA車内
  モニターを見つめる北。 
  飛行機がB―COAの真上を飛行しているCGイメージが映し出されている。
ジェノン「まもなくシールドと連結します」

○ B―COAのシールドの先端がA308の前部着陸装置の格納ドア部分と密着する
  シールドが緑色の電磁パルスに覆われ、磁石のようにしっかり機体とくっついている。 
  A308の前輪の代わりとなるB―COA。
  
○ B―COA車内
ジェノン「連結、完了しました」
  北、シートに深々ともたれ、大きく息を吐く。
北「よくやった…よくやったぞジェノン」

○ 航空機エアバスA308・機内
アナウンスの声「只今空港に到着致しました。お客様には、大変ご迷惑をおかけしますが…」
  安堵の表情を浮かべる乗客達。
  ディジアもホッとした面持ち。

○ デミオ車内
  GPSモニターを見つめ、唖然としている蜂賀屋。
  運転席の窓をノックする音が聞こえる。
  窓外を見つめる蜂賀屋。
  窓の前に真坂が立っている。
真坂「探したぞ、蜂賀屋」
  蜂賀屋、慌てて、スターターを回すが、エンジンがかからない。
真坂「無駄無駄。画面に夢中になっている間にバッテリーに穴を開けといた」
  前を見る蜂賀屋。デミオのボンネットが少し開いている。
  蜂賀屋、左腕を助手席の棚に伸ばし、置いてある超小型爆弾を取ろうとする。
  真坂、咄嗟にホルダーから銃を抜き、引き金を引く。
  弾丸は、運転席の窓を貫き、助手席のボードの上に当たる。
  真坂、窓を拳で殴り割って、鍵を開け、運転席のドアを開ける。蜂賀屋を外に引っ張り出す。

○ 倉庫地下・JWA本部・ガレージ
  大型エレベータの扉が開き、B―COAが円盤の前に進み、立ち止まる。
北の声「どうやって、蜂賀屋の居場所を見つけたんだ?」

○ B―COA車内
  真坂、ジャケットのポケットから黒い小型の盗聴器を出す。
  北、唖然とし、
北「それは、サービスエリアの店で仕掛けた…」
真坂「信じられない事に、奴の靴下にこれがくっついてた。空港の駐車場でレギオウォッチをいじってたら、
 変な音楽が流れてきてさ」
  北、あっけらかんとしている。
真坂「そういや、今朝言いかけてた事、あれなんだ?」
北「この前ジェノンのメディカルスキャンで体を調べてもらっただろ?」
真坂「おお」
北「肝臓辺りに異常が見られたそうだ」
  真坂、驚愕し、
真坂「本当か?ジェノン!」
ジェノン「早急に精密検査をお受けになられたほうが良いと思われます」
真坂「…」
  北、ドアを開け、車から降りる。

○ 倉庫地下・JWA本部・ガレージ
  通路の方からディジアが現われ、北に近づいてくる。
ディジア「総監から聞いた。B―COAを私が乗っていた飛行機の足代わりにしたそうね…」
北「蜂賀屋の身柄は?」
ディジア「取調室よ。橋爪奈那子のほうは、私が今やってる。二人、つい最近までつきあってたみたい。
 彼女、前に蜂賀屋にTENAの話をした事があるらしいわ」
北「じゃあ、その話を聞いて奴は、TENAに近づいたのか。別れた理由は?」
ディジア「双方の行き違い。蜂賀屋は、彼女に未練があったみたいだけど。それと社内の
 体制にも不満があったそうよ」
北「沙島の事業との関連は?」
ディジア「残念ながら結びつきそうにないわ。内山達は、勝手に倉庫から爆弾を持ち出して、
 金儲けに利用していたの。でも、飛行機の中で大谷を見つけたのは、大収穫だわ」
北「奴から事情を聞けば、TENAの全貌がかなり掴めそうだな。荒崎の事も」
  ディジア、車の中にいる真坂を見つめる。
  真坂、深刻な顔をして、手で胸を押さえている。
ディジア「真坂さん、どうしたの?」
北「明日、精密検査を受けるんだ」
  北、通路に向かって歩き出す。
  ディジア、北を追っかけ、
ディジア「どこか悪いの?…」

○ B―COA車内  
  真坂、呆然と座ったまま、
真坂「胃カメラって痛いのか?」
ジェノン「経験がないのでわかりません…」

○ 倉庫地下・JWA本部・総監オフィス
  デスクの座席に座る椎名。受話器を握っている。
椎名「…間違いない。確かに大谷だ。どこに連れて行けばいい?」

                                                 ―THE END―

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